「元気」はすぐ隣りにある 〜 ゆきちゃんの自然療法体験記

今月、50代の主婦の女性が、自然療法プログラムを卒業しました。女性の名は「ゆきちゃん」。反復性鬱と軽度の双極性障害という症状を抱え、自然療法プログラム“主治医”のジジから「あなたはこのプログラムで鬱病が治らない初めての人になるかも」と言われた彼女の、プログラム体験記をご紹介します。
以下は、サポーター(滞在者の日常生活をサポートする担当者)のみかちゃんがまとめたケアレポートです。


ゆきちゃんの自然療法プログラム物語

2月19日、有希子さん(以下「ゆきちゃん」)は自然療法プログラム(以下「ケアプログラム」)を希望し木の花ファミリーを訪れました。
相談の内容には「何もやる気がせず、家事や子育てが苦痛です。朝、なかなか起きられず、何とか起きた後、子供たちが帰ってくるまで寝ています。不安と孤独でいっぱいなので改善したいです」と書かれていました。5年前に心の病を発症した彼女は、医者から反復性鬱と軽度の双極性障害と診断され、入退院を繰り返していました。

初回の面談でケアプログラムの主治医であるジジは、「鬱病は物事の捉え方の間違いが矛盾を生むので、その整合性を取るようにすればよいのです。それを改善するのはそんなに難しくはありません。僕は長年このプログラムを提供していますが、鬱の症状でこのプログラムを受けて治らなかった人は、僕の記憶する限りいません。」と語りました。

それから、主治医はゆきちゃんの人格と病気発生のメカニズムについて説明しました。
「あなたは思考エネルギーが強く、考えをまわすことで思考が暴走する傾向があります。その精度が悪い思考でイライラを発生させ、その結果せっかちに見当違いな結論を出し、やることがうまくいかず、さらにイライラを増幅させていました。その状態が進んでいくと客観的にみえる自分自身の姿に失望しますから、自信を喪失して、鬱になっていました。
そういった人は、「こうなりたい」という願望が先にあり、漠然と精度悪く考えているにも関わらず、強引に確信めいた結論を出す傾向のある人です。しかし、思考のプロセスが雑なので、思ったような結果に至らないのです。
物事は精度よく捉え、シンプルに結論に繋げていくことが大切です。
あなたの鬱は考えをまわすエネルギーが強く、強引に結論にもっていく陽性鬱といいます。陰性の鬱は、浮き沈みはなくずっと沈んでいますが、陽性の人は上がったり下がったりと躁と鬱を繰り返す傾向があります。その人それぞれの個性に基づいた捉え方をしない精神医療関係の人々には、このように分析する発想がないので、症状に対する対処療法的な薬の処方や、ただ寄り添うだけのカウンセリングを提供するのですが、それで健全になることは難しいのです。
あなたが歓迎しない出来事は、それを生み出すような思考をあなた自身がしているから起きるのであり、その思考のプロセスを明快に理解し、やめればよいだけのことなのです。しかし、そのような結果を生み出す仕組みを知らなければ、やめることはできません。ですから、その歓迎しない出来事を引き起こす原因である、あなたの悪思考であるカルマをコントロールすれば、止めることができるのです。自らの日々の思考習慣を理解し、それがコントロールできる状態になれば、以前のような不遇な毎日に戻ることはなくなります。
しかし、今あなたの精神構造を分析してみると、もしかしてあなたは、今回初めて治らない人になったりして(笑)」
主治医はそう語り、初回面談が終了しました。面談の最後には、毎日日記を書くという課題が出され、ゆきちゃんのケアプログラムがスタートしました。ケアプログラムには、身近な立場で生活をサポートするサポーターがつくのですが、今回は同じ東北地方出身で偶然にも誕生日が同じ日である、10歳年上のみかこがサポーターを務めることになりました。

一週目

一週目は、コミュニティの環境になじむため、課題として日記を書く以外は、一日をフリーに過ごしてもらうことになりました。自主的にキッチンで軽作業をすることもありましたが、不安から起き上がれなくなり自室で休んでいることも多くありました。
コミュニティのことを知るために、他のゲストに向けて行われる施設や田畑等の見学ツアーやプレゼンテーションにも参加するようサポーターが勧めましたが、ゆきちゃんは心が不安定のためどちらも参加できなかったり、ゲストに対して行われるウエルカムコンサートに参加しても、内容があまり聞けていない様子でした。

日記には、自信がない、不安、健康な人がうらやましい、みんなといても孤独、くたくたで休んでいた、といったネガティブな内容が多く綴られ、それに対し主治医から、心の持ち方についてのたくさんのコメントがありました。そのコメントに対して、ゆきちゃんは感情的になる傾向がありました。

プログラムが始まってちょうど一週間目に行われる「一週間面談」で、主治医は次のように語りました。
「この生活に慣れるための初めの一週間は、感情の波があり、面白いと思って見ていました。感情に波があることは想像していましたが、対応の仕方によっては、あなたのようにエネルギーが強い人は心が暴走し、その心を静めるのに手間がかかるので、もっと過激に指摘するべきところをほどほどにし、あなたとのゲームをやるように配慮していました。あなたは一人ゲームをやっているので、こちらから見ると笑えるのですが、本人が真剣なのにこちらが笑いすぎると、あなたは心に余裕がないので深刻になり、そこにはまると取り返しがつかなくなることもあるので、そうならないように配慮していたということです。
心の波は出来ればない方がよいのです。波がなく、冷静な状態で自分の心を客観的に眺める姿勢ができると、環境や出来事が変わっても、常に安定した思考が不安定なあなたの性質に対してイニシアチブをとれるようになります。客観的な立場に立てれば、自分のことでも笑ってみることができるのです。
あなたは、一見穏やかな顔をしていても心の起伏が激しく、カルマに翻弄されています。思考の組み立てが道理から外れているので、良い結果に繋がりません。あなたがやっていることは、その道理が見えるものからすると本当につまらないことなので、それはやめればいいだけのことなのです。僕の言っていることはとても適切な事なので、その捉え方を学習し取り入れれば良いのです。
カルマは自分を翻弄しますが、それに対しハイヤーセルフ(神我)が誰の中にもあります。カルマもあなたの人格の一部なので、それが望んでいることを理解し、カルマの理解者として対応してあげると、カルマはおとなしくなり、自分の味方をしてくれるようになります。
しかし、道理の外れた考えをしていると、カルマはそこに付け込んで増長してくるのです。あなたはそういった精神的状態が病的なところまで進行しているのです。神我の柱を立て、その柱に沿ってカルマをコントロールしてやると、カルマもあなたが生きていくための役割をしてくれるようになります。」

二週目

二週目は、規則正しい生活をしようというテーマが与えられました。ゆきちゃんはそれを心がけましたが、日記への主治医からのコメントで自身の心の癖を指摘されると「責められているように感じる」「(主治医から)日記が堂々巡りしていると言われたので、なかなか日記が書けなかった」などと感情的に反応する傾向が続き、部屋で悶々と過ごすことも多くありました。日記の書き方で悩み、日記のページを破いたり、「帰りたい」とご主人にメッセージを送ったり、食事時の会話でも帰ろうかと思う等の発言があったり、また、主治医からの日記のコメントをネガティブに捉えて翌日臥せったりと、不安定さが続きました。

二週目の最後の日記に、主治医は以下のようにコメントしました。
「こちらが伝えようとしていることが受け取れていません。この世界で起こる出来事は、自らにふさわしく起きており、それは自業自得の世界であるということを受け取らないからこそ、あなたは堂々巡りの思考の中で迷っています。
学んで成長することが嫌ならば、この取り組みをやめればよいのです。しかしそういった思考を持ち続ける限り、そこから抜け出せません。明快な回答をいくらもらっても、自分が正しいと主張して受け取らず、それどころか腹を立てているようでは、このプログラムをやる意味がありません。」

「二週間面談」では、主治医は以下のように語りました。
「あなたは客観的視点を持てていないので、僕はあなたに代わって、あなたが健全になるために、あなたが自分のことをどう受け取ったらいいかを伝えているのですが、あなたはそれに対して感情的になっています。
この取り組みをして二週間が経ちました。あなたの味方をしているのは僕の方で、あなた自身は、自分の癖性分の問題点を日記で綴っているにも関わらず、自分を良くしようとしていません。これは、簡単に言うとカルマの誘惑に負けているということです。自分を正そうという心と、自分を貶めようという心の、ふたつの心があり、貶めようという心が勝っている状態です。どちらも自分なのだから、自分を改善しようという心を優先することが、本来人として必要な事です。それが人生を安定して生きていくためのコツです。
本当に効く薬は、その症状が出てくる仕組みを正確に伝えてあげる事ですが、それはカルマが一番嫌う事です。そこであなたが健康になる方向を選び、カルマにその決意を伝えることが、あなたを根本的に健康に導く方法なのです。
今のあなたは、自らが改善しないように頑張っています。その自分の姿勢を悟って切り替えるだけです。今、あなたに足りないのは素直さなのです。
宇宙の法は、人を正しく成長させるためにあります。因果応報の法に基づいて、その人にふさわしい出来事を与え、そこから人は学んで精神が高まるようにできています。そして、少しでも、人類がこの世界を創った大いなる意思のもとに近づいていくように、宇宙は現象を私たちに与えてくれているのです。ですから、良い事も悪いことも全て善意なのです。だからいつも学びをいただく精神でいなければなりません。そうすれば出来事は良い流れの中で心地よく流れていきます。全ては良きことのためにあるのです。」

三週目

二週間面談の翌日、ゆきちゃんはいつもより朝早く起きてキッチンの手伝いをしたり、その晩のコンサートにも出て、最後の曲ではみんなと踊ったりもしました。昼食時には、「部屋で一人でいるより、何かしている方がネガティブな思考が回らないのでいいかなと思って。自分と向き合うということは、一人で思考する事じゃないんですね」と話していました。
日記には「自分の主観の強さ、我の強さが出てくるのを自覚して、それが正しいという思いを外して、素直にくみ取るということをやっていきます」と書かれており、振り返る姿勢も見えてきました。
この週は、ビニールハウス等での外作業に出たり、以前行くことができなかった見学ツアーに参加したりと積極的に行動しましたが、活動的な日があると翌日疲れるという傾向も見えました。

「三週間面談」で主治医は以下のように語りました。
「三週間が経って、こちらが求めるレベルになってきました。このままの状態が継続していくと、四週間を区切りにしてこのプログラムも一段落という先が見えてきています。そこからあと一週間で最後の仕上げという段階に来ています。“私の症状は何だったのか?”という気づきのスタートが遅かったので、それを完全に自分のものにするのに、さらにもう一週間必要であるというのが現段階での僕の見通しです。
今までのあなたは、湧いてきた重い考えが自分の心の負担になっていましたが、今はそれを振り返って分析する力がついてきています。それが確かなものになれば、ネガティブにならず冷静に自分をコントロールすることができます。サポーターが記録しているこの一週間のケアプログラムのレポートを見ると、まだ心の波はありますが、三週間経ってやっと手ごたえが感じられるようになり、見通しが立ってきました。
通常、三週間面談は第四コーナーを回るラストスパートで、生活にリズムが出てきて、良い一日を過ごせるようになります。自分で自分を貶めていたことに気付いて、なんて馬鹿なことをやっていたんだろうと、笑えるようになると良いですね。」

四週目

この週は海外からのツアーがあり、そのためのおもてなしの準備を手伝ったり、ビニールハウスで農作業をしました。日記には、作業体験の内容と心の動きが書かれており、主治医からは以下のコメントがありました。
「一日を充実して過ごすと、時間が経つのを早く感じます。それは心が充実しているということです。そういった姿勢を自分の中に安定して保てるように心がけて下さい。」
しかし、二日頑張ると三日目は疲れて休んでしまうという傾向がみられ、なかなか生活のリズムは安定せず、ネガティブな思考がまた回りだすことが繰り返されました。

「四週間面談」で主治医は以下のように語りました。
「頑張ってやると翌日疲れるような事では、実力とは言えません。評価されるためにやるのでは実力にはなりません。安定した精神状態になるために、不十分なところは自己コントロールし、満たされているところは維持していく。頑張ることではなく平常心で取り組んでいくことが大切です。
“病気”に対する言葉として“元気”という言葉があります。これは“元の気”と書いて、元通りの状態に戻ることを意味する言葉です。それは、余計なことは考えず必要なことを考え、必要な行動をとるという、きわめて冷静な状態です。病気の状態であることは異常な状態で、本来あるべき状態ではないことを維持しているという事です。ですから、その異常を取り除くと元通りの元気になります。
そういった意味では、この自然療法プログラムは治すためのものではなく、自分の状態が異常だった事に気づくことで、自然に元に戻っていくことを促すプログラムなのです。
だから規則正しい生活をまずはベースにして取り組みましょう。一日は毎日規則正しくやってきます。夜が明けて、朝が来て、昼が来て、夕方が来て、夜眠くなって眠るのです。それに合わせて、規則正しい生活を送ることがポイントです。
それは『規則正しい生活を送らなきゃ』と僕が言うからやるのではなく、自分発で正常に戻っていくという発想に切り替えるべきなのです。僕は治してあげる立場ではなく、あなたがどういう状態になっているのかを分析してアドバイスしている立場です。それを取り入れて実行するのはあなたです。それを取り入れて実行するから、あなたの人生に正常となって現れるのです。
僕の感覚からすると、あなたが安定した日々が送れるようになるのは、あともう少しです。それは、あなたのすぐ隣りにあるのです。
次の一週間のテーマは、改めて規則正しい生活を送ることです。自分の心に任せて怠けて一日休むより、未知なる世界に一歩踏み込んだ時に、新しい景色が見えて来て、時間が新鮮な自分を与えてくれるようになります。」

五週目

この週から、午前中はいちごのビニールハウスで軽作業をしてはどうかという提案がメンバーのみきちゃんからあり、ゆきちゃんは少し及び腰ではありましたが、そうすることにしました。しかし、三日半なんとか作業をすると、その後は疲れて部屋で休むというように、なかなか安定した日々の連続は難しい状況が続きました。また、家に帰ったら何をしようという考えが渦巻くようになりました。

「五週間面談」の冒頭で、こちらから送ったゆきちゃんの四週間のケア記録を読んだご主人からの返信メールが読まれました。
メールの冒頭には、ゆきちゃんが自然療法プログラムを受けるために家を出ていく時、もう戻ってこないというような勢いで出て行ったことが書かれていました。さらに、ケアプログラムの参考になるようにと、家族とゆきちゃんの関係性、家庭でのゆきちゃんの様子、彼女と両親の関係性などが書かれていました。病気を患ってからの5年の間に家を出ていきたいというようなことが何度もあったことなども書かれていました。
主治医は、こちらへ来るときに家に帰らないような勢いで出てきた事や、家を出たがることが何度もあったという事の背景には何があるのかとゆきちゃんに問いかけました。ゆきちゃんからは、「今までできていた家事ができなくなり、家族に申し訳なく自己嫌悪に陥り落ち込んでいました。そしてできない自分を責め続けるのが苦しくなったのです」との答えが帰って来ました。
それに対し、主治医は以下のように伝えました。「あなたは自分の家族を良い家族だと自ら評価していながら、自分がきちんと家事をやれないからという理由で家族から離れるというのは、独りよがりであり、あまりにも身勝手ですね。あなたはどちらかというとおせっかいなタイプで、夫からの手紙にもあるように、どちらかというと人のことを考えるタイプなのに、究極のところにくると人のことを全く考えていません。これは全くおかしな考え方で、改善するべきことです。あなたの精神的苦痛は改善するために起こっているのです。
精神科医に病気と認定されると楽になる人もいます。しかし、そういう方向へ行ってはいけないというのが僕の姿勢で、本人が病気だと認定してしまった場合、ここでは改善することが出来ないのでお帰り下さい、ということになります。あなたは独り相撲を取っているだけで、止めればよい思考をグルグル回しているだけです。隣りに改善の道があるのに、わざわざでこぼこ道を歩いているようです。自分で、馬鹿なことをやっていたなと自覚して、隣りの健全な道を歩こうと切り替えるだけなのです。」

それに対し、ゆきちゃんは、「どうしても病的な方へ行ってしまう」と言い、主治医からは「それではこのプログラムは終了です」ということを伝えられました。自分を引き戻そうとするカルマの方に行くのか、改善しようとする意志を持つのか、自分と対話してその回答を翌日の夜までに主治医に伝えることになりました。そして、翌日の面談で、ゆきちゃんはプログラムを続行してほしいと伝えました。

