時間の旅人として宇宙を生きている ~ 自然療法プログラム・よしてるくん物語

41歳のよしてるくんが自然療法プログラムを受け始めたのは、先日自然療法プログラムを卒業したエニーがプログラムをスタートさせたのと同日である、6月6日のことでした。今回は、それから1ヶ月後に卒業を迎えたよしてるくんが卒業コンサートで発表した「ケア滞在記」と、ケアコーディネーターのようこがまとめた「よしてるくんのケア物語」、そして「ジイジからよしてるくんに贈られたメッセージ」をご紹介します。


 

よしてるくんのケア滞在記

私が初めて木の花ファミリーを訪れたのは、今から13年前のことでした。その後、何度かここを訪れ、4年前には1回目の自然療法プログラムを受けました。1ヶ月後、ケアは終了し、そのままここの仮メンバーになり、ここで1年弱を過ごしました。しかし、自分と向き合うことにやる気を無くし、メンバーを辞め、ここを去りました。

ここを去った後の最初の1年間、私は知的障碍者の社会生活や就業支援の指導員として働きました。心も体も不安定だった私は、この1年で自分は指導する側の人間ではなくて、指導される側の人間だと気付きました。

そして私はその事業所を辞め、発達障害(ASD)の認定を受け、それから1年間、専門のカウンセラーの元、その改善に取り組みました。そこでの取り組みは、脳機能を含めた肉体改善が主体の取り組みでした。その取り組みの中で、穏やかに安定して生きていくには、やはり考え方をどうにかしないとダメだと気付きました。

そして私は仏教に出会い、それまでの肉体改善主体の取り組みを辞め、仏教組織に通い、経典を読み、瞑想を習うようになりました。可能性を感じ、それなりに心の落ち着きは得たものの、経典通りには進められず、根本的なところの改善には届きませんでした。

根本的なところというのは、自己中心的な心、傲慢な心、慢心し怠ける心、そして思考ですべてを処理していくこと。

その取り組みは、一人だけの取り組みでもあり、一人だけではしっかりと取り組めず、根本的なところの問題を残したままでした。

そんな中、これからは自分の人生とそこにある責任は全部自分のものだから、自分で背負って生きていこうと決意することがあり、親からの金銭的な支援をすべて断りました。

ですが、この先、そのように生きていくためには、根本的なところの問題を残したままでは難しいという感覚があり、不安になっていました。そこのところの改善がどうしても必要で、そのためには、しっかりと取り組めるだけの環境と改善に向かうことができる指針のある所が必要でした。

私の知る限り、そういう所は木の花ファミリーしかありませんでした。自分自身のために、プライドを捨て、再びここへ救いを求めることを決心しました。それはちょうど時代の切り替わり、令和元年5月のことでした。

翌月の6月6日、ケア滞在がスタートしました。同じ日に中国人のエニーも、ケア滞在のスタートでした。彼女は私より3日早く卒業しました。そのおかげで自分以外のケア滞在の一連、スタートから卒業までを生で見ることができ、それはとても良い刺激になりました。エニー、ありがとう!

私のケア滞在はちょうど丸1ヶ月で終わりました。今回の2回目のケア滞在の目的は、けじめのつかない自分を卒業すること、道理が分かる人になり、そして分かっているだけの状態からやっている、成っている状態へ進化していくことでした。

滞在中には毎日、起きた出来事とその時々に湧いてきた思いを日記に綴り、主治医のジイジにコメントをもらいました。そのコメントを受け、次の日の取り組む姿勢を決めていきました。

サポーターのヒロッチには、ノートのコメントの解説や日々の取り組み方、その時々の悩みなどの相談に乗ってもらいました。同じ部屋で寝起きし、過ごしてもらえることで、取り組む姿勢を保てたり、気持ちをほぐしてもらえたり、とても助かりました。

この取り組みに必要な環境を作ってくれているメンバー達には、色々と話を聞かせてもらうことも多く、その話から、または一緒に作業をさせてもらうことから、あるいは彼らの日常の様子から、改善のヒントを色々と得ることができました。

ケアスタート時、私はたくさんの思考を回していて、そしてそれをうまく処理できない状態でした。そこでまずは、自分で自分の思考をうまく処理できるように思考を仕分けていくことが最初の課題となりました。

このような自分自身の問題点や課題が、日々起きてくる出来事とそれを読み取るジイジのコメントから次々に現れてきて、そのことに一つ一つ取り組んでいきました。

思いを仕分けることの他には、思考と行動のバランスを取ること、主観的に物事を捉えずに客観的に捉えていくこと、慢心しないこと、意欲を持って日々過ごすこと、自分を超えた者の視点に立ち、世界観を広げていくこと、評価を狙うことを辞めること、上げ底にならずに本音を元に進めていくことがありました。

メンバーや滞在者や子供達、色々な人達と関わることの中で起きてくる出来事を課題に取り組むチャンスにしたり、今の自分の状態を確かめるキッカケにしながら一つ一つ進めていきました。

そのように進めていくうちに、自分自身の主観的な思いやネガティブな響き、周りとの繋がりを無視したあり方が自分にも周りにも負の影響を与えていくことの実感と、客観的に捉え、響き良く、繋がりを意識したあり方が、穏やかで心地良い日常を作り出す実感とが、自然と感じられていきました。

社会情勢や社会問題をテーマにメンバー達が話し合う時間も多くあり、そういった中でも人間の心のあり方やそれぞれが持つ世界観が個人の人生や世の中にどのような影響を与えるかということを学ぶことができました。

不登校がテーマの時は、自分が得しようとするあまり、評価ばかりを気にして不正直に過ごし、家族にも誰にも心を開かず、繋がりを感じられない孤独な世界観の中で生きてきたことを振り返ることができました。そして、自分自身がそうであったからこそ、つまらない苦しみの多いうまくいかない人生が私にもたらされていたことを確認することもできました。

このような話し合いの時には、必ずジイジからの広く高い視点からのコメントがあり、その話を聴くことが私の世界観を広げてくれる助けとなりました。ここで発行されているニューズレターやホームページのブログを読むことも取り組みのひとつとしてありましたが、それも同じように私の世界観を広げてくれる働きをしてくれました。

そのような広い世界観を借り、思いの働きを日常の中で探っていくと、自分自身に起きる問題はすべて自分自身の影響があることが理解されていきました。

本当はすべて繋がっていて、その流れの中に自分もいて、不満も不安も感じようのない優しい世界がここにもある。それを歪めているのは自分自身、人間自身。人間の歪んだ世界観と繋がりを無視した自己中心的な思い。

この場所でたくさんの人達に助けられながら色々な体験をする中で多くのことを学びましたが、私は自分自身の人間性にふさわしく出来事が起こり、自分自身の人間性が自分自身の人生を創っていくことは、ケアに来る前から分かっていました。他を無視して自分本位で生きていくことがどのような結果を生むか分かっていました。

それなのに、それを辞めることができず、ずっと同じことを繰り返していました。

そんな私を見て、ジイジは、もうええかげんにせえよ、と。いつまでも自分だけの世界に囚われていないで、天と共に美しく流れる人生を歩んでいきなさいよと、そうできるように天と私をつなぐ柱をプレゼントしてくれました。

ジイジは私に日の丸のようにさわやかに生きていくことを提案してくれました。自分が存在することで、自分も周りも迷惑しない、物事がうまく運んでみんなに喜んでもらえる。そういうふうに誇りが持てる。そんな人生を生きていく。

私の名前は「慶(よろこ)」ぶに「日の光」と書いて、慶晃(よしてる)です。今まではその意味を日の光を慶ぶ人だと思っていた。でも、これからは、日の光のように存在し、みんなに慶んでもらえる人になっていく。

道理を理解し、今の響きを感じながら、これからどういう響きがやってくるのかを感じながら、そこにある流れを受け、この世界の仕組みと共に、この世界の一部として、そこにある思いを共有しながら、そうやって生きていく。

今日は卒業式だけど、日の丸のように生きていくNEW慶晃に成っていくためのスタート式でもあります。

この卒業式とスタート式を創りあげてくれたみなさま。ジイジ、サポーターのヒロッチ、メンバーのみなさん、関わってくれたみなさん、どうもありがとうございました。

みんなと共にあったこと、みんなと共にあることがとても嬉しいです。これからもどうぞよろしくお願いします。

 


 

よしてるくんのケア物語

41歳のよしてるくんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは、今から13年前のことでした。大学生の頃から社会生活に馴染めず、うつ的で引きこもりがちだったよしてるくんは木の花ファミリーに長期滞在をしたり、いろいろな形で関わってきました。そしてうつ的な状態が悪化してきた2015年1月には1回目の自然療法プログラムを受けました。当時は順調にプログラムが進み、1ヶ月で卒業を迎え、その後よしてるくんは「第1回1ヶ月間の真学校」の受講を経て、木の花ファミリーメンバーとなったのでした。

しかし、自分と向き合う気持ちがなくなったよしてるくんは、その後木の花ファミリーを離れる決断をし、それから連絡が途絶えていたのですが、今年の5月に突然、連絡が入りました。よしてるくんは木の花を離れている間に発達障害や化学物質過敏症と診断されたそうですが、「今後安定して生活し続けられるように精神面を改善したい。ひとりでも向き合えるように、ウソのないように生きることが必要だと思っています。できましたらお力をお貸しいただけないでしょうか」というメールを木の花宛てに送り、再度自然療法プログラムを受けることを決意しました。そして6月6日、木の花ファミリーを再訪し、ケア滞在がスタートしたのです。

ケアスタート面談の際、ジイジからよしてるくんに次のように伝えられました。「今、時代は大きく変わりつつあります。それは、大きく変わりつつあるから時代に置いていかれるということではなく、時代が変わるときには今までなかなかきっかけを掴めなかった人にはチャンスだということです。平穏な時代には一発逆転を狙おうと思ってもなかなかきっかけが掴めないものですが、この世界的大変革の波に乗れば、スイングバイできるチャンスでもあるのです。ですから、まずは健全な社会生活を営むことができる精神状態になるために取り組んでいきましょう。あなたは私から観れば、病気でもなければ、発達障害でもありません。これはあなたの人間性の問題です。前回、あなたは背のびしすぎて、模範生として立派なことを語り、内にある癖が取りきれていなかったのですが、これからそれを個性として活かし有効活用すればいいのです。あなたの問題の発信源は理屈っぽく自らの問題と向き合うことから逃げていることです。それを物事の道理を正していく能力として今後は活かしていきましょう。」それを聞いたよしてるくんは「自分を誤魔化して逃げる癖が自分でもわかりつつやめられないのです」と答えると、ジイジからは「あなたの自浄能力はそこが限界です。そこで現状を突破するために私たちを信頼し、他者の力を借りて、ある意味自らの道理の通らない理屈を打ち負かすことが大切です」と伝えられ、ケア滞在がスタートしたのでした。

まず、ジイジからよしてるくんに与えられた課題は、今までの自分について思うことや日々の心の動きを日記に綴りながら、自らの奥に秘められている悪想念を日記に出していくことでした。ジイジ曰く、「悪想念を浄化するために日記に出していくことを意識し、前向きに取り組めたらいいですね。」そうして、よしてるくんは日中は畑や倉庫、キッチンでの作業に参加しながら、自分と向き合う旅を始めたのでした。

1週間面談の際、ジイジはよしてるくんに次のように伝えました。「今回の取り組みを成功させるためには、この取り組みを成し遂げるという決意が大切です。日記のところどころであなたの理屈先行型の癖が出ていて、それはあなたの個性でもあるのですが、余計な思考でもあるのです。ここ1週間の日記を読んでいたとき、前回の取り組みのときのあなたの日記のことを思い出し、あなたは筆記テストでは良い点を取るのですが、いざ実力となるとからっきしダメなところがあり、そこが一番の問題点なのです。今回のあなたの日記を読んでいると、あなたはいつも自分に負けています。自分に負けるということは、自分の癖・性分が出たときにコントロールできていないということです。しかし、私たちにとって人生の一番大切なテーマは自分に打ち勝ち、優れた人格となることなのです。優れた人格となると、自分の行動以上に事がうまく進むようになります。それは天が味方しているということです。さらに優れた宇宙意識レベルに到達すると、フリーエネルギーで無駄がなく、エネルギーを足さなくても事がなっていくようになるのです。」

それからも、作業に出ながら自分と向き合おうとしていたよしてるくんですが、用事を済ませるために一度東京に戻ったときには、「ひとりになるといろいろと自分の都合でやりたいことが湧いてくる。木の花にいるとまわりのサポートがあって自制しやすいから、今の自分にはここの環境が必要だ」と感じたようでした。

そうして迎えた2週間面談の際、ジイジから、「あなたは一生懸命取り組んでいるようですが、あなたにはまわりに受けることを期待して取り組んでいるところがあるので、意外と変化の手ごたえが少ない印象があります。本当は受けることではなく、自分の変化のために取り組まないといけないのです」と伝えられると、「自分でも良く思われようとして日記を書いていて、その癖が染み付いているのがわかります」と苦笑いしていたよしてるくん。そんなよしてるくんにジイジは、「かっこ悪くても正直にすべてを出したほうが改善は早いのです。良いも悪いもない自分のそのままを書いていくことを癖にしたらいいのです。今のあなたの癖を続けていくと、ある意味自分の人生に問題ごとの種を蒔いていることにもなりますからね。何回もこの取り組みを繰り返すわけにはいかないのですから、今回を最後の取り組みとするだけの決意を持つことが大切です。
この面談の前にエニーと面談したのですが、彼女には『いかに私たちは宇宙人として生きるのかがこれからのあなたのテーマですね』と伝えましたが、あなたの場合は『いかに健全なよしてるとして生きていくのか』がテーマです。しかし、これは紙一重の話なのです。この瞬間に目覚めたら、いきなり宇宙人になれるのですから。つまり、今あなたの意識がどこにあるのかというだけのことなのです。そしてすべてのキーポイントは悟りなのです。たとえば、引きこもりの人が外に出るようになれば『外に出ることはいいことだ』と悟っているのですし、現代人が地球の癌細胞のようなものだと気付き、『一般の生き方ではない、もう少し優れた生き方をしよう』と気付くことも、悟りです。そこから、『自我に囚われていてはいけないから、自我を超越しよう』と決意して生きたならば、それこそそれは菩薩から仏への歩みなのですから、本当の悟りになるのです。いきなり仏の境地に至ることはできないかもしれませんが、いきなり菩薩にはなれるのですよ。
そして、自分にふさわしい至れり尽くせりのことを日々与えられ、そのゆりかごの中で育てられているくらい私たちが配慮されて生かされていることに気付けば、私たちはなんとありがたい世界で生きているのかがわかるのです。そうすると、今まで自分に人から注文をつけられていたと思うことすら、ありがたいことになるのですよ。そして仕舞いにはそういうこともどうでもよくなるのです。それはそういうことが必要な段階にあるからありがたいのであって、実際にこの世界にはありがたいも何もないのです。あるからあるだけのことです。それが、周りの環境や自らの精神に振り回されない安定した状態となり、人間の目指す最終到達地点となるのです。」

この面談以降、この先の生き方に対する目標を明確にし、自分と向き合いコントロールする意欲を継続するために、作業にも参加しながら、ジイジブログやニューズレターを読む時間も意識的に取るようにしていったよしてるくん。よしてるくん曰く、「自分がここに来てどれだけ根本が変わったのかはわからないが、日々自分の思考に飲み込まれて深みにはまるようなことがずいぶんなくなってきたところを観ると、何かしらの変化はあったということなのかと思う。」

そして3週間面談の際、ジイジはよしてるくんに次のように伝えました。「この取り組みは長く続けるものではないので、1ヶ月を区切りにして卒業してもらいたいと思います。あなたは自分の問題点を語ることはできるのですが、あなたの問題はそれを日々語りながら捨てようとしないことです。それを捨てればよいだけのことです。そこに取り組んで、このプロジェクトを終了しましょう。次回までのテーマは区切りをつけることです。不要な思考が出たらそれをさっとその場で消せる人、できれば不要な思考が出ない人になることが最終目標です。」

こうして迎えた4週間面談の際、ジイジからは、「あなたは今まで物事の流れを無視し、自らの理屈で生きてきたことを理解する必要があります。流れは宇宙が創っているのですから、いただきますという精神が必要です。簡単に言うと、人生は神様からいただいて神様にお返しする。生きるということは自分が生きているのではなく、神様にいただいたものなのですから、『あなたの命に従って生きています』という謙虚な心を持つことが大切です。それは自我を捨てることですから高い意識の人となります。そのことを理解し卒業してください。先日卒業したエニーが中国代表だとしたら、あなたは日本代表として日の丸のようにさわやかに卒業し、これからさわやかに生きていってください」と伝えられ、ちょうど1ヶ月でよしてるくんは卒業を迎えたのでした。

卒業する前々日の日記にはこう書かれていました。「蓮池の葉と水面の間の世界を覗いた。地球上にいてもその背景に宇宙が広がり、日常の風景の裏には潜象世界が広がっている。裏と表、上と下、縦と横、手前と奥。意識を広げられた分だけ、繋がりを感じられ、繋がりを感じられた分だけ囚われから離れ、穏やかに過ごせる。」それに対しジイジは、「哲学者になったやないか、お前!有効活用しましょう」とコメントしたのでした。卒業後も木の花ファミリーに滞在しながら、社会復帰に向けて取り組んでいくよしてるくん。これからは「人生学哲学者」として健全で充実した人生を歩んでいってください。まずは卒業おめでとうございます。

 

ー 時間の旅人として宇宙を生きている byジイジ ー

私はいつも意識があなたのほうを向いていることに気付きます。それは、私がこの世界に存在することの原点を感じるからであります。そのあなたを感ずる私の力は微妙なものであります。私が肉体的意識をセンサーにして生きれば、あなたの存在を感じることは難しいものですが、たびたび意識の隙間からあなたの存在する世界にセンサーがアクセスすることがありますので、存在を感じるのです。私はあなたの存在を感じたとき、不思議な気持ちになります。それは私の存在する世界で、どのように喜びを発掘しようと思っても得られないものです。そのあなたのおいでになるほうに意識を向け、あなたの存在の息吹を感じたとき、なにかしら言いようのないすべてのふるさとのように感じられる響きの世界があることを感じ、私が存在するこの現象世界で得られるであろう喜びのすべてを超越した満足が、そこにあることに気付くのであります。

ですから、私は時々この世界にいることを空しく思い、そしてあなたのほうに旅立つことを望むのであります。どちらにしても、あなたのもとから来た私にとっては、いずれまたあなたのもとへ還るのですから、私は十分に満足なのです。

毎日、瞬間瞬間の時の旅を留まることなく永遠に歩んでいますが、この永遠は私個人の体感する枠の中では有限なのです。私はそのことがわかっているので、永遠に続くように思われるこの現象世界の中にいても、至福の心を持ち続けることを可能にするのです。

私は赤子のように物理的なすべてを取り去って裸になり、霊的にすべてのこだわりを取り去り魂だけになったとき、この境地に浸ることの喜びに至るのです。

 


よしてるくんのケア滞在記とケア物語が読まれた後、ジイジからよしてるくんにメッセージが贈られました。


 

地球を健全にするプロジェクト・自然療法プログラム

最近の傾向として、うつ病や社会生活不適応など、心の病気を抱えている人たちは、木の花ファミリーに自然療法プログラムの問い合わせはするのですが、実際に自然療法プログラムを受ける決断をする人は少ないのです。今年の2月にPさんが自然療法プログラムを卒業して以来、しばらくこのプログラムを受ける人はいませんでした。私は長年このプログラムを提供してきていますから、プログラムの申し込みに波があることを知っています。時代が令和になる前からそういった傾向はありましたが、今、何か流れが変わってきているように感じています。

そのような中、中国人のエニーと日本人のよしてるくんが今回同時期に自然療法プログラムを受けたのです。しかし、私の見解からすると、ふたりとも心の病気ではありませんでした。特に、今日卒業を迎えたよしてるくんは、障碍者認定を国から受けているのです。これは、国の制度が間違っているのか、本人が障碍であることに逃げたのでしょうか。長年、このような人たちの改善に関わってきた私からすると、彼が病気ではないと言えるのです。こういった現象は今、世界中でそうなのでしょう。精神的な病というのは、物理的なものと違って、本人の心の問題なのです。ですから、改善は結局本人の意志にかかっているのです。ところが、現代の医療機関は精神病と言えないような人たちに対しても治療し、お金儲けをしているのです。特に日本の精神医療を観ていると、その傾向が感じられ、それは間違っていると私は思います。お医者さんになった優秀な人たちや、医療システムを提供する国のあり方が間違っている、と私は考えています。

