実録・心の問答集 〜 いさどん vs よしてる〈前編〉 

今年1月から2月にかけて、木の花で自然療法プログラム(通称ケア滞在)を受けていたよしてるくん。ここに来た当初は、自分は嫌われている、変に思われている、受け入れられていない、ダメな人間だ、と思い、人と関わるのが怖くて布団の中にこもっていました。
そんなよしてるくんに与えられた取り組みは、いさどんとノートのやり取りをすること。日々思ったことやどう過ごしたかということを日記形式でノートに綴り、それに対していさどんがコメントを返していくのです。このノートを通して、自分自身を客観的に捉え出したよしてるくんは、大きく変化し始めます。

今回は、この二人のやりとりをご紹介します。題して『実録・心の問答集』―――

IMG_8458IMG_9756

心の問答集
*下記をクリックすると、全文のPDFファイルをダウンロードしていただけます。
[download id=”12791″]

*5月17日(日)、自然療法プログラムをテーマに船橋で開催される「出張木の花塾」にて、
よしてるくん始め卒業生たちが体験を語ります。詳細は下記をクリック!
出張木の花塾@船橋のご案内

 

■     ■     ■

「心の問答集」とは?

37歳の佐竹慶晃(よしてる)くんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは、今から9年前のことでした。大学生の頃から鬱的だった慶晃くんは木の花ファミリーに長期滞在をしたり、その後パートナーと子供と一緒に訪問しながら木の花ファミリーと関わってきました。4年前、パートナーのあやちゃんとその子供であるあっくんは木の花ファミリーのメンバーとなりましたが、自分の心と向き合うことから逃げていた慶晃くんは、その後ファミリーとは距離を置くようになりました。

そのような中、鬱的な状態が悪化してきた慶晃くんは2014年12月に再び木の花ファミリーを訪れ、いさどんとの面談を受けた後、2015年 1月5日にケア滞在をスタートさせました。ケアの取り組みの一環として、毎日日記を書き、いさどんに提出することが課題として与えられました。ようやく自分の心と向き合わざるを得なくなっていた慶晃くんは、時には一日の日記の量が7~8ページにわたるほど、熱心に心を見つめ振り返っていきました。そして、ケア滞在をスタートしてからちょうど1ヶ月後の2月4日、ケアの卒業を迎えた慶晃くんの日記の量は、ノート丸二冊分になっていたのです。

この心の問答集は、そんな慶晃くんがケア滞在中に綴っていた日記とそれに対するいさどんのコメントの抜粋です。

自分の心を観るとはどういうことなのか?
どのように自分の心を改善していけばいいのか?
学んだことを日々の中で実践するためにはどうしたらいいのか?

この心の問答集には、人が本来の目的に目覚め生きていく為のヒントが沢山詰まっています。いつでも、どこでも、誰でもできる心磨きの扉は、今あなたの目の前で開かれるのを待っています。

 

================== 以下 本文 ==================

 

2015年1月5日 ケア滞在1日目

いさどんと面談をした。座っていさどんを見たら涙が出てきた。涙が出てくるのでまともに見ることを避けた。涙の出るわけを探ってみたけど、わからなかった。自分では自分の感情がわからない。ただ、今は感じたり、考えたりしたことを書いて、いさどんとやり取りしたい。いさどんという人をとても信用している。今まで色々な人に頼ろうとしてきたけど、みんな信用できない何かを持っている気がして頼れなかった。いさどんにプライドが高いと言われたけど、プライドが高いことが人を信じないことにつながっているのかも??とも思う。自分にはプライドが高いことがどういうことなのか、まだピンと来ていない。

今日、来てすぐに本宅の居間で待っているように言われた。みさこさんがひまわりに連れて行ってくれるからということで。待っている時に女性からコーヒーをもらった。目の前にコーヒーをドンと置かれて、どうぞと言って去っていった。その女性の態度を見た時に、自分は嫌われていると感じた。そう感じる前に相手をどういう人か・・・主には自分に害があるかないかを観察していた。その時にコーヒーをもらったことには思いが行っていなかった。欲しいと思っていなかったということもあるかもしれないけど、相手からの行動に対する思いやりはなかった。この出来事を自分なりに評価してみようと思ったけど・・・でも良くわからなかった。

このノートをもらいに事務所のような所へ行った時、5、6人が座っていた。軽く挨拶をされたりされなかったりだったけど、その時に自分の中にうつうつしている感じと、笑顔で対応したい気持ち、みんなからどう思われているのだろうと気になる気持ちとあった。自分に正直であるようにしたいと思うけど、まだ自分の本心がはっきりとわからないから、その時どうしたら良いか迷った。まり姉さんにドアを閉めてと言われた時、その表情と言い方に自分のことを嫌っていると思った。僕は今までずっと人に気に入られるように、嫌われないように振舞ってきた。だから、自分の笑顔もウソか本当か自分にもわからなくなっていて、そんなことを考えると全てどうでもよくなってくる。

ヒロッチに挨拶をされる。女の子に話しかけられる。少し笑顔になる。感情が動く。一人になると気持ちが沈む。人に話しかけられると不安が襲う。頭が混乱する。自分が自分でわからなくなる。だから、人に話しかけられたくない。不安と混乱が後で来るのが怖いから。その時少し笑顔になっても後が怖い。だから、部屋にいる。みんながいるから食堂にいるのが嫌だった。人の目を気にしている自分。部屋に帰って泣きそうになる。自分を情けなく感じたのだろうか?辛い気持ちだった。人と関わるのが怖い。大勢の中はもっと怖い。目線が気になる。自分を罰する。人を疑う。そういう心配が多い。

テーブルの一番端で食事をする。負のオーラを出しているからなのか、まわりには誰も座ってこない。色々と話しかけられてもしんどいかもしれないので、今日はこれで良かったと思っていたら、目の前にさっちゃんが座った。「今日の面談はどうだった?」と聞かれて、なかなか答えられずしばらく沈黙。「いさどんはちゃんと聞いてくれて、ちゃんと答えてくれる。今まではそういうコミュニケーションがなかった。初めてそういったやり取りをしたように思う」と答えた。さっちゃんが目の前に座った時、かなり動揺した。自分の中に話しかけられたい気持ちと話しかけられたくない気持ちと両方あって、不安になっていたから。途中でしんどくなっても、しんどいと言う度胸もないし、嫌だったりしても嫌だと言わずに我慢するから、人と関わるのを避けたくなる。早めに食事を済ませて部屋に戻る。笑顔でお帰りと挨拶してくれる人もいて嬉しくもあるけど、その度に動揺してしんどくなるので、その場から逃げたくなる。

今までケアを受けた人の話の中で、症状を必要としているという話があった。部屋で寝っころがってぐるぐると考えているうちに、自分も今の状態を必要としているのか?ということに考えがまわった。浮かんできたのが・・・人に良い顔をしないですむこと。人に良い顔をしないですむ状態を自ら作り出しているのかな・・・??わからないけどそうかもしれない。そうだとしたら、普段よっぽど人に良い顔をしていて自分を偽って、それにストレスを感じていることになる。色々考えるけど、こうやって考えることが先につながっていく気がしない。先につながるということ自体が怖い。先が怖い。

人に優しくされると一瞬嬉しいけど、その後辛くなる。辛くなって、それ以降優しくされることが怖くなる。なぜだろう?と考えてみた。優しくされた後、正直な自分でいられなくて、相手に合わせた自分でいることが辛いのかもしれないと思った。今はどのようなのが正直な自分で、どのようなのが相手に合わせた作った自分なのかがはっきりとわからない。優しくされることに罪悪感を感じているのかもしれない。わからなくなる。

~いさどんからのコメント~

これからも正直に素直に日記に自らの内側を書いていって下さい。そして、それを振り返って、自らを観る機会にして下さい。そのためのサポートはさせてもらいます。信じて正直を出して下さい。そうすれば、あなたに良い智慧が湧き出して来て、豊かで幸せな人生が待っているのです。

 

2015年1月6日 ケア滞在2日目

朝6時過ぎに目が覚める。しんどい・・・。頭が痛い。昨日のミーティングでの話がずっと頭をグルグルしている。頭がいっぱいいっぱいで、とにかくしんどい。ずっと横になっていたい。横になっていると廊下で人の声や足音がする。こっちに来ないかと不安になる。人と接触して、その時心が不安定になることが怖い。

~いさどんからのコメント~

ここですでに不安定になっています。

昨日のミーティングで、いさどんはこう生きれば豊かになるという説明をしていた。私は豊かな人間関係と聞くとゾッとする。人と関わることが増えてくることに恐怖があるかだと思う。自分自身は何を望んでいるのか、自分で良くわかっていないと思う。何かを望んでいるフリとか、つもりになっているのかもしれない。本当に何を望んでいるのかをはっきりさせる必要があると思った。どうしたい?どうなりたい?という質問には何も出てこない。何もしたくないと思う。

~いさどんからのコメント~

いつからそのようになったか考えると良いですね。

自分は何でも悪く取ると言われた。傷ついたり、嫌な思いをするのが怖いのでそうなのか・・・。自分が受け入れられる気がしない。自分自身もまわりの人に対して敵意を持っている。正直でいると嫌われると思っている。正直でいることを恐れている。

~いさどんからのコメント~

それは、ウソつきで生きていくということです。

いさどんから「わからない」というストッパーが働いていると言われた。それはわからないほうが良いからなのか・・・。わからない状態を必要としているというようなことも言われて、なぜなのだろうと思った。今この状態が必要な理由は何なのか・・・。

~いさどんからのコメント~

わからないとしておいたほうが、何も取り組まなくて良いからです。

いさどんから愛の話を聞いたときに、愛と愛情の違いについて知った。愛は無条件のものであり、愛情はそれに情がついている執着の状態。私が求めているものは愛情だと思った。ずっと小さい頃から愛情が欲しくてたまらなかった。でももらえないから、そうじゃないフリをしていたと思う。大人になるまでそのことに気付かなかった。愛の話を聞いても、私には愛の良さがわからなかった。やっぱり愛情を求めていて、愛情に価値を置いているのだと思う。

~いさどんからのコメント~

それはないものねだりの心です。愛は、与えて成立するものです。

いさどんに、日記には不平不満ばかりだと言われた。そう思っていなかったので驚いた。不平不満が当たり前になっていて、自分で気付かずにいる。食堂にいる時やまわりに人がいる時、常におびえていて体が固くなっている。びくびくしている。何かが怖い。

~いさどんからのコメント~

それはまわりの人が原因なのではなく、あなたの心が創っているのでは?

