ただ受け入れ、仲良くなればよかった 〜 自然療法卒業生のエリちゃんからの手紙

2018年夏に木の花ファミリーの自然療法プログラム(通称ケア滞在)を受けて心の不調を改善し、卒業後もヘルパーとして滞在を続け、その後はファミリーに滞在しながら職業訓練校に通っていたエリちゃんが、この春、約9ヶ月間の滞在を終えて実家へ戻り、新たな生活をスタートさせることとなりました。
出発の前夜、エリちゃんはファミリーみんなに向けて、以下のような手紙を読んでくれました。


 

エリちゃんからの手紙

明日、木の花ファミリーから旅立つことになりました。皆さんへお手紙を書いたので、読みたいと思います。

約9ヶ月間、本当にありがとうございました。まだ数ヶ月しか滞在していない始めの頃に、もう一年以上居る感じがするって何人かの人に言って頂けたこと、嬉しかったです。
思い出や沢山の出来事がありすぎて、何から話せばいいのか考えた結果、ケア滞在中、日記を毎日提出する際に何を書いたらいいか分からなくなった時があり、何を書いたらいいか分からなくなったので日記を提出できませんと伝えると、その何を書いたらいいのか分からなくなったというのを日記に書いたらいいのですよと言って頂けたので、今日は思ったことをありのままに伝えたいと思います。
と同時に、こんなに大自然に囲まれた生活で何も日記に書くことがないなんて少し異常な気がすると今になっては思いますが、後に、以前は物ばかりの写メを撮っていて、実家では花が植えてあるのを知っていても見向きもせず、写メなんか撮らなかったが、木の花に来て段々とお花の写真や富士山の写真を撮るようになっていましたと伝えると、それはあなたの心が段々と正常に戻ってきているからですよ、と言って頂け、木の花に来て、正常な感覚が戻ってきました。ありがとうございます。

ヘルパー期間中のキッチンの朝礼で、明日は精神薬をやめてちょうど3年目になります、私は元々依存心が強くて今まで色んなものに依存してきましたと話しました。メールの返信が早く来ないと落ち着かず、30分以内に返信してと相手にせがんだり、精神薬をやめてからは更に精神的に病み過ぎて、月1で占いに通っていました。又、その占いを信じ切り、将来を悲観し、自分でも訳が分からなくなり色々なことが重なって、最終的に完全に行き詰まって木の花にやって来ました。

木の花に来る前の勝手なイメージは、村上春樹の「ノルウェイの森」に出てくる施設をイメージしており、ベッドに寝ている人が何人もいるのを想像していましたが、実際は皆寝る間も惜しんで動いていて、初めてキッチンの前の廊下を通った時はただならぬ空気感に衝撃を受けたのを覚えています。
また、初めて会う人会う人初対面なのに初対面な感じがせず、これは一般社会の職場では出せない空気感だなと思いました。
ケア滞在中にお誕生日を迎え、ハッピーバースデーの歌をひまわりのホールで歌って祝って貰った際、憂鬱になってしまい、人と話すのがしんどくなりましたと話すと、あなたはめんどくさい人ですね、ただ周りに人がいる、ただそれだけのことですよ、一緒に楽しめばいいじゃないですか、ましてやお誕生日の日にあんなに大勢の人があなたを見て歌ってくれるって最高じゃないですかと言われ、当時はしっくり来ませんでしたが、いつの間にかお誕生日の歌を聞いても憂鬱になることは無くなっていました。
今まで何をするにも単独行動を好み一人で行動していましたが、木の花での生活に慣れていく内に、これが普通なのかもしれないと思い始めました。
ただ、帰省する前に一つだけ心残りなのは、距離感の話です。木の花に来た当初、皆が優しく接してくれてあまりにも普通に話し掛けてくれるその行為が、私にはすごく辛かったのです。

木の花に来る前の私は、人を見るのが辛く、せっかく人と話す場面があっても人を見る事が出来ませんでした。木の花の話す人話す人、何でこの人は私の所に来てくれて話をしてくれるのだろう、何でこんなに普通に接してくれるのだろう、何でこんなに自然体なんだろう、居心地が良いはずなのに、次第に自分から距離を作ってしまいました。
これもお誕生日の歌のエピソードと同様、普通にそのまま受け入れ仲良くなれば良かったのです。
そしてこうやってありのままを話せば良かったのです。

職業訓練校が始まってから、私は完全に打ちのめされました。
木の花から少し離れると、木の花で言われたことや指摘されたことが分かり、私は基本的なことが出来ていないことに気付きました。このままでは上手く行くはずがない、まずは人の目を見て話さなければならない。最初は上手く人と話せませんでしたが、次第に訓練校の人と話せるようになっていました。これは木の花に来ていなければ出来なかったことです。ありがとうございます。

私は学校に行く度に、授業のスピードが速いとかいうよりも、過去いかに自分が色んなことを怠っていたかを見つめ直す時期にも入り、wordの資格試験を申し込んだにも関わらず、プレッシャーに加え、あとはただ勉強すればいいだけなのに切り替えることが出来ず、精神的に落ちていました。切り替えればいいだけなのに切り替えることが出来ないなんて最悪だとまた悪循環に陥り、耳鼻科や皮膚科を受診したりと寝込んでしまいました。
そうすると、何人もの人が私を言葉で助けてくれました。
「全部気持ちだからね」「今回皮膚科を受診して病名は原因不明ってネットには書いてあるけど、私は気持ちから来ていると思うよ」と言われ、私もそう思うと話し、過去の自分がいかに色んなことを怠っていたかや、訓練校での競争社会を経験して自分が嫌いになりましたと話しました。

訓練期間中、久しぶりに土日にひまわりのホールに行くと、とてもホッとし、やっぱり良いなあと思いました。
学校で辛かったことがあっても、コスモスでご飯を食べている時、辛かった話はしなくても周りに人がいるだけですごく助けられました。
また。自分で考えても答えが出せない内容は、相談して助けて貰いました。ありがとうございます。

Excel資格試験の2日前、私は勉強する気が全く起こらなくなり、Wordの点数よりも良い点数を取らなければならない、またWordの点数と同等の点数は取らないと自分が納得できないというプレッシャーから逃げたくなり、餅つき大会には参加せず、自転車で片道約3時間かけて新富士駅の下へ向かい海を見に行きました。
これも後に、1人で過ごすより皆と何かしらの作業をすれば良かったと思いました。
本来「〜ねばならない」という思考は必要ないのですが、この資格試験、自分の実力がハッキリと分かってしまい、ねばならないの思考を用いないといけないのには、とても追い込まれましたが、結果、自分で納得のいく点数が取れ、これからはパワーポイントの資格試験に向けて勉強し、漢字検定にも興味が湧いてきています。
木の花での生活は本当に沢山の事がありすぎて、何をピックアップしたらいいのか・・・

自分のケア卒業コンサートで歌を歌う際、皆で手を繋ぎ丸くなった光景、自分の為に時間を使って貰えるなんて本当に幸せな時間でした。
また、たまにギャグを言いながら楽しそうに働いている木の花の人達を見ると、この楽しそうに働いている感じは一般社会では見れない光景だなと思いました。
また、よこちゃん(今年1月に亡くなったメンバーのみかちゃんのお姉さん)のお通夜で木の花祭りの舞を見た時に、踊っている人達を美しいと思ったと同時に、これ以上のものはないなと思いました。
そして「いただきます物語」や(よこちゃんの旅立ちを見送る)セレモニーの映像を見て、学校のくだらない人間関係に悩んだり学校の授業を受けるよりも、こういうことを学んだ方が遥かに自分の為になるんじゃないかと思い、ゆくゆく先はこういう生活もありなんじゃないかなと思いました。

こうやって文章を書いていると木の花から離れるなんて考えられませんが、また来てもいいですか?

木の花ファミリーは私にとって大切な場所です。
約9ヶ月間ありがとうございました。

 

 

写真撮影:エリちゃん

 

 


木の花ファミリー通信2019年春分号 〜 目からウロコの自然療法プログラム

木の花ファミリー通信2019年春分号は、現代医療で回復が見込めなかった数々の精神疾患が短期間の滞在で回復する、自然療法プログラムについてご紹介します!


 

目からウロコの

自然療法プログラム

近代の文明は、自然との共生を忘れて発展してきました。
人々は自らの願望を叶える方向へと突き進み、欲が満たされることで快感を感じ、その快感が豊かさの証だと思ってきました。今、その矛盾があらゆる場所で問題となって吹き出し始めています。

これまで、地球上には様々な時代が刻まれてきました。そしてその時代の変遷は、太陽系の星々の動きと見事に連動しています。多くの人々は未だそのことに気付いていませんが、惑星たちの刻むサイクルによって地上に時代の節目がもたらされており、例えば今、AI(人工知能)が世界を席巻し、社会全体の動きや私たち一人ひとりの行動さえもAIによってコントロールされようとし始めていることも、今という時代を象徴しており、そこには天体の意思が表されているのです。

そのような時代の流れの中で、家庭の中にも様々な矛盾が問題となって現れています。
児童虐待やDV、孤立死から介護殺人までもが起きている今、本来希望を持って社会を築いていくはずの若い世代が希望を見失い、最も生産性のある20代から50代の人々が心の病を抱えています。今や日本は約400万人が精神疾患によって医療機関にかかり、心の不調を抱える予備軍はその10倍とも言われています。国民のおよそ3人に1人が、心を病んでいるのです。しかし現代の精神医療は、薬を用いて症状を抑えるといった対症療法が中心となっており、カウンセリングであっても人を根本的に健全にするだけの力はありません。それどころか、長く病気でいればいるほど医療費が発生して病院の利益となるため、実際のところ患者の根本的な治癒を望まない傾向さえ精神医療の現場にはあるのです。そしてその医療費がGDPに含まれ、豊かさの指標となっている現実があります。

「気が病む」と書いて病気と言うように、すべての病は心から発生しています。私たちの肉体が誰一人として同じではないように、私たち人間一人ひとりの心は、外見以上に個性的です。病気の症状としては同じように見えても、そこに至るまでの過程はそれぞれに異なり、「うつ病に対してはこうすればよい」というように一律のマニュアルで対応できるものではありません。その人がどのような環境で生まれ、どのような性質を持ち、どのように人生を歩んできたのか。更にはどのような魂の変遷を辿り、今、どのような社会環境のもとにあるのか。一人ひとりのオリジナルな人生に寄り添いながら、共に歩み、病に至った根源を読み解き、真の健康への道筋を見出していく ──── それがNPO法人ぐりーんぐらすが提供する自然療法プログラムです。

そこでは、現代医療で改善が見込めなかった人々が健康を取り戻す数々の奇跡が起きています。それは病気という問題ごとを逆転し、生きることの意味を悟っていく道を歩んでいくのです。そしてただ個人が健康を取り戻すだけでなく、その個人を生み出した社会に健全をもたらし、豊かにしていく道です。今世界は、視点の大転換が必要な時に来ています。太陽系の星々の刻むサイクルがそのことを私たちに教えてくれており、それは私たち人間の個々の思惑を超えた大いなる宇宙の意思の顕れです。同時に、地上を生きる私たちの心の変化が、宇宙に進化をもたらしていくのです。

この取り組みによって、多くの人が希望を持って未来を生きられますように ────

 


 

富士山麓の緑豊かな自然に囲まれた環境で

あなたも心身の健康を取り戻しませんか?