しかし、その二日後の夕食にゆきちゃんが姿を現さなかったので、サポーターが部屋に行ってみると、ゆきちゃんは床に倒れていました。サポーターは、気を失っているゆきちゃんをゆすり起こし、負傷しているところはないことを確認し、自力でベッドに移ってもらいました。
翌朝、ゆきちゃんの様子をメンバーのみちよちゃんが部屋に確認しに行くと、寝ぼけた様子で「ここは何処?」という返事が返ってきました。サポーターがそのことを主治医に伝えたところ、主治医はケアプログラムの続行は難しいかもしれないと判断し、再度ゆきちゃんにケアプログラムを続ける意思があるかを確認し、本人に意思が無いようであればご主人に迎えに来てもらう段取りをする事になりました。ケアプログラム続行の確認に対し、ゆきちゃんは帰るという結論を出したので、ご主人に連絡を取りこの件を伝え、およそ一週間後の月曜日に迎えに来てもらうことになりました。
しかし、ご主人は電話でゆきちゃんに、本当にここでプログラムをやめていいのかと投げかけました。翌朝、ゆきちゃんはご主人にやはりプログラムを続けたいと伝え、ご主人からこちらにその申し出があり、ケアプログラムは続行となりました。しかし、ご主人に現状を直接確認してもらい、最終的にこのプログラムが終了した後の自宅での対応の仕方についても直接お話したほうが良いという判断から、予定通り月曜日に来訪して頂くことになりました。

このことがあった後の三日間、ゆきちゃんは安定した日々を送りました。食事の時にはサポーターと「今日もいつも通り変わらず?」「そうです」といったやりとりをして、日記には日々の作業内容が淡々と綴られ、木の花ファミリーの中での役割(休憩時にお茶を準備する係になるなど)を与えてもらえることのありがたさ、木の花ファミリーのメンバーとの会話に参加できることが学びになること、入院しながらもゆきちゃんを気遣ってくれている義母への感謝なども書かれていました。

「六週間面談」で、主治医はゆきちゃんに以下のように語りました。
「僕はあなたに伝えたいことは大体伝えているし、あなたはどうしていくべきかも理解できているでしょう。それを行動に移して安定した日々を送れるという段階にきました。
最近の日記には、画期的ではありませんが、一日をスムーズに送ることができたことが書かれています。とびきり特別な意識に目覚めたという事ではなく、地味だけれど規則正しくリズムよく安定した毎日が送れることが、あなたに求められることです。自ら安定することを心掛け、あとは個性に応じてやっていけばいいのです。元の生活に戻ってもそのことを忘れずに生活し、家族に対して対応していってください。未来は未知だから、先案じして取り越し苦労の延長で暗くなるのは余計な事です。
それがわかってよかったという事ならば、今思ったのですが、月曜日に旦那さんが来た時に一緒に帰りなさい。」

月曜日にご主人が来た時に一緒に帰ってはどうかとの主治医の突然のひらめきに、ゆきちゃんも同意し、ケアプログラムを卒業することになりました。部屋で倒れて主治医からプログラムの終了を告げられてから、ゆきちゃんの姿勢は変わり、その後短期間で卒業を迎えることになりました。ゆきちゃんがご家族のもとへ改善された姿で帰ることは、私たちにとっても本当に喜びであり、こういったプログラムが地球にとって本当に大切であることを改めて実感させてもらえました。

主治医からはさらに、もっと柔軟性を身につければ、より良い人生を送れるようになることが伝えられました。あなたは本当に硬いから、硬い人が出るカタリンピックに出ると良いねと話し、みんなで笑いました。

最後に、サポーターのみかこからゆきちゃんへ。
ゆきちゃん、上がったり下がったり、怒ったり落ち込んだり、引きこもったり倒れたり、色々あったけれど、そうなる自分のからくりに目を背けずに、これからもここで教えてもらったことを思い出し、ご家族と共に良い人生を歩んでいけることを願っています。本当に卒業おめでとうございます。そして、ありがとうございました。

 


ゆきちゃんのプログラム卒業が決まり、4月4日、卒業コンサートが開かれました。木の花楽団と皆から様々な歌が贈られる中、ゆきちゃんは以下のメッセージを読み上げました。


自然療法プログラムの卒業を迎えて

今日はこんなにも温かい卒業コンサートを開催してくださり、本当にありがとうございます。2月19日に木の花ファミリーを訪れてからあっという間に45日がたちました。

自宅では閉じこもり、家事もままならず、不安になると抗不安薬を飲み、寝ている生活で家族に心配をかけている状況でした。そんな中インターネットで自然療法プログラムを知り、面談を申し込みました。

西富士宮駅に降りたときは、初めて訪ねる場所への不安がありましたが、優しい笑顔のこうちゃんが改札まで迎えに来てくれて、車で話す中で「地球家族だから」と言ってくれた言葉が心に残り、安心感に包まれました。

主治医であるジジとの初回の面談が行われ、名前や地球暦から見た人格分析も含めて、今まで出会ったことがない視点から人格や思考の癖を伝えられました。毎日の日記のやり取りが始まり、私が書いたことに対して、主治医からの客観的なコメントが丁寧に返ってきました。
私の思考はとてもネガティブで子供の頃のトラウマにとらわれていて、出来事から学ぶことをせず、被害者の意識で生き続けている状態でした。そして主観がとても強く、自我にとらわれていました。そのことをジジは日記を通して、面談を通して伝えてくれました。自分自身のために、家族と周囲の人達と共により良い人生を生きていくためにその状態を改善すること、具体的に行動していくようにと繰り返し言ってくれました。
しかし2週間が過ぎるまで、伝えられていることを受け取り切れず、抵抗感がある状態が続きました。そのような状態の私にサポーターのみかちゃんが毎日アドバイスをくれました。正直、素直、信じる心が大切であること、ジジのコメントの字面を追うのではなく、主観を外して、心で受け取ること。ジジもケアプログラム担当のピピもみかちゃんも「あなたは浅瀬で溺れているだけ。顔を上げてただ息をすれば良い。改善はすぐ隣にある。」と言ってくれました。少しずつ、少しずつ心にしみ込んでいきました。

そして、ファミリーの皆さんと生活を共にする中で今までにない価値観に出会い、小さく縮こまっていた私の心を広げてくれました。皆さんの暮らしの中にオープンに迎え入れていただきありがとうございました。
ケアプログラムに集中できるようにと生活全般を支えてくれたみちよちゃん、あっちゃん。自分の体験を話してくれたひろっち。いつもくったくなく明るく話しかけてくれた子供たち。毎日美味しく栄養たっぷりの豊かな食事を作ってくださったキッチンさん。また、キッチンにお手伝いにいくと快く迎えてくれて嬉しかったです。
ケアのサポートのために沢山の時間を費やしてくれたみかちゃん、夜遅くに部屋まで日記を届けてくれてありがとうございました。ピピ、ゆうちゃん、日記と面談の場でお世話になりました。なかのん、事務やプレゼンのこと色々とありがとうございます。デコちゃん、パン工房に行くときに誘ってくれて、いつも声をかけてくれてありがとうございました。
コンサートへの参加や食養生プレゼンを受けて、木の花ファミリーの神髄や芸術性にも触れました。

そして、3週間が過ぎ、まだ精神的に波がある状態の私の課題は生活リズムを整えることでした。とても基本的なことですが、思考にとらわれてしまい、なかなか安定して一日を送れる状態に到達出来ませんでした。
そんな中、みきちゃんが外のビニールハウスに毎朝手伝いに行くことを提案してくれて、かずこちゃんが送迎をしてくれました。そこでは、体を動かし、作物に触れて、太陽の光を浴び、風を感じて、みんなと共同作業をしました。畑隊の皆さんやゲストともご一緒し、休憩時間にはお茶を飲みながら話し、心の在り方の話題になることもありました。
みきちゃん、かずこちゃんは第2のサポーターのように気にかけてくれて、話しかけてくれて、支えてくれました。

卒業の間際まで体調不良を乗り越えられず、一度はケアを続けることが出来ない精神状態に陥りました。しかし、面談でジジにあなたの人間性は一生あなたについてまわると言われたことがどうしても頭から離れませんでした。ケアプログラムの提供の継続をお願いし、ようやく数日安定して過ごすことができました。

卒業するにあたり、ジジから伝えられたことは、まずは毎日をリズムよく安定して過ごし、その中で個々の出来ごとに出会って対処していくこと。ケアプログラムの滞在を通してずっと伝えられた客観的視点を持つこと、自我に陥らず、本当の意味で自分を大切にし、家族や周囲の人と共に人生を生きていくことを自覚したいと思います。

最後にジジ、私の小さな視点まで降りて、そして人生に関わってくれたことに感謝します。本当にお手間をおかけしました。

 


ゆきちゃんからのメッセージが読まれた後、主治医のジジから以下の言葉が贈られました。


ゆきちゃんの卒業に寄せて

僕はいままで何年この自然療法プログラムを提供しているのか、そして何人の人にこのプログラムを提供してきたのでしょう。ただ言葉掛けだけで人の人生が変わっていく。極端なことを言えば、精神的な病気のみならず物理的な病気も治っていくのです。改善というのは悪い状態から良くなるという事ですが、それはどういうことかというと、この取り組みの初期の段階では何らかのことが悪い状態になっているということです。悪い状態になっているということは、悪い状態になるように生きてきたという事です。

主観でみる人はその原因を色々考えるけれど、その考えの結果、そのような出来事や精神状態を自分が引き寄せたという事がポイントです。結局自分の人生に起きていることは自分にふさわしく起きているという事です。それがこの世界の仕組みであり、何か原因を発すればふさわしい出来事が還ってくるということです。そういった意味で言えば、この世界に起きていることのすべては学習のためにあり、その出会うすべての出来事を学習として会得することが出来たら、すべては良きことの為にあります。

それを学習しないでそのままにしておくから、悪しきことが起きるのです。当たり前のことです。では、どうしたらよいのでしょうか?

いま現実に起きていることが良くないことだとしたら、外の何者かがそれをあなたに与えたのではなく、自分がその状態に至るように歩んできたことを、まず理解することです。そしてその周りに関わっているものがいるとすると、その周りが原因で自分に起こった問題は、自分がそこに出会うべき生き方をしてきたことに対し、それをあなたに現し示してくれているのですから、その存在は神様のお使いだということです。
ですから、自分に起きることは常にふさわしく起きているのですから、それをもらって学習していくことを最優先事項として取り組めばよいのです。それでどんな問題事も問題事ではなくなります。今日の自然療法プログラムの卒業コンサートでは、サポーターのみかちゃんからボリュームのあるダイナミックなケアプログラムの報告がありましたが、これはとてもわかりやすい事例でした。ゆきちゃんの初回の面談の時に、「僕はずいぶん長くこのプログラムを提供していますが、僕の記憶ではうつ病の人でこのプログラムを受けて治らなかった人はいません」と伝えました。
私たちは今、目の前にある空間の景色を見ています。これはちょっと目線が違う話ですが、実は宇宙は私たちが認識しているこの世界に違う次元からメッセージをいつもくれています。ですから、天体と天体の関係は維持され、時間という奇妙なものがすべての存在を完璧に網羅し、人生においての旅をいざなってくれています。目線が変われば、この世界は驚異的な世界なのです。それをどんなに考えても、誰がスイッチを入れて、それがいつまで続いていくのかわかりません。

こういった、当たり前すぎて私たちが気づかない配慮。そのような存在は、あらゆるところから配慮され、私たちに届いています。例えば、今僕が話しているこのメッセージは、上空の空間に亀裂が入り、その隙間から私たちに気づきとしていつも与えられているものです。
そういった気づきのメッセージを受け取った結果として、ゆきちゃんの初回の面談のときに「今までうつ病でプログラムを受けて改善されなかった人は誰もいなかったのですが、もしかしてあなたが第一号になるかもしれません」と言ってしまったのです。いまから自己改善のための取り組みを始めようとしている人に対して、なんと酷なことを言ってしまったのでしょう。しかしそれは僕のせいであって、僕のせいではありません。その裂け目からメッセージが来たのです。やはりうつ病は改善されるためのメッセージです。

現代の社会は、物事が悪くなるように動いています。医療は病気を治すためにあるはずなのに、薬屋が儲かるための現場になっているでしょう?みんなが幸せになるために経済があるはずなのに、格差がどんどん出来て、お金を稼ぐためにみんなを消費の依存症にしていくでしょう?その代表的なものが医療で、その業界の人たちはみんな頭が良い人たちなのです。しかし、そういった立場の人たちは、世の中に病気が蔓延し継続することに支えられているのです。こういった不要な産業が日本の国家のGDPの大きな割合を占めています。
人は生命ですから必ず死ぬものです。その死ぬときに未練がなく、自分の寿命がきたと思ったら、今日は旅立つのにいい日だから旅立つね、みんなありがとう、というような爽やかな心になって旅立って行きたいものです。私たち現代人もそういった人間性になり、旅立ちを迎えるべきなのです。現実に人間以外の生命である動植物はみんなそのように生き、終わりを迎えています。僕はケアプログラムを提供しながら、人類にその大切を伝えたいのです。
このプログラムを、通訳を通して外国語で提供し、改善した海外の人も多くいます。僕は、こういった暮らしの中でみんなと協力し改善できることが、とても良い取り組みだと思っています。改めて大切なことをしていると自覚しています。
僕は自然療法プログラムの卒業コンサートのときに、卒業する人に対して、いつも卒業しておめでとう、そしてありがとうと言います。それは、卒業したあなたの実績が、私たちの実績としてここに残るからす。そしてその実績が一段積み上げられることで、さらに精度が高くなり、次の人に提供されます。ですから、これはあなた個人のために提供したことではなく、世の中を良くしていくための取り組みなのです。

あなたはこのプログラムの体験記をみんなの前で読んだでしょう?あの振り返りがいつも自分の中に生きていたら、もううつ病にならなくてよいのです。それは客観視点が育ったからです。
この一か月半の間、あなたは頑固で主観が強くて的外れだったでしょう?その頑固で主観が強くて的外れな自分を、家に帰って「私ってこんなに馬鹿だったのよ。馬鹿馬鹿しいからもううつ病やめちゃった」と明るい気持ちで家族に話すと、みんな明るくなります。今まではあなたがみんなを暗くしていましたが、今度はあなたが明るいスイッチを入れる人になればよいのです。なれますよ。なぜなら、何が問題かを分かってきたからです。
いつも卒業にあたってこの取り組みを提供出来て良かったと思う反面、さらに広く世の中を見ると、人間の営みは自然や地球に対してガンのようになっています。そのような人々でいっぱいなのです。やはり、この取り組みの輪は本当に大切であるということを自覚し、広げていかなければいけません。私たちはこの生活があるからこのプログラムを提供できているのですから、みんなも主治医のジジはすごいねと任せきりにしないで、自分がこのプログラムを支えている位の意識を持って参加してください。
みんなで考え、みんなで知恵を出し合って取り組んでいけば、問題事は問題事でなくなります。
大事な知恵はそろそろ頭で考えた損得ではなく、空間にピリッと裂け目が出来てサッとその知恵が降りてくる、そのような感性を磨く時代に入ったのです。
卒業おめでとう。あなたの実績が私たちに新しいデータをくれました。
ありがとうございます。

卒業コンサートにて 〜 ゆきちゃんとジジ

自然療法プログラムは地球健全化プログラム 〜 7人の人々の体験記

木の花ファミリーを母体として様々な社会貢献活動を行うNPO法人ぐりーんぐらすでは、心身の不調を抱える人々を受け入れ、本来の健康を取り戻すお手伝いをする「自然療法プログラム」を提供しています。
四半期に一度の理事会では、毎回その期間の内に提供された同プログラムの活動報告書が共有されます。以下は、令和七年度第三四半期(2025年11月17日〜2026年2月15日)の活動報告書です。


自然療法プログラム 報告書
2025年11月17日〜2026年2月15日

今期は、自然療法プログラム(通称ケア滞在)が5件、同プログラムに関連する相談が3件ありました。特筆すべきは、そのうち6件が台湾の方であったことです。

10月29日より2ヶ月半の滞在予定で来訪した18歳の台湾人女性、Sさんは、2024年に当法人の「パウロ基金」の支援によるインターンとして来訪した、当時17歳の台湾人女性、Aさんの同級生です。高校在学中ながら不登校が続いていたAさんは、当時19歳でギャップイヤー(高校から大学へ入るまでの猶予期間)中であった兄と共に、持続可能な暮らしを学ぶインターンとして木の花ファミリーへ来訪しましたが、滞在を始めて間もなく、Aさんは精神的に不安定な状態であることがわかり、自然療法プログラムを受けることになりました。主治医であるジイジとAさんとの面談には、Aさんの母親も毎回リモートで参加し、Aさんが自らの情緒不安定をどのように乗り越えていくかを学ぶと同時に、母親もまた、Aさんの不安定さが母親との関係にも起因していることを理解し、自らの姿勢を見直すきっかけとなりました。同年秋には母親自身も来訪し、主治医との面談をはじめ様々な体験を通して同プログラムの有効性を実感した彼女は、台湾に帰国後、周囲の人々に娘と自らの体験を共有しました。その中の一人が、Sさんです。