部屋にいる時に昨日のミーティングの話を思い出していると、また不満な気持ちが出てきた。神様に対する不満。こんな宇宙の法則の中で、こんな性格に生まれ育ったらしんどいだけの罰ゲームみたいなものなのではないかと・・・。それに僕は学びたいとも成長したいとも思っていないし、無理矢理そんな所に突き落とされている気がして、どうしても神様を良く思えていない。

~いさどんからのコメント~

それはあなたの勝手ですが、その結果が今の人生に現れているのでしょう。

僕は理屈っぽいのだけど、理屈をうまく扱えないというか、むしろ理屈に振り回されてマイナスなことになっている気がする。いさどんの話を聞いても、うまく生かせないばかりか、悪くするものとして働かせている気がする。何か違った方向で、理屈ではない何かを見つけていかないとどうしようもないかも・・・と思った。

~いさどんからのコメント~

その通りですが、それをどうするかはあなたの意志です。

お風呂でこうちゃんとすれ違う。何も気にしていないようで、実はすごく気にしてくれていると感じる。部屋に帰って泣く。涙の理由はわからない。泣いた後に、ありがとうと思った。

~いさどんからのコメント~

自分に対する愛情を求めているのですね。

食事中、ヒロッチと話をした。話の中で「生きていて良かったね」と言われた。生きるということを否定的に捉えている自分にとって、その言葉を聞いてすごく複雑な気持ちになった。今晩は食事があまりおいしく感じられなかった。今の自分の状態では、食事をとる必要はないのかもと思った。

~いさどんからのコメント~

何度も自分の日記を読み返して下さい。客観的に自らを観て判断することが大切です。

 

2015年1月7日 ケア滞在3日目

今朝は昨日ほどしんどくなかった。不愉快の感じも少なかった。昨晩のミーティングの途中で無理せずに早めに部屋に戻り、いっぱいいっぱいから抜けて余裕をつくることを自分で良しとしたこともつながっているのかなと思った。正直にするとはこういうことなのでしょうか?

~いさどんからのコメント~

それは自分に素直になってきたということですね。

ノートのいさどんのコメントで、少しずつ自分の正直な気持ちとか、これからの指針が見えつつあるのも自分を落ち着かせていると思う。こういうやりとりをさせてもらっているのも、自分には心の安定にすごく良いような気がしている。今までこういうやり取りを求めていた気がする。今の状態の自分をとがめたり、変な心配をする人がまわりにいないこと、受け入れられていることを少しずつ感じてきていて、そのことも自分を落ち着かせてくれていると思う。

~いさどんからのコメント~

客観的な目線が育ってきています。この姿勢を忘れないようにしましょう。

11時頃起きて、ノートを書く。今朝から少しだけ作業をしたい気持ちが出てくる。12時になり、昼ごはんを食べるかどうか迷う。ノートを書いたりするだけの力はつけておきたかったので食べることにする。まわりの人に色々思われるのが怖かった。何もしていないのに食べるだけは食べるのだと思われるイメージが出てきた。でも悪く取らない、と心に思って、それを消そうとした。それから、もしそう思われても、自分はちゃんと目的があってそうしているのだから堂々としていようと思って、食事に行った。それでも食堂に行くと、人との接触を避けて人目を気にする自分がいた。部屋に帰ると、午前中とは違い、すごくストレスを感じるようになっていた。そういえば、以前にも似たような経験があると思った。それは、精神病院に入院していた頃の話。入院したては、とにかく人が怖くて部屋から出られなかった。食堂に行くのも必死で、とにかくものすごいストレスでしんどかった。それからストレスなく食堂に行けるようになったのだけど、なぜそうなれたかは思い出せない。ただ、この先こうならないようにするには、どういう心がそれを創っているのかを知らないといけないような気がする。

ノートのいさどんのコメントにあったように、まわりのせいではなく自分の心が創っていると思うのだけど、どういう心が創っているかはまだはっきりとはわからない。人から受け入れられないとか、嫌われていることを恐れる心がある。そういう心が創っているのですか?

~いさどんからのコメント~

それはあなたの潜在意識の中にあることですから、癖のように出てきます。これからゆっくり観ていきましょう。

昨日のノートのコメントで、「ここでもうすでに不安定になっています」という意図がわかりません。人と接触して不安定になることを恐れ、現実に接触する前にもう不安定になっているから、すでに不安定になっていることについて考えてみなさいということですか?

~いさどんからのコメント~

現象に出会う前に不安の心の種(癖)がすでに発生しているということです。

「ないものねだりの心」というのは、汚れた心なのですか?今まで私は愛情が足りないので必要だと思っていました。そして愛情・・・。ノートでも、いさどんに指摘された自分に対する愛情を求めています。自分に対する愛情は私には必要のないものなのですか?

~いさどんからのコメント~

愛は一方的に与えるものです。それに情がからむと執着になります。もっとさわやかに心を表現したいものです。

「愛を与える」とはどういうことですか?自分なりの解釈だと不安なので、説明が欲しいです。愛は宇宙の法則ということが頭にあって、わけがわからなくなっています。単純に思いやりということでいいですか?

~いさどんからのコメント~

愛には、高い精神から湧いてくる無情の愛もあれば、個人的な執着の愛もあります。

いさどんからのコメントで、豊かな人間関係と聞くとゾッとするのを「いつからそのようになったのか考えてみたら良いですね」とありました。いつからかははっきり覚えていませんが、5歳ぐらいの時にはもうみんなから嫌われているイメージができていて、姉の友人のお誕生日会に行くのも怖かったし、近所の子供達と遊ぶのも向こうから誘ってくれないと遊べなかったし、一緒に遊んでいても嫌われるのを怖がっていました。でも、そういえば20歳ぐらいまでは豊かな人間関係にまだあこがれは持っていたような気がします・・・。大人になって社会に出て色々な人達と接していく中で、少しずつあこがれが消えていって、人間関係というものが苦しく辛いだけのものと思うようになっていった気がします。

~いさどんからのコメント~

次回の面談の時に詳しく聞かせて下さい。

神様を良く思えないということに対し、「その結果が今の人生に現れているのでしょう」という指摘については、そうかもしれないと思いました。はっきりとはわかりませんが、今までの考え方や性格が自分の人生を創っているのは事実だと思うので、どうにかして変えていくことが人生を変えることにつながると思います。だから、勝手な考えにもっと気付いていく必要があると思いました。

~いさどんからのコメント~

良いところに気付いています。そこの気持ちを大切にしていきましょう。

理屈ではない何かを見つけることに対して、「その通りですが、それをどうするかはあなたの意志です」とおっしゃいましたが、このノートを続けていれば見つかっていきますか?今、思いつくのはこのノートを通じてということと、作業をメンバーの人と一緒にさせてもらったら何か見つかるのかもと思っています。どう思いますか?

~いさどんからのコメント~

ノートの交換もそうですが、色々な物事の捉え方を色々な人に聞いて、自らの考え方やものの観方を広げていくことが大切です。その為に今、この取り組みをしています。あせらずやっていきましょう。

正直でいることを怖れて、ずっとウソつきで生きてきました。自分が正直でいる感覚もわかりません。今、自分は正直なのか?そうでないのか?と自分で自分を疑ってしまい、混乱します。でも、ウソつきで生きていくのはもうしんどいので、やめていく方向で正直のトレーニングをしようと思います。・・・というのはやっぱり人と関わる必要がありますね。少しずつですが努力します。

~いさどんからのコメント~

そうですね。この日記は全体に正直に書けています。

素直とはどういうことですか?たとえば、言われたことをそうですね、とそのまま受け取ることですか?それから、誰に対しても素直でいたほうがいいですか?

~いさどんからのコメント~

それは相手にもよりますが、まず正直と素直はセットで考えなければ意味がありません。そして、気持ちを楽にして望むべきです。

「わからないとしておいたほうが、何も取り組まなくても良いからです」という解説がありました。確かにその時は何もしたくないという思いがありました。ノートを書きたいとかミーティングで話を聞きたいということはありましたが、その上でそれを生かして取り組むところまでは、しんどくてしたくなかったです。今は、ちょっと取り組みたいと思っています。ただ、何をどのようにということについては、慎重に決めたいと思っています。またもう嫌だ、やめたいということになりたくないので。

~いさどんからのコメント~

本当は、自分で決めるのではなく、流れに任せられると良いですね。

一通りいさどんのコメントについてノートに書く。書き終えたら気が楽になった。そして、心に余裕を感じる。そこで、ここに来た経緯を振り返ることにした。今まで人生のほとんどにおいてうまくいかなかったこと。苦しんで自分ではどうしようもなくなったこと。自分の中にうまくいかない元があって、それをどうにかしないと何をやってもダメだと思ったこと。今の自分の性格だとやればやるだけ問題を大きく広げると思ったこと。それをどうにかしないと生きていても仕方がないと思って、ここに来ようと思った。

食事中にひろみちゃんに「ノートに沢山書いているね」と言われた。その後に「浅い所でいっぱい考えても仕方がない。深い所で考えないと・・・」と言われた。そう言われるということは、僕は浅い所でいっぱい考えているのだろう・・・。でも、考えや内容が浅い・深いが僕には全くわからない。今まで深いとか浅いと思ったことが一度もない。今、自分のやっていることを不安に思った。深い考えとは一体どのようなものなのでしょうか?

~いさどんからのコメント~

物事を観る時に主観で観ることと客観で観ることの違いがあります。さらに、その奥に客観背後の視点もあります。

 

2015年1月8日 ケア滞在4日目

朝6時半頃、目が覚める。睡眠中ずっと夢を見ていた。体が重い。胸が苦しくて少し呼吸がしづらい。何を考えるのも、何をするのも嫌だった。隣にいるサポーターのゆうくんの気配を感じ、何も話しかけてこないでくれと願っていた。

~いさどんからのコメント~

それではゆうくんに失礼ですよ。もし、人が隣にいることが嫌なら一人部屋でもいいですよ。それではケアが進みませんが。

私は緊張して相手と接する時や自分で自分のことがわからない時が多いので、やり取りが成立するように適当なことを言ったり、ウソをついたりしてしまう。会話でのコミュニケーションだと、心の動揺と自分の気持ちの確認で余裕がなくなる。

~いさどんからのコメント~

良いやり取りをしようとしないで、浮かんできたことを素直に語れば良いのです。カッコつける心があると難しいです。

食堂にいる時、自分の動きを一つ一つ見られている気がする。そして、こう動いたら変なのではないか?と気にして変にならないように気をつけて行動する。特に気にするのが今まで暗くしていたのを明るく振舞うとか、じっとしていたのに急に何かやってみようと動き出したりすること。

~いさどんからのコメント~

誰があなたを見ているのか、本当のところを確認する必要があります。

そのことを考えていたら、昔のことを思い出した。昔、僕は何かあるとすぐ泣く子だった。泣いていて、何かの拍子に機嫌が良くなってパッと笑ったりすることもよくあった。その時にまわりから、泣いたカラスがもう笑ったとバカにされ、笑われた。そのことがすごく嫌だった。ひょっとしたら、そういうことが自分の中にトラウマのようなものとして引きずっているのかもしれないと思った。