 
心と向き合い 心を改善するためのプログラム

NPO法人ぐりーんぐらすは、木の花ファミリーと連携し、心と向き合い、心を改善するためのプログラムを提供しています。それが「自然療法プログラム(通称:ケア滞在)」。木の花ファミリーに滞在しながら、心身の健康を取り戻していくプログラムです。

2014年度の厚生労働省のデータによると、日本には112万人のうつ病患者と77万人の統合失調症患者を含めた392万もの人が精神疾患により医療機関にかかっています。そして、現代医療の現場においては、精神疾患の慢性化・長期化や、投薬だけに頼らざるをえない医療の現状が社会的な問題になっているのです。

このような社会問題を受け、NPO法人ぐりーんぐらすでは、心の病気(うつ病、統合失調症)、依存症(薬物、アルコール、ニコチン)、引きこもりや不登校、生活習慣病といった問題を抱えた方の滞在を受け入れ、こうした症状を短期間で大きく改善し、社会復帰を遂げたケースを数多く経験しており、現代医療の現場からも注目されつつあります。

 

自然療法プログラムの3つの柱

1.生命力豊かで健全な食生活=体の免疫力をつける

薬食同源 木の花ファミリーでは、ほぼすべての食材を、自然に即した天然循環法(自然にもたらされる生命力の源の原理)で作っています。生命力あふれる食材は、まさに薬となって心身に働きます。玄米菜食を中心に西式甲田療法(断食・半断食療法・生食)など酵素食による食養健康法も取り入れています。こういった食生活は、アトピー等の病的体質の改善のみならず、情緒の安定をも促し、心の病にもたいへん有効性が高く、大きな改善の効果をもたらすものと考えています。

 
2.自然に沿った規則正しい生活リズム=月と太陽と地球のリズムで生きる

自然に即したリズムで生活することにより、体は自然の気を取り入れて「元の気」を取り戻し、体の奥にある自然治癒力が呼び覚まされて「元気」になっていきます。

農業を中心としたファミリーの生活の中で、昼間の明るい時間に活動し、決まった時間に食事をとり、一日の終わりにその日にあった出来事を振り返る規則正しい生活リズム(月と太陽と地球のリズム)を刻むことで、誰でも無理なく心身のリズムを整えることができます。

 
3.病の原因となる心を見つめる=心の免疫力をつける

ケアを受ける人が、病気の原因となった自らの心と向き合い、心の在り方を探るサポートをし、生活意識を改める環境を提供します。私たちは治療をするわけではありません。

大切なことは、その人自身が問題事から目をそらさずに向き合っていく「心の免疫力」を身につけることです。日々そのような取り組みをするファミリーの生活に触れた人たちは、元の職場や家庭に戻って何か問題事に遭遇しても、心をきちんと保ち、健康な日々につなげていくことができるようになります。

 

上記の3つの柱が、調和の精神性によって生まれる場の力によって支えられています。

優れた「精神性」は「場の力」を創り

美しい響きを広げていく

 

プログラムの内容

サポーター制
ファミリーメンバーからサポーターがつき、基本的には同室で寝起きしながらサポートしていきますので、常にメンバーからのサポートを受けることができます。安心の24時間サポートシステムが整っています。

面談(カウンセリング)
滞在前、プログラムスタート時、その後基本的には1週間毎に面談を行い、プログラムの進行を決定していきます。

メインサポーター・ジイジ

日記
滞在に慣れて日記を書くことが可能な状態になってから、日記を書いていただきます。メイン・サポーターが毎回コメントをつけていきます。

社会復帰トレーニング
職業訓練の一環として、ファミリー内の色々な作業現場での作業体験ができます。

生活
滞在中の日常生活については、メイン・サポーターがケアの状況に応じた助言を行います。多くの場合、最初の一週間は特に課題を設定せずに、自由に過ごします。その後、日中は農作業や家事等その都度できることをして過ごします。その他、日記を書いたり面談を振り返りながら過ごすことで、少しずつ自分自身を客観的に観る眼を養っていきます。

大人ミーティング
ファミリーでは、毎晩大人全員が集まる「大人ミーティング」を開催しています。ミーティングではコミュニティとしての運営事項を討議すると同時に、互いの内面を率直にシェアしあうことで調和的な場づくりを行うことを重視しており、ケア滞在者もその場に参加することができます。そういった場所に慣れてきたら、自分の考えを整理して正直に伝え、周囲からのコメントを受け入れる訓練を積んでいくこともできます。そこでは、バランスの取れたコミュニケーションや自己分析のスキルを向上させることができます。

家族との連携
ケア滞在中に家族と連絡を取ったり、可能な方には面談に同席していただく場合もあります。当事者のみのケアだけでなく、家族間の関係も含め改善を図っていくことで、より効果的にプログラムを進めることができます。

卒業
基本的には滞在中に100%の改善を目指すのではなく、70%くらいの改善(メインサポーターの判断)を持って終了とし、元の生活の現場で実践を通してさらなる改善を図っていきます。滞在の終了は「卒業」と呼ばれ、新たな人生への旅立ちを祝う「卒業コンサート(卒業式)」が行われます。

卒業後の進路
卒業後は、元の学校や職場に戻って社会復帰する方もいれば、木の花ファミリーに引き続き滞在する方もいらっしゃいます。その場合、長期滞在者としてさらに心身の安定を図っていくケースや、ヘルパー滞在をしながら将来の展望を模索していくケース、また今後の社会復帰トレーニングを兼ねて外勤しながら滞在費のための収入を確保し、ファミリーでの生活の中で学びを深めていくケースなどがあります。

アフターケア
卒業後は面談やメールでの相談に応じます。また、その後も滞在を続けたり、定期的にファミリーを訪問することで、学びをさらに深めていく方も数多くいます。一定期間、ファミリーと家族同然の暮らしを送ることでメンバーとの強い絆が結ばれ、再び訪問するときには皆から「お帰りなさい」と笑顔で迎えられます。「第二の実家ができたよう」「いつでも相談できる場所ができて心強い」といった感想が寄せられています。

費用
滞在にかかる実費(1日税込3,240円:宿泊費、食費、施設使用料、洗濯代等を含む)が必要です。その他、病院代等の特別な出費は自己負担となります。面談やサポーターなど、ケアに関連する活動はボランティアで提供しており、一切無償です。滞在期間の目安は1ヶ月~3ヶ月です。

 

一人の健全な心と体が健全な社会を創っていく

→ 医療のいらない世界の実現へ

 


 

「パティの自然療法プログラム体験記」

 ~人生を方向転換させるのに遅すぎることはない!~

今年1月から2月にかけて自然療法プログラムを受け、大きく変化したアメリカ人のパティ(仮名)の体験をご紹介します。

「私は70歳のアメリカ人です。私が子どもの頃、私の母は不幸せな結婚生活のためにうつになり、私が将来夫に頼らなくてすむように私の知性を使い、良い経歴を持つことを勧めました。私は一生懸命頑張って大学教授となりましたが、人生を通して私はずっと不幸せでした。私の人生における苦しみの主な原因は30年間の結婚に関するうつ病と不安神経症でした。私の健康上の問題もあり、15年前に私は退職し、私の精神的・物理的状況を改善するための長い探求が始まりました。その延長に今、私は木の花ファミリーに出会ったのです。」

パティが藁をも掴む想いで木の花ファミリーを訪れたのは2019年1月のこと。面談の際、“主治医”であるジイジから「あなたにとって必要なことは治療ではなく、世界観を広げることですね」と伝えられ、自然療法プログラムの取り組みが始まったのでした。

まず、「自分を正確に知るために日記を書く」という課題を与えられたパティは、持ち前の優秀さを活かして毎日熱心に取り組み、ジイジからも「あなたの自己分析は完璧です」と評価されていました。しかし同時に、ジイジには、「いくら自分を改善しようとする想いがあっても、それが自らの心の癖や欲から出ていると、そこに囚われてしまい、その想いに縛られていること自体に気付けない。それどころか、それを表現することが自由だと勘違いするカラクリに陥ってしまう。これは優秀な人が意外と陥る落とし穴だ」という想いがありました。そのような中、パティの滞在が2週間を過ぎたところで、ジイジはある画期的な提案をしたのでした!

それは、パティの中にある二人のパティを仕分け、パティの癖や感情のままにこれまで生きてきた「パティA」と、その自分を客観的にいましめる「パティB」とジイジの3人が話し合う時間を毎晩持つという提案でした。ジイジ曰く、「パティBはあなた自身を十分に健全にする知恵を持っています。しかし、今まで生きてきたあなたはその提案に対し、抵抗するあなたでもあるのです。ですから、どちらのあなたを優先させていくかがこのプロジェクトで最も重要なところです。あなたは思考回路を逆転させることによって、自分自身を救済するどころか、他者の救済にも役立つ能力を持っているのですよ。」

それから、朝起きるとネガティブな思考が湧いてくるパティに対し、ジイジは「パティAに出会った時こそ、改善のチャンスなのです。朝起きた時にネガティブだったらチャンスです!」とパティを励ましながら、夫からのメールに最初は感情的に反応しながらもすぐに冷静さを取り戻したパティに対しては、「今日の夫からのメールは良いテストでしたね!人生を生きるということは、自分の精神状態を知るためのテストを常に受けているようなものです。そこではすべてを情報として受け取ることが大切ですね」と伝えました。このような取り組みを通して、パティは自らを縛り客観的視点がなかった状態から抜け出し始め、自分自身の実態が観えてきたのです。そして、少しずつ世界観を広げていった結果、見事6週間で自然療法プログラムの卒業に至ったのでした。

「今、私の人生を振り返ってみると、私の人生における苦しみの原因は、私の子ども時代のトラウマとなっている出来事なのではなく、そうしたことを自らの心の成長へのチャンスというよりも、『不幸の元凶』とみなす私の選択が原因だったのだと気付かされました。事実、私の人生を方向転換するのに遅すぎることはなく、今まで私の苦しみに使われてきたエネルギーはその解釈の方向が変われば、良きことのためにたいへんパワフルなものになるとジイジは私に自信を与えてくれました。これは私にとっては計り知れないほどの励ましでした。

そして、ここでの滞在における私自身の変化は、単に知性で受け取ったから起きたというよりも、私が体験したことによるものです。それは、木の花ファミリーの皆さんを観察し、交流し、もしくは皆さんの中にただ漂っていた結果、得られたものです。皆さんはオープンで、喜んで人を助けようとし、すべてを分かち合おうとしてくれたのです。今、私はすべてを自分の力で知る必要はなく、天がふさわしくサポートしてくれることを知っています。皆さんが私に与えてくれたすべてに心から感謝しています。」

 


*パティ物語の詳細をお知りになりたい方は、こちらをご覧ください。
『パティの自然療法プログラム体験記』


 

自然療法プログラム問い合わせ先

特定非営利活動法人ぐりーんぐらす
〒419-0302 静岡県富士宮市猫沢238-1
電話:0544-67-0485
メール:green★npo-greengrass.org(★を@に替えてください)
担当:永山比登美 / 沖陽子

ぐりーんぐらすは、木の花ファミリーと同じビジョンを持つ仲間によって2001年に設立されました。人々が助け合って生きる社会づくりを目的として、木の花ファミリーとの連携のもと、様々な社会貢献事業を行っています。

 

 


パティの自然療法プログラム体験記 ~ 人生を方向転換させるのに遅すぎることはない!

アメリカ人のパティ(仮名)が長年のうつ病と不安神経症を克服するため、木の花ファミリーを初めて訪れたのは2017年9月のことでした。それから1年4ヶ月を経て2019年1月に再訪し、自然療法プログラムを6週間受けた後、見事卒業に至ったパティの卒業コンサートが2月16日に開かれました。その中で、パティは木の花ファミリーメンバーに次のような「自然療法プログラム体験記」をシェアしました。


 

パティの自然療法プログラム体験記

私が皆さんと共にここで生活している間経験出来たことをお伝えするこの機会をいただけたことをたいへん嬉しく思います。木の花ファミリーに来る前、私の世界はずっとずっと小さくなり、感情的にマヒ状態近くにまで至りました。これは真剣にスピリチュアルそしてセラピー的取り組みをしてきたにもかかわらずです。
私はアメリカに住んでいます。70歳で、結婚しており、20代の子どもがふたりいます。長年私には教授としての経歴があります。木の花ファミリーにたどりついたのは、北米で発刊されている「コミュニティ」という雑誌に掲載されていた記事を読んだからであり、ここには私にとって何か大切なものがあるとすぐに気付きました。
木の花ファミリーに到着したとき、私の人生における現在進行中の苦痛の主なる原因は、結婚に関するうつ病と不安神経症でした。私の夫はたいへん親切で、思いやりがあるにもかかわらず、彼と感情的につながることは難しいと思っています。ジイジが伝えてくれたように、夫は私にとって天からの素晴らしいメッセンジャーです。というのも、私たちの違いは私が子どもの頃、ずっと以前に培ってきた多くのネガティブな傾向に気付かせてくれたからです。
私の両親は愛情を持って私を育てようと最善を尽くしてきたにもかかわらず、彼らは若い頃、ふたりとも重大なトラウマに苦しみました。両親の結婚における深刻な困難は、私の子ども時代が安心感や幸せと共になかったことを意味します。事実、私は世界に対して極度に用心深い姿勢を培ってきました。私が8歳のとき、妹が医療的問題と共に生まれてからは、特に危険にさらされているように感じ、何年もの間経験してきたいくつもの病気の中で最初の病気に陥りました。病気のいくつかはかなり深刻なものであり、通常私がどう対応したらいいのかわからない状況に直面すると、病気が発生しました。
家庭内には私の人生にとってのスピリチュアルな側面がなかったので、私が助けやガイダンスを得るために頼ることが出来る天の力のような気付きは持っていませんでした。私は自分の知性を活かし、一生懸命働き、結婚しなくても経済的安心を得られるよう良い経歴を持つことを勧められました。事実、私自身や世界全体に対して多くのネガティブな思考をもたらす完璧主義の人格を形成しながら、人生を歩んできました。やがて私は大学の教授になりましたが、なお不安神経症やうつ病によって非常に苦しみました。その後、30年ぐらい前に結婚し、私自身の子ども時代の多くのテーマと似ている家族生活を始めたのです。
私の健康上の問題もあって、15年ぐらい前に私は退職し、私の精神的・物理的状況を改善するための努力が始まりました。幸運なことに、スピリチュアルヒーラーに出会う機会があり、物理的・精神的健康とスピリチュアルな健康の関係性について気付かされました。ここからスピリチュアルヒーリングの長い探求が始まり、今日私を木の花ファミリーまでいざなってきたのです。
ここに来る前、私の自我が経歴の中で成功を「得る」ことは私に幸せをもたらさないだろうことは長い間気付いていましたが、私はもがいていました。私はより広い世界の役に立ちたいという強いサービス精神望を持っていたのでしょうが、私の精神状態がたいへん不安定だったため、私を「崩壊」させるような感情的危機をずっと持ち続けてきました。私のエネルギーのほとんどは私自身を前に進め、家事をし、家族の面倒をみるために使われてきました。わたしはかろうじて生きていたという感覚を持っていました。
もちろん、私の残りの家族もまた、私の現在進行中のうつ病と不安神経症の結果として問題を経験してきました。
基本的に、私が子どもの頃両親からの注目を集めるために病気を利用してきたのと同じように、私が存在し続けるためには家族からの助けを必要とする愛情を求めている人として、自分自身を位置づけてきました。もちろん、私の家族が私の人生の多くの責任を引き受けてきた事実は、それぞれの意志に沿った彼ら自身の人生を生きることをたいへん難しくさせてきました。