AさんとAさんの母親から話を聞いて関心を持ったSさんは、ギャップイヤーを利用して木の花ファミリーへ来訪し、当初はヘルパーとして滞在しながら様子を見ていましたが、ファミリーメンバー達が集う大人ミーティングを始め、木の花ファミリーの日常を体験していく中で、やはりもっと深く自分のことを知って変化したいという思いが募り、11月23日より自然療法プログラムをスタートさせることとなりました。ただし、Sさんは病気だったわけではありません。Sさんは学校などではそれなりの評価をされる生徒でしたが、心の中では常に虚無感を感じ、いろいろなことをやってみるものの本当にやりたいことが何なのかわからず、自分がどこにも所属しないように感じて将来への漠然とした不安を抱えていました。それは病気ではなくSさんの心の性質(及び社会的環境)から来るものですが、それを正しく認識せずに歳を重ねていくと、やがては病気にも発展し得るものです。そこで、18歳という年齢で経済的にもまだ親の庇護のもとにあるSさんに適した滞在形態として、半日はヘルパーとしてコミュニティの作業を手伝い、半日は日記を書くなど自らを振り返る時間を過ごすことでプログラム費を半額にする「ハーフケア」という形でプログラムはスタートしました。

プログラムを始める以前から毎日日記を書いていたというSさんは、早速翌日から日記を提出し始めました。日記には、物事をネガティブに捉え、解決策の見えない思考を延々と回し続けるSさんの性質が表れており、その思考回路がこれまでの晴れない人生をつくってきたのだから、それを変化させるためには、そのような自分の性質をよく理解して、思考回路を切り替えていく必要があることが主治医から伝えられました。主治医はSさんの性格分析を行い、それが日常の中でどのような思考や感情を引き起こし、その結果が現在の人生にどう繋がっているのかを、日記へのコメントを通して繰り返し解説しました。Sさんは表面的にはその言葉を受け取っているようでありながら、実際は自身の主観的見解にこだわり他からの視点を受け入れられず、それが主観であることにも無自覚なまま、日記には同じ思考パターンが綴られ続けていきました。このまま続けていてもSさんに変化は起きないと判断した主治医は、プログラム開始から10日が過ぎた12月4日、このプログラムを休止することをSさんに提案しました。この投げかけを受け、それまでの主治医との日記のやり取りを全て見直したSさんは、自分が一方的に同じパターンの内容を書き連ね、主治医からのアドバイスが、本人曰く「水に投げ込まれた石のように消え去っていた」ことに気付きます。それは、それまでずっと主観で物事を捉え続けてきたSさんが、初めて客観的に自分を認識した瞬間でした。これを機に、Sさんの物事の捉え方に変化が起こり、自らのどのような性質が人生を行き詰まらせてきたのかを理解し始めます。そしてこのSさんの変化が、その後の台湾人ケア滞在の連鎖につながっていきました。

Sさんの変化と前後して、33歳の台湾人女性Mさんが、2週間の滞在予定でヘルパーとして来訪しました。Mさんはもともと台湾のシュタイナー学校の教員として働いていましたが、人生に充実感を見出すことができず、大学院に通い直したり、世界各地を旅したりする中で、以前から関心のあったという木の花ファミリーに立ち寄ったのでした。Mさんの来訪後すぐに、大人ミーティングでSさんが自らの変化を綴った日記を発表し、MさんはSさんの大きな変化の体験を目の当たりにします。そして、12月10日、日本での滞在期間を延長するため一時帰国することになったSさんは、皆の前で滞在を振り返っての挨拶をすることになり、その通訳を、日本語の堪能なMさんが引き受けることになりました。自分はいつも人からどう思われるかを気にして人前で話すことができなかったけれど、今は心の底から湧いてきたことを自然に話せます、と生き生きと語るSさんの言葉を通訳しながら、Mさんの中にも「自分のことをもっと知りたい」という思いが湧き上がり、3日後、Mさんは自然療法プログラムに申し込みました。Mさんもまた病気ではなかったため、Sさんと同じ「ハーフケア滞在」をすることになりました。

自分は特に人生に問題を感じていない、ただ自分のことを知りたい、と当初語っていたMさんですが、実際にプログラムを開始してみると、学業は優秀でもどこか精度が悪く達成感を得られずに生きてきたMさんの人生が浮き彫りとなり、その原因が本人の人間性にあることを主治医が分析すると、Mさんはその分析内容を理解する前に「ではどうしたらよいですか」とマニュアル的に解決策を求めるやり取りが続きました。学業優秀な人が陥りやすい、「正しい答え」をもらってそれを記憶すれば合格できるという現代教育の弊害がMさんにも根付いており、最初の1週間はなかなかそこから抜け出すことができませんでした。しかし、人生に「正しい答え」はありません。主治医との日記のやり取りを通し、必死に正解を求めようとしたMさんでしたが、正解を求めれば求めるほど、主治医からは「そうではない」という答えが返ってきて、Mさんは完全に行き詰まることとなりました。
しかし、その行き詰まりの結果、大切なのは「どうしたら良いか」という正解を得ようとすることではなく「なぜそうなるのか」という仕組みを理解することだ、ということにMさんは気付きます。それ以降、自分の人生を改善してくれる手法を他力本願的に追い求めていたMさんの意識が、自らの内側を探求することに向かい始めました。この方向転換が起きたことで、あとはその方向性に沿って探求を続けていけば「どうしたら良いか」は自らの中から自ずと湧き出してくるようになるのだから、Mさんはプログラム開始から9日目にして「もう卒業してよい」と主治医から伝えられました。
しかし、卒業が伝えられた直後の日記の中で、現実から乖離した願望的思考が膨らむ様子が見られたことから、ただ思考の中で理想を描くだけでなく、地に足のついた実践として変化を確実なものにするために、プログラムを続行することとなりました。Mさん自身もまだ学びが不十分であることを実感してプログラムの続行を望み、結果として1月7日まで滞在を延長することとなりました。
自身のことをもっと知りたいという理由から始まったMさんのプログラムは、日が経つにつれ、ただ自身を探究するにとどまらず、自らを深く理解することを通して人間とは何であるのかを探り、人類が地球上に生まれた真の意味への探究へと向かい始めます。それはMさんの中に眠っていた鋭い分析力を花開かせ、周囲にも大いに刺激をもたらすものでした。

Mさんの滞在中に、41歳の台湾人男性Cさんが、妻と6歳の息子と共に年末年始の休暇を過ごすために木の花ファミリーへ来訪しました。Cさんはエンジニアとして働き、一見問題なく社会生活を送っているように見えましたが、実際は子どもが生まれて以降抑うつ状態が続いており、現在も月に1回精神科を受診しているとのことでした。精神科でうつ病と診断されるまで、妻はCさんがうつ病だとは思わなかったほど、表面的には普通の日常生活を送っているCさんですが、滞在中にMさんから自然療法プログラムの体験談を聞いて強い関心を持ち、主治医との面談を申し込みました。面談ではCさんの性質や家族関係の分析が行われ、自分がなぜうつ状態になっているのか納得したCさんは、台湾に帰国後、プログラムを受けるために長期休暇が取れるかを確認することとなりました。

年が明け、台湾に一時帰国していたSさんが再び来訪し、さらに世界観を広げることに取り組むため、ハーフケア滞在を再開しました。この時、Sさんから体験談を聞いて興味を持ったSさんの友人である19歳の台湾人女性Yさんも、2週間の予定でSさんと共に来訪しました。大学1年生で一見明るく見えるYさんも、大学入学以降無気力状態が続き、人生の方向性が見えずに「心が空っぽな感じがする」と悩んでいました。
ちょうど同時期に、24歳のインド人女性、Rさんが滞在しており、Rさんはケア滞在ではありませんでしたが、社会生活不適応の側面が強く、主治医の厚意で複数回面談の場が持たれていました。面談の場で、地球暦の読み解きを通し自らの性質を伝えられたRさんは、「もっと地球暦への理解を深めたい」と希望し、Rさんのリクエストにより2日間にわたる地球暦講座が開催され、Rさん、Sさん、Yさん、Mさん、Cさんが参加しました。それまで各々の性格分析のみを聞いていた参加者たちは、講座の場で他の人も交えた読み解きに立ち会うことで、人にはそれぞれ違った個性があることを知り、そこに優劣はなく、違ったもの同士がつながり支え合うことで、ひとつの完全な世界になるということを、もうひとつ大きな世界観から理解するきっかけとなりました。
講座後、Yさんもまた自らの性格分析を受けることを希望し、主治医との面談の場が持たれました。人生の方向性が見えずやる気が起きないことを悩んでいたYさんですが、主治医より、Yさんには人と違う個性があること、それを無理やり既存社会の枠に当てはめようとするよりも、従来の価値観とは違う新しい何かが湧いてくる可能性に意識を向けていくと良い、ということが伝えられ、これを機に、Yさんは持ち前の明るさをより発揮するようになります。Yさんはプログラムを受けたわけではありませんが、この面談と、Sさんや後に来訪するOさん、Eさんなど他者の面談にも立ち会う中で、様々なことを吸収し、出発前日の1月15日の大人ミーティングでは「これまで、本当にやりたいことが見つからなくてずっと焦っていたけれど、それは時が来れば相応しく出会うものであり、焦って掴もうとするものではないことを知りました。今は人生に希望を感じています」と自らの変化を皆の前で語りました。

Yさん来訪の1週間後に到着したOさんは、Yさんと同じくSさんから木の花ファミリーのことを聞き、なぜかそこに行きたいという強い衝動を感じて、初めての一人旅を決行し、来訪しました。Sさん、Yさん、Oさんは、元々同じシュタイナー学校に通い、学校近くの家で共同生活をしていた友人同士です。Oさんは始めから自然療法プログラムを受けるつもりで来訪しており、到着早々に主治医との面談の場が持たれました。Oさんは、幼少期に父親から体罰を受けたことのトラウマや、正体不明の抑圧感、何も打ち込めるものが見つからない無力感を解消したいと思っており、1月13日から、同じくハーフケア滞在をスタートしました。

Sさん、Oさん、Yさん、さらにはMさんやCさんも含め共通して見られるのが、人生の明確な目標が見出せず、皆表面的にはそれなりに社会生活を送っているようでありながら、心の中では空虚感を感じているということです。主治医はこれを、中国との強い緊張関係にある台湾の現在の状況が影響していると観ました。Sさん、Oさん、Yさんの10代3人に、今の社会情勢に関心を持っているかを聞くと、最初は皆首を横に振りましたが、さらに話を聞いていくと、関心がないというよりも、関心を持ったところで自分たちにはどうすることもできないという諦めがあることを話し始めました。さらにMさんからは、他国と比べて、台湾全体がかなり強い金銭的不安に包まれている、という台湾社会の現状が共有されました。祖父母の時代と比べてお金を稼ぐことが大変になっており、物価も上がり続け、人々が将来に希望を見出せない状況になっているというのです。
さらに主治医は、シュタイナー教育の影響にも言及しました。Sさん、Oさん、Yさん、さらには2年前に同プログラムを受けたAさんとその兄もシュタイナー学校出身であり、Mさんもシュタイナー学校の元教員です。本来シュタイナー理論とは宇宙哲学であり、それは変化変容する宇宙の実態に即するもので、マニュアルのように一律に捉えられるものではありません。ところが、それが現代の教育現場へ持ち込まれた時にマニュアル化され、シュタイナーの精神を真に理解していない教師たちによって魂の抜けた状態で教育として提供されるようになり、その結果がそこに関わる人々の状態に顕れていることが窺えました。共通点の一つとして見られたのが、日記を書く際に、非常に論理的かつ美しい文章で理論を展開するのですが、それが現実に反映されず、思考の中だけで展開していく傾向が強いことです。彼らは物事について深く思考することを教えられますが、柱のない状態で深掘りしていくため方向性を見失い、かえってうつ状態になったり、自らの思考のクセを理解せぬまま考えを回し続けるため、現実から外れた思考を暴走させることにもなります。
Sさんからは、学校では文章の美しさや文字数が重視され、現実の探究よりも文章を書くこと自体が目的になってしまっていることや、学力競争の厳しい台湾社会の中でシュタイナー教育でいいのかという不安が生徒たち自身の中から上がり、教師たちが困惑して中途半端な状態になっているという現状も伝えられました。主治医からも、そのような台湾社会の中でシュタイナー学校という特殊な学校に子どもを通わせる親の側も「子どもにこうなってほしい」という理想を抱いており、そういった親の思惑が子どもに良い影響をもたらさない可能性が指摘されました。

そのような中、プログラムを通して主治医が一貫して伝えていたのが「人生に教科書はなく、教師もいない」ということです。
シュタイナー教育に限らない現代教育の弊害として、正解を得て問題に対処しようとする傾向が共通して見られましたが、主治医からは常に以下のことが伝えられました。「僕は先生ではありません。もし僕が正解を伝えて問題が解決したとしても、次にまた何か問題が起きれば、あなたはまた僕に頼らなければいけなくなる。そうではなく、あなた自身の中から答えが湧き出す人になることです。人生とは、その都度その都度新鮮な生の出来事を通して、そこから何を感じ取り、どう行動に繋げていくかという、生きることの根底にある実力を育てることです。それは現代教育のように記憶力に頼って評価を積み上げるのではなく、学習をしなくても自らの中から湧き出してくるものです。そういう人に、あなた達になってもらいたい。そうすれば、あなたはいつも誰かに助けてもらおうとするのではなく、人を助けられる人になります。」

Oさん来訪の翌1月10日には、24歳の台湾人女性Eさんが、母親に連れられてやって来ました。Eさんの母親はSさんの母親の会社で働いており、Sさんの体験談を聞いた母親が、「双極性障害」と診断された娘のEさんに自然療法プログラムを受けさせることが目的でした。Eさんは、日常的に手の震えやパニック発作などの症状があり、病院から約10種類の薬を処方され、日常的に服用していました。薬の副作用でぼんやりすることも多く、その日の気分によってベッドから出てこない等、まともな社会生活が送れていない状態でした。Eさんは英語を話せないため、ちょうど同時期に居合わせたSさん、Oさん、Yさんが通訳を務めることとなり、それは3人にとって、他者の病的症状の原因を客観的に観察する良い機会となりました。
初回面談でEさんの人間性を見抜いた主治医は、Eさんに「あなたは病気ではない」と伝え、Eさんにとって病気が現実逃避の手段となっていることが話されました。それから3日後の1月13日、Eさんは夕食中にパニック発作を起こしましたが、それも人の注目を集めるための一種のパフォーマンスであることが主治医から伝えられると、翌日からEさんは、自主的に薬を摂取することをやめました。その後今日に至るまで、一度も発作は起きていません。これは、Eさんは元々薬を必要とするような状態ではないことを物語っており、そこには、そういった人をも病気と診断し、薬を処方して利益を上げる現代医療の問題点が観えてきます。
Eさんの症状は病気ではなく、本人の人間性によるものであり、問題の原因を周りのせいにして愚痴を言い続けるのではなく、問題の原因である自らの性格を改める必要性が伝えられ、本人にそこに取り組む意志があるかが問われました。Eさんは取り組む意志があることを表明し、まずは社会人として当たり前の暮らしができるよう、規則正しい毎日を送ることを目標として、現在も滞在を続けています。
(後日談:この報告書が作成された2月16日以降も、Eさんは主治医からのアドバイスを素直に受け入れながら自己改善に取り組み続け、ひとつ課題をクリアするごとに違った景色が見えるようになっていくことを体験します。病的症状に浸り部屋にこもって不満を言い続けていた過去の生活よりも、自らの癖を理解してそれを律し、規則正しい生活を送って皆と共に過ごす日々の方がずっと心地よいことを実感し、自分にそれが可能であることに自信を持ったEさんは、3月6日に無事プログラムを卒業し、台湾に帰国しました。後日Eさんの母親より、帰国後Eさんは規則正しい生活を送って仕事にも行けるようになり、薬は全く服用せずに生き生きとした日々を送っていることが報告されました。)

2月1日にOさん、2日にRさん、6日にSさんが、それぞれにオリジナルな滞在プログラムを終了し、人生の新たな段階へ向けて旅立っていきました。
3週間でプログラムを卒業したOさんは、短い滞在の間に様々なアップダウンを体験し、その度に大きく感情が揺れ動いて落ち込むこともありました。それを何とか理屈で解釈して解決しようとするのですが、その理屈自体が自身の主観的感情に囚われた視点に基づいているため、考えれば考えるほど視野が狭まり行き詰まっていくOさんに、主治医は、囚われた視点から一歩引いて眺めてみる心の余裕を持つことの大切さを伝えました。実際にそうしてみると、何とかしようと必死にもがいていた時には見えなかった景色が見えてきて心がずっと軽くなることを体感したOさんは、自分がそれまでいかに自滅型の思考を回し続けていたかを自覚し、新しい世界はどこか遠いところではなく、すぐ隣りにあるのだと気づいたのでした。
行き詰まりがあったからこそ、新しい世界に出会うことができた ──── その体験を経て、Oさんは、それまでシュタイナー学校で教えられてきた「全ては善きことのためにある」とはどういうことなのかがずっとわからなかったけれど、今は以前よりもその意味がわかるようになったと、出発前日に皆の前で語りました。自分はここに来たことで想像以上に成長したこと、そしてこれからは学んだことを日常の中で実践する日々が始まること、道のりは長いけれど、ここで得た教訓を胸に前進し続け、いつか「人生の真の意味」を掴みたい、と語ったOさん。当初はSさんやMさんと同じように正解を求めて主治医に質問をし続けていましたが、自らの足で歩むことの大切さに気づき、滞在最終日の主治医との面談では、もう質問が湧くことはありませんでした。そんなOさんに、主治医は「こうすれば良いというマニュアルはないけれど、もしも一つだけ、どうしたらよいかということを伝えるとしたら」と前置きした上で、以下のことを伝えました。
「どんな時も、逃げずに、人生の中で出会う一つひとつの現象と向き合うこと。それを正確に観て、そこから学んで、恐れずに進み続けること。教科書という固定された枠の中ではなく、一瞬一瞬の現象を新鮮に体験しながら自分オリジナルの学びを続けることが、生きることの意味なのです。」

