パティの自然療法プログラム体験記 ~ 人生を方向転換させるのに遅すぎることはない!

アメリカ人のパティ(仮名)が長年のうつ病と不安神経症を克服するため、木の花ファミリーを初めて訪れたのは2017年9月のことでした。それから1年4ヶ月を経て2019年1月に再訪し、自然療法プログラムを6週間受けた後、見事卒業に至ったパティの卒業コンサートが2月16日に開かれました。その中で、パティは木の花ファミリーメンバーに次のような「自然療法プログラム体験記」をシェアしました。


 

パティの自然療法プログラム体験記

私が皆さんと共にここで生活している間経験出来たことをお伝えするこの機会をいただけたことをたいへん嬉しく思います。木の花ファミリーに来る前、私の世界はずっとずっと小さくなり、感情的にマヒ状態近くにまで至りました。これは真剣にスピリチュアルそしてセラピー的取り組みをしてきたにもかかわらずです。
私はアメリカに住んでいます。70歳で、結婚しており、20代の子どもがふたりいます。長年私には教授としての経歴があります。木の花ファミリーにたどりついたのは、北米で発刊されている「コミュニティ」という雑誌に掲載されていた記事を読んだからであり、ここには私にとって何か大切なものがあるとすぐに気付きました。
木の花ファミリーに到着したとき、私の人生における現在進行中の苦痛の主なる原因は、結婚に関するうつ病と不安神経症でした。私の夫はたいへん親切で、思いやりがあるにもかかわらず、彼と感情的につながることは難しいと思っています。ジイジが伝えてくれたように、夫は私にとって天からの素晴らしいメッセンジャーです。というのも、私たちの違いは私が子どもの頃、ずっと以前に培ってきた多くのネガティブな傾向に気付かせてくれたからです。
私の両親は愛情を持って私を育てようと最善を尽くしてきたにもかかわらず、彼らは若い頃、ふたりとも重大なトラウマに苦しみました。両親の結婚における深刻な困難は、私の子ども時代が安心感や幸せと共になかったことを意味します。事実、私は世界に対して極度に用心深い姿勢を培ってきました。私が8歳のとき、妹が医療的問題と共に生まれてからは、特に危険にさらされているように感じ、何年もの間経験してきたいくつもの病気の中で最初の病気に陥りました。病気のいくつかはかなり深刻なものであり、通常私がどう対応したらいいのかわからない状況に直面すると、病気が発生しました。
家庭内には私の人生にとってのスピリチュアルな側面がなかったので、私が助けやガイダンスを得るために頼ることが出来る天の力のような気付きは持っていませんでした。私は自分の知性を活かし、一生懸命働き、結婚しなくても経済的安心を得られるよう良い経歴を持つことを勧められました。事実、私自身や世界全体に対して多くのネガティブな思考をもたらす完璧主義の人格を形成しながら、人生を歩んできました。やがて私は大学の教授になりましたが、なお不安神経症やうつ病によって非常に苦しみました。その後、30年ぐらい前に結婚し、私自身の子ども時代の多くのテーマと似ている家族生活を始めたのです。
私の健康上の問題もあって、15年ぐらい前に私は退職し、私の精神的・物理的状況を改善するための努力が始まりました。幸運なことに、スピリチュアルヒーラーに出会う機会があり、物理的・精神的健康とスピリチュアルな健康の関係性について気付かされました。ここからスピリチュアルヒーリングの長い探求が始まり、今日私を木の花ファミリーまでいざなってきたのです。
ここに来る前、私の自我が経歴の中で成功を「得る」ことは私に幸せをもたらさないだろうことは長い間気付いていましたが、私はもがいていました。私はより広い世界の役に立ちたいという強いサービス精神望を持っていたのでしょうが、私の精神状態がたいへん不安定だったため、私を「崩壊」させるような感情的危機をずっと持ち続けてきました。私のエネルギーのほとんどは私自身を前に進め、家事をし、家族の面倒をみるために使われてきました。わたしはかろうじて生きていたという感覚を持っていました。
もちろん、私の残りの家族もまた、私の現在進行中のうつ病と不安神経症の結果として問題を経験してきました。
基本的に、私が子どもの頃両親からの注目を集めるために病気を利用してきたのと同じように、私が存在し続けるためには家族からの助けを必要とする愛情を求めている人として、自分自身を位置づけてきました。もちろん、私の家族が私の人生の多くの責任を引き受けてきた事実は、それぞれの意志に沿った彼ら自身の人生を生きることをたいへん難しくさせてきました。

私がここに滞在している間木の花ファミリーが私に提供してくれたものは、異なるビジョンです。どのように精神的に自立した存在として生きるかというビジョンです。私がそう出来るとき、私の家族もそれぞれの才能を表現するためのより良い機会を持つでしょうし、自立して生きていくだろうと私は信じています。
私自身の精神的自立に向けてのこの歩みによって、私は人生において初めて他者を一貫して、かつ真に大事にし始めることでしょう。というのも、私は私自身の人生を生きがいのあるものにするために他者を「必要」としないからです。もちろん、家族内のこうした変化は「世界を救う」ことにはなりませんが、私にとっては精神的成熟という方向への重要な一歩なのです。

70年間違う生き方をしてきた私は、どうしたらそのような巨大な変化をもたらすことを願うことが出来るのでしょうか?それは、人生における安全のもうひとつの源を見つけ、信じることを誓ってきたことによって決まるのだと思います。私はここ木の花にいる間、この方向へ巨大な歩みを進めてきました。この理由のひとつはジイジが私と共有してくれた教えのいくつかのおかげです。他の理由としては、このコミュニティがどのように機能するのかを私が感じることが出来たからです。
例えば、私の人生における困難の本当の原因は私の子ども時代のトラウマ的な出来事等なのではなく、そうしたことを霊的な成長への招待というよりも「不幸の元凶」とみなす私の傾向が原因だったのだと気付きました。ジイジが私にたいへんたくさんの「真実味がある」ことを伝えてきてくれたからこそ、そして木の花ファミリーの努力がいかに成功を収めてきているのかを観ることが出来たからこそ、私が必要なことをするときには天が作動し私の努力をサポートしてくれるというジイジが提案してくれた安心感を信じることを決めたのでした。言い換えれば、もし私がダンスに参加するのであれば、天は私と一緒にこの道でダンスをしてくれる善意あるパートナーであることを信じる勇気が必要なだけなのです。
こうした機会を掴むことが私にとって難しかったひとつの原因は、私が対処してきた問題が私には大きすぎて自分ひとりでは対処できないように思ってきたからです。私の心はそうしたことを解決するための方法を探すことが出来ませんでした。しかし、ジイジと陽子が私に繰り返し思い出させてくれたように、私ひとりで問題すべてを解決する必要はなく、私の現在の視点から解決のためのすべての道を知る必要はないのです。事実、これは不可能なことです。なぜなら、私には必要とされる能力や精神的視点を「まだ」持っていないからです。しかし、私のダンスパートナーが私と一緒になることを信じられるならば、私は最初のステップを踏み出す勇気を持つことが出来るのです。最初のステップの後、続くダンスは少しずつ明快になってくることでしょう。ジイジが伝えてくれたように、心の余裕があれば、今は見えない多くの可能性が見えてくるのです。私はこうした考え方にある言外の意味を深く心に刻みました。これは私にとって重要な驚くべき事実であり、私がここに滞在している間コミュニティの中で何度もこうしたことが展開されてきたことを観てきました。
「ステップアップ」し、私自身の人生の責任を持つために具体的な行動を取るというこうしたチャレンジに加え、ジイジは70歳という年齢の私にまだ開かれている可能性について多くの励ましを与えてくれました。それは私の古い人格を捨て最初からやり直す必要があるということではありません。過去に私にとって問題だった私の性分という側面でさえ(私の慎重さや敏感さのような)、私の家族だけではなくより広い世界に貢献するために有効活用することが出来るのです。
事実、私の人生においてこうした方向転換をするのに遅すぎることはなく、今まで私の苦しみに使われてきたエネルギーのすべてはその方向が変われば、良きことのためにたいへんパワフルなものになれるとジイジは私に自信を与えてくれました。これは私にとっては計り知れないほどの励ましです。
もちろん、アメリカに戻れば、ここで得ることが出来たものを持ち続けるというチャレンジに直面することでしょう。突然すべての物事が簡単になるとは思っていませんが、他者の目から見れば、私の存在価値や私自身の人生を探し求めるという中毒を捨てるために、基本的に必要なものを受け取ったように心から感じています。こうした変化の多くは、ジイジや陽子と話す機会を得てきたことすべてのおかげです。しかし、こうしたことの大部分は単に知性で受け取ったというよりも、私が「体験」してきたことによるのです。そして私のスピリチュアルな人生を振り返ると、これは私が読んできた多くの本よりもずっと、試金石として私と共にあり続ける思いがけない経験なのです。
私と共にあるであろう経験の多くは、木の花ファミリーメンバーを観察し、交流し、もしくはただ彼らの間で「浮かんでいる」結果、私にやってきました。個人のメンバー、そしてコミュニティ全体から発せられる穏やかさ、誠実さそして博愛のレベルを誇張することは不可能です。こうした環境で生活しながら、人は博愛を「期待」するようになることが出来ますし、こうした期待の中で生活することはたいへんパワフルな体験です。
こうしたことすべてのおかげで、ここでの生活のペースはティク・ナット・ハンの「決してあせらず」という歌にあるように、たいへん落ち着いていて、予測どおりで、安心させるようなのです。これは日常的に不安(良い場合)やパニック(悪い場合)を自分で発生させることに慣れている私のような人々にとって、心からの癒しです。
ここでの6週間という滞在の間、こうした「生命体」の一部として、「動揺」するまでもっと時間がかかるように、そして動揺がより急速に自然に収まるように、より容易いレベルで私の神経系を「リセット」させてもらえる特権を与えられてきたように感じています。また、おそらくゲストにとって愛と共に育てられ調理された非常に新鮮でオーガニックの食事にポジティブに反応しないことは生理的に不可能なことでしょう。こうしたことは私の「骨」の中で持ち帰ることを期待する自然療法プログラムの恩恵です。
私が何度も目にしてきた、もうひとつの素晴らしい体験の贈り物は、現状が何であれ、ここで目に見えて疲れている人たちの「ただ前進し続ける」意欲です。もちろん、「物事は起きる」のですが、ここでは一般的に、人生というものは、「ショーは続けないといけない」という原理に従っているようなのです。日常生活に潜在するこうした共有の安定性を持つことは、宇宙で孤立している感覚を持つ人々にとっては心から安心させるものです。メンバーにとってこうしたことに貢献していることを知ることはたいへんな喜びであるに違いありません。
私がアメリカに戻ってからどのような生活になるのかはわかりませんが、私は自分の生活を今までとは違う意識に持っていくだろうことは知っています。すでに私は自分の内なる会話が落ち着いてきていることに気付いています。未だ私の心の中には、恐れ、支配しようとする人格の側面が機能していることは知っていますが、彼女に対して以前より慈悲心を持ち、彼女のガイダンスに従わなければいけないという必要性は薄れてきています。私の感情的状態は未だ左右に揺れますが、揺れは以前より極端ではなく、より早く収まります。
今週、上海から英語を話すゲストが訪れ、私は自分のビフォー&アフターの変化を感じる良い機会を得ました。木の花ファミリーの英語の広報活動キャンペーンを行うひとりの地元の人として、私の自我がすぐに飛び上がり、その存在価値を築き上げることを求めました。何週もの間、私は木の花ファミリーメンバーからこのような自我に出会ってこなかったことに突然気付きました。誰も私に強い影響を与えようともコントロールしようとも、もしくは私から何かを受けようともしないようでした。その代わりに、彼らはただ私にオープンで、喜んで助けようとし、どのような形であれシェアしてくれるのです。突然、これは私のここでの滞在の間、私に開かれてきた世界の大事な生き方であることに気付きました。過去私が他者と関わってきた方法がいかに不安に満ちて自己中心的なものであったのかを知るこのショッキングな体験を持てたこと、そして私がここに滞在している間一貫して私にとってモデルとなってきた他の方法の本質に気付けたことに私は大変感謝しています。
ある日喜子さんとジャガイモの下準備をしていたときの、とても大切な会話に言及することでこの滞在記を締めたいと思います。私は彼女に、私にとって意思決定をすることは極端に難しいことを話したところ、彼女は自分の人生の方向を図に表すような形で彼女の急激な変化について私にシェアしてくれました。彼女が私に話してくれたのは、彼女はかつて自分のための目標を設定し、それを達成し、それから次の目標に移る傾向があったということです。しかし、木の花に来てからは、自分で設定した目標を達成するということは、「運命」としてそれほど大きなことではなかったと彼女は感じました。最近、彼女は自分がすることを積極的に「選ぶ」代わりに、自分にふさわしい状況がただ現れ、そうした状況の多くは彼女が誰かに助けを提供出来るものであり、彼女はそれが「自分のもの」であると認識することができる感覚を持っています。このようにして、彼女は「生かされている」のです。
私が自然療法プログラムを申し込んだとき、私のもっとも高い目標は喜子さんが私にたいへん素晴らしく説明してくれたような状態に至るための助けを受けることでした。これはまだまだ先の話のようですが、私のここでの滞在によって、やがてこうした状態がどのようにやってくるのかが観え始めています。皆さんの助けにたいへん感謝しています。