私がここに滞在している間木の花ファミリーが私に提供してくれたものは、異なるビジョンです。どのように精神的に自立した存在として生きるかというビジョンです。私がそう出来るとき、私の家族もそれぞれの才能を表現するためのより良い機会を持つでしょうし、自立して生きていくだろうと私は信じています。
私自身の精神的自立に向けてのこの歩みによって、私は人生において初めて他者を一貫して、かつ真に大事にし始めることでしょう。というのも、私は私自身の人生を生きがいのあるものにするために他者を「必要」としないからです。もちろん、家族内のこうした変化は「世界を救う」ことにはなりませんが、私にとっては精神的成熟という方向への重要な一歩なのです。

70年間違う生き方をしてきた私は、どうしたらそのような巨大な変化をもたらすことを願うことが出来るのでしょうか?それは、人生における安全のもうひとつの源を見つけ、信じることを誓ってきたことによって決まるのだと思います。私はここ木の花にいる間、この方向へ巨大な歩みを進めてきました。この理由のひとつはジイジが私と共有してくれた教えのいくつかのおかげです。他の理由としては、このコミュニティがどのように機能するのかを私が感じることが出来たからです。
例えば、私の人生における困難の本当の原因は私の子ども時代のトラウマ的な出来事等なのではなく、そうしたことを霊的な成長への招待というよりも「不幸の元凶」とみなす私の傾向が原因だったのだと気付きました。ジイジが私にたいへんたくさんの「真実味がある」ことを伝えてきてくれたからこそ、そして木の花ファミリーの努力がいかに成功を収めてきているのかを観ることが出来たからこそ、私が必要なことをするときには天が作動し私の努力をサポートしてくれるというジイジが提案してくれた安心感を信じることを決めたのでした。言い換えれば、もし私がダンスに参加するのであれば、天は私と一緒にこの道でダンスをしてくれる善意あるパートナーであることを信じる勇気が必要なだけなのです。
こうした機会を掴むことが私にとって難しかったひとつの原因は、私が対処してきた問題が私には大きすぎて自分ひとりでは対処できないように思ってきたからです。私の心はそうしたことを解決するための方法を探すことが出来ませんでした。しかし、ジイジと陽子が私に繰り返し思い出させてくれたように、私ひとりで問題すべてを解決する必要はなく、私の現在の視点から解決のためのすべての道を知る必要はないのです。事実、これは不可能なことです。なぜなら、私には必要とされる能力や精神的視点を「まだ」持っていないからです。しかし、私のダンスパートナーが私と一緒になることを信じられるならば、私は最初のステップを踏み出す勇気を持つことが出来るのです。最初のステップの後、続くダンスは少しずつ明快になってくることでしょう。ジイジが伝えてくれたように、心の余裕があれば、今は見えない多くの可能性が見えてくるのです。私はこうした考え方にある言外の意味を深く心に刻みました。これは私にとって重要な驚くべき事実であり、私がここに滞在している間コミュニティの中で何度もこうしたことが展開されてきたことを観てきました。
「ステップアップ」し、私自身の人生の責任を持つために具体的な行動を取るというこうしたチャレンジに加え、ジイジは70歳という年齢の私にまだ開かれている可能性について多くの励ましを与えてくれました。それは私の古い人格を捨て最初からやり直す必要があるということではありません。過去に私にとって問題だった私の性分という側面でさえ(私の慎重さや敏感さのような)、私の家族だけではなくより広い世界に貢献するために有効活用することが出来るのです。
事実、私の人生においてこうした方向転換をするのに遅すぎることはなく、今まで私の苦しみに使われてきたエネルギーのすべてはその方向が変われば、良きことのためにたいへんパワフルなものになれるとジイジは私に自信を与えてくれました。これは私にとっては計り知れないほどの励ましです。
もちろん、アメリカに戻れば、ここで得ることが出来たものを持ち続けるというチャレンジに直面することでしょう。突然すべての物事が簡単になるとは思っていませんが、他者の目から見れば、私の存在価値や私自身の人生を探し求めるという中毒を捨てるために、基本的に必要なものを受け取ったように心から感じています。こうした変化の多くは、ジイジや陽子と話す機会を得てきたことすべてのおかげです。しかし、こうしたことの大部分は単に知性で受け取ったというよりも、私が「体験」してきたことによるのです。そして私のスピリチュアルな人生を振り返ると、これは私が読んできた多くの本よりもずっと、試金石として私と共にあり続ける思いがけない経験なのです。
私と共にあるであろう経験の多くは、木の花ファミリーメンバーを観察し、交流し、もしくはただ彼らの間で「浮かんでいる」結果、私にやってきました。個人のメンバー、そしてコミュニティ全体から発せられる穏やかさ、誠実さそして博愛のレベルを誇張することは不可能です。こうした環境で生活しながら、人は博愛を「期待」するようになることが出来ますし、こうした期待の中で生活することはたいへんパワフルな体験です。
こうしたことすべてのおかげで、ここでの生活のペースはティク・ナット・ハンの「決してあせらず」という歌にあるように、たいへん落ち着いていて、予測どおりで、安心させるようなのです。これは日常的に不安(良い場合)やパニック(悪い場合)を自分で発生させることに慣れている私のような人々にとって、心からの癒しです。
ここでの6週間という滞在の間、こうした「生命体」の一部として、「動揺」するまでもっと時間がかかるように、そして動揺がより急速に自然に収まるように、より容易いレベルで私の神経系を「リセット」させてもらえる特権を与えられてきたように感じています。また、おそらくゲストにとって愛と共に育てられ調理された非常に新鮮でオーガニックの食事にポジティブに反応しないことは生理的に不可能なことでしょう。こうしたことは私の「骨」の中で持ち帰ることを期待する自然療法プログラムの恩恵です。
私が何度も目にしてきた、もうひとつの素晴らしい体験の贈り物は、現状が何であれ、ここで目に見えて疲れている人たちの「ただ前進し続ける」意欲です。もちろん、「物事は起きる」のですが、ここでは一般的に、人生というものは、「ショーは続けないといけない」という原理に従っているようなのです。日常生活に潜在するこうした共有の安定性を持つことは、宇宙で孤立している感覚を持つ人々にとっては心から安心させるものです。メンバーにとってこうしたことに貢献していることを知ることはたいへんな喜びであるに違いありません。
私がアメリカに戻ってからどのような生活になるのかはわかりませんが、私は自分の生活を今までとは違う意識に持っていくだろうことは知っています。すでに私は自分の内なる会話が落ち着いてきていることに気付いています。未だ私の心の中には、恐れ、支配しようとする人格の側面が機能していることは知っていますが、彼女に対して以前より慈悲心を持ち、彼女のガイダンスに従わなければいけないという必要性は薄れてきています。私の感情的状態は未だ左右に揺れますが、揺れは以前より極端ではなく、より早く収まります。
今週、上海から英語を話すゲストが訪れ、私は自分のビフォー&アフターの変化を感じる良い機会を得ました。木の花ファミリーの英語の広報活動キャンペーンを行うひとりの地元の人として、私の自我がすぐに飛び上がり、その存在価値を築き上げることを求めました。何週もの間、私は木の花ファミリーメンバーからこのような自我に出会ってこなかったことに突然気付きました。誰も私に強い影響を与えようともコントロールしようとも、もしくは私から何かを受けようともしないようでした。その代わりに、彼らはただ私にオープンで、喜んで助けようとし、どのような形であれシェアしてくれるのです。突然、これは私のここでの滞在の間、私に開かれてきた世界の大事な生き方であることに気付きました。過去私が他者と関わってきた方法がいかに不安に満ちて自己中心的なものであったのかを知るこのショッキングな体験を持てたこと、そして私がここに滞在している間一貫して私にとってモデルとなってきた他の方法の本質に気付けたことに私は大変感謝しています。
ある日喜子さんとジャガイモの下準備をしていたときの、とても大切な会話に言及することでこの滞在記を締めたいと思います。私は彼女に、私にとって意思決定をすることは極端に難しいことを話したところ、彼女は自分の人生の方向を図に表すような形で彼女の急激な変化について私にシェアしてくれました。彼女が私に話してくれたのは、彼女はかつて自分のための目標を設定し、それを達成し、それから次の目標に移る傾向があったということです。しかし、木の花に来てからは、自分で設定した目標を達成するということは、「運命」としてそれほど大きなことではなかったと彼女は感じました。最近、彼女は自分がすることを積極的に「選ぶ」代わりに、自分にふさわしい状況がただ現れ、そうした状況の多くは彼女が誰かに助けを提供出来るものであり、彼女はそれが「自分のもの」であると認識することができる感覚を持っています。このようにして、彼女は「生かされている」のです。
私が自然療法プログラムを申し込んだとき、私のもっとも高い目標は喜子さんが私にたいへん素晴らしく説明してくれたような状態に至るための助けを受けることでした。これはまだまだ先の話のようですが、私のここでの滞在によって、やがてこうした状態がどのようにやってくるのかが観え始めています。皆さんの助けにたいへん感謝しています。

 


パティの「自然療法プログラム体験記」がシェアされた後、サポーターの陽子から、パティの6週間のケア滞在を振り返った「パティ物語」が読み上げられました。


 

パティ物語

~たくさんの学びの中で成長していくパティ物語のほんの一部をご紹介致します~

不安障害と診断されていた68歳のアメリカ人のパティが、初めて木の花ファミリーを訪れたのは2017年のことでした。ジイジとの面談の際、パティは「人生を通して私は不幸でしたが、特に結婚の不幸せをきっかけに特にここ最近は不安・パニック・うつ・気分変動という精神的問題を抱えています。木の花では皆さんが天のガイダンスを信じることを実践し、それを生涯のベースにしていることを私は知っています。この新たな生き方を学ぶ上で皆さんのサポートを受けるために、今、私は自然療法プログラムを受けるべきか、『1ヶ月間の真学校』を受けるべきか考えています」と語り、それに対してジイジは「あなたにとって必要なことは、治療を受けることではなく、世界観を広げることですね。そのためには、まず自然療法プログラムを受けることをお勧めします。そして、あなたが必要だと思うのであれば真学校を受講することも良いですね」と伝えました。