出発を翌日に控え、寂しさを感じてもいたOさんでしたが、帰国後も行き詰まったり或いは成長を感じたりすることがあったら、これからも日記を書いて送ってきても良いことを伝えられて安心し、最後はとても晴れやかな笑顔でした。面談後に書かれた滞在最後の日記は、以下の言葉で締めくくられていました。
「家に帰ってからの生活はこことは全く違うものになるけれど、この短い3週間と、そこで築いたすべての繋がりを、心から大切に思っています。これからそれがどれほどの影響をもたらすのかはまだ分かりませんが、きっと小さくはないはずです。ここへ来て、皆さんと出会えたことに感謝します。このプロジェクトに一緒に取り組んでくれた主治医とサポーターに感謝します。迷わずこのプロジェクトを選んだ過去の自分に、そしてここに来る機会を与えてくれた宇宙に感謝します。
そして、木の花ファミリーとのこの絆を永遠に保ち続けたいと願っています。またね!」

現代は、一見何事もないかのように見える人々の多くが、心を病んでいます。そしてその病んだ心が、社会の闇に繋がっています。そのような中で本プログラムを提供することの意義について、主治医は以下のように語りました。
「私が人々に伝えているのは、人間が本来の地球的役割に目覚めるということです。人間が地球に現れるずっと以前より、この地球物語は始まっています。では、宇宙はなぜ、地球という星を誕生させたのか。そしてそこになぜ、人類というひとつの種を降ろしたのか。その物語の中の出来事を通して、この星に今このような形で存在する人間は、被創造物として何を求められているのか。それを紐解いていくことが、これから人間が地球上に存在していく上で、重要になると思います。現代の世界情勢を観ると、人間はその回答を差し迫られていると思うのです。
人間が地球生命としての本来の生き方に目覚めることは、人々が流れよく無駄のない、そして争わない人生を生きることに繋がります。一人ひとりが真に健全な人生を生きることが、地球を健全にするのです。自然療法プログラムとは、一人ひとりを健康にすることで地球全体が健康になる、地球健全化プログラムなのです。」

 


人生の大切な扉を開いた 〜 ワンホーの自然療法プログラム体験記

2023年6月、1人の香港人男性が自然療法プログラムを卒業しました。
彼の名前はワンホー。当初は3日間の滞在予定のゲストとしてファミリーを訪れた彼は、不思議な「宇宙の流れ」によって自然療法プログラム(通称ケア滞在)を受けることになり、1ヶ月半以上の滞在を経て、人生の新たな扉を開くこととなりました。

香港へ帰る日の朝、成田空港での搭乗直前に、ワンホーがファミリーに送ったメッセージには、以下のように書かれていました。
「この2ヶ月間は、経験においても、感情においても、信じられないほど豊かでした。まるで夢のようですが、夢ではありません。こんなにも美しい夢に出会えるなんて、僕はなんて幸運なんだろう?それが事実なのだから、その夢を広げ、夢は本当に現実になるんだということを、みんなに伝えていこう。」

そんなワンホーの体験記を、皆さんにご紹介します。
以下は、自然療法プログラムの卒業コンサートの場で共有された、ケアサポーター(ケア滞在者には、日常生活をサポートするサポーターが付きます)のけいごくんによるケア記録の抜粋と、ワンホー自身の振り返りです。

*この体験記は、「自分の体験がまた新しい誰かの気付きに繋がればいい」というワンホー本人の了承のもと、掲載をさせて頂きました。

卒業コンサートは、大きく変化したワンホーの心の旅を祝福する不思議なエネルギーに溢れていました

 


ワンホーのケアレポート

ケアサポーターより

 
【自然療法プログラムを受けるまでの経緯】

ワンホーが初めて木の花ファミリーを知ったのは、今から約7年前の2016年でした。台湾への旅行中にエコビレッジ会議に参加し、そこで、木の花ファミリーで「1ヶ月間の真学校」を受講した台湾人の文ちゃんが木の花ファミリーについてプレゼンしていたのを聞いたのです。その時に受けた木の花ファミリーの印象はとても強く、いつか自分も訪れてみたいと思ったそうです。

丁度同じころ、故郷の香港で、今彼が住むコミュニティの前身である、持続可能な暮らしの為に活動しているグループに出会いました。彼らは2018年から共に暮らすことを始め、ワンホーもコミュニティの一員としての生活をスタートさせたのでした。

ところが、実際にコミュニティとして共同生活を始めると、メンバー間で様々なトラブルが発生しました。中でもワンホーは、パートナーとの喧嘩も絶えず、自分の正しさを主張して他のメンバーからのアドバイスには耳を傾けないどころか反抗し、どんどん孤独になっていきました。激しい怒りを内面に持ちながら表面的には平静を装い、それでも自らの内に湧き起こるネガティブな感情をコントロールできずに、甘いものを過剰に摂取したり、死にたいと思うことまでありました。

完全に精神的に行き詰りを迎えていたワンホーは、その状態を見た他のメンバーから「休暇を取ってどこかに旅に出たらいい」と勧められましたが、自分が精神的に弱いことを認めたくなかったので「そんなもの必要ない!」と断りました。しかし、その後も苦しさは続き、何かを変化させなければいけないと思った彼は、2023年4月、ついに旅に出ることを決めました。その行き先として選んだのが、かつて「いつか行ってみたい」と思った木の花ファミリーでした。

ファミリーに到着したワンホーは、当初は数日間のゲスト滞在の予定でしたが、とても良く働いて畑や田んぼ作業の大きな助けになったので、すぐにヘルパー滞在に切り替わりました。そしてヘルパーとして2週間滞在している間に、香港での自分の問題をファミリーに共有し、ひょんなことからジイジにも相談することになった彼は、このままヘルパーとして滞在を続けて徐々に学んでいくのか、それとも自然療法プログラムを受けて集中的に自己改善に取り組むのかの選択肢を与えられました。そして一晩考えた彼は、自分の人生の行き詰まりを解決するために、プログラムを受けることに決めました。

ワンホーはファミリーに滞在し、自らの人生を変化させることを選びました

 

【第1週目】

初回面談では、プログラムの「主治医」であるジイジより、このプログラムの目的は、人格を変えることではなくそれを有効に使える術を身につけることであり、それによって自分が健康になることでコミュニティの仲間からも歓迎され、世の中が良くなることに寄与することである、と伝えられました。
また、名前や地球暦から、人格の分析が行われました。ワンホー(19/10二文字陰性、−9)は、思考のキャパシティが大きく受け身である為、自分の理屈を持っているが、それを内に秘めて行動には移さないタイプであること。様々な活動をしているが、それは社会や人の為にやっているというよりも、自分にとって居心地の良い優しい場所を求めていること等が伝えられました。
常に母性や愛を求めるような心があるが、本来、愛とはまず他者に与えること。それによ
って全体の運営に寄与し、結果として自分にとって居心地の良い場所ができるということ。そこはワンホーの課題の一つであることが伝えられました。

また、ワンホーからは、木の花ではファミリーの愛を感じて心が安定した状態でいられるが、香港に帰った後にこの状態を保つことができるだろうか、という先案じの心がシェアされ、それに対して主治医からは以下のようなコメントがありました。
「このプログラムは5月1日という節目の日に始まり、丁度タイミング良く、台湾から日本語の流暢なゲストが来て通訳もできるという、想像を超えた良い流れの中にあることを感じて、楽しみに思っています。結果はやってみないと分からないから、香港に帰った後のことは、その段階にきたら考えましょう。」

そして、過去のよくない思い出や、日々の心の動きを毎日の日記に書くことが、課題として与えられました。

田植えの作業の時に、自分にとって初めての作業でパニックになったこと。自分の植えた稲がちゃんと育たないのではないかと心配する気持ちが湧いてきたこと。キッチンでピザの仕込みをしている時に、他のキッチンスタッフの邪魔になっているのではないかと、思考がグルグルしたこと等を、ワンホーは日記に書きました。また、過去の学校での悪い思い出や、母親との良くない思い出についても振り返りました。

主治医からは以下のようなコメントをもらいました。
「人によってはポジティブに捉えるような出来事も、ネガティブで被害妄想的に受け取ってしまう傾向があります。それは自分の特徴であり、他の人も同じだと捉えてしまっては、改善に向かいません。僕が子供の頃に、自分を変える為にあえて苦手なことに取り組んで克服したように、苦手なことに挑戦し、自分を変えるチャンスと捉えると良いですよ。
(田植えの作業で、上手くやれるか心配でパニックになったということについて)初めての作業で上手くやれないのは当然で、上手くやれるようになる為のチャンスと捉えることができます。過去に出来なかったから今もできないと考える必要はありません。」
「アドバイスとしてはとても簡単なことで、余計なことを考えるのをやめましょうというだけです。いつかあなたがその無駄な思考エネルギーを使わなくなったら、それが自分を超えたということです。」

 

【第2週目】

第1週目を終えた「1週間面談」では、主治医より、ワンホーは思考キャパが大きいが、まだ思考の整理ができていないこと、優先事項から思考していくことで、大切でないことを思考することが無くなり、元々持っている思考キャパを活かすことができることが伝えられました。
ここに来る以前にコミュニティメンバーの意見を聞くことができず、対立が度々起きていたことについて、まずは自分が問題であるということを認め、性格を改めないと、コミュニティではうまくやれないので、ここでトレーニングする必要があるとも伝えられ、ワンホーは、「自分が間違っていたことに最近は気付いてきた。自分を治す意志があるので、トレーニングしていこうと思う」と話しました。
2週間目のテーマとして、「自分に足りないのはどういう所かを考え、理解する」ことがあげられました 。ところがその直後に、ワンホーは日記の中で「それを人に与える努力をする」と述べており、主治医から以下のように伝えられました。「これからの課題はまず、自分に足りないものは何かを考え、理解すること。それを人に与えられるようになるのはまだ先の話なのに、もうそれを目標にしているということは、実態以上に背伸びをしようとする傾向が現れています。そのように無理をするから、理想と実態の間にギャップが生まれ、矛盾が生じるのです。まずは今の段階でやるべきことを一つずつやっていき、その結果、最終的には人に与えられるようになることが、このプログラム終了時の目標です。」

ある日の日記には、母親から愛されていないと思うようになるきっかけとなった出来事が書かれていました。子どもの頃の家族旅行で、ワンホーは檻の中の猿に引っ張られ、両親に助けられましたが、その時に母親が何度も大声でワンホーを叱りました。本当は慰めて欲しかったというワンホーは、この出来事をきっかけに「自分は母に愛されていない」「父は好きだけど母は嫌い」という思いを持ったとのことでした。それに対し主治医は、以下のようにコメントしました。
「今だからこそ冷静に考えるべきなのは、誰かに叱られるということは、『自分は不当な扱いを受けた』ということと同時に、『そのような扱いをされるに相応しい自分であった』ということを、同等に観ていくことが必要だということです。自分に特化して物を考えるのではなく、自分が受けた印象と、相手の立場から見た視点、さらには、もっと広い視野から見た視点を、同等に捉えて物事を見ることが大切です。それによって、偏った感情はなくなっていきます。同じような出来事が繰り返されるとしたら、そこには必ず、共通したあなた自身の傾向があります。繰り返し起きることから学び、訓練をしていきましょう。」

別の日の日記には、中学生の時の初デートを母親に台無しにされた経験が書かれていました。ワンホーの中では、その出来事が、母親に対する怒りや恥ずかしかった記憶として残っていましたが、主治医からは、その件について以下のようなコメントがありました。
「僕があなたの立場だったら、まず母親に対しては、母親の立場を理解して対応します。それでも母親が理解を示さなければ、それは無視して、彼女との恋愛を進めていくことに希望を見出すでしょう。そして、その彼女との思い出は、今も良い思い出として僕の中に残っていることでしょう。そこに、母親に対する怒りは何も残りません。そのように、物事はその都度学んでポジティブに卒業していけば、人生全体が薔薇色でとても良いものになります。あなたは、なんてもったいないことをするのか。僕だったらもっといい思い出にしますよ。そして次の世代の人たちに話して聞かせてあげます。恋愛はこうやってするんだよ、と。」

このような主治医とのやり取りを通して、徐々に自分の思考の癖や客観的な見方を学び、両親に対する捉え方も修正されていったワンホーは、日々の作業でも余計な思考を廻すのではなく、どうしたら全体がスムーズに流れるかを意識して取り組むようになっていきました。

日々の作業を通して心を見つめるワンホー

 

【第3週目】

プログラム14日目。香港のコミュニティに自分がいないことで他のメンバーに負担がかかっているから、そろそろ帰らないといけない、という考えがワンホー湧いてきたタイミングで、「2週間面談」が行われました。主治医からは以下の様に話されました。
「香港のコミュニティで自分が必要とされているから早く帰るべきと思うという話があったが、話を聞くと、本当に帰る必要があるのか明快なやり取りがされていない事が分かり、それでは相手側の状況とあなたの話が違っている可能性があります。そのような通りの悪いコミュニケーションが問題事の原因にもなっていると言えます。」
「香港のコミュニティメンバーから、あなたは精神的に落ち着いてきたからそろそろ帰って来たらどうかと伝えられたようですが、本質的には、あなたはまだ変わってはいません。今は木の花の空気の中にいるから落ち着いた状態でいられるものの、本質が変わっていない状態で香港に帰ると、また元に戻ってしまうことが予想されます。最も効率的で良い方法は、あなたがしっかり変化した状態で帰ることです。そうすれば、コミュニティのメンバーやパートナーとの関係も、過去のトラウマも、そして日々起こる様々な出来事の解決にもつながります。」
「その為には、思考を廻すのではなく、直観力が必要です。そして古い自分を覚悟をもって切り捨てることによって、新しい自分に出会うことができます。それはあなたにとって苦手なことでもありますが、大切なのは、あなた自身がどうしたいかという意志なのです。」
同時に、自分のことを知ることは徐々にできてきたが、自分の執着(心のクセ)を手放すことがまだできていないこと、そして、しばしば母親に対するネガティブな思い出に本人が言及することから、その状態の自分をまだ卒業できていないことが伝えられました。そして「清水寺から飛び降りる」覚悟をもって、思い切って自分を壊していく(手放していく)ことが大事だという話があり、3週間目以降の課題として、より真剣に自分と向き合っていくことがあげられました。

次の日の日記でワンホーは、面談で伝えられた自分の性質を振り返り、自分の言葉で再分析しました。主治医からは以下のコメントがありました。「今日の日記からは、自分の正確な位置を素直に受け取り、表現しているということが感じられます。やはり物事は、『正直』『素直』『信じる』を実践することで、流れがよくなり、正しい捉え方ができるようになります。そういった素直なものを今日の日記から感じることができたということは、あなたが一歩前に進んだということかな、と思います。」

また、ワンホーは、ちょうど時を同じくして木の花ファミリーに滞在していた糖尿病のゲストと自分の父親を重ねて見ていることがあり、それについて主治医から以下のように伝えられました。
「それは父親への執着とも言えます。そのような心があると、正しくものを観ることができません。より広くて客観的な視点を身につける必要がありますが、精神的濁りを取り除いていくと、自然とその意識が湧いてきます。」
その後、ワンホーはその言葉を心に留めるように生活し、より客観的な考え方を自分に取り入れるよう日々意識をしていました。そして前向きに生活を送ることを続け、日記の内容からも、自分の振り返りと決意が力強く書かれるようになりました。3週間面談の前日に、主治医からは以下のようなコメントがありました。
「日記の内容に逞しさを感じます。あとは、それがどれほど定着しているかという確認が必要ですが、それは日々の生活の中に結果として表れていくものです。そのためには、ここに今しばらく居て学ぶも良し、香港に帰り、それがどれほど定着しているか確認するも良し。どうするかは、あなたの意思に任せます。考えてみてください。」

 

【第4週目】

5月22日の「3週間面談」にて、主治医より「最近、日記の精度が上がってきました。それが、日常に反映されていくことが重要です。また、他者からの評価よりも自分自身の心をいつも確認できることが大切です」と伝えられました。
本人より、6月2日にここを出発するというプランが出され、主治医からは「オッケー!5月1日という節目の日にこのプログラムが始まり、1か月間の区切りでそれを終えて新たなスタートを切るというのは、良い流れと言えます」と返事があり、5月いっぱいで自然療法プログラムを卒業し、香港に帰ることが決まりました。そして、「残りの滞在期間は、もう一度今まで学んだことを確認し、確かなものにして旅立ってください」と伝えられました。
ワンホーは、香港のコミュニティメンバー達にもプログラムの進捗状況を報告し続けていました。日に日に変化していくワンホーからの報告を受けて、香港のメンバー達にもまた変化があり、当初の悪化していた関係性に改善が見られ、ワンホーからは、今後も香港のメンバーを木の花に滞在させるなど、コミュニティ同士の交流を続けていきたい旨が話されました。主治医からは、社会を良くしようとする人たちは皆仲間であるという話があり、今後も交流を図っていくことが確認されました。そして「卒業&いってらっしゃいコンサート」を6月1日に行うことが決まりました。