今、世界は資本主義の仕組みの中で、人々は自らの欲に溺れている状態です。それは、自らの欲望を追求する心に振り回されているのです。このように誰もが欲望を満たそうと競争する状態になっていると、同時にそこから落ちこぼれる人たちもたくさん出てくるのです。日本にもこういった問題はたくさんあり、今現在、日本には390万人の精神病患者がいると言われています。それに予備軍も加えると、4000万人に達するとも言われ、現代社会に暗い影を落としています。それは、日本人の3分の1が何らかの精神的問題を抱えていることになるのです。さらに、中国ではこれからこのような傾向がもっと激しくなるのでしょう。それは、現代の人間のあり方が間違っているからです。

そのように考えると、地球を健全にするプロジェクトとは、一人ひとりの人間が本来の生命としての尊い役割に目覚めることです。それを進めることが私の生きる目的であるという意味では、自然療法プログラムを提供することにこれまでエネルギーを使ってきましたし、これからもその志は変わりません。

そのような中、よしてるくんの問題もエニーの問題も、単に個人の問題ではなく、現代の社会の背景から観ると社会問題と言えるのです。こういった現象は、現代社会のひずみや矛盾がもたらしたものだと観ています。物事を広く大きく捉え、そこで社会の問題としてそういった現状を表現しているとしたならば、こういった現代の一人ひとりの問題を解決することは世直しにつながるのです。ですから、よしてるくん一人が健全に人生を生きるということは、それだけ地球が喜ぶのです。

今日、ゲストのAさんが来ていましたね。彼女はとても健康で能力が高く、四ヶ国語を話します。中国語は中国人のペイペイより上手でしたね(みんな、笑。「彼女の日本語は上手」と言うペイペイに対して)それはそうでしょう(みんな、笑)。しかし、私は彼女の華々しい優れた能力の背景に、いつも悩んでいる姿を感じ取りました。それで、通常はしないことなのですが、今日は彼女と話すことを提案し、午後その時間を持ちました。「あなたはこれから何をするのですか?」と質問すると、「今までとても忙しく、今、少し時間ができましたので、これから南フランスの田舎に行って、チーズとお酒を楽しんでこようと思います」と彼女は答えました。そこで私は、「そのことに対してはあなたが求めることですから、何も言いませんが」と言って、注文をつけたのです(みんな、笑)。「あなたはなぜそうするのかわかりますか?」と質問すると、彼女は自分のスケジュールの流れを説明し始めたのです。しかし、なぜフランスまで行ってチーズとお酒を楽しむのかというと、それはストレスが溜まっているからなのです。だから、それを解消したいのですよ、と伝えると、彼女は納得していました。そのように、誰もが無意識に選択する行動の原因を吟味せず、ただ湧いてくる感情やストレスのままに行動しているのです。彼女がフランスへ行って、チーズを食べお酒を飲むことに、地球は喜ばない。それは、私たちが生命であるということから問われる、生命力という意味では、逆の道を進んでいることになるのです。

人間たちは能力が高く、自然のままに生きているといろいろと不便を感じるでしょう?だから、それを改善していくのです。その結果、とても豊かな社会を創りました。これから、さらに究極の豊かさが訪れ、人間が考えるべきことを考えなくてもよくなる時代が来ます。それはAIが考えてくれるような時代が来ると言われているのです。そこで反対に、不便なことをいつも自らの行動に取り込んで生きていけば、人間は常に生命力が強くなります。そうすると、生きることを自分で考え、超えていける力を持つことができます。ところが、それを問題ごとだからといって、人間の高い能力で技術は人間が学習しなければいけない機会を奪い、より便利さを求め、楽な生活(現代はこういった状態を提供することをビジネスチャンスにしている)を実現するための改善を行っていくと、私たちから問題ごとを超えていく能力(生命力)を奪っていくことになるのです。

そのように、近代において、人間の技術革新・進歩は、人間の生命力を奪ってきました。先程のAさんは、どこかで高い意識を求めるために生きている人なのですが、ストレスから来る行動が自分の生命力を奪っていることに気付かず、ストレスに翻弄されている状態です。私は彼女に、「私は縁あってあなたに出会ったのですから、その縁にふさわしくあなたに親切で伝えています」と伝えました。彼女は、そのような物事の捉え方の切り口を初めて知ったのです。彼女は、両親やいろいろな人たちから彼女の生き方について、今までも言われてきたのでしょう。しかし、彼女は能力が高いので、すべて言葉でクリアし、自分の好きなように生きてこられたのです。しかし、そのように生きれば生きるほど、他者の話を聞かないのですから、孤独になっていきます。ストレスを何かで解消すればするほど、ストレスは蓄積していくのです。そして、何かで解消しなければ次に進むことができなくなるのです。これは、多くの人が陥る落とし穴ですね。

エニーはどこか神秘的で優秀な人ですし、よしてるくんは日記を見ると難しい字をさらっと書いていました。「あなた、すごいね!」と伝えると、「携帯で調べながら書いていました(笑)」と言っていました(みんな、笑)。でも、日記の内容はとてもしっかりとしているのです。前回のケアのときでもそうでした。よしてるくんは前回ケアを受けた後、よしてるくんの日記と私のコメントのやりとりが心の問答集としてホームページに掲載されたのです。しかし、結果挫折しました。つまり、良いことを書いて点数は得られても、それが実力にはならない。表面的に言葉で良いことばかりを語り、それに溺れ、自らの実力にしないのですから、先程から皆さんに伝えている要領の悪い人間の代表のようなものです。

よしてるくんは今回2度目の挑戦ですが、そういった不要なことはできたら一度もやらないでいたいものです。一度もやらなくても、物事をスムーズに行うためには、自分に向き合って逃げないことです。そして堂々と歩んでいく姿勢があったときに、不要なことをやらず、効率の良い人生を歩むことが可能になります。

今日はよしてるくんの卒業ですから、私は彼に伝えているようですが、実は彼をひとつの視点にして、その後ろにいる現代社会を生きる人々に伝えているのです。現代医療は彼のような人たちを食い物にしてきました。社会はそのような問題をこの世界にたくさん出しておきながら、解決するどころか、それをビジネスチャンスとしているのです。そういった現代社会の矛盾をひも解き、行き詰っている人たちが本当の原因を悟ることができれば、自ずとその行き詰まりは解決できるのです。ですから、ここで一番伝えたいことは、こういった医療機関では不可能な改善が、ここでは可能なのです。こういった現象のことを、一般社会では奇跡と呼びます。お医者さんでは不可能なことが可能となるのです。しかし、これは奇跡ではありません。物事の道理です。当たり前に人のあるべき方向性を考え、そのように進んだら、問題ごとには出会いません。ですから、何かに突き当たっても、逃げないで自分と向き合ってください。そういったとき、人はみんな、インチキをしている自分を知っているのです。自然の生き物は、生きることが真剣ですから絶対に誤魔化しません。しかし、人間は誤魔化して、たとえば学校に行きたくないとなったら、頭が痛くなったりして、器用に症状我発症するのです。

現代の人々が考えている豊かさや善意は、私たちに問題ごとの原因を与えていることになるのです。ですから、私たちも含め世の中の人すべてが、心を入れ替えないといけない時代が来たのです。先日卒業したエニーには、「今までのケア卒業生の中でもっとも高い意識で卒業する人です」と伝えましたが、よしてるくんには面談の中で悟りの話に触れていました。私たちは人間ですが、目覚めれば菩薩になれるのです。仏になるのは簡単にはなれません。菩薩の精神を継続し、その高い精神状態の延長に死を迎えることで、仏への道が開かれるのです。

そして、ようこちゃんがまとめたよしてるくんのケア物語の最後にある「時間の旅人として宇宙を生きている」というメッセージは、今朝私に湧いてきたものをようこちゃんがこのケア物語の最後に付け足したのです。そうしたら、タイトルといい、よしてるくんのケア物語にぴったりの内容でした。すごいなと思います。何がすごいのかというと、何も考えないで、思いのままに生きていたら、物事はすべて物語となりつながって、「なるほど」と納得できるのだと思いました。そのためには、言葉巧みに語り、評価を求めるのではなく、正直に素直に日々を物事から逃げないで生きることです。

よしてるくんは、三度目の正直とならないように。今後はしばらく木の花ファミリーで長期滞在をしながら、将来の方向性を探っていく予定です。ですから、以前とは違うよしてるくんになったと思います。彼には「人生学・哲学者」という称号を与えました。それは、生きることの意味を学習し論じる人のことです。よしてるくんは言葉を並べるのは得意なのですから(よしてるくん、苦笑)、健全な人生学を語れる人になってもらいたいと思います。

 

ー 生きることは私たちに託された「宇宙実験」 ー

これまで、私たち人間は欲望を満たすために獲得することによって幸せを得ようとしてきました。しかし、過去にも現在にも、地球上にそのような生命はいません。現代の物理的偏重の歴史は有史以来6500年と言われています。たった6500年のここまでの歴史は人間に託された、言わば「宇宙実験」のようなものだったのです。人間が獲得し何を得るのかというと、自我満足、つまり自我の欠乏を満たしているだけのことなのです。ところが、自我を満たせば満たすほど、自我は膨らんでいきます。その実態がようやく観えてきたとき――、人間の高い能力を美しい法則のままに生きている他の生命のように活かして、地球を生きなさい。そのように人々が地球上で生きたとき、私たち人間は、天が生命の中でももっとも高い存在として地球に降ろした目的を達成するのです。これが、地上に理想郷を創ること、つまり地上天国の実現なのです。そして、私たちのささやかな日常の中に、そのことが託されているのです。

それが人間として生きることの最上の喜びなのです。

 

 


エニーの28日間の心の旅 〜 卒業コンサート編

2019年6月6日から自然療法プログラムを受けていた25歳の中国人、エニーのために、7月2日の夜、卒業コンサートが開かれました。まず、木の花楽団からエニーに歌のプレゼントが贈られた後、エニーは28日間の滞在を振り返るケア滞在記をみんなに読み上げました。この滞在記はエニーがまず英語で書いたものをメンバーが日本語に訳し、以下の日本語版をエニーがみんなに読み上げたのでした。


 

エニーのケア滞在記

「エネルギーを正しい方法で使うこと」

 

以前の状態

  • 2年前、私が自分自身と私の内なる世界を探究し始めたとき、
  • 私の問題のひとつは考えすぎることだと気付き、それは本当に私のほとんどのエネルギーを奪っていると感じていました。
  • 私はその問題点に気付きましたが、この問題をどのように解決すべきなのか、本当にわかりませんでした。
  • また、過去2年間、私は感情の浮き沈みをとても頻繁に経験してきました。
  • 2018年の後半に、私の心がとても感情的になったときがありました。
  • たとえば、シャワーを浴びながらハミングをしていた次の瞬間には、私はとてもとても気分が落ち込み、泣きたくなったものです。
  • 私は瞑想やヨガを試し、それは本当に私の助けになりましたが、時々「感情的な私」が戻ってきました。
  • 2019年2月に私は木の花ファミリーの1ヶ月間の真学校に参加し、ジイジはそれが私の人間性であり、ジイジのような他者からの助けを私が必要としていることを伝えてくれました。
  • 私はそのことを真剣に受け取らず、自分でそれを解決できると思っていました。
  • 4月のある日まで、あることが原因で、私の心は周りに強く影響され、つらく感じていました。
  • その瞬間、ただ私が望むものは平安であり、外の世界によって乱されない平静を保ちたいと思いました。
  • そういった状況の中で、私にはたまたま時間があったので、木の花ファミリーで自然療法プログラムを受けてみることを決めました。
  • 通常、私は午前中に畑や他の場所へ作業をしに行き、午後は日記を書きました。
  • 毎日私は日記を書き、ジイジはコメントしてくれました。毎週私はジイジの面談を受け、ジイジは私にその週のフィードバックをくれました。

 
最初の1週間 – 私の過去から卒業する

  • 私は子ども時代の記憶から日記を書き始めました。
  • 1週間、記憶について書いた後、私の子ども時代のほとんどの記憶がネガティブであることに驚きました。
  • なぜならそれは、私は常に自分自身を被害者だと思ってきたからです。
  • 他者が私のことを良く扱わないときはいつでも、私は被害者のように感じ、傷つけられたように感じました。
  • また、私は良い結果を求め、ネガティブな自らの今までの方法で考えてきました。
  • たとえば、私が小学生のとき、私たちはたくさんのテストを受けました。テストの結果が良いだろうと思ったときに、結果は良くないことが何度もありました。結果が悪いだろうと思ったときには、結果は良いものでした。そこでテストを受けた後、私は物事を悪く考える傾向がありました。なぜなら、そうすることで、良い結果を呼ぶことになると私は信じていたからです。
  • ですから最初の面談で、ジイジはそのことを指摘し、何が起ころうと、私には少なくともその半分は責任があり、私は決して被害者ではないと伝えました。
  • さらに、私のネガティブな思考はまったく客観的ではない私自身の論理に過ぎないことに気付くべきであり、その古い癖から飛び出すべきだとジイジは伝えました。
  • いずれにしても、過去は過去なのですから、私に過去から卒業するべきときが来たのであり、「困難はチャンスでもある」ということわざにあるように、ポジティブに客観的に物事を観るべきときが来たのです。

 
次の2週間 – 自分自身の問題を見つける

  • 「あなたがどのように一日を過ごすのかは、あなたが一生をどのように生きるのかを示すでしょう」ということわざがあります。
  • 2週間の間、いろいろな形で私に私の問題を示す異なる現象がありました。
  • もちろん大きな問題のひとつは、不要なことを考えすぎることでした。
  • さらに悪いことに、不要なことのほとんどは個人的なことであり、その場合私はとても小さな器の中でぐるぐると回り続けていました。
  • もし私がとても広い世界観を持つことができていたならば、実際に私の思考エネルギーをまさに正しい方法で使うことができたのです。
  • 同時に、自らの器から飛び出し、客観的かつポジティブに物事を観ることができたことでしょう。

 
最終週 – 自らの柱を見つけ、種と蓮のように生きようとする

  • 3週目の終わりに、ジイジは私の将来のイメージについて私に質問しました。
  • それで私は、何をしていようと、私がしたいことはただメッセージを届けることであり、自分にはその才能があると信じていると答えました。
  • そしてジイジは、それが私の柱であり、常にそのことを覚えておくようにと伝えました。
  • ですから最終週で、種と蓮のように、私の心の中にあるその柱と共に生きようとしました。
  • 種は芽吹くために、土の中にあるいろいろな石や砂利、その他の困難を通り抜けるものです。そして、蓮は汚い泥からでも、清らかな花を咲かせるのです。

 
将来 – 実践の人生

  • この滞在記を書き始めたとき、目から涙があふれ続け、私はそれがなぜだかわかりませんでした。
  • 私は1ヶ月間木の花ファミリーで暮らし、自分自身を探究するこの機会を得たことをとても感謝しています。これは宝物です。
  • 私のプログラムが順調に進められるよう、私はこれまで木の花ファミリーのすべてのメンバーからお世話になりました。
  • 誰ひとり欠けても、私のプログラムはこれほどスムーズには行かなかったと思います。
  • これは宇宙からの素晴らしい贈り物であり、宇宙からの愛を私は感じました。
  • 私にはこれからの人生において、この愛を人々に手渡す責任があると感じました。
  • 柱を維持しながら、私は前に進み、自らのエネルギーを世界に捧げます。
  • 「継続は力なり」という古い中国のことわざにあるように、私はそれを行動に移し、より良い世界を創るために毎日実践していきます。

 


その後、メンバーからエニーにメッセージが贈られ、最後に自然療法プログラムの主治医であるジイジからエニーに次のメッセージが贈られました。


 

ジイジからエニーへ

「より良い社会づくりのための自然療法プログラム」

今、エニーとの出会いを振り返ってみますと、長い付き合いでしたね。彼女と初めて出会ったのは、昨年の11月のことでした。私はいつもその人から感じる響きを判断の材料にします。彼女を初めて見たとき、彼女の響きは明快ではなく、暗いものでした。ただ、そういった自分の状態を改善したいという心はエニーにありましたし、一番はそういう自分に苦しんでいました。

一般的に自然療法プログラムで改善を引き受ける場合、心の病気の人を引き受けます。そういう意味では、彼女は心の病気の状態とは言えませんでした。人生の中でいろいろな問題があったとして病気を発症した人は、自らの中にある何らかの原因で行き詰まっています。ところが、未だ病気に至っていない状態の人は、その状態を自らに問題を感じないようにうまく処理し、自らにもうまく言い聞かせている状態なのです。そのような人は、この自然療法プログラムを受けても、なかなか改善しにくいのです。ですから、積極的に彼女に改善を提案したわけでありません。当初、彼女も自分で何とかできると思っていたようでした。しかし、それが人生の行き詰まりの原因なのです。何か問題があるときに、誰がその問題をつくっているのかを考えた場合、自らの外に原因を求めている人はその原因を掴むことも、自らを振り返ることもできません。そこで、自分でもいろいろなことを試し、他者からもアドバイスをもらい、それでも問題を解決することができなければ、自らに原因があると気付くものですが、自分の内に問題の原因を見つけ出せない人は、自らの内に原因があることを認めず、そういった状態から抜け出し改善することが難しいのです。私たちがこのような人の状態に気付いてからは、そういった人たちに対してあえて改善プログラムを引き受けてきませんでした。

しかし今回、なぜだか私も提案の理由がよくわからないままに、私から投げかけをしました。そして、彼女はこのプログラムを受けることを決めたのです。実際にこのプログラムがスタートしたとき、私の印象としてはさらに手ごたえのない、難しい状態だと感じていました。ところが、彼女の日記を読んでも、今日のケア滞在記を読んでも、とても理論的で、素直に落とし、とてもスムーズにこの改善が進んでいったのです。これは、私の予想も外れましたし、今までたくさんのケアを引き受けてきた中で初めてのケースです。

そして、ケアの最終段階に入ったとき、エニーは自分自身の心の問題に興味を示さなくなり、これから自分が行う活動、つまり人々が目覚めることの大切を発信するメッセンジャーとして生きていくことに意識を向けるようになったのです。彼女は、この世界は愛によって運営されていることを人々に伝える、と言い出したのです。

こういった一連の流れを分析してみると、エニーのケースは、心の具合が悪く問題ある人生を生きてきた人がそれを改善するために来たのではないことが観えてきます。まだ25歳で年齢的には若いので、人生を悟るには少し早いと思うのです。それにもかかわらず、エニーはこれから自分が何をするべきかについて、具体的ではないかもしれませんが、心が向いている方向は明快になってきました。これは、今の時代が産み出したことだと思います。

今年、日本では令和の時代を迎えました。そして宇宙的には今、冥王星の248年のサイクルが終わり、私たちは新しい宇宙時代を迎えているのです。そこで、ひとつの物語を考えました。エニーは新しい時代に貢献するために生まれ、その新たな時代の大切を理解するために、今までのあまり良くない人生を経験したのだと。もし、そうだとしたならば、ここでそこまでの人生に漂っていた雲が晴れることになります。そのように考えると、エニーが子どもの頃からずっと体験してきた不愉快な問題は、エニーが目覚めるためにあったのです。それはとても必要なことだったのです。エニーの滞在記の中に書かれていた、「種と蓮」の話が浮かんできます。

「自然療法プログラム」の「自然」とは、「自ずと然るべき」状態であるということです。自らの内にある自ずと然るべき状態になる。これが私たちの本当の健康の状態であり、この世界において正しい状態です。この自然療法プログラムを卒業する人に、私はいつも伝えることがあります。「私はあなたをサポートしただけであって、あなたが自らの内にある本当に気付いて、あなたが自らの闇から抜け出てきただけですよ。」つまり、自らの闇の中にい続けるのをやめ、内にある闇の存在を知り、光のほうへ向かって出てくることは、自分自身の力で行うべきなのです。

今、この話をここにいる皆さんにしながら、今の中国の人々に何か気付いてもらいたい、という想いが湧いてきました。私たちは人生においてこの世界から自分というものを託され、自らの一人分健康な人生を生きることは、一人分世の中を健全にする役割が託されているのです。今までの時代は、人生においていろいろな問題ごとがあっても、社会はそれが存在する意味を吟味することなく多様性として認めてきました。しかし現代において、このように人々が好きなように生き、調和することを怠ってきた結果、社会には問題ごとが山積してきました。そうすると、自然はそれを気付かせるために問題ごとを人々に与え、それを受けて人々は改善する知恵を発揮してきたわけです。そうすると、人の内から自然に正しいところへ立つ力が湧いてきます。そのケースでは、それまでの問題ごとを引き起こし、闇の中で生きてきたこと自体が、その力にもなるのです。しかし、現状の自分に囚われている状態では、その方向へ向かうことに気付くことはできません。エニーの日記には、そういった自らの内にあったことに気付いたことが書かれてありました。この気付きがすばらしいのです。そして、誰もがそういった自分自身の立ち位置に気付き、そしてどこへ行くべきなのかがわかれば、自ずと自らの力で改善できるようになります。そうしたら、今の世の中にあるたくさんの問題ごとは自ずと解決されていきます。そういった意識レベルに人々が達すれば、社会には医者も弁護士も警察もいらない世界が実現し、今必要とされているものが不要になってくるのです。

ですから、私は自然療法プログラムの主治医として、本当のことを言います。(いつも本当のことを言っています(笑))。「私がこれを提供する目的は、病気の人を治すことではありません。その人が健康になり、健全に人生を生き、社会が健康になることを目的としているのです。」ですから、自然療法プログラムの目的は、より良い社会づくりとなるのです。それは、私たち一人ひとりが生きる、本当に果たすべき役割に立つということです。まさしく、これからの時代にこの物語はとてもふさわしいものです。

エニーの改善物語は、多くの人の参考になります。そして、あなたらしく、そういった経験を21世紀のメッセンジャーとして、人々に伝えてあげられる人になってください。

卒業式にはいつも、「卒業おめでとうございます。そしてひとつの事例を見せていただき、勉強になりましたのでありがとうございます」と伝えるのですが、エニーとはそれで終わるのではなく、これから私たちは共に活動していく仲間となりました。この事例はとても良い事例でしたし、とても良い卒業式でした。ありがとうございます。

 


 

エニーの物語は、7月15日にロータスランドで開催されるジイジのお話会「奇跡が起こる 目からウロコの自然療法」でも紹介される予定です。ちなみに、7月15日はエニーの26歳の誕生日でもあるのです。

エニー物語はこれからも つ・づ・く

 

 


 

自然療法プログラムの根本となる世界観を

さらに深く学んでみませんか

 

2020年2月23日〜3月21日

「1ヶ月間の真学校」開催 !!