それから1年4ヶ月後、パティは自然療法プログラムを受けるために6週間というスケジュールを組み、再び木の花を訪れました。ケアスタート面談の際、パティは「前回木の花に来てから、私は自分自身が内面的にもっともっと小さくなり、もっともっと窮屈で、もっともっと恐れるようになりました。なぜなら、結婚生活を続けるかどうか、とても葛藤しているからです」と話しました。それに対して、ジイジは次のように伝えました。
「以前もお伝えしましたが、あなたはまず世界観を広げるべきだと思うのです。人はなぜ生きているのか。死は何であるのか。私たちは個人が生きているというよりもこの世界の中で生きているのですから、この世界はどのような場所なのか。一般の人たちは日常のスケジュールの中で生き、お金に追われて生きていますが、本当は私たちは宇宙の中にいて星や太陽や月、地球の仕組みの中で生かされているのです。あなたの話の中で、家族関係の問題のためにあなたの心が壊れていくという話がありましたね。しかし本来、生命は群れれば群れるほど豊かになるものなのです。ところが、人間の世界だけが人が多くなると利害関係が生まれ、派閥や対立が起き、収集がつかなくなるのです。ですから、あなたの問題は人類の問題でもあると思うのです。つまり、あなたは人類を代表して、今この状態にあると言えますね。
そこで、あなたがあなた自身を正確に知るということと、私があなたを知ってアドバイスをすることの両方が必要ですから、まずは日記を書いてください。あなたが書いた日記に対して私はコメントをしていきますが、私のことはもうひとりの客観的なあなたに出会ったと思って生かしていってください。新しいあなたが新しい思考をするようになることがこの取り組みの目的です。一般の医療機関で治らない人たちがここで改善するのは、自らに囚われた物事の捉え方から視点を変えていくからなのです。
自分の人格に飽きていない人や頑固な人は改善するのになかなか時間がかかります。ですから、まずは自分の人格に飽きないとダメなのです。そして、過去の自分に笑って話しかけられるようになることが大切です」と伝えると、パティは即座に「私は自分の人格にうんざりしています!」と答え、ジイジは次のように続けました。
「それは良くなる可能性があるということです。今、世界中で人間のあり方が狂っています。これは問題ではありますが、狂っているからこそ、問題を観て、どうしたらいいのかという知恵がその奥に隠れているのです。ですから、問題の背後にどのようなメッセージがあるのかを読み解く力が必要なのです。そのためには客観的視点と広い世界観が必要です。」

パティがケアスタート面談を終えた後の大人ミーティングでは、今日からみんなで木の花ファミリー憲章を深める時間を持つこととなり、世界観を広げることがテーマのパティにとっては最高のスタートを切ることが出来ました。翌日からも、ミーティングに熱心に参加しながら、日記に自分の正直を出しながら積極的に取り組み、ジイジはそうしたパティの姿勢を評価しつつ、「トータルして、あなたの考え方は人生をポジティブに学習していく姿勢に欠けているのだと思います。もっと自由にリラックスしてポジティブに日々を送ることは可能です。そういった精神の奥に神様のあなたに対する意志があるのではないでしょうか。あなたの人生にとって、今までの体験が不幸をもたらすものであったと終わってしまわないように、前向きに出会う出来事を分析し、今後のあなたの人生に活かしていけることが大切です」とコメントしていました。

そうして迎えた1週間面談でジイジは、パティがこれまで日記に書いてきた身近な内容に触れることなく、次のように伝えました。
「あなたは長い間大学教授として頑張ってきましたが、あなたのように社会的にも優秀で、高い地位を持っており自負心が強い人の特徴として、自分の納得の上でしか物事を受け取らない傾向があります。この場合に落とし穴があり、結局どんな提案も自分の理解出来る範囲内で受け入れるものですから、それがどんなに素晴らしい知恵であっても、結局自分流に受け取ってしまうのです。場合によっては、受け入れたくないことがあると、それを受け入れない理由として自分を主張するようになるのです。しかし、今までの人生の歩みの結果現状があることを認めるならば、私はそれに対する改善のための代替案を提案しているにしかすぎないのです。
なぜ私がそのようなことをするようになったのかというと、私のスピリチュアルな体験がきっかけとなりましたが、実際に問題を抱えている多くの人たちの相談に乗ってきたという実績があるからです。もうひとつは、人はいろいろな自我によって苦しんだり問題事に出会ったりしますが、この木の花という生活を現実化することによって、こうした共同体の中では自らの心と向き合うことによって問題が起きないような現実をモデルとしてつくっているのです。これをひとつの実績として皆さんに見ていただきながら、私の提案はあくまでも正しいとか間違いということではなく、情報として受け取ってもらえればと思います。それは、『こういう生き方をすると、今まで現代人がつくることが出来なかった社会が出来ますよ』という提案であり、これは人類に対する提案でもあるのです。
私は自分のライフスタイルの目的のひとつとして、確かに長い間行き詰まった人々の相談に乗り、支えになってきましたが、その行動の本当の目的は人類が自らの真の尊さに目覚め、ふさわしい尊い生き方を地球上で表現することを伝えるためなのです。さらに言えば、地球が喜ぶためです。この面談を聞きながら、地球は喜んでいますよ♪この情報は同時に銀河を運営している、銀河の中心のセントラルサンの司令室にも伝えているのです。つまり、私は地球を進化させるためのプロジェクトをしているのです。あなたに世界観を広げることの大切さを伝えるのも、今、人類は自分のことを心配している場合ではなく、自分たちがしてきたことが他の生命たちにどれだけ迷惑をかけ、この宇宙の法に反しているのかに気付くことのほうが先決だからです。
私のアドバイスは、ひとつではなくいくつかの視点に立ったときの情報として伝えています。あなたにも、パティというひとつだけの視点で物事を観るのではなく、上下も左右も広げた形で物事を捉えられるように、これからもいろいろな視点を提供していきますね。」

その後、さらに日記の中で自分を分析することに一生懸命になっていったパティに対して、ジイジはこうコメントしました。「私が伝えたいことは、あなたが解決策を考えることをやめることを提案しているのです。分析力が高くて一生懸命やっても、方向性が間違っていたら何にもなりませんからね。これは、優秀な人が意外と陥るところなのです。その一生懸命では自分の枠を壊したことにも、そして新たな考え方を得たことにもなりません。そろそろ、このプロジェクトの次の段階に行くときが来ていると思います。それは、こういった日記を通して改善方法を模索していくのではなく、具体的な日常の行動の中にどのように人格が反映しているのかを観るために作業に参加してみるとか、あなた自身の枠を超えた行動をとってみることを提案したいと思います。具体的には次回の面談で話し合いましょう。」

そうして迎えた2週間面談でジイジは、これまで15年間自然療法プログラムを提供してきた中で初めての試みをパティに提案しました。
「私があなたと2週間付き合ってきて、あなたに伝えたいことがあります。このプロジェクトはあなたの人生を健康で幸せな人生にするためのプロジェクトです。そのために何が一番大切なのかというと、あなたが健康で幸せな人にならないといけないのです。あなたも自分の書いている日記を見てわかっているだろうと私は判断するのですが、あなたの自己分析は完璧に出来ています。しかし、どれほど完璧な分析が出来ても、それに基づいて生きていくことが出来なければ健康で幸せな人生は現象化することはありません。
最初の2週間はお互いに知り合うための期間でしたが、ここでふたりのあなたがいることを説明します。あなたの中にはあなたらしい人生を生きてきたパティがいますね。それから、それを観てそれを分析し、『それではダメですよ』と言うあなたがいるのです。そのあなたはあなた自身を十分に改善する知恵を持っています。しかし、今まで生きてきたあなたはその提案に対し、抵抗するあなたでもあるのです。このプロジェクトには私も関わり、陽子もサポーターとして関わりますが、私たちはあくまでもサポートする側であって、そこの主人公はあなたの中のふたりなのです。今まで、あなたはどちらかを優先することをせず、あなたの中のふたりは勝負をつけてきませんでした。そこで、それを超えてどちらかを優先しないと、あなたは中途半端な形で人生を終わることになってしまいます。でも、少なくともどちらでもいいというわけではありませんね。どちらかわかっている一方を優先するために、今、この取り組みをしているからです。心配しなくてもいいのは、どちらを選んでもあなたであることは変わらないのです。ただ、明快なのはどちらを選ぶかによって、未来がポジティブかネガティブかは観えてきますね。
今回のプロジェクトは、今までの人生を客観的に観て自分を戒めるあなたを優先させることが一番大切だと考えています。この段階に至っては、選択肢は本当はあってはいけないのです。あなたが健康で幸せであるためには、選択肢はないはずなのです。私は今、地球人類にも同じことを言いたいのです。物理的に豊かな生活を求めるのか。それとも地球や他者と共同して真の豊かさを求めるのか。今、ここで滞在されている中国の大学の先生もあなたも先生ですから、考え方としてはとても賢明な考え方を持っておられるのですが、不思議なことに自分のこととなるとそこが十分に生かせていないのです。これは現代的に優れていると評価されていたり、そういった地位にいる人たちの特徴でもあります。
そこで、この2週間の取り組みを一区切りとし、次の段階としてあなたの中のふたりが話し合う時間を持ちましょう。ここでは、あなたを優れたほうへと導こうとするあなたが、今まで生きてきたあなた自身をどう説得していくのかがポイントです。自分で自分を説得するのですよ。そのために、日記は今まで通り書いていただいていいのですが、明日からの取り組みはたとえば30分といったそれほど長くない時間を使って、あなたの中にいるふたりの人物、特に戒められないといけないあなたを出してもらい、戒める側と私の3人で毎日話し合いましょう。そして、これをあなたの人生を通して自らを改善するための取り組みとしての仕上げとしたらいいと思います。」
この提案を閃いたジイジには、日記のやりとりではどうしても自分流に解釈してしまうパティに対し、直接話し合いの時間を持つことで客観的な視点を身につけてもらいたいという想いがあったのでした。

それから毎晩30分程度の時間をジイジと持ちながら、AパティとBパティの話し合いは進められていきました。「朝が来ると、『私の人生はめちゃくちゃで、私は人生で一度も改善したことがない!』と思考するネガティブなAパティが出てくるのです」と言うパティに対し、ジイジは「Aパティに出会ったときこそ、改善のチャンスなのですよ。朝起きたときにネガティブだったらチャンスです!そのトレーニングを自分で自分に与えましょう」と伝え、「目標としてAパティとBパティが0:100にならなくてもよいのです。40:60くらいでいいでしょう。Aパティが40あるのは多様性だから良いのです。そして人生を学ぶためには問題事を優先することも必要でしょう。明日また、新鮮なパティと会いましょう!」とパティを励ましながら、時に思考が夫の問題点に集中してしまい、Aパティに支配されてしまうときにジイジは、「人生を生きるということは、自分の精神状態がどうなっているのかのテストを常に受けているようなものです。そして、出てきた自分の精神状態がその答えなのです。どんなにネガティブなことでもポジティブなことでもすべて神様の愛であり、実はすべてポジティブなのです。ネガティブに考えることはあなたの自由ですが、それはネガティブに解釈する心があるからそうするだけで、この世界は常にポジティブの背景に現象が起きているのです。その一番の元には愛があるのです。それを、あなたが世界で出会う現象から受け取れる人になれるかどうかです」と伝え、そうした中でパティはジイジの「すべてを情報として受け取る」姿勢や、「自分にとって都合の良い喜びを持たない」といった難しい心の仕組みを学んでいったのでした。

そうして、少しずつ冷静で客観的な視点を身につけてきたパティに、ジイジは最近の日記と滞在当初の日記を読み比べることを勧め、パティ自身もネガティブな思考が少なくなってきた自分の変化に気付かされたのでした。そのような中、ある日夫からメールがあり、最初は感情的に反応したパティもすぐに冷静な精神状態に戻ることが出来、それを受けてジイジは「今日の夫からのメールは良いテストでしたね!この場合、彼は神のお使いです。解釈の仕方によっては、すべての現象が神様が示されたものなのです。そういった自分の人生に有益になるような捉え方は、まだ目覚めていない人にはなかなか難しいことです。その思考の鍵を見つけることが大切なのです。きっと、今まではあなたはその鍵を見つけて探究することよりも、身近なことに気をとられていたので矛盾が起きていたのです。そこまでわかってくると、彼はあなたの夫であると同時に神のメッセンジャーでもありますね。瞬間瞬間が神様との対話であり、私たちが未熟であるならば、ある意味テストでもあることをいつも頭の中に入れていてください」と伝えました。