 


パティの「自然療法プログラム体験記」がシェアされた後、サポーターの陽子から、パティの6週間のケア滞在を振り返った「パティ物語」が読み上げられました。


 

パティ物語

~たくさんの学びの中で成長していくパティ物語のほんの一部をご紹介致します~

不安障害と診断されていた68歳のアメリカ人のパティが、初めて木の花ファミリーを訪れたのは2017年のことでした。ジイジとの面談の際、パティは「人生を通して私は不幸でしたが、特に結婚の不幸せをきっかけに特にここ最近は不安・パニック・うつ・気分変動という精神的問題を抱えています。木の花では皆さんが天のガイダンスを信じることを実践し、それを生涯のベースにしていることを私は知っています。この新たな生き方を学ぶ上で皆さんのサポートを受けるために、今、私は自然療法プログラムを受けるべきか、『1ヶ月間の真学校』を受けるべきか考えています」と語り、それに対してジイジは「あなたにとって必要なことは、治療を受けることではなく、世界観を広げることですね。そのためには、まず自然療法プログラムを受けることをお勧めします。そして、あなたが必要だと思うのであれば真学校を受講することも良いですね」と伝えました。

それから1年4ヶ月後、パティは自然療法プログラムを受けるために6週間というスケジュールを組み、再び木の花を訪れました。ケアスタート面談の際、パティは「前回木の花に来てから、私は自分自身が内面的にもっともっと小さくなり、もっともっと窮屈で、もっともっと恐れるようになりました。なぜなら、結婚生活を続けるかどうか、とても葛藤しているからです」と話しました。それに対して、ジイジは次のように伝えました。
「以前もお伝えしましたが、あなたはまず世界観を広げるべきだと思うのです。人はなぜ生きているのか。死は何であるのか。私たちは個人が生きているというよりもこの世界の中で生きているのですから、この世界はどのような場所なのか。一般の人たちは日常のスケジュールの中で生き、お金に追われて生きていますが、本当は私たちは宇宙の中にいて星や太陽や月、地球の仕組みの中で生かされているのです。あなたの話の中で、家族関係の問題のためにあなたの心が壊れていくという話がありましたね。しかし本来、生命は群れれば群れるほど豊かになるものなのです。ところが、人間の世界だけが人が多くなると利害関係が生まれ、派閥や対立が起き、収集がつかなくなるのです。ですから、あなたの問題は人類の問題でもあると思うのです。つまり、あなたは人類を代表して、今この状態にあると言えますね。
そこで、あなたがあなた自身を正確に知るということと、私があなたを知ってアドバイスをすることの両方が必要ですから、まずは日記を書いてください。あなたが書いた日記に対して私はコメントをしていきますが、私のことはもうひとりの客観的なあなたに出会ったと思って生かしていってください。新しいあなたが新しい思考をするようになることがこの取り組みの目的です。一般の医療機関で治らない人たちがここで改善するのは、自らに囚われた物事の捉え方から視点を変えていくからなのです。
自分の人格に飽きていない人や頑固な人は改善するのになかなか時間がかかります。ですから、まずは自分の人格に飽きないとダメなのです。そして、過去の自分に笑って話しかけられるようになることが大切です」と伝えると、パティは即座に「私は自分の人格にうんざりしています!」と答え、ジイジは次のように続けました。
「それは良くなる可能性があるということです。今、世界中で人間のあり方が狂っています。これは問題ではありますが、狂っているからこそ、問題を観て、どうしたらいいのかという知恵がその奥に隠れているのです。ですから、問題の背後にどのようなメッセージがあるのかを読み解く力が必要なのです。そのためには客観的視点と広い世界観が必要です。」

パティがケアスタート面談を終えた後の大人ミーティングでは、今日からみんなで木の花ファミリー憲章を深める時間を持つこととなり、世界観を広げることがテーマのパティにとっては最高のスタートを切ることが出来ました。翌日からも、ミーティングに熱心に参加しながら、日記に自分の正直を出しながら積極的に取り組み、ジイジはそうしたパティの姿勢を評価しつつ、「トータルして、あなたの考え方は人生をポジティブに学習していく姿勢に欠けているのだと思います。もっと自由にリラックスしてポジティブに日々を送ることは可能です。そういった精神の奥に神様のあなたに対する意志があるのではないでしょうか。あなたの人生にとって、今までの体験が不幸をもたらすものであったと終わってしまわないように、前向きに出会う出来事を分析し、今後のあなたの人生に活かしていけることが大切です」とコメントしていました。