~いさどんからのコメント~

それは昔のことであり、今と区切りをつけて観る必要があります。皆はそれを過去のこととして忘れていくのです。

横になっていると、胸が苦しくなってきた。心臓の音がすごく大きく聞こえた。しんどいと思いながら横になっていたら、外からいさどんの声が聞こえてきた。ランニングシューズの話だったけど、その話の最後に「余裕がないとダメだよ」と言っていた。それを聞いて、自分も余裕がないのかなと思った。少し余裕が出てきても、またすぐいっぱいいっぱいになる。それでしんどくなって布団にこもって、何もしたくないと思うのだけど、それを客観的に見てみた。客観的に見ると・・・無理しないでいいから見守ってあげようと思った。

~いさどんからのコメント~

これも主観ですよ。

私は主観が強くて主観を大事にしていることが良くわかってきた。いさどんのコメントの意味や意図がよくわからないので、サポーターのゆうくんに解説してもらった。とてもわかりやすく解説してもらった。そして最後にゆうくんが、「僕の話は僕の主観も入っているから、色々な人の話も聞いたらいいよ」と言われた。いさどんのコメントにもそういうことが書いてあったと思い、機会があったらそうしようと思った。夕食の時、誰かに聞かなければと思い、ノートを持っていった。勇気が要ったが、りゅうしろうくんに声をかけた。忙しいということでヒロッチを勧めてくれた。ヒロッチに聞いたら、丁寧に細かくわかりやすく説明してくれた。質問した以上に沢山説明してくれたのだけど、その部分がよくわからなくて頭に入らなかった。そのことを不満に思った。教えてもらってありがとうとは言ったけど、感謝の気持ちが少なかった。自分は性格が悪いと思った。ゆうくんに、客観的にものを観られるようになると感謝の気持ちが出てくると言われたのですが、自分もそうなりますか?

~いさどんからのコメント~

そうなりますか?と聞いて、どうしたいのですか?大切なのは、自分がそうなりたいかどうかなのです。相手に自分の意志を聞くことではありません。

今もノートを書いていて、「ああ、もう嫌だ。何もしたくない」と思い、また横になる。

~いさどんからのコメント~

そうして時間が経ち、年を取っていくのです。

昨日のノートのコメントについてですが、これからの取り組みについて、「流れに任せられると良いですね」とありましたが、それは自分でああしようと思わずに、向こうからやってくるのを待つということですか?

~いさどんからのコメント~

向こうというのは、どこをイメージしているのですか?この世界の動きには全て流れがあり、それは法則に則って動いているのです。それが読み取れる人になりたいものです。

一昨日のノートのコメントで、「何度も自分の日記を読み返してみて下さい。客観的に自らを観て判断することが大切です」とあったので、ノートを読み返す。つい感情移入して、主観的になる。客観的にと思いながら読もうとしたけれど、客観的に読むことができなかった。なぜ?と自分に聞いてみた。「つまらない。」そう思った。それはなぜ?と思った。なんて情けないことなのだと思った。そういう自分を端から眺めてみて、「何をしにここに来たの?」「何のためにここにいるの?」と思った。情けないけど、見捨てないであげようと思った。気を取り直してまたノートを読む。

~いさどんからのコメント~

本当の自分を知ることは、人によっては勇気の要ることです。しかし、自分を知らずして、人生に何を積み上げていくかということです。有意義な人生は、自らを知り、成長(変化)することを楽しむことです。そう想いませんか。

 

2015年1月9日 ケア滞在5日目

9時頃まで横になる。起きて顔を洗い、談話室に行く。途中ヤスエさんに挨拶をする。ここに来て初めて、自分からきちんと挨拶をした気がする。少しずつここの生活に慣れてきて、生活のリズムが良くなっている気がする。ケア卒業生の滞在記は、自分の気持ちを支えてくれる。自分もそうなれると思わせてくれる。

昼食の時、長期滞在中のあわちゃんの前に座った。ちょっと話してみたいと思っていたが、自分からは話しかけられなかった。そうしたら、あわちゃんから話しかけてくれた。お互いのことを少し話した。うまく話をしようとか、カッコつける心や失敗して傷つくことを怖れることが、自分から話しかけられなかった原因だと思う。まだいさどんのアドバイスを聞き入れられていない。

~いさどんからのコメント~

結果を先に考えずに行動しましょう。

あわちゃんと話した後に、隣に座っていたともちゃんにノートでわからないことを聞いた。わかりやすく説明してくれた。このノートは色々な人の話を聞くことにも、すごく役立っている。ともちゃんのおかげで、なぜトラブルが起きるかとか、自分の本当に望んでいることを知ることができた。私はあらゆることに感謝できる人になりたいし、みんなと仲良くできるようになりたいです。

~いさどんからのコメント~

その為にはどのような姿勢になったら良いのでしょうか。

昨日のコメントで「ゆうくんに失礼ですよ」とありました。そう言われて、失礼なことなのだと頭では思うのですが、実際に失礼だとは感じません。失礼だということ自体が良くわからないのかもしれません。人に対する思いやりや感謝の心がないのだと思います。でも、ケアは進めたいので一人にしないでください。ゆうくんがいてくれたから、ノートをきっかけに色々な人と話をすることができるようになっています。ゆうくんのおかげです。それを思い出すとゆうくんのありがたみが出てきました。ゆうくん、ごめんなさい。質問ですが、この「ゆうくん、ごめんなさい」という気持ちと「ゆうくん、失礼しました」は同じ意味ですか?そもそも失礼の意味がわからないです。

~いさどんからのコメント~

相手の内にある真実とあなたが感じていることに違いがあり、それがわかったら失礼しましたと伝えるべきではないですか。

昨日のコメントで、「誰があなたを見ているのか、本当のところを確認する必要があります」とありましたが、とりあえず自分自身は見ていると思います。それからまわりの人については聞いていないのでわかりません。でも、まわりの人は見守っているだけなので、見られていたとしても変には思っていないですね。変に思っているのは自分自身だけです。

~いさどんからのコメント~

そうですね。そこの仕分けには注意しましょう。

昨日のコメントで、「それは昔のことであり、今と区切りをつけて観る必要があります。皆はそれを過去のこととして忘れていくのです」とありましたが、忘れるということも意識的にできるのですか?忘れたいので、というか、とらわれたくないので、忘れようと思います。

~いさどんからのコメント~

今に注目して生きる人や未来に希望のある人は、過去にとらわれることが少ないです。

昨日のコメントで、「これも主観ですよ」とありました。しんどいと思っている時に客観的に見ようとすることは、今取り組むことがある状況だったら、しんどいと思っていたとしてもそれは無視して、取り組んでいくということですか?

~いさどんからのコメント~

客観的に物事を捉えると、心は苦しくなくなるものです。

昨日のコメントで流れの話があり、「向こうというのはどこをイメージしているのですか?」とありました。向こうというのはどこということはないのですが、受け身でいて渡されることをやると思ったのです。誰かが頼んできたことをやるとか、自分からは動かないと思ったのです。違っていますか?

~いさどんからのコメント~

その通りです。ただし、流れは自分の意志とは関係なく流れているのです。それを逃さないようにしたいものです。

昨日のコメントで、「有意義な人生は自らを知り、成長(変化)することを楽しむことです。そう想いませんか」とありましたが、私には心から楽しいと思うことがなくて、多分成長したと思ったこともないので、今は取り組んでみてそれが楽しいかどうかやってみます。

~いさどんからのコメント~

楽しいと思う心がないのは、何か心にゆがみがある状態です。その状態は正したいですね。

少しずつ色々な人が声をかけてくれるようになり、コミュニケーションが増えてきたが、まだ自分の枠を超えているわけではない。そうさせてもらっているのがほとんど。夜8時、明日から開催される大人サミットの会議が始まった。僕自身、いさどんに勧められて大人サミットに参加するし、この会議に参加してみたら?と言われたので、参加してみた。でも、集まってきたみんなを見て、自分だけ場違いな感じがして焦った。いさどんが入ってきた時に、「なぜ場違いな人がいるの?」と言われそうな気がしてそわそわしていた。実際はそんなことを言われなくて、結局自分が自分でそう思っているだけだった。

~いさどんからのコメント~

自分で勝手に思っていることが多くなると、ストレスが多くなります。

大人サミットの内容を聞いていくたびに、「大丈夫かな、大丈夫かな」と不安になった。普段は横になったり、ノートを書いているだけだし、今日やっとおやつの時間に出られるようになったぐらいだし、何かしんどいことが起きたらどうしようと会議中に何度も何度も不安になった。でも、ケア卒業生の滞在記に、何かあったとしてもまわりが助けてくれるし、安心してやってみたらいいと書いてあったし、妄想は妄想だし、とにかくやってみようと不安になるたびにそれを振り払って自分を落ち着かせていた。みんなの配慮も感じられて嬉かった。難しそうな内容だけど、大人になりたい、自立したいと思っていたので、良いきっかけにしたい。

~いさどんからのコメント~

それはとても良い判断です。あなたの成長の為にも、自分の知らない世界の価値に出会うことが大切ですね。前向きに、リラックスして参加しましょう。

 

2015年1月10日 ケア滞在6日目

昨日のミーティング中に、私のことが少し話題に出された。いさどんの話では、私は自分のことを緻密に観ることはできている、今とらわれの中にいる、この先うまくいけば使いものになる、ということだった。その話の中で、とらわれの中にいるということは自分でもわかった。緻密に観ることができているとか、使いものになるという話はピンと来なかった。そういう自覚がない。昼にともちゃんから、いさどんのコメントをそのまま受け取ればいいんだよ、と言われたのを思い出した。そうなんだと受け取ることにする。自分には何もできない・・・この先もできないかもと思っていたけど、このまま続けていけば何かできるようになるのだと思い、少し希望が持てた。

~いさどんからのコメント~

信じる者は救われると言います。信じて先に向かっていきましょう。

そうしていたら、隣の部屋で声がした。まっちゃんだった。まっちゃんはケア滞在をしているゆっくんのサポーターなので、ゆっくんを起こしに来たようだった。「そうやって怠けてどうするの。生活のリズムを直しに来ているのに」とはっきりと厳しく伝えていた。それを隣の部屋の布団の中で聞いていて、自分も同じように怠けていると思い、起きてノートを書きに談話室へ行った。そうしている間にずっとまっちゃんの声は聞こえていた。まっちゃんはゆっくんのためを思ってわざと厳しくしている、それはまっちゃんの愛だと思ったり、まっちゃんとゆっくんを端から見ていて客観視を意識できたり、自分も客観的に見るとゆっくんと同じようだと思ったり、ゆっくんがこういう役をやってくれるから自分や色々なことのためになっているのかも、と多くのことを思わせてくれた。色々教わった気がした。