様々な活動に積極的に参加

その後もワンホーは、畑、お茶刈り、パン作り、五平味噌作り、そして養蜂等、様々な作業に意欲的に取り組みました。かつては疲れやすかったそうですが、今は自分でも驚く程にエネルギーが湧いてくるようになったと言います。

ある日の日記には、同じ時期にヘルパーとしてここに滞在し兄弟のように仲良くなったTくんと、人間が生きることの意味を探究する重要なトピックについて長い時間二人で話したということが書かれており、主治医から以下のコメントをもらいました。
「今日の日記の中で語られていることは、本当は二人だけで語り合うにはもったいないことです。そういったことを、外に向けてオープンにして、人々や世の中の精神的発展につなげていくことが大切です。あなた方は、せっかくそのような段階に到達したのならば、それを世の中のために活かすことを最優先にして生きることを勧めます。気が合うがゆえに、二人の中だけで物事を完結させてしまう傾向があり、自分の中の満足に浸る傾向が、どちらにも見られるということです。そこを越えていく必要があります。」

次の日の日記でワンホーは、大切な話の内容を二人に留めるのではなく、社会の為に活かしていく意志があることを書き、主治医からは以下のコメントがありました。「日記の文面から、あなたの明解なる意志を感じます。精神にスイッチが入り、自分の中から湧き出す状態になって来たなと感じ取れます。」

その直後、早速、社会の為に活かす場面が訪れます。
木の花へ中国からの訪問者が相次いで訪れることになり、日本語と中国語の通訳を担当する予定だった台湾人のゲストが体調不良になったことで、急きょファミリーメンバーが日本語と英語、そしてワンホーが英語と中国語の通訳をするという、ダブル通訳の役割を担うこととなりました。

まず初めに5人の中国人グループが訪れ、木の花ファミリーの暮らしにとても共鳴していたので、より深い話をするためにジイジと座談会をすることになりました。しかしこのグループは、その暮らしの背後にある広い世界観を受け入れる準備がまだできていなかった様子で、話題が政治的な内容に触れた途端に不安を感じ始め、座談会を途中で切り上げることになりました。
その場に通訳として参加していたワンホーは、彼らの意識を開放的にすることは難しいと感じました。そして翌日、養蜂の作業でジイジと一緒になった際に、「新しい時代の課題の 1 つは、おそらく昨晩のようなゲストにどのように対処し、そういった人々をどうやって正しい道に導くかだろう」と語りました。ジイジからは「一番大切なのは、まずコミュニティの中で調和のとれた生活を送り、他の人の参考になる生き方の模範を示すこと。そうすれば、適切な人材やものが自然と引き寄せられてきます」という話がありました。
その日の大人ミーティングで、ジイジは以下のように語りました。「このプログラムを通して、ワンホーが目覚め始めています。明日もまた別の中国人グループがやって来ますが、そこには何か大きな流れがあることが感じられます。ワンホーと兄弟のようだったTくんも、再びここに戻って来て自然療法プログラムを受けることを決めましたが、それはワンホーの変化の過程を見てきたからです。ワンホーは、人がこのように変われるという良い見本になっています。」

自身の卒業コンサートでも、同席した中国人ゲストのために通訳をしました

翌日、新たな中国人グループが訪れ、ワンホーは再び通訳を担うことになりました。このグループはファミリーの世界観に強い関心と探究心を示し、ワンホーはジイジと彼らとの対談で非常に重要な話題を通訳することになりました。そんなワンホーの様子を見て、ジイジは言いました。「滞在の最後の仕上げとして、ワンホーの自覚が育てられている。」

こうして、ワンホーは丁度1か月という期間で、自然療法プログラムを卒業することになりました。人生の中で間違いなく最大のターニングポイントとなったこの滞在は、個人の改善という枠を超えて、これからの世の中の為に大切な1か月となりました。
これから、香港のコミュニティで、ここで学んだことを活かし、広く世の中の為に生きていく意志を持って、ワンホーは木の花ファミリーを旅立ちます。これからもこの心を広げる仲間として、コミュニティ同士で交流したり、共に歩んでいけることを心から楽しみにしています。
ワンホー、卒業おめでとうございます!

ケアレポートが共有された後、スタンディングオベーションが起こりました
「主治医」のジイジともハグ!

 


その後、ワンホーは以下の手紙を読み上げました。


 

卒業に寄せて

「この星の上で」という曲は、僕の過去から現在までの人生と、これから向かっていくべき道を示してくれています。

木の花ファミリーに来る以前の僕は、混乱と絶望と現実逃避でいっぱいで、常に愛を求め、自分の居場所を探し続けていました。ここへ来て、人生の大切な扉を開けた気がします。自分自身の無知、妄想、悩み、苦しみ、そしてトラウマの全てが、この旅に出る引き金となりました。その答えを求めて、僕はここへ辿り着いたのです。

当初は3日間の体験のつもりでした。ところが、不思議な宇宙の流れによって、最終的には1ヶ月半の滞在となりました。ここでこんなにもたくさんの愛と力を与えられるとは、思いもしませんでした。僕は、自分の思考パターンに問題があることを知っています。最初は、ここのメンバー達の迷惑になるのではないかと心配していました。せめて一生懸命働いて、少しでもみんなの役に立とうと思っていました。

興味深いのは、ここのメンバーが香港のメンバーよりも更に忙しいとは予想していなかったことです。ここの人達と比べると、自分は不十分だと感じます。同時に、ここの人達は親切で謙虚で、あらゆる面で僕を気遣ってくれました。僕はここで、自分の家族や友人からよりもさらに大きな温もりを感じました。ここで生まれる生命エネルギーが僕の壁を突き破り、今は、信じられないほど幸運だと感じています。

ジイジとの初めての面談で、ジイジは僕の性格と問題点をすぐに見抜き、僕自身に変わる意思があるかどうかの重要性について話してくれました。そして、たくさんの有益な助言をしてくれました。その後、ジイジは僕に、自然療法プログラムに参加するか、ヘルパーとして滞在しながら徐々に自分を発見して改善していくかの選択肢を与え、僕はどうするか決めるのに1日かかりました。僕は自分が、越えることができないたくさんのエゴの問題を抱え、強すぎる自尊心や被害妄想、自分を正しいと思う心があることを知っていました。そして客観的な視点が欠けていました。自分だけで取り組んでも改善は遅くなりそうなので、この時間を有効に使って自分を変えることを学びたいと思い、自然療法プログラムを受けることを決めました。

この1ヶ月間、僕は毎日日記を書き続け、ジイジがそれにコメントを返してくれました。毎日ジイジと会話しているような気持ちで、少しずつ自分が紐解かれていきました。

日が経つにつれて、変化しようという意志が大きくなっていきます。自分の持てる限りの能力を使って自己分析し、生まれ変わりたいと願うのです。みんなと共にいて、足並みを揃え、意識を合わせたい。そんな望みと意志の力は以前の自分にはなかったものであり、それが自分自身の強さになっていることに、少しずつ気付いていきました。

ここには、僕が学ぶべき側面がたくさんあります。自分自身や他のメンバー達の仕事の状態を観察したり、子どもミーティングや大人ミーティングに参加して様々なメンバーの体験を理解したりすることで、それが気付きになっていることがわかりました。ここを訪れるゲスト達との会話からも大切なメッセージを受け取り、そのタイミングはまさに「遅くもなく早くもない、然るべき時」でした。麗静とアテンとの出会い。与えることをためらわないというテーマを共有してくれたソニア。人類が論ずるに値する多くの話題をもたらしたタロウ。今この瞬間に焦点を当てるビンドゥー。それぞれに異なる中国人のゲスト達 ———— その全てに、僕が学ぶべきものがあります。

一方、時を同じくして、香港のメンバー達も日々変化し続けていることを、電話でのやりとりを通して感じました。自分の中の障害物(不要な思考)を手放していくことで、以前は感じることができなかった彼らから僕への愛や力に、徐々に気付き始めたのです。

僕はここで、全体に貢献することによってもたらされる力を、初めて感じました。それは、互いを信じ、支え合い、貢献し合う場であり、一体感と共通の意識に満ちています。そこでは、すべての行動に意味があると感じられます。

先へ進み、香港に戻ってからも、もう僕の進むべき道が曇ることはありません。ここにいるメンバーの一人ひとりに、自分たちがどれほど素晴らしく大きな影響力を持っているかを知ってもらいたいと、心から思っています。人と人とのつながりがどれほど温かいものになれるのか、魂がどれほど美しくなれるのかを教えてくれる、たくさんの瞬間がありました。僕は善意の力に目覚め、その響きを、皆さん全員にお還ししたい。その共鳴が、僕たちがひとつになることで生まれる力と融合して波紋のように広がり、より多くの生命に影響を与え続けることができますように。

無限なる私たちに、無限なる感謝を。

この振り返りを書きながら、僕は既に、たくさんの涙を流しました。

 

「人生の大切な扉を開いた」というワンホーの、新たな人生が始まります

 


「絶え間なく不幸」な人生から、愛することを学びたい ~ ビビアンの自然療法体験記

ビビアンは、カナダで企業会計士として働くコロンビア人女性です。ファミリーメンバーのゆうちゃんが8年前にカナダへ留学した時からの友人で、ゆうちゃんを通じて木の花ファミリーを知ったビビアンは、「絶え間なく不幸で、自分の中に怒りがある」という自らの人生を変えるために、木の花ファミリーへ自然療法プログラム(通称ケア滞在)を受けにやって来ました。
滞在予定は2ヶ月弱でしたが、1ヶ月でプログラムの卒業に至ったビビアン。以下、ケアサポーターとしてプログラムのサポートを担当したゆうちゃん(以下ゆうこ)がまとめた、ビビアンのケア滞在記をご紹介します。

 

ビビアンのケア滞在記

【出会い】
ビビアンの自然療法プログラムの振り返りを始める前に少し、私たちの出会いについて紹介します。
私は2014年1月にカナダのカルガリーに行き、語学学校でビビアンと友人になりました。ビビアンはその前年に旦那さんの転勤のため、カルガリーで暮らし始め、カナダに知り合いもおらず、旦那さんは仕事で忙しかったので、寂しく落ち込むことが多かったようです。

留学中のビビアン(左)とゆうこ(中央)

私達は違うクラスでしたが、同じ学校の共通の友人であるブラジル人の女性を通じて知り合いました。私達3人は同い年で、みな結婚しており、すぐに仲良くなりました。ビビアンは私と同じ職業だったので、私はとても親しみを感じており、何度か家に遊びに行きました。その後私はカナダの違う場所に旅に出るのですが、出発当日はバスターミナルまで、ビビアンと、ビビアンの旦那さんが車で送ってくれました。

ジイジと愛ちゃんと蓮池にて

昨年の8月、ビビアンから久しぶりに連絡がありました。その際に私は、ジイジと愛ちゃんと3人で蓮池で撮った写真を送り、私がコミュニティに住んでいること、離婚したが今は精神的な家族がいて幸せであることを伝えたところ、ビビアンからは、是非その蓮池を見たいということと、木の花ファミリーのホームページを見て、自然療法プログラムを受けたいというメッセージがありました。
コロナ禍のため、日本の国境はしばらく閉鎖されていましたが、4月に待ちに待った国境の閉鎖が解かれ、ビビアンはこちらに来る手続きを開始しました。日本に6月20日に到着し、2か月弱の木の花ファミリーでの滞在が始まりました。

【ケア滞在の目的】
ビビアンがケア滞在の目的として申込書に書いていたのは次の通りでした。

私は絶え間なく不幸で、一日の中で感情の起伏があります。私は、自分の家族や私自身を含む人生の中で、様々な経験をしました。そしていまだに悪い経験を持ち続けており、怒りが自分の中にあります。私は過去にあった不公平な経験やすべての悲しみに恨みを持っています。私は自分自身から離れて、受入れ、許し、そして誰を愛し助けるべきかを自身で選択することなく愛するということを学びたいです。
私はこの世界、私の夫、私の家族との関係、そしてもっと大事な自分自身との関係性を改善したいと思っています。

 

ケア前面談 6月21日

日本に到着し、木の花ファミリーへやって来たビビアンは、まずジイジと面談し、以下のことを伝えられました。
「あなたは自分の個性をうまく使えていません。あなたのことを詳しく知るために、出来るだけ毎日日記を書き、過去について振り返り、子供のころからの良いことと悪いことを両方、思い出深いものを書いてください。
時差ぼけ(時差15時間)があるので、まずはリラックスしてこの生活に慣れましょう。今後は一週間に一度面談を行う予定です。滞在中は、出来るだけ木の花ファミリーの文化に触れるようにしましょう。」

 

ケア初日 6月22日

  • 養蜂場にて
    ビビアンは木の花ファミリーに来る前には、小麦粉やとうもろこしなどを食べると消化が悪くお腹が張ってしまうので、食べることを避けていました。しかし、木の花ファミリーで自家栽培した無農薬の小麦粉を使ったお菓子やとうもろこしを食べても、まったくお腹が張らず、次の日になっても何も症状が現れずに美味しく食べられたとのこと。施設見学で養蜂場を訪れた際に、そのことをジイジに伝えると、ジイジは「それはあなたが新しい環境になって心が前向きになっているからです」と言いました。「農産物は、それを作っている人の心や響きがとても影響します。例えば、お金が目的になるとその響きが農産物に乗るので、私達は心を綺麗にすることを一番にしています。畑を耕す前に、心を耕すことをずっと伝えてきました。」
    ビビアンが「どうやったら心を綺麗にすることが出来るのですか?」と質問すると、ジイジは「まずは正直になり、良いことも悪いことも正直に表現して、結果を受け取ることです」と伝えました。
    「全てのものは、響きを持っています。例えばある人が部屋に入るとそこが明るくなったり、ある人が入ると暗くなったりするのも、その人が持つ響きなのです。ですから、良い響きを発する人になることが大事で、そのために正直であることが大切なのです。」
  • 夜の面談にて
    カタカムナ、冥王星の周期が示す世代、地球暦などの観点から、ジイジによるビビアンの人格の読み解きが行われました。
  • カタカムナ
    ビビアンという名前を、「ビビ」と「アン」という、性質が異なる2つのものに大きく分けます。「ビビ」という響きは、ネガティブに他者と比べたり、恐怖を感じやすい性質があります。2つ「ビ」が重なっているので、それは強調されます。そして同時に、「アン」という高次の意識が混在しています。そこで、ネガティブな考えを認識し、自己コントロールして、高次の響きの方へ意識を向けていく必要があります。その2つの性質の間にはギャップがあって、対立しているので、生きるのが辛くなるのです。
    自分からネガティブを発することで、物事に困ることになります。出会う人や出来事は、あなたが発しているものの鏡としての役割を果たしており、あなたの人間性を表現することに協力しているのです。あなたは、人生のプログラムとしては難しいものを持ってきています。しかし、もしそれを克服したら、それはやりがいがあるものになります。「ア」という音に意識を向けていきましょう。
  • 世代
    冥王星の周期が示す世代の特徴

    あなたはさそり座世代という、新しい価値をもたらそうとする世代です。古い価値観に囚われず自分らしく生きようとするのですが、そこで迷う世代でもあります。意思は強いが明快なビジョンが湧かず、自分らしく生きたいがどうやってよいか分からない世代です。あなたの現在の状態はそれが当てはまるので、宇宙からすると、順調に進んでいるということです。

  • 地球暦
    あなたが生まれた時の太陽系の惑星配置を観ると、水星と金星が関連して一緒に働いています。水星は直観の星、金星は愛やデリカシーの星です。これは、あなたは考えるよりも直観で好き嫌いを感じる人であることを示しています。あなたの地球暦の中で一番柱になるのは、木星と海王星の絡みです。あなたには、沢山の人と関わりたい、そして精神性を高めたいという目的があります。

以上のような読み解きの後、ジイジは「リラックスしてリニューアルしたあなたになることが観えるので、そのためにも、今までのことを日記に書いてください」とビビアンに伝えました。

 

1週間目 6月22日~28日

ゆうこと市内見学に出かけるビビアン

ファミリーでの滞在をスタートしたビビアンは、表面的には穏やかに振る舞っていても、心の中では周りの人々がどう思うかを気にかけ、周囲の状況に過剰に反応していました。日記には、このままの自分で良いのか、良くなるにはどうしたらよいのかと、たくさんジイジに質問をしていました。

〈日記より〉*赤字は、日記に対するジイジからのコメントです。
お気付きかどうかわかりませんが、私は過度に謝るところがあります。ご覧になりましたか?これで大丈夫でしょうか?私の食べ物のことさえも、あなた方は受け入れてくれます(食べられないものが多くあるビビアンのために特別なメニューを用意すること)が、時々、こんなことをあなた方にお願いしてはいけないのではないかと思うことがあります。私は世話をしてもらうだけの価値があるのでしょうか?