1ヶ月間の真学校とは

1ヶ月間の真学校は、毎年2月から3月にかけての1ヶ月間、木の花ファミリーにて開催される、21世紀の人類の生き方を学ぶプログラムです。

「学校」とは本来、それまで知らずにいた、もしくは確信を持てずにいたことについての、新たな学びに出会う場所です。子ども達は学校に入学すると、それまで知らなかったたくさんのことに出会い、一つひとつを新鮮に受け取りながら生きる世界を大きく広げ、どんどん成長していきます。ところが大人になるにつれ、「自分はこういうことを学びたい」と価値観が固まっていき、自分の価値観に沿うものだけを受け取るようになるものです。

1ヶ月間の真学校は、あなたが今のあなたの価値観を元に学びたいと思っていることだけを提供する場ではありません。なぜなら、時代が大きく変わろうとしている今、これまでの価値観ではもはや、新たな時代を生き抜くことはできないからです。そしてその価値観が今の社会を作ってきた結果、世界はどこにも突破口を見出せない大きな行き詰まりを迎えているのです。今、私たち人類は、これまでの価値観のまま生き続け破滅の道へと向かうのか、それとも宇宙の流れに乗って自らのあり方を根底からひっくり返し、古い価値観では想像もできなかった新たな世界へと足を踏み入れるかの、重大な岐路に立っています。

1ヶ月間の真学校は、それまで出会ったことのない、新たな世界に出会う場です。それは今のあなたが思うよりも、はるかに異次元の学びです。古い価値観への囚われを捨て、未知の学びへと踏み出した時、あなたはそれまでのあなたの枠を突破し、新たな自分自身に出会うこととなるでしょう。その学びは、あなたの人生に突破口を開き、現代社会が抱える問題を解決する糸口となり、地球の未来へと貢献する道を開くのです。

1ヶ月間の真学校では、現代社会の固定概念を超え、新たな世界へと踏み出す意志をお持ちの方をお迎えします。そしてその学びを現実の生活として実践する木の花ファミリーを舞台に、プログラムを提供します。

 

あなたは あなたの知らない世界へ

行く意志がありますか?

 

スライドショーには JavaScript が必要です。

*スイングバイ・・・宇宙探査機等が目的地へ向かう時、天体の運動や重力を利用して、軌道修正したり推進力を上げること。

 

開催概要

日 程
2020年2月23日(日)〜3月21日(土) 28日間

会 場
木の花ファミリー
静岡県富士宮市猫沢238−1

対 象
■ 今の自分に枠があることを知り、その枠を超えることで新たな自分と出会う意志のある人
■ 今この時代に人間として地球に生まれてきた真の意味を知りたい人、または興味のある人
■ 現代社会の行き詰まりへの突破口を探している人
■ 人生に行き詰まった、或いは人生の転機にあり、その突破口を求める人
■ 失われてしまった、すべての生命が共に豊かに生きる美しい世界を、地球上に実現したい人

メイン講師 ジイジ

内 容
講座は「世界観」「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」と多岐にわたりますが、全講座に共通する最も重要な学びは、物理的な現象の奥に流れる深い精神性です。
1ヶ月間の前半の2週間では、固定概念を外して世界観を広げると同時に、『人格を学ぶ講座』を通して受講生一人ひとりの人格や天命を紐解きながら、人それぞれに異なるオリジナルな心の性質を客観的に捉え、分析する術を学びます。なぜなら、多くの人は自分でも気付かないまま、この世界を主観で捉えているからです。それぞれが独自のフィルターを通して世界を眺めていながら、フィルターがかかっていることに無自覚なため、実際には自分の色が付いているにもかかわらず自らの視点が絶対であると思い込み、その結果、世界にたくさんの矛盾や対立をもたらしてきました。
そこで1ヶ月間の真学校では、まず自分がどのようなフィルターを持っているのかを正確に捉え、人生で最も身近な存在である「自分自身」とは何者なのかを知ることから始めます。自らを正確に知ることは、自分と他者との違いを知ることです。違いを知ることで他者を理解し、円滑なコミュニケーションが取れる人へと成長していきます。そして、自分と他者とを正確に捉えることによって初めて、自他の関係を活かすことができるようになるのです。

こうして自らの性質を理解したところで、後半の2週間では、多様な題材を通し、物事を冷静かつ客観的に捉える視点を育み、さらに世界観を広げていきます。そして現代社会を生きる意味を理解し、様々な問題を根本的な解決へと導く、広く高い精神性への学びを深めます。
この学びは、机上の空論ではありません。毎晩行われるコミュニティ・ミーティングのほか、誕生日会や季節の催事などへの参加を通して、講座で語られる世界観を日々の生活の中で実践するファミリーの暮らしを実際に体験していただきます。

講座の様子

〈 講座例 〉
人格を学ぶ講座(カルマ読み・地球暦・カタカムナ)/世界観を広げる/カタカムナ/天然循環法(食・農業革命・医療革命)/食と食養生/自然療法プログラム/性と宇宙/21世紀の死生観/菩薩の里の経済/心のシェア/有用微生物群の培養/自然災害と防災/心豊かに生きる
* 講座は座学が中心です。どのような学びも、大切なのはその根本にある精神性です。1ヶ月間の真学校では、受講生が卒業後にそれぞれの現場で学びを実践していく際の根本となる、精神性を育むことに最も重点を置いています。
* 上記講座はあくまでも一例であり、プログラムは状況に応じてその都度変更されます。
* その他、フリータイムがあり、受講生同士で相談をして独自の講座を創ることも可能です。
* 海外からの参加お申し込みがあった場合は、日本語と他言語(英語・中国語)でのプログラム提供となります。
* より詳しい内容を知りたい方は、以下の専用ブログにて、これまでの講座の様子などが紹介されています。どうぞご覧ください。
1ヶ月間の真学校ブログ

「心のシェア」の座談会

1日の流れ
7:30  朝食
8:30  午前の講座(途中休憩あり)
12:00 昼食・昼休み
14:00 午後の講座(途中おやつ休憩あり)
17:30 入浴
18:30 夕食
20:30 大人ミーティング(自由参加)
* 時間は日によって変更があります。
* 毎週日曜日(または土曜日)は休講日です。
* 畑やキッチン、子育てなどを体験する「生活体験」の時間もあります。

サポーター制
受講生には、ファミリーメンバーの中から基本的に同性のサポーターが1名付きます。多彩なメンバーたちが受講生の学びを全力でバックアップします。

定 員
15名
* 定員になり次第締め切りとさせて頂きます。お申込みはお早めにどうぞ!

参加費
収入に応じたスライド制になっています。(自己申告制)
① 年収200万円未満・・・18万円
② 年収200万円以上400万円未満・・・20万円
③ 年収400万円以上・・・22万円
* 参加費には、受講料、宿泊費、食費、保険料、消費税等一切を含みます。
* 分割払いをご希望の方はご相談ください。

お申込み
下記リンク先の専用お申し込みフォームへご入力の上、送信してください。
「1ヶ月間の真学校」へのお申し込み

お申し込みは、参加費のご入金をもちまして正式に受け付けとさせていただきます。ご入金のあった方から順に受け付け、定員に達し次第受け付けを締め切りとさせていただきますので、どうぞご了承ください。お申し込みフォームをお送りいただきましたら、折り返し担当者より詳細のご案内をさせていただきます。
* 参加費は、講座開始日30日前までにご入金ください。
* お申し込み後のキャンセルは、主催者への負担となるだけでなく、他の方の学びの機会の損失にもつながります。特に海外から参加される場合、事前に数ヶ月間の準備期間を要するケースが多いため、講座開始間日間近にキャンセルが発生しても準備期間が足りず、受講を希望される他の方が参加できない場合がございます。そういったことのないよう、どうぞお申し込みになる前に、受講のご都合とご意志を今一度ご確認くださいますようお願い申し上げます。
* 講座開始日90日前以降のキャンセルに関しましては、キャンセル料を申し受けます。

主 催
NPO法人ぐりーんぐらす

共 催
木の花ファミリー

お問合せ
NPO法人ぐりーんぐらす
電話:0544-67-0485(担当:池谷・古橋)
メール:truthschool★npo-greengrass.org(★を@に置き換えてください。)
ご不明な点は、どうぞお気軽にお問い合わせください。

ご参加お待ちしています!

 


エニーの28日間の心の旅 〜 日記編

中国人の25歳のエニーは、2019年6月6日から自然療法プログラムを受け、28日間でプログラムを卒業することとなりました。(詳細については、木の花ファミリーブログ「時間の旅人として宇宙を生きている~自然療法プログラム・エニー物語」をご参照ください。)プログラムの主治医であるジイジ曰く、「エニーは今まで自然療法プログラムを受けた人の中で、もっとも意識の高い状態で卒業する人だと感じています。」
ジイジはケアスタート時の面談の際、彼女に子どもの頃からの記憶と毎日の心の動きを日記に書くことを課題として与えました。エニーの元々の性質である複雑に考えすぎる傾向に、子どもの頃からの日常に対する悪い印象によって不要なことをネガティブに考える傾向が加わり、思考が整理されないままに今まで人生の滞りを生んできたエニー。そんなエニーにジイジは、「あなたの中に湧いてくるたくさんの思考を、必要な思考と不要な思考とに仕分け、深く広くポジティブに物事を捉えられる人になることが、今回のプログラムにおけるあなたの最終目標です」と伝えました。
今回は、そんなエニーがプログラム中に綴っていた膨大な日記のダイジェスト版をご紹介します。28日間のエニーの心の変化が、みなさんの心に伝わることになれば幸いです。

*日記には、毎日ジイジが客観的な視点からのコメントを返しました。以下、ジイジからのコメントは青字で記載されています


 

6月 6日

〈 記憶 〉

  • 子どもの頃、私はあまり多くを話さないタイプの人でした。祖父母を含む私の親戚は、私のことを自閉症だと思い、私の母に私を心理学者のところへ連れて行くことを勧めましたが、母はそれは単に私の性格だと言っていました。そうは言っても、母は常に社交的な人々は良い性格で、内向的な人々は良い性格ではないと考えていました。母は社交的で、私は内向的であり、母は私の性格に満足しておらず、常に私に社交的になることを求めていました。

〈 日記 〉

1 –

  • ジイジとの面談の時、ジイジは、私の顔の吹き出物の状態が悪くなっている、それは意識の低下から来ているのではないかと言いました。
  • その時、私の心の中の声はこう言いました。「いいえ、そうではありません。なぜなら、私は明らかに以前より意識的で穏やかになったと感じています。」
  • でも、私はそれを言いませんでした。ジイジの言葉を受け取り、それでどうなるかを見たいと思ったからです。議論をしても意味はありません。

コメント:主観と客観の違いを理解するチャンスでもありますね。

  • もしも過去の私が同じ状況に出会っていたら、きっと私はそれを口に出して議論していたでしょう。(特に、誰かが私を評価し、その評価を私が受け入れられない時に、私はすぐに言い返す傾向があります。)

コメント:その性質が、今まであなたが出会ってきたことの大きな要因でもあります。そして、今現在もその心はまだあなたの中に潜在しています。わかりますか?

2 – 泣きたくなった

  • 面談の時にジイジが「あなたを改善し、世界の平和に貢献してください。それはあなたの望みでもあるでしょう?」と言った時、どういうわけか心に響いて、泣きたくなりました。

コメント:あなたの中にそういった優れた人生を生きる望みがあることが理由なのでしょう。そして、そういった生き方が今現在できていないからでもあるのでしょう。いろいろな意味で次のステージに行く時が来ているのです。今回のあなたの改善プロジェクトは、あなたの人生にとって最も重要なものであり、今後のあなたの人生の価値を決定するものでもありますから、確実にものにしていきましょう。そのために、自分自身に対する執着を取り去っていくことが大切ですね。

 

6月 7日

〈 日記 〉

1 – 後悔

  • 今朝、私は早朝の5時ごろに目が覚めました。時間を見て、何もすることがないからまだ起きるには早すぎると思いました。
  • そこでもう一度寝て、6時に目が覚めました。多く眠ったけれど、気分は良くありませんでした。
  • 最初に目が覚めた時に、すぐに起きられれば良かったと思いました。

2 – 後悔

  • 朝食に、ご飯を小さなお茶碗に2杯食べました。
  • 1杯目を食べ終わった時に、もう少し食べられると感じたので、おかわりをしました。
  • 午前中、私のお腹は少々満腹な感じで、あまりいい感じではありませんでした。
  • ご飯を1杯だけにしておけたらよかったと思いました。

3 – 玉ねぎのヒゲを切る

  • 玉ねぎのヒゲを切る作業は、簡単だし、他の人たちの会話を聞いて日本語を聞く練習にもなるので、楽しかったです。
  • 同時に、私は頭の中で、自分自身の問題について考え、それをどのように解決したらよいかを見出そうとしていました。
  • 私はいつも、より物事を効率的に進められるように、自分を穏やかにしようとしているのだと思います。
  • 穏やかになることは、その境地に至ることが目的というよりも、物事を終わらせるための手法のようなものです。
  • 他の事例として、瞑想をしていた時に、私は時々、瞑想は頭をクリアにしてより良く働けるようになるための素晴らしい手段だと思いました。
  • 瞑想をしている間も、たくさんのことが私の頭の中に浮かび、私はそれを頭の中で解決しようとしていました。

コメント:ムリなコメントかもしれませんが、自分に特化した話題限定で思考が回っているため、そのようなつもりはないのでしょうが、言わば損得勘定の思考の連続ということになります。損得で考えるのではなく、正しく冷静に物事を情報として掴む思考にしないと、そういった堂々巡りの思考回路から抜け出すことは難しいです。それはこれからの課題ですが、理解できますか?
大切なことは、新しい自分に出会うことですが、それはまったくあなたが別の人になることではありません。新たなバージョンのあなたに出会うということです。新たなあなたもあなただということを理解して、次のステージに進みましょう。

 

6月 8日

〈 記憶 〉

  • まだ小学校にも入学していない子どもの頃、私の行儀が不十分だと、両親はお尻を叩くなどの乱暴なやり方で私を罰したり叱ったりしました。また、彼らは時々私を外に締め出して、私が自分を振り返ることを求めました。大きくなると状況は良くなり、両親は私が何か間違ったことをすると、私に教訓を教えました。私は両親に、どうして小さな頃に乱暴なやり方で私を罰したのかを聞きました。彼らが言うには、私は自分の考えが正しいと思い、とてもとても頑固だったそうです。例えば、両親が週末に公園かどこかへ連れていってくれることを私に約束しながら、計画が変わって私をそこへ連れて行けなくなった時、私はとても不愉快になり、どうして両親は約束を守らないのかと文句を言っていました。その時から私は、人は一度約束をしたら必ずそれを守らなければならないという考えを強く持っています。

コメント:相手の自分に対する対応が良くなく、それが内に強く残っているときは、自分のことに意識が偏っているときが多いのです。そして、それはトラウマのようになります。思考回路ではなく、ただ悪い印象ということがベースにあって出てくる思考ですから、良い思い出にはなりません。そういった場合、客観的な物事の捉え方をし、なぜそれが起きたのかをいろいろな角度から分析し、観てみる必要があります。そうすると、その経験は学びとなり、あなたの人生の延長に良い結果をもたらすことになるでしょう。

〈 日記 〉

1 – 少し急ぐ

  • ねぎを収穫している時、畑には私を含めておよそ4人の人がいました。
  • 私にとって、ねぎを収穫するのは初めてでした。しばらく収穫をしてから、他の人はどのように収穫しているのかと周りを見渡してみました。
  • 彼らは、とても良い速さで収穫していました。彼らと比べると、私は少しゆっくりでした。
  • その時、私は彼らと同じ速さでやりたいと思い、もう少し速く収穫しようとしました。
  • スピードを上げたら、別の考えが浮かびました。なぜ彼らと同じ速さでやらなければいけないのか。自分に合った速さに戻した方がいい。
  • それで、スピードを落として自分のペースで収穫をしました。

コメント:いろいろなことで思考が振り回されています。結論を先に出すのではなく、やってみてその結果、何が得られたかをいただく精神が大切なのです。そうしないと、人はいつも自分の思考に振り回されることになります。それでは悟りからは遠くなる一方です。今、あなたが心がけることは自分自身に対して、心地良い結果が毎日訪れるように努力するべきなのです。それを得るためには、まずやってみてから答えをいただくという姿勢でないと、そこには到達しません。ちょっと難しい表現ですが、次回の面談において、詳しく説明します。

 

6月 9日

〈 記憶 〉

1 –

  • とてもとても鮮明な記憶があります。まだとても小さな頃、私が地面の上で転んだ時に、母は私に自分で立つようにと言いました。

2 –

  • 5歳か6歳の頃、私は泳ぎを習っていました。プールの中で、私は浮き輪を付けていて、それを外すことを拒んでいました。
  • 父が私と一緒にいて、父は私に浮き輪を外すようにと言うことについてだんだん忍耐を失っていきました。
  • 父は力ずくで私を水の中に入れ、私はもがきました。
  • それは数分間続きました。
  • その時初めて、私は水の中で目を開け、水の中の世界をはっきりと見たのだと思います。青い青い水と、父の体が私のすぐ横に立っていました。
  • そして、私は泳ぎ方を学びました。

コメント:幼い頃の記憶が残っていて、それもネガティブな記憶だとしたら、それは過ぎ去ったこととして、そろそろ記憶から消していくことが大切なことです。そのためには、ネガティブな思い出を持ち続けることを超えていかなければなりません。

〈 日記 〉

1 – ほっとする

  • 最近あったことについて、話したいと思っていました。その中で、私はいくつかの違った感情を認識していました。その物語は長く複雑で、どのように話し始めたらいいのかがわかりませんでした。
  • しかし、私の日記に対するジイジからの、「損得勘定で思考していることに原因がある」というコメントを読んで、突然、それが私が書こうとしていたことの根源だと思いました。
  • 私はほっとして、その話を書くことをやめました。

コメント:知らない間に、人はそういった損得勘定に陥るものです。それは、自分を守ろうとする心でもありますが、結果として人生の中で良いものをもたらすものとは言えません。

