みんなでこの星を良い星にしていきましょう 〜 中国からのゲストとの座談会

2023年5月から6月にかけて、ある中国人のグループが木の花ファミリーを訪れました。
中国のコミュニティで共に活動している彼らは、人が心を磨いて真我に目覚めることを活動の基盤としており、「木の花ファミリーの世界観を学びたい」と、滞在中に繰り返しジイジと話し合う場が持たれました。
以下は、滞在最終日に行われた座談会の記録です。座談会には、自然療法プログラム卒業生のワンホーも通訳として参加しました。

 


 

Eさん:
昨夜の大人ミーティング(木の花ファミリーでは毎晩、大人メンバー全員が参加する「大人ミーティング」があります)で話し合われていたことにも関連しますが、人々が地球にとって良いことをするために、どうしたら心をひとつにすることが出来るのだろう、と思いました。どうしたら、同じ目的に向かって意思をひとつにすることが出来るのでしょう?

ジイジ:
それは、手法を考えても難しいですね。例えばアメリカ発祥の自己啓発セミナーのように、人の意識を高めるためのトレーニング方法というものが現代社会には色々とありますが、そういったものは、人々の「このようになりたい」という思惑をくすぐるようになっています。それは自らの欲を満たすためのものであり、欲を満たすことでさらに自我が増幅されますから、その延長線上でいくら「心をひとつにしよう」と思っても、結局そのようにはなりません。
あなた方はこういった考え方をよく理解できるだろうと思うのですが、人間の「ああしたい」「こうなりたい」という欲の心をくすぐるのではなく、もうひとつ別の視点からこの世界を観て、現代につながる地球上の歴史が、いったい何によって動かされているのかに気付くことだと思うのです。

例えば、人の中には、自らの自我を超越した精神状態を発揮できるスイッチがあります。
それは全ての人にありますが、そのスイッチを入れる段階というのは、人間の思惑によってあるのではなく、何ものかが推進する大いなる時代の物語のプロセスの中にある、と僕は観ています。そういったプロセスは、地球に起きる歴史が創る地球物語であり、それがあることの証として、今人類は、未来に向かってより良い社会を築いていくための方向性を見失っています。その状況は、より強く欲に翻弄される方向へシフトしています。それは何を意味しているのかと言うと、欲のままに進み続ける人類にはまだその方向は観えていませんが、その歴史を動かしている物語にとっては、諸刃の剣である人間の能力がもたらすネガティブな状況がピークを迎えることによって、未だ目覚めない多くの人間たちのスイッチを入れようとしているのです。
僕の年代(70代)の人たちが引き受けている役割と、その中でも僕が引き受けている役割は、その扉を開くための土台を築くことです。そして皆さんは、その土台の上で次の時代を担い、さらにその先の世代へ繋げていく役割です。つまり、年代によって物語が紡がれていくのであり、それは今この時代だけで完結するのではなく、過去から未来まですべて繋がって、地球の歴史として表現されていくのです。その中で今、僕たちの年代が役割としてすることと、あなた方が役割としてすること、そしてそのさらに先の世代が役割としてすることを、繋げて捉える視点が人類には必要です。過去から受け取り、それを未来へ繋ぐのだという意識の下に、今現在の位置を確認し、それを認識して生きるのです。

Iさん:
人間は、本当に自らの中にある真実に目覚めたら、自ずと全体とつながってくると思います。先ほどジイジがおっしゃったように、自らのスイッチを入れることが、その鍵となるでしょう。

ジイジ:
そのスイッチが、個人のためだけのスイッチなのか、或いは、本来の生命としての意識が伴っているのか。生命というのは、単独で完結していません。地球で言えば、地球生態系は多種多様な生命の連鎖によって成り立っており、その中のひとつの個体にスイッチが入るということは、全体の中のその部分にスイッチが入るということです。つまり、それは全体を運営するためのスイッチであって、単独のためのものではないのです。それは視野を広げれば、自分と地球、さらに広げると自分と宇宙との関係のスイッチとも言えます。
しかし現代の人々は、ほとんどが自我のスイッチを入れている状態です。ですから、自分と地球の関係どころか、個人個人ですら繋がらない状態になっています。簡単に言えば、宇宙にいながらにして宇宙の迷い人になっているとも言えます。そこで求められることは、視野を広げ、自らの視点のスケールを大きくしていくスイッチを入れることです。そうすると、現状の様々な矛盾が自動的に改善され、物理性だけの世界ではなく、それを超越した世界ができるはずなのです。

Iさん:
人々が繋がっていくための目覚めのスイッチを入れるには、たくさんのプロセスがあるということですか?

ジイジ:
それは、プロセスとは違うものです。例えば10段階の意識レベルがあるとして、その人の意識がどの段階にいるかによって、その人の霊的な位置が決まります。それを気軽に上の段階に引き上げられるかというと、そう簡単にはいきません。なぜなら、そこにいるということは、意味があってそこにいるからです。
そこから次の段階へ行こうとする者であれば、何かのきっかけを与えれば次のレベルへ行くことができます。しかし、その段階にいる必要がある者については、そこから引き揚げようといくら働きかけても、働きかけた成果は上がらないのです。誰に対しても引き上げればよいかというと、そうとは限りません。それを闇雲に引き上げようとすればエネルギーが無駄になる可能性もありますから、そこを見極めることが必要です。そこには、旬があるということです。
ただし、今の人間社会の状態を観ると、様々なことで悪化が進んでいます。それは、今のままの価値観で進むと世の中全体が壊れる方向に向かっているのですから、私たちは今こそ、その問題が解決されるための次の段階のことを考える必要があります。僕はそのように思っていますし、それは皆さんも同じだろうと思います。

Oさん:
どうやったらスイッチをいれることが出来るのですか?

ジイジ:
まず、自分にスイッチがあるということを認識する必要があります。まったく認識していなかったら、そこに自らの意識がアクセスすることはないわけですから、まずはそれがあるということを認識することから始まります。

Oさん:
木の花ファミリーのメンバーは皆、それを認識しているということですか?

ジイジ:
認識はしていますが、日々の最優先事項がどこを優先しているかは、個々の意識の段階によって異なります。皆さんは、人間が真我に目覚めることを最優先事項にしていますね。ただそこで、真我に依存してはダメなのです。
「真我」と「自我」は対向発生の関係ですから、常に互いに刺激し合っている状態でなければなりません。そこで自我だけが優先しているのが現代の人々の状態です。真我のスイッチが入るということは、それと対向発生している自我も引き上げられるということですから、真我のレベルが自我に反映され、その人の日常は真我のレベルになるのです。
木の花ファミリーのメンバーが、皆一律にその状態になっているかというと、歩みは人それぞれです。全体の歩みを形で表すと、細長い楕円形のような形で進んでいます。先端を行く者もいれば、後ろの方を付いて来る者もいて、その間が一番多く真ん中が膨らんでいる。後ろの者が遅れ過ぎて外れそうになればぐっと引っ張って全体の中に入れ、先端の者が行き過ぎればやはり戻って全体の中に入る。そのように、それぞれの歩みは違って楕円のようになりながら、全体がひとつのものとして進んでいる絵を浮かべてください。

Iさん:
今、中国に、目覚めようとする人々がたくさん現れてきています。自分は何者で、どこから来たのか、ということを問う段階にいる人々が出てきて、そういった人達はスイッチをオンにする段階にあると観ています。

ジイジ:
そのスイッチの入れ方が、ゲームであってはいけません。もっと物理的かつ現実的な意味で、自分はどこにいるのかを探求していく必要があります。瞑想のように非日常的な取り組みで目覚めたかのように感じるのは、ゲーム的手法になります。結局、その延長には、現実にある人格に変化をもたらすことは難しいでしょう。服装を変えたり、化粧をしたりして、変わったかのように見せているようなものです。

Iさん:
確かに、私が知っている人々の中にも、瞑想やヨガなどに傾倒する人たちがいます。歪んだ気付きを得て、それに傾倒し、日常にそれが何も活かされていないというケースもあります。同時に、その取り組みを日常の中で実践し、日々起きる出来事の背後を感じ取って、それを日常に活かそうとする人々もいます。

ジイジ:
それらの現代的事象、人々の意識をすべてトータルして、ひとつの物語だということです。木の花ファミリーも、メンバー一人ひとりの歩みは違いますが、その異なるもの同士が一緒になって動いている。つまり、全体がひとつの生き物のように動いているのです。
そのひとつの生き物の体の中で、それぞれに異なるポジションをみんなが認め合って、全体が進んでいく。それが、時代が表現していることです。その中のどれかを否定するということではなく、それぞれに相応しい位置があるのだから、そのすべての立ち位置を認める。そして視点をぐっと引いて全体を俯瞰して観た時に、それがひとつの生き物として生きていることがわかるのです。私たち人間一人ひとりも、それと同じ構造であることがわかりますか?
これは、言わば船です。前方の乗組員もいれば、後方の乗組員もいる。ポジションは様々ですが、全体は時代と共に進んでいるのです。

Eさん:
まず、ジイジがこうして船の土台を築いてくれたことに感謝します。
木の花ファミリーのメンバーは皆、ある一定の精神レベルに達していると思いますが、目覚めへの動きを加速化するにはどうしたら良いのかを知りたいです。

ジイジ:
加速化は、してはいけません。なぜなら、それは人間の手の内にはないからです。そして、それを思った時点で、自我は増幅します。我々人類は、この世界の時空を創っている宇宙と対向発生する存在であり、宇宙から頂く側にいます。そして主役は、我々の背後にいて、すべてを動かしている大いなる存在です。
この世界のすべては、善きことのためにあります。そこで、いかに自らの自我を挟まずに、宇宙が我々にもたらすものを常に頂いて生きていけるかどうかが、豊かな世界を表現するための鍵なのです。豊かな世界とは、自我の思惑で「ああしよう」「こうしよう」と目論んで築かれるものではなく、そういった思惑をすべて手放した「頂く精神」の上に表現されるものなのです。

Eさん:
加速化しようという意志はないのですが、思ったのは、人間の中には誰しも真我があり、真我はすべてがひとつであり、私たちは宇宙そのものであるということを知っているということです。ですから、「頂く精神」で宇宙の流れに沿っていくと、然るべき方向に自ずと進化していくのだろうと、話を聞いていて思いました。

ジイジ:
みなさん、素晴らしいですね。このような対話が出来る段階にいるのですから。この話し合いは、自分のためのものではないですね。

Iさん:
ジイジに感謝します。中国にも道教や仏教やキリスト教など様々な宗教がありますが、ジイジが話してくれたことは真理です。すべての人は、目に見える世界の奥にある真理に目覚める可能性を秘めており、私たちも、自分たちの中に真我に目覚めるスイッチがあることを自覚しています。それを認識することで、スイッチを入れることができる。
ジイジは、真理の種をこの世界に蒔いているようです。その種がこれから芽吹いていくのでしょう。

ワンホー:
僕もその種を受けた一人です。ジイジがここで種を蒔き、それを受けた文ちゃんが台湾でその種を蒔いて、僕はそれを受けてここに来ました。(みんな拍手!)

ジイジ:
人間は気が短いのだよね。人間の時間に対する感覚は、例えば1年でもとても長いものと感じるけれど、宇宙から言えばほんの一瞬です。だから、ちょっと視点を引いて、過去も現在も未来も含めて全体像を俯瞰できるようになるといいですね。
国境を意識して生きている生き物は、人間だけです。現実の世界では、人々がまだ自我の延長線上でどれほど対立していたとしても、スイッチが入った人々は、その先にある高い意識を目指す時代がやって来ました。これは個人の悟りではなく、地球レベルの悟りに至る道です。いずれこの精神は、何千年かの後に、人類を宇宙に貢献するものとして成長させるでしょう。
皆さんにお会いできてよかった。この出会いは、まだほんの始まりだけどね。

Iさん:
私たちも、人々が真我に気付くための取り組みをしていますが、私が木の花ファミリーで見たのは、人々が他者を思いやり、日常生活の中で自らを美しくすることに取り組んでいるということでした。中国でも、自分を磨くために様々な手法を行っている人々がいますが、やり方は様々でも目覚めの道に共通しているのは、心です。

ジイジ:
真我は、カルマに影響される心と多層構造になっています。そこで、未だ真我に目覚め切っていない人々にとっては、どちらが優勢になり影響を与えているかが重要になります。

ともこ:
心と真我は別のものなのですか?

ワンホー:
僕も同じ質問をしようと思っていました。

ジイジ:
真我というのは、人間を創る時の設計図のようなもので、それは光のペンで描かれています。その設計図に問題はありません。ところがその設計図に基づいて現象化する時には、様々な不具合が発生するものです。家を建てる時に、設計図は完璧でも、例えば予算が足りなくて何かを削ったり、建てる人の腕が悪かったり、手抜き工事があったりして、設計図通りではないものが出来上がったりするでしょう?もしも本当に設計図の通りに心があれば、物理性もとても美しくなるはずです。
心は、真我の設計図を基にして、その人の履歴によって創られるものです。その履歴とは、例えば前世やその前の人生をどう生きたかというように、今に至るまでに魂がどのような歩みをしてきたかということです。私たちを創っている無数の細胞にはDNAが配置されていますが、そこには宇宙の始まりから終わりまでのすべての情報が入っています。同じように、心の中にも、魂の成立からこれまでの履歴、そして未来への履歴が同じようにあるはずです。なぜなら、ここは宇宙だから。すべての行為は宇宙で発生しており、そのすべての履歴が私たちの中に刻まれているのです。
その過程の中の今の段階で成立しているのが、私たちの今の心です。それは、真我である設計図の意識レベルと対向発生しながら、自らの履歴から来るカルマにまみれています。その心が真我を意識し、真我に則った精神状態を心がけていればいいのですが、真我の存在を忘れてカルマの方を優先していると、現代人のような状態になるのです。
現代人は、非常に高度に発展した物理性が飛躍してしまい、アンバランスな状態になっています。テクノロジーが進化した分だけ、心がより真我を意識して精神性を高め、バランスを取ることができれば、この人間によって発展したテクノロジーは、人間だけでなく、他の生命や地球、宇宙にまで貢献するものになるのです。

Iさん:
完全に同意します。ありのままで存在することが、心を開くことに繋がります。そこには、正しいとか正しくないということはありません。ありのままに存在することは創造であり、輪廻やその履歴も、創造の現象なのです。そういったことに人類が気付くことが重要です。それそのものとして存在することができたなら、違いや葛藤、アンバランスさを意識して注目する必要もなくなるでしょう。そのようになったら素晴らしいです。

ジイジ:
そのためには、思考を回してはいけません。思考を回すと、そのものとして生きられないのです。思考を回したら、必ず自我がそこにカルマを反映させます。そうではなく、本来言葉とは、湧き出てくるものなのです。泉のように。
例えば瞑想をする時でも、多くの人は「もっと良くなりたい」というカルマ的な目的をもって瞑想するでしょう。それが問題なのです。その瞑想が、自らの思考回路のスイッチを切り、宇宙の受け皿となってそのメッセージのスピーカーとなるトレーニングであれば有効かもしれませんが、まぁ我々は生命ですから、そんな暇があるなら生きるための作業をした方が良いですね(笑)。自らが生きることが他の命を生かすことに繋がるのがこの世界の命の仕組みだとしたら、瞑想はある意味自己満足の世界ですから、何ら他の生命に貢献するものではありません。木の花ファミリーでは、作業そのものが瞑想です。それは無心でやるからです。

国が違うから仕方ありませんが、僕には少し不満があります。それは、なぜ我々はみんなで一緒に暮らしていないのだろう、ということです。でも今そう思ったら、上からメッセージが下りてきました。「同じ地球の上に暮らしているではないですか」と。同じ時間を生きて、一緒に宇宙を旅している。そうですね。だからこの場があるんですね。

Iさん:
みんながジイジのように、宇宙からのメッセージを受け取って生きられるようになったらいいですね。

ジイジ:
そういった世界は、木の花楽団の歌の中にも表現されています。

Iさん:
大切なのは、誰もが自分自身の中にその大いなる可能性を秘めていることに、気付くことです。ジイジは皆がその能力を開花させるのをサポートしてくれるのであり、誰もが宇宙に直接アクセスできる力を持っています。

ジイジ:
そうですね。私たちは、現代人として、そこに向かうプロセスにいるのです。皆さんは、僕の後を継ぐのではなく、この大いなる物語の中で、僕のポジションはここ、皆さんのポジションはここ、さらにその次の世代の人たちはここ、というように、それぞれの役割を果たしながら、全体がひとつの宇宙物語として繋がっているのですから、同じ船に乗っているのですね。あとはよろしくお願いします。

宇宙は生命です。時代も生命です。私たちも生命です。
常に変化しながら進化し続けていくのが生命であり、それがこの世界の実態です。ですから、今現在の状態を正しいものとして、そこに留まっていてはいけないのです。

(ワンホーに対して)僕は先ほどから、あなたが通訳をしているのを見ながら、知的な顔をしているなと思っていました。ここに来た時には病んでいたけれど、今は知的でいい男になりましたね。

