100人でお財布ひとつの暮らし~心でつながる「経済革命」

2月10日から12日にかけて、2016年「1ヶ月間の真学校」卒業生のトーマスが主催者の一人となる国際会議 “ The 3 Harmonies of Humanity: Living Transpersonal ” がアルゼンチンにて開催されます。
会議のテーマは、精神性と農、教育、そして経済。木の花ファミリーの取り組みを紹介したいというトーマスからの依頼により、いさどんが会議に先立ち農と経済のプレゼンテーションを行いました。(プレゼンテーションは、英語とスペイン語に翻訳されます。)今日はそのうちの、経済のプレゼンテーションをご紹介します。

EUの分断やトランプ米大統領の就任など、世界中で保守的な傾向が強まり人々の心が分離していく中で、100人の人がすべてを分かち合いつながって生きる暮らしがどのような世界観に基づいているのかをどうぞご覧ください。小さくても、ここ富士宮でそんな暮らしが実現されているということは、世界中で実現可能だということです。

 

意識が変わればすべてが変わるシリーズ ~ 経済革命
天の恵みの恩恵を世に広げる天然循環する経済

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天然循環とは、農法だけを表しているのではありません。それは人間の生き方そのものを表しており、宇宙の原理です。私たちの社会は経済によって成り立っています。その経済が天然循環しているとはどういうことかを、これから見ていきましょう。

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「わたしたちの住んでいる地球は宇宙雲の中ではちりのように微細な存在ですが、そこには生態系で表現される多様な命が無限の連鎖で存在しています」

宇宙は巨大なものです。そこには無数の星々があり多様性に満ちていますが、その中で生命が存在しているのは、地球が唯一の星でしょう。現代の人々は、生命は地球に偶然発生したという考え方を持っていますが、地球に偶然発生するのなら他の星にも偶然発生してもよいはずです。しかしおそらく、今後人類がどれほど宇宙を探査したとしても、地球ほど生命に満ちあふれた星に出会うことはないでしょう。ということは、宇宙の総意によって特別にこの星に奇跡が表現されていると考えた方が、私たち人類が地球上でどのような生き方をすることが大切なのかを理解する助けとなるのではないかと考えます。

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「そんな地球を空から眺めていると、自然の中にできた異物『大都市』が見えます」

僕は昔、霊的に自分の体から抜け出し、宇宙空間に漂いながら月を背にして地球を眼下に眺めたことがあります。そこで目にした地球は、病んでいました。都市や焼き畑など、人間の行いの結果がまるで皮膚ガンのように地表を蝕んでいるのです。
スライドに写っているのは、東京の航空写真と、ニューヨークのマンハッタンです。地球を体とするなら、細胞が新陳代謝をせずに呼吸できていない部分です。ガン細胞が増殖しているかのようですね。
このような人間の活動は、歴史的にはそれほど古いものではありません。地球誕生からの46億年の歴史を1年に例えると、およそ250年前に起きたイギリス産業革命から現在までは、たったの2秒間なのです。産業革命以降、工業テクノロジーと資本主義は急速な発展を遂げました。その結果生み出された人工の世界が、今、地球上に何をもたらしているのかを、世界観を広げて客観的に観る必要があります。天然循環の天とは、宇宙のことです。つまり、宇宙視点で地球の現状や私たち人間の行いを観るということです。

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地球の病巣である大都市で行われているのが、経済活動です。

「ニュースを見ていると、何か社会的な大きな出来事が起こったときインタビューを受ける人々の口から出てくる言葉は、お金のことばかりです。」
個人であってもマスコミであっても、何か出来事が起こるとすぐに「これによる経済的損失は」という話になります。頭の中が常にお金を中心に回っているのです。

「『このことが経済にどう影響を与えるのか』『お金がないと将来が不安』・・・など、人々の関心のほとんどがお金に関することになっています。その奥にあるのは『お金がないと生きていけない』といった思い込みです。」
「お金がないと生きていけない」というのは、まさに思い込みですね。山奥へ行って札束を与えられたとしても、それで生きていけるかといったらお尻を拭くぐらいのことしかできないでしょう(笑)。もしくは火をつけて燃やせば、暖かくはなるかもしれないですね。
生きていく上でお金が必須のものになったのは、歴史的にはそれほど古いことではないのです。

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経済活動とは、「人間の社会生活において、生産者や国家が財やサービスを生産し消費者がそれらを消費するといった、金銭や物資の交換にまつわる活動のこと。」
専門家にとっては当たり前の話かもしれませんが、簡単に言うと、経済活動とは財産を生み出すものです。そしてサービスを提供し、循環していくものです。右上の図が表しているように、経済活動には、生産、流通、消費という循環があります。ただし、これは人工の世界だけの話です。自然にはこういった仕組みはありません。
リーマンショックが起きた時、世界の経済活動が停滞した結果、地球温暖化の進行が一時的に緩やかになったという報告があります。しかしすぐに経済活動は復活し、相変わらず温暖化は進んでいます。世界の国々は、地球温暖化のもたらすリスクについて懸念しながら、一方で経済発展を追い求め続けています。世界各国が集い温暖化対策について話し合っても、結局はどの国も自国の経済的利益を守ろうとして、温暖化対策はおざなりになっていくのです。それは人間が欲望をコントロールするのではなく、欲望にコントロールされているからです。

「私たちは、暮らしを支える『衣・食・住』に必要なもののほとんどを、金銭と引き換えに手に入れています。その奥に見えてくるのは・・・」
現代社会でお金を介さずに行えることは、本当に限られています。山へ行って山菜を採るくらいでしょうか。しかしそれにしても、先日も山梨から野草を摘みに来ていた人たちがいましたが、それを売ってお金にするために摘んでいるのです。それはもう自然の恵みをいただくということではなく、お金儲けの世界になっています。人間がお金に支配されているのです。
現代の衣食住は、商業活動に基づいています。そしてその奥に、工業や農業といった生産の現場があります。そのさらに奥には、地球の天然資源を食い尽くしていくという実態があります。

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衣食住の奥に、資源を食い尽くし、ゴミを発生させ、地球を汚染している人間の姿が観えてきます。
経済活動をなしにしようということではありません。しかし、地球の健全と人間の活動をどう両立させていくのか。そこにはもうひとつ必要な視点があります。それは、私たちは生態系の中にあるということです。この地球上に生きている生き物は、人間だけではありません。私たちは、他の様々な生命と共にあるのです。その視点が人間の経済活動に組み込まれた時、他の生命への配慮の心が、現在のような一方的な経済活動をコントロールする力になるのだろうと考えます。