その様に自分の考え方で結論を出さず、まずは正直に自分の内にある想いを出してみて下さい。それで良い場合もあれば、その考えを改める必要があることもあります。そのようにして、人は新たな自分へと変化することが出来ます。


私はとても繊細な人で、他の人の行動や動きに簡単に影響されます。ですから、むしろ自分の欲求を隠して誰かの邪魔をしないようにします。


そのように隠していることによって、よりその状態を継続させることになっていますから、自分の考えの中に結論を閉じ込めないで、出していきましょう。この挑戦は、これからのあなたにとても大切なものとなります。


まずは自分自身の物事の捉え方、考え方をシンプルにする必要があります。つまり、自分自身について振り返ること。それは、あなた自身の捉え方、考え方にどんな特徴や癖があるのか、それを客観的に捉え、知ることです。そうでないと、あなたはいつもどんな問題に対しても、今までの考え方、捉え方で判断していくことになりますから、それでは同じような結論に至り、あなた自身の成長にはなりません。それは、あなたにとって難しい事かもしれませんが、あなたの人間性の枠を広げるためにも、避けてはいけないことです。
まず、今回の取り組みの目的は、あなたが今まで体験してきた色々なネガティブな出来事が、あなたを成長させるために重要なものであるという気づきを得ることです。そういった気づきがあなたに生まれ、今まであなたに起きてきたことに対して、感謝の心が湧き出してくるようであれば、症状は自ずと軽減され、そして消えていくことでしょう。要は、こういった症状はメンタル的な症状だという事です。私は、今までの取り組みの中で、このような事例には沢山出会っています。そこであなたの事例について特徴的なことは、あなたはこのハードルを超えることによって、大きな人生の転機を迎えるだろうということです。そういったことが、私に感じられるから、私もこの取り組みの結果が楽しみです。時間は少しかかりますが、大切なことですから、丁寧に進めていきましょう。

また、ウェルカムコンサートの開催と総合プレゼンテーションを受けたビビアンには、新たな気づきがありました。

日記より〉
昨日、木の花ファミリーのプレゼンテーションを受けました。コミュニティ自体の解説と、人間が生きるべきあらゆる分野(精神的、社会的、経済的など)においてコミュニティがどのように持続可能であるかということに加え、私が毎日目にする調和的な生活の中で人々が互いをどのように気遣い、それぞれの能力がどのように評価され、コミュニティがどれほど柔軟で互いを理解し合っているかということに驚き、感銘を受けました。

私もあなたとの出会いに、単なる縁があった短期間のものではなく、未来を見通してこれからの繋がりが始まることを感じています。


私のこのコミュニティへのつながりと価値観はゆうこが伝えてくれていたよりもさらに深くなり、私の奥深くにいる自分が、木の花ファミリーを探していたことがわかりました。

過去5年間の浮き沈みを振り返ると、直感が私をここに導いてくれたことがはっきりとわかります。どうしたら、物質性だけに焦点を当てノートパソコンの奴隷となる生活を生きられるのか。どうしたら、他者のことを気遣ったり振り返ったりする時間のない生活に専念できるのか。なぜこの世界は、私たちが人間として真に何者であるかを気にすることなく、職業人として機械のように貢献することで評価され、常に競争し続ける場所であるのか。
このコミュニティの価値観を見た今、私は、真の人間が存在すること、私たちは私たち自身になれるということを理解できます。

あなたのこの記述を読んで、あなたの今までの人生の出来事(どちらかというとネガティブなものをあなたにもたらしていた)があなたに目覚め(真実)を促していることが感じられます。おめでとう!


今、自分の過去を振り返り、私には癒しが必要な傷があり、それは人として成長するために必要なこととして私に起きたのだと認識し、過去の経験を振り返るほど、自分がなぜ今ここにいるのかをより理解できるようになりました。出来事がなぜ自分に起きたのかを振り返ることで、私はそこから学ぶ必要があることを見付け始めました。


私もそのことをあなたに気づいてもらうことが、あなたに提供するべきことだと考えていました。

ジイジからは、まずはどちらかというとネガティブな過去を振り返ろうというアドバイスがありました。

  • 6月28日 1週間面談 
    ビビアンは自身の過去のトラウマを日記に綴り、その内容が面談でシェアされました。それに対してのジイジのアドバイスは下記の通りです。
〈ジイジからのコメント〉
そういったことは誰に限らず、その出来事にどこかの時点で区切りをつけて、何らかの結論につなげることにより、超えられるものです。その何らかの結論は、実は何でもよいのです。あなたの心が、その過去の出来事をいつまで引きずっていくのかということに対して、けじめをつける時が来れば、今現在そのネガティブな経験が継続しているわけではないということと、そのことにより、あなた自身が汚れたわけではないということが、事実であることがわかります。

今までのようなあなたの過去に対する解釈が続く限り、あなたは一生、その精神性を維持していくことになります。賢明な判断をしてください。簡単に言えば、スケールの大きな人になることです。

また、面談の冒頭では「徳」の話がされました。徳がある人は物事の流れが良く、ルールを守らなくても大目に見てもらえたりする一方で、徳がない人はいくらきっちりやっても何かクレームがついたりして良い流れにならない、ということが伝えられ、徳を積むことの重要性が確認されました。
そして次の週からの目標として、「客観的な視点を持つ」「感情的にならない」「世界観を広げる」「道理が通った考え方をする」ということが提示されました。

〈面談翌日の日記より〉
私は、思考と昨夜の面談の後に思ったことで目が覚めました。

その思ったこととは、毎日私に起こることを認識し、意識することから、この旅を始めようということです。私の経験を引き起こすのは私自身であるならば、私は具体的に自分が何をしているのかを見たいです。
私は近ごろ、そのことに焦点を当てることを目指しており、判断せずに注意深く物事を読み取る方法を学ぶ必要があります。気を散らすと集中力が失われる可能性があるため、このプロセスには時間がかかるであろうことを私は知っています。このアプローチから始めることで、少しずつ変化を実現することが可能になると信じています。私はこのプロセスを急いで行いたいとは思いません。

昨日の面談で伝えましたが、客観的視点を持つこと、感情的にならないこと、世界観を広げること、物事の道理に沿った理に適った考え方、行動をすることを優先して心がけていくことをお勧めします。

この面談を受けて、第2週目からのビビアンは客観的に自分自身を見ることを始めました。

 

2週間目 6月29日~7月5日

ファミリーの農作業などにも徐々に参加し始めます

ある日の夕食時、ファミリーメンバーで名前に濁点を持つ潤三君、敬悟君と話をしていたビビアンは、濁点を持つ人々は、新しいものに直面したときや、誰かに自分の心を公開するときなどに恐怖心があるという共通点を発見しました。
同時に、潤三君が色々な役割(鶏の世話・醤油作り・ロータスランド・鍼灸など)が出来るのは、色々なことに興味を持つ濁点の特徴を良い方向に活かしているということも理解しました。

〈この日の日記へのジイジのコメント〉
同じような共通点を持つ人と出逢うことによって、よい出来事に出会うより、どちらかというと思考がネガティブな発想や行動に繋がることが発見できることがあります。それは逆に、その特徴をポジティブに活かしていくための知恵を得るチャンスでもあります。互いに慰め合うのではなく、励まし合い成長していくことに繋げると、良い人間関係に発展していきます。
  • 7月1日 ターニングポイント 日本語学校の件
    ビビアンがゆうこに、時間があるのでオンラインの日本語の教室を受けたいと話したところ、ゆうこから、木の花にいるならここに来ないとできないこと、例えばどこか興味があるところへ手伝いに行く等したらどうか、日本語を習うよりも、前回ジイジからも話があったように、ケア期間中なので心に向き合うことを最優先にしたらどうかということが伝えられました。
    午後になり、そのことを振り返ったビビアンは、自分の空気が悪かったと思ったので、それについて話したいとゆうこに申し出ました。ビビアンは当初、日本語を学びたいのに出来ないなんて不公平だと思っていたのですが、他の視点から観てみると、ゆうこに伝えられたことはその通りだと思い、日本語のレッスンを受けずに、日常の中で日本語を習えばいいと思った、と言いました。そして作業も、通訳がいないと出来ないと躊躇していたのですが、身振り手振りでなんとか自分で意思疎通をしていけばいいと思った、と話しました。
    ゆうこはジイジの話として、優先順位一番を一番にすること、そうすれば良い流れが生まれること、また、優先順位が低いものをやるのは欲であることを伝えました。するとビビアンはとてもスッキリした表情になり、爽やかにありがとう!と言いました。この件から、ビビアンの表情が明るくなっていきました。
〈日記より この件についての振り返り〉
これは私にとって重要な気付きを意味しました。今、私は過去に同じことをしてきたことがわかります。物理的な必要性と欲求が私の最優先事項であったために、自らの精神的な道と成長の重要性を無視しました。

過去にあったそういった事例(無意識に発生するあなたの癖)について、冷静に振り返ってみることは、あなた自身のこれからの成長にとても役立ちます。

この経験を生かして、自分のニーズや欲求を満たすことなく、日々の流れに沿って進んでいきたいと思います。たとえば、自分に集中できなくなるくらい作業で忙しくするということです。

「忙しくする」という事の意味を、常にチェックする必要があります。「忙しい」というのは、するべきことの優先順位を忘れ、複数のことを同時に抱え込む心のことです。そういった時こそ、冷静に、今一番必要なことは何かという優先順位をつけて、やるべきことを粛々とこなしていけば、「忙しい」というプレッシャーを感じずに突破できるものです。そうすることで結果的に流れも良くなります。沢山あることをいっぺんに抱え込んで考えると、確実に流れは悪くなります。

その2日後、お弁当を詰める作業を手伝ったビビアンは、その時のことを以下のように日記に綴りました。

〈日記より〉
今朝、お弁当を詰めていた時、私は自分に割り当てられた仕事に集中しました。その時、私は自分がそこに何も感情を入れていないことに気づきました。私はただ、私がするように頼まれたことをやり、何か他に手伝えそうなものを見付けた時には、それを手伝うことができました。私は、他の人は何を考えているのか、何か批判するだろうかと、自らに問いかけることをしませんでした。私は、結果を予測するのを止めることを学んでいます。

考えすぎたり、自分にはできないと感じることで、自分の心が自分自身を裏切ってしまいたくなる瞬間が何度かありましたが、そういう時には辛抱強く自分の思考をやり過ごし、やるべき作業に集中しました。この取り組みによって私の気分は良くなり、自身のエネルギーと意識をそこに注ぐことでスムーズに進むことを実感できました。

難しい言葉で表現することも、それから決まった仕組みの様に何かを解決していこうとすることも、自らの考えを先に結果に載せてしまうことになるので、結果すら所有することになります。その場合、まだ何も起きていないのに、何が起きるのかについて前もって悩まなければならないことにもなります。これは人間だけの特徴ですが、そういった感情や精神状態を持っている人間はスマートに生きることは出来ません。現代社会もそういった落とし穴にはまっている状態です。多くの人がそこから抜け出ることは、日常のものごとを少ないエネルギーで進め、感情も穏やかで豊かな日々を送ることに繋がります。

それは一人の為のことのようですが、そういった爽やかな日々を送る人々が増えれば、社会が良くなっていくことにつながります。私はそれをとても大切に思い、この活動をしていますが、あなたも自分一人分の日々を健康にすることにより、世の中をよくする運動に参加してください。今日の日記を読んで、この先が更に楽しみになりました。
  • 7月5日 2週間面談 
    ジイジより次の事が語られました。
    「あなたはこのプログラムの取り組みに熱心で、よい成果が出ていますので、人格を理解するという今回のプログラムの取り組みは4週間で終わり、その後は精神性を高めるようなプレゼンを行います。今日はちょうど折り返し地点です。今までは、自身が発していたネガティブを題材として学んできましたが、それを超えて、毎日の日記や人や出来事、ニュース、世情について、どのようにポジティブにそれを学んでいくかということに、これから取り組んでいきます。その後、プレゼンを通して世界観を広げ、大事なことを伝えられる人になります。
    その後カナダに帰って遠く離れても、それは遠くにいる意味があるということです。近くにいるには近くにいる意味があり、それはどちらも大事な役割なのです。」

 

3週間目 7月6日~12日 変化

カナダ土産のメイプルシロップで皆んなにスイーツを作りました

この週は活動的で、キッチンでスイーツや卵料理の試作を行ったり、ちらし寿司の盛り付けを手伝ったり、醤油のかい入れを体験したり、商品の出荷のお手伝いなどを行いました。日々色々なことに、ありがとう、という気持ちが湧き始めます。

  • 7月10日 ターニングポイント キッチン事件
    キッチンで、とうもろこしを洗う作業を手伝いましたが、洗うことしか指示されていなかったので、虫食いの部分が取り除かれていませんでした。作業の指示をした三保さんはバーズ体操をするためにいなくなり、ビビアンが一人でとうもろこしを洗っていました。みさちゃんが、そのことに対して無責任であると三保さんに伝えましたが、三保さんはまったく受け取らずにいたので、みさちゃんが頭にきてしまい、言い争いになりました。ビビアンは言葉が分からず、唯一分かったのは、自分の名前がその言い争いの中に出てくることでした。
    夕食時にビビアンはとても暗い顔をしていて、いつもよりトーンが落ちていました。ビビアンはゆうこに、今日の午後の出来事について時間があるときに話したい、と伝えました。
    翌日は養蜂隊と朝霧高原の養蜂場へ行き、ジイジと話したり、自然の中でリフレッシュして、すっかりキッチンでの出来事を忘れて楽しみました。その日の日記には、前日のキッチンでの出来事から自分の至らない点(わからないことをすぐに聞かない癖)を把握し、それを変えていく決意と出来事への感謝が書かれていました。サポーターのゆうこが大人ミーティングで一連の出来事をシェアし、そのことはビビアンにとても大きな学びになりました。起きた出来事をみんなで振り返り、次に活かしていく学びの場があることにビビアンは驚き、とても感銘を受けていました。
〈日記より〉
山に登り、頂上に到達しようとする過程で、私にとって最も重要なことの一つは、その歩みの一歩一歩が励ましであり、調和的で、他の人に刺激をもたらすものだということです。ここ(この山)での旅の間、私は日々の生活の中でのこれらの経験を通じて、あなた方みんなから気付きや事例を得ています。そしていつか私自身が、外にいる多くの人々の気付きになるであろうことを知っています。

素晴らしい!この大いなる喜びへの道は、より多くの人と共にあることにより、さらに喜びが深まり、そして私たちに真の豊かさをもたらすことでしょう。いつでもどこでも一緒にやっていきましょう。
  • 7月12日 3週間面談 
    ジイジからは、カタカムナの観点から以下のことが伝えられました。
    「物事が観える目(芽)が出始めています。それを明快にするためにこの旅があること、そしてその可能性を目覚めさせることが大事です。今までのあなたは、“ビビ”という濁りが強くネガティブな性質でしたが、自分自身の濁りを理解することで、“ビビ”は本来の音である“ヒヒ”となります。“ヒ”は始まりの音ですから、それは再スタートを意味します。」
    また、カタカムナの観点から“アイ”についての紐解きもありました。この世界のあらゆる現象は全て“アイ”から生まれており、今までの全ての良くない経験も、ここに繋がったことも、全てが神様の愛であるということを確認しました。
    第4週目の課題として、日記には全てを素直にそのまま書くが、捉え方をポジティブにするというテーマが与えられました。4週間が終わったら、日本語の勉強も解禁(日本語の勉強はカタカムナの理解にも繋がるので)とし、色々な精神的な世界を探求していくことも出来ると伝えられました。

 

4週間目 7月13日~19日 変容

皆んなと一緒に落花生を収穫

新型コロナウィルスの感染が拡大する中、ビビアンは片頭痛や喉の痛みなどがあったため、念のため簡易的に隔離されることになりました。この週はほとんど部屋で過ごすか一人で散歩に行き、片頭痛や頭痛が続きました。この期間はサポーターともあまり話すことがありませんでしたが、サポーターから見たビビアンの印象は良く、さなぎから蝶になる前のぐっと内に籠る期間のように感じられました。

〈日記より〉
おそらく、今日はあまり表現することがありません。私は、浮かんでくる思いに囚われることなく、ただそれを浮かび上がらせ、手放していくことで、何ら努力することなく心を静かに保とうとしています。
私は、穏やかで目覚めた状態であることを選び、何の期待もしません。今言えることは、この状態でいることは、私に平和とやすらぎをもたらすということです。鳥の歌声やコオロギの鳴き声、人々の笑い声や話し声、車の行き交う音が聞こえ、私は自分自身の体を感じ、呼吸によって上下するお腹や、キーボードに触れている指を感じることができます。私は、今現在の全てに集中しています。
今この瞬間を生きることは、人生がもたらす如何なる状況にも対処できる道具を、私に与えてくれました。そしてそれこそが、私の求めていたものです。
私は、自分が望む経験の中で生きることを選びました。それは、自分がどうなるかということを手放すことで、宇宙が私にもたらしてくれる愛、平和、幸せ、思いやり、健康に沿い、宇宙と繋がって生きることです。

その安定した精神状態にいつもいられるとは限りません。しかし、一度その世界に入ってしまえば、例えどんな状態が訪れようとも、またその安定した精神の場所に戻って来れます。だから、生きること(今を楽しむ)をエンジョイしてください。OK?