そうして迎えた1週間面談でジイジは、パティがこれまで日記に書いてきた身近な内容に触れることなく、次のように伝えました。
「あなたは長い間大学教授として頑張ってきましたが、あなたのように社会的にも優秀で、高い地位を持っており自負心が強い人の特徴として、自分の納得の上でしか物事を受け取らない傾向があります。この場合に落とし穴があり、結局どんな提案も自分の理解出来る範囲内で受け入れるものですから、それがどんなに素晴らしい知恵であっても、結局自分流に受け取ってしまうのです。場合によっては、受け入れたくないことがあると、それを受け入れない理由として自分を主張するようになるのです。しかし、今までの人生の歩みの結果現状があることを認めるならば、私はそれに対する改善のための代替案を提案しているにしかすぎないのです。
なぜ私がそのようなことをするようになったのかというと、私のスピリチュアルな体験がきっかけとなりましたが、実際に問題を抱えている多くの人たちの相談に乗ってきたという実績があるからです。もうひとつは、人はいろいろな自我によって苦しんだり問題事に出会ったりしますが、この木の花という生活を現実化することによって、こうした共同体の中では自らの心と向き合うことによって問題が起きないような現実をモデルとしてつくっているのです。これをひとつの実績として皆さんに見ていただきながら、私の提案はあくまでも正しいとか間違いということではなく、情報として受け取ってもらえればと思います。それは、『こういう生き方をすると、今まで現代人がつくることが出来なかった社会が出来ますよ』という提案であり、これは人類に対する提案でもあるのです。
私は自分のライフスタイルの目的のひとつとして、確かに長い間行き詰まった人々の相談に乗り、支えになってきましたが、その行動の本当の目的は人類が自らの真の尊さに目覚め、ふさわしい尊い生き方を地球上で表現することを伝えるためなのです。さらに言えば、地球が喜ぶためです。この面談を聞きながら、地球は喜んでいますよ♪この情報は同時に銀河を運営している、銀河の中心のセントラルサンの司令室にも伝えているのです。つまり、私は地球を進化させるためのプロジェクトをしているのです。あなたに世界観を広げることの大切さを伝えるのも、今、人類は自分のことを心配している場合ではなく、自分たちがしてきたことが他の生命たちにどれだけ迷惑をかけ、この宇宙の法に反しているのかに気付くことのほうが先決だからです。
私のアドバイスは、ひとつではなくいくつかの視点に立ったときの情報として伝えています。あなたにも、パティというひとつだけの視点で物事を観るのではなく、上下も左右も広げた形で物事を捉えられるように、これからもいろいろな視点を提供していきますね。」

その後、さらに日記の中で自分を分析することに一生懸命になっていったパティに対して、ジイジはこうコメントしました。「私が伝えたいことは、あなたが解決策を考えることをやめることを提案しているのです。分析力が高くて一生懸命やっても、方向性が間違っていたら何にもなりませんからね。これは、優秀な人が意外と陥るところなのです。その一生懸命では自分の枠を壊したことにも、そして新たな考え方を得たことにもなりません。そろそろ、このプロジェクトの次の段階に行くときが来ていると思います。それは、こういった日記を通して改善方法を模索していくのではなく、具体的な日常の行動の中にどのように人格が反映しているのかを観るために作業に参加してみるとか、あなた自身の枠を超えた行動をとってみることを提案したいと思います。具体的には次回の面談で話し合いましょう。」

そうして迎えた2週間面談でジイジは、これまで15年間自然療法プログラムを提供してきた中で初めての試みをパティに提案しました。
「私があなたと2週間付き合ってきて、あなたに伝えたいことがあります。このプロジェクトはあなたの人生を健康で幸せな人生にするためのプロジェクトです。そのために何が一番大切なのかというと、あなたが健康で幸せな人にならないといけないのです。あなたも自分の書いている日記を見てわかっているだろうと私は判断するのですが、あなたの自己分析は完璧に出来ています。しかし、どれほど完璧な分析が出来ても、それに基づいて生きていくことが出来なければ健康で幸せな人生は現象化することはありません。
最初の2週間はお互いに知り合うための期間でしたが、ここでふたりのあなたがいることを説明します。あなたの中にはあなたらしい人生を生きてきたパティがいますね。それから、それを観てそれを分析し、『それではダメですよ』と言うあなたがいるのです。そのあなたはあなた自身を十分に改善する知恵を持っています。しかし、今まで生きてきたあなたはその提案に対し、抵抗するあなたでもあるのです。このプロジェクトには私も関わり、陽子もサポーターとして関わりますが、私たちはあくまでもサポートする側であって、そこの主人公はあなたの中のふたりなのです。今まで、あなたはどちらかを優先することをせず、あなたの中のふたりは勝負をつけてきませんでした。そこで、それを超えてどちらかを優先しないと、あなたは中途半端な形で人生を終わることになってしまいます。でも、少なくともどちらでもいいというわけではありませんね。どちらかわかっている一方を優先するために、今、この取り組みをしているからです。心配しなくてもいいのは、どちらを選んでもあなたであることは変わらないのです。ただ、明快なのはどちらを選ぶかによって、未来がポジティブかネガティブかは観えてきますね。
今回のプロジェクトは、今までの人生を客観的に観て自分を戒めるあなたを優先させることが一番大切だと考えています。この段階に至っては、選択肢は本当はあってはいけないのです。あなたが健康で幸せであるためには、選択肢はないはずなのです。私は今、地球人類にも同じことを言いたいのです。物理的に豊かな生活を求めるのか。それとも地球や他者と共同して真の豊かさを求めるのか。今、ここで滞在されている中国の大学の先生もあなたも先生ですから、考え方としてはとても賢明な考え方を持っておられるのですが、不思議なことに自分のこととなるとそこが十分に生かせていないのです。これは現代的に優れていると評価されていたり、そういった地位にいる人たちの特徴でもあります。
そこで、この2週間の取り組みを一区切りとし、次の段階としてあなたの中のふたりが話し合う時間を持ちましょう。ここでは、あなたを優れたほうへと導こうとするあなたが、今まで生きてきたあなた自身をどう説得していくのかがポイントです。自分で自分を説得するのですよ。そのために、日記は今まで通り書いていただいていいのですが、明日からの取り組みはたとえば30分といったそれほど長くない時間を使って、あなたの中にいるふたりの人物、特に戒められないといけないあなたを出してもらい、戒める側と私の3人で毎日話し合いましょう。そして、これをあなたの人生を通して自らを改善するための取り組みとしての仕上げとしたらいいと思います。」
この提案を閃いたジイジには、日記のやりとりではどうしても自分流に解釈してしまうパティに対し、直接話し合いの時間を持つことで客観的な視点を身につけてもらいたいという想いがあったのでした。

それから毎晩30分程度の時間をジイジと持ちながら、AパティとBパティの話し合いは進められていきました。「朝が来ると、『私の人生はめちゃくちゃで、私は人生で一度も改善したことがない!』と思考するネガティブなAパティが出てくるのです」と言うパティに対し、ジイジは「Aパティに出会ったときこそ、改善のチャンスなのですよ。朝起きたときにネガティブだったらチャンスです!そのトレーニングを自分で自分に与えましょう」と伝え、「目標としてAパティとBパティが0:100にならなくてもよいのです。40:60くらいでいいでしょう。Aパティが40あるのは多様性だから良いのです。そして人生を学ぶためには問題事を優先することも必要でしょう。明日また、新鮮なパティと会いましょう!」とパティを励ましながら、時に思考が夫の問題点に集中してしまい、Aパティに支配されてしまうときにジイジは、「人生を生きるということは、自分の精神状態がどうなっているのかのテストを常に受けているようなものです。そして、出てきた自分の精神状態がその答えなのです。どんなにネガティブなことでもポジティブなことでもすべて神様の愛であり、実はすべてポジティブなのです。ネガティブに考えることはあなたの自由ですが、それはネガティブに解釈する心があるからそうするだけで、この世界は常にポジティブの背景に現象が起きているのです。その一番の元には愛があるのです。それを、あなたが世界で出会う現象から受け取れる人になれるかどうかです」と伝え、そうした中でパティはジイジの「すべてを情報として受け取る」姿勢や、「自分にとって都合の良い喜びを持たない」といった難しい心の仕組みを学んでいったのでした。

そうして、少しずつ冷静で客観的な視点を身につけてきたパティに、ジイジは最近の日記と滞在当初の日記を読み比べることを勧め、パティ自身もネガティブな思考が少なくなってきた自分の変化に気付かされたのでした。そのような中、ある日夫からメールがあり、最初は感情的に反応したパティもすぐに冷静な精神状態に戻ることが出来、それを受けてジイジは「今日の夫からのメールは良いテストでしたね!この場合、彼は神のお使いです。解釈の仕方によっては、すべての現象が神様が示されたものなのです。そういった自分の人生に有益になるような捉え方は、まだ目覚めていない人にはなかなか難しいことです。その思考の鍵を見つけることが大切なのです。きっと、今まではあなたはその鍵を見つけて探究することよりも、身近なことに気をとられていたので矛盾が起きていたのです。そこまでわかってくると、彼はあなたの夫であると同時に神のメッセンジャーでもありますね。瞬間瞬間が神様との対話であり、私たちが未熟であるならば、ある意味テストでもあることをいつも頭の中に入れていてください」と伝えました。