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「世界には衣食住を貪り食うものと貧困にあえぐ者が同時に存在し、誰のものでもない地球資源の利権をめぐって戦い続ける者たちがいます」
貧困もテロも、元々は誰のものでもない資源を人間が奪い合ったことから発生しています。それによって戦争まで起こしているのです。これは経済活動の問題というよりも、人間の欲望の本質を見直さなければ解決しないということを、世界の現状が示していると言えます。そこまで意識を広げることなく、ただ景気が悪いからと言って経済を活性化させようとしたり、トランプ氏が世界の企業に要求していることに対してどう対処するのかと物理的な討議をしているようなレベルでは、今の世界の問題が解決することはないでしょう。

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「欲のままに生きる人間たちが経済活動とともに地球上にもたらした現実は破壊された環境とゴミの山」
日本は昔、ゴミを埋立地にして夢の島という所を作りました。その恐ろしいほどたくさんのゴミの中で、現代を象徴しているのが放射性廃棄物です。これは、どう処理をすればよいのかが決まっていません。フィンランドには今後10万年は持つと言われる処分場の建設が進んでいるそうですが、現代の技術では、放射性廃棄物は処理ができないのです。処理ができないものを、人間は一時的な貯蔵の処置をしながら、廃棄し続けています。
先進諸国では、物理的に目に見えやすい汚染というのは減りましたが、では陰で何が行われているのか。人類は地球にゴミを輩出しながら、それを見えないように処理しているのは事実です。そういったことを見逃してはいけません。本来経済活動とは、自然と調和しながら人々を幸せにし、社会を豊かに進化させていくものでなくてはなりません。では、「経済」の本来の意味を見てみましょう。

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「『経済』という語は中国の古典に登場する『経世済民』に発しこれを略したものといわれています。」
経世済民とは「世を治め民をたすける。民の苦しみを救うという意。英語の『Economy』の語訳として使われる今日の『経済』とは異なり 本来は、政治・統治・行政全般を指す言葉であった。」
簡単に言うと、まつりごとということです。世を健全に治め、民が健康で幸せに暮らすために経済がある。当たり前のことですね。

お金とは、社会を体に例えると、その中を循環している血液のようなものです。私たちの体を見てください。血液が体の末端までくまなく循環し、すべての細胞が活性化して常に新陳代謝している体は健康ですね。それは、地球の生態系が健全に循環する仕組みと同じです。私たちの体も、人間社会の経済も、地球生態系も、すべて同じ仕組みで成り立っています。ところが現代の人間社会は、お金、即ち血液が隅々まで循環せずに滞っている状態です。血液が循環しなければ体は病気になっていきます。本来、地球生態系が健全に循環しているのと同じように、社会全体にまんべんなくお金が循環していくのが経済のあるべき姿ですが、そこからすると現在の経済の在り様は、本来の姿から大きく外れています。

「現代の経済活動の実態からは、『経世済民』の意味を見出すことはできない。」
これはとても重要なことです。人々は「経済」の本来の意味を忘れているのです。

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「現代社会には『資本主義』と『共産主義』という、大きく二つの経済システムがあります。これらは本来は政治も含めた、理想の社会の表現であるはずですが、現代社会に様々な問題を生み出しています。科学する現代人は、あるモデルが出来ると一律同じでなければいけないと考え、それが人間の単一化を招き、多様性を欠いた社会をつくっています。」
資本主義も共産主義も、目標となる理想モデルがあり、そこを目指して人々が競争していくというピラミッド型の社会構造を作っています。

資本主義社会は、「私有財産を認め、自由な経済活動をすることが出来る社会。人間の欲を刺激し同じものをめざして競争させるため、優劣(貧富の差)ができる社会」ということです。もう一つ言えるのは、自然に配慮しないで人工の世界を優先するために、環境破壊が起きるということです。
共産主義社会は、「資本主義の矛盾を解消するために登場した仕組み」です。資本主義の方がずっと歴史が古いですね。資本主義社会が様々な矛盾を生み、それを解消しようとして登場したのが共産主義なのです。それは「私有財産を禁止し、平等な理想社会を目指したが、一律な平等を強制し、人を部品のように扱う社会になった」ということです。
多くの共産主義国はすでに崩壊しています。北朝鮮のような独裁国家や、中国のように共産主義といいながら実質は資本主義が横行している国があるだけで、実際に理想の共産世界を実現することなく終焉を迎えています。共産主義社会の中にも、元々、自然との調和という概念がありませんでした。
そして「資本主義も共産主義も、どちらも無個性な世界をつくる」のです。

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イスラム教は、利子を取ってはいけないと説いています。そこには利子を取らずにみんなで助け合う相互扶助の精神があります。イスラム教にはそういった優れた面があるのですが、今はキリスト教社会に対抗する悪のような存在だと捉えられているところがあります。

「利子で成り立つ資本主義社会では、借金をしたものは返済のために働き続けなければならない。『富めるものは富み、貧しきものはさらに貧しくなる』という弱肉強食の仕組みが、格差社会を生み出した。」
自然界は弱肉強食と言いますが、そうではありません。自然界とは命のバトンタッチであり、すべてが循環しているのです。その一部分だけを切り取って、例えばライオンがシマウマを食べることを人間の視点で見ると弱肉強食に見えるのですが、視野を広げて観れば、ライオンは数が増えすぎたシマウマを間引いて全体のバランスを保っているとも言えます。それはシマウマのためでもあるのです。
しかし、現代の人間社会には弱肉強食とも言えるような世界が存在しています。

「一般人の給料は安くなり、失業者は増え、若者の就職率は低迷し、多くの企業は倒産し自殺者の数は増え、人々の不安が広がり、社会は行き詰まりをみせている。」
これが現代の実態です。それを数字の上だけで改善しようとしているのが今の経済対策です。それをいくらやっても、そもそもなぜそうなるのかという根本原因は観えてきません。必要なのは、社会の在り方を根本から変え、見直すことです。

「政治家も国民も、経済の行き詰まりに対する解決策として、経済を成長させることしか考えられず、全ての思考がお金に縛られている。右肩上がりの思考。」
利子があるということは、経済が右肩上がりでなければ成り立ちません。それは常にプラスであることを求めている状態です。しかし、プラスマイナス0が宇宙の根本原理です。常にプラスを求め続ければ、宇宙的にも、地球の環境にも矛盾をもたらし、今世界はその限界を迎えています。アメリカ大統領のトランプ氏は、これまでアメリカが世界中に手を広げてきたやり方から方向転換し、これからは国内に集中して自国の利益を確保していくということを明言していますが、経済というのは相互の関係があって初めて成り立つものですから、自国のことだけを考えてうまくいくわけがありません。そういった意味でも、トランプ氏が大統領になったことは時代を後戻りしているかのように見えますが、実際に時代がその方向へ進むのではなく、このトランプ現象は、いよいよこれから世界が行き詰っていくことの前兆であると言えるのです。