ワンホー:
(日本語で)ちょっと。(みんな:笑)
ちょっとだけ知的になりました。

ジイジ:
ちょっとではなく、たくさんです。この会話も、すべて通訳であるあなたを経由しています。僕は彼らの表情から、こちらが話したことが彼らに伝わっていることを感じています。つまり、あなたはケーブルとしてのレベルがとても高くなっているということです。

ワンホー:
(日本語で)ありがとうございます。(みんな:笑)

ジイジ:
あなたの中にその素質があったからこうなったのであり、僕はそのきっかけをつくっただけです。その目覚めの旬が来ていたから、あなたはここへ来たのでしょう。その縁は、この世界によってもたらされたものです。「ありがとうございます」はそちらへ言うべきですね。

人間は、物事をすべて地上の考えだけで行おうとします。しかし、大切なのは、常に天に心を向け、天と繋がった上で地上の結論を出すことです。地上だけで結論を出せばそれは平面上の二元思考ですが、天と繋がることで三次元の立体思考になり、地上に柱が立つのです。柱が立たないまま人間の思考だけを回せば、思考は邪に流れ、どこへ行くかわかりません。天との繋がりを忘れ、人間の解釈だけで答えを出そうとするから、間違いが起きるのです。

我々は、この星を良い星にする役割を託されています。それは、誰もが本当に良い世界に生きていると実感できる場所です。

(皆が顔を見合わせ、笑顔で拍手しました。)

Iさん:
また会いましょう。宇宙の中で。

ジイジ:
我々が会いたいと思っていれば、天がその時を用意します。時代の扉は、既に開いています。

みんなで、この星を良い星にしていきましょう。

 

 

 


人生の大切な扉を開いた 〜 ワンホーの自然療法プログラム体験記

2023年6月、1人の香港人男性が自然療法プログラムを卒業しました。
彼の名前はワンホー。当初は3日間の滞在予定のゲストとしてファミリーを訪れた彼は、不思議な「宇宙の流れ」によって自然療法プログラム(通称ケア滞在)を受けることになり、1ヶ月半以上の滞在を経て、人生の新たな扉を開くこととなりました。

香港へ帰る日の朝、成田空港での搭乗直前に、ワンホーがファミリーに送ったメッセージには、以下のように書かれていました。
「この2ヶ月間は、経験においても、感情においても、信じられないほど豊かでした。まるで夢のようですが、夢ではありません。こんなにも美しい夢に出会えるなんて、僕はなんて幸運なんだろう?それが事実なのだから、その夢を広げ、夢は本当に現実になるんだということを、みんなに伝えていこう。」

そんなワンホーの体験記を、皆さんにご紹介します。
以下は、自然療法プログラムの卒業コンサートの場で共有された、ケアサポーター(ケア滞在者には、日常生活をサポートするサポーターが付きます)のけいごくんによるケア記録の抜粋と、ワンホー自身の振り返りです。

*この体験記は、「自分の体験がまた新しい誰かの気付きに繋がればいい」というワンホー本人の了承のもと、掲載をさせて頂きました。

卒業コンサートは、大きく変化したワンホーの心の旅を祝福する不思議なエネルギーに溢れていました

 


ワンホーのケアレポート

ケアサポーターより

 
【自然療法プログラムを受けるまでの経緯】

ワンホーが初めて木の花ファミリーを知ったのは、今から約7年前の2016年でした。台湾への旅行中にエコビレッジ会議に参加し、そこで、木の花ファミリーで「1ヶ月間の真学校」を受講した台湾人の文ちゃんが木の花ファミリーについてプレゼンしていたのを聞いたのです。その時に受けた木の花ファミリーの印象はとても強く、いつか自分も訪れてみたいと思ったそうです。

丁度同じころ、故郷の香港で、今彼が住むコミュニティの前身である、持続可能な暮らしの為に活動しているグループに出会いました。彼らは2018年から共に暮らすことを始め、ワンホーもコミュニティの一員としての生活をスタートさせたのでした。

ところが、実際にコミュニティとして共同生活を始めると、メンバー間で様々なトラブルが発生しました。中でもワンホーは、パートナーとの喧嘩も絶えず、自分の正しさを主張して他のメンバーからのアドバイスには耳を傾けないどころか反抗し、どんどん孤独になっていきました。激しい怒りを内面に持ちながら表面的には平静を装い、それでも自らの内に湧き起こるネガティブな感情をコントロールできずに、甘いものを過剰に摂取したり、死にたいと思うことまでありました。

完全に精神的に行き詰りを迎えていたワンホーは、その状態を見た他のメンバーから「休暇を取ってどこかに旅に出たらいい」と勧められましたが、自分が精神的に弱いことを認めたくなかったので「そんなもの必要ない!」と断りました。しかし、その後も苦しさは続き、何かを変化させなければいけないと思った彼は、2023年4月、ついに旅に出ることを決めました。その行き先として選んだのが、かつて「いつか行ってみたい」と思った木の花ファミリーでした。

ファミリーに到着したワンホーは、当初は数日間のゲスト滞在の予定でしたが、とても良く働いて畑や田んぼ作業の大きな助けになったので、すぐにヘルパー滞在に切り替わりました。そしてヘルパーとして2週間滞在している間に、香港での自分の問題をファミリーに共有し、ひょんなことからジイジにも相談することになった彼は、このままヘルパーとして滞在を続けて徐々に学んでいくのか、それとも自然療法プログラムを受けて集中的に自己改善に取り組むのかの選択肢を与えられました。そして一晩考えた彼は、自分の人生の行き詰まりを解決するために、プログラムを受けることに決めました。

ワンホーはファミリーに滞在し、自らの人生を変化させることを選びました

 

【第1週目】

初回面談では、プログラムの「主治医」であるジイジより、このプログラムの目的は、人格を変えることではなくそれを有効に使える術を身につけることであり、それによって自分が健康になることでコミュニティの仲間からも歓迎され、世の中が良くなることに寄与することである、と伝えられました。
また、名前や地球暦から、人格の分析が行われました。ワンホー(19/10二文字陰性、−9)は、思考のキャパシティが大きく受け身である為、自分の理屈を持っているが、それを内に秘めて行動には移さないタイプであること。様々な活動をしているが、それは社会や人の為にやっているというよりも、自分にとって居心地の良い優しい場所を求めていること等が伝えられました。
常に母性や愛を求めるような心があるが、本来、愛とはまず他者に与えること。それによ
って全体の運営に寄与し、結果として自分にとって居心地の良い場所ができるということ。そこはワンホーの課題の一つであることが伝えられました。

また、ワンホーからは、木の花ではファミリーの愛を感じて心が安定した状態でいられるが、香港に帰った後にこの状態を保つことができるだろうか、という先案じの心がシェアされ、それに対して主治医からは以下のようなコメントがありました。
「このプログラムは5月1日という節目の日に始まり、丁度タイミング良く、台湾から日本語の流暢なゲストが来て通訳もできるという、想像を超えた良い流れの中にあることを感じて、楽しみに思っています。結果はやってみないと分からないから、香港に帰った後のことは、その段階にきたら考えましょう。」

そして、過去のよくない思い出や、日々の心の動きを毎日の日記に書くことが、課題として与えられました。

田植えの作業の時に、自分にとって初めての作業でパニックになったこと。自分の植えた稲がちゃんと育たないのではないかと心配する気持ちが湧いてきたこと。キッチンでピザの仕込みをしている時に、他のキッチンスタッフの邪魔になっているのではないかと、思考がグルグルしたこと等を、ワンホーは日記に書きました。また、過去の学校での悪い思い出や、母親との良くない思い出についても振り返りました。

主治医からは以下のようなコメントをもらいました。
「人によってはポジティブに捉えるような出来事も、ネガティブで被害妄想的に受け取ってしまう傾向があります。それは自分の特徴であり、他の人も同じだと捉えてしまっては、改善に向かいません。僕が子供の頃に、自分を変える為にあえて苦手なことに取り組んで克服したように、苦手なことに挑戦し、自分を変えるチャンスと捉えると良いですよ。
(田植えの作業で、上手くやれるか心配でパニックになったということについて)初めての作業で上手くやれないのは当然で、上手くやれるようになる為のチャンスと捉えることができます。過去に出来なかったから今もできないと考える必要はありません。」
「アドバイスとしてはとても簡単なことで、余計なことを考えるのをやめましょうというだけです。いつかあなたがその無駄な思考エネルギーを使わなくなったら、それが自分を超えたということです。」

 

【第2週目】

第1週目を終えた「1週間面談」では、主治医より、ワンホーは思考キャパが大きいが、まだ思考の整理ができていないこと、優先事項から思考していくことで、大切でないことを思考することが無くなり、元々持っている思考キャパを活かすことができることが伝えられました。
ここに来る以前にコミュニティメンバーの意見を聞くことができず、対立が度々起きていたことについて、まずは自分が問題であるということを認め、性格を改めないと、コミュニティではうまくやれないので、ここでトレーニングする必要があるとも伝えられ、ワンホーは、「自分が間違っていたことに最近は気付いてきた。自分を治す意志があるので、トレーニングしていこうと思う」と話しました。
2週間目のテーマとして、「自分に足りないのはどういう所かを考え、理解する」ことがあげられました 。ところがその直後に、ワンホーは日記の中で「それを人に与える努力をする」と述べており、主治医から以下のように伝えられました。「これからの課題はまず、自分に足りないものは何かを考え、理解すること。それを人に与えられるようになるのはまだ先の話なのに、もうそれを目標にしているということは、実態以上に背伸びをしようとする傾向が現れています。そのように無理をするから、理想と実態の間にギャップが生まれ、矛盾が生じるのです。まずは今の段階でやるべきことを一つずつやっていき、その結果、最終的には人に与えられるようになることが、このプログラム終了時の目標です。」

ある日の日記には、母親から愛されていないと思うようになるきっかけとなった出来事が書かれていました。子どもの頃の家族旅行で、ワンホーは檻の中の猿に引っ張られ、両親に助けられましたが、その時に母親が何度も大声でワンホーを叱りました。本当は慰めて欲しかったというワンホーは、この出来事をきっかけに「自分は母に愛されていない」「父は好きだけど母は嫌い」という思いを持ったとのことでした。それに対し主治医は、以下のようにコメントしました。
「今だからこそ冷静に考えるべきなのは、誰かに叱られるということは、『自分は不当な扱いを受けた』ということと同時に、『そのような扱いをされるに相応しい自分であった』ということを、同等に観ていくことが必要だということです。自分に特化して物を考えるのではなく、自分が受けた印象と、相手の立場から見た視点、さらには、もっと広い視野から見た視点を、同等に捉えて物事を見ることが大切です。それによって、偏った感情はなくなっていきます。同じような出来事が繰り返されるとしたら、そこには必ず、共通したあなた自身の傾向があります。繰り返し起きることから学び、訓練をしていきましょう。」

別の日の日記には、中学生の時の初デートを母親に台無しにされた経験が書かれていました。ワンホーの中では、その出来事が、母親に対する怒りや恥ずかしかった記憶として残っていましたが、主治医からは、その件について以下のようなコメントがありました。
「僕があなたの立場だったら、まず母親に対しては、母親の立場を理解して対応します。それでも母親が理解を示さなければ、それは無視して、彼女との恋愛を進めていくことに希望を見出すでしょう。そして、その彼女との思い出は、今も良い思い出として僕の中に残っていることでしょう。そこに、母親に対する怒りは何も残りません。そのように、物事はその都度学んでポジティブに卒業していけば、人生全体が薔薇色でとても良いものになります。あなたは、なんてもったいないことをするのか。僕だったらもっといい思い出にしますよ。そして次の世代の人たちに話して聞かせてあげます。恋愛はこうやってするんだよ、と。」

このような主治医とのやり取りを通して、徐々に自分の思考の癖や客観的な見方を学び、両親に対する捉え方も修正されていったワンホーは、日々の作業でも余計な思考を廻すのではなく、どうしたら全体がスムーズに流れるかを意識して取り組むようになっていきました。

日々の作業を通して心を見つめるワンホー

 

【第3週目】

プログラム14日目。香港のコミュニティに自分がいないことで他のメンバーに負担がかかっているから、そろそろ帰らないといけない、という考えがワンホー湧いてきたタイミングで、「2週間面談」が行われました。主治医からは以下の様に話されました。
「香港のコミュニティで自分が必要とされているから早く帰るべきと思うという話があったが、話を聞くと、本当に帰る必要があるのか明快なやり取りがされていない事が分かり、それでは相手側の状況とあなたの話が違っている可能性があります。そのような通りの悪いコミュニケーションが問題事の原因にもなっていると言えます。」
「香港のコミュニティメンバーから、あなたは精神的に落ち着いてきたからそろそろ帰って来たらどうかと伝えられたようですが、本質的には、あなたはまだ変わってはいません。今は木の花の空気の中にいるから落ち着いた状態でいられるものの、本質が変わっていない状態で香港に帰ると、また元に戻ってしまうことが予想されます。最も効率的で良い方法は、あなたがしっかり変化した状態で帰ることです。そうすれば、コミュニティのメンバーやパートナーとの関係も、過去のトラウマも、そして日々起こる様々な出来事の解決にもつながります。」
「その為には、思考を廻すのではなく、直観力が必要です。そして古い自分を覚悟をもって切り捨てることによって、新しい自分に出会うことができます。それはあなたにとって苦手なことでもありますが、大切なのは、あなた自身がどうしたいかという意志なのです。」
同時に、自分のことを知ることは徐々にできてきたが、自分の執着(心のクセ)を手放すことがまだできていないこと、そして、しばしば母親に対するネガティブな思い出に本人が言及することから、その状態の自分をまだ卒業できていないことが伝えられました。そして「清水寺から飛び降りる」覚悟をもって、思い切って自分を壊していく(手放していく)ことが大事だという話があり、3週間目以降の課題として、より真剣に自分と向き合っていくことがあげられました。

次の日の日記でワンホーは、面談で伝えられた自分の性質を振り返り、自分の言葉で再分析しました。主治医からは以下のコメントがありました。「今日の日記からは、自分の正確な位置を素直に受け取り、表現しているということが感じられます。やはり物事は、『正直』『素直』『信じる』を実践することで、流れがよくなり、正しい捉え方ができるようになります。そういった素直なものを今日の日記から感じることができたということは、あなたが一歩前に進んだということかな、と思います。」

また、ワンホーは、ちょうど時を同じくして木の花ファミリーに滞在していた糖尿病のゲストと自分の父親を重ねて見ていることがあり、それについて主治医から以下のように伝えられました。
「それは父親への執着とも言えます。そのような心があると、正しくものを観ることができません。より広くて客観的な視点を身につける必要がありますが、精神的濁りを取り除いていくと、自然とその意識が湧いてきます。」
その後、ワンホーはその言葉を心に留めるように生活し、より客観的な考え方を自分に取り入れるよう日々意識をしていました。そして前向きに生活を送ることを続け、日記の内容からも、自分の振り返りと決意が力強く書かれるようになりました。3週間面談の前日に、主治医からは以下のようなコメントがありました。
「日記の内容に逞しさを感じます。あとは、それがどれほど定着しているかという確認が必要ですが、それは日々の生活の中に結果として表れていくものです。そのためには、ここに今しばらく居て学ぶも良し、香港に帰り、それがどれほど定着しているか確認するも良し。どうするかは、あなたの意思に任せます。考えてみてください。」

 

【第4週目】

5月22日の「3週間面談」にて、主治医より「最近、日記の精度が上がってきました。それが、日常に反映されていくことが重要です。また、他者からの評価よりも自分自身の心をいつも確認できることが大切です」と伝えられました。
本人より、6月2日にここを出発するというプランが出され、主治医からは「オッケー!5月1日という節目の日にこのプログラムが始まり、1か月間の区切りでそれを終えて新たなスタートを切るというのは、良い流れと言えます」と返事があり、5月いっぱいで自然療法プログラムを卒業し、香港に帰ることが決まりました。そして、「残りの滞在期間は、もう一度今まで学んだことを確認し、確かなものにして旅立ってください」と伝えられました。
ワンホーは、香港のコミュニティメンバー達にもプログラムの進捗状況を報告し続けていました。日に日に変化していくワンホーからの報告を受けて、香港のメンバー達にもまた変化があり、当初の悪化していた関係性に改善が見られ、ワンホーからは、今後も香港のメンバーを木の花に滞在させるなど、コミュニティ同士の交流を続けていきたい旨が話されました。主治医からは、社会を良くしようとする人たちは皆仲間であるという話があり、今後も交流を図っていくことが確認されました。そして「卒業&いってらっしゃいコンサート」を6月1日に行うことが決まりました。

様々な活動に積極的に参加

その後もワンホーは、畑、お茶刈り、パン作り、五平味噌作り、そして養蜂等、様々な作業に意欲的に取り組みました。かつては疲れやすかったそうですが、今は自分でも驚く程にエネルギーが湧いてくるようになったと言います。