  • 7月19日 4週間面談 自然療法プログラム終了
    この最後の一週間の隔離は、自分の内に集中する一週間として良いタイミングでもたらされ、とても喜ばしいものだと思っている、ということがジイジから伝えられました。不要な考えがなく、今存在していることに集中できていることで、感じ方が以前と異なっています。プログラム終了後の残りの滞在期間は、精神的な学びをさらに深めるためのプレゼンを行うことになりました。
〈プログラム最終日の日記〉
今朝、私は起きて、ここで過ごした4週間のことを思い出していました。
私は、今の自分と日本に来た日のビビアンの違いについて見て取ることが出来ます。私は、日記を書くことを通じて、あなたが教えてくれたことをどのように学んできたかが分かります。私は今までに見たことのない異なる性格の自分自身を発見することが出来ています。そして、愛と共感する能力を捨てることなく、感情をコントロールするためのキャパシティがあります。それは人類、動物、自然、そして宇宙の全てに対するものです。

それは、あなたが今まで歩んできた、あなたにとってネガティブだったものも含めた歩みが、あなたにその目覚めを促していたのです。

私は、どんな苦労の背後にも、そこには学ぶ機会があるということを認識する力を磨くことに取り組んでいます。それは最終的に、私の過去からのすべての学びを受け入れ、許すことを選び、私を今現在のような人にするものでした。
さらに、ここでの私の経験は、幸せになるために物理的なものは必要ないということを認識して味わい、心から感謝することを可能にしました。ここでは誰も、競争したり、自分を良く見せようとしたりはしません。私は人間の本来の姿を見出し、一生懸命働くことやメンバー達の献身を通じて、自分もこのコミュニティの一部なのだということを感じています。あなた方みんなとの暮らしは、私に、正直であるとはどういうことなのかを見せてくれました。そして、自らの心を開くことが、常に私が私自身であることを許し、振り返り、変化し、宇宙からさらに多くの祝福を受けることを可能にするということを示してくれました。
私は、ここでの経験が、私に心を開く鍵を与えてくれたことを書き留めておきます。そして、ここで過ごした数週間に感謝しています。私は私が求めていた以上に多くの事をいただき、本当に感謝しています!
私は、今現在も変化し続けるビビアンです。私は、あなた方全員から受け取ったものによって、そしてもちろん、私の全存在を通して人生が私に与えてくれたすべての経験によって、より力強いものとなった私の旅を続けます。どうもありがとうございます。

そのように、天は地上に降ろした人間の魂に目覚めてほしいのだと思います。それは、天が人々と共に地上を創るビジョンを持っているからです。それは、すべての始まりからあったビジョンです。今、人類の歩みは、その道からして極めて途上の様ですが、あなたがこことの出会いで得た学び方を人々が会得すれば、今現在山のように、そして溢れるようにある地球規模の問題ごとは、いともたやすく解決されることでしょう。そのことに目覚めた人々は、夜明けが近いことを知っています。何はともあれ、あなたの今回の取り組みがとても良い答えを得たことを大変喜ばしいことと思います。ありがとうございます。感謝。

 

その後もビビアンは滞在を続け、世界観を広げるためのプレゼンテーションを受けながら、日々様々な経験をしました。

夏休み中の子ども達と一緒に、長野県の大町ビレッジにも行きました

そして8月1日、ビビアンの自然療法プログラム卒業コンサートが開かれました。

ビビアンの卒業コンサート
お祝いのデザートのプレゼント

コンサートでは、木の花楽団から歌のプレゼントがあり、ビビアンはみんなの前で以下の手紙を読み上げました。

卒業に寄せて

木の花ファミリーでの55日間の滞在を経て、私は新しい人になったと言えることを誇りに思います。過去の傷は癒され、私の人生は変化しました。私がここで過ごした時間は、気付きと愛は今までも、そしてこれからも、永遠に私のパートナーであるという新たな視点から世界を観ることを助ける、完全なる経験を意味しました。私はジイジからの賢明で本質的な導きを受け、それはメンバー一人ひとりからのサポートや気遣い、愛、そして寛大さによって、さらに力強いものとなりました。

毎日、あなた方一人一人から予期せぬサプライズがあり、それが私の日々を特別なものにしてくれました。一人一人からの英語での言葉がけや挨拶、ハグ、美味しくて栄養豊富な食べ物、とても珍しい酵素ジュース、キッチンの知恵、本や写真のシェア、畑での時間、私のために特別に作ってくれるロータスランドの食事、清潔な服、温かいお風呂、必要な時に与えられる自然の薬、会話、鍼治療、英語教室、正確で的確な通訳、笑顔、猫、ウェルカムコンサートの演奏、私が食べた一つひとつの果物、居心地の良い日本の伝統的な風呂、一人一人の気遣いや、あなた方の仕事に対する貢献から、私は多くのことを学びました。

多くの思い出がありますが、それを書くにはスペースや時間が足りません。それでもなお、私は木の花ファミリーのみなさんに、ここはまるで不思議の国で、世界にインスピレーションをもたらす場所であることを知ってもらいたいです。私が体験したように、全ての人に桃源郷に住む機会があることを願います。このファミリーは、私がこれまでの全人生の中で受け取ったよりもさらに多くの愛と思いやりを与えてくれました。そして私は、そのことに永遠に感謝します。

私のここでの時間は終わりを迎えますが、私の心の中には、私が愛し、そして永遠に忘れない100人のメンバーからなる新しい家族がいます。私の魂を輝かせ、そして私の日々を幸せにしてくれて、ありがとう!

ビビアンの魂の旅はこれからも続きます

 


「わかっている」だけから「やっている」人生へ ~ よしてるくん、2度目の自然療法プログラムに挑戦

41歳のよしてるくんが自然療法プログラムを受け始めたのは、先日自然療法プログラムを卒業したエニーがプログラムをスタートさせたのと同日である、6月6日のことでした。今回は、それから1ヶ月後に卒業を迎えたよしてるくんが卒業コンサートで発表した「ケア滞在記」と、ケアコーディネーターがまとめた「よしてるくんのケア物語」、そして「ジイジからよしてるくんに贈られたメッセージ」をご紹介します。


 

よしてるくんのケア滞在記

私が初めて木の花ファミリーを訪れたのは、今から13年前のことでした。その後、何度かここを訪れ、4年前には1回目の自然療法プログラムを受けました。1ヶ月後、ケアは終了し、そのままここの仮メンバーになり、ここで1年弱を過ごしました。しかし、自分と向き合うことにやる気を無くし、メンバーを辞め、ここを去りました。

ここを去った後の最初の1年間、私は知的障碍者の社会生活や就業支援の指導員として働きました。心も体も不安定だった私は、この1年で自分は指導する側の人間ではなくて、指導される側の人間だと気付きました。

そして私はその事業所を辞め、発達障害(ASD)の認定を受け、それから1年間、専門のカウンセラーの元、その改善に取り組みました。そこでの取り組みは、脳機能を含めた肉体改善が主体の取り組みでした。その取り組みの中で、穏やかに安定して生きていくには、やはり考え方をどうにかしないとダメだと気付きました。

そして私は仏教に出会い、それまでの肉体改善主体の取り組みを辞め、仏教組織に通い、経典を読み、瞑想を習うようになりました。可能性を感じ、それなりに心の落ち着きは得たものの、経典通りには進められず、根本的なところの改善には届きませんでした。

根本的なところというのは、自己中心的な心、傲慢な心、慢心し怠ける心、そして思考ですべてを処理していくこと。

その取り組みは、一人だけの取り組みでもあり、一人だけではしっかりと取り組めず、根本的なところの問題を残したままでした。

そんな中、これからは自分の人生とそこにある責任は全部自分のものだから、自分で背負って生きていこうと決意することがあり、親からの金銭的な支援をすべて断りました。

ですが、この先、そのように生きていくためには、根本的なところの問題を残したままでは難しいという感覚があり、不安になっていました。そこのところの改善がどうしても必要で、そのためには、しっかりと取り組めるだけの環境と改善に向かうことができる指針のある所が必要でした。

私の知る限り、そういう所は木の花ファミリーしかありませんでした。自分自身のために、プライドを捨て、再びここへ救いを求めることを決心しました。それはちょうど時代の切り替わり、令和元年5月のことでした。

翌月の6月6日、ケア滞在がスタートしました。同じ日に中国人のエニーも、ケア滞在のスタートでした。彼女は私より3日早く卒業しました。そのおかげで自分以外のケア滞在の一連、スタートから卒業までを生で見ることができ、それはとても良い刺激になりました。エニー、ありがとう!

私のケア滞在はちょうど丸1ヶ月で終わりました。今回の2回目のケア滞在の目的は、けじめのつかない自分を卒業すること、道理が分かる人になり、そして分かっているだけの状態からやっている、成っている状態へ進化していくことでした。

滞在中には毎日、起きた出来事とその時々に湧いてきた思いを日記に綴り、主治医のジイジにコメントをもらいました。そのコメントを受け、次の日の取り組む姿勢を決めていきました。

サポーターのヒロッチには、ノートのコメントの解説や日々の取り組み方、その時々の悩みなどの相談に乗ってもらいました。同じ部屋で寝起きし、過ごしてもらえることで、取り組む姿勢を保てたり、気持ちをほぐしてもらえたり、とても助かりました。

この取り組みに必要な環境を作ってくれているメンバー達には、色々と話を聞かせてもらうことも多く、その話から、または一緒に作業をさせてもらうことから、あるいは彼らの日常の様子から、改善のヒントを色々と得ることができました。

ケアスタート時、私はたくさんの思考を回していて、そしてそれをうまく処理できない状態でした。そこでまずは、自分で自分の思考をうまく処理できるように思考を仕分けていくことが最初の課題となりました。

このような自分自身の問題点や課題が、日々起きてくる出来事とそれを読み取るジイジのコメントから次々に現れてきて、そのことに一つ一つ取り組んでいきました。

思いを仕分けることの他には、思考と行動のバランスを取ること、主観的に物事を捉えずに客観的に捉えていくこと、慢心しないこと、意欲を持って日々過ごすこと、自分を超えた者の視点に立ち、世界観を広げていくこと、評価を狙うことを辞めること、上げ底にならずに本音を元に進めていくことがありました。

メンバーや滞在者や子供達、色々な人達と関わることの中で起きてくる出来事を課題に取り組むチャンスにしたり、今の自分の状態を確かめるキッカケにしながら一つ一つ進めていきました。

そのように進めていくうちに、自分自身の主観的な思いやネガティブな響き、周りとの繋がりを無視したあり方が自分にも周りにも負の影響を与えていくことの実感と、客観的に捉え、響き良く、繋がりを意識したあり方が、穏やかで心地良い日常を作り出す実感とが、自然と感じられていきました。

社会情勢や社会問題をテーマにメンバー達が話し合う時間も多くあり、そういった中でも人間の心のあり方やそれぞれが持つ世界観が個人の人生や世の中にどのような影響を与えるかということを学ぶことができました。

不登校がテーマの時は、自分が得しようとするあまり、評価ばかりを気にして不正直に過ごし、家族にも誰にも心を開かず、繋がりを感じられない孤独な世界観の中で生きてきたことを振り返ることができました。そして、自分自身がそうであったからこそ、つまらない苦しみの多いうまくいかない人生が私にもたらされていたことを確認することもできました。

このような話し合いの時には、必ずジイジからの広く高い視点からのコメントがあり、その話を聴くことが私の世界観を広げてくれる助けとなりました。ここで発行されているニューズレターやホームページのブログを読むことも取り組みのひとつとしてありましたが、それも同じように私の世界観を広げてくれる働きをしてくれました。

そのような広い世界観を借り、思いの働きを日常の中で探っていくと、自分自身に起きる問題はすべて自分自身の影響があることが理解されていきました。

本当はすべて繋がっていて、その流れの中に自分もいて、不満も不安も感じようのない優しい世界がここにもある。それを歪めているのは自分自身、人間自身。人間の歪んだ世界観と繋がりを無視した自己中心的な思い。

この場所でたくさんの人達に助けられながら色々な体験をする中で多くのことを学びましたが、私は自分自身の人間性にふさわしく出来事が起こり、自分自身の人間性が自分自身の人生を創っていくことは、ケアに来る前から分かっていました。他を無視して自分本位で生きていくことがどのような結果を生むか分かっていました。

それなのに、それを辞めることができず、ずっと同じことを繰り返していました。

そんな私を見て、ジイジは、もうええかげんにせえよ、と。いつまでも自分だけの世界に囚われていないで、天と共に美しく流れる人生を歩んでいきなさいよと、そうできるように天と私をつなぐ柱をプレゼントしてくれました。

ジイジは私に日の丸のようにさわやかに生きていくことを提案してくれました。自分が存在することで、自分も周りも迷惑しない、物事がうまく運んでみんなに喜んでもらえる。そういうふうに誇りが持てる。そんな人生を生きていく。

私の名前は「慶(よろこ)」ぶに「日の光」と書いて、慶晃(よしてる)です。今まではその意味を日の光を慶ぶ人だと思っていた。でも、これからは、日の光のように存在し、みんなに慶んでもらえる人になっていく。

道理を理解し、今の響きを感じながら、これからどういう響きがやってくるのかを感じながら、そこにある流れを受け、この世界の仕組みと共に、この世界の一部として、そこにある思いを共有しながら、そうやって生きていく。

今日は卒業式だけど、日の丸のように生きていくNEW慶晃に成っていくためのスタート式でもあります。

この卒業式とスタート式を創りあげてくれたみなさま。ジイジ、サポーターのヒロッチ、メンバーのみなさん、関わってくれたみなさん、どうもありがとうございました。

みんなと共にあったこと、みんなと共にあることがとても嬉しいです。これからもどうぞよろしくお願いします。

 


 

よしてるくんのケア物語

41歳のよしてるくんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは、今から13年前のことでした。大学生の頃から社会生活に馴染めず、うつ的で引きこもりがちだったよしてるくんは木の花ファミリーに長期滞在をしたり、いろいろな形で関わってきました。そしてうつ的な状態が悪化してきた2015年1月には1回目の自然療法プログラムを受けました。当時は順調にプログラムが進み、1ヶ月で卒業を迎え、その後よしてるくんは「第1回1ヶ月間の真学校」の受講を経て、木の花ファミリーメンバーとなったのでした。

しかし、自分と向き合う気持ちがなくなったよしてるくんは、その後木の花ファミリーを離れる決断をし、それから連絡が途絶えていたのですが、今年の5月に突然、連絡が入りました。よしてるくんは木の花を離れている間に発達障害や化学物質過敏症と診断されたそうですが、「今後安定して生活し続けられるように精神面を改善したい。ひとりでも向き合えるように、ウソのないように生きることが必要だと思っています。できましたらお力をお貸しいただけないでしょうか」というメールを木の花宛てに送り、再度自然療法プログラムを受けることを決意しました。そして6月6日、木の花ファミリーを再訪し、ケア滞在がスタートしたのです。

ケアスタート面談の際、ジイジからよしてるくんに次のように伝えられました。「今、時代は大きく変わりつつあります。それは、大きく変わりつつあるから時代に置いていかれるということではなく、時代が変わるときには今までなかなかきっかけを掴めなかった人にはチャンスだということです。平穏な時代には一発逆転を狙おうと思ってもなかなかきっかけが掴めないものですが、この世界的大変革の波に乗れば、スイングバイできるチャンスでもあるのです。ですから、まずは健全な社会生活を営むことができる精神状態になるために取り組んでいきましょう。あなたは私から観れば、病気でもなければ、発達障害でもありません。これはあなたの人間性の問題です。前回、あなたは背のびしすぎて、模範生として立派なことを語り、内にある癖が取りきれていなかったのですが、これからそれを個性として活かし有効活用すればいいのです。あなたの問題の発信源は理屈っぽく自らの問題と向き合うことから逃げていることです。それを物事の道理を正していく能力として今後は活かしていきましょう。」それを聞いたよしてるくんは「自分を誤魔化して逃げる癖が自分でもわかりつつやめられないのです」と答えると、ジイジからは「あなたの自浄能力はそこが限界です。そこで現状を突破するために私たちを信頼し、他者の力を借りて、ある意味自らの道理の通らない理屈を打ち負かすことが大切です」と伝えられ、ケア滞在がスタートしたのでした。

まず、ジイジからよしてるくんに与えられた課題は、今までの自分について思うことや日々の心の動きを日記に綴りながら、自らの奥に秘められている悪想念を日記に出していくことでした。ジイジ曰く、「悪想念を浄化するために日記に出していくことを意識し、前向きに取り組めたらいいですね。」そうして、よしてるくんは日中は畑や倉庫、キッチンでの作業に参加しながら、自分と向き合う旅を始めたのでした。