~いさどんからのコメント~

学ぶ気になれば、どのようなことからも学べますね。

妄想が出てきてすぐに体が緊張する。余計な心が多い。多い時は数分に一回ぐらいのペースで妄想と不安にとらわれる。トイレでこのことを考えていると、いさどんの「自分は無力だ。だから天意を表せる」と言っていたのを思い出した。自分も無力だと思ってみようと思った。自分で自分を守ろうとして緊張が起きているような気がしたから。自分には自分を守る力はないと思ってみた。イメージすると怖かった。しばらく考えていて、ああ、そうか、すでに守られていると思えばいいのだと思った。いさどんも安心して色々やれる世界なのだと言っていたし、今の環境はみんなに見守られている環境なのだ。本気でそう思えていないから、まだまだ緊張が直らないのだけど。守られている、自分で守る必要はないということをこれから意識することにする。

~いさどんからのコメント~

素晴らしい気付きです。ミーティングでみんなにシェアして下さい。

昼食は大人サミットのメンバーが並んでの食事だった。まわりの人たちが話しかけてくれて、少しずつ人と関わることがしんどく感じなくなってきている。昼食から帰ってきたら、ゆうくんが部屋にいた。僕が今までゆうくんに思っていた不満や不安を話した。それで、今までゆうくんがどういう思いでサポートしてくれていたかを聞いた。僕が勝手に思っていたこととは違っていて、僕の状態にふさわしくケアがきちんと進むように丁寧に見てくれていたことを知った。それを聞いて自分が間違っていたと知り、失礼しましたと伝えた。でも、まだ相手に悪かったという気持ちが少なかった。少しはあった。そのことも伝えた。少しずつでいいよと言ってもらえた。ありがたい。優しいと思った。

~いさどんからのコメント~

この箇所もミーティングでシェアして下さい。

昼食後、子供達の自己紹介の後で僕の子供であるあっくんとある女の子がマイクを取り合っていた。それを見ていて、あっくんが勝つように応援していた。結局女の子が勝ったのだけど、ものすごく感情移入して胸が痛んで、悲しい、かわいそうだという気持ちになった。こういった気持ちをあっくんに向けないように気をつけようと思った。もう無くなったと思っていた子供への執着の強さを知った。私が育てなくて良かった。

~いさどんからのコメント~

この部分もミーティングでシェアして下さい。

大人サミット参加者に対するウエルカムコンサートでは、途中から自分の心が軽くなり、自分が自分でなくなる感じがして、頭がポーッとした。その場の力にものすごく感化された気がした。ケア中だということ、まだまだ進み始めたばかりだということを忘れないようにしたい。

~いさどんからのコメント~

とても良い流れで進んでいます。この姿勢を忘れないように取り組んで下さい。

 

2015年1月11日 ケア滞在7日目

日記の内容をミーティングでシェアしてみないかといさどんに言われた。去り際に「あなたの人生だから強制はしないけどね」と言われた。その時に突き放されたような感じがし、寂しさが襲ってきた。でも、これは今の自分に丁度良いように伝えてくれているのだということと、自分の甘えた心がそう見せていることなのかもと思った。そう思えたのは、ゆうくんが僕に対するサポートの姿勢を教えてくれていたから。僕にかまって欲しいという心がある時、ゆうくんはそういう僕の波動を感じてそれにふさわしく関わっていると教えてくれた。いさどんが去った後にけいご君が「今日の大人ミーティングではまわりにマイクを渡されて受け身で発言したけれど、次は自分の枠を壊すために自分から発言する良いチャンスだね」と言ってくれた。この出来事をわかりやすく解説してくれた。僕が何もしなくても、次から次へと事が運ばれていく、というようなことを思った。また、いさどんの「僕は無力だから天意を表せる」という言葉が浮かんだ。ひょっとしたら、無力というところに立てば、全自動で事が運ばれていくようになると思った。無力の無は無限の無。全ての力を持っているということなのかもと思った。

~いさどんからのコメント~

そうですね。

自分が人の話を聞いていてしんどくなる理由に、こういうやり取りにしたい、こう返して欲しいという思惑があり、そのことで思い通りでない時のストレスがある。それから、そのストレスの中で次々と進んでいく話を処理しないといけない脳の負荷の大きさ。自分の思惑がストレスを生んでいる。いさどんの指摘の通りです。

大人サミットの中で昨日の日記をシェアしようと思っていた。サミットのどこかで、サミット中に思ったことがあればそれも一緒に自分から発言するつもりだった。タイミングを見計らっていたら、いさどんが途中で自分の話を止めて僕の発言の場をつくってくれた。自分のタイミングでと思っていて、急にその場が与えられたので、「ええっ!」となり、どうしていいかわからず固まってしまった。それでいさどんにフォローしてもらってシェアした。自分のタイミングでと思っていたけど、促してもらえて助かったという反面、自分で場をつくろうと思っていたのに~という不満があった。最後に参加者で輪になって座談会をした。そこで聞きたいことや言いたいことがあったのだけど、みんなの流れについていけなくて、なかなか発言できなかった。最後にいさどんが僕に話を振ってくれたので、一つだけ言いたかったことが言えた。この時、まわりの目はほとんど気になっていなかった。後でこの出来事を振り返った時に、あの時いさどんがシェアの場をつくってくれて良かったと思った。サミットの空気を壊さず、しかも僕の話をみんなに受け取ってもらいやすいように場をつくってもらえたおかげで、全体としても僕個人としても、とても良い感じにできたと思った。不満に思うことは一つもなかったのだと思った。

~いさどんからのコメント~

(後でいさどんに聞く)

 

2015年1月12日 ケア滞在8日目

朝、大人サミット主催者のじゅんぞう君と話す。昨日一緒にいて思ったことを伝える。じゅんぞう君の意見を聞き、自分の中に支配したい心があると気付く。

~いさどんからのコメント~

どのような場面でそう思うのですか。

今日は大人サミット最終日。サミット中、自意識にとらわれる。そのたびに意識をサミット全体まで広げてみる。そうすると、今、全体が良い感じだと捉えられたり、思い通りにしたい気持ちが少なくなったりする。自意識とサミット全体の意識を行ったり来たり。そうしている中で、正直に出すことも取り組んでみる。できるだけ思ったことを言う、やる。前よりは良くなってきている。

~いさどんからのコメント~

大きな進歩です。

~慶晃くんのコメント~

言われた通りにやってみた結果です。一歩一歩みんなの話を参考にして進めていきます。

いさどんに言葉に力が出てきたと言われた。内容は無いとも言われた。言葉に力が出てきたのは、不安の心が少なくなってきたからだと思う。言葉を形として表していくことがこれからの課題。

~いさどんからのコメント~

そうですね。

正直を意識する。ウソをつかないということを意識する。一つの行動の中に沢山のウソを言う、言わない、言い方、言う時の態度、表情、時。正直を意識すると、自分のウソが何重にも出てくる。色々考える。思考で収めることを卒業しよう。

~いさどんからのコメント~

やっていって下さい。

 

2015年1月13日 ケア滞在9日目

大人サミットも終わり、昨晩のいさどんとの一週間面談の結果、今日から作業に出て学んだことを日々の中で定着させていくことになった。今日の畑作業はカトケンと一緒だった。カトケンが僕のことを嫌だと思っているように見えた。そう思っている?とカトケンに聞いた。心の癖が出たのだとわかった。おやつの時、カトケンがみんなにこの話をした。不思議と僕自身の個性に興味を持つ人が多い。自分の個性も悪くないのだと思うようになってきた。

~いさどんからのコメント~

どのようなことでも、まずは正直から始めれば、最後は好感を持たれるものです。

~慶晃くんからのコメント~

信じるしかないですね。努めます。

カトケンと作業をする。カトケンの動きがゆっくりではっきりしていなくて、どんよりという感じに思えた。何も言わずに姿が見えなくなったり、説明がよくわからなかったりで、そのことを不満に思った。不満が出るのはケアの意識が低いからだと思った。

~いさどんからのコメント~

そんなことはありません。いつでも正直を出して下さい。

午後の作業は伝えてもらっていなかったから、どうするかはみんなの作業の割り振りをするひろみちゃんに任せようと思った。それでカトケン以外の人と作業になったらいいなと思った。食堂で座っていると、正面でともちゃんが話をしていた。「いただくものだよ」「流れに任せて」という言葉が聞こえた。カトケンから学ぼうとする気持ち、主体的に続ける意志と、流れに任せることの両方を大切にしたかったので、カトケンと作業を続けるという思いを持って、ひろみちゃんに「作業はこの後どうなっていますか?」と聞いた。気持ちは晴れていた。「カトケンとの作業だよ」と言われた。その時カトケンが前に来た。「午後も一緒なのでよろしくお願いします」と伝えた。作業中、自分が自分が・・・という心になる。そうなると、心が嫌な感じになり、意識をみんなでとか、相手も自分というふうにすると楽しく、楽な感じになる経験をした。ゆがみが少しずつ正されてきつつあるのかなと思った。

~いさどんからのコメント~

良い振り返りと捉え方ができています。

昨日のノートのコメントで、私の支配したい心があるという話に対して、「どのような場面でそう思うのですか」とありました。人と話をする時も都合の良いように思われるようにとか、都合の良いように話や出来事が流れるようにと思います。何もしていない時も何かしている時も、自分の都合の良いような出来事を空想し、都合の悪いようなことが起きたら嫌だと空想します。現実では無理なので、空想の中で処理しているのだと思います。自分の理想の扱われ方があり、そうなるようにコントロールしたい心がウソをつき、自他を責めるという行動につながっていると思います。昨日の大人サミットで「明日もみんな、一緒に頑張りましょう」と言って場を良くしようとか、参加者の気持ちを上げようと思ったことも、自分の思う「良い」というものにコントロールしようとしていると思います。

~いさどんからのコメント~

どちらにしても、この世界に存在していることは思うようになりません。それは全てについてです。特に自分自身の思惑については手放すことが大切です。

 

2015年1月14日 ケア滞在10日目

午前中は大勢で落ち葉集めに行った。何を大切にして作業にあたるか色々迷った。生活のリズム、けじめをつける、エネルギーを行動へ向ける、正直に出す、意識を広げる。落ち葉を集めながらゴミが気になればゴミを拾い、小道をきれいにしておきたかったらそれをして、自分の思考が気になればチェックしたり、立ち止まって全体をチェックしたり、意識を広げようとしてみたり、思ったことを口に出して手を止めてしばらく話をしたり、その時その時で色々やってみた。くにさんと心のシェアもできたし、人目を気にせずに色々やれたし、楽しくそこそこ懸命に作業ができた。