ある日の日記には、同じ時期にヘルパーとしてここに滞在し兄弟のように仲良くなったTくんと、人間が生きることの意味を探究する重要なトピックについて長い時間二人で話したということが書かれており、主治医から以下のコメントをもらいました。
「今日の日記の中で語られていることは、本当は二人だけで語り合うにはもったいないことです。そういったことを、外に向けてオープンにして、人々や世の中の精神的発展につなげていくことが大切です。あなた方は、せっかくそのような段階に到達したのならば、それを世の中のために活かすことを最優先にして生きることを勧めます。気が合うがゆえに、二人の中だけで物事を完結させてしまう傾向があり、自分の中の満足に浸る傾向が、どちらにも見られるということです。そこを越えていく必要があります。」

次の日の日記でワンホーは、大切な話の内容を二人に留めるのではなく、社会の為に活かしていく意志があることを書き、主治医からは以下のコメントがありました。「日記の文面から、あなたの明解なる意志を感じます。精神にスイッチが入り、自分の中から湧き出す状態になって来たなと感じ取れます。」

その直後、早速、社会の為に活かす場面が訪れます。
木の花へ中国からの訪問者が相次いで訪れることになり、日本語と中国語の通訳を担当する予定だった台湾人のゲストが体調不良になったことで、急きょファミリーメンバーが日本語と英語、そしてワンホーが英語と中国語の通訳をするという、ダブル通訳の役割を担うこととなりました。

まず初めに5人の中国人グループが訪れ、木の花ファミリーの暮らしにとても共鳴していたので、より深い話をするためにジイジと座談会をすることになりました。しかしこのグループは、その暮らしの背後にある広い世界観を受け入れる準備がまだできていなかった様子で、話題が政治的な内容に触れた途端に不安を感じ始め、座談会を途中で切り上げることになりました。
その場に通訳として参加していたワンホーは、彼らの意識を開放的にすることは難しいと感じました。そして翌日、養蜂の作業でジイジと一緒になった際に、「新しい時代の課題の 1 つは、おそらく昨晩のようなゲストにどのように対処し、そういった人々をどうやって正しい道に導くかだろう」と語りました。ジイジからは「一番大切なのは、まずコミュニティの中で調和のとれた生活を送り、他の人の参考になる生き方の模範を示すこと。そうすれば、適切な人材やものが自然と引き寄せられてきます」という話がありました。
その日の大人ミーティングで、ジイジは以下のように語りました。「このプログラムを通して、ワンホーが目覚め始めています。明日もまた別の中国人グループがやって来ますが、そこには何か大きな流れがあることが感じられます。ワンホーと兄弟のようだったTくんも、再びここに戻って来て自然療法プログラムを受けることを決めましたが、それはワンホーの変化の過程を見てきたからです。ワンホーは、人がこのように変われるという良い見本になっています。」

自身の卒業コンサートでも、同席した中国人ゲストのために通訳をしました

翌日、新たな中国人グループが訪れ、ワンホーは再び通訳を担うことになりました。このグループはファミリーの世界観に強い関心と探究心を示し、ワンホーはジイジと彼らとの対談で非常に重要な話題を通訳することになりました。そんなワンホーの様子を見て、ジイジは言いました。「滞在の最後の仕上げとして、ワンホーの自覚が育てられている。」

こうして、ワンホーは丁度1か月という期間で、自然療法プログラムを卒業することになりました。人生の中で間違いなく最大のターニングポイントとなったこの滞在は、個人の改善という枠を超えて、これからの世の中の為に大切な1か月となりました。
これから、香港のコミュニティで、ここで学んだことを活かし、広く世の中の為に生きていく意志を持って、ワンホーは木の花ファミリーを旅立ちます。これからもこの心を広げる仲間として、コミュニティ同士で交流したり、共に歩んでいけることを心から楽しみにしています。
ワンホー、卒業おめでとうございます!

ケアレポートが共有された後、スタンディングオベーションが起こりました
「主治医」のジイジともハグ!

 


その後、ワンホーは以下の手紙を読み上げました。


 

卒業に寄せて

「この星の上で」という曲は、僕の過去から現在までの人生と、これから向かっていくべき道を示してくれています。

木の花ファミリーに来る以前の僕は、混乱と絶望と現実逃避でいっぱいで、常に愛を求め、自分の居場所を探し続けていました。ここへ来て、人生の大切な扉を開けた気がします。自分自身の無知、妄想、悩み、苦しみ、そしてトラウマの全てが、この旅に出る引き金となりました。その答えを求めて、僕はここへ辿り着いたのです。

当初は3日間の体験のつもりでした。ところが、不思議な宇宙の流れによって、最終的には1ヶ月半の滞在となりました。ここでこんなにもたくさんの愛と力を与えられるとは、思いもしませんでした。僕は、自分の思考パターンに問題があることを知っています。最初は、ここのメンバー達の迷惑になるのではないかと心配していました。せめて一生懸命働いて、少しでもみんなの役に立とうと思っていました。

興味深いのは、ここのメンバーが香港のメンバーよりも更に忙しいとは予想していなかったことです。ここの人達と比べると、自分は不十分だと感じます。同時に、ここの人達は親切で謙虚で、あらゆる面で僕を気遣ってくれました。僕はここで、自分の家族や友人からよりもさらに大きな温もりを感じました。ここで生まれる生命エネルギーが僕の壁を突き破り、今は、信じられないほど幸運だと感じています。

ジイジとの初めての面談で、ジイジは僕の性格と問題点をすぐに見抜き、僕自身に変わる意思があるかどうかの重要性について話してくれました。そして、たくさんの有益な助言をしてくれました。その後、ジイジは僕に、自然療法プログラムに参加するか、ヘルパーとして滞在しながら徐々に自分を発見して改善していくかの選択肢を与え、僕はどうするか決めるのに1日かかりました。僕は自分が、越えることができないたくさんのエゴの問題を抱え、強すぎる自尊心や被害妄想、自分を正しいと思う心があることを知っていました。そして客観的な視点が欠けていました。自分だけで取り組んでも改善は遅くなりそうなので、この時間を有効に使って自分を変えることを学びたいと思い、自然療法プログラムを受けることを決めました。

この1ヶ月間、僕は毎日日記を書き続け、ジイジがそれにコメントを返してくれました。毎日ジイジと会話しているような気持ちで、少しずつ自分が紐解かれていきました。

日が経つにつれて、変化しようという意志が大きくなっていきます。自分の持てる限りの能力を使って自己分析し、生まれ変わりたいと願うのです。みんなと共にいて、足並みを揃え、意識を合わせたい。そんな望みと意志の力は以前の自分にはなかったものであり、それが自分自身の強さになっていることに、少しずつ気付いていきました。

ここには、僕が学ぶべき側面がたくさんあります。自分自身や他のメンバー達の仕事の状態を観察したり、子どもミーティングや大人ミーティングに参加して様々なメンバーの体験を理解したりすることで、それが気付きになっていることがわかりました。ここを訪れるゲスト達との会話からも大切なメッセージを受け取り、そのタイミングはまさに「遅くもなく早くもない、然るべき時」でした。麗静とアテンとの出会い。与えることをためらわないというテーマを共有してくれたソニア。人類が論ずるに値する多くの話題をもたらしたタロウ。今この瞬間に焦点を当てるビンドゥー。それぞれに異なる中国人のゲスト達 ———— その全てに、僕が学ぶべきものがあります。

一方、時を同じくして、香港のメンバー達も日々変化し続けていることを、電話でのやりとりを通して感じました。自分の中の障害物(不要な思考)を手放していくことで、以前は感じることができなかった彼らから僕への愛や力に、徐々に気付き始めたのです。

僕はここで、全体に貢献することによってもたらされる力を、初めて感じました。それは、互いを信じ、支え合い、貢献し合う場であり、一体感と共通の意識に満ちています。そこでは、すべての行動に意味があると感じられます。

先へ進み、香港に戻ってからも、もう僕の進むべき道が曇ることはありません。ここにいるメンバーの一人ひとりに、自分たちがどれほど素晴らしく大きな影響力を持っているかを知ってもらいたいと、心から思っています。人と人とのつながりがどれほど温かいものになれるのか、魂がどれほど美しくなれるのかを教えてくれる、たくさんの瞬間がありました。僕は善意の力に目覚め、その響きを、皆さん全員にお還ししたい。その共鳴が、僕たちがひとつになることで生まれる力と融合して波紋のように広がり、より多くの生命に影響を与え続けることができますように。

無限なる私たちに、無限なる感謝を。

この振り返りを書きながら、僕は既に、たくさんの涙を流しました。

 

「人生の大切な扉を開いた」というワンホーの、新たな人生が始まります

 


「絶え間なく不幸」な人生から、愛することを学びたい ~ ビビアンの自然療法体験記

ビビアンは、カナダで企業会計士として働くコロンビア人女性です。ファミリーメンバーのゆうちゃんが8年前にカナダへ留学した時からの友人で、ゆうちゃんを通じて木の花ファミリーを知ったビビアンは、「絶え間なく不幸で、自分の中に怒りがある」という自らの人生を変えるために、木の花ファミリーへ自然療法プログラム(通称ケア滞在)を受けにやって来ました。
滞在予定は2ヶ月弱でしたが、1ヶ月でプログラムの卒業に至ったビビアン。以下、ケアサポーターとしてプログラムのサポートを担当したゆうちゃん(以下ゆうこ)がまとめた、ビビアンのケア滞在記をご紹介します。

 

ビビアンのケア滞在記

【出会い】
ビビアンの自然療法プログラムの振り返りを始める前に少し、私たちの出会いについて紹介します。
私は2014年1月にカナダのカルガリーに行き、語学学校でビビアンと友人になりました。ビビアンはその前年に旦那さんの転勤のため、カルガリーで暮らし始め、カナダに知り合いもおらず、旦那さんは仕事で忙しかったので、寂しく落ち込むことが多かったようです。

留学中のビビアン(左)とゆうこ(中央)

私達は違うクラスでしたが、同じ学校の共通の友人であるブラジル人の女性を通じて知り合いました。私達3人は同い年で、みな結婚しており、すぐに仲良くなりました。ビビアンは私と同じ職業だったので、私はとても親しみを感じており、何度か家に遊びに行きました。その後私はカナダの違う場所に旅に出るのですが、出発当日はバスターミナルまで、ビビアンと、ビビアンの旦那さんが車で送ってくれました。

ジイジと愛ちゃんと蓮池にて

昨年の8月、ビビアンから久しぶりに連絡がありました。その際に私は、ジイジと愛ちゃんと3人で蓮池で撮った写真を送り、私がコミュニティに住んでいること、離婚したが今は精神的な家族がいて幸せであることを伝えたところ、ビビアンからは、是非その蓮池を見たいということと、木の花ファミリーのホームページを見て、自然療法プログラムを受けたいというメッセージがありました。
コロナ禍のため、日本の国境はしばらく閉鎖されていましたが、4月に待ちに待った国境の閉鎖が解かれ、ビビアンはこちらに来る手続きを開始しました。日本に6月20日に到着し、2か月弱の木の花ファミリーでの滞在が始まりました。

【ケア滞在の目的】
ビビアンがケア滞在の目的として申込書に書いていたのは次の通りでした。

私は絶え間なく不幸で、一日の中で感情の起伏があります。私は、自分の家族や私自身を含む人生の中で、様々な経験をしました。そしていまだに悪い経験を持ち続けており、怒りが自分の中にあります。私は過去にあった不公平な経験やすべての悲しみに恨みを持っています。私は自分自身から離れて、受入れ、許し、そして誰を愛し助けるべきかを自身で選択することなく愛するということを学びたいです。
私はこの世界、私の夫、私の家族との関係、そしてもっと大事な自分自身との関係性を改善したいと思っています。

 

ケア前面談 6月21日

日本に到着し、木の花ファミリーへやって来たビビアンは、まずジイジと面談し、以下のことを伝えられました。
「あなたは自分の個性をうまく使えていません。あなたのことを詳しく知るために、出来るだけ毎日日記を書き、過去について振り返り、子供のころからの良いことと悪いことを両方、思い出深いものを書いてください。
時差ぼけ(時差15時間)があるので、まずはリラックスしてこの生活に慣れましょう。今後は一週間に一度面談を行う予定です。滞在中は、出来るだけ木の花ファミリーの文化に触れるようにしましょう。」

 

ケア初日 6月22日

  • 養蜂場にて
    ビビアンは木の花ファミリーに来る前には、小麦粉やとうもろこしなどを食べると消化が悪くお腹が張ってしまうので、食べることを避けていました。しかし、木の花ファミリーで自家栽培した無農薬の小麦粉を使ったお菓子やとうもろこしを食べても、まったくお腹が張らず、次の日になっても何も症状が現れずに美味しく食べられたとのこと。施設見学で養蜂場を訪れた際に、そのことをジイジに伝えると、ジイジは「それはあなたが新しい環境になって心が前向きになっているからです」と言いました。「農産物は、それを作っている人の心や響きがとても影響します。例えば、お金が目的になるとその響きが農産物に乗るので、私達は心を綺麗にすることを一番にしています。畑を耕す前に、心を耕すことをずっと伝えてきました。」
    ビビアンが「どうやったら心を綺麗にすることが出来るのですか?」と質問すると、ジイジは「まずは正直になり、良いことも悪いことも正直に表現して、結果を受け取ることです」と伝えました。
    「全てのものは、響きを持っています。例えばある人が部屋に入るとそこが明るくなったり、ある人が入ると暗くなったりするのも、その人が持つ響きなのです。ですから、良い響きを発する人になることが大事で、そのために正直であることが大切なのです。」
  • 夜の面談にて
    カタカムナ、冥王星の周期が示す世代、地球暦などの観点から、ジイジによるビビアンの人格の読み解きが行われました。
  • カタカムナ
    ビビアンという名前を、「ビビ」と「アン」という、性質が異なる2つのものに大きく分けます。「ビビ」という響きは、ネガティブに他者と比べたり、恐怖を感じやすい性質があります。2つ「ビ」が重なっているので、それは強調されます。そして同時に、「アン」という高次の意識が混在しています。そこで、ネガティブな考えを認識し、自己コントロールして、高次の響きの方へ意識を向けていく必要があります。その2つの性質の間にはギャップがあって、対立しているので、生きるのが辛くなるのです。
    自分からネガティブを発することで、物事に困ることになります。出会う人や出来事は、あなたが発しているものの鏡としての役割を果たしており、あなたの人間性を表現することに協力しているのです。あなたは、人生のプログラムとしては難しいものを持ってきています。しかし、もしそれを克服したら、それはやりがいがあるものになります。「ア」という音に意識を向けていきましょう。
  • 世代
    冥王星の周期が示す世代の特徴

    あなたはさそり座世代という、新しい価値をもたらそうとする世代です。古い価値観に囚われず自分らしく生きようとするのですが、そこで迷う世代でもあります。意思は強いが明快なビジョンが湧かず、自分らしく生きたいがどうやってよいか分からない世代です。あなたの現在の状態はそれが当てはまるので、宇宙からすると、順調に進んでいるということです。

  • 地球暦
    あなたが生まれた時の太陽系の惑星配置を観ると、水星と金星が関連して一緒に働いています。水星は直観の星、金星は愛やデリカシーの星です。これは、あなたは考えるよりも直観で好き嫌いを感じる人であることを示しています。あなたの地球暦の中で一番柱になるのは、木星と海王星の絡みです。あなたには、沢山の人と関わりたい、そして精神性を高めたいという目的があります。

以上のような読み解きの後、ジイジは「リラックスしてリニューアルしたあなたになることが観えるので、そのためにも、今までのことを日記に書いてください」とビビアンに伝えました。

 

1週間目 6月22日~28日

ゆうこと市内見学に出かけるビビアン

ファミリーでの滞在をスタートしたビビアンは、表面的には穏やかに振る舞っていても、心の中では周りの人々がどう思うかを気にかけ、周囲の状況に過剰に反応していました。日記には、このままの自分で良いのか、良くなるにはどうしたらよいのかと、たくさんジイジに質問をしていました。

〈日記より〉*赤字は、日記に対するジイジからのコメントです。
お気付きかどうかわかりませんが、私は過度に謝るところがあります。ご覧になりましたか?これで大丈夫でしょうか?私の食べ物のことさえも、あなた方は受け入れてくれます(食べられないものが多くあるビビアンのために特別なメニューを用意すること)が、時々、こんなことをあなた方にお願いしてはいけないのではないかと思うことがあります。私は世話をしてもらうだけの価値があるのでしょうか?