「『お金がないと生きていけない』という刷り込みから、人々はお金に執着するようになり、将来に不安を抱えながらお金のために仕事をし、仕事に対する純粋な誇りは失われた。」
現代は、働くことがお金のためになっています。天然循環法の農業のプレゼンテーションで、命を天からいただくというお話をしました。私たちは自然の仕組みの中で命をいただいているのですが、農業の生産現場ですら、命を生産するのではなくお金のためにやっているという、歪んだ状態になっています。

「企業の生産活動の多くが、地球の資源を搾取しており、消費をあおってお金を儲けている。これ以上経済活動が活発になったら、地球は持たないという限界まで来ている。」
地球に限界が来る前に、人間社会は確実に崩壊するでしょう。今私たちが生きているのは、壮大な時代の流れの中の一篇にしかすぎません。地球は時代と共に人間を修正していくのです。今中国では、インターネットビジネスが恐ろしい勢いで成長しています。これは急速に発達してバブルを迎え、やがて崩壊する前兆だと言えるでしょう。そこに未来への希望は感じられません。

「欲のままに生きる多くの現代人は、経済活動が地球環境に多大な負荷をかけているという事実に鈍感である。」
なぜそうなのかというと、人々は人間の側から物事を捉え、その視点でしか思考しないからです。ですから今必要なことは、世界観を広げ、宇宙の側から地球を観ることです。

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これは格差社会の象徴とも言えます。

「世界中に数あるタックスヘイブン。その中の一つの法律事務所の機密文書が流出したことにより、世界の裏のお金の動きが見えてきた。文書には、企業のみならず、世界各国の名だたるリーダーが名を連ねている。」
今、世界中のマスコミ関係者がこれを暴こうとしています。ところがこれがとても難しいのです。様々な人々の名前が挙がっているのですが、実際にその人がやっているものもあれば、本人もあずかり知らぬところで名前だけが勝手に使われているものもあり、複雑で実態がどうなっているのかがなかなかわからないのです。
しかし、2012年12月21日の銀河の冬至を越えて世の中に光が差し始め、こういったことが明らかになり始めました。世界中でこれまで人々が行ってきた不正が、暴き出されようとしているのです。
世界の超富裕層がタックスヘイブンに持つ資産は21兆ドルを超えていると言いますが、あまりにも数字が大きすぎて、逆に人々はそのことに鈍感になっています。現代は、実体を伴った目に見える経済よりも、裏に隠れている悪意的な意識に基づく経済が大部分を占めているのです。

さて、これをどう解決すればよいのでしょう。あまりにもその実体が大きいからと諦めるのではなく、これは明らかに、人間一人ひとりの意識改革から始まるのです。今明るみになってきていることは全体からすればほんの一部ですが、暴かれ出したということは、そういった不正の動きが終末を迎えているということなのです。

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『モモ』や『はてしない物語』の作者であるドイツの児童文学者、ミヒャエル・エンデは、こう語ります。
「自然界のものはすべて腐っていくのに、なぜお金だけは永遠不滅で逆に価値が増えていくのか?」という問いに対して、「自然界のものは神が作ったものだが、お金は神ではなく人間が作り出したもの。人間の欲の心が、お金を貸して利子をつけて儲けようという仕組みを生み出した。借金で成り立つ経済システムの中で、人々は増えてゆく利子に追われ、経済活動をしている。」
現代人は、お金に追われるシステムの中で生きています。自然界のものは神が創ったと言うと無神論者は「怪しい話だ」と言いますが、神とは宗教が御利益的に崇める神ではなく、自然の法則であり、宇宙の物理的原理の実体です。そう捉えれば、現代の経済システムが自然を破壊し、矛盾を生み出すものだということが明快にわかります。

スライド14

利子とは不思議な仕組みです。ただお金を貸しているだけで、何もしなくてもお金が増えていくのですから。

「豊かなものをより豊かにし、貧しいものをより貧しくする仕組み~利子は格差が広がる社会をつくる。富裕層トップ8人の資産は、世界の最貧層36億人の合計と同じ」
スライドにある、2010年からの推移を見てください。だんだん格差が極端になっていっています。ひどい話です。

「利子は無限の経済成長を強いる」
経済が常に右肩上がりでなければ、利子は成り立たないということです。

「有限な地球環境をすり減らす。利子は時間と共に増え続けその分を稼がなければ、債務は増え続け、企業は破綻してしまう。しかし、企業が成長を続ければ、環境破壊が続いていく。」
つまり、こういった経済活動は、世界に矛盾を生み出す仕組みなのです。

「利子はみんなで払っている」ということは、「みんなでお金持ちを支えている」ということになります。私たちが購入する商品の価格には、企業が銀行に支払う利子の分の代金が上乗せされています。商品だけではなく、税金にも利子分が組み込まれています。日本の国債残高は現在1000兆円を超えています。そのツケが、国家予算を組む時に税金として国民に回ってくるのです。そうしてみんながお金に追われていくのです。
なお、2060年には日本の借金は8000兆円を超えると言われています。天文学的な数字ですね。

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Solar System 2.0 – djsadhu.com

「経済が時代のどんな流れの中で発生・発展してきたのかを見てみましょう。星と星の対話により時代は創られ、その時代の流れの中で、人類は発展してきました。いくつかの時のサイクルを見ながら、時代の流れの中でどのようにして経済が発展してきたのかを見ましょう。」

この視点を持つということは、今日の食べ物をどうするかとか、自分は1年間にどれだけお金を稼いだかとか、一生のうちにどれだけお金が必要になるかといった身近な世界も経済の中にはありますが、そのような小さなことではなく、遠い過去からずっと時代が紡がれてきた中で経済がどのような変遷をたどってきたのかを観るということです。その変遷を理解することで初めて、人間の性質によって経済の仕組みが歪められてきたことが観えてくるのです。

このスライドに描かれているらせんは、太陽の軌道を表しています。太陽は2億2600万年をかけて銀河を1周するのですが、それは単なる円運動ではなく、らせんを描きながら進んでいるのです。

ではここで、太陽のサイクルを見てみましょう!