少しずつ世界観を広げていったパティは、ジイジとの面談を1日おきにし、もっとコミュニティの中で時間を過ごそうと自分のパソコンをひまわりホールに持っていったり、1週間後に迫った花祭りの切り草を飾る手伝いをしたり、メンバーともっとコミュニケーションを取ろうと努めていました。そのようなパティに対しジイジは次のように伝えました。
「日記に書くことも面談で話し合うことも良いことですが、木の花の日常を感じることがこの取り組みに有効になるだろうと以前提案しました。それは、豆の選別でも、今日のよこちゃんの出発式に出ることも(注:入院中のメンバーが急に亡くなり、出発式を行った)、ミーティングに参加することもすべてそうです。私はあなたに異文化や新しい物事の捉え方といったあなたにはなかった代替的なことを提供したいのです。よこちゃんの出発式についても、あの出来事は意図的に誰もつくることの出来ない場所でした。木の花の人たちがそれぞれに自分の出来ることを役割分担し、あの場に持っていったのですが、そもそもよこちゃんがあのタイミングで亡くならないと出来ないことでした。だから、天が与えてくれたのだと思いました。このように、私たちはシナリオのないドラマの中に生きているのです。
現代人は頭が良く、いつも正解をやろうと努力します。それは重要なことでもありますし、人間の優秀さでもありますが、現代人が忘れている『人生をいただく』ことの価値はああいったところにあるのではないでしょうか。木の花の生活は、なかなかつくろうと思っても出来ない場所なのです。その出来事の奥を分析するのは難しく、つくろうと思っても出来ない、出会おうと思っても出会えないその場所に、神様のメッセージが隠れていると私は思っています。
今はここの環境によって導かれているあなたの心の安定が、将来アメリカの元の生活に戻っても継続するように、あなたの中に新しい精神分野が構築されることが大切です。それはあなたの中でつくられたものですから、どこへ行ってもそれが有効に働くようになります。そのための基本としては、木の花の日常の生活に参加していただき、そこで出会う人たちの精神性がどのようなものであるかを探ってみるのも面白いですよ。
よこちゃんの出発式の前日のこのはな八重の舞のときに、あなたも輪の中に入っていましたね。私は『そうならないかな』と思って、あなたを観ていました。私はあの場で自身エンジョイしながら、あなたのことやいろいろなことを観察していたのです。もう少しで祭りの本番が来ますから、あの参加する勇気を持ってまた挑戦してみてください。」

ジイジの提案通り、花祭りの当日には鬼の舞の後のまさかりディスコ(観客がまさかりを振って踊る)の際に自分から率先してみんなの前で舞ったパティ。その翌日に迎えた4週間面談で、ジイジは次のように伝えました。
「ケースによっていろいろですが、通常4週間というのは自然療法プログラムを進める上で見通しが立つ期間です。あなたにとっても、自分の現状を把握できた期間がこの4週間だったのではないかと思います。あと残り2週間ありますね。6週間という滞在期間は、今回あなたが滞在するのに可能な期間として決めてきたものですが、とても良い数字だと思います。
明日で花祭りの一連の神事は終了しますが、私たちは一般的宗教的信仰という意味で花祭りを行っているわけではありません。そして、あの祭りがあなたやアメリカの人にとって異文化であるとは思うのですが、地球や宇宙の仕組み、また私たちが自然生態系の中の一員であるという昔の人々が伝えてきたことを、今流に解釈し表現しているのです。ですから、これからの時代は世界中の人々が柔軟性を持って、異文化や馴染まないものをポジティブに認め合っていくことが必要なのではないでしょうか。そういう意味では、今まであなたが出会ったことのないものに出会う良い経験を提供出来たと思っています。そして、こうした活動は木の花の生き方を広めるためのものではなく、地球的・宇宙的視点に立った生き方を人類に広めていくためには非常に重要なことだと思うのです。ですから、これから共に連携しながら活動していけたらいいですね。」

ジイジの言葉を受けて、花祭りの神事が終了した翌日には初めての試みとして畑作業に参加しようとしていたパティでしたが、高熱が出て体調を崩し、その後5日間部屋で休んでいました。

そして熱が下がり自室での隔離が解禁されたときには、ちょうど前回の面談から7日が経っていました。それを受けて、ジイジは次のように語りました。
「今日はちょうど前回の面談から7日目ですね。7という数字を西洋の人たちはラッキー7と呼びますが、カタカムナでは『質的転換』を意味します。つまり、古い体質を脱ぎ捨て新しくなり、次に向かうための方向転換をするということです。ですから、7という数字は単に都合が良いことが起きるというよりも、変化をもたらす大きなサイクルのひとつなのです。あなたが休んでいる間、物理的には辛かったかもしれませんが、私にはひとつ楽しみなことがありました。
これまでも、ケアで滞在している人に私がアドバイスをしていくと、今まで使ったことのない脳を使うことによって熱が出ることがあるのです。それは子どもが成長する段階で知恵がつくと熱を出すのと同じことです。それは、おそらくその人の思考容量や回路を増やしているのです。それで、今回あなたの取り組みの中では、世界観を広げ、客観的な視点で物事を捉えることがテーマとなっていました。あなたはこの短期間で新たな視点に出会ってきましたが、それを自分に落とす時間はなかなか持てないこともあるのです。そこでは今までの心の癖も邪魔します。そのタイミングで熱が出たり、体調を崩すこともあるのです。そこでは、その間に今までにない気付きを得たり、自らの思考を巡らすチャンスをもらっているのです。
通常、面談をするときに1週間毎に行うのも、7という数字を意識しているからです。ですから、前回の面談から7日間空いたのも、良い数字だと思っています。」
そして、この1週間の状態について聞かれたパティは、休んでいる間奇妙な夢をたくさん見ていて自分から何か暗いものが出ているように感じたこと、でも熱が下がってからは気分が良く穏やかで、ここでこれまで学んできたことを振り返り、ジイジのアドバイスが自分の心に刻まれていることを感じ、前に進んでいける自信を得たことを話し、「私は自分のことをまだバランスが取れていない赤ちゃんのように感じています」と伝えました。そんなパティに対し、ジイジはこう続けました。
「大丈夫です。赤ちゃんはこれから育っていきますから。物理的な赤ちゃんは成長に時間がかかりますが、霊的な赤ちゃんは急激に育ちますよ。人は病気をすると、『悪いことが起きた。結果辛い思いをして、やっとそこから開放された』と思いがちですが、確かにその人の精神状態によって病気は多く発生します。それはメッセージだからです。インフルエンザについても、同じ環境にいてもかかる人もいればかからない人もいたり、ネガティブな原因でかかる人もいれば、実はポジティブな原因でかかる人もいるのです。ですから、前回の面談から7日目の質的転換を意味する今日という日にこの時間を持てるということは、すべて天意だと思いました。
天意を感じるために大切なことは、私たちが天に自分の意識を向けているかどうかです。たとえば、太陽や月や星と対話しているのか。風と対話しているのか。土と対話しているのか。食べ物と対話して食べているのか。すべて、もともとは自分自身ですからね。すべてのものと対話し良い関係のもとで生きていくことが、天意で生きることだと思うのです。そこでは、『どうしたら天の意志を感じることが出来るのか?』『どうやったら直観を鋭く出来るのか?』という思考は不要です。たとえば、気分が悪いときには体も心地良くなく、外出もしたくないし、部屋で臥せっていますよね。そして気分が良いときには外に出て、胸をはって深呼吸する気分になりますね。それと同じように、生きるということは自然にメッセージを感じられるものなのです。大丈夫!そうなりますから。そこで、『そうなんだ!』と素直に信じて天と対話を続けていけば、必ずそうなります。私の人生には生きた師匠はいませんでしたが、昔と比べて私の直観ははるかに鋭くなっていますし、自分でもその精度に驚くことがあります。それは、そういったことを信じてやり続けてきた結果だと思うのです。
先程言われた、夢をたくさん見ることも、熱がたくさん出ることも、汗がたくさん出ることも、天のメッセージであり、解毒です。『ああ、毒が出ているのだ!』とその作業をやっていただいているという意識になったとき、『私たちが命であるということから、自分がやらなくてもこのようにしてもらえるのだ』と解釈出来るようになるのです。」
その話を聞いて、パティは「今まで私は一生懸命やりすぎて自分をコントロールすることが出来ませんでした」と話し、ジイジは次のように伝えました。
「それは現代流に言う、頭の良い人です。あなたは賢いので自分を客観的に観る目線も持っていますが、そうするとまた余計に落とし穴に陥るのです。それは、それだけの分析が出来るということで能力が高いという自負心も持つからです。そうすると、生かされていることに気付くことが遅れますね。
そういった分析からすると、人類はこれから初めて健全になっていく道を歩み始めるとも言えるのです。今、地球上には25800年ぶりの新たなサイクルが始まりました。しかし、私たち現代人につながる25800年前の歴史はありません。ですから、まったく新しい時代の始まりです。これは、現代人には楽しみであるだけのことなのですが、現代の混乱は自分たちが起こしたことであるにもかかわらず、人々はその原因を追求出来ず不安になっています。何よりも、一番大切な自分自身の使い方を人類はまだ会得していないのです。これからの混乱はますます矛盾を明らかにしていきます。しかし、それは時代の光が差してきたことにより、表に見えてきただけのことなのです。ですから、私たちはそこから現代の矛盾を学べば、それはおのずと消えていくことなのです。世界にはもうじき大きな災害が至るところに発生しますが、これはこの時代だからこそ起きるべきであり、その奥にある真のメッセージを人々が受け取ることが出来れば本当は待ち遠しい話でもあるのです。なぜそのような災害が起きるのかというと、人々がその種を蒔いていることに気付いていないからです。もしかしたら、起きる前に私たち人類がそのことに気付き、社会の仕組みが変わっていけば、出来事も起きなくなることでしょう。それは病気と同じように、悟ったものに与える必要がないからです。
今回、あなたの体調が崩れたことを聞いたとき、『私が提案しなくても、天がこうやってパティさんに仕上げを与えてくれたのだ』と思っていました。そういう意味で、あなたはBパティを運用することに手ごたえを持ち始めたのだと思います。あなたとの出会いはとても大事な出会いでした。難しいケースのように当初感じていましたが、それほど後戻りすることなく確実に目的は達成されてきました。ですから、そのようなわかりやすい事例をあなたの感覚でよいのでまとめていただき、それを私たちに残していただけたら、まだ目覚めていない人たちの役に立つことでしょう。」

そうして自分をコントロール出来るだけの考え方を身につけ、見事6週間で卒業を迎えたパティ。「あなたは思考回路を逆転させることによって、自分自身を救済するどころか、他者の救済にも役立つ能力を持っていますね」とジイジから伝え続けられてきたパティは今、以前と比べてはるかに安定し、「その安定はこの木の花というコミュニティが与えてくれました。それは私の中にあるものですから、アメリカに持ち帰ることが出来ます。今、私はすべてを自分の力で知る必要はないと感じていますし、新しい能力や方法が少しずつやってくることを知っていますので、とてもリラックスしています。それは私にとって大きな大きな学びでした。そしてこれから新しい生き方を実践していくことをとても楽しみにしています」と語ります。あなたが健康で生きることは私たちの喜びであり、なによりも天があなたと共にあるということです。これからも、地球コミュニティの一員として人類の目覚めを促す生き方をしていきましょう。まずは卒業おめでとうございます。

 


自然療法プログラムの卒業をお祝いするコンサートでは、プログラムの責任者であるジイジから、新たな人生の旅立ちにあたり卒業生に向けてメッセージが贈られます。今回は、「パティ自然療法プログラム体験記」と「パティ物語」が読み上げられるのに1時間以上かかり、その後ジイジは次のようなメッセージをパティと人類に向けて贈りました。


 

ジイジからパティへのメッセージ

長い時間をお付き合いいただいてありがとうございます。ここで私が同じぐらいの時間お話ししたら、皆さんに拷問を与えることになってしまいます(みんな:笑)。でもせっかくですから、少しだけお話しさせていただきたいと思います。

今日は2019年2月16日ですね。パティさんの卒業コンサートの日です。しかし、私にとってはこのような日々の積み重ねの結果、2月24日から始まる今年の「1ヶ月間の真学校」に向けての心を調整している最中です。今、パティさんの自然療法プログラムの取り組みを振り返っていただいたのですが、そこでも私は目の前にいる人にだけ語っているわけではないのです。それは、目の前にいる人がひとり幸せになるということは、その人の分だけ地球が健康になるということだからです。

人間はいつから心を病むようになったのでしょうか。間違いないのは、それは人間たちが複雑な自我を持ち、自己願望を叶えるようになる高い能力を得てからです。そういった能力は人間にとって、とても魅力的なものでした。しかし、そういった能力を持った私たちは結果として地球の仲間たちに大きな試練を与え、迷惑をかけてきました。それどころか、自分たちが行ってきたことによって、その矛盾を今、自らが受け取らないといけない状況にあります。なによりも、現代人は宇宙の法から完全に外れてしまい、宇宙を生きるという意識で日々を生きている人はほとんどいません。そして、現状のような人間にとっては辛い世相や自然現象に出会うことになったのです。これは長い間、人類が幸せを得て豊かになろうと願って築き上げてきた結果です。