その様に自分の考え方で結論を出さず、まずは正直に自分の内にある想いを出してみて下さい。それで良い場合もあれば、その考えを改める必要があることもあります。そのようにして、人は新たな自分へと変化することが出来ます。


私はとても繊細な人で、他の人の行動や動きに簡単に影響されます。ですから、むしろ自分の欲求を隠して誰かの邪魔をしないようにします。


そのように隠していることによって、よりその状態を継続させることになっていますから、自分の考えの中に結論を閉じ込めないで、出していきましょう。この挑戦は、これからのあなたにとても大切なものとなります。


まずは自分自身の物事の捉え方、考え方をシンプルにする必要があります。つまり、自分自身について振り返ること。それは、あなた自身の捉え方、考え方にどんな特徴や癖があるのか、それを客観的に捉え、知ることです。そうでないと、あなたはいつもどんな問題に対しても、今までの考え方、捉え方で判断していくことになりますから、それでは同じような結論に至り、あなた自身の成長にはなりません。それは、あなたにとって難しい事かもしれませんが、あなたの人間性の枠を広げるためにも、避けてはいけないことです。
まず、今回の取り組みの目的は、あなたが今まで体験してきた色々なネガティブな出来事が、あなたを成長させるために重要なものであるという気づきを得ることです。そういった気づきがあなたに生まれ、今まであなたに起きてきたことに対して、感謝の心が湧き出してくるようであれば、症状は自ずと軽減され、そして消えていくことでしょう。要は、こういった症状はメンタル的な症状だという事です。私は、今までの取り組みの中で、このような事例には沢山出会っています。そこであなたの事例について特徴的なことは、あなたはこのハードルを超えることによって、大きな人生の転機を迎えるだろうということです。そういったことが、私に感じられるから、私もこの取り組みの結果が楽しみです。時間は少しかかりますが、大切なことですから、丁寧に進めていきましょう。

また、ウェルカムコンサートの開催と総合プレゼンテーションを受けたビビアンには、新たな気づきがありました。

日記より〉
昨日、木の花ファミリーのプレゼンテーションを受けました。コミュニティ自体の解説と、人間が生きるべきあらゆる分野(精神的、社会的、経済的など)においてコミュニティがどのように持続可能であるかということに加え、私が毎日目にする調和的な生活の中で人々が互いをどのように気遣い、それぞれの能力がどのように評価され、コミュニティがどれほど柔軟で互いを理解し合っているかということに驚き、感銘を受けました。

私もあなたとの出会いに、単なる縁があった短期間のものではなく、未来を見通してこれからの繋がりが始まることを感じています。


私のこのコミュニティへのつながりと価値観はゆうこが伝えてくれていたよりもさらに深くなり、私の奥深くにいる自分が、木の花ファミリーを探していたことがわかりました。

過去5年間の浮き沈みを振り返ると、直感が私をここに導いてくれたことがはっきりとわかります。どうしたら、物質性だけに焦点を当てノートパソコンの奴隷となる生活を生きられるのか。どうしたら、他者のことを気遣ったり振り返ったりする時間のない生活に専念できるのか。なぜこの世界は、私たちが人間として真に何者であるかを気にすることなく、職業人として機械のように貢献することで評価され、常に競争し続ける場所であるのか。
このコミュニティの価値観を見た今、私は、真の人間が存在すること、私たちは私たち自身になれるということを理解できます。

あなたのこの記述を読んで、あなたの今までの人生の出来事(どちらかというとネガティブなものをあなたにもたらしていた)があなたに目覚め(真実)を促していることが感じられます。おめでとう!


今、自分の過去を振り返り、私には癒しが必要な傷があり、それは人として成長するために必要なこととして私に起きたのだと認識し、過去の経験を振り返るほど、自分がなぜ今ここにいるのかをより理解できるようになりました。出来事がなぜ自分に起きたのかを振り返ることで、私はそこから学ぶ必要があることを見付け始めました。


私もそのことをあなたに気づいてもらうことが、あなたに提供するべきことだと考えていました。

ジイジからは、まずはどちらかというとネガティブな過去を振り返ろうというアドバイスがありました。

  • 6月28日 1週間面談 
    ビビアンは自身の過去のトラウマを日記に綴り、その内容が面談でシェアされました。それに対してのジイジのアドバイスは下記の通りです。
〈ジイジからのコメント〉
そういったことは誰に限らず、その出来事にどこかの時点で区切りをつけて、何らかの結論につなげることにより、超えられるものです。その何らかの結論は、実は何でもよいのです。あなたの心が、その過去の出来事をいつまで引きずっていくのかということに対して、けじめをつける時が来れば、今現在そのネガティブな経験が継続しているわけではないということと、そのことにより、あなた自身が汚れたわけではないということが、事実であることがわかります。

今までのようなあなたの過去に対する解釈が続く限り、あなたは一生、その精神性を維持していくことになります。賢明な判断をしてください。簡単に言えば、スケールの大きな人になることです。

また、面談の冒頭では「徳」の話がされました。徳がある人は物事の流れが良く、ルールを守らなくても大目に見てもらえたりする一方で、徳がない人はいくらきっちりやっても何かクレームがついたりして良い流れにならない、ということが伝えられ、徳を積むことの重要性が確認されました。
そして次の週からの目標として、「客観的な視点を持つ」「感情的にならない」「世界観を広げる」「道理が通った考え方をする」ということが提示されました。

〈面談翌日の日記より〉
私は、思考と昨夜の面談の後に思ったことで目が覚めました。

その思ったこととは、毎日私に起こることを認識し、意識することから、この旅を始めようということです。私の経験を引き起こすのは私自身であるならば、私は具体的に自分が何をしているのかを見たいです。
私は近ごろ、そのことに焦点を当てることを目指しており、判断せずに注意深く物事を読み取る方法を学ぶ必要があります。気を散らすと集中力が失われる可能性があるため、このプロセスには時間がかかるであろうことを私は知っています。このアプローチから始めることで、少しずつ変化を実現することが可能になると信じています。私はこのプロセスを急いで行いたいとは思いません。

昨日の面談で伝えましたが、客観的視点を持つこと、感情的にならないこと、世界観を広げること、物事の道理に沿った理に適った考え方、行動をすることを優先して心がけていくことをお勧めします。

この面談を受けて、第2週目からのビビアンは客観的に自分自身を見ることを始めました。

 

2週間目 6月29日~7月5日

ファミリーの農作業などにも徐々に参加し始めます

ある日の夕食時、ファミリーメンバーで名前に濁点を持つ潤三君、敬悟君と話をしていたビビアンは、濁点を持つ人々は、新しいものに直面したときや、誰かに自分の心を公開するときなどに恐怖心があるという共通点を発見しました。
同時に、潤三君が色々な役割(鶏の世話・醤油作り・ロータスランド・鍼灸など)が出来るのは、色々なことに興味を持つ濁点の特徴を良い方向に活かしているということも理解しました。

〈この日の日記へのジイジのコメント〉
同じような共通点を持つ人と出逢うことによって、よい出来事に出会うより、どちらかというと思考がネガティブな発想や行動に繋がることが発見できることがあります。それは逆に、その特徴をポジティブに活かしていくための知恵を得るチャンスでもあります。互いに慰め合うのではなく、励まし合い成長していくことに繋げると、良い人間関係に発展していきます。
  • 7月1日 ターニングポイント 日本語学校の件
    ビビアンがゆうこに、時間があるのでオンラインの日本語の教室を受けたいと話したところ、ゆうこから、木の花にいるならここに来ないとできないこと、例えばどこか興味があるところへ手伝いに行く等したらどうか、日本語を習うよりも、前回ジイジからも話があったように、ケア期間中なので心に向き合うことを最優先にしたらどうかということが伝えられました。
    午後になり、そのことを振り返ったビビアンは、自分の空気が悪かったと思ったので、それについて話したいとゆうこに申し出ました。ビビアンは当初、日本語を学びたいのに出来ないなんて不公平だと思っていたのですが、他の視点から観てみると、ゆうこに伝えられたことはその通りだと思い、日本語のレッスンを受けずに、日常の中で日本語を習えばいいと思った、と言いました。そして作業も、通訳がいないと出来ないと躊躇していたのですが、身振り手振りでなんとか自分で意思疎通をしていけばいいと思った、と話しました。
    ゆうこはジイジの話として、優先順位一番を一番にすること、そうすれば良い流れが生まれること、また、優先順位が低いものをやるのは欲であることを伝えました。するとビビアンはとてもスッキリした表情になり、爽やかにありがとう!と言いました。この件から、ビビアンの表情が明るくなっていきました。
〈日記より この件についての振り返り〉
これは私にとって重要な気付きを意味しました。今、私は過去に同じことをしてきたことがわかります。物理的な必要性と欲求が私の最優先事項であったために、自らの精神的な道と成長の重要性を無視しました。

過去にあったそういった事例(無意識に発生するあなたの癖)について、冷静に振り返ってみることは、あなた自身のこれからの成長にとても役立ちます。

この経験を生かして、自分のニーズや欲求を満たすことなく、日々の流れに沿って進んでいきたいと思います。たとえば、自分に集中できなくなるくらい作業で忙しくするということです。

「忙しくする」という事の意味を、常にチェックする必要があります。「忙しい」というのは、するべきことの優先順位を忘れ、複数のことを同時に抱え込む心のことです。そういった時こそ、冷静に、今一番必要なことは何かという優先順位をつけて、やるべきことを粛々とこなしていけば、「忙しい」というプレッシャーを感じずに突破できるものです。そうすることで結果的に流れも良くなります。沢山あることをいっぺんに抱え込んで考えると、確実に流れは悪くなります。

その2日後、お弁当を詰める作業を手伝ったビビアンは、その時のことを以下のように日記に綴りました。

〈日記より〉
今朝、お弁当を詰めていた時、私は自分に割り当てられた仕事に集中しました。その時、私は自分がそこに何も感情を入れていないことに気づきました。私はただ、私がするように頼まれたことをやり、何か他に手伝えそうなものを見付けた時には、それを手伝うことができました。私は、他の人は何を考えているのか、何か批判するだろうかと、自らに問いかけることをしませんでした。私は、結果を予測するのを止めることを学んでいます。

考えすぎたり、自分にはできないと感じることで、自分の心が自分自身を裏切ってしまいたくなる瞬間が何度かありましたが、そういう時には辛抱強く自分の思考をやり過ごし、やるべき作業に集中しました。この取り組みによって私の気分は良くなり、自身のエネルギーと意識をそこに注ぐことでスムーズに進むことを実感できました。

難しい言葉で表現することも、それから決まった仕組みの様に何かを解決していこうとすることも、自らの考えを先に結果に載せてしまうことになるので、結果すら所有することになります。その場合、まだ何も起きていないのに、何が起きるのかについて前もって悩まなければならないことにもなります。これは人間だけの特徴ですが、そういった感情や精神状態を持っている人間はスマートに生きることは出来ません。現代社会もそういった落とし穴にはまっている状態です。多くの人がそこから抜け出ることは、日常のものごとを少ないエネルギーで進め、感情も穏やかで豊かな日々を送ることに繋がります。

それは一人の為のことのようですが、そういった爽やかな日々を送る人々が増えれば、社会が良くなっていくことにつながります。私はそれをとても大切に思い、この活動をしていますが、あなたも自分一人分の日々を健康にすることにより、世の中をよくする運動に参加してください。今日の日記を読んで、この先が更に楽しみになりました。
  • 7月5日 2週間面談 
    ジイジより次の事が語られました。
    「あなたはこのプログラムの取り組みに熱心で、よい成果が出ていますので、人格を理解するという今回のプログラムの取り組みは4週間で終わり、その後は精神性を高めるようなプレゼンを行います。今日はちょうど折り返し地点です。今までは、自身が発していたネガティブを題材として学んできましたが、それを超えて、毎日の日記や人や出来事、ニュース、世情について、どのようにポジティブにそれを学んでいくかということに、これから取り組んでいきます。その後、プレゼンを通して世界観を広げ、大事なことを伝えられる人になります。
    その後カナダに帰って遠く離れても、それは遠くにいる意味があるということです。近くにいるには近くにいる意味があり、それはどちらも大事な役割なのです。」

 

3週間目 7月6日~12日 変化

カナダ土産のメイプルシロップで皆んなにスイーツを作りました

この週は活動的で、キッチンでスイーツや卵料理の試作を行ったり、ちらし寿司の盛り付けを手伝ったり、醤油のかい入れを体験したり、商品の出荷のお手伝いなどを行いました。日々色々なことに、ありがとう、という気持ちが湧き始めます。

  • 7月10日 ターニングポイント キッチン事件
    キッチンで、とうもろこしを洗う作業を手伝いましたが、洗うことしか指示されていなかったので、虫食いの部分が取り除かれていませんでした。作業の指示をした三保さんはバーズ体操をするためにいなくなり、ビビアンが一人でとうもろこしを洗っていました。みさちゃんが、そのことに対して無責任であると三保さんに伝えましたが、三保さんはまったく受け取らずにいたので、みさちゃんが頭にきてしまい、言い争いになりました。ビビアンは言葉が分からず、唯一分かったのは、自分の名前がその言い争いの中に出てくることでした。
    夕食時にビビアンはとても暗い顔をしていて、いつもよりトーンが落ちていました。ビビアンはゆうこに、今日の午後の出来事について時間があるときに話したい、と伝えました。
    翌日は養蜂隊と朝霧高原の養蜂場へ行き、ジイジと話したり、自然の中でリフレッシュして、すっかりキッチンでの出来事を忘れて楽しみました。その日の日記には、前日のキッチンでの出来事から自分の至らない点(わからないことをすぐに聞かない癖)を把握し、それを変えていく決意と出来事への感謝が書かれていました。サポーターのゆうこが大人ミーティングで一連の出来事をシェアし、そのことはビビアンにとても大きな学びになりました。起きた出来事をみんなで振り返り、次に活かしていく学びの場があることにビビアンは驚き、とても感銘を受けていました。
〈日記より〉
山に登り、頂上に到達しようとする過程で、私にとって最も重要なことの一つは、その歩みの一歩一歩が励ましであり、調和的で、他の人に刺激をもたらすものだということです。ここ(この山)での旅の間、私は日々の生活の中でのこれらの経験を通じて、あなた方みんなから気付きや事例を得ています。そしていつか私自身が、外にいる多くの人々の気付きになるであろうことを知っています。

素晴らしい!この大いなる喜びへの道は、より多くの人と共にあることにより、さらに喜びが深まり、そして私たちに真の豊かさをもたらすことでしょう。いつでもどこでも一緒にやっていきましょう。
  • 7月12日 3週間面談 
    ジイジからは、カタカムナの観点から以下のことが伝えられました。
    「物事が観える目(芽)が出始めています。それを明快にするためにこの旅があること、そしてその可能性を目覚めさせることが大事です。今までのあなたは、“ビビ”という濁りが強くネガティブな性質でしたが、自分自身の濁りを理解することで、“ビビ”は本来の音である“ヒヒ”となります。“ヒ”は始まりの音ですから、それは再スタートを意味します。」
    また、カタカムナの観点から“アイ”についての紐解きもありました。この世界のあらゆる現象は全て“アイ”から生まれており、今までの全ての良くない経験も、ここに繋がったことも、全てが神様の愛であるということを確認しました。
    第4週目の課題として、日記には全てを素直にそのまま書くが、捉え方をポジティブにするというテーマが与えられました。4週間が終わったら、日本語の勉強も解禁(日本語の勉強はカタカムナの理解にも繋がるので)とし、色々な精神的な世界を探求していくことも出来ると伝えられました。

 

4週間目 7月13日~19日 変容

皆んなと一緒に落花生を収穫

新型コロナウィルスの感染が拡大する中、ビビアンは片頭痛や喉の痛みなどがあったため、念のため簡易的に隔離されることになりました。この週はほとんど部屋で過ごすか一人で散歩に行き、片頭痛や頭痛が続きました。この期間はサポーターともあまり話すことがありませんでしたが、サポーターから見たビビアンの印象は良く、さなぎから蝶になる前のぐっと内に籠る期間のように感じられました。

〈日記より〉
おそらく、今日はあまり表現することがありません。私は、浮かんでくる思いに囚われることなく、ただそれを浮かび上がらせ、手放していくことで、何ら努力することなく心を静かに保とうとしています。
私は、穏やかで目覚めた状態であることを選び、何の期待もしません。今言えることは、この状態でいることは、私に平和とやすらぎをもたらすということです。鳥の歌声やコオロギの鳴き声、人々の笑い声や話し声、車の行き交う音が聞こえ、私は自分自身の体を感じ、呼吸によって上下するお腹や、キーボードに触れている指を感じることができます。私は、今現在の全てに集中しています。
今この瞬間を生きることは、人生がもたらす如何なる状況にも対処できる道具を、私に与えてくれました。そしてそれこそが、私の求めていたものです。
私は、自分が望む経験の中で生きることを選びました。それは、自分がどうなるかということを手放すことで、宇宙が私にもたらしてくれる愛、平和、幸せ、思いやり、健康に沿い、宇宙と繋がって生きることです。

その安定した精神状態にいつもいられるとは限りません。しかし、一度その世界に入ってしまえば、例えどんな状態が訪れようとも、またその安定した精神の場所に戻って来れます。だから、生きること(今を楽しむ)をエンジョイしてください。OK?