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「太陽の一螺旋 25800年のサイクルが地球の歴史を創っている」
このことを理解しなければ、時代が地球上の出来事の源泉をリードしているということを理解することはできません。私たちは天体と共に時代を表現し、その意志のもとに生きているということがわかって初めて、個人の自我から離れ、時代を担っているという意識を持つことができるのです。

太陽は、2億2600万年かけて銀河を1周する間におよそ9000回のらせんを描き、らせんの1回転は25800年です。この図は、その太陽のらせん1回転のサイクルを表しています。太陽は進行方向に向かって反時計回りにらせんを描いていますので、この図も反時計回りに進んでいます。

現在私たちは、図の一番下にあたる「銀河の冬至」を越えたばかりのところにいます。地球が1年に1度冬至を迎えるように、太陽系もまた、1らせんごとに「銀河の冬至」を迎えるのですが、今から約4年前の2012年12月21日に、25800年ぶりの銀河の冬至があったのです。冬至とは、もっとも光の少ない闇のピークです。つまり、私たちは今、闇のピークを越えたばかりのところにいるということです。

今から半周前の12900年前には、「銀河の夏至」がありました。夏至とは光のピークです。この時代に、東アジアにカタカムナ文明という高度に発達した精神宇宙物理学が存在していたことが明らかになってきました。そこから銀河の冬至に向かって進むに従い、徐々に闇が増して、カタカムナ文明は衰退していきます。

そして夏至から4分の1周進んだ秋分のあたりで、現代に通じる物質文明が始まります。即ち、経済の始まりです。ここからを「有史」と言います。それはどういうことかと言うと、紙が発明され、文字で記すことが始まったということです。そこから人間は、ものごとを立体的にイメージするのではなく、紙の上で二元的に考えるようになりました。命を天からいただくという姿勢ではなく、自ら獲得していこうという損得二元勘定が生まれたのです。そしてものごとを直観で感じ取ることよりも、学習して知識を得ることが主となって、現在に至っています。

中国に「天盤の巡り」という言い伝えがあります。これは太陽のサイクルとも一致しています。物質文明の始まりである6450年前から3275年前までの太陽の8分の1周の期間を、天盤の巡りでは「青陽期」と言います。これは「王の時代」とも言われ、権力者が世を支配する時代でした。

その次の3275年前からの8分の1の期間を「紅陽期」と言います。これは「聖人の時代」と言って、宗教が世を支配する時代でした。銀河の冬至に向かって闇がいよいよ極まっていく中で、人々は聖人にすがって御利益を求め、どんどんものごとの本質がわからなくなっていく時代だったのです。そのような御利益的に人々を惹きつける宗教は、神の存在すら個人の損得の上に求めるようなものとなってしまいました。本来宗教とは、宇宙の本質を掴み取り、人間を高い意識に導くものでなくてはなりません。しかし、御利益的組織宗教は、時代に争いの種をまき散らした存在でもあったのです。そのような近代の宗教は、もう終わらなければなりません。

そして銀河の冬至の少し前(1927年)に「紅陽期」は終焉を迎え、「白陽期」が始まりました。これは「庶民の目覚めの時代」ということです。誰か特別な聖人に頼るのではなく、一人ひとり誰もが目覚めていく時代が始まったということです。銀河の冬至を越え、徐々に光が増していく中で、庶民一人ひとりが宇宙の法則や人間の本質に目覚め、自分たちは何者で、どう生きていくべきかを悟っていく。つまり、それまで聖人だけが有していた意識レベルに誰もが到達し、すべての人が仏陀として生きる時代が始まったということです。

光から闇のピークへと向かってきたこれまでの時代の人々は、経済を活性化し、物理的に豊かになることを追い求めてきました。しかしそれは、肉体を持って生きている間のほんの一瞬のことにしかすぎません。真の人間の価値とは精神性にあり、この世界の実体を悟って目覚めることにあります。それは生死を超えたものです。そしてその目覚めた状態でこの世界に貢献する役割を果たしていくことが、人間としての本来の価値ある生き方なのです。

これまでもそういったことは宗教の世界などで語られてきましたが、宗教はどれも皆組織を作り、信者からお金を吸い上げて、組織を大きくしてきただけでした。その時代が終わりを告げ、いよいよこれから一人ひとり誰もが仏陀として生きる時代が始まります。地上を生きる者が皆仏陀になるということは、天の法則が地上に表現されるということですから、人々がそのような意識に到達すれば、地上天国が実現するのです。

それでは、物質文明の始まりから現代までの、太陽の1らせんの4分の1を拡大して見てみましょう。

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太陽の1らせん25800年の4分の1を詳しく観ていくと、文明発祥と経済の発達が観えてきます。およそ6400年前に、世界最古の文明であるシュメール文明が発生しました。このシュメール人とはとても不思議な人たちで、現代に通用するような宇宙観を持っていました。

「世界最古の文明の発生 ~ 統治国家、高度な法体系、経済、科学、医学、建築、農業、文字の発明、天文学、数学、芸術の発達、宗教、暦の発明 = 現代文明の基礎が出来上がっていた ➡︎ 貨幣経済も始まっていた」
シュメール人は現代文明の基礎を築き、それを受けて様々な文明が発生していきました。シュメール人は宇宙から来たのではないかという説があるほど、突如として高度な文明を築きました。

この図は、円が連なっているように見えますが、実は東洋文明と西洋文明が交互に発展と衰退のサイクルをくり返し、800年ごとに入れ替わりながら共に進んでいる二重らせんを表しています。
およそ4000年前に、バビロニアで本格的な金融活動が始まりました。約3200年前にはバビロニア商人の流れを汲んだフェニキア商人が台頭し、それとほぼ時を同じくしてユダヤ教をはじめとする宗教の時代が始まります。そして国を持たないユダヤ人たちは、移動しながら商業や金融業を発達させていきました。現代の世界の経済はユダヤ人が握っていると言われるように、当時からユダヤの人々はそういった才に長けており、国家を持たなくともお金で世界を支配してきたのです。
その後、様々な宗教が成立し、現在に至っています。これは地球上の歴史の経緯ですが、宇宙的なターニングポイントである銀河の冬至とちょうど同じタイミングで、西洋文明と東洋文明の盛衰が入れ替わっています。そしてこの銀河の冬至を境に、私たちは光のピークへと向かっていく時代に入りました。光が増していくということは、ものがよく見えるようになっていくということです。これまでの闇の時代に積み上げられてきた矛盾が次々と明るみになり、それを改めていく時代が始まったのです。
改めていくためには、眠っていてはいけません。中国の天盤の巡りが示しているように、庶民一人ひとりが目覚めていく時代が始まったのです。

産業革命が起きたおよそ250年前は、この図で見ると現代のほんの少し前にすぎません。ところが産業革命から人類は劇的な変化を遂げました。人口が急激に増え、環境破壊が一気に進み、闇の時代の矛盾の仕上げが成されたのです。それは、矛盾を仕上げ、目覚めなさい、ということでもあるのです。