~いさどんからのコメント~

良い時間を過ごしていますね。

午後も落ち葉集めだった。午前中より早く丁寧に集中して作業をすることを心がけた。行動としてはそうできたけど、頑張っていると思われているのではないかとか、あの人に話しかけられたらこんなことを言おうとか、午前中よりもいっぱい余計な思考・心の癖が出た。持続的に作業ができたのは良かったけど、心の癖をコントロールできなかった。これをどうするかは次の課題です。

~いさどんからのコメント~

心をコントロールする方向は色々あります。それをつなげて流れを創っていくことも面白いと思います。

詳しくは書きませんが、被害妄想、人を悪く思う心、正直を出さない、自分だけのことを考える、無駄に思考をまわす、思い上がる、ケアを取り組む姿勢が崩れる、まだまだいっぱいしょっちゅう出ています。

~いさどんからのコメント~

内にあるものは出てきます。それを早く正直に出して、新しい自分にリニューアルしていく楽しみを味わっていくことも有意義な人生になります。

~慶晃くんからのコメント~

体験してみます。

 

2015年1月15日 ケア滞在11日目

自分と他人、自分とまわり、全てにはギャップがあり、そのギャップを無くす作業をしている。そして、そのギャップが豊かさを生んでいる。いさどんが説明していたことに少しずつ納得し始めてきた。

~いさどんからのコメント~

難しいところに気付きましたね。

ケアを卒業し、今ヘルパー滞在中のたかちゃんから自分を好きになれないという話を聞いた。僕は少しずつ自分が好きになってきている。それは正直を出してまわりからフィードバックをもらえた結果だと思っている、と伝えた。でも、まだまだそれほどはできていない。

~いさどんからのコメント~

良い役割を果たしてくれています。

こういった出来事も一つの情報なのだと思った。今までは経験を情報として意識的に積み上げる人生を送って来なかった。これからは・・・と言いたい所だけど、先を思うと不安が襲う。意識を自分からまわりや今に向ける。怖くなくなる。今のことだけ考えられたら・・・。良くそう思う。

~いさどんからのコメント~

そこがポイントです。

昨日のコメントで、「心をコントロールする方向は色々あります。それをつなげて流れを創っていくことも面白いと思います」とありました。意味が全くわかりません。

~いさどんからのコメント~

それは大人サミットで僕が話した、一止(いっし)の話ではないですか。

 

2015年1月16日 ケア滞在12日目

今日はひろみちゃんと作業だった。一日、全体的に楽しく作業ができた。しかし、スムーズに楽しく作業を続けたい気持ちがあり、相手の顔色を伺うことが度々あった。嫌われたくない気持ちも出る。表面上はうまくいっているようで、深い所ではうまく関われていない。信頼できていない。正直でないことも度々。まだまだ浅い所にいる。この壁は自分にとっては今まで越えたことがないので、大きな課題。

~いさどんからのコメント~

今までの自分を所有していなければ、難しいことではありませんね。

毎日少しずつ精神的にも体力的にも余裕が出てきている。その余裕の使い道に気をつける。昨日のノートで僕が「今のことだけ考えられたら・・・」と書いたら、コメントで「そこがポイントです」とありました。今の取り組みと今のことだけ考えるということに大きなズレを感じます。そう感じた後で、今のこと=自分の今のことではなく、今=自分+まわり全部のことなのか?と思いました。それでも、今の取り組みとのズレを感じます。

~いさどんからのコメント~

それをつかむには、その奥にある流れをつかむ(感じ取る)ことですね。

一止の話をもう一度してもらえませんか?自分の進んできた道を止まって振り返ってみる。それで、間違った方向に進んでいたら、正しい道へ向き直す、ということで合っていますか?

~いさどんからのコメント~

人は未来(前)に向かっている時は、可能性(選択肢)は沢山あるものです。しかし、後を振り返って観ると、一本道を歩んできているものです。そこで前ばかりを観ていないで、時々ポイントの時に後を振り返り、一本道に歩んできた今までを振り返って、未来に向かっていく道の指針にしていくと良いのです。それを一度止まって振り返る「一止」と言って、正しい道を行くために生かしていくということです。

 

2015年1月17日 ケア滞在13日目

毎日少しずつこなすこと、考えることが増えていっている。そのことにとまどいながらも、こなせていっていると思う。お誕生日会の出し物があり、一つの山だったけど、無事にこなせた。良かった。自分壊しというものは、できないことをできるようにするというより、私はあなた、あなたは私ということに少しずつ近づけていくことだと思うようになった。そう思うようになって取り組むことがずいぶんと楽になった。今の環境だからこそ、ということはあるけれど。ここは人間の再生にはとても良い所だと思う。

~いさどんからのコメント~

良い意味でそれを利用して、あなたの人生に生かして下さい。

今日のお誕生日会、そして1月31日に行われる富士浅間木の花祭り、今まではこういう豊かさを受け入れる余裕は無かったけど、受け入れる余裕が出てきた。ただ、感謝の心がとても少ないことがとても心配です。

~いさどんからのコメント~

これから、少しずつ身につけていけば良いのです。それには世界観を広げていくことが大切です。

 

2015年1月18日 ケア滞在14日目

お風呂でカトケンに今まで思っていたことを話した。カトケンは「自分にはない考えを聞けて良かった。言ってもらえて良かった」と言った。その後、まこっちゃんも加わって3人で話をした。自分もカトケンと同じような所があると思った。カトケンは自分にない心を持っていて、自分にもある心の癖も持っている。先生でもあるし、鏡でもある。

~いさどんからのコメント~

そのような人間関係は一つのモデルのようなものですね。

昨日のお誕生日会の出し物のことを子供達がまねしたり、色々聞いてきたりした。大人のメンバー達も良かったと言ってくれた。ああいう機会を与えてもらえてよかった。客観的に見たり、自分を手放したり、まわりを信じたり、色々と取り組めた。

~いさどんからのコメント~

積極的な姿勢が評価できます。

昨日のコメントで、「世界観を広げていくことが大切です」とありましたが、世界観を広げていくとは自分の枠を広げていくということですか?それとも世界や宇宙がどういうものか、それがどのように創られているのかという事実を知っていくことですか?どういうことなのでしょうか?

~いさどんからのコメント~

正確に言うとその両方ですが、どちらか理解しやすいほうから進めていくことです。

一昨日のコメントで、「それをつかむにはその奥の流れをつかむ(感じ取る)ことですね」とありましたが、それは客観背後や時代の流れを感じ取るということですか?

~いさどんからのコメント~

客観背後までは行かなくても、客観的視点や時代の流れをつかむことです。

以前に、子供達に怖さを感じると伝えましたが、子供達に対する怖さは自己否定、子供に対してこう接しないといけないという勝手な考え方、自分自身が子供の時に同年代とうまく関われなかったことのトラウマから来ていると思います。一昨日のコメントで、「今までの自分を所有していなければ、難しいことではありませんね」とありましたが、勝手な考え方やトラウマにとらわれていることから離れることが、今までの自分を所有しないということなのかと思ったのですが、そうですか?

~いさどんからのコメント~

その通りです。それも世界観を広げる出発点になります。そして、子供の頃のトラウマを卒業して大人になっていく近道です。

 

2015年1月19日 ケア滞在15日目

作業中とおやつの時間に日和ちゃんと一緒だった。日和ちゃんは中学校を卒業してからそのまま木の花に就職した、16歳の大人最年少メンバーだ。主体性があって自分にとらわれていない感じにとても刺激を受けた。正直な態度の見本を見せてもらえた。受け入れられない、嫌われたくない等々、色々な思いが出てきたけど、自分を所有しないことを意識して、できるだけ正直に関わってみた。そのおかけで、日和ちゃんの年代に対する怖さはだいぶ少なくなったと思う。

~いさどんからのコメント~

この感情は、あなたの一人よがりのものです。それを持つこと自体、空想なのです。

~慶晃くんからのコメント~

そうなのですね。わかりました。

この一週間、前回の面談で課題として与えられたリズム良く一日を送ることはできたと思う。でも、作業への集中度はいまいちだと思う。思考を無駄に使うことも少なくなった。体力的な問題と疲れが溜まってきていて、動きが悪くなっている。回復のサイクルがもっとできてきたらと思う。次々と出来事がある中で、基本的なことや一度つかんだことを忘れがちになっている気がする。不安が出る。焦りすぎだと思った。客観的に見れば、何でもないことだと思える。

~いさどんからのコメント~

アンダーラインの所は、もっとしっかり振り返って下さい。細かな振り返りはできています。

夕食後にたかちゃんと話した。たかちゃんと話をすることで、自分自身がこれまで何を経験したか、その経験を通して今どのように考えているのか、何をしているのかを振り返る良い機会になった。それから、作業中のたかちゃんの集中力と集中することへの意識は、僕には足りていないと思うので良い刺激になった。

~いさどんからのコメント~

具体的にどのような内容だったのですか。

 

後編に続く!〉

 


ワケあり女さんからの「一年のお礼」

以前このブログにも登場した自然療法プログラム卒業生のHちゃん、別名“ワケあり女”さん。
木の花に来た当初は、自分の部屋から食堂まで歩くこともままならなかった彼女は、今や塾講師として職場でも頼りにされている存在です。
そんなワケあり女さんが、滞在1年を迎え、木の花のみんなへの手紙を大人ミーティングで読み上げてくれました。
 
■    ■    ■
 
一年のお礼
 
私は去年の3月26日にここ木の花に来ました。この不思議の国に来てえぐいほどマジなやつらに囲まれ生活し一年がたちました。ここに来る前は近所の精神障害者向けのデイサービスにさえ行けない具合の悪さでした。私はここに到着した時、道中の疲れでつっぷし、しばらく動けませんでした。あの頃、状態が悪い時は字も書けなかったので日記も書けるか不安でした。そんな私が、今みなさんのサポートを受け、働いています。授業中二人の生徒を教えるのですが、片方では英語を教え、もう片方では数学を教えたりしています。ここに来る前は訪問担当の永山さんとの会話もままならなかった私がここにまで回復したのは、みなさんのおかげです。っていうか同時にふたつの教科を教えるなんて以前元気だった時もできたかどうかあやしいです。それから来たばかりの時はいさどんより500g体重が重く、大人ミーティングでみなさんの間を抜ける時、よく腹が誰かの後頭部にあたってしまっていました。なぜか特になかのんの後頭部をよくすっていました。今では、なかのんの後頭部に当たることもなくなり、このとおりのスレンダーボティを手に入れました。まだまだいろんなことに敏感な私ですが、実はここに来て不整脈と乳腺症と電磁波過敏症も治りました。本当にみなさんのおかげです。
 
ここまで回復できた要因は何と言ってもいさどんの的確な面談ですが、それだけではなくやはりこの場もたいへん大きいです。倒れても大丈夫という安心感を与えてくれるサポート体制と同時に、自分を生かしてくれるこの場があってこそ私のようなケアの人たちがスムーズに社会復帰できるのだと思います。実はこれはさらっと流せることじゃありません。病院に通う病人ではなくなったけど、社会復帰できるほどじゃない期間を見守られスムーズに成長させてもらえる環境というのは本当に得難いものだと思います!
 