  • 7月19日 4週間面談 自然療法プログラム終了
    この最後の一週間の隔離は、自分の内に集中する一週間として良いタイミングでもたらされ、とても喜ばしいものだと思っている、ということがジイジから伝えられました。不要な考えがなく、今存在していることに集中できていることで、感じ方が以前と異なっています。プログラム終了後の残りの滞在期間は、精神的な学びをさらに深めるためのプレゼンを行うことになりました。
〈プログラム最終日の日記〉
今朝、私は起きて、ここで過ごした4週間のことを思い出していました。
私は、今の自分と日本に来た日のビビアンの違いについて見て取ることが出来ます。私は、日記を書くことを通じて、あなたが教えてくれたことをどのように学んできたかが分かります。私は今までに見たことのない異なる性格の自分自身を発見することが出来ています。そして、愛と共感する能力を捨てることなく、感情をコントロールするためのキャパシティがあります。それは人類、動物、自然、そして宇宙の全てに対するものです。

それは、あなたが今まで歩んできた、あなたにとってネガティブだったものも含めた歩みが、あなたにその目覚めを促していたのです。

私は、どんな苦労の背後にも、そこには学ぶ機会があるということを認識する力を磨くことに取り組んでいます。それは最終的に、私の過去からのすべての学びを受け入れ、許すことを選び、私を今現在のような人にするものでした。
さらに、ここでの私の経験は、幸せになるために物理的なものは必要ないということを認識して味わい、心から感謝することを可能にしました。ここでは誰も、競争したり、自分を良く見せようとしたりはしません。私は人間の本来の姿を見出し、一生懸命働くことやメンバー達の献身を通じて、自分もこのコミュニティの一部なのだということを感じています。あなた方みんなとの暮らしは、私に、正直であるとはどういうことなのかを見せてくれました。そして、自らの心を開くことが、常に私が私自身であることを許し、振り返り、変化し、宇宙からさらに多くの祝福を受けることを可能にするということを示してくれました。
私は、ここでの経験が、私に心を開く鍵を与えてくれたことを書き留めておきます。そして、ここで過ごした数週間に感謝しています。私は私が求めていた以上に多くの事をいただき、本当に感謝しています!
私は、今現在も変化し続けるビビアンです。私は、あなた方全員から受け取ったものによって、そしてもちろん、私の全存在を通して人生が私に与えてくれたすべての経験によって、より力強いものとなった私の旅を続けます。どうもありがとうございます。

そのように、天は地上に降ろした人間の魂に目覚めてほしいのだと思います。それは、天が人々と共に地上を創るビジョンを持っているからです。それは、すべての始まりからあったビジョンです。今、人類の歩みは、その道からして極めて途上の様ですが、あなたがこことの出会いで得た学び方を人々が会得すれば、今現在山のように、そして溢れるようにある地球規模の問題ごとは、いともたやすく解決されることでしょう。そのことに目覚めた人々は、夜明けが近いことを知っています。何はともあれ、あなたの今回の取り組みがとても良い答えを得たことを大変喜ばしいことと思います。ありがとうございます。感謝。

 

その後もビビアンは滞在を続け、世界観を広げるためのプレゼンテーションを受けながら、日々様々な経験をしました。

夏休み中の子ども達と一緒に、長野県の大町ビレッジにも行きました

そして8月1日、ビビアンの自然療法プログラム卒業コンサートが開かれました。

ビビアンの卒業コンサート
お祝いのデザートのプレゼント

コンサートでは、木の花楽団から歌のプレゼントがあり、ビビアンはみんなの前で以下の手紙を読み上げました。

卒業に寄せて

木の花ファミリーでの55日間の滞在を経て、私は新しい人になったと言えることを誇りに思います。過去の傷は癒され、私の人生は変化しました。私がここで過ごした時間は、気付きと愛は今までも、そしてこれからも、永遠に私のパートナーであるという新たな視点から世界を観ることを助ける、完全なる経験を意味しました。私はジイジからの賢明で本質的な導きを受け、それはメンバー一人ひとりからのサポートや気遣い、愛、そして寛大さによって、さらに力強いものとなりました。

毎日、あなた方一人一人から予期せぬサプライズがあり、それが私の日々を特別なものにしてくれました。一人一人からの英語での言葉がけや挨拶、ハグ、美味しくて栄養豊富な食べ物、とても珍しい酵素ジュース、キッチンの知恵、本や写真のシェア、畑での時間、私のために特別に作ってくれるロータスランドの食事、清潔な服、温かいお風呂、必要な時に与えられる自然の薬、会話、鍼治療、英語教室、正確で的確な通訳、笑顔、猫、ウェルカムコンサートの演奏、私が食べた一つひとつの果物、居心地の良い日本の伝統的な風呂、一人一人の気遣いや、あなた方の仕事に対する貢献から、私は多くのことを学びました。

多くの思い出がありますが、それを書くにはスペースや時間が足りません。それでもなお、私は木の花ファミリーのみなさんに、ここはまるで不思議の国で、世界にインスピレーションをもたらす場所であることを知ってもらいたいです。私が体験したように、全ての人に桃源郷に住む機会があることを願います。このファミリーは、私がこれまでの全人生の中で受け取ったよりもさらに多くの愛と思いやりを与えてくれました。そして私は、そのことに永遠に感謝します。

私のここでの時間は終わりを迎えますが、私の心の中には、私が愛し、そして永遠に忘れない100人のメンバーからなる新しい家族がいます。私の魂を輝かせ、そして私の日々を幸せにしてくれて、ありがとう!

ビビアンの魂の旅はこれからも続きます

 


エニーの28日間の心の旅 〜 卒業コンサート編

2019年6月6日から自然療法プログラムを受けていた25歳の中国人、エニーのために、7月2日の夜、卒業コンサートが開かれました。まず、木の花楽団からエニーに歌のプレゼントが贈られた後、エニーは28日間の滞在を振り返るケア滞在記をみんなに読み上げました。この滞在記はエニーがまず英語で書いたものをメンバーが日本語に訳し、以下の日本語版をエニーがみんなに読み上げたのでした。


 

エニーのケア滞在記

「エネルギーを正しい方法で使うこと」

 

以前の状態

  • 2年前、私が自分自身と私の内なる世界を探究し始めたとき、
  • 私の問題のひとつは考えすぎることだと気付き、それは本当に私のほとんどのエネルギーを奪っていると感じていました。
  • 私はその問題点に気付きましたが、この問題をどのように解決すべきなのか、本当にわかりませんでした。
  • また、過去2年間、私は感情の浮き沈みをとても頻繁に経験してきました。
  • 2018年の後半に、私の心がとても感情的になったときがありました。
  • たとえば、シャワーを浴びながらハミングをしていた次の瞬間には、私はとてもとても気分が落ち込み、泣きたくなったものです。
  • 私は瞑想やヨガを試し、それは本当に私の助けになりましたが、時々「感情的な私」が戻ってきました。
  • 2019年2月に私は木の花ファミリーの1ヶ月間の真学校に参加し、ジイジはそれが私の人間性であり、ジイジのような他者からの助けを私が必要としていることを伝えてくれました。
  • 私はそのことを真剣に受け取らず、自分でそれを解決できると思っていました。
  • 4月のある日まで、あることが原因で、私の心は周りに強く影響され、つらく感じていました。
  • その瞬間、ただ私が望むものは平安であり、外の世界によって乱されない平静を保ちたいと思いました。
  • そういった状況の中で、私にはたまたま時間があったので、木の花ファミリーで自然療法プログラムを受けてみることを決めました。
  • 通常、私は午前中に畑や他の場所へ作業をしに行き、午後は日記を書きました。
  • 毎日私は日記を書き、ジイジはコメントしてくれました。毎週私はジイジの面談を受け、ジイジは私にその週のフィードバックをくれました。

 
最初の1週間 – 私の過去から卒業する

  • 私は子ども時代の記憶から日記を書き始めました。
  • 1週間、記憶について書いた後、私の子ども時代のほとんどの記憶がネガティブであることに驚きました。
  • なぜならそれは、私は常に自分自身を被害者だと思ってきたからです。
  • 他者が私のことを良く扱わないときはいつでも、私は被害者のように感じ、傷つけられたように感じました。
  • また、私は良い結果を求め、ネガティブな自らの今までの方法で考えてきました。
  • たとえば、私が小学生のとき、私たちはたくさんのテストを受けました。テストの結果が良いだろうと思ったときに、結果は良くないことが何度もありました。結果が悪いだろうと思ったときには、結果は良いものでした。そこでテストを受けた後、私は物事を悪く考える傾向がありました。なぜなら、そうすることで、良い結果を呼ぶことになると私は信じていたからです。
  • ですから最初の面談で、ジイジはそのことを指摘し、何が起ころうと、私には少なくともその半分は責任があり、私は決して被害者ではないと伝えました。
  • さらに、私のネガティブな思考はまったく客観的ではない私自身の論理に過ぎないことに気付くべきであり、その古い癖から飛び出すべきだとジイジは伝えました。
  • いずれにしても、過去は過去なのですから、私に過去から卒業するべきときが来たのであり、「困難はチャンスでもある」ということわざにあるように、ポジティブに客観的に物事を観るべきときが来たのです。

 
次の2週間 – 自分自身の問題を見つける

  • 「あなたがどのように一日を過ごすのかは、あなたが一生をどのように生きるのかを示すでしょう」ということわざがあります。
  • 2週間の間、いろいろな形で私に私の問題を示す異なる現象がありました。
  • もちろん大きな問題のひとつは、不要なことを考えすぎることでした。
  • さらに悪いことに、不要なことのほとんどは個人的なことであり、その場合私はとても小さな器の中でぐるぐると回り続けていました。
  • もし私がとても広い世界観を持つことができていたならば、実際に私の思考エネルギーをまさに正しい方法で使うことができたのです。
  • 同時に、自らの器から飛び出し、客観的かつポジティブに物事を観ることができたことでしょう。

 
最終週 – 自らの柱を見つけ、種と蓮のように生きようとする

  • 3週目の終わりに、ジイジは私の将来のイメージについて私に質問しました。
  • それで私は、何をしていようと、私がしたいことはただメッセージを届けることであり、自分にはその才能があると信じていると答えました。
  • そしてジイジは、それが私の柱であり、常にそのことを覚えておくようにと伝えました。
  • ですから最終週で、種と蓮のように、私の心の中にあるその柱と共に生きようとしました。
  • 種は芽吹くために、土の中にあるいろいろな石や砂利、その他の困難を通り抜けるものです。そして、蓮は汚い泥からでも、清らかな花を咲かせるのです。

 
将来 – 実践の人生

  • この滞在記を書き始めたとき、目から涙があふれ続け、私はそれがなぜだかわかりませんでした。
  • 私は1ヶ月間木の花ファミリーで暮らし、自分自身を探究するこの機会を得たことをとても感謝しています。これは宝物です。
  • 私のプログラムが順調に進められるよう、私はこれまで木の花ファミリーのすべてのメンバーからお世話になりました。
  • 誰ひとり欠けても、私のプログラムはこれほどスムーズには行かなかったと思います。
  • これは宇宙からの素晴らしい贈り物であり、宇宙からの愛を私は感じました。
  • 私にはこれからの人生において、この愛を人々に手渡す責任があると感じました。
  • 柱を維持しながら、私は前に進み、自らのエネルギーを世界に捧げます。
  • 「継続は力なり」という古い中国のことわざにあるように、私はそれを行動に移し、より良い世界を創るために毎日実践していきます。

 


その後、メンバーからエニーにメッセージが贈られ、最後に自然療法プログラムの主治医であるジイジからエニーに次のメッセージが贈られました。


 

ジイジからエニーへ

「より良い社会づくりのための自然療法プログラム」

今、エニーとの出会いを振り返ってみますと、長い付き合いでしたね。彼女と初めて出会ったのは、昨年の11月のことでした。私はいつもその人から感じる響きを判断の材料にします。彼女を初めて見たとき、彼女の響きは明快ではなく、暗いものでした。ただ、そういった自分の状態を改善したいという心はエニーにありましたし、一番はそういう自分に苦しんでいました。

一般的に自然療法プログラムで改善を引き受ける場合、心の病気の人を引き受けます。そういう意味では、彼女は心の病気の状態とは言えませんでした。人生の中でいろいろな問題があったとして病気を発症した人は、自らの中にある何らかの原因で行き詰まっています。ところが、未だ病気に至っていない状態の人は、その状態を自らに問題を感じないようにうまく処理し、自らにもうまく言い聞かせている状態なのです。そのような人は、この自然療法プログラムを受けても、なかなか改善しにくいのです。ですから、積極的に彼女に改善を提案したわけでありません。当初、彼女も自分で何とかできると思っていたようでした。しかし、それが人生の行き詰まりの原因なのです。何か問題があるときに、誰がその問題をつくっているのかを考えた場合、自らの外に原因を求めている人はその原因を掴むことも、自らを振り返ることもできません。そこで、自分でもいろいろなことを試し、他者からもアドバイスをもらい、それでも問題を解決することができなければ、自らに原因があると気付くものですが、自分の内に問題の原因を見つけ出せない人は、自らの内に原因があることを認めず、そういった状態から抜け出し改善することが難しいのです。私たちがこのような人の状態に気付いてからは、そういった人たちに対してあえて改善プログラムを引き受けてきませんでした。

しかし今回、なぜだか私も提案の理由がよくわからないままに、私から投げかけをしました。そして、彼女はこのプログラムを受けることを決めたのです。実際にこのプログラムがスタートしたとき、私の印象としてはさらに手ごたえのない、難しい状態だと感じていました。ところが、彼女の日記を読んでも、今日のケア滞在記を読んでも、とても理論的で、素直に落とし、とてもスムーズにこの改善が進んでいったのです。これは、私の予想も外れましたし、今までたくさんのケアを引き受けてきた中で初めてのケースです。

そして、ケアの最終段階に入ったとき、エニーは自分自身の心の問題に興味を示さなくなり、これから自分が行う活動、つまり人々が目覚めることの大切を発信するメッセンジャーとして生きていくことに意識を向けるようになったのです。彼女は、この世界は愛によって運営されていることを人々に伝える、と言い出したのです。

こういった一連の流れを分析してみると、エニーのケースは、心の具合が悪く問題ある人生を生きてきた人がそれを改善するために来たのではないことが観えてきます。まだ25歳で年齢的には若いので、人生を悟るには少し早いと思うのです。それにもかかわらず、エニーはこれから自分が何をするべきかについて、具体的ではないかもしれませんが、心が向いている方向は明快になってきました。これは、今の時代が産み出したことだと思います。

今年、日本では令和の時代を迎えました。そして宇宙的には今、冥王星の248年のサイクルが終わり、私たちは新しい宇宙時代を迎えているのです。そこで、ひとつの物語を考えました。エニーは新しい時代に貢献するために生まれ、その新たな時代の大切を理解するために、今までのあまり良くない人生を経験したのだと。もし、そうだとしたならば、ここでそこまでの人生に漂っていた雲が晴れることになります。そのように考えると、エニーが子どもの頃からずっと体験してきた不愉快な問題は、エニーが目覚めるためにあったのです。それはとても必要なことだったのです。エニーの滞在記の中に書かれていた、「種と蓮」の話が浮かんできます。

「自然療法プログラム」の「自然」とは、「自ずと然るべき」状態であるということです。自らの内にある自ずと然るべき状態になる。これが私たちの本当の健康の状態であり、この世界において正しい状態です。この自然療法プログラムを卒業する人に、私はいつも伝えることがあります。「私はあなたをサポートしただけであって、あなたが自らの内にある本当に気付いて、あなたが自らの闇から抜け出てきただけですよ。」つまり、自らの闇の中にい続けるのをやめ、内にある闇の存在を知り、光のほうへ向かって出てくることは、自分自身の力で行うべきなのです。

今、この話をここにいる皆さんにしながら、今の中国の人々に何か気付いてもらいたい、という想いが湧いてきました。私たちは人生においてこの世界から自分というものを託され、自らの一人分健康な人生を生きることは、一人分世の中を健全にする役割が託されているのです。今までの時代は、人生においていろいろな問題ごとがあっても、社会はそれが存在する意味を吟味することなく多様性として認めてきました。しかし現代において、このように人々が好きなように生き、調和することを怠ってきた結果、社会には問題ごとが山積してきました。そうすると、自然はそれを気付かせるために問題ごとを人々に与え、それを受けて人々は改善する知恵を発揮してきたわけです。そうすると、人の内から自然に正しいところへ立つ力が湧いてきます。そのケースでは、それまでの問題ごとを引き起こし、闇の中で生きてきたこと自体が、その力にもなるのです。しかし、現状の自分に囚われている状態では、その方向へ向かうことに気付くことはできません。エニーの日記には、そういった自らの内にあったことに気付いたことが書かれてありました。この気付きがすばらしいのです。そして、誰もがそういった自分自身の立ち位置に気付き、そしてどこへ行くべきなのかがわかれば、自ずと自らの力で改善できるようになります。そうしたら、今の世の中にあるたくさんの問題ごとは自ずと解決されていきます。そういった意識レベルに人々が達すれば、社会には医者も弁護士も警察もいらない世界が実現し、今必要とされているものが不要になってくるのです。

ですから、私は自然療法プログラムの主治医として、本当のことを言います。(いつも本当のことを言っています(笑))。「私がこれを提供する目的は、病気の人を治すことではありません。その人が健康になり、健全に人生を生き、社会が健康になることを目的としているのです。」ですから、自然療法プログラムの目的は、より良い社会づくりとなるのです。それは、私たち一人ひとりが生きる、本当に果たすべき役割に立つということです。まさしく、これからの時代にこの物語はとてもふさわしいものです。

エニーの改善物語は、多くの人の参考になります。そして、あなたらしく、そういった経験を21世紀のメッセンジャーとして、人々に伝えてあげられる人になってください。

卒業式にはいつも、「卒業おめでとうございます。そしてひとつの事例を見せていただき、勉強になりましたのでありがとうございます」と伝えるのですが、エニーとはそれで終わるのではなく、これから私たちは共に活動していく仲間となりました。この事例はとても良い事例でしたし、とても良い卒業式でした。ありがとうございます。

 


 

エニーの物語は、7月15日にロータスランドで開催されるジイジのお話会「奇跡が起こる 目からウロコの自然療法」でも紹介される予定です。ちなみに、7月15日はエニーの26歳の誕生日でもあるのです。

エニー物語はこれからも つ・づ・く

 

 


 

自然療法プログラムの根本となる世界観を

さらに深く学んでみませんか

 

2020年2月23日〜3月21日

「1ヶ月間の真学校」開催 !!