それではこの図をさらに拡大し、近年の800年を見てみましょう。

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文明は1600年ごとにらせん一つ分のサイクルを刻んでおり、800年はその半分です。この800年間は、西洋文明が開花期を迎えていました。それに対して東洋文明は準備期に入っていました。次の開花に向けて準備をする期間だったということです。

そして東西の文明が入れ替わる時には、必ずそれまでの価値観を壊すような世界的な大動乱が起きています。20世紀から21世紀へと切り替わり、東西文明の入れ替りの時を迎えている現代は、まさしく世界中で大動乱が起きています。世界的な動乱と同時に、個人の意識にも変革が起きています。そういった時代の壮大な流れを、個人個人が日々の生活の中で意識して生きることが、庶民の目覚めにつながっていくのです。

今、日本をはじめとする複数の国々で若い人たちが子どもを持とうとせず、様々な地域で少子高齢化が進んでいます。これまで経済は右肩上がりで成長してきましたが、これからは少子高齢化が進み、これまでのような形では成り立たないようになっていきます。ところが人間はこれまでの在り方に執着し、過去を復活させようとするのです。しかし、時代は常に先へ先へと進んでいるのですから、過去に留まろうとすれば必ずそこには矛盾が発生します。ですから、これまでのやり方では立ち行かなくなる時代が来たのだということを、悟らなければならないのです。

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「お金をたくさん持っている=価値ある人生ではない」
お金を持っている人が優秀であり、お金をたくさんかけて教育を受けて社会的に高い地位につくことがよいとされてきたのが、これまでの時代でした。今、韓国でも中国でも、教育を受ければお金を稼いで豊かになれるということで、人々は異常なほど教育に熱心になっています。ところが、いくら教育を受けても、役に立たないものは役に立たないのです。大切なのは、その人の本質に基づいて教育がなされることなのですが、今は欲望の上に教育が成り立っているのです。

「お金をたくさん得て社会的な成功者と呼ばれる人々が、必ずしも人間としての価値が高いというわけではない。努力して成功を勝ち取ったところで、それが他国の人々の苦しみや環境への多大なる負荷の上に成り立っているとしたならば、それを良い人生といえるだろうか。いずれ地上での役割を終え、全てをリセットして魂として旅立つ時、人としての価値が問われるのである。」
生きている間にどれほどお金を稼いでよい思いをしたとしても、いずれ生を終えて旅立つ時に、必ずその価値を問われます。こういった考え方を持つことが大切です。これはどちらかと言うと東洋的な考え方であり、これからの時代を生きる人類には必ず問われていくことです。

「物理的な豊かさや成功のみを追い求めなくても、人間はもっと豊かに暮らすことができる。それは生きることに不安のない状態であり、みんなで分かち合う生き方である。」

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「自然はバランスよくエネルギーを与える ~なぜ人類は、みんなで分かち合う暮らしが出来ないのか」
有史以前は、分かち合う暮らしをしていました。12900年前の銀河の夏至である光のピークの時代には、人々は群れで生き、互いの能力を活かしあいながら、助け合って暮らしていました。それが、自己の利益を優先するがために、今の人々にはできなくなっているのです。

「今まで分離と闘争の時代だった。本来自然は無駄なく、全ての生命に、そのものが必要としているエネルギーを与えてくれる。自然は生態系全体のバランスを取り、そのバランスの中でそれぞれの生命は役割分担を果たしながら、ふさわしいエネルギーを自然からもらい、連なって生きている。」

自然界は、ひとつらなりの命です。全体がひとつの命であり、一つひとつの存在が全体に抱かれています。自分の力で生きているのではなく、生かされているのがこの世界の仕組みです。ですから、新たな時代の経済は、「共有する経済」ということです。

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ここは、もっとも大切なポイントです。

「お金は社会をめぐる血液であり、純粋なエネルギー ~ 与えられる量が多すぎず少なすぎず、それぞれに相応しく血液が巡り、常に流れていることが、健全な体(=社会)を作る。自然界がひとつの体であるように、社会もひとつの体として機能していけば、バランスの良い供給を可能にする経済システム=共有する経済が可能になる。現在の地球は人間社会も自然環境もアンバランスで病的な状態にある。」
その原因は、人類の意識にあるということです。

「人類の意識が高くなり、愛と善意に基づいたエネルギーを乗せてお金や物を循環させていけば、最終的には地球がひとつの経済システムとなり、調和する。」
私たちは、地球という同じ家に住み、同じ乗り物に乗って宇宙を旅している仲間なのです。それを生活を通して表現しているのが、木の花ファミリーの生き方です。

「コミュニティーのメンバーが調和的な精神を有することにより、全体が調和し、健全な循環を表現することになる。そこでは一人ひとりのエゴ的感情がなくなり、個人の利益を得ようとするのではなく、メンバーはコミュニティーが円滑に営まれるための役割を果たしていく。」
「コミュニティのメンバー」というのは、どこか特定の共同体に住んでいる人だけを指すのではありません。そもそも地球そのものがコミュニティなのですから、人類は皆、地球コミュニティのメンバーなのです。人類が調和的な精神を有することで、地球全体が健全に循環していくのです。それは経済成長一辺倒になってしまった今の時代からすると、画期的な大転換です。

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「本来の生きる目的は社会に貢献すること ~人が生きる目的は世界観を広げ、人間性を高めることによって、エゴに走らない優れた人間として人生を生き、コミュニティーや社会に貢献して、高い意識レベルに到達し、人生の終焉を迎えること。」
そういった高い意識レベルに到達すると、人々は「必要以上に獲得しようとしなくなる」のです。今の世界では、富が一部の場所に異常に偏っています。そのような状態を、私たちの体に例えると病気と言います。

「逆に獲得しようとして競争に負けたものは、敗北感や劣等感を持ち、社会の保護の元に暮らさなければならない。国によっては、貧困層どころか、スラム化したり、援助を頼りにした国家や生活が出来てしまう。」
援助によって生活が成り立っている場所では、人々は援助に依存して生活力を失い、人間本来の生命力が弱まっていくということが実際に起きています。

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「それでは木の花ファミリーの経済を見てみましょう」!