2 – 飛ばして進みたい

  • 最近、仏陀の物語を伝えるシリーズもののインドのテレビ番組を観ていました。
  • 多くのシリーズもののように、番組には主人公の仏陀を妨害する存在として、悪者が登場しました。
  • そういったシーンを観ると、私は時々そのシーンを飛ばしたくなります。

コメント:人が悟りに至るまでの進化の道には、様々な妨害があるものです。しかし、それは外からの妨害というよりも、自分の内にある性質が産み出したものです。そこを取り違えたら、根本的な解決には至りません。

3 – 矛盾

  • 私は友人に電話で、最近ネット上で出会い私を不快にさせたある人に対する不満を言っていました。
  • 私は一方で、ネガティブな感情を表に出す必要があり、そのためには友人に話すのがいいと考えていました。
  • またもう一方では、他人の陰口を言うのは良くないとも思っていました。なぜなら、外にあるすべてのものは自分の内なる世界の現れであることを、私は知っているからです。それで、仏陀のような他の人が、私と同じ状況にあったらどうするだろうかと考えることを止めることができず、彼らのように振る舞おうとしました。
  • 私はこの2つの考えを友人と交換し、友人は、私は時々自分に厳しすぎるのではないかと言いました。

コメント:自分に厳しくする目的として、自他を区別しない精神を会得するためには、まず自分自身の内にある問題点を克服しなければならないものです。こういった経験は、信念ある自分を鍛えてくれるチャンスでもあります。それを理解して行動するなら、とても有効なことでしょう。

 

6月 11日

〈 記憶 〉

  • 「あなたの子どもの頃の記憶はほとんどネガティブですね」というジイジのコメントを読んだ後、私は突然それが真実だと気付きました。だから、私は良い記憶を思い出そうとしましたが、ほとんど出てきませんでした。私がかつて困難なことに出会ったとき、次の孟子の言葉を唱えていたことがただ思い出されました。「天の将(まさ) に大任を是の人に降 (くだ) さんとするや。必ず先ず 其の心志(精神) を苦しめ 其の筋骨を労(疲労) せしめ 其の体膚を窮餓 (餓え苦しむ)せしめ」。。。。
  • この文章は、私が多くの困難を経験することを助けてくれました。またそれは、物事がスムーズに行くとき、私は物事がスムーズに行くことを信じず、他に問題がないのか何度も確認していた事実の原因にもなっています。たとえば、私はドアを閉めるとき、時々本当にドアが閉まっているのかを確認するためにドアまで戻っていって、ドアを強く引くことによってそれを確かめることがあります。

コメント:自分自身に対するいろいろな良いイメージの結論を求めているようですが、どんな試練も、その結果が答えを出すことであり、もしあなたにその試練に対する答えがまだ来ていないとしたならば、今までの出来事をポジティブに捉えるチャンスになります。既に答えが出ていると考えれば、あなたは今までの自分の姿勢を都合よく解釈しようとしていたのですから、そこで自分自身を改めるチャンスに使うべきです。都合のいい理屈ばかりを並べていると、自分にとって歓迎すべき答えは出てこないものです。

 

6月 12日

〈 記憶 〉

  • ない

〈 日記 〉

1 – 鼻歌を歌うこと

  • 倉庫で玉ねぎのヒゲを切っていたとき、なぜだか鼻歌を歌い始めたことに気付きました。
  • 私はこの種の無意識的に歌うことが大好きです。それは少し「ワンネス」の感覚です。

2 – 恥ずかしい

  • 私は政治的なニュースにほとんど注目することがなく、それは私と関係がないと思っています。
  • お昼に、香港の抗議活動を報道するニュースがあり、木の花の人々はそれを真剣に観ていることに私は気付きました。
  • 突然私は、木の花の人々でさえ、私よりも中国の状況についてもっと気にしていることに気付きました。
  • 私は極めて恥ずかしく感じ、自分の狭い世界観がここで示されていると思いました。

コメント:人の人生は、その人の世界観によって、どんなものに興味を持ち、反応し、そしてその人生が展開されていくかが決定されます。あなたに過去の思い出を日記に書いてくださいと提案したのは、それが遠い昔の、今はすでに終わってしまった子どもの頃のことであっても、あなたの中にその記憶が残っている限り、あなたの意識はそこのレベルから発せられるからです。それをあなたは理解し、自らの意志でそこを卒業していくことが必要なのです。子どもの頃の不完全燃焼をそのままにしていくと、その傾向はずっと大人になってからも持ち続けます。そしてすでに過ぎ去ったことであったり、大人として自立して生きていくような立場に立ったとしても、その不完全燃焼はいつもその人の人生に影響を与え続けるものです。それを克服するためには、その状態を客観的に理解する必要があり、客観的目線を持たない者には、そこから抜け出すことは難しいのです。
私たちがここで生活しているのは、私たちがコミュニティとして望む生活をし、生きているだけではありません。もちろんそういった要素は大いにありますが、それも結果として、優れた生き方として社会のモデルになるためであり、そのようなモデルが必要な現代社会において、問題を発生させている地球規模の出来事は、私たちにとってとても大きな興味なのです。ですからこの暮らしは、何のためにそういった生き方をしていくのかという意志に対して魂を入れるものなのです。
あなたも「1ヶ月間の真学校」でたくさんの情報を得ましたが、器が小さいとどんなスケールの大きなことも、小さなこととして解釈してしまうか、もしくは、入ったものがこぼれてしまい、その結果、現状があるということに気付き出したのでしょうね。今回あなたがこのプログラムを受ける目的は、今までのあなたを卒業して新しいあなたの世界観と人生を獲得するところにあるわけですから、これを伝えるのに、日記の返答だけでは伝えられないと思っていました。ですから、1週間目の面談において、詳しく伝えようと思っていましたが、今のところ、その1週間目に伝えるにふさわしい精神状態になってきたということですね。プロジェクトは順調良く進んでいるという証でもあります。

 

6月 13日

〈 日記 〉

1 – 痛み

  • 私はよく椅子やテーブルやベッドの足にぶつかり、いつも足に黒や青のあざを作っていました。
  • 私はなぜだろうと思っていましたが、今はその答えがわかります。
  • 今日、私はベッドと椅子の足に、合わせて2回ぶつかりました。
  • これはいつも、私がどこかへ急いでいこうとした時に起こりました。
  • 私は急いでいる時、その目的地だけに意識が向いてその他のものを無視する傾向がありました。
  • それも、世界観が狭いことのサインだったのかもしれません。

コメント:世界観が狭い意識の結果、ひとつのことを考えると、他に注意を払うことを怠ってしまうようなパターンでしょうね。ただ、それは世界観が狭いだけではなく、興味のあることに集中し過ぎて、周りに配慮ができていない、余裕や落ち着きのなさとも言えます。一つひとつの物事に、客観性や、それから物事を冷静に捉えていく心の余裕を持つことが大切なことです。

2 – 穏やか

  • 今日のジイジとの面談は、私にとってターニングポイントに思えます。
  • 私の心の中で何かが変化し、何でも穏やかにできるような気がしました。
  • 夜中に蚊に起こされてさえ、私は穏やかに彼らと過ごすことができました。
  • 過去の私なら、よく眠れなかったとイライラして、不満を言ったことでしょう。

コメント:とても良い日記の内容です。あなたがそういった落ち着いた精神状態になることは、私の喜びでもあります。ぜひこのプログラムを完成させて、世の中に貢献できる人になってください。

 

6月 15日

〈 日記 〉

1 – 天気に影響されない

  • 今日は雨が降っていました。
  • 驚いたことに、私の気分は以前のように天気に影響されませんでした。
  • 過去には、雨の日にはだるくなって少し気分が落ちたものでした。
  • 今日はすべてがいつも通りでした。

コメント:素晴らしい!僕は天気に影響されてどんよりしながら、でも口数は多く、作業は予定通りやりました。

2 – 強さの不足

  • 朝、ビニールハウスへ草取りに行きました。
  • 時々私は草を抜くために膝を曲げなければならず、また時々立ち上がらなければなりませんでした。
  • それを2時間続けた後、私には十分な強さがないことを感じ、疲れを感じました。
  • 疲れた時、私は良い心の状態を保つことが難しくなることに気付き、いくつかの考えが浮かんできました。
  • 何かをしている時に一番良い状態とはどういうものだろうと考えることを、止めることができませんでした。
  • 何も考えない状態がいいのでしょうか?それとも、今やっていることを考えるのがいいのでしょうか?

コメント:作業を効率良く行い、疲れない方法を考えることが一番良いことです。

3 – 自分をどう活かすか

  • 面談の時にジイジが私に伝えてくれた、「もしもあなたがもっと物事を深く、広く考えられる人だとしたら、あなたはまだ自分の活かし方がわかっていない」というコメントについて考えていました。
  • そこで、視野を広げて考えるようにしています。例えば、食べ物を食べる時、その食べ物を作った人々の労力や、その食べ物の背後のつながりについて考えてみようとしています。合理的には真実を知っているのですが、とても強いつながりを本当に感じることは私には難しいです。
  • 強いつながりをすぐに感じられる他の方法はありますか?

コメント:そういった付け足しのような考えではなく、深い考えとは自然に湧き出してくるものです。それは、人の心が穏やかになり、余計なことを考えていない時間を多く過ごしているとそのような状態になるものです。

4 – 恐れ

  • 中国人メンバーのペイペイと話していた時、彼女は、様々なところから得た情報によると、中国は将来大きく深刻な問題に向き合うことになると言いました。
  • それを聞いた後、少し不安になりました。そのような悪いことは起こらないでほしいと願い、どうしたらそれを避けられるかを考えました。
  • しかしもう一方で、世界観を広げてみると、そのような悪いことが起きるのは中国あるいは世界がより良くなるためのターニングポイントなのかもしれないと思いました。
  • 私の例を見ても、自分の人生が問題ごとに出会った時だけ、その問題を解決しようとして振り返り、自分を変えようとして良くなったのでした。

コメント:そこがポイントです。問題ごとが起きるとは、それまでに問題ごとが起きるような原因があったからです。そして、問題ごとが起きて、それを振り返るチャンスをもらっているということです。この法則は、宇宙の法則であり、あなたにも中国にも地球にも同じように現れます。心を広く、客観的な眼を持ちましょう。

 

6月 16日

〈 日記 〉

1 – 宇宙の法に沿っていればいつでも幸せ?

  • 午前中、作業をするために畑に行きました。
  • おやつ後、とうもろこしの良い茎を選び、育ちの悪いものをカットしに行きました。この作業はいくらか体力が必要で、私は良い気分を維持するのが難しいことに気付きました。
  • 今のように茎を切っている時でさえ、私は宇宙の法のもとにいるけれど、そのことをあまり感じられない、と考えるのを止められませんでした。
  • 宇宙の法に沿うことは、私たちに常に幸せをもたらし、物事は確実にうまくいく、と私は考えていました。
  • でも時々私は、宇宙の法に沿うことは常に簡単なわけではないことを感じ、私たちは今も時々悪い感情を持ったりします。
  • では、宇宙の法に沿えばいつも幸せなのでしょうか。

コメント:みんながいつでも、人のことを思って生きれば、この世界は美しい世界になります。それが宇宙の法の根本の原理です。とても簡単なことです。

2 – やすらぎ

  • 午後は、かのこのギターのコンサートを見に行きました。
  • コンサートは素晴らしく、私はとても楽しみました。
  • まだいろいろな考えが浮かんでくるので、完全に音楽に没頭できたわけではありません。
  • 良かったことは、私はその浮かんでくる考えに執着することなく、ただそれがやって来ては去っていくのを眺めていられたことです。
  • むしろ私は、コンサートの間中穏やかでした。

コメント:そういった精神状態をあなたが今回の改善プロジェクトの後も維持できていくことが最終目的です。その精神状態のイメージをしっかりと掴んでおくことです。

 

6月 17日

〈 日記 〉

1 – どうして私たちは、他者の態度や自分に対する評価が気になるのでしょう?

  • 私たちは、何か美しい写真などを他の人に共有する時、相手が良いフィードバックを返してくれることを時々期待します。
  • 相手から、特に家族や友達から悪いフィードバックを受けると、私たちは動揺し、ただ喜びを共有したいだけなのに、もっと相手を励ましたり、もしくはフィードバックをするならもっとやさしい言い方はできないのだろうか?と考えたりします。
  • 私は、それは相手の問題ではなく、相手は常に私たち自身の鏡であることを知っています。
  • 私は、私たちはなぜ他人の態度や自分たちへの評価を気にするのか、そして、なぜ人が同じことを言っていても言い方が違うと違ったように感じるのか、不思議に思います。

コメント:それは他者に対する愛よりも、自らに対する愛のほうが常に強い状態の人が陥る現象で、主観的思考の結果、物事を解決しようとする傾向の人に多く見られます。

2 – 私たちは問題に出会った時にどう解決するのか?

  • 他の環境と比べると、木の花ファミリーでは穏やかにいることがより簡単にできます。
  • この状態を、家に戻ってからもどうしたら維持できるだろうかと考えることを、止めることができません。
  • 日記に自分の問題点について書いてきましたが、将来も私は同様の問題に出会って立ち往生する可能性があります。
  • 問題に出会った時に良い状態を保つための、何かアドバイスはありますか?
  • 私は、まず最初にするべきことは、ただそれを受け入れ、そしてそれを解決するべきだということを知っています。
  • しかし、時には感情が強すぎて、問題をすぐに受け入れることはとても難しいです。
  • まず始めに深呼吸をして、落ち着くのがよいでしょうか?

コメント:もちろんそれは必要ですが、問題ごとの内容の正しい分析と、問題ごと自体が最終的に自分自身の成長につながるというポジティブな受け入れ方をベースにし、出来事の解決に向かうことです。どちらにしても、問題ごとが起きているということは、自分自身が当事者であり、自分の人間性の映し鏡(反映)であるということをベースにして、一方的に相手が持ってきたと考えないことが大切です。そういった客観的視点や広い物事の捉え方をすることが大切ですが、そのためには自分自身の心のあり方に常に向き合い、自己コントロールできる精神的余裕を持っていることが必要です。

 

6月 18日

〈 日記 〉

1 – 新しい人々との出会い

  • 今日、中国から2人のゲストが木の花に来ました。
  • 私は彼らに昼食の時に会いました。彼らは食事をするために席についていました。
  • 私はそのテーブルへ行って一緒に座り、少しお話ししたいと思いました。
  • しかしなぜか私はぎこちなさを感じ、恥ずかしくなって、どう会話を始めたらいいのかがわかりませんでした。
  • (もう一つの声:彼らは中国人だよ。彼らと話をするのは自然なことでしょう。)
  • しばらくして、ペイペイが来て会話を始め、私も話をする勇気が出ました。
  • 初めての人に会うと、時々こういうことが起こります。会話したいのに、少し怖いのです。
  • この捉えどころのない恐れがどこから来ているのか、わかりません。
  • 私は何て奇妙な人でしょう。

コメント:それはおそらく、今まであなたがいろいろな出来事に出会ったときに、分析しすぎてきたからだと思います。それは簡単に言えば、考えすぎる傾向があるということです。もっとシンプルに考え方を整理していけば、気楽に初めて出会った人とも付き合えるようになるでしょう。あなたの心の癖のひとつだと観えますが、いかがですか?

 

6月 20日

〈 日記 〉

1 –

  • なぜ人はいつも、物事がうまくいくようにと願うのでしょう?
  • 私たちは何かをする時にいつも、良い結果を得られることを望みます。
  • なぜでしょう?

コメント:それは自己中心的な自我が強いからですが、その自我から解釈される良い結果というものは、決して良い結果につながるとは限りません。なぜならば、そういった心は欲の心から生まれてきているからです。大切なことは、目の前に訪れるであろうことを、情報として常に捉える心の姿勢を持つことです。

 

6月 21日

〈 日記 〉

1 –

  • 最近、おもしろい現象を見付けました。
  • 何かが少しうまくできると、私は良い心の状態をより保つことができるようになるのです。
  • 例えば、私は既に玉ねぎのヒゲの切り方を知っています。それで、玉ねぎのヒゲを切る時には、無意識にハミングをしてしまうのです。

コメント:あなたの特徴として、物事を理論的に捉えて、効率良く物事を進めようとする傾向があり、それがポジティブに働くと、そのような精神状態になります。

2 –

  • その他の興味深いこととしては、人々が、例えば氷の上を歩くような、とても注意深さを要することにチャレンジする時のことです。人々は転ばないように、注意深く呼吸を止めます。そしてどんな考えが心に浮かぼうと、それを無視して目の前のことに集中することができます。この時、人は完全にその瞬間を生きることができます。ところが、私たちの日常では、私たちはほとんどそれができません。それはなぜでしょう?

コメント:日常にそのような集中しないといけない出来事が少ないため、人は気持ちをリラックスさせて物事に向き合っているからです。ですが、どんなところにも落とし穴がある可能性がありますから、気をつけて行動することが大切なのですが、そういった危険を察知する感覚的な能力が身についている人は、思考しなくても直観でその問題点を回避することができます。そういった人は心に雑念がなく、自我に囚われていない、心の美しい状態にあります。その状態が、ポジティブな直観を働かせてくれます。

3 – なぜ人々は恐れを持つのでしょう ?

コメント:自分の考えが優先し、結果を先にネガティブに考えてしまう傾向にある人は、物事が起きる前に結果を予測し、恐れを持つ傾向にあるものです。ですから、物事を冷静に受け取り、今目の前にあることに対し行うべきことをやり、結果をいただく姿勢になれば、恐れは出てこないものです。「人事を尽くして天命を待つ。」

 

6月 23日

〈 日記 〉

1 – 汗をかく

  • 今日の午後5時ごろ、とてもお腹がすきました。以前のように、私は空腹になると、汗をかいてしまうのです。私は不思議に思い、身体的な問題の背後にある精神的な問題を考えました。

コメント:あなたにとって汗をかくことは良くないイメージなのですか?驚いたり、戸惑ったりする時にかく汗は良くないイメージですが、心地良い汗をかく時は、体の代謝を良くし、解毒をしてくれるものです。だから、汗をかく時にどんな心の状態でかいているかを振り返ってみることも大切です。

2 – 夢を見るのは自然なことですか ?

  • 今日、シャオラーとディエンと夢について話をしました。
  • 彼女たちは時々夢を見ると言いました。
  • 私は、ほとんど毎日夢を見ます。
  • 夢を見るのは自然なことでしょうか?

コメント:夢を見るのは人間だけの特徴ではありません。広い意味ではわかりませんが、例えば犬や猫は夢を見るようです。
夢で見る内容については、3種類の夢を見ると言われます。一つは、自分の意識レベル、すなわち顕在意識、そして潜在意識から来る夢です。
もう一つは、私たちはこの大いなる世界の中に生きていますから、私たちの意識を超えたところからのメッセージとしての夢を見ることがあるのです。それは、人が生きていく上で、とても成長に貢献してくれる夢です。
そしてもう一つは、何も意味のない夢です。ただ走馬灯のように意味なく見る夢があります。
僕が夢を見た場合、どのタイプの夢かということを後で振り返ります。最近はメッセージとしての夢がほとんどです。ですから、それを人に語って、みんなに伝えてもらうようにしています。あなたの夢がどんな夢なのか、あなたの得意な思考を使って分析してみましょう。
また、大切なメッセージを夢で見るということは、あなたの目覚めが足りないことも意味します。あなたがすでに目覚めていれば、夢ではなく、直接メッセージとして日常で受け取ることができるのです。つまり、メッセージの発信者(宇宙の法則)からは、何かを伝えるときに、あなたが日常を不要な思考で回しすぎていると、夢の中に出てくるのです。それは、宇宙法則に置き換えると、効率の悪いことになります。

 

6月 24日

〈 記憶 〉

1 –

  • 子どもの頃、家族の集まりに行くと、親せきが私に質問をしてきました。
  • その時に、私が話そうとすると、母が私のために先に話し始めました。
  • その時に、私は本当に苛立ちました。なぜなら、彼女が話すことはいつも事実とは少しずれていたからです。しかしほとんどいつも彼女は私より先に話すため、私は言いたいことが言えませんでした。
  • 今でも、私が人から評価されると言い返す傾向があるのは、それが理由なのかもしれないと考えています。

コメント:あなたにとって、幼い頃の母親の姿勢は不愉快なものだったのかもしれません。しかし、それがあなたのもっとも身近な存在である母親だったということは、あなたがそういった人生を体験するために、ふさわしいこととしてその人のもとに生まれてきたことが考えられます。そのときに起きた出来事と、その結果あなたの中にできた人間性は、あなたの人生においてあなたが成長するために大切なプログラムのひとつであると考えてみたら、そのことに対する見解は変わってくるのではないでしょうか。

〈 日記 〉

1 – 興奮と考え過ぎ

  • どこか刺激的な場所に行って重要な会議に出るなどの大事な予定が翌日にある時、私はいつも、すぐに眠りにつくことができません。
  • ベッドに横になりながら、たくさんの考えが心に浮かびます。
  • その感情が興奮なのか他の何かなのか、私は説明することができません。

コメント:あなたの人格的特徴がよく表れています。ひとつの出来事に対して現在の事実と、これから訪れる未来の出来事に対してつなげてこの先どうなるのかということを考える癖です。これは精度が高ければ、能力の高さにもなりますが、一方で考えすぎる傾向に陥り、結果には遠い結論を先に出してしまうようなことになると、エネルギーの無駄遣いになります。ですから、自分が考えすぎていることの判断を適切にし、適度なところで思考を整理し、結果をいただいていく姿勢を常に保ちたいものです。

2 – 自分への疑い

  • 今日、私たちは木の花ファミリーの暮らしを(インターネットで中国に向けて)中継しました。
  • 私たちは視聴者の数を見ることができ、時には1000人以上になり、時には少なくなりました。
  • 私は常に視聴者の数を見続け、もっと増えることを願っていましたが、それがなぜなのかわかりません。中国はとても大きな国であり、1000人はむしろ少ないくらいです。
  • また、その映像へのコメントを見ることもできました。時にはいくつかの不要なコメントもあり、また、この映像に注目している人々からの本物のコメントもありました。私は、必要なコメントがもっと増えることを願いました。
  • 私は、自分がそれを続けられるように、フィードバックや反応を求めていたようです。もしも誰も私をサポートしてくれなかったとしても、私は自分の信念を保ち続けられるだろうか、と考えずにはいられませんでした。信念とは何で、何を信じるのでしょう?