1ヶ月間の真学校とは

1ヶ月間の真学校は、毎年2月から3月にかけての1ヶ月間、木の花ファミリーにて開催される、21世紀の人類の生き方を学ぶプログラムです。

「学校」とは本来、それまで知らずにいた、もしくは確信を持てずにいたことについての、新たな学びに出会う場所です。子ども達は学校に入学すると、それまで知らなかったたくさんのことに出会い、一つひとつを新鮮に受け取りながら生きる世界を大きく広げ、どんどん成長していきます。ところが大人になるにつれ、「自分はこういうことを学びたい」と価値観が固まっていき、自分の価値観に沿うものだけを受け取るようになるものです。

1ヶ月間の真学校は、あなたが今のあなたの価値観を元に学びたいと思っていることだけを提供する場ではありません。なぜなら、時代が大きく変わろうとしている今、これまでの価値観ではもはや、新たな時代を生き抜くことはできないからです。そしてその価値観が今の社会を作ってきた結果、世界はどこにも突破口を見出せない大きな行き詰まりを迎えているのです。今、私たち人類は、これまでの価値観のまま生き続け破滅の道へと向かうのか、それとも宇宙の流れに乗って自らのあり方を根底からひっくり返し、古い価値観では想像もできなかった新たな世界へと足を踏み入れるかの、重大な岐路に立っています。

1ヶ月間の真学校は、それまで出会ったことのない、新たな世界に出会う場です。それは今のあなたが思うよりも、はるかに異次元の学びです。古い価値観への囚われを捨て、未知の学びへと踏み出した時、あなたはそれまでのあなたの枠を突破し、新たな自分自身に出会うこととなるでしょう。その学びは、あなたの人生に突破口を開き、現代社会が抱える問題を解決する糸口となり、地球の未来へと貢献する道を開くのです。

1ヶ月間の真学校では、現代社会の固定概念を超え、新たな世界へと踏み出す意志をお持ちの方をお迎えします。そしてその学びを現実の生活として実践する木の花ファミリーを舞台に、プログラムを提供します。

 

あなたは あなたの知らない世界へ

行く意志がありますか?

 

スライドショーには JavaScript が必要です。

*スイングバイ・・・宇宙探査機等が目的地へ向かう時、天体の運動や重力を利用して、軌道修正したり推進力を上げること。

 

開催概要

日 程
2020年2月23日(日)〜3月21日(土) 28日間

会 場
木の花ファミリー
静岡県富士宮市猫沢238−1

対 象
■ 今の自分に枠があることを知り、その枠を超えることで新たな自分と出会う意志のある人
■ 今この時代に人間として地球に生まれてきた真の意味を知りたい人、または興味のある人
■ 現代社会の行き詰まりへの突破口を探している人
■ 人生に行き詰まった、或いは人生の転機にあり、その突破口を求める人
■ 失われてしまった、すべての生命が共に豊かに生きる美しい世界を、地球上に実現したい人

メイン講師 ジイジ

内 容
講座は「世界観」「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」と多岐にわたりますが、全講座に共通する最も重要な学びは、物理的な現象の奥に流れる深い精神性です。
1ヶ月間の前半の2週間では、固定概念を外して世界観を広げると同時に、『人格を学ぶ講座』を通して受講生一人ひとりの人格や天命を紐解きながら、人それぞれに異なるオリジナルな心の性質を客観的に捉え、分析する術を学びます。なぜなら、多くの人は自分でも気付かないまま、この世界を主観で捉えているからです。それぞれが独自のフィルターを通して世界を眺めていながら、フィルターがかかっていることに無自覚なため、実際には自分の色が付いているにもかかわらず自らの視点が絶対であると思い込み、その結果、世界にたくさんの矛盾や対立をもたらしてきました。
そこで1ヶ月間の真学校では、まず自分がどのようなフィルターを持っているのかを正確に捉え、人生で最も身近な存在である「自分自身」とは何者なのかを知ることから始めます。自らを正確に知ることは、自分と他者との違いを知ることです。違いを知ることで他者を理解し、円滑なコミュニケーションが取れる人へと成長していきます。そして、自分と他者とを正確に捉えることによって初めて、自他の関係を活かすことができるようになるのです。

こうして自らの性質を理解したところで、後半の2週間では、多様な題材を通し、物事を冷静かつ客観的に捉える視点を育み、さらに世界観を広げていきます。そして現代社会を生きる意味を理解し、様々な問題を根本的な解決へと導く、広く高い精神性への学びを深めます。
この学びは、机上の空論ではありません。毎晩行われるコミュニティ・ミーティングのほか、誕生日会や季節の催事などへの参加を通して、講座で語られる世界観を日々の生活の中で実践するファミリーの暮らしを実際に体験していただきます。

講座の様子

〈 講座例 〉
人格を学ぶ講座(カルマ読み・地球暦・カタカムナ)/世界観を広げる/カタカムナ/天然循環法(食・農業革命・医療革命)/食と食養生/自然療法プログラム/性と宇宙/21世紀の死生観/菩薩の里の経済/心のシェア/有用微生物群の培養/自然災害と防災/心豊かに生きる
* 講座は座学が中心です。どのような学びも、大切なのはその根本にある精神性です。1ヶ月間の真学校では、受講生が卒業後にそれぞれの現場で学びを実践していく際の根本となる、精神性を育むことに最も重点を置いています。
* 上記講座はあくまでも一例であり、プログラムは状況に応じてその都度変更されます。
* その他、フリータイムがあり、受講生同士で相談をして独自の講座を創ることも可能です。
* 海外からの参加お申し込みがあった場合は、日本語と他言語(英語・中国語)でのプログラム提供となります。
* より詳しい内容を知りたい方は、以下の専用ブログにて、これまでの講座の様子などが紹介されています。どうぞご覧ください。
1ヶ月間の真学校ブログ

「心のシェア」の座談会

1日の流れ
7:30  朝食
8:30  午前の講座(途中休憩あり)
12:00 昼食・昼休み
14:00 午後の講座(途中おやつ休憩あり)
17:30 入浴
18:30 夕食
20:30 大人ミーティング(自由参加)
* 時間は日によって変更があります。
* 毎週日曜日(または土曜日)は休講日です。
* 畑やキッチン、子育てなどを体験する「生活体験」の時間もあります。

サポーター制
受講生には、ファミリーメンバーの中から基本的に同性のサポーターが1名付きます。多彩なメンバーたちが受講生の学びを全力でバックアップします。

定 員
15名
* 定員になり次第締め切りとさせて頂きます。お申込みはお早めにどうぞ!

参加費
収入に応じたスライド制になっています。(自己申告制)
① 年収200万円未満・・・18万円
② 年収200万円以上400万円未満・・・20万円
③ 年収400万円以上・・・22万円
* 参加費には、受講料、宿泊費、食費、保険料、消費税等一切を含みます。
* 分割払いをご希望の方はご相談ください。

お申込み
下記リンク先の専用お申し込みフォームへご入力の上、送信してください。
「1ヶ月間の真学校」へのお申し込み

お申し込みは、参加費のご入金をもちまして正式に受け付けとさせていただきます。ご入金のあった方から順に受け付け、定員に達し次第受け付けを締め切りとさせていただきますので、どうぞご了承ください。お申し込みフォームをお送りいただきましたら、折り返し担当者より詳細のご案内をさせていただきます。
* 参加費は、講座開始日30日前までにご入金ください。
* お申し込み後のキャンセルは、主催者への負担となるだけでなく、他の方の学びの機会の損失にもつながります。特に海外から参加される場合、事前に数ヶ月間の準備期間を要するケースが多いため、講座開始間日間近にキャンセルが発生しても準備期間が足りず、受講を希望される他の方が参加できない場合がございます。そういったことのないよう、どうぞお申し込みになる前に、受講のご都合とご意志を今一度ご確認くださいますようお願い申し上げます。
* 講座開始日90日前以降のキャンセルに関しましては、キャンセル料を申し受けます。

主 催
NPO法人ぐりーんぐらす

共 催
木の花ファミリー

お問合せ
NPO法人ぐりーんぐらす
電話:0544-67-0485(担当:池谷・古橋)
メール:truthschool★npo-greengrass.org(★を@に置き換えてください。)
ご不明な点は、どうぞお気軽にお問い合わせください。

ご参加お待ちしています!

 


エニーの28日間の心の旅 〜 日記編

中国人の25歳のエニーは、2019年6月6日から自然療法プログラムを受け、28日間でプログラムを卒業することとなりました。(詳細については、木の花ファミリーブログ「時間の旅人として宇宙を生きている~自然療法プログラム・エニー物語」をご参照ください。)プログラムの主治医であるジイジ曰く、「エニーは今まで自然療法プログラムを受けた人の中で、もっとも意識の高い状態で卒業する人だと感じています。」
ジイジはケアスタート時の面談の際、彼女に子どもの頃からの記憶と毎日の心の動きを日記に書くことを課題として与えました。エニーの元々の性質である複雑に考えすぎる傾向に、子どもの頃からの日常に対する悪い印象によって不要なことをネガティブに考える傾向が加わり、思考が整理されないままに今まで人生の滞りを生んできたエニー。そんなエニーにジイジは、「あなたの中に湧いてくるたくさんの思考を、必要な思考と不要な思考とに仕分け、深く広くポジティブに物事を捉えられる人になることが、今回のプログラムにおけるあなたの最終目標です」と伝えました。
今回は、そんなエニーがプログラム中に綴っていた膨大な日記のダイジェスト版をご紹介します。28日間のエニーの心の変化が、みなさんの心に伝わることになれば幸いです。

*日記には、毎日ジイジが客観的な視点からのコメントを返しました。以下、ジイジからのコメントは青字で記載されています


 

6月 6日

〈 記憶 〉

  • 子どもの頃、私はあまり多くを話さないタイプの人でした。祖父母を含む私の親戚は、私のことを自閉症だと思い、私の母に私を心理学者のところへ連れて行くことを勧めましたが、母はそれは単に私の性格だと言っていました。そうは言っても、母は常に社交的な人々は良い性格で、内向的な人々は良い性格ではないと考えていました。母は社交的で、私は内向的であり、母は私の性格に満足しておらず、常に私に社交的になることを求めていました。

〈 日記 〉

1 –

  • ジイジとの面談の時、ジイジは、私の顔の吹き出物の状態が悪くなっている、それは意識の低下から来ているのではないかと言いました。
  • その時、私の心の中の声はこう言いました。「いいえ、そうではありません。なぜなら、私は明らかに以前より意識的で穏やかになったと感じています。」
  • でも、私はそれを言いませんでした。ジイジの言葉を受け取り、それでどうなるかを見たいと思ったからです。議論をしても意味はありません。

コメント:主観と客観の違いを理解するチャンスでもありますね。

  • もしも過去の私が同じ状況に出会っていたら、きっと私はそれを口に出して議論していたでしょう。(特に、誰かが私を評価し、その評価を私が受け入れられない時に、私はすぐに言い返す傾向があります。)

コメント:その性質が、今まであなたが出会ってきたことの大きな要因でもあります。そして、今現在もその心はまだあなたの中に潜在しています。わかりますか?

2 – 泣きたくなった

  • 面談の時にジイジが「あなたを改善し、世界の平和に貢献してください。それはあなたの望みでもあるでしょう?」と言った時、どういうわけか心に響いて、泣きたくなりました。

コメント:あなたの中にそういった優れた人生を生きる望みがあることが理由なのでしょう。そして、そういった生き方が今現在できていないからでもあるのでしょう。いろいろな意味で次のステージに行く時が来ているのです。今回のあなたの改善プロジェクトは、あなたの人生にとって最も重要なものであり、今後のあなたの人生の価値を決定するものでもありますから、確実にものにしていきましょう。そのために、自分自身に対する執着を取り去っていくことが大切ですね。

 

6月 7日

〈 日記 〉

1 – 後悔

  • 今朝、私は早朝の5時ごろに目が覚めました。時間を見て、何もすることがないからまだ起きるには早すぎると思いました。
  • そこでもう一度寝て、6時に目が覚めました。多く眠ったけれど、気分は良くありませんでした。
  • 最初に目が覚めた時に、すぐに起きられれば良かったと思いました。

2 – 後悔

  • 朝食に、ご飯を小さなお茶碗に2杯食べました。
  • 1杯目を食べ終わった時に、もう少し食べられると感じたので、おかわりをしました。
  • 午前中、私のお腹は少々満腹な感じで、あまりいい感じではありませんでした。
  • ご飯を1杯だけにしておけたらよかったと思いました。

3 – 玉ねぎのヒゲを切る

  • 玉ねぎのヒゲを切る作業は、簡単だし、他の人たちの会話を聞いて日本語を聞く練習にもなるので、楽しかったです。
  • 同時に、私は頭の中で、自分自身の問題について考え、それをどのように解決したらよいかを見出そうとしていました。
  • 私はいつも、より物事を効率的に進められるように、自分を穏やかにしようとしているのだと思います。
  • 穏やかになることは、その境地に至ることが目的というよりも、物事を終わらせるための手法のようなものです。
  • 他の事例として、瞑想をしていた時に、私は時々、瞑想は頭をクリアにしてより良く働けるようになるための素晴らしい手段だと思いました。
  • 瞑想をしている間も、たくさんのことが私の頭の中に浮かび、私はそれを頭の中で解決しようとしていました。

コメント:ムリなコメントかもしれませんが、自分に特化した話題限定で思考が回っているため、そのようなつもりはないのでしょうが、言わば損得勘定の思考の連続ということになります。損得で考えるのではなく、正しく冷静に物事を情報として掴む思考にしないと、そういった堂々巡りの思考回路から抜け出すことは難しいです。それはこれからの課題ですが、理解できますか?
大切なことは、新しい自分に出会うことですが、それはまったくあなたが別の人になることではありません。新たなバージョンのあなたに出会うということです。新たなあなたもあなただということを理解して、次のステージに進みましょう。

 

6月 8日

〈 記憶 〉

  • まだ小学校にも入学していない子どもの頃、私の行儀が不十分だと、両親はお尻を叩くなどの乱暴なやり方で私を罰したり叱ったりしました。また、彼らは時々私を外に締め出して、私が自分を振り返ることを求めました。大きくなると状況は良くなり、両親は私が何か間違ったことをすると、私に教訓を教えました。私は両親に、どうして小さな頃に乱暴なやり方で私を罰したのかを聞きました。彼らが言うには、私は自分の考えが正しいと思い、とてもとても頑固だったそうです。例えば、両親が週末に公園かどこかへ連れていってくれることを私に約束しながら、計画が変わって私をそこへ連れて行けなくなった時、私はとても不愉快になり、どうして両親は約束を守らないのかと文句を言っていました。その時から私は、人は一度約束をしたら必ずそれを守らなければならないという考えを強く持っています。

コメント:相手の自分に対する対応が良くなく、それが内に強く残っているときは、自分のことに意識が偏っているときが多いのです。そして、それはトラウマのようになります。思考回路ではなく、ただ悪い印象ということがベースにあって出てくる思考ですから、良い思い出にはなりません。そういった場合、客観的な物事の捉え方をし、なぜそれが起きたのかをいろいろな角度から分析し、観てみる必要があります。そうすると、その経験は学びとなり、あなたの人生の延長に良い結果をもたらすことになるでしょう。

〈 日記 〉

1 – 少し急ぐ

  • ねぎを収穫している時、畑には私を含めておよそ4人の人がいました。
  • 私にとって、ねぎを収穫するのは初めてでした。しばらく収穫をしてから、他の人はどのように収穫しているのかと周りを見渡してみました。
  • 彼らは、とても良い速さで収穫していました。彼らと比べると、私は少しゆっくりでした。
  • その時、私は彼らと同じ速さでやりたいと思い、もう少し速く収穫しようとしました。
  • スピードを上げたら、別の考えが浮かびました。なぜ彼らと同じ速さでやらなければいけないのか。自分に合った速さに戻した方がいい。
  • それで、スピードを落として自分のペースで収穫をしました。