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「お財布はひとつ」と言うと、ゲストの人などから「そんなことは考えられない」と言われることがあります。「財産はすべて丸見え」と言うと、「やっぱり隠しておきたい」という反応を示す人もいます。しかし木の花ファミリーでは、こういったことが現実に成っているのです。

これは「みんなの富の山」です。日本語で富士山は「富の山」と書きますから、これは富士山です。みんなで富を集めて、みんなで使います。そんなにたくさんの富がなくても、みんなで使えば効率よく有効に使うことができます。もしもこの富の山を一人ひとりに分けてバラバラに使ったら、一人の持ち分は少なくなりますし、同じことをバラバラにやるわけですから無駄もたくさん発生するでしょう。しかし、それをみんなでやることによって、少ないお金でとても豊かな生活が実現するのです。

これは、これからの世界経済の見本となる経済システムです。それを「ビュッフェ経済」と名付けました。

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「コミュニティーはひとつの体・生活の中の役割分担・ユートピアを表現するファミリーの暮らし」
木の花ファミリーの暮らしの中には、「医」「芸術」「環境」「教育」「社会」「経済」「食」「農」という様々な分野があり、そのすべての中心にあるのが、天然循環をベースにした「菩薩の里」の精神性です。それは高い精神性を有した人々のネットワークによって営まれる世界です。

「精神性を柱として、各部門が有機的につながり運営される」
一人の働きは全体のためにあり、全体は一人ひとりの働きをつなげて循環しています。それは地球生態系と同じ仕組みです。そこに、お金のために働いている人はいません。

「傍(はた)楽(らく)精神」というのは、自らの損得を考えて労働するのではなく、「傍」、つまり他者を「楽」にするということであり、社会の循環を円滑にするための働きです。

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「社会と繋がり広がる事業」ということで、「恵みいただきます」という食事イベントを月に1度開催したり、「癒し処たんぽぽ」で整体やマッサージのサービスを提供したり、地域の便利屋をやったり、新しいプロジェクトとして「ロータスランド」というカフェ&ショップ(木の花ファミリーアンテナショップ)をオープンします。

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その他、心身の病を持つ人の回復をお手伝いする「自然療法プログラム」、個人の枠を超えて様々な人々が集い語り合う「大人サミット」、そして1ヶ月間木の花ファミリーに滞在し心と宇宙の仕組みを学ぶ「1ヶ月間の真学校」などの活動も行っています。

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「天然循環法に基づいた調和の精神 ~ コミュニティーは一つの生き物であり、全ての活動の母体です。その中では全ての個性が尊重されます。そして様々な個性がつながりあい、それぞれがふさわしい役割を果たしていけば コミュニティー全体が調和の流れの元に運営されていくのです。」
この構造は地球生態系と同じですね。さらに言えば、銀河、宇宙の構造と同じだということです。

「それぞれの生命が個性を発揮しながら地球生態系が調和を表現するように、人類それぞれが全体を担っているという自らの役割に目覚め、他者の喜びのために働けば、この世界は調和に満ちた世界になるのです。」

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「現代の『労働』と『ハタラク』の違い ~ 現代の労働 ~ 金銭を得るためにするもの。現代人は便利さや欲の追求のために、多くのお金を必要とする。多くの産業は天然資源や、人々の過酷な労働、動物たちの犠牲の上に成り立っている。生活も、労働も苦痛の上に成り立っている。
働くという文字は『人が動く』と書きます。『人が動く』ということは自分の為に動くのではなく『他者の為に動き傍を楽にする』という、深い意味があります。」
「人が動く」とは生きるということです。生きるとは、生態系の循環を円滑にするためにあるということです。

「命あるものは全て、そのものの独特の働きがあり、その働きは生命ネットワークの中で個性的に生かされます。働く事は、命が生き生きとすることであり、喜びなのです。」
ですから、現在の労働のように苦痛の上に成り立つものではないということです。

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「『資本主義経済の時代』は時代が生み出した『たった2秒の物語』」
この2秒間のマインドコントロールを解くことが、今必要です。

「250年前に始まった産業革命以降、西洋社会で始まった工業化の波と人口の増加、ヨーロッパから入植して建国されたアメリカ合衆国から始まった資本主義経済が世界を動かしてきた。今時代は大きく舵を切ろうとし、人類は経済発展一辺倒の呪縛から目覚める時が来ている。しかし、現実には人類は未だに『資本主義経済』という強烈なマインドコントロールにかかっている。
地球の誕生から始まり、生命の誕生、人類の誕生、文明の発生と、歴史をつなげて物語としてみた時に、地球46億年の歴史を1年に例えると、その中でこの250年はたった2秒の出来事である。人類はその『2秒間の物語』のマインドコントロールにかかっている。
そのマインドコントロールは、今時代と共に終わる時が来ている。時代の切り替わり時を迎えているにもかかわらず、人々はこれからやってくる新たな発想に対して、今までの価値観でしか物事の本質を観ることが出来ず、次の時代が提示しているあり方が観えないのである。」
これまでの時代に優秀とされてきた人々は、特にそれが観えません。それは、人間が思考を回すことによって豊かさを得ようとしてきた人たちです。では、優秀でなかった人々が観えるのかと言ったら、やはり観えません(笑)。
観えるのは、何かが閃いた人です。「何かが変だ」と閃く人たちが、これから観えるようになっていきます。そういった人々は特に、新しい時代を生きる若い世代の人々の中に多く見られるようになってきています。

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「新しい時代の価値は『命の絆・真心』~ 社会が行き詰まりを迎えた今、多くの人が世界の動向に不安を抱えている。有識者は過去の歴史を顧みて、今世界が歴史的な大転換期を迎えていることを読み取っているが、その先にある次なる社会の在り方を語ることが出来るものはいない。
歴史をはるか遠く遡ってそれぞれの時代をつなげて見た時に、時代には流れがあり、そして意志があることが観えてくる。現在の世界的混乱を受けて、経済主体の物質主義文明に代わり、新たな精神文明が始まろうとしている。
そこで人類が大切にする価値は『いのちの絆』『真心』である。それらは、これから作るものではなく、宇宙の発生と共に、元々あったものである。」
それは宇宙の発生と共に元々あったものであり、今、人類はそれをよみがえらせる時に来ているのです。

今、時代は大きな切り替わりの時を迎えています。そのことを示す現象が、世界中のあらゆることに現れています。そこをひも解かなければ、現代の混乱の先は観えてきません。
そこで必要なのが、「時代主義」という捉え方です。これは資本主義や共産主義に代わる、21世紀の人類の新たな生き方です。資本主義も共産主義も、物質的な発展を求めるものでした。しかしこれからは精神的発展の時代であり、そのベースとして時代主義が必要とされてくることでしょう。

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「世界観を広げ、意識が変われば、経済や時代の捉え方も変わります。それは、全ての好循環の始まり。あなた一人の行動から始まります。」
12900年前の光のピークの時代は、まだ人類が闇を知る前の光の時代でした。そこから、光とは何であるのかという本当の意味を知るために、人類は闇を体験する必要がありました。私たちは今、闇の時代を経て、再び光に向かおうとしています。今、闇の真っただ中を歩む私たちは、そこに希望があることを、時代主義を通して知ることになるでしょう。

「あなたはこれからどのような行動をしますか。」

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「ご清聴ありがとうございました。」

 


 

分離と競争の社会から「分かち合い」の社会へ

2017年2月19日~3月18日
「1ヶ月間の真学校」開催!