少しずつ世界観を広げていったパティは、ジイジとの面談を1日おきにし、もっとコミュニティの中で時間を過ごそうと自分のパソコンをひまわりホールに持っていったり、1週間後に迫った花祭りの切り草を飾る手伝いをしたり、メンバーともっとコミュニケーションを取ろうと努めていました。そのようなパティに対しジイジは次のように伝えました。
「日記に書くことも面談で話し合うことも良いことですが、木の花の日常を感じることがこの取り組みに有効になるだろうと以前提案しました。それは、豆の選別でも、今日のよこちゃんの出発式に出ることも(注:入院中のメンバーが急に亡くなり、出発式を行った)、ミーティングに参加することもすべてそうです。私はあなたに異文化や新しい物事の捉え方といったあなたにはなかった代替的なことを提供したいのです。よこちゃんの出発式についても、あの出来事は意図的に誰もつくることの出来ない場所でした。木の花の人たちがそれぞれに自分の出来ることを役割分担し、あの場に持っていったのですが、そもそもよこちゃんがあのタイミングで亡くならないと出来ないことでした。だから、天が与えてくれたのだと思いました。このように、私たちはシナリオのないドラマの中に生きているのです。
現代人は頭が良く、いつも正解をやろうと努力します。それは重要なことでもありますし、人間の優秀さでもありますが、現代人が忘れている『人生をいただく』ことの価値はああいったところにあるのではないでしょうか。木の花の生活は、なかなかつくろうと思っても出来ない場所なのです。その出来事の奥を分析するのは難しく、つくろうと思っても出来ない、出会おうと思っても出会えないその場所に、神様のメッセージが隠れていると私は思っています。
今はここの環境によって導かれているあなたの心の安定が、将来アメリカの元の生活に戻っても継続するように、あなたの中に新しい精神分野が構築されることが大切です。それはあなたの中でつくられたものですから、どこへ行ってもそれが有効に働くようになります。そのための基本としては、木の花の日常の生活に参加していただき、そこで出会う人たちの精神性がどのようなものであるかを探ってみるのも面白いですよ。
よこちゃんの出発式の前日のこのはな八重の舞のときに、あなたも輪の中に入っていましたね。私は『そうならないかな』と思って、あなたを観ていました。私はあの場で自身エンジョイしながら、あなたのことやいろいろなことを観察していたのです。もう少しで祭りの本番が来ますから、あの参加する勇気を持ってまた挑戦してみてください。」

ジイジの提案通り、花祭りの当日には鬼の舞の後のまさかりディスコ(観客がまさかりを振って踊る)の際に自分から率先してみんなの前で舞ったパティ。その翌日に迎えた4週間面談で、ジイジは次のように伝えました。
「ケースによっていろいろですが、通常4週間というのは自然療法プログラムを進める上で見通しが立つ期間です。あなたにとっても、自分の現状を把握できた期間がこの4週間だったのではないかと思います。あと残り2週間ありますね。6週間という滞在期間は、今回あなたが滞在するのに可能な期間として決めてきたものですが、とても良い数字だと思います。
明日で花祭りの一連の神事は終了しますが、私たちは一般的宗教的信仰という意味で花祭りを行っているわけではありません。そして、あの祭りがあなたやアメリカの人にとって異文化であるとは思うのですが、地球や宇宙の仕組み、また私たちが自然生態系の中の一員であるという昔の人々が伝えてきたことを、今流に解釈し表現しているのです。ですから、これからの時代は世界中の人々が柔軟性を持って、異文化や馴染まないものをポジティブに認め合っていくことが必要なのではないでしょうか。そういう意味では、今まであなたが出会ったことのないものに出会う良い経験を提供出来たと思っています。そして、こうした活動は木の花の生き方を広めるためのものではなく、地球的・宇宙的視点に立った生き方を人類に広めていくためには非常に重要なことだと思うのです。ですから、これから共に連携しながら活動していけたらいいですね。」

ジイジの言葉を受けて、花祭りの神事が終了した翌日には初めての試みとして畑作業に参加しようとしていたパティでしたが、高熱が出て体調を崩し、その後5日間部屋で休んでいました。

そして熱が下がり自室での隔離が解禁されたときには、ちょうど前回の面談から7日が経っていました。それを受けて、ジイジは次のように語りました。
「今日はちょうど前回の面談から7日目ですね。7という数字を西洋の人たちはラッキー7と呼びますが、カタカムナでは『質的転換』を意味します。つまり、古い体質を脱ぎ捨て新しくなり、次に向かうための方向転換をするということです。ですから、7という数字は単に都合が良いことが起きるというよりも、変化をもたらす大きなサイクルのひとつなのです。あなたが休んでいる間、物理的には辛かったかもしれませんが、私にはひとつ楽しみなことがありました。
これまでも、ケアで滞在している人に私がアドバイスをしていくと、今まで使ったことのない脳を使うことによって熱が出ることがあるのです。それは子どもが成長する段階で知恵がつくと熱を出すのと同じことです。それは、おそらくその人の思考容量や回路を増やしているのです。それで、今回あなたの取り組みの中では、世界観を広げ、客観的な視点で物事を捉えることがテーマとなっていました。あなたはこの短期間で新たな視点に出会ってきましたが、それを自分に落とす時間はなかなか持てないこともあるのです。そこでは今までの心の癖も邪魔します。そのタイミングで熱が出たり、体調を崩すこともあるのです。そこでは、その間に今までにない気付きを得たり、自らの思考を巡らすチャンスをもらっているのです。
通常、面談をするときに1週間毎に行うのも、7という数字を意識しているからです。ですから、前回の面談から7日間空いたのも、良い数字だと思っています。」
そして、この1週間の状態について聞かれたパティは、休んでいる間奇妙な夢をたくさん見ていて自分から何か暗いものが出ているように感じたこと、でも熱が下がってからは気分が良く穏やかで、ここでこれまで学んできたことを振り返り、ジイジのアドバイスが自分の心に刻まれていることを感じ、前に進んでいける自信を得たことを話し、「私は自分のことをまだバランスが取れていない赤ちゃんのように感じています」と伝えました。そんなパティに対し、ジイジはこう続けました。
「大丈夫です。赤ちゃんはこれから育っていきますから。物理的な赤ちゃんは成長に時間がかかりますが、霊的な赤ちゃんは急激に育ちますよ。人は病気をすると、『悪いことが起きた。結果辛い思いをして、やっとそこから開放された』と思いがちですが、確かにその人の精神状態によって病気は多く発生します。それはメッセージだからです。インフルエンザについても、同じ環境にいてもかかる人もいればかからない人もいたり、ネガティブな原因でかかる人もいれば、実はポジティブな原因でかかる人もいるのです。ですから、前回の面談から7日目の質的転換を意味する今日という日にこの時間を持てるということは、すべて天意だと思いました。
天意を感じるために大切なことは、私たちが天に自分の意識を向けているかどうかです。たとえば、太陽や月や星と対話しているのか。風と対話しているのか。土と対話しているのか。食べ物と対話して食べているのか。すべて、もともとは自分自身ですからね。すべてのものと対話し良い関係のもとで生きていくことが、天意で生きることだと思うのです。そこでは、『どうしたら天の意志を感じることが出来るのか?』『どうやったら直観を鋭く出来るのか?』という思考は不要です。たとえば、気分が悪いときには体も心地良くなく、外出もしたくないし、部屋で臥せっていますよね。そして気分が良いときには外に出て、胸をはって深呼吸する気分になりますね。それと同じように、生きるということは自然にメッセージを感じられるものなのです。大丈夫!そうなりますから。そこで、『そうなんだ!』と素直に信じて天と対話を続けていけば、必ずそうなります。私の人生には生きた師匠はいませんでしたが、昔と比べて私の直観ははるかに鋭くなっていますし、自分でもその精度に驚くことがあります。それは、そういったことを信じてやり続けてきた結果だと思うのです。
先程言われた、夢をたくさん見ることも、熱がたくさん出ることも、汗がたくさん出ることも、天のメッセージであり、解毒です。『ああ、毒が出ているのだ!』とその作業をやっていただいているという意識になったとき、『私たちが命であるということから、自分がやらなくてもこのようにしてもらえるのだ』と解釈出来るようになるのです。」
その話を聞いて、パティは「今まで私は一生懸命やりすぎて自分をコントロールすることが出来ませんでした」と話し、ジイジは次のように伝えました。
「それは現代流に言う、頭の良い人です。あなたは賢いので自分を客観的に観る目線も持っていますが、そうするとまた余計に落とし穴に陥るのです。それは、それだけの分析が出来るということで能力が高いという自負心も持つからです。そうすると、生かされていることに気付くことが遅れますね。
そういった分析からすると、人類はこれから初めて健全になっていく道を歩み始めるとも言えるのです。今、地球上には25800年ぶりの新たなサイクルが始まりました。しかし、私たち現代人につながる25800年前の歴史はありません。ですから、まったく新しい時代の始まりです。これは、現代人には楽しみであるだけのことなのですが、現代の混乱は自分たちが起こしたことであるにもかかわらず、人々はその原因を追求出来ず不安になっています。何よりも、一番大切な自分自身の使い方を人類はまだ会得していないのです。これからの混乱はますます矛盾を明らかにしていきます。しかし、それは時代の光が差してきたことにより、表に見えてきただけのことなのです。ですから、私たちはそこから現代の矛盾を学べば、それはおのずと消えていくことなのです。世界にはもうじき大きな災害が至るところに発生しますが、これはこの時代だからこそ起きるべきであり、その奥にある真のメッセージを人々が受け取ることが出来れば本当は待ち遠しい話でもあるのです。なぜそのような災害が起きるのかというと、人々がその種を蒔いていることに気付いていないからです。もしかしたら、起きる前に私たち人類がそのことに気付き、社会の仕組みが変わっていけば、出来事も起きなくなることでしょう。それは病気と同じように、悟ったものに与える必要がないからです。
今回、あなたの体調が崩れたことを聞いたとき、『私が提案しなくても、天がこうやってパティさんに仕上げを与えてくれたのだ』と思っていました。そういう意味で、あなたはBパティを運用することに手ごたえを持ち始めたのだと思います。あなたとの出会いはとても大事な出会いでした。難しいケースのように当初感じていましたが、それほど後戻りすることなく確実に目的は達成されてきました。ですから、そのようなわかりやすい事例をあなたの感覚でよいのでまとめていただき、それを私たちに残していただけたら、まだ目覚めていない人たちの役に立つことでしょう。」