それから、この前東京を歩いていて思ったことがありました。何度となく血の気がひく感じと共に足元がふらふらしながら歩いた場所を、私は安定感を持って歩いていました。そしてあの時はあんなに具合悪かったなーとセンチメンタルな気持ちで思い出すこともありませんでした。それは「全ては善きことのため」ということを教わっているからだと思います。新宿駅で奇声をあげて駅員に取り押さえられている人を見ても、テレビや街中で雨のように降る悪いニュースを目にしても心も体もふらふらしないのは、「全ては善きことのため」ということ学んでいるからであり、またそのことを信じ、その学びを実践している人たちに囲まれて生活しているからなんだと感じました。極度の疲労感という幻覚が治っただけではない、それ以上の安定感を、確かなものをここでいただいているのだと実感しました。
 
このすじの通った本来の人と人とが支えあい学びあって生活する場をつくってくださっているみなさんに心からお礼を言いたいです。日本語にありがとうという意味の言葉がたくさんあるならそれらを花束のように集めてみなさんに言いたいけど、ありがとうしか思い浮かびません。なのでただ腹のそこからありがとうと言いたいと思います!
 
■    ■    ■
 

そう言ったかと思うと、突如自分の服をまくり上げ、みごと手に入れたスレンダーボディを披露して「ありがと〜〜」とハラ踊りを踊りながらみんなの間を練り歩きだしたワケあり女さん。
メンバー一同度肝を抜かれ、拍手喝采!!
 

このスレンダーボディを見よ!!
このスレンダーボディを見よ!!

 
もうなかのんの頭もすらない!!!
もうなかのんの頭もすらない!!!

 
ワケあり女さん、ありがとう♪
 

============================================

ワケあり女さんが、なぜ自分は回復したのか、その軌跡を軽妙な語り口で克明に綴ったブログはこちら!
『ワケあり女 in 木の花ファミリー』

そして5月17日、木の花ではなぜ病院で「治らない」と言われた人々が治るのか、そのナゾを解き明かす出張木の花塾が千葉県の船橋にて開催されます!自然療法プログラム卒業生も参加します。現代医療の限界を突破するヒント、ここにあり。病気を持つ人も持たない人も、どうぞお越しください!
『出張木の花塾@船橋
  欝も統合失調症もプレゼント 〜 奇跡の自然療法プログラム〜』

============================================
 
 


16年間苦しんできたアトピーへ、ありがとう

19歳でアトピーを発症し、以来16年間その症状に苦しみ、ずっと引け目を感じて生きてきたというともくん。先日大人ミーティングで、これまで誰にも打ち明けられずに来た想いをシェアしました。(こちらの記事にてその内容をご紹介しています。)
16年間の体験を通し、自分のアトピーの原因は心にあるのではないかと感じて「僕に、心とは何かを教えてください」というともくんに、いさどんは「アトピーの症状を治す方法は伝えられないかもしれませんが、アトピーをもらって『ありがたいな』と思える心は伝えてあげられます」と答え、面談の場を持ちました。

面談後、「あまりにも言われることがひとつひとつ図星なので、頭の中が真っ白になりました」と言っていたともくんですが、この面談を経ての今の想いを、再び大人ミーティングでシェアしてくれました。
以下、その全文をご紹介します。
  
■     ■     ■
  
いさどんの面談を受けました。
家族のこと、家系のこと、自分の進む道標など、
多岐に渡る話を聞くことができました。
多くのことに気づかされました。

僕の両親は12年前に離婚しています。
「両親の離婚の理由はなんですか?」
いさどんから問われました。

僕はその問いに答えることができませんでした。
両親のことを何も知らなかったという事実に気づきました。
両親だけではありません。よく考えてみると、
兄弟のことも深くは理解していないのです。

最も身近な存在であるはずの家族、
そのことに関心がない。
僕は他者に対して無関心であることに気づかされました。
それはつまり、
「自分自身に対しても無関心である」ということだったのです。

僕は自分のことが、全く分かっていなかったのです。
僕にとっては驚愕の事実でした。
「目から鱗」とは、まさにこのような心境を意味しているのだと思います。

「君の心から、エネルギーや声は流れているはず」
いさどんは僕に言いました。

しかし僕は、それらを受け取ることはおろか、感じることすらできていませんでした。

当然です。僕の意識は、常に表面上の肌のことや外面に集中していたからです。

「健常な肌ではないからこそ、辛い苦しい状態だからこそ
感じられる気持ち、見える世界があるはずです。
それは、君にしか感知できません。君だから理解できる真実です。
君が感じたその世界や真実を発信してみてください。
それが君の役割なのかもしれません」

いさどんは、僕に方向性を示してくれました。

誰かを救うことができるのではないか。
社会を良い方向へと変えていくことができるのではないか。
いさどんとの面談を経て、こんな感情を抱くことができました。

19歳の時から悩み苦しんできた体験が、誰かを助けることができる。
僕だから感じることができる世界や真実がある。
僕が感じた思いや考えを発信することで、世の中を変えていくことができる。

このように考えた時、僕の中で意識の変革が起きました。

今まで味わってきた体験は
僕にとって大切な財産であり、宝物だったのかもしれないと・・・
それは神がくれた贈り物だったのかもしれないと・・・

僕は今まで、自分の内面を見つめることを怠ってきました。
自分らしく生きることができていませんでした。
魂の成長や向上を意識することなどありませんでした。
自分を好きになることができずに、下を向いて生きてきました。

これからは、自らの役割を果たしていきたいと考えています。
自分自身を見つめ直します。
体内の内なる声に耳を傾けます。
湧き上がってくるエネルギーを全身で感じます。

そのためにも、
意識のベクトルを外面ではなく内面に方向転換します。
心の奥にある、神の意思を感じていきたいと思っています。

いさどんとの面談は、僕に重要な気づきを与えてくれました。
全てのことに意味があったのです。
そう思うと、感謝の気持ちを抱くことができました。
心が楽になりました。

意識が変わることによって、
やるべきことがはっきりと見えてきた気がします。
僕だからこそできる役割を、
果たしていきたいと考えています。
楽しい人生を歩むことができそうです。
楽に生きていくことができそうです。

ありがとうございました。
  
  
 


「僕に、心とは何かを教えてください」〜 アトピーになってみて

ただ今木の花にヘルパー滞在中のともくん。16年前にアトピーを発症し、その苦しみを誰にも打ち明けられずにいました。
そんな中、ある日の大人ミーティングで、1ヶ月間の真学校受講生のあわちゃんが自分の想いを正直にみんなにシェアする姿に感銘を受け、「自分もやってみよう」と今の想いを綴り、翌日のミーティングでシェアをしてくれました。
以下に、ともくんのシェア全文と、それに対するいさどんのコメントを紹介します。
 
 
■    ■  ともくんのシェア  ■    ■
 
19歳の冬でした。今から16年前のことです。
突然、僕の肌に異変が起きました。
乾燥して、かゆくなってきたのです。
乾燥、かゆみの範囲は徐々に全身に広がっていきました。

大学卒業後、就職して社会人になりました。
忙しさとストレスで、症状はかなりひどくなりました。
病院へ行きました。ステロイド剤を処方されました。

その瞬間から、負の連鎖の始まりです。
症状の悪化が著しくなりました。
それは現在にまで至っています。

僕は過去、多くの民間療法を試しています。
病院にも3回入院しています。
それら全て大した効果はなく、一時的な対処療法に過ぎませんでした。
莫大な経済的負担を親にかけました。
仕事を失いました。
ステロイドの影響で、皮膚の状態を更に悪化させてしまいました。

引け目を感じていました。
劣等感を抱いて生きてきました。
日々の生活に、幸せを感じることなどありませんでした。
悩み苦しみを、ずっと心に抱え込んでいました。

3年前、長い間使用していたステロイドの塗布をやめました。
社会生活を営む上で、ステロイドは欠かせませんでした。
他者と接する仕事だったため、皮膚を取り繕う必要があったためです。
必要悪と割り切って使用を続けていました。

ステロイドの使用をやめた途端、リバウンドが襲ってきました。
全身から浸出液が溢れてきたのです。
激しいかゆみ、乾燥のため、眠れない日々が続きました。
体中から異臭が漂っていました。
仕事の継続が不可能になりました。
実家に戻らざるを得なくなりました。

本当に辛い時期でした。

それからは、自然治癒力での完治を目指しました。

食生活を変えました。
安静な生活を過ごしました。
そのおかげで、かなり身体は改善しました。

「肌の状態を完治させるには、本格的に食事を変える必要がある。
体内の自然治癒力を高めて完治させるしかない。」

これが病気に関する僕の考えでした。

食事を変え、生活習慣を変えたおかげで
社会復帰できるまで改善させることができました。
ステロイドを使用する必要がなくなりました。
日常生活を送る上で、ほとんど支障がなくなりました、

僕は、全体の70%くらいは治ったと感じています。

しかしながら・・・
残りの30%は、食事や生活習慣だけではどうにもならないのです。

「もしかして、心の状態が関係しているのではないだろうか?」

うすうすは感じていました。
木の花ファミリーでの滞在生活を通して、
この事実に間違いはない、と確信することができました。

こんなことを聞きました。

「病気は心に起因している。心が変われば、病気は消える。」
「本当の自分を知れば、病気はなくなる。」
「心で想っていることが、現実社会に現象として現れている。」
肌の状態を完治させるためにも、心を見つめ、健全な状態にしたいと本気で思っています。
しかし、漠然としすぎているため、どうすればよいのか皆目わかりません。

森羅万象に感謝するように心がけています。
不平不満、愚痴や悪口、泣き言などを口にしないように心がけています。
綺麗な言葉を口にするように心がけています。
何事も前向きに考えるようにしています。
他者と接する際、笑顔を心がけています。

でも、これだけでは足りないみたいなのです。

病気のおかげで気づけたこともあります。
そのおかげで出会えた人も、たくさんいます。
決して良くないことばかりではありませんでした。

「心を見つめ、本当の自分を知りたい。今、与えられている試練を終わらせたい」
現在の僕の正直な思いです。

困難に遭遇したとき、どのような心持ちでいればいいのでしょうか?

健全な心のあり方、持ち方、考え方など
どうすれば獲得できるのでしょうか?

「楽に生きる」とは
どのような生き方なのでしょうか?