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囚われを外したら

そこは宇宙だった

 
何か問題が起きた時「自分は悪くないのになぜこんな事が起きるのだろう」と思ったことはありませんか。
人は問題を見つけると、とかく自分の外に原因を探し、周りを変えようとします。ところが周りはどうにも変わることなく、問題だけが積み重なり、今や家庭の中から地球規模に至るまで、どこもかしこも問題だらけの、行き先の見えない世の中となりました。
しかしそれは視点を変えれば、大転換のチャンスでもあるのです。

1ヶ月間の真学校は、人生の問題のあるなしに関わらず、生きることの突破口を開く場です。そこに特定の正解はありません。一人ひとりが客観的に自己を捉える冷静な目を養い、視野を広げ、その人らしい人生を自ら切り開いていく力を身に付けます。

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【日程】
2017年2月19日(日)~3月18日(土)
【会場】
木の花ファミリー
【定員】
15名 定員に達し次第受け付けを締め切ります。
【参加費】
18~22万円 収入に応じたスライド制です。受講料や食費など1ヶ月間の滞在費全てを含みます。
【内容】
「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」「芸術」と多彩な切り口の講座を通して、受講生一人ひとりの心の性質や人生の使命、そして時代の流れを読み解きながら、この世界の真実を観抜く心の目が開かれるよう、いざないます。
講座例:人格を学ぶ講座(カルマ読みと地球暦)/コミュニティ創設講座/天然循環法の畑作・稲作/ファシリテーション/世界観を広げる/菩薩の里の経済/自然療法プログラム/食養生/有用微生物群の培養/天然醸造糀仕込み&味噌作り/コンポストトイレの作り方/創造性と芸術/カタカムナ/性と宇宙/宇宙視点の死生観/自然災害と防災/持続可能な心の持ち方

講座詳細やこれまでの受講生の体験記はこちら!

→ 1ヶ月間の真学校ブログ

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9月カタカムナ研究会レポート

回を重ねるごとにどこまでも深まっていくカタカムナ研究会。今月もあわちゃんからのレポートをお届けします。
 
■     ■     ■
 
「人生とは自己責任であり、
 自らを磨くということが大事」

僕は、この一文にこの2日間のカタカムナ研究会で語られた要素が凝縮されていると思う。

今僕たち人類は、根本的に変わらなければいけないトキを迎えている。

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そして、この事実は単なる誇大的妄想ではなく、宇宙物理学のカタカムナや太陽系の動きが地球や人類に与える影響を観ることができる地球暦、更には歴史的事実に基づいた分析や今まさに起こっている社会問題、更に更に、今を生きる僕たちの生活や感性等様々な要素を通して語ることができることだ。

(研究会2日目の時代分析の様子)
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僕たちは毎日違う新しい一日を過ごしている。1年も同じ1年がやってくるのではなく、毎年新しい年がやってくる。僕たちが生活しているこの太陽系もおなじ場所をぐるぐる回っているのではなく、太陽と共に螺旋を描きながらいつも違う場所を移動している。

(現在解明されている太陽系の動きは以下の動画を参照)

何を根本的に変えなければいけないのか?それは僕たちの心であり考え方だ。それはなぜか?それは簡単で、「そういう時代だから」だ。恐らくそれは、僕たちのような30代やもっと若い世代は、理論だなんだという前に「感覚的」に分かっているだろう。僕たちは変わらなければいけないトキを迎えている。

そんな中、ここ世界最先端のコミュニティーである木の花ファミリーにカタカムナがやってきたということはとても意義深いことだ。ここの暮らしの意味が「宇宙物理学」という論理によって次々に裏付けがされていく。

(研究会の講師芳賀兄と木の花ファミリーメンバーのみかちゃんで時代分析を行っている様子)
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例えば昨日のカタカムナの「フトマニ」「ヤタノガガミ」「ミクマリ」の説明は、人間に60兆個あると言われている(説によるようですが)細胞の1つ1つの動きを説明していると同時に、宇宙創造の原理が含まれている。そして木の花ファミリーで最も大事なこととして、日々の生活の中で皆が行っている「心磨き」についての意義も説明している。

(1万2000年前のカタカムナ文明では既に、細胞から宇宙までの動きを解明していた)
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研究会が終わった後に木の花ファミリー創設者のいさどんと話をしたけど、内容は要するに「いくらこれだけの貴重な情報を学んだとしても自らの癖に囚われて勝手な解釈をしていても全く身にならない。だから心磨きをして癖を取って、まずは根幹を綺麗にしていかなければならない」ということ。そして「今この時代のターニングポイントのトキは心の状態や位置によって、地獄も生きることができるし、とてもダイナミックな人生も生きることができる」ということだった。

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「心磨き」というと少し難しそうに聞こえるかもしれないけど、要は「人間性を磨きましょう」ということであり、更に今の時代に人間性を磨くということは「それぞれが自身の役割に目覚め、秘めたる能力を最大限までに発揮させ(今のところ人間は脳が持っている機能の数パーセントしか使えていません)、時代とともに次世代を創っていく」ということに繋がると考えている。

「人生とは自己責任であり、
 自らを磨くということが大事」

これから僕らは、「誰か(何か)のせい」にして生きることはできない。欧米の価値観も戦争も原発も安保法案も地震も政治家も目の前の人も、全ての流れがある結果、僕たちが今ここに暮らし生かされている。

そして、「次の時代をどうやって生きるべきか」。そのモデルを単なる理論や言葉だけではなく、生活として現すという人類史上類をみない社会的実験を、みんなの人生の全てを懸けて行っている「木の花ファミリー」という場所があることに、とてもワクワクする。

いずれにしろ、何をやるにしても、これからどう生きるにしても、最後は自分で決めることであり、自ら立ち上がって自らの意志で自らの人生とこの社会と地球を創っていくことが一番大切だ。

(と、そんな真剣なことを木の花ファミリーのホールで書いていると、隣では何やらみんなが小学生にあわせて楽しそうに踊っていたり、さーっと肌色と白色の物体が横切ったり^^;)
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接近してみると。。
(木の花ファミリーで生まれ育っている2歳児のゆうひとすめら)
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さっ、さすがは、世界最先端。

ちなみに僕も年内に以下のようなイベントを開催するので、興味があれば見てみてください。

・希望の光プロジェクト第3回イベント「次世代のはたらく(傍楽)を創る 〜21世紀宇宙時代のクニツクリ〜」
・第9回大人サミット「地球会議 in 木の花ファミリー」

ということで、今回はカタカムナ研究会で何が話されたかというより個人的に感じたことを述べさせていただきました。

その後、更に次世代の希望の光たちが急接近してきたので、パシャリ。
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(木の花ファミリーで生まれ育っている2歳児のいさなと僕)
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それでは、いさな、ゆうひ、すめら、次世代のデッカイ魂の彼等と共に、次の時代を創っていきましょう♪

 

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次回カタカムナ研究会は下記の日程で開催します!