コメント:いろいろなことで思考が振り回されています。結論を先に出すのではなく、やってみてその結果、何が得られたかをいただく精神が大切なのです。そうしないと、人はいつも自分の思考に振り回されることになります。それでは悟りからは遠くなる一方です。今、あなたが心がけることは自分自身に対して、心地良い結果が毎日訪れるように努力するべきなのです。それを得るためには、まずやってみてから答えをいただくという姿勢でないと、そこには到達しません。ちょっと難しい表現ですが、次回の面談において、詳しく説明します。

 

6月 9日

〈 記憶 〉

1 –

  • とてもとても鮮明な記憶があります。まだとても小さな頃、私が地面の上で転んだ時に、母は私に自分で立つようにと言いました。

2 –

  • 5歳か6歳の頃、私は泳ぎを習っていました。プールの中で、私は浮き輪を付けていて、それを外すことを拒んでいました。
  • 父が私と一緒にいて、父は私に浮き輪を外すようにと言うことについてだんだん忍耐を失っていきました。
  • 父は力ずくで私を水の中に入れ、私はもがきました。
  • それは数分間続きました。
  • その時初めて、私は水の中で目を開け、水の中の世界をはっきりと見たのだと思います。青い青い水と、父の体が私のすぐ横に立っていました。
  • そして、私は泳ぎ方を学びました。

コメント:幼い頃の記憶が残っていて、それもネガティブな記憶だとしたら、それは過ぎ去ったこととして、そろそろ記憶から消していくことが大切なことです。そのためには、ネガティブな思い出を持ち続けることを超えていかなければなりません。

〈 日記 〉

1 – ほっとする

  • 最近あったことについて、話したいと思っていました。その中で、私はいくつかの違った感情を認識していました。その物語は長く複雑で、どのように話し始めたらいいのかがわかりませんでした。
  • しかし、私の日記に対するジイジからの、「損得勘定で思考していることに原因がある」というコメントを読んで、突然、それが私が書こうとしていたことの根源だと思いました。
  • 私はほっとして、その話を書くことをやめました。

コメント:知らない間に、人はそういった損得勘定に陥るものです。それは、自分を守ろうとする心でもありますが、結果として人生の中で良いものをもたらすものとは言えません。

2 – 飛ばして進みたい

  • 最近、仏陀の物語を伝えるシリーズもののインドのテレビ番組を観ていました。
  • 多くのシリーズもののように、番組には主人公の仏陀を妨害する存在として、悪者が登場しました。
  • そういったシーンを観ると、私は時々そのシーンを飛ばしたくなります。

コメント:人が悟りに至るまでの進化の道には、様々な妨害があるものです。しかし、それは外からの妨害というよりも、自分の内にある性質が産み出したものです。そこを取り違えたら、根本的な解決には至りません。

3 – 矛盾

  • 私は友人に電話で、最近ネット上で出会い私を不快にさせたある人に対する不満を言っていました。
  • 私は一方で、ネガティブな感情を表に出す必要があり、そのためには友人に話すのがいいと考えていました。
  • またもう一方では、他人の陰口を言うのは良くないとも思っていました。なぜなら、外にあるすべてのものは自分の内なる世界の現れであることを、私は知っているからです。それで、仏陀のような他の人が、私と同じ状況にあったらどうするだろうかと考えることを止めることができず、彼らのように振る舞おうとしました。
  • 私はこの2つの考えを友人と交換し、友人は、私は時々自分に厳しすぎるのではないかと言いました。

コメント:自分に厳しくする目的として、自他を区別しない精神を会得するためには、まず自分自身の内にある問題点を克服しなければならないものです。こういった経験は、信念ある自分を鍛えてくれるチャンスでもあります。それを理解して行動するなら、とても有効なことでしょう。

 

6月 11日

〈 記憶 〉

  • 「あなたの子どもの頃の記憶はほとんどネガティブですね」というジイジのコメントを読んだ後、私は突然それが真実だと気付きました。だから、私は良い記憶を思い出そうとしましたが、ほとんど出てきませんでした。私がかつて困難なことに出会ったとき、次の孟子の言葉を唱えていたことがただ思い出されました。「天の将(まさ) に大任を是の人に降 (くだ) さんとするや。必ず先ず 其の心志(精神) を苦しめ 其の筋骨を労(疲労) せしめ 其の体膚を窮餓 (餓え苦しむ)せしめ」。。。。
  • この文章は、私が多くの困難を経験することを助けてくれました。またそれは、物事がスムーズに行くとき、私は物事がスムーズに行くことを信じず、他に問題がないのか何度も確認していた事実の原因にもなっています。たとえば、私はドアを閉めるとき、時々本当にドアが閉まっているのかを確認するためにドアまで戻っていって、ドアを強く引くことによってそれを確かめることがあります。

コメント:自分自身に対するいろいろな良いイメージの結論を求めているようですが、どんな試練も、その結果が答えを出すことであり、もしあなたにその試練に対する答えがまだ来ていないとしたならば、今までの出来事をポジティブに捉えるチャンスになります。既に答えが出ていると考えれば、あなたは今までの自分の姿勢を都合よく解釈しようとしていたのですから、そこで自分自身を改めるチャンスに使うべきです。都合のいい理屈ばかりを並べていると、自分にとって歓迎すべき答えは出てこないものです。

 

6月 12日

〈 記憶 〉

  • ない

〈 日記 〉

1 – 鼻歌を歌うこと

  • 倉庫で玉ねぎのヒゲを切っていたとき、なぜだか鼻歌を歌い始めたことに気付きました。
  • 私はこの種の無意識的に歌うことが大好きです。それは少し「ワンネス」の感覚です。

2 – 恥ずかしい

  • 私は政治的なニュースにほとんど注目することがなく、それは私と関係がないと思っています。
  • お昼に、香港の抗議活動を報道するニュースがあり、木の花の人々はそれを真剣に観ていることに私は気付きました。
  • 突然私は、木の花の人々でさえ、私よりも中国の状況についてもっと気にしていることに気付きました。
  • 私は極めて恥ずかしく感じ、自分の狭い世界観がここで示されていると思いました。

コメント:人の人生は、その人の世界観によって、どんなものに興味を持ち、反応し、そしてその人生が展開されていくかが決定されます。あなたに過去の思い出を日記に書いてくださいと提案したのは、それが遠い昔の、今はすでに終わってしまった子どもの頃のことであっても、あなたの中にその記憶が残っている限り、あなたの意識はそこのレベルから発せられるからです。それをあなたは理解し、自らの意志でそこを卒業していくことが必要なのです。子どもの頃の不完全燃焼をそのままにしていくと、その傾向はずっと大人になってからも持ち続けます。そしてすでに過ぎ去ったことであったり、大人として自立して生きていくような立場に立ったとしても、その不完全燃焼はいつもその人の人生に影響を与え続けるものです。それを克服するためには、その状態を客観的に理解する必要があり、客観的目線を持たない者には、そこから抜け出すことは難しいのです。
私たちがここで生活しているのは、私たちがコミュニティとして望む生活をし、生きているだけではありません。もちろんそういった要素は大いにありますが、それも結果として、優れた生き方として社会のモデルになるためであり、そのようなモデルが必要な現代社会において、問題を発生させている地球規模の出来事は、私たちにとってとても大きな興味なのです。ですからこの暮らしは、何のためにそういった生き方をしていくのかという意志に対して魂を入れるものなのです。
あなたも「1ヶ月間の真学校」でたくさんの情報を得ましたが、器が小さいとどんなスケールの大きなことも、小さなこととして解釈してしまうか、もしくは、入ったものがこぼれてしまい、その結果、現状があるということに気付き出したのでしょうね。今回あなたがこのプログラムを受ける目的は、今までのあなたを卒業して新しいあなたの世界観と人生を獲得するところにあるわけですから、これを伝えるのに、日記の返答だけでは伝えられないと思っていました。ですから、1週間目の面談において、詳しく伝えようと思っていましたが、今のところ、その1週間目に伝えるにふさわしい精神状態になってきたということですね。プロジェクトは順調良く進んでいるという証でもあります。

 

6月 13日

〈 日記 〉

1 – 痛み

  • 私はよく椅子やテーブルやベッドの足にぶつかり、いつも足に黒や青のあざを作っていました。
  • 私はなぜだろうと思っていましたが、今はその答えがわかります。
  • 今日、私はベッドと椅子の足に、合わせて2回ぶつかりました。
  • これはいつも、私がどこかへ急いでいこうとした時に起こりました。
  • 私は急いでいる時、その目的地だけに意識が向いてその他のものを無視する傾向がありました。
  • それも、世界観が狭いことのサインだったのかもしれません。

コメント:世界観が狭い意識の結果、ひとつのことを考えると、他に注意を払うことを怠ってしまうようなパターンでしょうね。ただ、それは世界観が狭いだけではなく、興味のあることに集中し過ぎて、周りに配慮ができていない、余裕や落ち着きのなさとも言えます。一つひとつの物事に、客観性や、それから物事を冷静に捉えていく心の余裕を持つことが大切なことです。

2 – 穏やか

  • 今日のジイジとの面談は、私にとってターニングポイントに思えます。
  • 私の心の中で何かが変化し、何でも穏やかにできるような気がしました。
  • 夜中に蚊に起こされてさえ、私は穏やかに彼らと過ごすことができました。
  • 過去の私なら、よく眠れなかったとイライラして、不満を言ったことでしょう。

コメント:とても良い日記の内容です。あなたがそういった落ち着いた精神状態になることは、私の喜びでもあります。ぜひこのプログラムを完成させて、世の中に貢献できる人になってください。

 

6月 15日

〈 日記 〉

1 – 天気に影響されない

  • 今日は雨が降っていました。
  • 驚いたことに、私の気分は以前のように天気に影響されませんでした。
  • 過去には、雨の日にはだるくなって少し気分が落ちたものでした。
  • 今日はすべてがいつも通りでした。

コメント:素晴らしい!僕は天気に影響されてどんよりしながら、でも口数は多く、作業は予定通りやりました。

2 – 強さの不足

  • 朝、ビニールハウスへ草取りに行きました。
  • 時々私は草を抜くために膝を曲げなければならず、また時々立ち上がらなければなりませんでした。
  • それを2時間続けた後、私には十分な強さがないことを感じ、疲れを感じました。
  • 疲れた時、私は良い心の状態を保つことが難しくなることに気付き、いくつかの考えが浮かんできました。
  • 何かをしている時に一番良い状態とはどういうものだろうと考えることを、止めることができませんでした。
  • 何も考えない状態がいいのでしょうか?それとも、今やっていることを考えるのがいいのでしょうか?

コメント:作業を効率良く行い、疲れない方法を考えることが一番良いことです。

3 – 自分をどう活かすか

  • 面談の時にジイジが私に伝えてくれた、「もしもあなたがもっと物事を深く、広く考えられる人だとしたら、あなたはまだ自分の活かし方がわかっていない」というコメントについて考えていました。
  • そこで、視野を広げて考えるようにしています。例えば、食べ物を食べる時、その食べ物を作った人々の労力や、その食べ物の背後のつながりについて考えてみようとしています。合理的には真実を知っているのですが、とても強いつながりを本当に感じることは私には難しいです。
  • 強いつながりをすぐに感じられる他の方法はありますか?

コメント:そういった付け足しのような考えではなく、深い考えとは自然に湧き出してくるものです。それは、人の心が穏やかになり、余計なことを考えていない時間を多く過ごしているとそのような状態になるものです。

4 – 恐れ

  • 中国人メンバーのペイペイと話していた時、彼女は、様々なところから得た情報によると、中国は将来大きく深刻な問題に向き合うことになると言いました。
  • それを聞いた後、少し不安になりました。そのような悪いことは起こらないでほしいと願い、どうしたらそれを避けられるかを考えました。
  • しかしもう一方で、世界観を広げてみると、そのような悪いことが起きるのは中国あるいは世界がより良くなるためのターニングポイントなのかもしれないと思いました。
  • 私の例を見ても、自分の人生が問題ごとに出会った時だけ、その問題を解決しようとして振り返り、自分を変えようとして良くなったのでした。

コメント:そこがポイントです。問題ごとが起きるとは、それまでに問題ごとが起きるような原因があったからです。そして、問題ごとが起きて、それを振り返るチャンスをもらっているということです。この法則は、宇宙の法則であり、あなたにも中国にも地球にも同じように現れます。心を広く、客観的な眼を持ちましょう。

 

6月 16日

〈 日記 〉

1 – 宇宙の法に沿っていればいつでも幸せ?

  • 午前中、作業をするために畑に行きました。
  • おやつ後、とうもろこしの良い茎を選び、育ちの悪いものをカットしに行きました。この作業はいくらか体力が必要で、私は良い気分を維持するのが難しいことに気付きました。
  • 今のように茎を切っている時でさえ、私は宇宙の法のもとにいるけれど、そのことをあまり感じられない、と考えるのを止められませんでした。
  • 宇宙の法に沿うことは、私たちに常に幸せをもたらし、物事は確実にうまくいく、と私は考えていました。
  • でも時々私は、宇宙の法に沿うことは常に簡単なわけではないことを感じ、私たちは今も時々悪い感情を持ったりします。
  • では、宇宙の法に沿えばいつも幸せなのでしょうか。

コメント:みんながいつでも、人のことを思って生きれば、この世界は美しい世界になります。それが宇宙の法の根本の原理です。とても簡単なことです。

2 – やすらぎ

  • 午後は、かのこのギターのコンサートを見に行きました。
  • コンサートは素晴らしく、私はとても楽しみました。
  • まだいろいろな考えが浮かんでくるので、完全に音楽に没頭できたわけではありません。
  • 良かったことは、私はその浮かんでくる考えに執着することなく、ただそれがやって来ては去っていくのを眺めていられたことです。
  • むしろ私は、コンサートの間中穏やかでした。

コメント:そういった精神状態をあなたが今回の改善プロジェクトの後も維持できていくことが最終目的です。その精神状態のイメージをしっかりと掴んでおくことです。

 

6月 17日

〈 日記 〉

1 – どうして私たちは、他者の態度や自分に対する評価が気になるのでしょう?

  • 私たちは、何か美しい写真などを他の人に共有する時、相手が良いフィードバックを返してくれることを時々期待します。
  • 相手から、特に家族や友達から悪いフィードバックを受けると、私たちは動揺し、ただ喜びを共有したいだけなのに、もっと相手を励ましたり、もしくはフィードバックをするならもっとやさしい言い方はできないのだろうか?と考えたりします。
  • 私は、それは相手の問題ではなく、相手は常に私たち自身の鏡であることを知っています。
  • 私は、私たちはなぜ他人の態度や自分たちへの評価を気にするのか、そして、なぜ人が同じことを言っていても言い方が違うと違ったように感じるのか、不思議に思います。

コメント:それは他者に対する愛よりも、自らに対する愛のほうが常に強い状態の人が陥る現象で、主観的思考の結果、物事を解決しようとする傾向の人に多く見られます。

2 – 私たちは問題に出会った時にどう解決するのか?

  • 他の環境と比べると、木の花ファミリーでは穏やかにいることがより簡単にできます。
  • この状態を、家に戻ってからもどうしたら維持できるだろうかと考えることを、止めることができません。
  • 日記に自分の問題点について書いてきましたが、将来も私は同様の問題に出会って立ち往生する可能性があります。
  • 問題に出会った時に良い状態を保つための、何かアドバイスはありますか?
  • 私は、まず最初にするべきことは、ただそれを受け入れ、そしてそれを解決するべきだということを知っています。
  • しかし、時には感情が強すぎて、問題をすぐに受け入れることはとても難しいです。
  • まず始めに深呼吸をして、落ち着くのがよいでしょうか?

コメント:もちろんそれは必要ですが、問題ごとの内容の正しい分析と、問題ごと自体が最終的に自分自身の成長につながるというポジティブな受け入れ方をベースにし、出来事の解決に向かうことです。どちらにしても、問題ごとが起きているということは、自分自身が当事者であり、自分の人間性の映し鏡(反映)であるということをベースにして、一方的に相手が持ってきたと考えないことが大切です。そういった客観的視点や広い物事の捉え方をすることが大切ですが、そのためには自分自身の心のあり方に常に向き合い、自己コントロールできる精神的余裕を持っていることが必要です。

 

6月 18日

〈 日記 〉

1 – 新しい人々との出会い

  • 今日、中国から2人のゲストが木の花に来ました。
  • 私は彼らに昼食の時に会いました。彼らは食事をするために席についていました。
  • 私はそのテーブルへ行って一緒に座り、少しお話ししたいと思いました。
  • しかしなぜか私はぎこちなさを感じ、恥ずかしくなって、どう会話を始めたらいいのかがわかりませんでした。
  • (もう一つの声:彼らは中国人だよ。彼らと話をするのは自然なことでしょう。)
  • しばらくして、ペイペイが来て会話を始め、私も話をする勇気が出ました。
  • 初めての人に会うと、時々こういうことが起こります。会話したいのに、少し怖いのです。
  • この捉えどころのない恐れがどこから来ているのか、わかりません。
  • 私は何て奇妙な人でしょう。

コメント:それはおそらく、今まであなたがいろいろな出来事に出会ったときに、分析しすぎてきたからだと思います。それは簡単に言えば、考えすぎる傾向があるということです。もっとシンプルに考え方を整理していけば、気楽に初めて出会った人とも付き合えるようになるでしょう。あなたの心の癖のひとつだと観えますが、いかがですか?