私はいつも同じことをお話ししていますが、それは人々に本当の意味での価値を思い出してもらいたいからです。そして、パティさんと6週間という期間のプロジェクトを取り組んできましたが、題材はパティさんの人生でした。それは、ちょうど6週間をかけて真学校のプログラムを修了したような感じですね。2月24日から始まる真学校では1ヶ月間をかけて受講生の皆さんに本当の人間の在り方について伝える時間を持ちます。それは、パティさんの人生が健康で豊かになると、まわりの人たちの人生も幸せになる仕組みです。人類は今、そういったとても単純な、連動して共に創り上げていく宇宙や自然の法則を忘れてしまっているのです。

今、人類は地球上にたくさんの問題事をもたらしている存在です。それどころか、人類自身が地球の癌細胞のようです。そして、これから進むべき未来の方向性を見つけられないでいます。私はいつも同じことを伝えていると思いながら、これが、私の人生なのです。そして、ここにいる共に暮らす仲間たちはそれがいかに大切なのか、そして人類にとってそれがいかに有効なことなのかを立証してくれる仲間です。

今日、パティさんが卒業を迎えて、またひとり、その仲間が世界に増えました。その結果、個人のエゴをくすぐる喜びではなく、みんなで喜び合える豊かな世界を創りたいと思います。私たち人類は他の生命と同じようにそういった目的のもとに地上に降ろされたのです。これからも人々がこの真実に目覚めていきますよう、私たちはこの活動を続けていきますし、そしてこういったことの大切に出会った人たちは共にその活動をしていただき、地球を美しい場所にしていけたらと思います。

パティさんはとても優秀な方で、分析力がとても高く、私の提案が多方面に渡った結果、私にとってもとても良い刺激になりました。それから、ケア物語を作ってくれた陽子ちゃん、その難題を見事成し遂げ、よくやってくれたと思います。そういう意味でも、天はお互いにとても縁の深い大切な関係を与えてくれたと感謝しています。

これからも、私たちはこういった大切を地球上で表現するために生きていくのです。その自覚を持って、これからも歩んでいきたいと思います。パティさん、卒業おめでとうございます。そしてこの出会いに感謝します。

 


木の花ファミリー通信2018年冬至号 〜 性 ー すべてのはじまり 

 

 21世紀の死生観 第四部 

す べ て の は じ ま り

「21世紀の死生観」第一部から第三部では、すべての生命が悠久の時の流れの中で無限の生死を繰り返している世界の仕組みをひも解き、私たちはなぜこの世界に生まれてくるのかについてお話ししました。その命はすべて、性の原理によって生み出されます。「21世紀の死生観」最終号では、私たちの命の根源である性について解き明かします!

 

時代をつなぐの根本原理

私たちの生きる世界は、陰と陽の相反する二つのものが互いを成り立たせ合う「対向発生」の原理によって創造されています。この宇宙創造の原理を、性と言います。性という字は、「忄(こころ)」が「生きる」と書きます。「忄(こころ)」は、中心に天から柱が降り、その左右に陰陽の相反するエネルギーが生まれることを表しています。それは、天(宇宙)の心です。そして中心に立つ柱は、この世界を成り立たせている天の法則です。天の柱のもとに、陰陽の対向発生によって現象化が起きる仕組みを、天の心と言います。

そもそも、私たちはなぜ生きているのでしょう。それは、私たちを生み出し存在させているこの世界が、先にあるからです。

現代の多くの人々は、自分の力で生きていると思っています。しかし真実は、この世界があるから自分が存在しているのであり、この世界に存在するありとあらゆる生命、物質、現象、そして私たち人間も、すべてはこの世界を創造する天の法則のもとに生まれ、その法則により維持され、世界が成り立っているのです。その仕組みに沿い、それを柱として生きる生命の本来あるべき姿が、性という文字に示されているのです。

ところが現代の人々は、性を大きく取り違えています。自らを生かしている世界の仕組みに沿うのではなく、内から湧き出す自我の欲望を満たすうちに、人々は法則の存在を忘れ、性をストレス解消や快楽を得る手段ともするようになりました。そのように欲のままに行うことで後ろめたい心が生まれ、性は隠し事となり、歪められ、ついには売春やレイプのように本来の姿からはほど遠いことまで起きるような、真実とはかけ離れたものとなってしまったのです。性という創造のメカニズムが狂うことで、そこから生まれる世界のすべてが狂っている ──── それが現代社会の根本にあり、そのあり方を切り替えない限り、世界が健全になることはあり得ないのです。

私たちは性を通してこの世界に生まれ、性を通して次の時代に命をつないでいきます。それは、私たちが生命として誕生し、世界を維持し、時代をつなげていくために欠かすことのできない命の根本原理であり、神聖なものです。私たちの原点は性にあり、本来、人間に備わっている本能的欲求は、人間の尊厳を高め、生命世界に寄与するためにあるのです。

それでは、私たちの根源である性の仕組みをみてみましょう!

 


 

この世界では

大きな生命も小さな生命も

すべて皆同じ

性の原理によって成り立っています

 
性の仕組み

まず、天から地に向けて、一本の柱が降りてきます。
「21世紀の死生観」第一部第二部では、私たちの生きる現象界(ある世界)の奥に、すべての生命の源である潜象界(ない世界)があり、私たちは潜象界から常に純粋な生命エネルギーを与えられる天然循環の仕組み中で生かされていることをお話ししました。潜象界とは「カム」、即ち、目に見えるものだけを認識する現代人の感性では見ることも感ずることもできない世界です。天から降りてくる柱は、このカムの純粋な響きを、現象界へと「ウツス」はたらきをします。これを「カムウツシ(現象化の元となる原理)」と言います。これにより、私たちの命の源である深遠なる天の法が現象界へと降ろされます。この縦に貫く力が、男性性のはたらきです。
それに対し、天から降りてきた柱を受け、そこから生命の種を受け取り、縦の柱を軸として横の回転となり、目に見えない天の法を現象化するはたらきを「アマウツシ(現象を引き起こす原理)」と言います。この横に回転する力が、女性性のはたらきです。目には見えない法を降ろす男性性が陰であるのに対し、その法を現象として顕わす女性性は、陽です。それは、どちらも単独では存在し得ない対等なものであり、その対向発生により、宇宙が命として現象化されていきます。縦の陰の柱をトキ軸、横の陽の回転をトコロ軸と言い、トキとトコロが整うことで、生命が誕生するのです。

 宇宙の構造

 
星の誕生

この仕組みをもとに、地球の成り立ちをみてみましょう。

 地球誕生のメカニズムと性の仕組み

まず始めに縦の柱が発生し、キタからミナミへと貫きます。そしてそれを軸として、横の回転が起こります。縦の軸は陰、横の回転は陽です。その陽の回転をキタから見るとヒタリマワリ(左回り)、ミナミから見るとミキリマワリ(右回り)になります。ヒタリマワリは拡散化していく陽のはたらき、ミキリマワリはそれを抑える抗拡散化の陰のはたらきです。つまり、陽の横回転の中に、さらにミキリマワリとヒタリマワリという陰陽のはたらきが同時に存在し、二つの力が拮抗する赤道上でもっともエネルギーが高まり、現象化が起きて多くの生命が発生するのです。そして、縦の柱を軸として磁場が発生し、全体が巨大な球状の磁石(生命体)となります。

この物理性は、地球も、太陽系も、銀河も、すべて同じ仕組みになっています。絶え間ない陰と陽の交わりが宇宙の至るところで繰り広げられ、世界に命を生み出し続けているのです。私たち人間の男女の交わりもまた、同じ仕組みによって成り立っています。

潜象界と現象界の狭間にあり、二つの世界が交わって現象化への質的転換を起こす世界を「アマ界」と言います。それは、宇宙の子宮です。アマ界に降りてくる縦の柱は、生命の交わりにおける男性器を表します。そしてその周りに発生する横の回転は、女性器を表しています。人間の男女が交わる時、男性器と女性器が結合することで、男性は聖なる天の柱を女性の中に降ろします。女性はその柱から命の種を受け取り、体内で地球生命38億年の進化の歴史をたどりながら育み、最終的に人としてこの世界へ送り出す、聖なる役割を果たすのです。このように、本来、私たち人間が営む性は、宇宙の創造と同じ仕組みによって成り立つ、とても神聖なものなのです。

 
太陽と月

男性が柱を立てることで降りてくる天の種は、光が元になっています。すべての生命のはじまりは、光です。

地球に生きる私たちを育む光は、太陽から発せられたものです。太陽は毎日昇り、地上に昼と夜をもたらし、生命のリズム、即ちトキの基本となります。人間の体の中で、太陽のサイクル(陽)によって毎日創られるのが、男性の生理、精子です。それに対し、女性の生理は、月のサイクル(陰)です。女性の体内の卵子は、月が満ちて満月となり、欠けてまた満ちるという月のサイクルで創られるのです。

地球に生命が誕生したのは、太陽の力だけによるものではありませんでした。太陽は地上に光をもたらし、地水火風空の自然循環を起こします。そして、地球の一部が分離することによって生まれた月は、地球から絶妙な距離を保ちながら、その引力によって海に満ち引きを起こし、海をかき混ぜ、太陽と共に様々な生命を誕生させました。太陽の存在だけではなく、その受け皿となる月が地球に寄り添ってあったからこそ、この星にダイナミックな生命活動が生まれ、その陰と陽の二つのはたらきによって、地球は宇宙でも稀に見る、命あふれる美しい星となったのです。

 
法から外れた世界

さてここで、男性性と女性性の陰陽が逆転していることにお気付きでしょうか。生命発生の元となる世界では、奥にある陰の柱が男性性であり、それを現象化する陽の回転が女性性のはたらきです。ところが、その命の源のエネルギーがアマ界を通って質的転換を起こし、命となって現象世界へ現れ出ると、女性性が陰で、男性性が陽となります(逆転現象)。両者は、互いに対向発生をする対等な関係です。

しかし今、人間社会の男女の関係は大きく歪んでいます。かつて、男性は柱を立てることで深遠なる天の法、即ち宇宙の叡智を降ろし、群れを統べる存在でした。そして女性は正しい智恵を持つ男性を見分ける目を持ち、その種を受け取って法にふさわしい地上を創る役割を果たしていました。この陰陽の対向発生により、天の法が治める秩序ある世界が地上に表現されていたのです。ところが時代が進むにつれ、男性は宇宙の叡智ではなく、力を用いて世の中を支配するようになりました。そしてその奥には、正しい智恵を持つ者を見抜く目を失った女性たちの存在がありました。

「陰陽」と言うように、この世界ではまず先に陰があり、それを元に形である陽が発生します。現象世界での陰は、女性です。ですから本来、まずは女性が正しいもの選び抜く智恵を持っており、男性は女性に選ばれるよう自らを磨き高めることで、両者が対等な存在となるのです。ところが、見えるものだけが大切になっていく時代の流れの中で、人々は目に見えるものの奥にある大切なものを感じ取る力を失い、女性たちは男性の本質を見抜くよりも、力を持つ者に媚びを売るようなりました。現代で言えば、その力とはお金や権力です。男性は本来の役割を忘れ、宇宙の叡智よりもお金や権力を得るために努力するようになり、こうして地上は天の法から大きく外れた、お金や権力が支配する物質優先の世界となりました。そして私たちの命の根源である性すらも、自らの欲望を満たし、力で支配したり媚びを売るための道具にしてしまったのです。

 
元へ還る

真の男女平等とは、単に制度的に平等になることではありません。それは、女性が女性であることの、男性が男性であることの意味に目覚め、天の法に則った正しい陰と陽の関係にあることです。

自分は一人でも十分に働いて一生を生きていくことができる、と思ったとします。しかしそもそも私たちは、一人では不完全なのです。はるか昔、この世界は完全なるひとつの世界でした。それがある時爆発し、空間が生まれ、多様性に分かれて現在のような生命世界が誕生しました。そして、分かれたもの同士が対向発生をするようになったのです。元の完全から分かれた私たちは、単独では偏っており、その不足感から互いに引き合い、結びつこうとします。元のひとつへ還ろうとするのです。

元へ還るとは、私たちの源である大本の叡智が湧き出すということです。個に分かれ、自我を持ったことで、自分はこの世界の中で単独で生きているかのような錯覚に陥った人間たちは、天が紡ぐ縁によって再び引き寄せられ、出会い、結びつき、本来備わる生命感を研ぎ澄ませることで、命の源である宇宙根源の美しい響きに共振するようになるのです。このように、大宇宙と響き合うことこそが、性の原点です。

その仕組みを理解し、宇宙と響き合う高い意識で行われる性の交わり(カムウツシ・アマウツシ)は、世界の秩序を正す力を持ちます。そして、より進化した未来を担う優れた魂を、人としてこの世界に送り出すのです。本来、私たちに備わる本能的欲求は、自我から湧き出す欲望を満たすためではなく、命の源の響きを感受し、自らを高め、その自らを生み出したこの世界へ貢献するためにあるのです。