僕は今まで、どんな状況も自分一人で解決してきました。
誰にも相談することなく、抱え込んでいました。

心の問題に関しては、僕の独力では解決できそうにありません。

僕に、心とは何かを教えてください。
僕には重すぎる問題です。力を貸してください。
よろしくお願いします。

ありがとうございました。
 
 

■    ■  いさどんのコメント  ■    ■
 
昔、えいこばあに初めて会った頃、えいこばあは「お金ないない病」にかかってました。お金があるのに、ない、ないと言っていて、いつも眉間にシワを寄せて暗い顔をしてました。家に行って玄関を開けると、突き当りの部屋からえいこばあが内職のミシンをする音が聞こえてくるんだけど、その「ダダダダッ」という音が「カネカネカネカネッ」て聞こえたくらいです(笑)。

えいこばあは在日韓国人で、戦後の日本で大変な差別を受けながら育ってきました。それで「私ほど不幸な人はいない」と言ってました。でもね、僕はその話を聞いて思ったんです。
「あなた、五体満足じゃない。子どももきちんと育って、成績も優秀で、いったい何に文句があるの。世の中には戦争に巻き込まれたり、もっと大変な目にあってる人がいっぱいいるんだよ」って。

人は、自分の考えというのを確立するものです。ただ、その考えの方向がどの方向を向いているかで、どんどん良くなる人もいれば、どんどん卑屈になっていく人もいます。エネルギーの向かう方向によって、まったく違ってくるんです。

ともくんという人の魂の形を見てみると、もともとはとても頑固で自分流にやりたがる傾向が強く、人の話に耳を傾けない人です。
それがなぜ、今これだけ謙虚になっているのかというと、そうならざるを得ないだけのものをもらってきたからです。もしもこのアトピーがなくて健康だったら、今ごろ人の話は聞いていないでしょう。

自分を不幸だと思えば、そこには不幸な解釈が生まれます。けれども、これを通して自分は聞く耳を与えられたんだ、と思えば、それは感謝になりませんか。そしてそれを通して人が生きることの意味を知るという、チャンスでもあるのです。

ここにケア滞在(自然療法プログラム)をしにたくさんの人が来ますが、うつ病や引きこもりになりたての人というのは、なかなか良くなりません。なぜなら、まだまだ自分の力で治せるとか、医療の力で治せると思っているからです。
ところが、10年も20年も病気をやってきていい加減打つ手がなくなって来た人は、改善が早い。それは、「自分でできる」という心がなくなり、他者の言葉に耳を傾けるからです。他者の視点を通して自分を客観的に観る力を身に付けた時に、病気を生み出していた自身の本当の姿を知り、治していくことができるのです。

もうひとつ。
ともくんのシェアには、「教えてください、それによって治りたい」という気持ちが表れています。それは、「治りたい」という想いの方が先にあるということです。
そこで大事なことは、これをもらったことによって自分は何を与えられたのか、ということです。実は、すでにいっぱい与えられているんですよ。

例えば、目が見えなくなるのと耳が聞こえなくなるのとアトピーになるのと、どれを取るかというような話なんです。
もしかすると、目が見えなくなったら「アトピーの方がよかった」と思うかもしれません。でも、目が見えない人というのは、目が見える人とは違うものが観えたりします。耳が聞こえない人は、聞こえる人と違うものが聴こえたりする。そういうことだと思うんです。
その病気も実は与えられているものであり、そこから学べることがたくさんある。

だけど、それを学んだからと言って、そのアトピーが改善される保証があるかと言ったら、ありません。今の症状は心から来ていますが、じゃあ心を治したらその症状が消えるんだ、と言ったら、医者の治療と一緒です。
「いただいたものに感謝する」という心があったら、そのアトピーはありがたいものになります。そういう心で進んでいったら、結果として、症状は良くなるかもしれません。でも、たとえ症状が良くならなくてもそれはありがたいものだから、そのまま付き合い続けてもありがたいのです。

ともくんのシェアの文章は、力強い。その力強さと、「僕がこうなれたのはアトピーがあったおかげです、アトピーさんありがとう」という心があったら、あなたは他の人を救えるようになると思いますよ。人はこういう心で生きていけるんですよ、ということを、示していくことができるのです。

ガンになって余命1か月半と言われた人が、ガンと楽しく付き合おうということを全国で講演してまわっていたら、ある時、「とうとうガンが消えてしまいました」と書かれた年賀状が届きました。そうなるには何年もかかったんですけどね。

今与えられているものが不幸なもので、だから心を治してこれを改善したい、その方法を教えてください、と言われたら、僕はこう答えます。
 
「ここは、アトピーの症状を治す方法は伝えられないかもしれませんが、
 アトピーをもらって『ありがたいな』と思える心は伝えてあげられます。」

 
それだけです。
 
 
 


よしてるくんのケア滞在記

立春正月の2月4日、1ヶ月間のケア滞在(自然療法プログラム)を経て見事卒業を迎えたよしてるくんの卒業コンサートが行われました。今回のブログでは、卒業コンサートの際によしてるくんが発表したケア滞在記、ケアコーディネーターのようこがシェアしたよしてるくんのケア滞在の振り返り、そしてケア責任者であるいさどんからのコメントをご紹介します。

よしてるくん
よしてるくん

 

■  ■ よしてるくんのケア滞在記 ■  ■

 
ケアを決める時も、またケア滞在中も、僕の前にケアを卒業した人たちのケア滞在記を読み直しました。それに何度も背中を押してもらいました。だから、僕の滞在記がこの先ケアを受ける人が出てきた時に何らかの足しになるように、そういう思いで書いてみました。

感謝
主治医のいさどん、ケア担当者のようこちゃん、サポーターのゆうくん、そしてメンバーとそれ以外の皆々様、どうもありがとうございました。おかげさまで、本日を持ってケアを卒業することになりました。

ここに来た経緯
そもそも今回僕がケアを受けることになったのは、社会の中にうまく馴染めずにいて、うつ状態のようになり、どうにもならなくなったからです。病院での治療や数々のセラピスト、ケアサポートグループ等も頼ることがありましたが、思ったような成果は上がりませんでした。人を信じられなくて、人と繋がることができなくて、一人、世界と切り離されて暗闇の中を生きていました。そういう経緯があり、以前訪れたことのある木の花ファミリーに救いを求めてやってきました。

ここに来た当初
ここに来た当初は、ここに来る直前よりも状態が悪化して、被害妄想や先取り不安、自己否定にとらわれ続けていました。嫌われている、変に思われている、自分は受け入れられていない、ダメな人間だ、人と関わるのが恐い、そう思いながらずっと布団の中に閉じこもっていました。当初はとても苦しかったけど、今思うと、そうであって良かったと思います。自分の心の闇がそこで大きく出たからこそ、そのことに対して取り組むことができて、先へと進めた気がします。

いさどんの話に聞き入るよしてるくん
いさどんの話に聞き入るよしてるくん

回復への取り組み
そんな僕に与えられた取り組みは、いさどんとノートのやり取りをすること。日々思ったことやどう過ごしたかということを日記形式でノートに綴り、それに対していさどんからコメントをもらう。そのノートを通して、自分自身を知ること。自分が持っている考え方や繰り返し続けている行動を知ること。その考え方や行動のきっかけになっている心を知ること。頭の中にあることと事実とのズレを知り、正していくこと。ズレが正されていくことで、どういう現実が現れるか、現れた現実をどのように感じるかということを体感すること。

この取り組みを毎日続けることで、知らず知らずのうちに状態は改善されていき、1ヶ月でケア終了となりました。

どんど焼きでのひとこま
どんど焼きでのひとこま

自分自身の状態に合わせて過ごし方や取り組み内容を柔軟に設定してもらえたので、スムーズに順調に進むことができました。不思議といつも丁度良いタイミングで丁度良い人や出来事が現れて、トントン拍子にケアが進みましたが、それはここの人々の多様で柔軟な人間性と活動がケアの基盤となっているからだと思います。

ケアを受けるにあたって、主治医のいさどんとサポーターのゆうくんだけでなく、メンバーの皆さんや大勢の滞在者、来訪者の皆さん、ここの子供達すべてがケアを進めるサポーターとしての存在になってくれていたと思います。

食事会イベント「恵みいただきます」にも参加
食事会イベント「恵みいただきます」にて

1ヶ月というケア期間でしたが、この1ヶ月はとにかく自分自身と向き合う1ヶ月。出会う人達と出来事を通して、いかに己を見るかという1ヶ月でありました。その中で、僕が社会の中で人間不信になり、世界から切り離され暗闇の中を生きていたのは、自分自身にその元があるからだということを知りました。

ケア期間中にケアを受ける立場としてはとても良い評価をもらえることもありました。でも、僕は他のケアの人より優れていたとは思えません。僕が木の花に出会ったのは27歳の時。今年で10年目を迎えます。

何となくここを訪れて、ちなっぴーに声をかけられて、いさどんとまりちゃんに面談してもらって・・・。「何かをする前に心を正したほうがいいね」と言われて、その日からここに住み込むことになって・・・。それから木の花との縁が始まりました。当時はいさどんも毎日畑に出ていて、一緒に作業することも度々ありました。一緒に作業しながら神様の話をしてもらったり、「まわりの影響を受けないように過ごせるようになることだね」とアドバイスをもらったり、「繊細かつ大胆に」とレイキやQホーの扱いを教えてもらいながら心の在り様を教えてもらったりしました。

卒業コンサート
卒業コンサートより

そういうところから始まって、逃げ出したり、またここに来たりしながら、10年目にしてようやく自分と向き合う気になり、卒業を迎えることができました。それほどに出来が悪く歩みが遅い自分ですが、だからこそ培われたものがあると思っています。そういった経験がこれから先、何かに生かされていったら嬉しいです。

いさどんといると妙なことばかりが起きますが、それがだんだん面白くなってきました。いさどんがなぜこれほどまでに人に愛されるか、僕なりに感じることがあります。

多くの事実を知っている。みんなを率いていく力がある。みんなを誰よりも深く愛している。いろいろあると思うけれど、1番はそういう全部をひっくるめて、この人といると面白いからなんじゃないだろうかと思っています。

この先、定められたシナリオをなぞっていくだけの人生なのかもしれないけど、そうやって生きていく中で真実を知っていく。もしくは思い出していく毎日を、肉体が尽きるまでは続いていくのだろうと思います。そういう毎日を楽しんで歩んでいこうかと思います。
 

卒業コンサートの最後に帽子を脱いだら、なんといつの間にか坊主になっていたよしてるくん。みんなびっくり!
卒業コンサートの最後に帽子を脱いだよしてるくんは、なんと坊主になっていたのでした

 