 

6月 20日

〈 日記 〉

1 –

  • なぜ人はいつも、物事がうまくいくようにと願うのでしょう?
  • 私たちは何かをする時にいつも、良い結果を得られることを望みます。
  • なぜでしょう?

コメント:それは自己中心的な自我が強いからですが、その自我から解釈される良い結果というものは、決して良い結果につながるとは限りません。なぜならば、そういった心は欲の心から生まれてきているからです。大切なことは、目の前に訪れるであろうことを、情報として常に捉える心の姿勢を持つことです。

 

6月 21日

〈 日記 〉

1 –

  • 最近、おもしろい現象を見付けました。
  • 何かが少しうまくできると、私は良い心の状態をより保つことができるようになるのです。
  • 例えば、私は既に玉ねぎのヒゲの切り方を知っています。それで、玉ねぎのヒゲを切る時には、無意識にハミングをしてしまうのです。

コメント:あなたの特徴として、物事を理論的に捉えて、効率良く物事を進めようとする傾向があり、それがポジティブに働くと、そのような精神状態になります。

2 –

  • その他の興味深いこととしては、人々が、例えば氷の上を歩くような、とても注意深さを要することにチャレンジする時のことです。人々は転ばないように、注意深く呼吸を止めます。そしてどんな考えが心に浮かぼうと、それを無視して目の前のことに集中することができます。この時、人は完全にその瞬間を生きることができます。ところが、私たちの日常では、私たちはほとんどそれができません。それはなぜでしょう?

コメント:日常にそのような集中しないといけない出来事が少ないため、人は気持ちをリラックスさせて物事に向き合っているからです。ですが、どんなところにも落とし穴がある可能性がありますから、気をつけて行動することが大切なのですが、そういった危険を察知する感覚的な能力が身についている人は、思考しなくても直観でその問題点を回避することができます。そういった人は心に雑念がなく、自我に囚われていない、心の美しい状態にあります。その状態が、ポジティブな直観を働かせてくれます。

3 – なぜ人々は恐れを持つのでしょう ?

コメント:自分の考えが優先し、結果を先にネガティブに考えてしまう傾向にある人は、物事が起きる前に結果を予測し、恐れを持つ傾向にあるものです。ですから、物事を冷静に受け取り、今目の前にあることに対し行うべきことをやり、結果をいただく姿勢になれば、恐れは出てこないものです。「人事を尽くして天命を待つ。」

 

6月 23日

〈 日記 〉

1 – 汗をかく

  • 今日の午後5時ごろ、とてもお腹がすきました。以前のように、私は空腹になると、汗をかいてしまうのです。私は不思議に思い、身体的な問題の背後にある精神的な問題を考えました。

コメント:あなたにとって汗をかくことは良くないイメージなのですか?驚いたり、戸惑ったりする時にかく汗は良くないイメージですが、心地良い汗をかく時は、体の代謝を良くし、解毒をしてくれるものです。だから、汗をかく時にどんな心の状態でかいているかを振り返ってみることも大切です。

2 – 夢を見るのは自然なことですか ?

  • 今日、シャオラーとディエンと夢について話をしました。
  • 彼女たちは時々夢を見ると言いました。
  • 私は、ほとんど毎日夢を見ます。
  • 夢を見るのは自然なことでしょうか?

コメント:夢を見るのは人間だけの特徴ではありません。広い意味ではわかりませんが、例えば犬や猫は夢を見るようです。
夢で見る内容については、3種類の夢を見ると言われます。一つは、自分の意識レベル、すなわち顕在意識、そして潜在意識から来る夢です。
もう一つは、私たちはこの大いなる世界の中に生きていますから、私たちの意識を超えたところからのメッセージとしての夢を見ることがあるのです。それは、人が生きていく上で、とても成長に貢献してくれる夢です。
そしてもう一つは、何も意味のない夢です。ただ走馬灯のように意味なく見る夢があります。
僕が夢を見た場合、どのタイプの夢かということを後で振り返ります。最近はメッセージとしての夢がほとんどです。ですから、それを人に語って、みんなに伝えてもらうようにしています。あなたの夢がどんな夢なのか、あなたの得意な思考を使って分析してみましょう。
また、大切なメッセージを夢で見るということは、あなたの目覚めが足りないことも意味します。あなたがすでに目覚めていれば、夢ではなく、直接メッセージとして日常で受け取ることができるのです。つまり、メッセージの発信者(宇宙の法則)からは、何かを伝えるときに、あなたが日常を不要な思考で回しすぎていると、夢の中に出てくるのです。それは、宇宙法則に置き換えると、効率の悪いことになります。

 

6月 24日

〈 記憶 〉

1 –

  • 子どもの頃、家族の集まりに行くと、親せきが私に質問をしてきました。
  • その時に、私が話そうとすると、母が私のために先に話し始めました。
  • その時に、私は本当に苛立ちました。なぜなら、彼女が話すことはいつも事実とは少しずれていたからです。しかしほとんどいつも彼女は私より先に話すため、私は言いたいことが言えませんでした。
  • 今でも、私が人から評価されると言い返す傾向があるのは、それが理由なのかもしれないと考えています。

コメント:あなたにとって、幼い頃の母親の姿勢は不愉快なものだったのかもしれません。しかし、それがあなたのもっとも身近な存在である母親だったということは、あなたがそういった人生を体験するために、ふさわしいこととしてその人のもとに生まれてきたことが考えられます。そのときに起きた出来事と、その結果あなたの中にできた人間性は、あなたの人生においてあなたが成長するために大切なプログラムのひとつであると考えてみたら、そのことに対する見解は変わってくるのではないでしょうか。

〈 日記 〉

1 – 興奮と考え過ぎ

  • どこか刺激的な場所に行って重要な会議に出るなどの大事な予定が翌日にある時、私はいつも、すぐに眠りにつくことができません。
  • ベッドに横になりながら、たくさんの考えが心に浮かびます。
  • その感情が興奮なのか他の何かなのか、私は説明することができません。

コメント:あなたの人格的特徴がよく表れています。ひとつの出来事に対して現在の事実と、これから訪れる未来の出来事に対してつなげてこの先どうなるのかということを考える癖です。これは精度が高ければ、能力の高さにもなりますが、一方で考えすぎる傾向に陥り、結果には遠い結論を先に出してしまうようなことになると、エネルギーの無駄遣いになります。ですから、自分が考えすぎていることの判断を適切にし、適度なところで思考を整理し、結果をいただいていく姿勢を常に保ちたいものです。

2 – 自分への疑い

  • 今日、私たちは木の花ファミリーの暮らしを(インターネットで中国に向けて)中継しました。
  • 私たちは視聴者の数を見ることができ、時には1000人以上になり、時には少なくなりました。
  • 私は常に視聴者の数を見続け、もっと増えることを願っていましたが、それがなぜなのかわかりません。中国はとても大きな国であり、1000人はむしろ少ないくらいです。
  • また、その映像へのコメントを見ることもできました。時にはいくつかの不要なコメントもあり、また、この映像に注目している人々からの本物のコメントもありました。私は、必要なコメントがもっと増えることを願いました。
  • 私は、自分がそれを続けられるように、フィードバックや反応を求めていたようです。もしも誰も私をサポートしてくれなかったとしても、私は自分の信念を保ち続けられるだろうか、と考えずにはいられませんでした。信念とは何で、何を信じるのでしょう?

コメント:あなたが何よりも大切と思うことがあれば、それに他者からの評価が少ないとしても、それをやり遂げることが大切なのではないでしょうか。

  • 木の花ファミリーは25年間成長を続けてきて、その成長はゼロから始まりました。創設時、多くの他の人々の視点からすれば木の花は奇妙な存在で、何が今日まで木の花を支えてきたのだろうと不思議に思います。ジイジが宇宙から受け取った使命の他に、何か信念があったのでしょうか?

コメント:互いの信頼関係ができていたからです。

  • 木の花は、マスコミなど外部から、多くの悪いコメントを受けていた時期があったと聞きました。(私の記憶が正しいか定かではありません。)もしそうであるなら、その時にその問題にどのように対処してきたのですか?

コメント:真実はそういった歪んだ評価をする側の人々にないことは、明白なことです。私たちはどのような評価を受けようと、これが大切であると信じているのですから、このまま進んでいきましょうという確認をし合いました。そのときにみんなの考えも同じでした。なぜならば、私たちは本当のことを知っているからです。

 

6月 25日

〈 日記 〉

1 –

  • 今日、私はディエンちゃんと道路で座りながら、山と花の美しい景色を見て、そよ風を楽しみました。
  • ディエンちゃんは、それは本当にリラックスできる時間だったので、2、3年、時が現実にその瞬間で止まればいいのに、と言いました。
  • そして、なぜ私たちはリラックスしているときのように働くことができないのかと私は考えました。私はリラックスしていようが働いていようが、同じ心の状態を持ちたいのです。
  • しかし、それは少し難しいように感じます。なぜでしょうか?

コメント:リラックスしているときは何かを成し遂げようと集中しているときではありません。だからリラックスできるのです。それに対して、何かを成し遂げようとするときには、思考を集中して行うものです。ですから、そもそもその時間を使う目的が違うのですから、同じ状態でいることは難しいでしょう。ただ、何かを集中して行ったときに、その成果の内容によっては、あとからとても満足が得られ、リラックスしているときと同じような気分になることがあります。それは、物事が流れに沿ってスムーズに進んだときに起こるものです。

 

6月 26日

〈 日記 〉

1 – 天安門事件のドキュメンタリーについての感想

  • 始めに、残酷な場面や人々が身近な人を失った姿を見た時には、涙ぐみました。
  • リーダーはいつも、彼らの行動のために、人に感銘を与えるような言い訳を見付けます。
  • 番組を観た後、実際に私は穏やかでした。このような出来事は世界中で毎日起きており、それは宇宙の流れの一部に過ぎないのかもしれません。
  • そして私は、このような出来事にどう反応したら良いのかわかりません。なぜなら、それを解決するために私たちにできることは何も無いように思えるからです。

コメント:未来を考えたときに、過去の経験を学び、積み重ねていくものです。そして、その志を確かなものにするために、今自分が何を考え、どう行動していくかが観えてくるものです。それは、物事の良い悪いを決めるものではありません。どんなことも、事実として起きたことであり、必要だったことです。では、その起きたことを学び、どう歩んでいくのか。そこに私たちの役割や成長があるのです。高い志を持ち、誇りを持って生きることにつなげたいものです。

 

6月 27日

〈 日記 〉

1 – 変化することを忘れる?

  • 中国の経済についてのテレビ番組を観ました。番組では、若い人々にインタビューをしていました。
  • 若い人々は、何かを言えない現実には慣れており、それでも情報にはアクセスできると答えていました。
  • ジャーナリストの女性は、10年前と比べて人々はより自由に発言できなくなっていることを感じたと言っていました。
  • その時私は、自由が少なくなっているとは思わず、それは現状を受け入れて私たちなりのやり方で対処している誇るべき状態であると考えました。

コメント:なるほど。立場によって捉え方が違うものですね。

  • しかし、私たちは檻の中で生きることに慣れ過ぎているというジイジのコメントの後、私は突然、私たちは檻の中で生きることに慣れ、檻の隙間から外の草を取る方法は見付けたかもしれないけれど、檻そのものから解放されることは考えてもみなかったことに気付きました。

コメント:あなたがそういった優れたイメージを描ける人であることが、そこからわかりますね。だから、これからあなたしかできない役割をしていくのではないでしょうか。

2 – 食べるのは体のためか、欲のためか

  • 木の花ファミリーではいつも美味しい料理がいろいろと並び、私たちは好きなものを選べて素晴らしいです。
  • 私が体の声を聴く時、私は体に与えたいと思うものを選び、食事はすべてとても喜びに満ちたものになります。
  • しかし、何かとても魅力的な食べ物を見付けて欲を満たすためだけに食べる時、食事は快適なものではなくなることに気付きます。
  • ある程度まで、それはセックスのようなものです。欲にかられ、宇宙の原理によって、まったく違った結果をもたらすのです。

コメント:なるほど。その読みは深い意味を含んでいます。それについて語るととても長い話になるので、ここでは語りませんが、何かしらあなたの内にあるモンスターのような存在がちらちらと観えてきたような気もします(笑)。

 

6月 29日

〈 日記 〉

1 – 思考の雲

  • もしも私たちの心を空、思考を雲に例えるなら、私は興味深い問いを見付けることができます。
  • 玉ねぎのヒゲを切るような単純な作業をしている時、不要な思考の雲はとても少なくなります。
  • これはとても興味深いことです。なぜなのでしょう?

コメント:それは当然のことですね。単純な作業をするときには思考を回さなくても機械的に作業が進むことになり、心の空に雲が発生することは少ないでしょう。複雑な作業をしたときには、どのようにそれを進めていいのか思考が回れば、当然雲は発生するものですが、爽やかな雲が出るのか重い雲が出るのかは、その作業に向いているその人の姿勢や心の性質が影響します。また、複雑な作業であっても、熟練していれば機械的な動きとなって、思考の雲は単純な出方であったりします。そういったことを気付くのは、あなたの思考の良い傾向でもあります。これからは有効活用してくださいね。

2 – 自由について

    • 昨日、自由についての素晴らしい解説を読みました。
    • 自由とは、他の人があなたに良くしてくれたから幸せを感じたり、他の人があなたに良くしてくれなかったから痛みを感じるというように、幸せが他人がしてくれることに依存しているものではないということです。
    • 自由とは、あなたが必要とすることを他者が満たしてくれることを期待するものではありません。何かを必要とすることはいいのですが、それを満たす義務や責任を感じるものではありません。もしもそうであるなら、あなたは苦しむことになり、自由ではなくなります。
    • 自由とは、自分自身、そして他者の自我の意識の影響から自由になり、中心へ帰ることです。もしも誰かの”自我”が現れると、あなたは自分が犠牲者のように感じ、体に痛みが起きて、自由ではなくなります。
    • 人生における究極の自由とは、富、感情、心、自我、生死、人々の集合意識を超え、神の意識の中心へとつながって平静であり続けることにより、この世界に属するのではなく、この世界の中に存在することです。すべてからの自由 ― それは魂の最も高い目的であり、究極の喜びなのです。
  • 私たちはどのように、神の意識の中心へとつながり、平静であり続けることができるのでしょう?最初の一歩は、冷静かつ客観的になることでしょうか?

コメント:そうですね。常に私たちは自らを刺激する環境の中にいます。その環境から来る刺激がどのようなものであっても、それが感情的かつ自身の癖に影響されることなく、情報として受け取れるよう心がけることが重要です。しかしながら、それが完全に情報になってしまうことは、私たちが個人として人格を有する状態で到達することは難しいことです。それが肉体人間としての私たちの存在であり、生命の中でも人間であることはユニークです。

 

「ジイジからエニーに贈るメッセージ」

人はある目的を持って皆、この世界に生まれてきています。そこで、個人の欲望を叶えることは極めて低いレベルの目的です。それでは高い目的とは、人や社会や時代のために生きることです。過去の聖人・聖者も最終的には宇宙と対話し、人々が自我に囚われることを戒めました。中国の歴史的な哲学者たちも皆そうです。

今、宇宙的には新しい時代が幕を開けています。ひとりの聖人の力で社会が動く時代は終焉を迎えました。時代は、人間一人ひとりに目覚めを求めています。そして、私たち一人ひとりが優れた者であることに気付き、聖人となると、過去の優れた人々が残したものよりはるかにレベルの高い精神、すなわち宇宙意識に則った社会が創られるのです。これが21世紀からの人類のビジョンです。

今や、個人的な問題で悩んだり自らの癖・性分に翻弄されているようでは、本当の役割を果たすことはできません。あなたは今までの人生で、ネガティブに不要な思考をたくさん回し、それはエネルギーの無駄遣いになっていたどころか、自分にもまわりにも矛盾をもたらしてきました。今回あなたは、その自分を卒業するためにここへ来たのです。そのビジョンが観えてきたのですから、あなたの未来は明るいです。これからは、自らの能力を時代と共に、社会にいかに有効に還元していくのかをあなたの考えの柱として、人々や社会のために生きていってください。通常、自然療法プログラムを卒業する人たちには一般社会で自立していくレベルを期待するのですが、あなたには地球の未来に貢献することを期待します。