そうして自分をコントロール出来るだけの考え方を身につけ、見事6週間で卒業を迎えたパティ。「あなたは思考回路を逆転させることによって、自分自身を救済するどころか、他者の救済にも役立つ能力を持っていますね」とジイジから伝え続けられてきたパティは今、以前と比べてはるかに安定し、「その安定はこの木の花というコミュニティが与えてくれました。それは私の中にあるものですから、アメリカに持ち帰ることが出来ます。今、私はすべてを自分の力で知る必要はないと感じていますし、新しい能力や方法が少しずつやってくることを知っていますので、とてもリラックスしています。それは私にとって大きな大きな学びでした。そしてこれから新しい生き方を実践していくことをとても楽しみにしています」と語ります。あなたが健康で生きることは私たちの喜びであり、なによりも天があなたと共にあるということです。これからも、地球コミュニティの一員として人類の目覚めを促す生き方をしていきましょう。まずは卒業おめでとうございます。

 


自然療法プログラムの卒業をお祝いするコンサートでは、プログラムの責任者であるジイジから、新たな人生の旅立ちにあたり卒業生に向けてメッセージが贈られます。今回は、「パティ自然療法プログラム体験記」と「パティ物語」が読み上げられるのに1時間以上かかり、その後ジイジは次のようなメッセージをパティと人類に向けて贈りました。


 

ジイジからパティへのメッセージ

長い時間をお付き合いいただいてありがとうございます。ここで私が同じぐらいの時間お話ししたら、皆さんに拷問を与えることになってしまいます(みんな:笑)。でもせっかくですから、少しだけお話しさせていただきたいと思います。

今日は2019年2月16日ですね。パティさんの卒業コンサートの日です。しかし、私にとってはこのような日々の積み重ねの結果、2月24日から始まる今年の「1ヶ月間の真学校」に向けての心を調整している最中です。今、パティさんの自然療法プログラムの取り組みを振り返っていただいたのですが、そこでも私は目の前にいる人にだけ語っているわけではないのです。それは、目の前にいる人がひとり幸せになるということは、その人の分だけ地球が健康になるということだからです。

人間はいつから心を病むようになったのでしょうか。間違いないのは、それは人間たちが複雑な自我を持ち、自己願望を叶えるようになる高い能力を得てからです。そういった能力は人間にとって、とても魅力的なものでした。しかし、そういった能力を持った私たちは結果として地球の仲間たちに大きな試練を与え、迷惑をかけてきました。それどころか、自分たちが行ってきたことによって、その矛盾を今、自らが受け取らないといけない状況にあります。なによりも、現代人は宇宙の法から完全に外れてしまい、宇宙を生きるという意識で日々を生きている人はほとんどいません。そして、現状のような人間にとっては辛い世相や自然現象に出会うことになったのです。これは長い間、人類が幸せを得て豊かになろうと願って築き上げてきた結果です。

私はいつも同じことをお話ししていますが、それは人々に本当の意味での価値を思い出してもらいたいからです。そして、パティさんと6週間という期間のプロジェクトを取り組んできましたが、題材はパティさんの人生でした。それは、ちょうど6週間をかけて真学校のプログラムを修了したような感じですね。2月24日から始まる真学校では1ヶ月間をかけて受講生の皆さんに本当の人間の在り方について伝える時間を持ちます。それは、パティさんの人生が健康で豊かになると、まわりの人たちの人生も幸せになる仕組みです。人類は今、そういったとても単純な、連動して共に創り上げていく宇宙や自然の法則を忘れてしまっているのです。

今、人類は地球上にたくさんの問題事をもたらしている存在です。それどころか、人類自身が地球の癌細胞のようです。そして、これから進むべき未来の方向性を見つけられないでいます。私はいつも同じことを伝えていると思いながら、これが、私の人生なのです。そして、ここにいる共に暮らす仲間たちはそれがいかに大切なのか、そして人類にとってそれがいかに有効なことなのかを立証してくれる仲間です。

今日、パティさんが卒業を迎えて、またひとり、その仲間が世界に増えました。その結果、個人のエゴをくすぐる喜びではなく、みんなで喜び合える豊かな世界を創りたいと思います。私たち人類は他の生命と同じようにそういった目的のもとに地上に降ろされたのです。これからも人々がこの真実に目覚めていきますよう、私たちはこの活動を続けていきますし、そしてこういったことの大切に出会った人たちは共にその活動をしていただき、地球を美しい場所にしていけたらと思います。

パティさんはとても優秀な方で、分析力がとても高く、私の提案が多方面に渡った結果、私にとってもとても良い刺激になりました。それから、ケア物語を作ってくれた陽子ちゃん、その難題を見事成し遂げ、よくやってくれたと思います。そういう意味でも、天はお互いにとても縁の深い大切な関係を与えてくれたと感謝しています。

これからも、私たちはこういった大切を地球上で表現するために生きていくのです。その自覚を持って、これからも歩んでいきたいと思います。パティさん、卒業おめでとうございます。そしてこの出会いに感謝します。

 


この研究は、新たな世界の扉を開けてくれた 〜 イスラエル人留学生・リリアの手紙

イスラエルからやって来て、京都の大学院で環境学を専攻しているリリア。昨年秋に農作業ヘルパーとして1ヶ月間木の花ファミリーに滞在し、今年1月から2月にかけては、大学院の卒業論文の研究のために滞在していました。そして昨夜、2ヶ月間の研究を終えて旅立つリリアのために「いってらっしゃいコンサート」が開かれました。
以下は、そのコンサートの場でリリアが読み上げた手紙です。日本語で書かれた手紙の全文をご紹介します。


お別れの挨拶

木の花ファミリーでのトータルして3ヶ月間の滞在に関して、伝えたいことがたくさんあります。

木の花ファミリーに来た当初の目的は、コミュニティについて研究することでした 。この研究は学問的なものです。ですから、それは学問のルールのもとにあり、大学の制度のもとにあります。この研究はコミュニティにおける具体的な詳細や個人的な物語を含みます。

この研究は学問的な用語で書かれます。つまり、それは事実、正確さ、数字と専門用語が大切だということです。もし私がこの挨拶を自分の言語であるヘブライ語で書くならば、誰も理解しないことでしょう。それが言語の重要さです。その理由のために、学問で理解できるような用語を使ってこの研究を書いています。学問的な人々にこの研究に対して敬意を払ってもらうためには、私はこの妥協を受け入れるしかありません。

卒業論文は白紙に書かれた黒い文字にしか過ぎません。さらに、研究者はこの研究のための単なる媒体にしか過ぎません。つまり、研究にとっては、誰が研究者であるかは重要ではないということです。研究は客観的である必要があります。しかし、私はリリアであり、主観的な存在です。それはとても難しいところです。

それにも関わらず、この研究は私が新たな世界に行くための扉を開けてくれました。人生が予期せぬ新たな方向へつながっていることは面白いことです。もし抵抗せず、道に来るものが何であれいただくのであれば、奇跡が起きる可能性はあります。皆さんと作業をし、語り、笑い、食事をし、インタビューをし、学び、聴き、体験する機会は、奇跡的なことでした。インタビューをしていた多くの機会において、私の目の前にいる人のことを美しいと感じていました。言葉やハグ、微笑むことを通して、何人かのメンバーとは私のこの感情を共有しました。すべてのメンバーとこの感情を共有しませんでしたが、皆さんはこうした私の気持ちを感じてくれていたと思っています。私はこれまで感謝の気持ちを表現してきたかどうかはわかりませんが、今この場で皆さんに感謝を伝えたいと思います。私にはたくさんの見たこと、聞いたこと、感じたこと、思ったこと、理解したこと、また理解しなかったことがありますが、そのすべてに感謝しています。この研究の重要さは存在していますが、3ヶ月間ここで学んだことはもっと大切なことです。

いさどんとの時間の最後に、何度か、私は「愚かであること、そして真実に向き合うよりも何も知らないことのほうがずっと簡単なことです」と伝えました。真実を探究することは疲れることであり、もどかしいことです。神社に鏡があることはその理由のひとつかもしれません。私たち自身を真に見つめることは全能の神様の存在よりもずっと恐ろしいことです。

木の花ファミリーの人々から多くのインスピレーションを受け取りました。妥協することなく真実を探究する勇気を高く評価しますし、それは私にエネルギーと意欲を与えてくれました。陽子のような物語を聞くことから、とても刺激を受けました。

木の花に来る前、私の目標は他者を理解することにより、他者とより良い関係を築くことでした。ですから、Eちゃん(木の花ファミリーにケア滞在をしていたゲスト)のことを上手く読めなかったことで私は自分自身に対してがっかりしました ──── それは、阿吽を実践することを何度も思い出させるものでした。それを忘れると、宇宙はそれを思い出させるものを送ってくれます。それは通るべきプロセスです。

明日、私はここから出て、もっと大きく、そしてもっと意義深い目標を持つことでしょう。それは、真実を明らかにするためです。真実はとらえどころのないものです。それは善悪や枠を超えたものであり、そして真実を掴むことは容易なことではありません。皆さんが自分の物語について語ったり、ミーティングで「シェア」を聞いたり、ブログや他の資料を読んだ時 ──── 、「自分自身について振り返ること」の大切さを認識しました。ここの子どもたちは生まれた時からそれを学んでいます。私が通ってきたすべてのことは、今いる所に私をいざないました。そこには意味が秘められているのです。

この研究を書くことによって、木の花ファミリーの種を蒔いていきます。これがこの研究の大事な部分です。

起きたこと、今起きていること、そしてこれから起きることすべてに対して、心の底から感謝します。

木の花ファミリーに2冊の本をプレゼントしたいと思います。本来、これらの本は子供向けの本ですが、その中にはたくさんの秘められた意味があります。これらの本は与えること、幸せ、広大な宇宙を旅することについて書かれていますので、きっと皆さんも興味があると思います。ぜひ読んでみてください。

最後になりましたが、もう一度皆さんに感謝の気持ちを述べて、この挨拶を締めくくりたいと思います。ありがとうございます。

 

今日の朝、リリアはみんなに見送られて旅立って行きました
いってらっしゃい!