コメント:あなたが何よりも大切と思うことがあれば、それに他者からの評価が少ないとしても、それをやり遂げることが大切なのではないでしょうか。

  • 木の花ファミリーは25年間成長を続けてきて、その成長はゼロから始まりました。創設時、多くの他の人々の視点からすれば木の花は奇妙な存在で、何が今日まで木の花を支えてきたのだろうと不思議に思います。ジイジが宇宙から受け取った使命の他に、何か信念があったのでしょうか?

コメント:互いの信頼関係ができていたからです。

  • 木の花は、マスコミなど外部から、多くの悪いコメントを受けていた時期があったと聞きました。(私の記憶が正しいか定かではありません。)もしそうであるなら、その時にその問題にどのように対処してきたのですか?

コメント:真実はそういった歪んだ評価をする側の人々にないことは、明白なことです。私たちはどのような評価を受けようと、これが大切であると信じているのですから、このまま進んでいきましょうという確認をし合いました。そのときにみんなの考えも同じでした。なぜならば、私たちは本当のことを知っているからです。

 

6月 25日

〈 日記 〉

1 –

  • 今日、私はディエンちゃんと道路で座りながら、山と花の美しい景色を見て、そよ風を楽しみました。
  • ディエンちゃんは、それは本当にリラックスできる時間だったので、2、3年、時が現実にその瞬間で止まればいいのに、と言いました。
  • そして、なぜ私たちはリラックスしているときのように働くことができないのかと私は考えました。私はリラックスしていようが働いていようが、同じ心の状態を持ちたいのです。
  • しかし、それは少し難しいように感じます。なぜでしょうか?

コメント:リラックスしているときは何かを成し遂げようと集中しているときではありません。だからリラックスできるのです。それに対して、何かを成し遂げようとするときには、思考を集中して行うものです。ですから、そもそもその時間を使う目的が違うのですから、同じ状態でいることは難しいでしょう。ただ、何かを集中して行ったときに、その成果の内容によっては、あとからとても満足が得られ、リラックスしているときと同じような気分になることがあります。それは、物事が流れに沿ってスムーズに進んだときに起こるものです。

 

6月 26日

〈 日記 〉

1 – 天安門事件のドキュメンタリーについての感想

  • 始めに、残酷な場面や人々が身近な人を失った姿を見た時には、涙ぐみました。
  • リーダーはいつも、彼らの行動のために、人に感銘を与えるような言い訳を見付けます。
  • 番組を観た後、実際に私は穏やかでした。このような出来事は世界中で毎日起きており、それは宇宙の流れの一部に過ぎないのかもしれません。
  • そして私は、このような出来事にどう反応したら良いのかわかりません。なぜなら、それを解決するために私たちにできることは何も無いように思えるからです。

コメント:未来を考えたときに、過去の経験を学び、積み重ねていくものです。そして、その志を確かなものにするために、今自分が何を考え、どう行動していくかが観えてくるものです。それは、物事の良い悪いを決めるものではありません。どんなことも、事実として起きたことであり、必要だったことです。では、その起きたことを学び、どう歩んでいくのか。そこに私たちの役割や成長があるのです。高い志を持ち、誇りを持って生きることにつなげたいものです。

 

6月 27日

〈 日記 〉

1 – 変化することを忘れる?

  • 中国の経済についてのテレビ番組を観ました。番組では、若い人々にインタビューをしていました。
  • 若い人々は、何かを言えない現実には慣れており、それでも情報にはアクセスできると答えていました。
  • ジャーナリストの女性は、10年前と比べて人々はより自由に発言できなくなっていることを感じたと言っていました。
  • その時私は、自由が少なくなっているとは思わず、それは現状を受け入れて私たちなりのやり方で対処している誇るべき状態であると考えました。

コメント:なるほど。立場によって捉え方が違うものですね。

  • しかし、私たちは檻の中で生きることに慣れ過ぎているというジイジのコメントの後、私は突然、私たちは檻の中で生きることに慣れ、檻の隙間から外の草を取る方法は見付けたかもしれないけれど、檻そのものから解放されることは考えてもみなかったことに気付きました。

コメント:あなたがそういった優れたイメージを描ける人であることが、そこからわかりますね。だから、これからあなたしかできない役割をしていくのではないでしょうか。

2 – 食べるのは体のためか、欲のためか

  • 木の花ファミリーではいつも美味しい料理がいろいろと並び、私たちは好きなものを選べて素晴らしいです。
  • 私が体の声を聴く時、私は体に与えたいと思うものを選び、食事はすべてとても喜びに満ちたものになります。
  • しかし、何かとても魅力的な食べ物を見付けて欲を満たすためだけに食べる時、食事は快適なものではなくなることに気付きます。
  • ある程度まで、それはセックスのようなものです。欲にかられ、宇宙の原理によって、まったく違った結果をもたらすのです。

コメント:なるほど。その読みは深い意味を含んでいます。それについて語るととても長い話になるので、ここでは語りませんが、何かしらあなたの内にあるモンスターのような存在がちらちらと観えてきたような気もします(笑)。

 

6月 29日

〈 日記 〉

1 – 思考の雲

  • もしも私たちの心を空、思考を雲に例えるなら、私は興味深い問いを見付けることができます。
  • 玉ねぎのヒゲを切るような単純な作業をしている時、不要な思考の雲はとても少なくなります。
  • これはとても興味深いことです。なぜなのでしょう?

コメント:それは当然のことですね。単純な作業をするときには思考を回さなくても機械的に作業が進むことになり、心の空に雲が発生することは少ないでしょう。複雑な作業をしたときには、どのようにそれを進めていいのか思考が回れば、当然雲は発生するものですが、爽やかな雲が出るのか重い雲が出るのかは、その作業に向いているその人の姿勢や心の性質が影響します。また、複雑な作業であっても、熟練していれば機械的な動きとなって、思考の雲は単純な出方であったりします。そういったことを気付くのは、あなたの思考の良い傾向でもあります。これからは有効活用してくださいね。

2 – 自由について

    • 昨日、自由についての素晴らしい解説を読みました。
    • 自由とは、他の人があなたに良くしてくれたから幸せを感じたり、他の人があなたに良くしてくれなかったから痛みを感じるというように、幸せが他人がしてくれることに依存しているものではないということです。
    • 自由とは、あなたが必要とすることを他者が満たしてくれることを期待するものではありません。何かを必要とすることはいいのですが、それを満たす義務や責任を感じるものではありません。もしもそうであるなら、あなたは苦しむことになり、自由ではなくなります。
    • 自由とは、自分自身、そして他者の自我の意識の影響から自由になり、中心へ帰ることです。もしも誰かの”自我”が現れると、あなたは自分が犠牲者のように感じ、体に痛みが起きて、自由ではなくなります。
    • 人生における究極の自由とは、富、感情、心、自我、生死、人々の集合意識を超え、神の意識の中心へとつながって平静であり続けることにより、この世界に属するのではなく、この世界の中に存在することです。すべてからの自由 ― それは魂の最も高い目的であり、究極の喜びなのです。
  • 私たちはどのように、神の意識の中心へとつながり、平静であり続けることができるのでしょう?最初の一歩は、冷静かつ客観的になることでしょうか?

コメント:そうですね。常に私たちは自らを刺激する環境の中にいます。その環境から来る刺激がどのようなものであっても、それが感情的かつ自身の癖に影響されることなく、情報として受け取れるよう心がけることが重要です。しかしながら、それが完全に情報になってしまうことは、私たちが個人として人格を有する状態で到達することは難しいことです。それが肉体人間としての私たちの存在であり、生命の中でも人間であることはユニークです。

 

「ジイジからエニーに贈るメッセージ」

人はある目的を持って皆、この世界に生まれてきています。そこで、個人の欲望を叶えることは極めて低いレベルの目的です。それでは高い目的とは、人や社会や時代のために生きることです。過去の聖人・聖者も最終的には宇宙と対話し、人々が自我に囚われることを戒めました。中国の歴史的な哲学者たちも皆そうです。

今、宇宙的には新しい時代が幕を開けています。ひとりの聖人の力で社会が動く時代は終焉を迎えました。時代は、人間一人ひとりに目覚めを求めています。そして、私たち一人ひとりが優れた者であることに気付き、聖人となると、過去の優れた人々が残したものよりはるかにレベルの高い精神、すなわち宇宙意識に則った社会が創られるのです。これが21世紀からの人類のビジョンです。

今や、個人的な問題で悩んだり自らの癖・性分に翻弄されているようでは、本当の役割を果たすことはできません。あなたは今までの人生で、ネガティブに不要な思考をたくさん回し、それはエネルギーの無駄遣いになっていたどころか、自分にもまわりにも矛盾をもたらしてきました。今回あなたは、その自分を卒業するためにここへ来たのです。そのビジョンが観えてきたのですから、あなたの未来は明るいです。これからは、自らの能力を時代と共に、社会にいかに有効に還元していくのかをあなたの考えの柱として、人々や社会のために生きていってください。通常、自然療法プログラムを卒業する人たちには一般社会で自立していくレベルを期待するのですが、あなたには地球の未来に貢献することを期待します。

 

 


パティの自然療法プログラム体験記 ~ 人生を方向転換させるのに遅すぎることはない!

アメリカ人のパティ(仮名)が長年のうつ病と不安神経症を克服するため、木の花ファミリーを初めて訪れたのは2017年9月のことでした。それから1年4ヶ月を経て2019年1月に再訪し、自然療法プログラムを6週間受けた後、見事卒業に至ったパティの卒業コンサートが2月16日に開かれました。その中で、パティは木の花ファミリーメンバーに次のような「自然療法プログラム体験記」をシェアしました。


 

パティの自然療法プログラム体験記

私が皆さんと共にここで生活している間経験出来たことをお伝えするこの機会をいただけたことをたいへん嬉しく思います。木の花ファミリーに来る前、私の世界はずっとずっと小さくなり、感情的にマヒ状態近くにまで至りました。これは真剣にスピリチュアルそしてセラピー的取り組みをしてきたにもかかわらずです。
私はアメリカに住んでいます。70歳で、結婚しており、20代の子どもがふたりいます。長年私には教授としての経歴があります。木の花ファミリーにたどりついたのは、北米で発刊されている「コミュニティ」という雑誌に掲載されていた記事を読んだからであり、ここには私にとって何か大切なものがあるとすぐに気付きました。
木の花ファミリーに到着したとき、私の人生における現在進行中の苦痛の主なる原因は、結婚に関するうつ病と不安神経症でした。私の夫はたいへん親切で、思いやりがあるにもかかわらず、彼と感情的につながることは難しいと思っています。ジイジが伝えてくれたように、夫は私にとって天からの素晴らしいメッセンジャーです。というのも、私たちの違いは私が子どもの頃、ずっと以前に培ってきた多くのネガティブな傾向に気付かせてくれたからです。
私の両親は愛情を持って私を育てようと最善を尽くしてきたにもかかわらず、彼らは若い頃、ふたりとも重大なトラウマに苦しみました。両親の結婚における深刻な困難は、私の子ども時代が安心感や幸せと共になかったことを意味します。事実、私は世界に対して極度に用心深い姿勢を培ってきました。私が8歳のとき、妹が医療的問題と共に生まれてからは、特に危険にさらされているように感じ、何年もの間経験してきたいくつもの病気の中で最初の病気に陥りました。病気のいくつかはかなり深刻なものであり、通常私がどう対応したらいいのかわからない状況に直面すると、病気が発生しました。
家庭内には私の人生にとってのスピリチュアルな側面がなかったので、私が助けやガイダンスを得るために頼ることが出来る天の力のような気付きは持っていませんでした。私は自分の知性を活かし、一生懸命働き、結婚しなくても経済的安心を得られるよう良い経歴を持つことを勧められました。事実、私自身や世界全体に対して多くのネガティブな思考をもたらす完璧主義の人格を形成しながら、人生を歩んできました。やがて私は大学の教授になりましたが、なお不安神経症やうつ病によって非常に苦しみました。その後、30年ぐらい前に結婚し、私自身の子ども時代の多くのテーマと似ている家族生活を始めたのです。
私の健康上の問題もあって、15年ぐらい前に私は退職し、私の精神的・物理的状況を改善するための努力が始まりました。幸運なことに、スピリチュアルヒーラーに出会う機会があり、物理的・精神的健康とスピリチュアルな健康の関係性について気付かされました。ここからスピリチュアルヒーリングの長い探求が始まり、今日私を木の花ファミリーまでいざなってきたのです。
ここに来る前、私の自我が経歴の中で成功を「得る」ことは私に幸せをもたらさないだろうことは長い間気付いていましたが、私はもがいていました。私はより広い世界の役に立ちたいという強いサービス精神望を持っていたのでしょうが、私の精神状態がたいへん不安定だったため、私を「崩壊」させるような感情的危機をずっと持ち続けてきました。私のエネルギーのほとんどは私自身を前に進め、家事をし、家族の面倒をみるために使われてきました。わたしはかろうじて生きていたという感覚を持っていました。
もちろん、私の残りの家族もまた、私の現在進行中のうつ病と不安神経症の結果として問題を経験してきました。
基本的に、私が子どもの頃両親からの注目を集めるために病気を利用してきたのと同じように、私が存在し続けるためには家族からの助けを必要とする愛情を求めている人として、自分自身を位置づけてきました。もちろん、私の家族が私の人生の多くの責任を引き受けてきた事実は、それぞれの意志に沿った彼ら自身の人生を生きることをたいへん難しくさせてきました。

私がここに滞在している間木の花ファミリーが私に提供してくれたものは、異なるビジョンです。どのように精神的に自立した存在として生きるかというビジョンです。私がそう出来るとき、私の家族もそれぞれの才能を表現するためのより良い機会を持つでしょうし、自立して生きていくだろうと私は信じています。
私自身の精神的自立に向けてのこの歩みによって、私は人生において初めて他者を一貫して、かつ真に大事にし始めることでしょう。というのも、私は私自身の人生を生きがいのあるものにするために他者を「必要」としないからです。もちろん、家族内のこうした変化は「世界を救う」ことにはなりませんが、私にとっては精神的成熟という方向への重要な一歩なのです。

70年間違う生き方をしてきた私は、どうしたらそのような巨大な変化をもたらすことを願うことが出来るのでしょうか?それは、人生における安全のもうひとつの源を見つけ、信じることを誓ってきたことによって決まるのだと思います。私はここ木の花にいる間、この方向へ巨大な歩みを進めてきました。この理由のひとつはジイジが私と共有してくれた教えのいくつかのおかげです。他の理由としては、このコミュニティがどのように機能するのかを私が感じることが出来たからです。
例えば、私の人生における困難の本当の原因は私の子ども時代のトラウマ的な出来事等なのではなく、そうしたことを霊的な成長への招待というよりも「不幸の元凶」とみなす私の傾向が原因だったのだと気付きました。ジイジが私にたいへんたくさんの「真実味がある」ことを伝えてきてくれたからこそ、そして木の花ファミリーの努力がいかに成功を収めてきているのかを観ることが出来たからこそ、私が必要なことをするときには天が作動し私の努力をサポートしてくれるというジイジが提案してくれた安心感を信じることを決めたのでした。言い換えれば、もし私がダンスに参加するのであれば、天は私と一緒にこの道でダンスをしてくれる善意あるパートナーであることを信じる勇気が必要なだけなのです。
こうした機会を掴むことが私にとって難しかったひとつの原因は、私が対処してきた問題が私には大きすぎて自分ひとりでは対処できないように思ってきたからです。私の心はそうしたことを解決するための方法を探すことが出来ませんでした。しかし、ジイジと陽子が私に繰り返し思い出させてくれたように、私ひとりで問題すべてを解決する必要はなく、私の現在の視点から解決のためのすべての道を知る必要はないのです。事実、これは不可能なことです。なぜなら、私には必要とされる能力や精神的視点を「まだ」持っていないからです。しかし、私のダンスパートナーが私と一緒になることを信じられるならば、私は最初のステップを踏み出す勇気を持つことが出来るのです。最初のステップの後、続くダンスは少しずつ明快になってくることでしょう。ジイジが伝えてくれたように、心の余裕があれば、今は見えない多くの可能性が見えてくるのです。私はこうした考え方にある言外の意味を深く心に刻みました。これは私にとって重要な驚くべき事実であり、私がここに滞在している間コミュニティの中で何度もこうしたことが展開されてきたことを観てきました。
「ステップアップ」し、私自身の人生の責任を持つために具体的な行動を取るというこうしたチャレンジに加え、ジイジは70歳という年齢の私にまだ開かれている可能性について多くの励ましを与えてくれました。それは私の古い人格を捨て最初からやり直す必要があるということではありません。過去に私にとって問題だった私の性分という側面でさえ(私の慎重さや敏感さのような)、私の家族だけではなくより広い世界に貢献するために有効活用することが出来るのです。
事実、私の人生においてこうした方向転換をするのに遅すぎることはなく、今まで私の苦しみに使われてきたエネルギーのすべてはその方向が変われば、良きことのためにたいへんパワフルなものになれるとジイジは私に自信を与えてくれました。これは私にとっては計り知れないほどの励ましです。
もちろん、アメリカに戻れば、ここで得ることが出来たものを持ち続けるというチャレンジに直面することでしょう。突然すべての物事が簡単になるとは思っていませんが、他者の目から見れば、私の存在価値や私自身の人生を探し求めるという中毒を捨てるために、基本的に必要なものを受け取ったように心から感じています。こうした変化の多くは、ジイジや陽子と話す機会を得てきたことすべてのおかげです。しかし、こうしたことの大部分は単に知性で受け取ったというよりも、私が「体験」してきたことによるのです。そして私のスピリチュアルな人生を振り返ると、これは私が読んできた多くの本よりもずっと、試金石として私と共にあり続ける思いがけない経験なのです。
私と共にあるであろう経験の多くは、木の花ファミリーメンバーを観察し、交流し、もしくはただ彼らの間で「浮かんでいる」結果、私にやってきました。個人のメンバー、そしてコミュニティ全体から発せられる穏やかさ、誠実さそして博愛のレベルを誇張することは不可能です。こうした環境で生活しながら、人は博愛を「期待」するようになることが出来ますし、こうした期待の中で生活することはたいへんパワフルな体験です。
こうしたことすべてのおかげで、ここでの生活のペースはティク・ナット・ハンの「決してあせらず」という歌にあるように、たいへん落ち着いていて、予測どおりで、安心させるようなのです。これは日常的に不安(良い場合)やパニック(悪い場合)を自分で発生させることに慣れている私のような人々にとって、心からの癒しです。
ここでの6週間という滞在の間、こうした「生命体」の一部として、「動揺」するまでもっと時間がかかるように、そして動揺がより急速に自然に収まるように、より容易いレベルで私の神経系を「リセット」させてもらえる特権を与えられてきたように感じています。また、おそらくゲストにとって愛と共に育てられ調理された非常に新鮮でオーガニックの食事にポジティブに反応しないことは生理的に不可能なことでしょう。こうしたことは私の「骨」の中で持ち帰ることを期待する自然療法プログラムの恩恵です。
私が何度も目にしてきた、もうひとつの素晴らしい体験の贈り物は、現状が何であれ、ここで目に見えて疲れている人たちの「ただ前進し続ける」意欲です。もちろん、「物事は起きる」のですが、ここでは一般的に、人生というものは、「ショーは続けないといけない」という原理に従っているようなのです。日常生活に潜在するこうした共有の安定性を持つことは、宇宙で孤立している感覚を持つ人々にとっては心から安心させるものです。メンバーにとってこうしたことに貢献していることを知ることはたいへんな喜びであるに違いありません。
私がアメリカに戻ってからどのような生活になるのかはわかりませんが、私は自分の生活を今までとは違う意識に持っていくだろうことは知っています。すでに私は自分の内なる会話が落ち着いてきていることに気付いています。未だ私の心の中には、恐れ、支配しようとする人格の側面が機能していることは知っていますが、彼女に対して以前より慈悲心を持ち、彼女のガイダンスに従わなければいけないという必要性は薄れてきています。私の感情的状態は未だ左右に揺れますが、揺れは以前より極端ではなく、より早く収まります。
今週、上海から英語を話すゲストが訪れ、私は自分のビフォー&アフターの変化を感じる良い機会を得ました。木の花ファミリーの英語の広報活動キャンペーンを行うひとりの地元の人として、私の自我がすぐに飛び上がり、その存在価値を築き上げることを求めました。何週もの間、私は木の花ファミリーメンバーからこのような自我に出会ってこなかったことに突然気付きました。誰も私に強い影響を与えようともコントロールしようとも、もしくは私から何かを受けようともしないようでした。その代わりに、彼らはただ私にオープンで、喜んで助けようとし、どのような形であれシェアしてくれるのです。突然、これは私のここでの滞在の間、私に開かれてきた世界の大事な生き方であることに気付きました。過去私が他者と関わってきた方法がいかに不安に満ちて自己中心的なものであったのかを知るこのショッキングな体験を持てたこと、そして私がここに滞在している間一貫して私にとってモデルとなってきた他の方法の本質に気付けたことに私は大変感謝しています。
ある日喜子さんとジャガイモの下準備をしていたときの、とても大切な会話に言及することでこの滞在記を締めたいと思います。私は彼女に、私にとって意思決定をすることは極端に難しいことを話したところ、彼女は自分の人生の方向を図に表すような形で彼女の急激な変化について私にシェアしてくれました。彼女が私に話してくれたのは、彼女はかつて自分のための目標を設定し、それを達成し、それから次の目標に移る傾向があったということです。しかし、木の花に来てからは、自分で設定した目標を達成するということは、「運命」としてそれほど大きなことではなかったと彼女は感じました。最近、彼女は自分がすることを積極的に「選ぶ」代わりに、自分にふさわしい状況がただ現れ、そうした状況の多くは彼女が誰かに助けを提供出来るものであり、彼女はそれが「自分のもの」であると認識することができる感覚を持っています。このようにして、彼女は「生かされている」のです。
私が自然療法プログラムを申し込んだとき、私のもっとも高い目標は喜子さんが私にたいへん素晴らしく説明してくれたような状態に至るための助けを受けることでした。これはまだまだ先の話のようですが、私のここでの滞在によって、やがてこうした状態がどのようにやってくるのかが観え始めています。皆さんの助けにたいへん感謝しています。