1週間面談の際、ジイジはよしてるくんに次のように伝えました。「今回の取り組みを成功させるためには、この取り組みを成し遂げるという決意が大切です。日記のところどころであなたの理屈先行型の癖が出ていて、それはあなたの個性でもあるのですが、余計な思考でもあるのです。ここ1週間の日記を読んでいたとき、前回の取り組みのときのあなたの日記のことを思い出し、あなたは筆記テストでは良い点を取るのですが、いざ実力となるとからっきしダメなところがあり、そこが一番の問題点なのです。今回のあなたの日記を読んでいると、あなたはいつも自分に負けています。自分に負けるということは、自分の癖・性分が出たときにコントロールできていないということです。しかし、私たちにとって人生の一番大切なテーマは自分に打ち勝ち、優れた人格となることなのです。優れた人格となると、自分の行動以上に事がうまく進むようになります。それは天が味方しているということです。さらに優れた宇宙意識レベルに到達すると、フリーエネルギーで無駄がなく、エネルギーを足さなくても事がなっていくようになるのです。」

それからも、作業に出ながら自分と向き合おうとしていたよしてるくんですが、用事を済ませるために一度東京に戻ったときには、「ひとりになるといろいろと自分の都合でやりたいことが湧いてくる。木の花にいるとまわりのサポートがあって自制しやすいから、今の自分にはここの環境が必要だ」と感じたようでした。

そうして迎えた2週間面談の際、ジイジから、「あなたは一生懸命取り組んでいるようですが、あなたにはまわりに受けることを期待して取り組んでいるところがあるので、意外と変化の手ごたえが少ない印象があります。本当は受けることではなく、自分の変化のために取り組まないといけないのです」と伝えられると、「自分でも良く思われようとして日記を書いていて、その癖が染み付いているのがわかります」と苦笑いしていたよしてるくん。そんなよしてるくんにジイジは、「かっこ悪くても正直にすべてを出したほうが改善は早いのです。良いも悪いもない自分のそのままを書いていくことを癖にしたらいいのです。今のあなたの癖を続けていくと、ある意味自分の人生に問題ごとの種を蒔いていることにもなりますからね。何回もこの取り組みを繰り返すわけにはいかないのですから、今回を最後の取り組みとするだけの決意を持つことが大切です。
この面談の前にエニーと面談したのですが、彼女には『いかに私たちは宇宙人として生きるのかがこれからのあなたのテーマですね』と伝えましたが、あなたの場合は『いかに健全なよしてるとして生きていくのか』がテーマです。しかし、これは紙一重の話なのです。この瞬間に目覚めたら、いきなり宇宙人になれるのですから。つまり、今あなたの意識がどこにあるのかというだけのことなのです。そしてすべてのキーポイントは悟りなのです。たとえば、引きこもりの人が外に出るようになれば『外に出ることはいいことだ』と悟っているのですし、現代人が地球の癌細胞のようなものだと気付き、『一般の生き方ではない、もう少し優れた生き方をしよう』と気付くことも、悟りです。そこから、『自我に囚われていてはいけないから、自我を超越しよう』と決意して生きたならば、それこそそれは菩薩から仏への歩みなのですから、本当の悟りになるのです。いきなり仏の境地に至ることはできないかもしれませんが、いきなり菩薩にはなれるのですよ。
そして、自分にふさわしい至れり尽くせりのことを日々与えられ、そのゆりかごの中で育てられているくらい私たちが配慮されて生かされていることに気付けば、私たちはなんとありがたい世界で生きているのかがわかるのです。そうすると、今まで自分に人から注文をつけられていたと思うことすら、ありがたいことになるのですよ。そして仕舞いにはそういうこともどうでもよくなるのです。それはそういうことが必要な段階にあるからありがたいのであって、実際にこの世界にはありがたいも何もないのです。あるからあるだけのことです。それが、周りの環境や自らの精神に振り回されない安定した状態となり、人間の目指す最終到達地点となるのです。」

この面談以降、この先の生き方に対する目標を明確にし、自分と向き合いコントロールする意欲を継続するために、作業にも参加しながら、ジイジブログやニューズレターを読む時間も意識的に取るようにしていったよしてるくん。よしてるくん曰く、「自分がここに来てどれだけ根本が変わったのかはわからないが、日々自分の思考に飲み込まれて深みにはまるようなことがずいぶんなくなってきたところを観ると、何かしらの変化はあったということなのかと思う。」

そして3週間面談の際、ジイジはよしてるくんに次のように伝えました。「この取り組みは長く続けるものではないので、1ヶ月を区切りにして卒業してもらいたいと思います。あなたは自分の問題点を語ることはできるのですが、あなたの問題はそれを日々語りながら捨てようとしないことです。それを捨てればよいだけのことです。そこに取り組んで、このプロジェクトを終了しましょう。次回までのテーマは区切りをつけることです。不要な思考が出たらそれをさっとその場で消せる人、できれば不要な思考が出ない人になることが最終目標です。」

こうして迎えた4週間面談の際、ジイジからは、「あなたは今まで物事の流れを無視し、自らの理屈で生きてきたことを理解する必要があります。流れは宇宙が創っているのですから、いただきますという精神が必要です。簡単に言うと、人生は神様からいただいて神様にお返しする。生きるということは自分が生きているのではなく、神様にいただいたものなのですから、『あなたの命に従って生きています』という謙虚な心を持つことが大切です。それは自我を捨てることですから高い意識の人となります。そのことを理解し卒業してください。先日卒業したエニーが中国代表だとしたら、あなたは日本代表として日の丸のようにさわやかに卒業し、これからさわやかに生きていってください」と伝えられ、ちょうど1ヶ月でよしてるくんは卒業を迎えたのでした。

卒業する前々日の日記にはこう書かれていました。「蓮池の葉と水面の間の世界を覗いた。地球上にいてもその背景に宇宙が広がり、日常の風景の裏には潜象世界が広がっている。裏と表、上と下、縦と横、手前と奥。意識を広げられた分だけ、繋がりを感じられ、繋がりを感じられた分だけ囚われから離れ、穏やかに過ごせる。」それに対しジイジは、「哲学者になったやないか、お前!有効活用しましょう」とコメントしたのでした。卒業後も木の花ファミリーに滞在しながら、社会復帰に向けて取り組んでいくよしてるくん。これからは「人生学哲学者」として健全で充実した人生を歩んでいってください。まずは卒業おめでとうございます。

 


よしてるくんのケア滞在記とケア物語が読まれた後、ジイジからよしてるくんにメッセージが贈られました。


 

地球を健全にするプロジェクト・自然療法プログラム

最近の傾向として、うつ病や社会生活不適応など、心の病気を抱えている人たちは、木の花ファミリーに自然療法プログラムの問い合わせはするのですが、実際に自然療法プログラムを受ける決断をする人は少ないのです。今年の2月にPさんが自然療法プログラムを卒業して以来、しばらくこのプログラムを受ける人はいませんでした。私は長年このプログラムを提供してきていますから、プログラムの申し込みに波があることを知っています。時代が令和になる前からそういった傾向はありましたが、今、何か流れが変わってきているように感じています。

そのような中、中国人のエニーと日本人のよしてるくんが今回同時期に自然療法プログラムを受けたのです。しかし、私の見解からすると、ふたりとも心の病気ではありませんでした。特に、今日卒業を迎えたよしてるくんは、障碍者認定を国から受けているのです。これは、国の制度が間違っているのか、本人が障碍であることに逃げたのでしょうか。長年、このような人たちの改善に関わってきた私からすると、彼が病気ではないと言えるのです。こういった現象は今、世界中でそうなのでしょう。精神的な病というのは、物理的なものと違って、本人の心の問題なのです。ですから、改善は結局本人の意志にかかっているのです。ところが、現代の医療機関は精神病と言えないような人たちに対しても治療し、お金儲けをしているのです。特に日本の精神医療を観ていると、その傾向が感じられ、それは間違っていると私は思います。お医者さんになった優秀な人たちや、医療システムを提供する国のあり方が間違っている、と私は考えています。

今、世界は資本主義の仕組みの中で、人々は自らの欲に溺れている状態です。それは、自らの欲望を追求する心に振り回されているのです。このように誰もが欲望を満たそうと競争する状態になっていると、同時にそこから落ちこぼれる人たちもたくさん出てくるのです。日本にもこういった問題はたくさんあり、今現在、日本には390万人の精神病患者がいると言われています。それに予備軍も加えると、4000万人に達するとも言われ、現代社会に暗い影を落としています。それは、日本人の3分の1が何らかの精神的問題を抱えていることになるのです。さらに、中国ではこれからこのような傾向がもっと激しくなるのでしょう。それは、現代の人間のあり方が間違っているからです。

そのように考えると、地球を健全にするプロジェクトとは、一人ひとりの人間が本来の生命としての尊い役割に目覚めることです。それを進めることが私の生きる目的であるという意味では、自然療法プログラムを提供することにこれまでエネルギーを使ってきましたし、これからもその志は変わりません。

そのような中、よしてるくんの問題もエニーの問題も、単に個人の問題ではなく、現代の社会の背景から観ると社会問題と言えるのです。こういった現象は、現代社会のひずみや矛盾がもたらしたものだと観ています。物事を広く大きく捉え、そこで社会の問題としてそういった現状を表現しているとしたならば、こういった現代の一人ひとりの問題を解決することは世直しにつながるのです。ですから、よしてるくん一人が健全に人生を生きるということは、それだけ地球が喜ぶのです。

今日、ゲストのAさんが来ていましたね。彼女はとても健康で能力が高く、四ヶ国語を話します。中国語は中国人のペイペイより上手でしたね(みんな、笑。「彼女の日本語は上手」と言うペイペイに対して)それはそうでしょう(みんな、笑)。しかし、私は彼女の華々しい優れた能力の背景に、いつも悩んでいる姿を感じ取りました。それで、通常はしないことなのですが、今日は彼女と話すことを提案し、午後その時間を持ちました。「あなたはこれから何をするのですか?」と質問すると、「今までとても忙しく、今、少し時間ができましたので、これから南フランスの田舎に行って、チーズとお酒を楽しんでこようと思います」と彼女は答えました。そこで私は、「そのことに対してはあなたが求めることですから、何も言いませんが」と言って、注文をつけたのです(みんな、笑)。「あなたはなぜそうするのかわかりますか?」と質問すると、彼女は自分のスケジュールの流れを説明し始めたのです。しかし、なぜフランスまで行ってチーズとお酒を楽しむのかというと、それはストレスが溜まっているからなのです。だから、それを解消したいのですよ、と伝えると、彼女は納得していました。そのように、誰もが無意識に選択する行動の原因を吟味せず、ただ湧いてくる感情やストレスのままに行動しているのです。彼女がフランスへ行って、チーズを食べお酒を飲むことに、地球は喜ばない。それは、私たちが生命であるということから問われる、生命力という意味では、逆の道を進んでいることになるのです。

人間たちは能力が高く、自然のままに生きているといろいろと不便を感じるでしょう?だから、それを改善していくのです。その結果、とても豊かな社会を創りました。これから、さらに究極の豊かさが訪れ、人間が考えるべきことを考えなくてもよくなる時代が来ます。それはAIが考えてくれるような時代が来ると言われているのです。そこで反対に、不便なことをいつも自らの行動に取り込んで生きていけば、人間は常に生命力が強くなります。そうすると、生きることを自分で考え、超えていける力を持つことができます。ところが、それを問題ごとだからといって、人間の高い能力で技術は人間が学習しなければいけない機会を奪い、より便利さを求め、楽な生活(現代はこういった状態を提供することをビジネスチャンスにしている)を実現するための改善を行っていくと、私たちから問題ごとを超えていく能力(生命力)を奪っていくことになるのです。

そのように、近代において、人間の技術革新・進歩は、人間の生命力を奪ってきました。先程のAさんは、どこかで高い意識を求めるために生きている人なのですが、ストレスから来る行動が自分の生命力を奪っていることに気付かず、ストレスに翻弄されている状態です。私は彼女に、「私は縁あってあなたに出会ったのですから、その縁にふさわしくあなたに親切で伝えています」と伝えました。彼女は、そのような物事の捉え方の切り口を初めて知ったのです。彼女は、両親やいろいろな人たちから彼女の生き方について、今までも言われてきたのでしょう。しかし、彼女は能力が高いので、すべて言葉でクリアし、自分の好きなように生きてこられたのです。しかし、そのように生きれば生きるほど、他者の話を聞かないのですから、孤独になっていきます。ストレスを何かで解消すればするほど、ストレスは蓄積していくのです。そして、何かで解消しなければ次に進むことができなくなるのです。これは、多くの人が陥る落とし穴ですね。

エニーはどこか神秘的で優秀な人ですし、よしてるくんは日記を見ると難しい字をさらっと書いていました。「あなた、すごいね!」と伝えると、「携帯で調べながら書いていました(笑)」と言っていました(みんな、笑)。でも、日記の内容はとてもしっかりとしているのです。前回のケアのときでもそうでした。よしてるくんは前回ケアを受けた後、よしてるくんの日記と私のコメントのやりとりが心の問答集としてホームページに掲載されたのです。しかし、結果挫折しました。つまり、良いことを書いて点数は得られても、それが実力にはならない。表面的に言葉で良いことばかりを語り、それに溺れ、自らの実力にしないのですから、先程から皆さんに伝えている要領の悪い人間の代表のようなものです。

よしてるくんは今回2度目の挑戦ですが、そういった不要なことはできたら一度もやらないでいたいものです。一度もやらなくても、物事をスムーズに行うためには、自分に向き合って逃げないことです。そして堂々と歩んでいく姿勢があったときに、不要なことをやらず、効率の良い人生を歩むことが可能になります。

今日はよしてるくんの卒業ですから、私は彼に伝えているようですが、実は彼をひとつの視点にして、その後ろにいる現代社会を生きる人々に伝えているのです。現代医療は彼のような人たちを食い物にしてきました。社会はそのような問題をこの世界にたくさん出しておきながら、解決するどころか、それをビジネスチャンスとしているのです。そういった現代社会の矛盾をひも解き、行き詰っている人たちが本当の原因を悟ることができれば、自ずとその行き詰まりは解決できるのです。ですから、ここで一番伝えたいことは、こういった医療機関では不可能な改善が、ここでは可能なのです。こういった現象のことを、一般社会では奇跡と呼びます。お医者さんでは不可能なことが可能となるのです。しかし、これは奇跡ではありません。物事の道理です。当たり前に人のあるべき方向性を考え、そのように進んだら、問題ごとには出会いません。ですから、何かに突き当たっても、逃げないで自分と向き合ってください。そういったとき、人はみんな、インチキをしている自分を知っているのです。自然の生き物は、生きることが真剣ですから絶対に誤魔化しません。しかし、人間は誤魔化して、たとえば学校に行きたくないとなったら、頭が痛くなったりして、器用に症状我発症するのです。

現代の人々が考えている豊かさや善意は、私たちに問題ごとの原因を与えていることになるのです。ですから、私たちも含め世の中の人すべてが、心を入れ替えないといけない時代が来たのです。先日卒業したエニーには、「今までのケア卒業生の中でもっとも高い意識で卒業する人です」と伝えましたが、よしてるくんには面談の中で悟りの話に触れていました。私たちは人間ですが、目覚めれば菩薩になれるのです。仏になるのは簡単にはなれません。菩薩の精神を継続し、その高い精神状態の延長に死を迎えることで、仏への道が開かれるのです。

よしてるくんは、三度目の正直とならないように。今後はしばらく木の花ファミリーで長期滞在をしながら、将来の方向性を探っていく予定です。ですから、以前とは違うよしてるくんになったと思います。彼には「人生学・哲学者」という称号を与えました。それは、生きることの意味を学習し論じる人のことです。よしてるくんは言葉を並べるのは得意なのですから(よしてるくん、苦笑)、健全な人生学を語れる人になってもらいたいと思います。

生きることは、私たちに託された「宇宙実験」です。これまで、私たち人間は欲望を満たすために獲得することによって幸せを得ようとしてきました。しかし、過去にも現在にも、地球上にそのような生命はいません。現代の物理的偏重の歴史は有史以来6500年と言われています。たった6500年のここまでの歴史は、人間に託された、言わば「宇宙実験」のようなものだったのです。人間が自らの欲しいものを獲得して何を得るのかというと、自我満足、つまり自我の欠乏を満たしているだけのことなのです。ところが、自我を満たせば満たすほど、自我は膨らんでいきます。その実態がようやく観えてきたとき――、人間の高い能力を、美しい法則のままに生きている他の生命のように活かして、地球を生きなさい。そのように人々が地球上で生きたとき、私たち人間は、天が生命の中でももっとも高い存在として地球に降ろした目的を達成するのです。これが、地上に理想郷を創ること、つまり地上天国の実現なのです。そして、私たちのささやかな日常の中に、そのことが託されています。

それが、人間として生きることの最上の喜びなのです。