 


「A clear sky − 澄んだ空の下で」〜 15歳のかのちゃんのスピーチ

ファミリーの中学三年生・かのちゃんは中学校を代表し、9月7日、「第55回富士宮市英語暗誦・弁論大会」に出場。「A Clear Sky (澄んだ空の下で)」というタイトルのもと、自分の人生を蓮の花にたとえ、不登校時の泥の中にいたような状況から、新たな地で様々な出会いを経て、美しい蓮の花を咲かせるために毎日成長している様子を詩的に英語で表現しました。その結果、「自作の部」で二位となり、「静岡県中学校東部英語弁論大会」へと進むことになりました。

それから約2週間後の9月21日に迎えた東部大会では、かのちゃんの心からの笑顔で聴衆を魅了し、参加者の中で一番大きな拍手をいただいたのでした。審査員曰く、「この弁論大会ではいかに心に訴えるのかが大切です」ということで、「なによりも内容が素晴らしい。そして内容と人柄が合っている」と審査員からも絶賛されたかのちゃんは、見事優勝に輝いたのでした。

そうして、県大会出場への切符を手にいれたかのちゃんでしたが、その2週間後の10月4日に行われた県大会では、「緊張はしなかったのだけど、あまり気持ちが乗らなくて少し後悔が残っています」とかのちゃんが言うように、自分らしさを発揮することができず、また参加者のレベルも高く、残念ながら全国大会へと進むことはなりませんでした。

しかし、今回の英語弁論大会への出場を通してたくさんの学びを得たかのちゃんの心は一回り大きくなり、弁論大会後、「この悔しさをバネにして、将来も頑張っていきます」と語りました。そうしたかのちゃんの一生懸命に取り組む姿は私たちに感動を与え、ファミリーの子どもたちも英語に興味を持つようになるなど、皆に大きな影響を与えたのでした。

そんなかのちゃんを精神的にサポートしてきたいさどんはこう語ります。

「この弁論大会を通して、僕はかのちゃんに『言葉に魂を込める』ことをアドバイスしてきました。そして東部大会の前日に彼女のスピーチを聞いた時、『やっと、かのちゃんの言葉に魂が響いてきた。今までで一番良い出来だ』と思いました。ですから、彼女の英語の実力以上の響きが弁論会場に鳴り響き、東部大会での優勝につながったのでしょう。

実は先日、僕にあるビジョンが湧いたのです。それは、彼女が大人になり、大勢の人たちの前で英語で話しているというビジョンです。ここには、世界に向けて新しい時代を切り開くために、その見本として伝える重要なデータがたくさんあります。僕はかのちゃんの英語を聞きながら、『次世代の適任者がここにいる』と思った時に、『今回の弁論大会はあなたの人生の中の階段の一段にしか過ぎない。階段はまだずっと続くんだよ。それを踏まえて、今後も精進してもらいたい』とかのちゃんに伝えました。

今、英語は世界の公用語ですから、将来、英語で木の花の精神性を伝えるかのちゃんの姿が観えたのです。最終的には、かのちゃんには聖なる者として聖なる人生を生きてもらいたいと思います。

僕は、彼女が全国大会へと進むだろうと思っていましたが、残念ながら全国大会への入賞はなりませんでした。彼女は少し残念そうでしたが、『私には次の道がある』ということを知っていました。もう次のスタートであることも確認し合いました。そして、『こういった挫折を経験することは、蓮の花が泥の中から咲いてくるのと同じことだね』ということも確認しました。

実は、『中学校の英語弁論大会が終わったら、今度は高校の英語弁論大会の準備だね』という話もしたのです(笑)。今回、彼女はとても良い経験をしたのですから、これを次のスタートに変えていくことがとても楽しみです。そして、たくさんの人たちが彼女の物語に付き合い、支えてくださって、どうもありがとうございました。」

小柄な体のかのちゃんの中には大きな魂が秘められているのを感じる今日この頃。近い将来、かのちゃんが世界中の人々に心の大切さを語っている姿が目に浮かぶようです。そして、かのちゃんはかのちゃんらしく人生の花を美しく咲かせることでしょう。

以下、かのちゃんのスピーチ全文をご紹介します!
(末尾に日本語訳を掲載しています。)

 

 

A clear sky

In early summer lotus flowers begin to bloom around my house. I’m always impressed with the beautiful flowers from the muddy pots. Looking at them reminds me of my past.

I was in the sixth grade when I stopped going to school. I didn’t like to study at all. I thought there was no need for me to attend my classes. I took care of my younger brother at home. I also spent my days doing things I liked to do. People around me often said “Go to school, or you’ll be in trouble.” I ignored all their advice. I was very selfish. I hate to admit it but I was stuck in the mud.

I came to a turning point in my life when I was thirteen. My family moved from Hokkaido to Fujinomiya to a community that consists of 100 members who received us warmly. I felt I was a part of this big family. For the first time I tried to be more open and talked with people of all ages.

One day an older man from the community said to me “Go to school, then you will be able to have experiences necessary for your age. His words echoed in my mind. I tried to check myself again and again. Finally, I admitted that I had been making excuses to avoid school. It was time for me to go. I felt brighter and I looked forward to having new friends.

I enrolled, but had some troubles at my new school. I had a conflict with one of my classmates because of some communication on LINE. He and his close friends began to bully me. I was sad. I wanted to change and build a better relationship with them. In the past I would just blame everybody else and escape from school. But this time I asked myself. “What have I done?” I discovered that I was also wrong. I tried to listen to their opinions. Little by little they became friendly to me. They helped me to see things from many angles. It was time for me to grow.

I didn’t like science and math before. Should I give up on these subjects again or try harder this time? I decided to spend more time studying them. I read my textbooks in advance. Every time I solve the problems by myself, I’m excited like a scientist who discovers something new. I realized that a little more effort on what seemed so difficult can be interesting.

I enjoy my school life now. The simple school routines like, the morning greetings, handing in my assignments on time, serving school lunch and so on, make me more responsible. Working with my juniors is very challenging. Taking all the tests is very nerve-wracking. Playing soccer with my team is exciting. Listening to the teachers can be interesting or sometimes boring. Everything has a meaning and I’m growing every day. I treasure all these experiences and the friendships.

I remember the passage I read before “Every child is a different kind of flower and all together makes this world a beautiful garden.” I will continue to open my heart and work harder. I’m determined to bloom like the lotus flower under the clear blue sky. What about you? What kind of flower are you? I’m excited to see you bloom too.

 

澄んだ空の下で

初夏、私の家の周りでは蓮の花が咲き始めます。私は泥の鉢植えから咲く美しい花にいつも感動しています。蓮の花を見ることで、私は過去を思いだしました。

私は6年生の時、学校に行くのを止めていました。勉強することが全く好きではありませんでした。私は授業に出席する必要が無いと思っていました。そのかわりに、私は家で、弟の面倒を見ていました。また、自分の好きなことをしながら、日々を過ごしていました。周りの人たちは、「学校に行かないと、困ったことになるよ」と言いました。私は全てのアドバイスを無視しました。私はとてもわがままでした。認めたくはありませんが、私は泥の中で行き詰っていたのです。

13歳になった時、私は人生の転機を迎えました。私の家族は北海道から富士宮へ引っ越し、100人で構成されているコミュニティーが私たちを温かく
受けいれてくれました。私はこの大家族の一員であると感じました。私は生まれて初めて、心を開こうとし、すべての年齢の人と話しました。

ある日、そのコミュニティーの老齢の男性が私に言いました。「学校に行ってごらん。そしたら、あなたの年にとって必要な経験をすることが出来ます。」
彼の言葉は私の心に響きました。私は自分自身を何度も何度も振り返りました。最終的に私は学校に行くことを避けるために言い訳をしていたことを、認めました。私が学校へ行く時が来たのです。私は心が晴れたように感じ、新しい友達を作ることを楽しみにしていました。

私は入学しましたが、新しい学校でも問題に出会いました。私はLINEで同級生の一人と喧嘩をしました。
彼と彼の親しい友達たちは私をいじめ始めました。私は悲しく思いました。私は自分が変わって、彼らと良い人間関係を築きたいと思いました。以前なら、私は皆を責め、学校から逃げましたが、今回は自分にたずねました。「私は何をしたのだろうか。」私は自分も悪いことをしたということが分かりました。私は彼らの意見を聞くようにしました。少しずつ、彼らは私に優しくなりました。彼らの存在は私が色々な視点から物事を見るのに役立ちました。それは、私が成長したトキでした。