 


パティの「自然療法プログラム体験記」がシェアされた後、サポーターの陽子から、パティの6週間のケア滞在を振り返った「パティ物語」が読み上げられました。


 

パティ物語

~たくさんの学びの中で成長していくパティ物語のほんの一部をご紹介致します~

不安障害と診断されていた68歳のアメリカ人のパティが、初めて木の花ファミリーを訪れたのは2017年のことでした。ジイジとの面談の際、パティは「人生を通して私は不幸でしたが、特に結婚の不幸せをきっかけに特にここ最近は不安・パニック・うつ・気分変動という精神的問題を抱えています。木の花では皆さんが天のガイダンスを信じることを実践し、それを生涯のベースにしていることを私は知っています。この新たな生き方を学ぶ上で皆さんのサポートを受けるために、今、私は自然療法プログラムを受けるべきか、『1ヶ月間の真学校』を受けるべきか考えています」と語り、それに対してジイジは「あなたにとって必要なことは、治療を受けることではなく、世界観を広げることですね。そのためには、まず自然療法プログラムを受けることをお勧めします。そして、あなたが必要だと思うのであれば真学校を受講することも良いですね」と伝えました。

それから1年4ヶ月後、パティは自然療法プログラムを受けるために6週間というスケジュールを組み、再び木の花を訪れました。ケアスタート面談の際、パティは「前回木の花に来てから、私は自分自身が内面的にもっともっと小さくなり、もっともっと窮屈で、もっともっと恐れるようになりました。なぜなら、結婚生活を続けるかどうか、とても葛藤しているからです」と話しました。それに対して、ジイジは次のように伝えました。
「以前もお伝えしましたが、あなたはまず世界観を広げるべきだと思うのです。人はなぜ生きているのか。死は何であるのか。私たちは個人が生きているというよりもこの世界の中で生きているのですから、この世界はどのような場所なのか。一般の人たちは日常のスケジュールの中で生き、お金に追われて生きていますが、本当は私たちは宇宙の中にいて星や太陽や月、地球の仕組みの中で生かされているのです。あなたの話の中で、家族関係の問題のためにあなたの心が壊れていくという話がありましたね。しかし本来、生命は群れれば群れるほど豊かになるものなのです。ところが、人間の世界だけが人が多くなると利害関係が生まれ、派閥や対立が起き、収集がつかなくなるのです。ですから、あなたの問題は人類の問題でもあると思うのです。つまり、あなたは人類を代表して、今この状態にあると言えますね。
そこで、あなたがあなた自身を正確に知るということと、私があなたを知ってアドバイスをすることの両方が必要ですから、まずは日記を書いてください。あなたが書いた日記に対して私はコメントをしていきますが、私のことはもうひとりの客観的なあなたに出会ったと思って生かしていってください。新しいあなたが新しい思考をするようになることがこの取り組みの目的です。一般の医療機関で治らない人たちがここで改善するのは、自らに囚われた物事の捉え方から視点を変えていくからなのです。
自分の人格に飽きていない人や頑固な人は改善するのになかなか時間がかかります。ですから、まずは自分の人格に飽きないとダメなのです。そして、過去の自分に笑って話しかけられるようになることが大切です」と伝えると、パティは即座に「私は自分の人格にうんざりしています!」と答え、ジイジは次のように続けました。
「それは良くなる可能性があるということです。今、世界中で人間のあり方が狂っています。これは問題ではありますが、狂っているからこそ、問題を観て、どうしたらいいのかという知恵がその奥に隠れているのです。ですから、問題の背後にどのようなメッセージがあるのかを読み解く力が必要なのです。そのためには客観的視点と広い世界観が必要です。」

パティがケアスタート面談を終えた後の大人ミーティングでは、今日からみんなで木の花ファミリー憲章を深める時間を持つこととなり、世界観を広げることがテーマのパティにとっては最高のスタートを切ることが出来ました。翌日からも、ミーティングに熱心に参加しながら、日記に自分の正直を出しながら積極的に取り組み、ジイジはそうしたパティの姿勢を評価しつつ、「トータルして、あなたの考え方は人生をポジティブに学習していく姿勢に欠けているのだと思います。もっと自由にリラックスしてポジティブに日々を送ることは可能です。そういった精神の奥に神様のあなたに対する意志があるのではないでしょうか。あなたの人生にとって、今までの体験が不幸をもたらすものであったと終わってしまわないように、前向きに出会う出来事を分析し、今後のあなたの人生に活かしていけることが大切です」とコメントしていました。

そうして迎えた1週間面談でジイジは、パティがこれまで日記に書いてきた身近な内容に触れることなく、次のように伝えました。
「あなたは長い間大学教授として頑張ってきましたが、あなたのように社会的にも優秀で、高い地位を持っており自負心が強い人の特徴として、自分の納得の上でしか物事を受け取らない傾向があります。この場合に落とし穴があり、結局どんな提案も自分の理解出来る範囲内で受け入れるものですから、それがどんなに素晴らしい知恵であっても、結局自分流に受け取ってしまうのです。場合によっては、受け入れたくないことがあると、それを受け入れない理由として自分を主張するようになるのです。しかし、今までの人生の歩みの結果現状があることを認めるならば、私はそれに対する改善のための代替案を提案しているにしかすぎないのです。
なぜ私がそのようなことをするようになったのかというと、私のスピリチュアルな体験がきっかけとなりましたが、実際に問題を抱えている多くの人たちの相談に乗ってきたという実績があるからです。もうひとつは、人はいろいろな自我によって苦しんだり問題事に出会ったりしますが、この木の花という生活を現実化することによって、こうした共同体の中では自らの心と向き合うことによって問題が起きないような現実をモデルとしてつくっているのです。これをひとつの実績として皆さんに見ていただきながら、私の提案はあくまでも正しいとか間違いということではなく、情報として受け取ってもらえればと思います。それは、『こういう生き方をすると、今まで現代人がつくることが出来なかった社会が出来ますよ』という提案であり、これは人類に対する提案でもあるのです。
私は自分のライフスタイルの目的のひとつとして、確かに長い間行き詰まった人々の相談に乗り、支えになってきましたが、その行動の本当の目的は人類が自らの真の尊さに目覚め、ふさわしい尊い生き方を地球上で表現することを伝えるためなのです。さらに言えば、地球が喜ぶためです。この面談を聞きながら、地球は喜んでいますよ♪この情報は同時に銀河を運営している、銀河の中心のセントラルサンの司令室にも伝えているのです。つまり、私は地球を進化させるためのプロジェクトをしているのです。あなたに世界観を広げることの大切さを伝えるのも、今、人類は自分のことを心配している場合ではなく、自分たちがしてきたことが他の生命たちにどれだけ迷惑をかけ、この宇宙の法に反しているのかに気付くことのほうが先決だからです。
私のアドバイスは、ひとつではなくいくつかの視点に立ったときの情報として伝えています。あなたにも、パティというひとつだけの視点で物事を観るのではなく、上下も左右も広げた形で物事を捉えられるように、これからもいろいろな視点を提供していきますね。」

その後、さらに日記の中で自分を分析することに一生懸命になっていったパティに対して、ジイジはこうコメントしました。「私が伝えたいことは、あなたが解決策を考えることをやめることを提案しているのです。分析力が高くて一生懸命やっても、方向性が間違っていたら何にもなりませんからね。これは、優秀な人が意外と陥るところなのです。その一生懸命では自分の枠を壊したことにも、そして新たな考え方を得たことにもなりません。そろそろ、このプロジェクトの次の段階に行くときが来ていると思います。それは、こういった日記を通して改善方法を模索していくのではなく、具体的な日常の行動の中にどのように人格が反映しているのかを観るために作業に参加してみるとか、あなた自身の枠を超えた行動をとってみることを提案したいと思います。具体的には次回の面談で話し合いましょう。」

そうして迎えた2週間面談でジイジは、これまで15年間自然療法プログラムを提供してきた中で初めての試みをパティに提案しました。
「私があなたと2週間付き合ってきて、あなたに伝えたいことがあります。このプロジェクトはあなたの人生を健康で幸せな人生にするためのプロジェクトです。そのために何が一番大切なのかというと、あなたが健康で幸せな人にならないといけないのです。あなたも自分の書いている日記を見てわかっているだろうと私は判断するのですが、あなたの自己分析は完璧に出来ています。しかし、どれほど完璧な分析が出来ても、それに基づいて生きていくことが出来なければ健康で幸せな人生は現象化することはありません。
最初の2週間はお互いに知り合うための期間でしたが、ここでふたりのあなたがいることを説明します。あなたの中にはあなたらしい人生を生きてきたパティがいますね。それから、それを観てそれを分析し、『それではダメですよ』と言うあなたがいるのです。そのあなたはあなた自身を十分に改善する知恵を持っています。しかし、今まで生きてきたあなたはその提案に対し、抵抗するあなたでもあるのです。このプロジェクトには私も関わり、陽子もサポーターとして関わりますが、私たちはあくまでもサポートする側であって、そこの主人公はあなたの中のふたりなのです。今まで、あなたはどちらかを優先することをせず、あなたの中のふたりは勝負をつけてきませんでした。そこで、それを超えてどちらかを優先しないと、あなたは中途半端な形で人生を終わることになってしまいます。でも、少なくともどちらでもいいというわけではありませんね。どちらかわかっている一方を優先するために、今、この取り組みをしているからです。心配しなくてもいいのは、どちらを選んでもあなたであることは変わらないのです。ただ、明快なのはどちらを選ぶかによって、未来がポジティブかネガティブかは観えてきますね。
今回のプロジェクトは、今までの人生を客観的に観て自分を戒めるあなたを優先させることが一番大切だと考えています。この段階に至っては、選択肢は本当はあってはいけないのです。あなたが健康で幸せであるためには、選択肢はないはずなのです。私は今、地球人類にも同じことを言いたいのです。物理的に豊かな生活を求めるのか。それとも地球や他者と共同して真の豊かさを求めるのか。今、ここで滞在されている中国の大学の先生もあなたも先生ですから、考え方としてはとても賢明な考え方を持っておられるのですが、不思議なことに自分のこととなるとそこが十分に生かせていないのです。これは現代的に優れていると評価されていたり、そういった地位にいる人たちの特徴でもあります。
そこで、この2週間の取り組みを一区切りとし、次の段階としてあなたの中のふたりが話し合う時間を持ちましょう。ここでは、あなたを優れたほうへと導こうとするあなたが、今まで生きてきたあなた自身をどう説得していくのかがポイントです。自分で自分を説得するのですよ。そのために、日記は今まで通り書いていただいていいのですが、明日からの取り組みはたとえば30分といったそれほど長くない時間を使って、あなたの中にいるふたりの人物、特に戒められないといけないあなたを出してもらい、戒める側と私の3人で毎日話し合いましょう。そして、これをあなたの人生を通して自らを改善するための取り組みとしての仕上げとしたらいいと思います。」
この提案を閃いたジイジには、日記のやりとりではどうしても自分流に解釈してしまうパティに対し、直接話し合いの時間を持つことで客観的な視点を身につけてもらいたいという想いがあったのでした。

それから毎晩30分程度の時間をジイジと持ちながら、AパティとBパティの話し合いは進められていきました。「朝が来ると、『私の人生はめちゃくちゃで、私は人生で一度も改善したことがない!』と思考するネガティブなAパティが出てくるのです」と言うパティに対し、ジイジは「Aパティに出会ったときこそ、改善のチャンスなのですよ。朝起きたときにネガティブだったらチャンスです!そのトレーニングを自分で自分に与えましょう」と伝え、「目標としてAパティとBパティが0:100にならなくてもよいのです。40:60くらいでいいでしょう。Aパティが40あるのは多様性だから良いのです。そして人生を学ぶためには問題事を優先することも必要でしょう。明日また、新鮮なパティと会いましょう!」とパティを励ましながら、時に思考が夫の問題点に集中してしまい、Aパティに支配されてしまうときにジイジは、「人生を生きるということは、自分の精神状態がどうなっているのかのテストを常に受けているようなものです。そして、出てきた自分の精神状態がその答えなのです。どんなにネガティブなことでもポジティブなことでもすべて神様の愛であり、実はすべてポジティブなのです。ネガティブに考えることはあなたの自由ですが、それはネガティブに解釈する心があるからそうするだけで、この世界は常にポジティブの背景に現象が起きているのです。その一番の元には愛があるのです。それを、あなたが世界で出会う現象から受け取れる人になれるかどうかです」と伝え、そうした中でパティはジイジの「すべてを情報として受け取る」姿勢や、「自分にとって都合の良い喜びを持たない」といった難しい心の仕組みを学んでいったのでした。

そうして、少しずつ冷静で客観的な視点を身につけてきたパティに、ジイジは最近の日記と滞在当初の日記を読み比べることを勧め、パティ自身もネガティブな思考が少なくなってきた自分の変化に気付かされたのでした。そのような中、ある日夫からメールがあり、最初は感情的に反応したパティもすぐに冷静な精神状態に戻ることが出来、それを受けてジイジは「今日の夫からのメールは良いテストでしたね!この場合、彼は神のお使いです。解釈の仕方によっては、すべての現象が神様が示されたものなのです。そういった自分の人生に有益になるような捉え方は、まだ目覚めていない人にはなかなか難しいことです。その思考の鍵を見つけることが大切なのです。きっと、今まではあなたはその鍵を見つけて探究することよりも、身近なことに気をとられていたので矛盾が起きていたのです。そこまでわかってくると、彼はあなたの夫であると同時に神のメッセンジャーでもありますね。瞬間瞬間が神様との対話であり、私たちが未熟であるならば、ある意味テストでもあることをいつも頭の中に入れていてください」と伝えました。

少しずつ世界観を広げていったパティは、ジイジとの面談を1日おきにし、もっとコミュニティの中で時間を過ごそうと自分のパソコンをひまわりホールに持っていったり、1週間後に迫った花祭りの切り草を飾る手伝いをしたり、メンバーともっとコミュニケーションを取ろうと努めていました。そのようなパティに対しジイジは次のように伝えました。
「日記に書くことも面談で話し合うことも良いことですが、木の花の日常を感じることがこの取り組みに有効になるだろうと以前提案しました。それは、豆の選別でも、今日のよこちゃんの出発式に出ることも(注:入院中のメンバーが急に亡くなり、出発式を行った)、ミーティングに参加することもすべてそうです。私はあなたに異文化や新しい物事の捉え方といったあなたにはなかった代替的なことを提供したいのです。よこちゃんの出発式についても、あの出来事は意図的に誰もつくることの出来ない場所でした。木の花の人たちがそれぞれに自分の出来ることを役割分担し、あの場に持っていったのですが、そもそもよこちゃんがあのタイミングで亡くならないと出来ないことでした。だから、天が与えてくれたのだと思いました。このように、私たちはシナリオのないドラマの中に生きているのです。
現代人は頭が良く、いつも正解をやろうと努力します。それは重要なことでもありますし、人間の優秀さでもありますが、現代人が忘れている『人生をいただく』ことの価値はああいったところにあるのではないでしょうか。木の花の生活は、なかなかつくろうと思っても出来ない場所なのです。その出来事の奥を分析するのは難しく、つくろうと思っても出来ない、出会おうと思っても出会えないその場所に、神様のメッセージが隠れていると私は思っています。
今はここの環境によって導かれているあなたの心の安定が、将来アメリカの元の生活に戻っても継続するように、あなたの中に新しい精神分野が構築されることが大切です。それはあなたの中でつくられたものですから、どこへ行ってもそれが有効に働くようになります。そのための基本としては、木の花の日常の生活に参加していただき、そこで出会う人たちの精神性がどのようなものであるかを探ってみるのも面白いですよ。
よこちゃんの出発式の前日のこのはな八重の舞のときに、あなたも輪の中に入っていましたね。私は『そうならないかな』と思って、あなたを観ていました。私はあの場で自身エンジョイしながら、あなたのことやいろいろなことを観察していたのです。もう少しで祭りの本番が来ますから、あの参加する勇気を持ってまた挑戦してみてください。」

ジイジの提案通り、花祭りの当日には鬼の舞の後のまさかりディスコ(観客がまさかりを振って踊る)の際に自分から率先してみんなの前で舞ったパティ。その翌日に迎えた4週間面談で、ジイジは次のように伝えました。
「ケースによっていろいろですが、通常4週間というのは自然療法プログラムを進める上で見通しが立つ期間です。あなたにとっても、自分の現状を把握できた期間がこの4週間だったのではないかと思います。あと残り2週間ありますね。6週間という滞在期間は、今回あなたが滞在するのに可能な期間として決めてきたものですが、とても良い数字だと思います。
明日で花祭りの一連の神事は終了しますが、私たちは一般的宗教的信仰という意味で花祭りを行っているわけではありません。そして、あの祭りがあなたやアメリカの人にとって異文化であるとは思うのですが、地球や宇宙の仕組み、また私たちが自然生態系の中の一員であるという昔の人々が伝えてきたことを、今流に解釈し表現しているのです。ですから、これからの時代は世界中の人々が柔軟性を持って、異文化や馴染まないものをポジティブに認め合っていくことが必要なのではないでしょうか。そういう意味では、今まであなたが出会ったことのないものに出会う良い経験を提供出来たと思っています。そして、こうした活動は木の花の生き方を広めるためのものではなく、地球的・宇宙的視点に立った生き方を人類に広めていくためには非常に重要なことだと思うのです。ですから、これから共に連携しながら活動していけたらいいですね。」