 
天の心

宇宙の星々が、まるで約束されているかのように、ひとつの法則のもとに調和し、淀みなく宇宙を巡り続けているように、私たち人間もその法則によって生み出され、法則のもとに生かされています。ですから、その法則に沿って生きることは本来当然のことなのです。それがこの世界へ貢献することであり、その美しい世界の流れの中に生きることで、自らの人生もまた、とてもスムーズで豊かなものとなっていくのです。
その流れの中で今、いくつもの星々が、それぞれのサイクルのターニングポイントを迎えています。それは、時代の大いなる転換期が地上に訪れていることを示しています。私たちの肉体は、お父さんとお母さんという男女の性の交わりから始まりました。そしてその交わりの意識は、20世紀型のものでした。その20世紀型の価値観のもとに、私たちは降りてきたのです。
しかし今、時代は21世紀に入り、21世紀から30世紀にかけての千年紀が幕を開けました。それは、これまでとは違う新たな価値観の時代が始まったということです。天の柱を見失い大きく歪んできた時代から、真の柱を立て、その柱のもとに男性性と女性性が対等な存在として聖なる役割を果たす時代へ、世界は舵を切りました。天の心が地上を生きる、真実の性が表現される時代が始まったのです。
その先駆けとして今、あなたはこのメッセージに出会っています。それは、未来の地球は、あなた一人の目覚めから始まるということです。

 

 


 

男女の交わりだけが性ではない

万物とのパートナーシップ

性とは、男女の交わりだけを言うのではありません。

元の完全なるひとつから分かれ、それぞれに偏りを抱えてこの世界へ散りばめられた私たちは、不完全ながらそれぞれにふさわしいポジションを与えられ、偏りを個性として独自の役割を果たし、多様性あふれる世界を創り出しました。そしてひとつでは不完全であるがゆえに、自分とは異なるものと引き合い、対向発生をするようになりました。その対向発生の中心には、必ず天の柱が存在しています。つまり、この世界のすべての存在は天の心から生まれた神聖なものであり、姿形や働きは違っていても本質的にみな平等で、対等な関係なのです。その多様な存在の対向発生が無限に連鎖し、ダイナミックに変化しながら、私たちの生きる生命世界を未来へとつなげています。この、世界を維持する元となる多種多様なパートナーシップは、一つひとつどれもが欠かすことのできない、聖なるものなのです。

万物は、パートナーシップの仕組みによって成り立っています。私と宇宙、私と太陽、私と月、私と地球、私と土、私と空気、私と水、私と生命、私と心臓、私と手、私と足、私と動物、私と植物、私と微生物、私と誰か、そして、私とすべて。私たちはいつも、すべての存在と共に生きているのです。それぞれの関係性に、遠い近い、濃い薄いはありますが、どれも欠かすことのできない大切なものであり、それがあるからこそ、今、私たちはここに存在しています。この世界に、単独で存在しているものは何ひとつありません。なぜなら、宇宙の本質はつながることにあるからです。つながるとは、善意であり、私とすべては善意による深い絆で結ばれ、そのつながりの中で生かされているのです。

そのようにこの世界の成り立ちを捉えた時、世界に孤独は存在しないことが観えてきます。今、多くの人々が、自分と世界をつなぐ絆を見失っています。目に見えるものだけが大切になっていく時代の流れの中で、たくさんの存在とのパートナーシップによって生かされていることが観えなくなった人々は、「自分一人の力で生きている」と錯覚するようになり、自分だけの幸せを追い求めるようになりました。その結果、社会に格差をもたらし、優劣の概念を生み、私たちの命を育んできた地球生態系さえ傷付けるようになりました。地球生態系は、今も変わらず私たちの命を育んでいるにもかかわらず、その絆は人間の側から一方的に分断されています。こうして現代は、多くの人々が絆を見失った孤独な人生を生きるようになりました。

しかし真実は、私たちは宇宙根本原理の性という、天の心を顕わす仕組みを通し、それぞれにふさわしい位置と役割を与えられ、他のたくさんの存在たちと共に、この世界へと生み出されました。その無数のパートナーシップが連鎖していくことで世界は成り立っており、最終的には、すべての存在が天との対向発生の中にあるのです。そのことに気付いた時、世界にはもはや、孤独は存在しません。そしてあなたの周りに存在するすべての関係が、宇宙の深遠なる真理へと向かう、深い学びの機会を提供してくれます。良いと思えることも悪いと思えることも、すべてはあなたとのパートナーシップを通し、真実に目覚めさせるための善意の心から発生しているのであり、その対向発生の中心には必ず、天の柱があるのです。

このことを理解し、すべての現象の奥に流れる宇宙根源の美しい響きを感受するならば、誰もが自らにふさわしい役割を通し、その個性を存分に発揮して、世界の健全へと貢献することができます。そのような高い意識の調和の中に存在すること自体が性、即ち天の心を生きることであり、目には見えない天の法を現象として顕わすカムウツシ・アマウツシの目覚めは、男女の交わりだけではなく、私たちが生きる世界のどこにでも存在するのです。

性は、互いに異なるものが対向発生することで新たなものを生み出し、未知なる未来を創造していく宇宙の根本原理です。どうぞ、多くの人がその真実に目覚め、世界が美しい響きで包まれますように ────

 

 


私たちを生かしているこの世界の成り立ちをひも解いていくことは、どこまでも深く、その探求に終わりはありません。生きていることの真の意味をさらに深めたい方は、「1ヶ月間の真学校」へお越しください。
2019年は2月24日~3月23日開催!詳しくは1ヶ月間の真学校専用ブログをご覧ください。→ 「1ヶ月間の真学校」専用ブログ

 


 


木の花ファミリー通信2018年秋分号 〜 美しいとは

春分から地球がちょうど太陽を半周し、1年で再び光(昼)と闇(夜)が等分となる秋分の今日、「木の花ファミリー通信秋分号」が発行されました!
春分号から始まった「21世紀の死生観」シリーズ、第一部「死ぬってどういうこと?」第二部「ある世界とない世界」に続く第三部のテーマは、「美しいとは」。第一部・第二部では、人間が肉体を持って地上に生まれてくるのは魂を美しくするためであり、私たちは多重構造の宇宙の中を、輪廻転生をくり返しながら果てしない進化の旅を続けていることをお話ししましたが、ではそもそも「美しい」とはどういうことなのでしょう。第三部では、現代の人々が大きく捉え違いをしている「美しさ」についてひも解き、私たちがこの世界を生きる意味をさらに深めます。

 

未 知 な る 世 界 へ の 旅

私たちは、宇宙を生きています。

宇宙には無数の星々があります。星々はどれひとつとして、同じ場所に留まっているものはありません。地球が太陽の周りを周り、太陽は天の川銀河の中心を周り、天の川銀河もまたさらに大きな銀河群の中を周っているように、すべての星々が無限に連鎖しながらひとつの壮大な渦となり、果てしない宇宙の中を、常に未知なる場所へ向かって共に旅し続けているのです。

そこには、絶対なる秩序があります。その秩序とは、時の存在です。この世界に存在するものはすべて、時という決して止まらぬ乗り物に乗り、同じ方向へ向かって進んでいます。その流れに乗って地球も共に宇宙を巡っているからこそ、地上に毎日朝がきて、夜がきて、四季が生まれ、私たちの命が育まれていくのです。

地球には、実に870万種とも言われる多種多様な生命が存在しています。宇宙の星々が絶対なる秩序のもとにすべてつながっているように、地球の生命もまた、一つひとつが独自の役割を果たしながら見事に連鎖し、地球生態系というひとつらなりの命の世界を築いています。それは、とても美しい世界です。時の流れの中で、一つひとつの存在が命を与えられては生まれ、生き、死んでいくことをくり返しながら、全体が常に新しい生命力を得て、まるでひとつの生きもののように、留まることなく進化し続けるのです。

この絶え間ない流れの中でただひとつ、その流れに逆らおうとする存在がいます。それが、地球上に現れた人間です。他の生命は、時の流れゆくまま、自然の仕組みに沿って命を全うします。ところが自我を持った人間は、特定の状態を「維持したい」と願う心を持つようになりました。その心は流れの中に滞りを生み、様々な問題をもたらすようになりました。

しかし、誰も地球が周るのを止めることができないように、どんなに維持したいと思っても、この時の流れを止めることはできません。地球の歴史を振り返ってみれば、それは変化の連続でした。生命の発生から人類誕生に至るまで、それまでの在り方が根底から覆るような環境の大変化が幾度となく起こり、その度に生命は大量絶滅をくり返しながら、次の環境に適応する新たな種へと進化してきたのです。それは留まることのない未知なる世界への旅であり、その結果たどり着いたのが、現在の私たちです。

今、世界はこれまでの常識を覆す、様々な現象を起こし始めています。それは、時代が大きな転換期にあるということです。

そんな時代に、私たちは人間として、地球に降り立ちました。「人生は魂を美しくするためにある」としたら、美しくなるとは一体どういうことなのでしょう?

 


地球の生命進化の歴史については、木の花ファミリー通信vol.88「時代主義が始まった」をご覧ください。


 

こ の 世 界 は  し い

宇宙の本質は、つながること

私たち人間は一人ひとり違った個性を持ち、それぞれの人生を日々生きています。それは宇宙とは関係のないことのようですが、当然のことながら、宇宙の仕組みの中にあります。

私たちの生命の成り立ちを最も大きなスケールで表しているのは、天の川銀河です。天の川銀河の外にも宇宙は広がっていますが、それは天の川銀河の中を生きる私たちの感性では解釈し得ない別次元の世界ですから、ここでは天の川銀河を最大として、生命の構造をたどります。

銀河に散らばる無数の星々は、一つひとつどれもが個性的です。その無数の個性的な存在が、それぞれのサイクルを刻みながらひとつ残らず連携し、銀河というひとつの命を形成しています。その仕組みを凝縮し、より身近に現したのが太陽系であり、地球生態系であり、もっとも身近に現しているのが私たちの体です。

私たちの体は、数十兆個もの細胞から成る多彩で複雑な機能の集合体です。あなたの体を見てください。目、耳、鼻、口、腕、足、全身に張り巡らされた血管や神経、骨、筋肉、様々な働きの臓器から髪の毛や爪に至るまで、数え上げればきりがないほど多様な器官の一つひとつの中に、さらに複雑で緻密ないくつもの機能があり、それらがすべて連携し、奇跡のような調和のもとに、あなたというひとつの命を形成しています。もしもそれらが連携せず、バラバラに存在していたら、命はたちどころに成り立たなくなるでしょう。つまり、宇宙の本質はつながることにあるのです。つながるとは、善意によってしか成り立ちません。即ち、宇宙は善意によって創られているのです。

生命は美しい

その善意のつながりの中で、すべての存在は時という共通した乗り物に乗っています。

私たちの肉体は、母親の胎内で受精後、わずか1mmにも満たないほどの小さな生命から、魚類、両生類、爬虫類を経て哺乳類へと至る38億年の生命進化の歴史を胎内でたどり、280日でこの世に誕生します。そして日々、地・水・火・風・空という自然の五大要素の循環の中で、細胞レベルでの生死をくり返しながら、赤ん坊から子どもへ、そして大人へと成長していきます。年月とともに肌にはしわが刻まれ、髪は白くなり、やがて寿命を迎えれば、魂の抜けた肉体は原子レベルへ解体し、次の生命を構成する材料となります。死は、それまでの縁から解き放たれて、生態系の循環の中へと還っていく美しい瞬間です。

このように個々の存在は時の流れと共に変化し続け、その個々の集合体である全体もまた、新陳代謝をくり返しながら、常に新しく生まれ変わり続けています。この、淀みなく変化していく姿が、この世界の美しさです。

美しいとは、すべてが淀みなく流れ、未来へ向かって変化しながら、進化していくことです。それは、宇宙の姿そのものです。宇宙は常に未知なる場所へと進みながら、変化・変容・変態をくり返しています。それは宇宙が生命だからです。生命とは留まることなく変化し続けるものであり、私たちの体は、その仕組みをもっとも身近に現しながら、命とは何か、美しいとは何であるかを、教えてくれているのです。

一緒に新たな世界へ進もう

この美しい世界の中で、人間は極めて特殊な能力を与えられました。

すべてがつながり、循環していく仕組みの中で、自我を持った人間は「自分」というものを特別に意識するようになりました。そしてその高い能力を使い、世界の流れに沿って自らを変化させていくよりも、自分を保ち、世界の側を自らに都合のいいように変化させようと考えるようになったのです。その心は、すべてが変化し続ける流れの中に滞りを生み、様々な矛盾を発生させました。ウソ、かけ引き、争い、孤立。それはつながることが基本である宇宙の本質とは、対極にあるものです。