以前私は数学と理科が嫌いでした。再びその科目を諦めるべきなのでしょうか?それとも、今回はもっと頑張るべきなのでしょうか?私はそれらの科目を勉強することにもっと時間を使うことを決めました。私は事前に教科書を読みました。自分で問題を解くときはいつも、新しいものを発見した科学者のようにワクワクします。私はとても難しいように思えることでもちょっと努力すれば、面白くなることに気付きました。

私は今、学校生活を楽しんでいます。シンプルな日課、例えば、朝の挨拶や、期限通りに宿題を出すこと、給食をくばることなどは、私をより責任のある人にします。後輩と活動することはとても難しいです。テストを受けることは、神経がすり減るようです。チームでサッカーをすることは、とてもワクワクします。先生の話を聞くことは、面白いですが、たまにたいくつです。全てのことには意味があり、私は毎日成長しています。こうした全ての経験と友情は私にとって宝です。

私は以前読んだ一節を覚えています。「全ての子供は違った花で、その全てが共にある時この世界を美しい庭にするのです。」私は心を開くことを続け、もっと一生懸命取り組んでいきます。私は澄んだ青空の下、蓮の花のように花開くことを決意しています。あなたはどうですか?あなたはどんな種類の花ですか?あなたも花を咲かせることに、私はワクワクしています。

 

 

 


ジョセフィーヌの木の花ファミリー滞在記

今年3月に初めて木の花ファミリーを訪れた、オーストリア人女性のジョセフィーヌ。「木の花ファミリーを舞台にした短編映像を撮りたい」と、5月18日から6週間の予定で再びファミリーにやって来ました。6週間の滞在を通して、ジョセフィーヌは撮影した映像をリアルタイムで発信していきます。まずは「序章」として、3月に来訪した際の映像が公開されたのでみなさんにご紹介します!(映像は彼女自身が英語で解説をしていますが、以下に日本語訳を掲載します。)

さてさて、これからいったいどんな映像ができあがっていくのか。どうなるのかは誰も知らない、彼女自身もわからない、天任せのプロジェクトです。できあがったものから随時ご紹介してまいりますので、みなさま、どうぞお見逃しなく!

「個の花」を咲かせる

ジョセフィーヌの木の花ファミリー滞在記 〜 序章

Individual Flowers – Konohana Family Introduction

わたしの木の花ファミリーへの初めての訪問は、たったの3日半でした。その時間で、わたしは木の花ファミリーの暮らしの概要を捉えることができると考えていました。しかし、ここではあまりにも多くの体験すべきことがあることにすぐに気づき、今回は6週間の時間を取って戻ってくることにしました。今回お見せする映像は、わたしが3月に初めて訪問した時のものです。紹介文は木の花ファミリーの自らの言葉を引用しています。

「木の花」という名は富士山の主神「コノハナサクヤヒメノミコト」に由来しています。木の花ファミリーは、血縁を超えた87名のメンバーとゲストを合わせて100名近い人々が一つの大家族として暮らす農的共同体です。木の花メンバーは、人々が互いにつながり、助け合い、自然や生きとし生けるものと調和して暮らしています。メンバーの一人一人が自らと真剣に向き合うことで、自我を越え、その結果それぞれの個性が美しく花開いていきます。「コノハナ」の「コノ」は日本語で「個人の」、「ハナ」は「花」を意味します。

子ども:もっと大きな花を見に来て!

ここでの花は、桜(人の命の美しさ)、梅(健康の美しさ)、そして桃(桃源郷の美しさ)を表します。ですから、みんなが個人の花を咲かせれば、それが全体としての大きな大樹の花となるのです。それは、すべてのいのちがつらなり、さらに大きないのち ―― 地球という惑星を構成する自然生態系の姿そのものです。

多くの人々は今、大地の上に立ち、自らの意志によって生きていると捉えているかもしれませんが、皆さんが大地だと思っているその場所は、地球という奇跡の星なのです。地球は秒速30㎞という速度で移動しながら、もっと大きな星と星との関係の中で役割を果たしながら、存在しています。そしてそれはさらに大きな宇宙の仕組みの中にあります。同じ様に、わたしたちはわたしたちの思考をはるかに超えた大いなる仕組みの元に生かされているのです。その現実に気づかない限り、わたしたちは本当の自らに出会うことはできません。それは、わたしたちを存在させている内なる私たちの意志でもあるのです。つまり、わたしたちはわたしたちを取り囲んでいる宇宙の意志によって役割を与えられ、生かされている。そして、それは私たちの内にある意思と同じなのです。その視点を持たない限り、私たちは自らのことを知らないものだということになります。生きることは、自らを知るためにあります。そして自らを知ることは、この世界の仕組みを知ることなのです。

21世紀は人類がそのことに目覚める時代です。木の花ファミリーメンバーの一人一人も、目的は、新たな時代のひな型となり、時代と共に変化しながら、常に天の意志を地上に表すことにあるのです。全ての人々が自らの内に眠っている神聖に目覚め、善意・愛・調和のネットワークが地球全体に広がりますように。

この先の数週間、木の花ファミリーの日々の暮らしの映像をシェアしていきます。ここでシェアされるコミュニティを基礎としたエコロジカルな暮らしが、みなさんにとって有用で、元気づける情報になるものになることを願っています。

 

これからどんな映像ができあがっていくのかは、神のみぞ知る!
これからどんな映像ができあがっていくのかは、神のみぞ知る!

 

 


一人ひとりの心が変われば世界は変わる!〜雑誌「コミュニティズ」より

雑誌「コミュニティズ」
雑誌「コミュニティズ」

アメリカのコミュニティ向け専門誌である「コミュニティズ」という雑誌の2016年秋号に、ファミリーメンバーのようこちゃんの記事が掲載されました!
これは今年の春に「奉仕と活動」というテーマでの執筆依頼を受けて、自然療法プログラムのコーディネーターを務めるようこちゃんが寄稿したものです。以下に、その日本語版の全文をご紹介します。

ようこちゃん
ようこちゃん

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一人ひとりの心が変われば世界は変わる!

「ここは一体何なのだろう・・・これほど穏やかに人々が暮らしている姿を観たことがない。このような心で生きられたら、人生で他に何も望むものはないだろう。」当時29歳のわたしが日本の富士山麓にある木の花ファミリーを初めて訪問したとき、今までの人生で想像さえしなかった世界に出会いました。そして、「わたしの残りの人生でやるべきことを見つけた!それはここにいる人たちのように穏やかな心でいられるよう、皆が日々実践している心磨きをすることだ」と思い、それから4ヶ月後、木の花ファミリーに移住したのでした。その時わたしは30歳でした。

移住して間もない頃の木の花ファミリー
移住して間もない頃の木の花ファミリー

木の花ファミリーは、赤ちゃんからお年寄りまで血縁を超えた80名のメンバーとゲストを合わせて100名近い人々が一つの大家族として暮らす農的共同体です。創設者である古田偉佐美(通称いさどん)は1981年以降天からメッセージを受けるようになり、1992年、天の意志を地球全体に広めるよう天啓を与えられました。1994年、20名のメンバーが木の花農園を創立し、その後木の花ファミリーと改称しました。「木の花」という名は富士山の主神「コノハナサクヤヒメノミコト」に由来しています。それ以降、木の花メンバーは、人々がつながり、互いに助け合い、自然や生きとし生けるものと調和して暮らす菩薩の里を富士山麓に確立してきました。菩薩とは、他者の喜びを自らの喜びとし、世の為人の為に生きる存在です。

わたしが初めて木の花ファミリーを訪れたとき人々の心の中に観たものは、まさに「菩薩の精神」でした。そしてメンバーになった後、菩薩の精神を元に木の花ファミリーでは様々な社会貢献を行っていることを知りました。その一つとして、木の花ファミリーでは「自然療法プログラム」を提供しています。これは30数年に渡って10000件を越える人生相談に応じてきたいさどんをメインコーディネーターとして、うつ病や統合失調症などの精神疾患、薬物・アルコール・ニコチン等の依存症、そして不登校・引きこもりなどの問題行動や生活習慣病等を抱えている人たちがここに滞在しながら、薬に頼らず心身の健康を取り戻していくプログラムです。わたしは心磨きという未知の道を歩むためには、いさどんの元で学ぶことが最善だと閃き、いさどんと共に自然療法プログラムの担当になることを希望しました。また、今まで10年、20年に渡って改善しなかったうつ病がわずか1ヶ月で完治するようなケースを目の当たりにし、その秘密を紐解くことが新たな時代の社会創りや人々の目覚めのヒントになると強く感じました。そうしたわたしの熱意に触れたファミリーメンバーは、わたしが自然療法プログラムの担当になることを快く受け入れてくれました。このようにして、わたしの心磨きの道はスタートしたのです!