■  ■ よしてるくんのケア滞在を振り返って ■  ■

〈 ケアコーディネーター:ようこ 〉

昨年12月はじめ、久しぶりに木の花ファミリーを訪れ、うつ的になっていたよしてるくんは、いさどんとの面談の中で今のアルバイトをやめられたらケア滞在をしたいと話しました。そんなよしてるくんにいさどんは、「今のあなたの人格的な問題は、自分に中途半端に甘く、けじめがつかないことです。人に対してはデリカシーがないので厳しいことを要求するのに、逆に自分に対してプライドが高くだらしがないところがあるので、冷静に自分を観て、そのアンバランスの整合性を取る覚悟が自分にできるかどうかです」と伝えました。その後、よしてるくんは昨年末にアルバイトを退職し、今年の1月5日にケア滞在をスタートさせました。

自分の想いを語る
自分の想いを語る

ケア滞在当初は、よしてるくんは出会う人や出来事一つ一つに対し、不平・不満を感じ、メンバーに話しかけられても不安が襲い頭が混乱し、挨拶をされないと嫌われているのではと不安に感じ、人と関わるのが怖い、大勢の中はもっと怖いと感じているような状態でした。敵意的に何でも悪く受け取っていたよしてるくんに対し、いさどんは「あなたが出会うことは全て、あなたの心が創っています。これからも正直に素直に自らの内側を出していって下さい。そうすれば、あなたに良い智慧が湧き出して来て、豊かで幸せな人生が待っています」と伝えました。

その後数日は、食事・入浴・夜のミーティング以外は部屋で過ごすことが多く、不平・不満が頭をグルグルと駆け巡りながら、日記には「神様に対する不満がある。こんな宇宙法則の中でこんな性格に生まれ育ったらしんどいだけの罰ゲームみたいなものなんじゃないかと・・・僕は学びたいとも成長したいとも思ってないし、無理やりそんな所に突き落とされている気がしてどうしても神様を良く思えない」と書かれていました。

味噌仕込みにも挑戦!
他の滞在者と一緒に味噌仕込み

しかし同時に、皆からの声かけによって少しずつ心がほぐれてきたよしてるくんは、食事の時に以前は端の方の席で皆と接点を持たないように座っていたところから、皆と関わろうとする姿勢が見え始めました。日記にも「いさどんからのコメントによって少しずつ自分の正直な気持ちやこれからの指針が見えつつあり、自分を落ち着かせてくれている。今の自分を受け入れられていることを少しずつ感じてきていて、そのことも自分を落ち着かせてくれていると思う」と書いており、いさどんからは「客観的な目線が育ってきています。この姿勢を忘れないようにしましょう」とコメントがあり、よしてるくんの心の変化をまわりの人たちも感じるようになりました。そのあたりから、よしてるくんの理屈っぽい性格が自らを冷静に客観的に分析する方向へと転換し出し、日記の中に書かれているいさどんのコメントに対してさらに質問を尋ねたりと、その能力が芽生え始めたのです。

自身の日記を読み上げる
自身の日記を読み上げる

そして、いさどんから大人サミットへの参加を勧められたよしてるくんは、素直にその提案を受け、早速参加することになりました。参加するにあたり、ネガティブな思考もまわりながら、大人になって自立するための良いきっかけにしようとする前向きな心もあったよしてるくんは、大人サミット初日の日記の中で以下のように書きました。「妄想と不安でさいなまれている時、『自分は無力だから天意を表せる』といういさどんの言葉を思い出した。自分で自分を守ろうとして緊張するから、すでに守られていると思えばいいんだ。今の環境はすでに見守られている環境なんだし、自分で守る必要はないということをこれから意識することにする。」それを受けていさどんは、「素晴らしい気付きです。ミーティングにてシェアして下さい」とコメントし、日記をシェアしたその日のミーティングでは皆から拍手が起こりました。

順調にケア滞在が進んでいき、1週間面談では学んできたことを定着させていくことが次の課題として与えられました。そして、余計なことに思考をまわさず、必要なことにエネルギーを使えるよう規則正しく生活をするため、翌日から作業に参加することになりました。

2月に誕生日を迎えたよしてるくん
2月に誕生日を迎えたよしてるくん

自分の心を見つめつつ作業をしながら、それは正直を出すことを実践する機会にもなっていました。作業中、自分の思うようにやってほしい、言ってほしいと自分に意識が向かうことを認識したり、そういうときには立ち止まって全体を見渡し意識を広げようとしてみたり、想ったことを正直に口に出してみたりと、その都度素直に行動することを心がけていきました。そんなよしてるくんにいさどんは、「内にあるものは出てきます。それを早く正直に出して、新しい自分にリニューアルしていく楽しみを味わっていくと有意義な人生になります」と伝えました。そのような中で色々な人と話す機会が増え、毎日少しずつ精神的・体力的に余裕が出てきたよしてるくんは、自分壊しのためにお誕生日会で「ふるさと」を歌う機会も得ました。

子どもたちからも誕生日カード
子どもたちからも誕生日カードのプレゼント

畑で作業をするようになって1週間が経ち、朝きちんと起き1日作業に出るという規則正しいリズムが送れるようになった頃、2週間面談の場がもたれました。前回の面談で与えられた課題が達成されたことが確認され、順調にケア滞在が進んでいるため、面談もすぐに終わりました。ただ、よしてるくんとしては何とか出来たという認識であり、学びが実践として定着できていないギャップを感じていたので、次の1週間は当たり前にそれが出来ることが課題となりました。

また日記から、ヘルパー滞在のTくんに良い影響を与えていることが読み取れ、いさどんからは「良い役割をありがとう。これからも自分のために、そして同時に人のために正直を出していってください。そうすれば、新しい人生は自然にあなたの前に現れてきます。自らの変化によって喜びが生まれてくるような希望ある生き方をしてください」と伝えられ、さらによしてるくんの日記は、素晴らしい問答集として今後ケアを受ける人たちのためにもまとめていくことが決まりました。

その後も、よしてるくんはメンバーや長期滞在者の特徴を捉え、その上でコメント出来ているといさどんから評価されてきましたが、本人としては学びがまだまだ定着しておらずその意志が弱いと認識していて、正直を出せているかどうかをチェックしながら日々を過ごしていきました。また、人に話を聞いてもらうことに悦を感じ、その原因はストレスや不満があるからだと捉えていたよしてるくんは、自分勝手な思い込みやウソがそのストレスの元だと認識し、引き続き学びを実践する日々を送っていきました。

みんなに見守られて鬼の舞を舞う
みんなに見守られて鬼の舞を舞う

そして、3週間面談も順調にケアが進んでいるのですぐに終わり、この1週間でケア滞在後の方針を決めていくことになりました。その後も、正直・素直・信じることから逃げ出したい気持ちになったり、何を決意したらいいのだろうかと色々考えた末、なるようになるからと考えるのをやめたり、過去の経験を元にして未来に不安を持ち、何もしたくない気持ちになったりと揺れる心も出てきましたが、1月31日の富士浅間木の花祭りで鬼の舞を体験することによって、日常でいかに自らにとらわれ、保身にエネルギーを使っているかということに気づかされたようでした。また、いかに自分が皆から見守られ応援されているのか、この世界の本当の姿はこうなのだと教えてもらったような気がすると語るよしてるくんには、この舞の体験が今後に生きる大切な出来事となりました。

そうしてケア滞在をスタートしてからちょうど1ヶ月が経った今日、卒業を迎えることとなりました。ケア滞在中、私たちにとって良い刺激となってきたよしてるくんが、今後ますますよしてるくんらしく生き生きと充実した人生を歩めますよう、今後も共に歩んでいけたらと思っています。卒業おめでとうございます。
 

■  ■ いさどんからのコメント ■  ■

 
今まで色々な人達のケア担当をしてきましたが、今回のよしてるくんのケアは途中経過だと思っています。通常ケア滞在というのは、その人やその家族の健全を図って進んでいくものですが、今のよしてるくんの全身からは道を探求する姿勢が漂ってきています。そういう意味で、心の探求の同志が一人現れたようにも思っています。ここまで理屈っぽくネガティブな人が、エネルギーの方向を変えると、そのネガティブなエネルギーは道を探求するポジティブなエネルギーにそのまま変わるのです。

心の方向が低く重く沈んでいけば底なし沼にはまってしまうことになるのですが、逆に、高く軽く広くなっていけば希望が湧いてきます。ですから、ただ心の向く方向を変えればいいだけであり、そのことに気付けば簡単なことなのです。
面白いもので、人間は気持ちが落ちていくとどんどん卑屈になっていき、自分でのめりこんでいきます。そのようなことを喜ぶ人はいませんが、それはその人の卑屈なエネルギーがそれをさせるのです。ところが、今度はそれが高くなっていくと、それが希望になって、喜びが自らを引き上げてくれるのです。ということは、エネルギーを向ける方向を間違えたらいけないと思います。この途中経過の卒業式の次に、よしてるくんは2月15日から始まる1ヶ月間の真学校を受講することになっています。

そのプログラムを通して真の人間力を身につけ、自らの意志をしっかりと確立し生きていく喜びに目覚めてもらうことが次のステージとなります。今回1ヶ月間の真学校は第1回目の開催となりますが、よしてるくんたちのようにケアを卒業した人が参加することは、とても大きな一歩になると思っています。そこに参加する十数名の人達と共に場を創っていこうと思っているのですが、特にこの真学校前にこうやってケア滞在をして大事なことをマスターし臨む人たちは、この大切な歩みのパートナーだと思っています。よしてるくんにも、そういった心構えで次に臨んでもらいたいと期待しています。卒業おめでとうございます。そして次があるのですから、共にしっかりとやっていきましょう。

自らの身近なことに興味があるのは人間の常ですが、やはりどのレベルに意識があって、どこに意識が向いているかによって、その人の未来が創られていきます。そして、その意識の方向によってはその人の未来どころか、まわりの環境にも影響を与えて世の中を創っていくのです。ですから、自分は何も悪いことをしていないと思い、テロリストでもない私たちでも自らのことばかり考えて生きていたら、そしてそういった人たちがいっぱいになって、自分のことや自国の都合ばかり考えるようになったら、さらにそのような政治家が国を治めれば、世の中は自分が正しく他人が間違っているという風潮の今の世界を創るのです。
個人から観ればそれは小さなことだと思うかもしれません。そして、一人では何もしていないように思えるのです。けれども今、あなたがどこを観て何をしているかが、今の世界の状態につながっているのです。それは単なる地球上の私たちの社会のことですが、私たちの姿勢がそういった迷いの世界を創ってしまうのだとしたら、世の中を本当に良い方向に導くのにはやはり一人一人の目覚めが大切なのです。これからは一人一人の力が時代を創る時代になるのです。

よしてるくんのようなビフォー・アフターの事例を生かして、僕はこの世直しを進めていこうと思っています。それに関わる真学校受講生やメンバーの皆さん、改めてよろしくお願いします。
 

いよいよ1ヶ月間の真学校がスタート!よしてるくんの新たな旅が始まります
いよいよ1ヶ月間の真学校がスタート!よしてるくんの新たな旅が始まります