ジイジの言葉を受けて、花祭りの神事が終了した翌日には初めての試みとして畑作業に参加しようとしていたパティでしたが、高熱が出て体調を崩し、その後5日間部屋で休んでいました。

そして熱が下がり自室での隔離が解禁されたときには、ちょうど前回の面談から7日が経っていました。それを受けて、ジイジは次のように語りました。
「今日はちょうど前回の面談から7日目ですね。7という数字を西洋の人たちはラッキー7と呼びますが、カタカムナでは『質的転換』を意味します。つまり、古い体質を脱ぎ捨て新しくなり、次に向かうための方向転換をするということです。ですから、7という数字は単に都合が良いことが起きるというよりも、変化をもたらす大きなサイクルのひとつなのです。あなたが休んでいる間、物理的には辛かったかもしれませんが、私にはひとつ楽しみなことがありました。
これまでも、ケアで滞在している人に私がアドバイスをしていくと、今まで使ったことのない脳を使うことによって熱が出ることがあるのです。それは子どもが成長する段階で知恵がつくと熱を出すのと同じことです。それは、おそらくその人の思考容量や回路を増やしているのです。それで、今回あなたの取り組みの中では、世界観を広げ、客観的な視点で物事を捉えることがテーマとなっていました。あなたはこの短期間で新たな視点に出会ってきましたが、それを自分に落とす時間はなかなか持てないこともあるのです。そこでは今までの心の癖も邪魔します。そのタイミングで熱が出たり、体調を崩すこともあるのです。そこでは、その間に今までにない気付きを得たり、自らの思考を巡らすチャンスをもらっているのです。
通常、面談をするときに1週間毎に行うのも、7という数字を意識しているからです。ですから、前回の面談から7日間空いたのも、良い数字だと思っています。」
そして、この1週間の状態について聞かれたパティは、休んでいる間奇妙な夢をたくさん見ていて自分から何か暗いものが出ているように感じたこと、でも熱が下がってからは気分が良く穏やかで、ここでこれまで学んできたことを振り返り、ジイジのアドバイスが自分の心に刻まれていることを感じ、前に進んでいける自信を得たことを話し、「私は自分のことをまだバランスが取れていない赤ちゃんのように感じています」と伝えました。そんなパティに対し、ジイジはこう続けました。
「大丈夫です。赤ちゃんはこれから育っていきますから。物理的な赤ちゃんは成長に時間がかかりますが、霊的な赤ちゃんは急激に育ちますよ。人は病気をすると、『悪いことが起きた。結果辛い思いをして、やっとそこから開放された』と思いがちですが、確かにその人の精神状態によって病気は多く発生します。それはメッセージだからです。インフルエンザについても、同じ環境にいてもかかる人もいればかからない人もいたり、ネガティブな原因でかかる人もいれば、実はポジティブな原因でかかる人もいるのです。ですから、前回の面談から7日目の質的転換を意味する今日という日にこの時間を持てるということは、すべて天意だと思いました。
天意を感じるために大切なことは、私たちが天に自分の意識を向けているかどうかです。たとえば、太陽や月や星と対話しているのか。風と対話しているのか。土と対話しているのか。食べ物と対話して食べているのか。すべて、もともとは自分自身ですからね。すべてのものと対話し良い関係のもとで生きていくことが、天意で生きることだと思うのです。そこでは、『どうしたら天の意志を感じることが出来るのか?』『どうやったら直観を鋭く出来るのか?』という思考は不要です。たとえば、気分が悪いときには体も心地良くなく、外出もしたくないし、部屋で臥せっていますよね。そして気分が良いときには外に出て、胸をはって深呼吸する気分になりますね。それと同じように、生きるということは自然にメッセージを感じられるものなのです。大丈夫!そうなりますから。そこで、『そうなんだ!』と素直に信じて天と対話を続けていけば、必ずそうなります。私の人生には生きた師匠はいませんでしたが、昔と比べて私の直観ははるかに鋭くなっていますし、自分でもその精度に驚くことがあります。それは、そういったことを信じてやり続けてきた結果だと思うのです。
先程言われた、夢をたくさん見ることも、熱がたくさん出ることも、汗がたくさん出ることも、天のメッセージであり、解毒です。『ああ、毒が出ているのだ!』とその作業をやっていただいているという意識になったとき、『私たちが命であるということから、自分がやらなくてもこのようにしてもらえるのだ』と解釈出来るようになるのです。」
その話を聞いて、パティは「今まで私は一生懸命やりすぎて自分をコントロールすることが出来ませんでした」と話し、ジイジは次のように伝えました。
「それは現代流に言う、頭の良い人です。あなたは賢いので自分を客観的に観る目線も持っていますが、そうするとまた余計に落とし穴に陥るのです。それは、それだけの分析が出来るということで能力が高いという自負心も持つからです。そうすると、生かされていることに気付くことが遅れますね。
そういった分析からすると、人類はこれから初めて健全になっていく道を歩み始めるとも言えるのです。今、地球上には25800年ぶりの新たなサイクルが始まりました。しかし、私たち現代人につながる25800年前の歴史はありません。ですから、まったく新しい時代の始まりです。これは、現代人には楽しみであるだけのことなのですが、現代の混乱は自分たちが起こしたことであるにもかかわらず、人々はその原因を追求出来ず不安になっています。何よりも、一番大切な自分自身の使い方を人類はまだ会得していないのです。これからの混乱はますます矛盾を明らかにしていきます。しかし、それは時代の光が差してきたことにより、表に見えてきただけのことなのです。ですから、私たちはそこから現代の矛盾を学べば、それはおのずと消えていくことなのです。世界にはもうじき大きな災害が至るところに発生しますが、これはこの時代だからこそ起きるべきであり、その奥にある真のメッセージを人々が受け取ることが出来れば本当は待ち遠しい話でもあるのです。なぜそのような災害が起きるのかというと、人々がその種を蒔いていることに気付いていないからです。もしかしたら、起きる前に私たち人類がそのことに気付き、社会の仕組みが変わっていけば、出来事も起きなくなることでしょう。それは病気と同じように、悟ったものに与える必要がないからです。
今回、あなたの体調が崩れたことを聞いたとき、『私が提案しなくても、天がこうやってパティさんに仕上げを与えてくれたのだ』と思っていました。そういう意味で、あなたはBパティを運用することに手ごたえを持ち始めたのだと思います。あなたとの出会いはとても大事な出会いでした。難しいケースのように当初感じていましたが、それほど後戻りすることなく確実に目的は達成されてきました。ですから、そのようなわかりやすい事例をあなたの感覚でよいのでまとめていただき、それを私たちに残していただけたら、まだ目覚めていない人たちの役に立つことでしょう。」

そうして自分をコントロール出来るだけの考え方を身につけ、見事6週間で卒業を迎えたパティ。「あなたは思考回路を逆転させることによって、自分自身を救済するどころか、他者の救済にも役立つ能力を持っていますね」とジイジから伝え続けられてきたパティは今、以前と比べてはるかに安定し、「その安定はこの木の花というコミュニティが与えてくれました。それは私の中にあるものですから、アメリカに持ち帰ることが出来ます。今、私はすべてを自分の力で知る必要はないと感じていますし、新しい能力や方法が少しずつやってくることを知っていますので、とてもリラックスしています。それは私にとって大きな大きな学びでした。そしてこれから新しい生き方を実践していくことをとても楽しみにしています」と語ります。あなたが健康で生きることは私たちの喜びであり、なによりも天があなたと共にあるということです。これからも、地球コミュニティの一員として人類の目覚めを促す生き方をしていきましょう。まずは卒業おめでとうございます。

 


自然療法プログラムの卒業をお祝いするコンサートでは、プログラムの責任者であるジイジから、新たな人生の旅立ちにあたり卒業生に向けてメッセージが贈られます。今回は、「パティ自然療法プログラム体験記」と「パティ物語」が読み上げられるのに1時間以上かかり、その後ジイジは次のようなメッセージをパティと人類に向けて贈りました。


 

ジイジからパティへのメッセージ

長い時間をお付き合いいただいてありがとうございます。ここで私が同じぐらいの時間お話ししたら、皆さんに拷問を与えることになってしまいます(みんな:笑)。でもせっかくですから、少しだけお話しさせていただきたいと思います。

今日は2019年2月16日ですね。パティさんの卒業コンサートの日です。しかし、私にとってはこのような日々の積み重ねの結果、2月24日から始まる今年の「1ヶ月間の真学校」に向けての心を調整している最中です。今、パティさんの自然療法プログラムの取り組みを振り返っていただいたのですが、そこでも私は目の前にいる人にだけ語っているわけではないのです。それは、目の前にいる人がひとり幸せになるということは、その人の分だけ地球が健康になるということだからです。

人間はいつから心を病むようになったのでしょうか。間違いないのは、それは人間たちが複雑な自我を持ち、自己願望を叶えるようになる高い能力を得てからです。そういった能力は人間にとって、とても魅力的なものでした。しかし、そういった能力を持った私たちは結果として地球の仲間たちに大きな試練を与え、迷惑をかけてきました。それどころか、自分たちが行ってきたことによって、その矛盾を今、自らが受け取らないといけない状況にあります。なによりも、現代人は宇宙の法から完全に外れてしまい、宇宙を生きるという意識で日々を生きている人はほとんどいません。そして、現状のような人間にとっては辛い世相や自然現象に出会うことになったのです。これは長い間、人類が幸せを得て豊かになろうと願って築き上げてきた結果です。

私はいつも同じことをお話ししていますが、それは人々に本当の意味での価値を思い出してもらいたいからです。そして、パティさんと6週間という期間のプロジェクトを取り組んできましたが、題材はパティさんの人生でした。それは、ちょうど6週間をかけて真学校のプログラムを修了したような感じですね。2月24日から始まる真学校では1ヶ月間をかけて受講生の皆さんに本当の人間の在り方について伝える時間を持ちます。それは、パティさんの人生が健康で豊かになると、まわりの人たちの人生も幸せになる仕組みです。人類は今、そういったとても単純な、連動して共に創り上げていく宇宙や自然の法則を忘れてしまっているのです。

今、人類は地球上にたくさんの問題事をもたらしている存在です。それどころか、人類自身が地球の癌細胞のようです。そして、これから進むべき未来の方向性を見つけられないでいます。私はいつも同じことを伝えていると思いながら、これが、私の人生なのです。そして、ここにいる共に暮らす仲間たちはそれがいかに大切なのか、そして人類にとってそれがいかに有効なことなのかを立証してくれる仲間です。

今日、パティさんが卒業を迎えて、またひとり、その仲間が世界に増えました。その結果、個人のエゴをくすぐる喜びではなく、みんなで喜び合える豊かな世界を創りたいと思います。私たち人類は他の生命と同じようにそういった目的のもとに地上に降ろされたのです。これからも人々がこの真実に目覚めていきますよう、私たちはこの活動を続けていきますし、そしてこういったことの大切に出会った人たちは共にその活動をしていただき、地球を美しい場所にしていけたらと思います。

パティさんはとても優秀な方で、分析力がとても高く、私の提案が多方面に渡った結果、私にとってもとても良い刺激になりました。それから、ケア物語を作ってくれた陽子ちゃん、その難題を見事成し遂げ、よくやってくれたと思います。そういう意味でも、天はお互いにとても縁の深い大切な関係を与えてくれたと感謝しています。

これからも、私たちはこういった大切を地球上で表現するために生きていくのです。その自覚を持って、これからも歩んでいきたいと思います。パティさん、卒業おめでとうございます。そしてこの出会いに感謝します。

 


あなたのために一喜一憂してくれる人がいることはあなたの財産です〜自然療法プログラム・Aくん物語

17歳のAくんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは5月9日のことでした。中学2年の頃から不登校ということで、父親と面談を受け、「体がだるく、気力が出ず、不登校どころか、普段の生活にも支障が出ている状態から、生活習慣を改善し、健全な生活を取り戻したい」ということで、その日からケア滞在をスタートさせたのでした。そして、高校復学の見通しが立ち、滞在開始から12週間が経ったとき、卒業を迎えました。

7月31日に行われた卒業コンサートでAくんは、ケア滞在を振り返って以下のように皆に挨拶しました。

――

Aくん:
まずここに来てから学んだことは、ただ悲観して、何もしないでいても、何も得しないということです。

次に、自分にしかわからないこともいろいろあるけど、人の言うことを聞くのは大事だということです。

あと、学校はずっと行けるかはまだわからないですけど、割り切って行くというか、まだ行こうという感じではないけど、形として行くのがいいのかなと思っています。

何もしないでいても、何も進まないので、必ず何かをしなくちゃいけないって思います。

――

その後、数名のメンバーからAくんに向けてメッセージが贈られた後、Aくんのサポーターを担当していたなかのんから、以下のメッセージが贈られました。

――

なかのん:
卒業おめでとうございます。このあとのケア物語にも出てきますが、6週間経っても、基本的な生活態度ができなかったというAくんで、しかもやる気も感じられなかったということで(みんな、笑)・・・

ジイジ:
ある意味、安定していたのです(笑)!

なかのん:
「ここにいる意味があるのかな?」と途中で思ったこともあったのですが、「僕はそれを判断する立場ではないからな」と思い、とりあえず役割に徹していました。そういったAくんが今日卒業を迎えるということで、やはり自分で見える景色はたかが知れていると思いました。そのあと、どのような世界が展開するかはわからないですよね。だから今、Aくんに見えている景色があると思うのですが、それもたかが知れていると思うのです。このあとどのような可能性があるのかはわからないので、その可能性を楽しんでいってください。卒業おめでとうございます。

――

この後、なかのんがAくんのケア滞在をまとめた、「Aくんのケア物語」が発表されました。

――

Aくんのケア物語

高校生のAくんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは5月9日、不登校で昼夜逆転の暮らしを改善するためにお父さんと一緒に訪れました。

「規則正しい生活を送ること」を目標にスタートしたAくんのケア滞在は、本人のペースで進められていきました。作業へ出発する時間になっても丁寧に歯ブラシや水筒を洗い続けていたり、出発直前になって行くか行かないかを迷い始めたりして、人を待たせることが度々ありました。それでも最初の1、2週間は日中作業に出続けていたので、2週間面談の際、新たな目標として「コミュニケーションを大切にするように」ということが伝えられました。

2週間面談の場で、Aくんは自己主張を繰り返していました。そんなAくんに対してジイジからは、「今の状態を改善するためには人の話を聴くことが大切です。自分の考えが今の自分をつくったのですから、自分の考えを変え、社会に適応出来るようになっていく必要があります。」と伝えられました。

その後のAくんは休みがちとなり、半日か数時間キッチンで作業をして、あとは部屋で過ごすことが多くなりました。そして人ともあまり交流をしませんでした。日々の生活の中で出来ないことの理由探しをしていたのです。4週間面談では、そんなAくんにジイジから、「だるくなったのは、出来ないことの理由として必要なのかもしれません。」「自分の日記やなかのんがつけているケア記録を読み、そして面談音源を聴くことで客観的に自分を観るようにしていきましょう。そして自分の姿勢を振り返り、姿勢にメスを入れるように。」と伝えられました。しかし、5週間面談の際もAくんは、「病気であるほうが自分にとって都合がよい」と認めながらも、対人恐怖などの症状を訴えている状態でした。

そして6週間面談の際、ジイジからAくんに「いつも行動しない理由探しをしています。積極的にやらないことを求めています。」「このままだとやる気がないという判断になります。やる気がない人は滞在拒否することになります。滞在拒否される前に自分からやるように。このように6週間が経って、毎回同じテーマを出される人はあなたが初めてです。」と伝えられました。

その後も一向に気持ちが入らず、日記には無駄な思考やきれいごとを書いているAくんに対し、ジイジは、「余計なことは考えず無心になって動くだけです。本当は分かっています。」とコメントし、サポーターからは「こんなことをしていたら絶対に改善しません。親御さんにお金を出して貰ってそれを全部無駄にしています。行動しなければ、何を書いても無駄になります。もっとちゃんと考えたら?」と伝えられました。

その翌日からAくんは、毎日朝から作業に出るようになりました。そして7週間面談の際、ジイジからAくんに「その調子で続けて、自分で良いと思える生活を送るようにしましょう。こちらはあなたの取り組みで一喜一憂しています。あなたがしっかりと取り組むことはこちらの喜びとなります。あなたの1日の送り方が周りの人を喜ばせるのですから、自分の存在が人の喜びとなって、自分自身が誇れるようになるといいですね。みんな応援しています。」と伝えられました。

その後、しっかりと規則正しい生活を送り、人とも積極的に会話をするようになったAくん。8週間面談の際は、ケア卒業の見通しが伝えられました。ですが、Aくんの中に臆病な気持ちが芽生え、翌日の日記には、「まだケアを卒業出来るとは思えない。学校にはまだ行こうと思わないし、行く必要を感じない。」とネガティブな気持ちが綴られていました。そのためケア卒業は一度棚上げとなり、9週間面談では、ジイジからAくんに、「とにかくやる気がない。今もまわりからの評価を自分から否定して、自分で成果が上がらないようにしています。これから1週間様子を見ます。もしこの姿勢が変わらないなら滞在拒否をします。そのことを心して生活するようにしてください。日記も前向きな姿勢を表現するようにしましょう。それは嘘を書くということではなく、自分が思うことが前向きであるようにしていくということです。前向きな気持ちになるように自己コントロールし、そしてその姿勢で日記を書くようにすることを心がけましょう。」と伝えられました。

その後1週間、Aくんはネガティブにならないように心掛けて生活をしました。それを受けて、10週間面談では、9月復学の目標が決まりました。Aくんは自分から「9月」と言ったのですが、決まった途端に「やっぱり短すぎる」と言い出しました。そんなAくんにジイジからは、「余計なことを考えすぎないことです。その姿勢が、今までいろいろなことを台無しにしてきたのです。自分の考えで決めずに、自分の考えを超えて人の提案を取り入れるようにしましょう。『でも』、『けど』と言い訳を言わず、定まらない心も捨てて、スタートするようにしましょう。」と伝えられました。そしてこの日の日記にAくんは、「今日の面談を受けて割り切るしかない、決めるしかないと思った。ジイジが言うように、自分は17歳なのだから学校に行ったほうがいいに決まっている。そろそろまわりの意見を聞くときが来た。周りの指示、提案を聞こう。」と書いていました。

その後、ネガティブな感情と向き合い、それに対処する方法を自分から探求するようになったAくん。やり取りもしっかりしてきたことを受けて、7月31日のケア卒業、その後、9月復学を目指して長期滞在を続けることが決まりました。

11週間面談では、「今の不健康な状態になったことを父親のせいにしていた」と気づきを語るAくん。そんなAくんにジイジから、「出会う出来事は、環境も影響しますが、1番は本人の姿勢の問題です。親も完璧ではありませんし、親との間には意見の違いもあるものです。そういうことを対立や問題ごととして捉えることも出来ますが、それはある意味、困難な状況の中で自分を逞しくしてくれる要素でもあるのです。これからも人生の中ではいろいろなことがあると思いますが、それを生かしポジティブに捉えるように努力することが大切なのです。」と伝えられました。

ネガティブな思いと向き合い、ポジティブに変換することを学び始めたAくん。その歩みが続き、Aくんが幸せになるようみんな応援しています。卒業おめでとうございます。

――

それから、Aくんのご両親に毎週Aくんのケア記録と面談音源を送っていた際に、ご両親から返信として送られてきたメール集が皆に紹介されました。

――

Aくんのご両親からのメール集

●1週間目の報告に対する返信

1週間経ちましたが、本人はまだどうしたら良いかわからない状態が続いているようですね。

「この状態」、「何も考えられない」というフレーズはここ2年ほどずっと口にしていたものでした。本人は独自の解釈をして、結論付けてしまう傾向が強いところがあります。

幼少期から自分の思考を優先する子で、自分の思考がまとまっていなければ、何も始められず、授業などでの作業も遅れることが多かったようです。他者の考えや振る舞いを参考にするという行動が苦手でした。