木の花ファミリーが創立されてから最初の10年間はコミュニティとしての土台づくりの期間であり、その後社会貢献の一環として自然療法プログラムが提供されるようになったのですが、当初は原則困っている人なら誰でも受け入れてきました。そうすると、中にはコミュニケーションが取れず暴力を振るう人や裸で施設外に飛び出していく人もいて、その結果わたしたちが警察から呼び出しを受けることもたびたびあり、それはそれはたいへんな時代でした。そこで、その人が改善されるタイミングが来ていないのにここで受け入れることには限界があると悟り、以降、面談で事前に本人の意志を確認し、改善の可能性のある人を受け入れるようになったのです。その結果、現在ではうつ病の人であれば、ほぼ100%改善されるようになりました。さらに、お医者さんからは一生治らないと言われた病を抱えた人でさえ、ここでは治るのです!

Yさんの物語

わたしは精神疾患を長年抱えてきた多くの人々とここで出会ってきましたが、その中でもYさんとの出会いはわたしの人生にとって最も衝撃的でした。2010年春、5年間患っていた統合失調症を改善するため初めてファミリーを訪れたYさん(当時28歳)は、彼女が病気になったためにうつ病になってしまった父親(当時61歳)と一緒にいさどんの面談を受けました。統合失調症の症状である幻覚・幻聴のみならず幻触まで現れ、コミュニケーションがスムーズに取れず、まるでロボットのようにぎこちなく手足を動かしている彼女を見たわたしは、「これほど重度の統合失調症の人にわたしは出会ったことがない。たとえ彼女がここに滞在したとしても、改善されることは難しいだろう」と思いました。ところが、彼女が改善される可能性を見出したいさどんは、病気をもたらした心の性質にしっかりと向き合い、それを改善していけば社会復帰できるでしょう、と彼女に伝えたのです!

その時のことを今、彼女はこう振り返ります。「初対面のいさどんにずばっと自分の本質を突かれたことが今でもとても印象に残っています。いさどんに『あなたは二重人格で嘘つきだね』と言われたことがその通りだったので、『この人は本物だ!この人を信じて取り組んでみよう』と思い、その年の秋に自然療法プログラムをスタートすることにしたのです。」

こうして自然療法プログラムをスタートし、みんなが善意で接しているのを感じたYさんからは徐々に緊張や不安が解消され、それと共に体の動きも自然な姿に戻っていきました。そうした姿を間近で観ることは、わたしにとって信じられないような想いと同時に大きな喜びでした。また、少しずつリラックスできるようになった彼女が滞在を開始して3日目には減薬を始め、滞在10日後には断薬し、薬がなくなっても症状が変わらないことを目の当たりにしたとき、ここには薬に代わる何かがあるのだとわたしは考えるようになりました。

今、Yさんはケア滞在の最初の2ヶ月をこう振り返ります。「毎晩の大人会議を含め生活の中でみんなが真剣に心を学ぶ姿勢から自分も学んでいくことができました。みんなと話す中でみんなが伝えてくれるベースにはその人を想う愛があることもわかりました。また、いさどんとの面談もとても効果がありました。1週間毎に行われる面談ではいさどんから課題が与えられるのですが、その結果を受けてまた次の面談で新たな課題が与えられていくのです。滞在1週間後から日記を書くことが課題として与えられたのですが、日々の中で自分を見つめ、自分が何を考え感じているのかについても、少しずつ気付けるようになっていきました。」

そして滞在がスタートしてから2ヶ月が経ったとき、Yさんがなぜ病気と呼ばれる現象をもらったのか、その事実に真正面から向き合う機会が訪れたのです!今、当時のことをYさんはこう振り返ります。「自意識の強いわたしには自分の非を認めたくないという自己防衛本能が働いていたのでしょう。だから、病気を引き起こした自らの心に向き合うために2ヶ月という準備期間が必要だったのです。滞在してから2ヶ月後、木の花ファミリーの思いやりにあふれた環境の中で自己防衛をしないでいられるようになり、自らの心を観る精度が高まった段階で、いさどんからわたしが二重人格になった経緯を次のように伝えられました。『あなたは幼い頃から母親や周囲に対して感情を抑圧する癖があり、就職してからは感情をさらに抑圧してきました。そして幻聴が始まった23歳の時に、今まで抑えていた感情が自らの手から離れて暴走し、コントロール出来なくなり、現実逃避の果てに別の人格(自分を罵倒する声)を作ってしまったのでしょう。』いさどんがそれを解明したのは、わたしの心の中にわたしが病気となる原因を作った種がある、とまさに気付き始めていたときでした。それまでのわたしなら自分の病気を両親や環境のせいにしていたので、いさどんの言っていることをそのまま受け入れることができなかったかもしれません。この面談を境に、自分ともう一人の人格を同一化する作業を第一に進めながら、自分が病気だというよりも、自分の心がそのような病的な状態をつくったのだと捉えるようになりました。それからは自意識が強い自分をよく知って、自己コントロールしていくことがもっとも大きなテーマとなりました。」

それ以降、Yさんの思考がどんどん秩序だったものとなり、彼女が書く日記や大人会議での発言も客観性を帯びた安定したものになっていきました。さらに、表情も明るく顔つきも健康になっていき、滞在3ヶ月半でYさんは見事自然療法プログラムを卒業したのです!

天からの贈り物を分かち合っていく

その後、彼女はここで長期滞在を続け、アルバイトをしながら、「かつてのわたしのような病を持つ人々を支援する仕事に就き、少しでも人の役に立ちたい」という想いから、精神保健福祉士になるための学校に通い始めました。その2年後、見事資格を取得したYさんは、2015年夏から精神保健福祉士として精神科病院に勤務するようになったのです。

現在、来院する患者さんの話を聞きながら忙しい毎日を送るYさんはこう語ります。「現代の医療は主に表面的に現れた症状に対処する対症療法であり、一般に心理カウンセリングなどもありますが、木の花ファミリーの自然療法プログラムほど心の精度の高いものにわたしは出会ったことがありません。そのため、精神科病院で出会う人の中には木の花ファミリーに来て自然療法プログラムを受けたらいいと思う人がたくさんいます。わたしはこのプログラムを受けて、自分を知り、コントロールする力を身につけさせていただいたことで、少し自信がつきました。このプログラムを受けた人たちを観ると、意欲を持って取り組んだ人達はどんどん変化し、元気になっていく姿がありました。わたし自身その姿に感動したことや、元気になった姿を見させていただいたことへの感謝が湧いてくることが何度もありました。ファミリーメンバーがこうした人々を受け入れ、人が変化していくことに寄り添い、共に歩み、回復することの喜びを共有することは素晴らしいと思いました。わたしだけではなく、ここではたくさんの人が病気の状態から脱し社会復帰していったことは、まさにここが真の癒しを提供する愛ある場である証拠です。ここはこれからの社会、また人類にとって貴重で重要なコミュニティです。」

6年前に木の花ファミリーに出会ったときは自分という狭い枠に囚われ、病的状態にまで至ってしまったYさんに今、他者の喜びを自らの喜びとする「菩薩の精神」が芽生えてきたのです。わたしが木の花ファミリーメンバーになってからもうじき9年になりますが、自然療法プログラムを担当することを通して、自分自身の成長のみならず他者のために貢献できるよう心磨きをすることは、まさにわたしの天命であったとますます実感しています。驚くべきほど短期間で人の変化を間近で見せてもらえるたいへん貴重な機会をいただき、うつ病や統合失調症などの精神疾患のみならずアトピーや糖尿病といったあらゆる心身の問題はすべて心が原因であるという真理に出会えたことは、この世界にあるすべての問題を解き明かす鍵を手に入れたも同然なのです!

日本語で「病気」は「気が病む」と書き、その原因は心(気)の滞りにあります。病気とは生命のバランスが崩れ、命と命が響き合わない状態です。それとは逆に、「健康」とは「元気」なことであり、元の気の通りに命と命が響き合いながら、連鎖し循環する姿です。木の花ファミリーの自然療法プログラムでは、20年以上もの間心の病を抱えていた人たちがわずか数ヶ月で回復するケースが多々あり、人はそれを「奇跡」と呼びます。しかしながら、なぜ病気に至ったのかを過去から現在に至るまで緻密に観ていき、病気を引き起こした心のあり方を改善する意欲さえあれば、誰でもその状態を克服することができるのです。それはこの世界の法則から捉えれば、「奇跡」なのではなく、至極「当たり前」のことです。真の意味で病気とは、本来の生命のあるべき姿から外れていることをわたしたちに知らせるメッセージであり、元の状態に戻そうとする自浄作用なのですから、ありがたいことでもあるのです。しかし、できれば健康なうちに命のありがたさに気付きたいものです。そのために、ファミリーメンバーは心磨きを最優先にして日々を生き、「菩薩」になるための道を歩んでいるのです。

わたしたちはYさんを治療したのではありません。彼女がなぜそのような状態になったのかを共に探っていっただけなのです。そして、彼女が自らの姿勢を振り返り、元の調和の心に還っていっただけなのです。わたしの生き方も木の花ファミリーの生活も、世界中にそうした調和のネットワークが広がっていくためにあります。ですから、すべての人々が健康になることはわたしたちの願いです。一人ひとりの健全な体と心が健全な世界を創っていきます。一人ひとりの心が変われば、世界は変わるのです。一人ひとりの心が元の調和の心に還っていけば、自ずと病気は消え、世界中のあらゆる問題事が自動的に解決し、平和が地球上に訪れるのです。

21世紀は人類がそのことに目覚める時代です。善意・愛・調和のネットワークが地球全体に広がることを願って、今日も日本の富士山麓にある心の湯治場では、皆さんのお越しを楽しみにお待ちしています。

 

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2016年9月、収穫祭にて