人は誰しも、美しい世界を求めています。ところが現代社会は、人間の都合を優先した、とても美しいとは言えない世界になってしまいました。美しく整備されて見える都市は、その陰で莫大な量のゴミを出し、美しく装った人々の奥には、争いや孤独、病気や犯罪など、自己中心の心が蔓延しています。流れに逆らい、力ずくで世界を思い通りにしようとすれば、たくさんのエネルギーが必要です。人々はもっともっととかき集め、傷付け、奪い合い、多くの無駄を発生させ、地球や、自分たちの命さえ蝕むようになりました。ところが、世界中がこれほどの問題ごとで溢れかえりながら、人々は問題のあることが当たり前になり、それを自らが創り出していることさえわからなくなってしまったのです。

多くの人は目に見える形を見て「美しい」と言います。しかし真の美しさとは、その奥の「心」にあります。どんなに形を美しく取り繕っても、奥にある心が汚れていれば、それは必ず問題となって自らに返ってきます。ところが自分が汚れているという認識がなければ、自らが出会った問題を他人や世の中のせいにするのです。それどころか、その問題をなかったことにしてしまうのです。

すべてが淀みなく変化していく流れがこの世界の美しさなら、汚れとは、その流れを滞らせ、宇宙の本質から外れる働きです。現代の人々はこれほどの問題を生み出しながら、その問題の元となる自らの心の汚れを見ることを避けてきました。しかし、宇宙の根本は善意です。体の成り立ちを無視して心が暴走し、暴飲暴食をすれば、体は病気になってそのことを教えてくれるように、人々の心が分離し、自分勝手に生きるようになれば、世界は大きな災害を起こして一人では生きられないことを教え、つながることを促します。つながるとは、命を紡ぐことです。

宇宙はいつでも、私たちがこの大いなる流れから外れ、世界に矛盾をもたらせば、再びその流れへと戻るように導いています。その流れに逆らい、同じ場所に留まろうとする限り、宇宙はあなたに問題ごとを与え続けるでしょう。なぜなら、宇宙はあなたを「一緒に新たな世界へ進もう」といざなっているからです。

奇跡のような世界の中で

人生を歩むとは、今のままの自分が歩み続けて未来に新しい景色を見るのではなく、瞬間瞬間新しい景色に出会うことで、自分自身が変化し、新しくなっていくことです。人は新しいものに出会うと、それまでの歩みをベースとしてその物事を見て、それが自らの理解を超えれば抵抗しようとします。今の自分を守り、自らの納得できる範囲内に世界を収めようとするのです。しかし、私たちがこの世界を生きるとは、本来そのような立場に立つものではありません。

地球は宇宙の中でもまれに見る、命あふれる星です。そこには、多種多様な生命を育んでくれる奇跡のような世界があります。地球は太陽の周りを周り、その地球の周りを月が周っています。月と太陽は、地球に対して絶妙なる位置で陰と陽の役割を果たしながら、この星の生命を育んでいます。太陽から届く光と熱は、大地、水、風、空気の循環を起こし、月の引力は海に満ち引きを起こして、水をかき混ぜます。地球を卵の大きさに例えると、わずか卵の殻ほどの厚さと言われる大気圏の中で生命たちは呼吸をし、その生命を、地球の磁場が有害な太陽風から守り、さらに太陽の磁場が有害な宇宙線から守っています。そして地球を含む太陽系の惑星たちが、太陽を中心として寸分の狂いもないサイクルを刻んでいるからこそ、地上にくり返し朝と夜が訪れ、四季が巡るのであり、その太陽系の関係は、銀河の無数の星々が創る調和のネットワークの中で成り立っています。どれかひとつでも狂えばたちまち生命は存在できなくなるほど絶妙なバランスの関係がいくつも連鎖して、初めて私たちの生きる世界が成り立っているのであり、そこに人間によって創られたものは何ひとつないのです。

現代の多くの人々は、自分の力でこの世界を生きていると思っています。しかし真実は、私たちの理解をはるかに超える壮大な宇宙の仕組みによって、生かされているのです。自分という小さな囚われを捨て、今この瞬間もあなたを生かし続けている宇宙の仕組みを理解した時、あなたの中に、美しい世界が蘇ってくるでしょう。その時に、宇宙の意思は、あなた自身の意思となるのです。

永遠に続く物語

宇宙は、事実に基づいてのみ、事が進むようになっています。人間が宇宙と一体となり、ウソやかけ引きのない純粋な意思を地上に表した時、ものごとは驚くほどスムーズに現象化していくようになります。他の生命が自然の仕組みのままに生を全うするのに対し、人間は自らが意思を持ち、宇宙と共にこの世界を創造していく能力を持ち合わせているのです。

人間の意識と宇宙が合一した時、そこには無限のフリーエネルギーの世界が表現されることでしょう。銀河の誕生から138億年間、星々は広大な宇宙を巡り続けながら、一度も燃料補給をしたことはありません。宇宙はもともと完全なるフリーエネルギーの世界であり、その仕組みに沿えば、とても少ないエネルギーで、すべてが無駄なく、美しく流れていくのです。それはとても穏やかで、心地のよい世界です。

そういったフリーエネルギーの世界で流れに逆らった結果、人々は争い、疲れ、傷付いてきました。しかし、私たちがどれほど抵抗しようと、宇宙は確実に進んでいます。自我を持った人間にとって、自分という存在はとても重要です。しかし宇宙から見れば、それは時代を表現するコマの一つにしか過ぎないのです。

人間の一人ひとりが地上でどのように生きようと、時代は確実に、意思を持って進んでいます。その時に、これまでの地球の歴史がそうであったように、その流れにそぐわない存在は淘汰されるだけなのです。そして時代は、それに代わる新たな生命を生み出します。こうして宇宙の物語は、永遠に続いていくのです。

宇宙の根本の心

自我を持った人間は、すべてが流れ移ろいゆくこの世界で、「自分」というものを特別に意識し、流れに滞りをもたらしました。それは、このように捉えることもできます。淀みなく流れているだけでは、それが何であるか本当にはわからない。流れに逆らい、滞りを体験することにより、その対比から、流れとは何であるかを知るのです。そして、滞りの原因となった囚われを手放し、淀みのない心で、宇宙の流れのままに生きたなら、人生はどんなに美しいことでしょう。

自我とは、言い換えれば個性です。人間は一人ひとりがオリジナルな個性を持っています。地球上に存在する多種多様な生命の中でも、たったひとつの種の中でこれほどの多様性に満ちた種は、他にないでしょう。人類は美しさに憧れ、過去には経典やモデルを作り、「これが正しい生き方だ」としてみんなが一律にそれに倣おうとしてきました。けれどもそれは、借り物の世界です。事実に基づいてのみ事が進んでいくのが宇宙の仕組みならば、真実は経典に書かれた借り物の世界ではなく、あなただけのオリジナルな歩みの中にあるのです。

美しいことにはもうひとつ、大切な要素があります。それは多様性です。複雑で多彩な機能が私たちの体を形成しているように、870万種もの生命が地球生態系を紡いでいるように、無数の星々が渦となり宇宙を旅しているように、多種多様な存在がつながり、それぞれの響きを響かせながらひとつの生きもののようになるからこそ、まるで交響曲のような、豊かで、ダイナミックな、美しい世界が表現されるのです。

世界は私たち人間に多様性を与え、時という共通の乗り物の上で、宇宙を表現することを託しました。さて、今世を生きる間に、私たちはこの真実に、どこまで辿り着くことができるでしょうか。自分は健全な人生を生きている、と思っているあなた自身の日々の営みが、今も地球を、そしてあなた自身を汚し続けています。その事実に気付き、もしも本当に美しい世界を願うなら、まずはあなたから始めてください。それは決して難しいことではなく、誰の中にも眠る、私たちがこの世界に生まれてきた本当の目的に向かうことです。その目的に向かい精一杯生ききった時、あなたは、あなたがこの世界にもたらしたものが何であるかを知ることでしょう。そしてそれが、肉体を離れ魂として本住の地へと還っていく、あなた自身の価値となるのです。

もしも私たちが目的を見失ったとしても、宇宙は常に様々な現象を起こし、私たちを目覚めへと導いています。これこそ、宇宙が私たちに示している意思 ────── その根本の心は、愛なのです。

 

ー 生命は留まることなく変化し続け、宇宙の物語は永遠に続いていく ー

 


 

 

ある日、富士山ろくの宇宙おじさん・ジイジのもとに、韓国から7人の子どもたちが遊びにやって来ました。子どもたちの中には、よくウソをつく子がいました。その子の親から「どうしてウソをついたらいけないのかを話してほしい」と言われたジイジは、韓国と日本の子どもたちへ向けて、こんなお話をしました。

どうぞ ウソをついてください

まず、みんなはウソをついてもいいと思いますか?それともいけないと思いますか?
ジイジはね、ウソをついてもいいと思います。だって、ウソをついたらどうなるかを経験するためには、ウソをつかないとわからないでしょう?

ウソというのは、本当のことと違うことを言うことです。本当のことは、ひとつしかありません。でもウソはたくさんあります。だから、ウソをつくと頭が良くなります。本当のことがわかると困るから、それを隠し続けるためにたくさん考えるのです。でもその考えは、悪い考えです。そして、悪い考えが頭の中にいっぱい増えると、悪い人になります。
子どもというのは、ウソをつくものです。だからウソをつきたい時には、どうぞついてください。ただし、その時にひとつ、大事なことがあります。それは、「自分は今ウソをついている」ということをわかっていることです。ウソは本当のことと違いますから、ウソをつくと必ず後で困ったことになります。その時に、自分がウソをついたことがわかっていれば「ああ、自分がウソをついたからこうなったんだ」と気付くことができます。そうするとそれは、ウソをつくのをやめよう、と思う機会になります。
自分がウソをついたことがわかっていないと、困ったことが起きた時に、自分に原因があるのではなく、人のせいだと思うようになります。これは本当に困った人です。子どもの時にウソをつくのは、ウソつきになるためではなく、ウソをつくとどうなるかを勉強するためです。でも自分がウソをついたことをわかっていなければ、ウソから勉強することができません。そしてウソをついていることに気付かないままウソをつく、本物のウソつきになります。ジイジはそういう大人にたくさん出会ってきました。大人は子どもに「ウソをつくな」と言いますね。でも実は、大人の方がもっとウソつきです。つまり、人間というのはウソつきなのです。

畑で作物を育てていると、いろんなものに出会います。まず一番に太陽、そして植物、動物、土、雨、風 ──── みんな正直です。もしも作物の出来が悪ければ、それは土のバランスが崩れていたり、気候が合わなかったりと、どこに原因があるのかを正直に教えてくれます。肥料をやりすぎれば、作物は病気になって、人間の間違いを教えてくれます。人間がいつも自然から学ぼうと思っていれば、自然は決してウソをつかずに、正直にいろいろなことを教えてくれるのです。だから自然の中にいると、感謝の気持ちが湧いてきて、とても心が穏やかになります。
ところがそこに人間が来ると、ウソが生まれます。人間たちは、何に対しても自分に都合のいいようにものを考えるからです。でもそれは本当のことと違いますから、必ず問題につながります。ということは、人間たちが生きていると問題が起きるということです。
人はウソをつく時に、それを言うことでいいことがあると思っています。だからウソをつくんでしょう?でもウソをつくと、必ず自分の思っていたこととは反対の、都合の悪いことが起きます。人生の途中では得をしたと思っても、必ず生きている間に、そのウソの分だけの困ったことを受け取らないと死んではいけないようになっています。そしてウソつきのままで人生を終わると、次にまた生まれてくる時には、ウソつきとして人生がスタートするのです。

ウソをつき続けると、心が悪い人になります。そうすると、人生を生きていてもいいことが起きないようになっています。そうやってこの世界は「ウソをつくのはよくないよ」ということを教えてくれているのです。
だから、子どものうちには勉強として、どうぞたくさんウソをついてください。そしてたくさん困ってください。どうして困ったのかといったら、自分がウソをついたからだということに気付いてください。そうしたら、きっとウソをつかない人になるでしょう。
そしてどうぞ、美しい人生を歩んでください。

以上、ジイジのウソつき講座でした♪

 


美しく生きるとは、生命のありのままの姿を表現すること。その生命は、性から始まります。21世紀の死生観・第四部(2018年冬至発行)では、私たち生命の源である性の真実を解き明かします!


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