また、“後悔する”ということに現在かなりの恐れを持っているようです。不登校から現在までの自分の判断に失敗感が強いのかもしれません。

ジイジさん、なかのんさんを始め、サポートしていただく方々も大変だと思いますが、本人はこの苦しさから脱出したい気持ちでいっぱいですので、まだしばらくよろしくお願いいたします。

詳しいご報告ありがとうございました。焦らず、次週のご報告を待ちたいと思います。

妻ともども、みなさまへの感謝の気持ちでいっぱいです。今後もよろしくお願いいたします。

●2週間目の報告に対する返信

2週間面談のご報告ありがとうございます。

まさに本人にとって重要な局面にさしかかったと感じます。自分のことについて、今まで家族以外から指摘やアドバイスを受けたことはほとんど無く、本人はしばらく消化不良かもしれませんが、徐々に“自分を変える”気持ちになっていって欲しいと思っています。

まだしばらくお世話になると思います。ジイジさん、なかのんさんをはじめ、ファミリーの方々にはたいへん感謝しております。よろしくお願いいたします。

●3週間目の報告に対する返信

3週間面談のケア報告ありがとうございます。

本人が自分の性格について、本気で向き合う時が来たように思いました。つらいけどなんとかしたい、という気持ちを持ち続け、みなさんからのサポートを前向きにとらえてくれることを期待しています。

自分の思考がかなり強く、他者の意見を自分への否定と感じてしまうので、サポートするのもかなり大変ではないかと思います。

日々のサポート、たいへん感謝しております。もうしばらくよろしくお願いいたします。

●4週間目の報告に対する返信

ご報告ありがとうございます。とうとう本人が正さなければいけない核心に来たのではと思います。

幼少期から自分の思考が強い子でしたが、親だけでなく、兄、姉との間でも口論、言い争いが絶えず、自論を通そうとするしつこさに驚き、呆れるほどでした。それでも親としてもっと強く指摘し、言い聞かせる必要があったと感じ始めています。

宿題を出さない、学校や塾に意図的に毎回遅刻する。何度も何度もそれを正すように言っても、「サッカーで疲れてできない」とか「塾は意味がない」など、自分の都合の良い理由ばかりを並べていました。しかし、いくらなんでも、友達の手前、恥ずかしさやカッコ悪さを感じるだろうと期待をしていました。ですが、驚くことに他人にどう思われているかを気にしないのです。

畑への出発時間に姿を見せず、みなさんにご迷惑をかけていることに罪悪感を感じていないこともその性格ゆえで、とても残念に感じています。家族に対してだけでなく、出会ったばかりの人たちに対してもそうなのかと。

自分の言う「この状態」について本人はネットで何度も調べ、この一年間で、高校入学、心療内科、座禅、甲状腺検査、カイロプラクティックを試しました。全て自分から言い出したことです。自分で仮説を立て、実験(体験)をし、何も変わらないとすぐに次の実験を考える繰り返しでした。まるでひとりで研究しているかのようでした。自分の思考だけで行動しているのです。

今回のケアも自分が言い出したことで、規則正しく起床し、太陽の下で農作業を行えば、自分は良くなると仮説を立てて参加したのです。このような仮説はここ数年ずっと本人が言っていたことで、「刑務所や全寮制の学校などに入らなければ、自分は治らない。規則正しい生活は強制されないとできない。」と自分の意志の弱さも認識していたようでした。

今回ジイジさんから「性格の問題」と指摘されたのは必然と感じます。本人の調子の悪さは自分の思考だけがグルグル回り、思ったような結果が出ず、自分で中毒を起こしていることだとわたしは思っています。一度でも他者の意見や考えを取り入れてやってみて、思いのほかうまく行った体験があれば、グンと変わるのではと期待は持っています。

みなさまのケアサポート、本当に感謝しています。言葉にできないほどです。本人がどこまで本気で取り組んでくれるのか、心配ですが、希望も持っています。まだしばらく、よろしくお願いいたします。

●5週間目の報告に対する返信

ケア報告ありがとうございます。

本人がジイジさんの言葉を理解できれば良いのですが、受け答えの様子からは、ピンときていない印象を受けました。

相変わらず他者の反応を気にせず、姿を見せなかったり、短時間の作業でも怠くなってやめてしまう。

私との散歩でも、途中で歩く気力が無くなり、周りの歩行者やクルマを気にせず、しばらくその場に立ちすくんでしまうこともありました。

しかし3年前、私と北海道の山を登っていたころは、生き生きとしていて、早朝もしっかり起き、面倒な準備もでき、ハードな行程もこなしていました。私のほうがきつかったくらいです。

計20余り登山をしましたが、私が誘ったのではなく、毎回本人の意志でした。体力はかなりのものでした。また清流や野生動物が大好きで、シカやヒグマとの遭遇に喜んでいました。

ここ数年「何も考えられない」、「自分が自分のように感じられない」という言葉を繰り返していました。その状態を長い期間放置し過ぎてしまったように思えます。

本人の心理的、体調的不調が、自分の思考から出てきたものであることは、親の目から見ても間違いありません。過去何度もそのような話をしましたが、「性格は関係ない」と全く受け入れてきませんでした。

本人が繰り返し面談の音源を聞き、ジイジさんの言葉に一日でも早く気づいて欲しいと願っています。

ひと月経っても、第一目標の生活習慣改善もできていないことに驚いていますが、本人のこころの変化は必ずやって来ると希望を持っております。

かなり面倒なケースだと思いますが、ファミリーのみなさまに感謝しております。本当にありがとうございます。もうしばらくよろしくお願いいたします。

●6週間目の報告に対する返信

6週間面談のケア報告ありがとうございます。

はじめまして。Aの母です。この度は息子が大変お世話になっております。主人が出張中なので、はじめてメールさせて頂きます。

小さい頃から我が強く、難しい子だとは感じてきましたが、まさかこのような状況になるとは思ってもいませんでした。

いろんな事を試しても良くならず、「ずっとこのままかも」と泣かれることも度々ありました。取り組み方が甘く、みな中途半端に思えて指摘もしましたが、それでも少しは変化がないとおかしいという本人の言葉に、私まで、それもそうかもと思い始めていました。

つらそうにしているのは確かなので、薬で治せるならいっそ、分かり易い病気であってほしいとまで思っていました。

未だに時間を守らず自由に振る舞ったり、みなさんをお待たせしてしまっていることに驚くとともに、申し訳ない思いでいっぱいです。

これまで、いくら言っても直らないAのそのような態度も、成長すればきっと…..と思っているうちにここまできてしまいました。

音源を聴かせていただき、本当にジイジさんの仰る通りだと思います。

親として至らなかったことを反省しながらも、今はみなさんのお力をお借りしたいと思っております。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうぞこれからも宜しくお願いいたします。

●7週間目の報告に対する返信

7週間目のケア報告ありがとうございます。

もしかして、本人に変化の兆しが出てきたのかもしれないと、妻と話をしました。自分の思考がほとんどを占める生活から、他者の喜び、信頼を得る心地よさを感じる生活に変わってくれたら、たいへん素晴らしいことと思います。

本当に面倒な性格でご苦労をお掛けしています。もう少しよろしくお願いいたします。

●8週間目の報告に対する返信

8週間目のケア報告ありがとうございます。

かなり動けるようになったことと、声がしっかりしていることに驚き、大変うれしく感じています。本人は内面は変わっていないと言っていますが、行動が変われば、少しずつ内面も変化するのではないでしょうか。

Aの今後についての妻と私の希望は、高校に復学し、しっかり勉強をし、クラスメイトや先生たちとたくさん話ができる生活を送ることです。欲を言えば、学校だけではなく、バイトもやり、バイト先での仲間もつくれるよう、人との交流に興味を持ち、楽しんでもらいたいです。そうした生活の中から将来目指したいことが見えてくれば、素晴らしいことだと思います。高校卒業が20才でも、この先の人生を考えると、たいしたことはないという気持ちを持って欲しいです(以前本人は遅い卒業でも構わないと言っていましたが)。

もうしばらくであれば良いですが、ファミリーの皆様よろしくお願いいたします。
本当に感謝しております。ありがとうございます。

●9週間目の報告に対する返信

9週目のケア報告ありがとうございます。

Aは自分の心に湧いてきた気持ちを大事にする傾向が非常に強いです。ありのままを大事にするあまり、その気持ちをコントロールしようという発想が欠落しているのでしょうか。本人は正直に言っているつもりですが、それだけなので、他者から見ると改善しようとする意志が感じられません。

自分はこう感じているのだから仕方ないでしょう、と開き直っているように見えます。ずっと家庭内でおこなわれていた会話が、そちらでも続いていると思うとショックです。そのような幼さを容認し続けてしまった私たちも責任を感じています。

「前向きな気持ちを持つこと」とはどういうことか、何故必要なのかを本人がどう整理しているかが問題かと思います。そこが整理できなければ、復学する決心もしないでしょう。しかし今、本人がよく考え、もがいているのであれば、一歩成長できる瞬間かもしれません。

少なくとも自分の性格について、他人からこのようにはっきりと指摘されたことは初めてだと思います。自分を前向きにコントロールして変えていくという気持ちになってくれることを望んでいます。

そちらにお世話になり始めもう二ヶ月が過ぎてしまいました。本人の発する自分の気持ちは相変わらずですが、やろうと思えば体を動かして作業ができたことは大きな自信になったと思います。みなさまの粘り強いサポートのおかげです。大変感謝しております。

次週のご報告がより良いものであればと思います。よろしくお願いいたします。
本当にありがとうございます。

●10週間目の報告に対する返信

ケア報告ありがとうございます。こちらもついに30度を超える暑さになってきました。そちらはもっと暑くて、みなさんの作業もたいへんかと思います。

Aのそちらで8月いっぱい長期滞在をしたいという意向については、妻とも話合いましたが、みなさんがよろしければ、その通りにして良いかと思います。9月復学は親としても望んでいたことなので、ギリギリまでそちらで、自分をコントロールする習慣を身に付けようと思っているのであれば、それはそれで喜ばしいことです。

他人の意見や提案をきくという、苦手だったことができるようになり始めたことは、たいへんうれしいことです。元の性格に逆戻りしないことを強く望みます。

このように前向きな報告をいただき、たいへん有難く思います。本当にファミリーのみなさまのおかげです。もちろん本人の頑張りも素晴らしいと思います。

復学については、早速、学校側と調整を始めたいと思います。では、もうしばらくお世話になります。よろしくお願いいたします。

●11週目の報告に対する返信

11週目のケア報告ありがとうございます。

Aの変身ぶりに正直驚いています。そちらでの体験を通じて変化が現れたようですが、それこそ本人の本望だったので、今まで感じたことのない充実感も感じているかと思います。本当にみなさまのおかげで、感謝しきれないほどです。ありがとうございます。

――

最後に、ジイジからAくんにメッセージが贈られました。

――

ジイジからのメッセージ

先程、Aくんからケア滞在を振り返っての挨拶をもらったのですが、まだ心細いですね。この自然療法プログラムにおいては常にそうなのですが、ここで疑似体験をして、その延長に完璧に自信がつくことはないのです。だからここでは常に、このケアの取り組みをするということは70%の改善をもって卒業としており、残りの30%はこれからの人生で積み上げていくことだと伝えています。ですから、病的症状を引き起こしたこれまでのいろいろな癖を認識し、「なぜこのような状態になったのか」に気がつくことがこの取り組みの目的なのです。そのことがわかった上で、それをどのように改善し、次の新たな旅立ちにつなげていくのかについては、実際に新たな環境に踏み出してから自分で取り組んでいくことなのです。そうでなければ、仮にここで生活をすることでどんなに自信をつけても、それはここの環境やサポーターたちの力によって成ったことであり、本当の自分の実力にはならないのです。
本当の自分の実力というのは、自分の正直な心を出して、その上で返ってきたいろいろな出来事を通し、それをどのように捉え、どのように前向きに進んでいくのかにかかっています。そのときに、本当の実力が出来、社会をたくましく生きていく力になります。これは、ここで決めていることなのではなく、実際に、生きるということはそういうことなのです。誰も、明日の自らの人生を読み解くことは出来ません。明日に出会うことは、今日までに出会ってきた延長にあるとは限らないのです。それが、人生というものです。

そのために、自らの予想を超えた想像の出来ないことが起きたとき、その出来事は新たなことに対する抵抗力を与えてくれていると思えば、とてもありがたいことなのです。なぜなら、それは自分を育ててもらっていることになるからです。そのように物事を前向きに捉えたら、「あれはダメだった」「これはこういう理由でダメなのだ」という言い訳は必要なくなります。そして、どんなに難しいと思われる出来事が起きたとしても、超えられないことは何ひとつありません。そこを一つ一つ取り組んでいくことによって、自分の力が身につき、生きる希望になるのです。それが、この自然療法の取り組みに対する考え方です。

そのことを受けて、「自分では信じられない。出来ない」と思ったとしても、それは今までやり方が不器用だったから出来なかったのですが、それが出来るようになれば、必ず誰でもその人流の良い人生を歩むことが出来るのです。今、「その人流」という言葉を使ったのは、これまでたくさんの人を支援してきましたが、同じ人はいませんでした。そして、新たな人を受け入れるたびに、新たな事例を情報として私たちはもらいながら、何度もこの卒業の機会に出会うたびに、ますますこの大切な取り組みを続けていかなければいけないと感じています。

今、この会場には最近このプログラムの卒業をした人たちが9人います。その人たちは現在、長期滞在をしていたり、ケアを卒業した後もいろいろな形でここに滞在しています。さらに昔の事例を入れたら、10人以上の人たちが今ここにいることになります。ですから、世の中で本当に行き詰まっている人たちに対して、これからますます貢献していかなければいけないと思っています。しかしそれは、ここに人をたくさん集めることが目的ではありません。世の中がそういった行き詰まっている人たちをたくさん産んできたということは、世の中にも原因があるのです。そして、本人たちも生き方が下手で、このような状態になっているわけですから、その人たちの力となって、健全に生きていくことを支えていきたいと思っています。その仕組みのカラクリを世の中に伝えていくことによって、世の中を良くしていく――、それがこの自然療法プログラムにおいて最も重要なことです。

今日は、とても希望が湧いています。そして、初めてのケースですが、ようこちゃんがAくんのお父さんからの、一部お母さんからのものもありましたが、こちらのケア報告に対する返信を発表してくれました。今回はAくんの変化に対する描写がご両親の表現からとてもよく観えて、逆に良いフィードバックをいただいたように思っています。ご両親は遠くに住んでいらっしゃいますから、Aくんの滞在中に一度もこちらに来られなかったのですが、出来れば、これを何らかの形で世の中に還元し、このような解決のつかない、迷路にはまっている人たちの何か解決のきっかけになればと願っています。

最後に。Aくんに僕から伝えたいことは、よく振り返ってみて、あなたは本当に病気だったのかどうかということをもう一度考えてもらいたい、ということです。医者へ行けば、きっとこれを病気と呼ぶでしょう。しかし、ここの見解では、あなたは病気ではなく、心の持ち方が少しマイナスだったということです。そして、その原因を捉えるのに、出来ない理由探しをたくさんして、そこを自己主張してきたということです。Aくんに良いところがあるのは、「これは僕のせいではなく、人のせいだ」と主張するところはしっかりと安定感があったということです(みんな、笑)。先程発表されたケア物語でも触れていましたが、ケア開始から6週間が経っても、まだ基本的なことを伝えられ続けていたということは、みんなは笑いますが、Aくんは安定感があるということです。その安定感を前向きにして、今度は変化していく自分にその安定感を活かしたら、あなたもきっと希望を持てる人生を歩めると思うのです。

今回この取り組みの途中では、「改善は無理かな」と思って、滞在拒否のカードまで出しました。これはなかなか珍しいことなのですが、だからこれは難しいケースでもあったということです。お父さんもメールの中でそう言っていました。それは、家族としても長年、手に負えない状態だったということなのですが、その大変な状況の中であなたが変わっていくということは、大変な負荷をかけた分だけ、まわりの人たちが喜ぶのです。通常僕は、「あなたの取り組みがならないことは、あなたのせいですから、僕は情報をもらっているだけで関係ありません」とシビアに対応していますが、今回は改善の兆しが観えたときに、さすがに喜びました。Aくんのサポーターだったなかのんも変態ですが(笑)、さすがに途中ではうっときていたようで、今日このように卒業を迎えられたことは本当に良かった、となかのんも感じている雰囲気がありました。

ですから、前向きに生きるとき、「まわりに自分のことを想ってくれている人がいる」という財産をしっかりと理解したら、まわりの人たちがあなたのためにあなたの改善をとても喜んでくれるのです。これは、財産です。あなたがどんなに苦しんでいても、改善しようがどうしようが、喜ぶ人がまわりにいなかったら、不幸です。そういった意味では、自分が生きていることに対して、共に困難や改善を一喜一憂してくれる人がいるという財産があることは、本当に評価していいことです。ただ、あなたにとって大切な財産である人たちを悲しませたり、あきれられてしまっては、何も活かせません。出来れば、お互いに出会ったことを共に喜べるような関係を築いていきたいものです。

Aくんにとっては苦しかった時代が長かったかもしれませんが、Aくんはまだ17歳です。このことを通して、「このような財産があったのだ!」とお互いに気がついたら、これから新たな関係を築いていけることでしょう。ですから、ご両親のことを再評価することが大切です。それと同じように、学校での出会いも未知なるものです。先程Aくんは、「学校にずっと行けるかはわからない」「まだ行こうという感じではない」と言っていましたが、そんなことは考えなくていいのです。

まず一歩前に進むこと――。そうすると、今自分が考えていることとは違う景色が観えてくるのです。それも、まだ行っていない、観てもいない景色を見て、結論を出しすぎるのです。それが余計なことです。そうかもしれないし、そうでないかもしれないのですから、まずは行ってみて、そこで答えを出すことです。そのときに、何でも悪く考えるのではなく、少しでも前向きに捉えることが大切です。「自分を鍛えてくれているな」というように、少しでも前向きに捉えられたら、今までのような「やっぱり嫌だ」という結論にはなりません。自分がどう生きるかが、自分の人生の価値をつけるのです。そして、自分の人生をどう生きるかは、人生の終わりに自分が納得して、人生の旅を終われるかどうかという重要なことにつながるのです。その間に関わる人たちに自分が喜びや希望を提供できる人であるかどうかは、とても重要なことです。

ですから、毎日を大切に生きてください。

僕もこうやってたくさんの事例をいただきながら、そのたびにこれを生きていることの充実を感じています。最近は難しい事例が多いですから、通常は1ヶ月から3ヶ月で改善する見通しのある人たちを預かっているのですが、最近の事例では半年滞在していた人もいます。先程なかのんも、「Aくんはここにいる意味があるのかな?と途中では思った」とコメントしていましたが、僕にはわずかな光があれば、何とかそれを目的地まで持って行きたいという想いがあります。そのためには、本人がその気にならなければダメですね。特にこれからは、ここを卒業して自分で歩んでいくのですから、そのことを忘れてしまったら、やはりダメになってしまうと思うのです。そのために、明日から約3週間、お父さんが迎えに来るまでの猶予期間がありますので、おさらいをしていってください。おさらいというのは、先程「信じる心」という歌が歌われましたが、わからないけれど信じていく、そして余計なことは先に考えないということです。それは無駄なエネルギーです。それを前向きというのです。前向きといっても、先に考えて見当違いに生きたら、これほど無駄なことはありません。そういう心の余裕と、安定した精神状態を持ってもらえたらと思います。

Aくんが家へ戻っても、私たちはここでこの生活をしながら応援しています。ということで、今回はとても良い事例をいただいたと思っています。まずは卒業おめでとうございます。そして、良い出会いをありがとうございます。

 

♪信じる心

わからないけれど 生きている
信じる力で 生きている

わからないけれど 生きている
信じる心で 生きている

みんなで共に生きていることの
この貴さを知らせよう

ひとりだと思い込んで
生きている魂たちよ
みんなでつながっていることを
思い出そう

わからないけれど 生きている
信じる力で 生きている

わからないけれど 生きている
信じる心で 生きている

砂に埋もれた 希望の星を
今、みんなで掘り起こして

空では星が歌っている
つながっていると歌っている

わからないけれど 生きている
信じる力で 生きている

わからないけれど 生きている
信じる心で 生きている