10月 カタカムナ研究会

【日時】
集合:2015年10月5日(月)

11:05 JR身延線「西富士宮」駅 又は 10:51 富士急行「大石寺」バス停(送迎あり)
お車の方は11:30までに木の花ファミリーおひさまハウスひまわりへ直接お越し下さい
解散:2015年10月6日(火) 昼食後(送迎あり)

【定員】
15名

【参加費】
8,640円
(1泊2日、宿泊・お食事・送迎・保険料・税込み)

日帰り参加の場合:1日につき3,240円
(お食事別途)

*同性の方との相部屋をお願いする場合がございます。
*オプションにて、木の花ファミリーの施設見学やプレゼンテーションのご提供も可能です。
〈見学ツアー〉90〜120分
 お1人様540円
〈プレゼンテーション〉120分
 2,700円
 上記料金を参加される方の人数で割り、分担していただきます。(中学生以下無料)
 例)参加者2人の場合:1人あたり1,350円 / 3人の場合:1人あたり900円
 ただし、5人以上の場合は1人あたり一律540円となります。

【お申し込み】
下記サイトよりお申し込みください。
 → カタカムナ研究会へのお申し込み
 
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8月カタカムナ研究会レポート

今月もカタカムナ研究会が開催されました。
回を重ねるごとに深まっていくこの研究会はいったいどこへ向かうのか。毎度おなじみ、あわちゃんからのレポートをお届けします!
 
■     ■     ■
 
今、時代は、とびきりのターニングポイントを迎えています。

近現代に人類が生きてきた価値観がひっくり返る
とてもダイナミックな時代がやってきています。

そんな中、カタカムナ講師の芳賀兄は今回の研究会で
「このままでは、やばい、地球がもたなくなる」
というようなことを何度も言っていました。

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今回のレポートは、特に盛り上がった研究会2日目の内容を中心に紹介していきます。色々な観点から話が出て、脳がグルングルンと揺さぶられるようなとてもエキサイティングな会となりました。今回のレポートもあちこち話が飛びますがご容赦ください^^;

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始めの挨拶は、みかちゃんの歌、いさどんの挨拶、そして「天との阿吽」という文章等が紹介されました。

(そのときの様子の動画です。芳賀兄はみかちゃんの歌声には倍音が含まれていると言っていました。)

「やっと出会えたね」

みかちゃんの歌の歌詞にはそんなフレーズがありますが、いさどんは挨拶の中で「先日映像で見た戦後70年特集をしているドキュメンタリーに出てきた沖縄の少年兵の話を例に、最近今まで隠されていた真実がどんどん明るみに出てきている、それも「真実との出会い」で、そこから次の時代をどうしていくか考えていく必要がある。そして、このような約束の元にある色々な出会いを大事にしていかなければいけない。」という話がでました。

「天との阿吽」は、いさどんから湧いてきた言葉で、書き起こしのリンクはこちらです。

映像中の「2015年のマヤの新年を迎えるにあたって」の書き起こしのリンクはこちらです。

はじめの挨拶の後、人類のためにも長生きをしていただかなくてはいけない芳賀兄に、木の花ファミリーからとても貴重なスズメバチ漬けのハチミツが贈呈され、芳賀兄は何度も頭を下げお礼を言っていました。

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始まりは、最近の中国経済減速の影響から世界中で株価が暴落しているニュースを取り上げ、表面的には「何かよくないこと」が起きているように見えても、この研究会や木の花ファミリーのような生き方をしているとそれはむしろ、闇の時代から光の時代に切り替わる「めったにないラッキーな時代に生かされている」とも言えるという話から始まりました。

(木の花ファミリーで時代の分析に使われる25800年周期説も研究会で初めて披露されました。)
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その後、カタカムナについての話になり、カタカムナという同一のルーツを用いていても、日本列島やマヤではそれぞれの生かし方が違う(日本は宇宙創造の原理を解き明かし、マヤでは宇宙全体が動いている周期を読み解いている)ことなどが話されました。

そして「想い」は「原子」の隙間を縫って世界・宇宙を駆け巡り、現代の西洋文明では解き明かすことが出来ない現象も起こすことができる、例えば天気にも人の「想い」が影響するし、火山活動やひいてはこの地球や太陽系の運行にも影響してくる、そんなことがこれから東洋文明が光を浴びてくる時代に当たり前に語られていく時代になっていくようです。

今回ゲスト参加をしたじゅんぞう君は、現在鍼灸師の学校に通っています。

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そんな彼に対して芳賀兄は、「針での治療は必要がない。治してやろう、というのは我欲である。信じる。ゆだねることが大事。」と言っていて、そこでいさどんも「あるべき姿をイメージして、歪んでいるものをはさんで正しい姿にする。でも、最終的には、人にやってもらうのではなく自らを健全にできるようにしなければいけない」と言っていました。

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再びカタカムナの歴史や単音解説に戻り「カタカムナ」と「カタカナ」の違いや、「イノチ」という言葉ができた過程、そして漢字の「宮」の読み解き方などが話されました。

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そこから、また今の時代の話になり、この転換点に「これからますます木の花の役割が出てくるね」と芳賀兄が話したところ、いさどんも最近中国からの訪問者が増えていると言い、そんな中、今回は中国の内モンゴル出身の青年が参加していました。

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彼は、冒頭のいさどんの挨拶を聞いているときにインスピレーションが湧き、以下のような「天の故郷」という詩が降りてきたため、その内容をみんなからの希望で披露することになりました。

 
ーー以下その詩ーー
 

「天の故郷」
 

僕はずっと思ってた

僕はずっと感じてた

紅葉が落ちる瞬間

その舞う姿と土との響き

 

神々が織る富士山の足元

素敵な人たちが集まり

清い川が流れ

自然に美しい霧が漂う

 

僕は六年の修行をへ

先祖の教えに従い

やっと辿り着いた

ここは天の故郷である

 

2015.8.25

木の花で

 
ーー以上ーー

 
これはいさどんが「天との阿吽」を読む前に彼に降りてきた詩であり、いさどんは「心が美しいからこういうものが生まれてくる」とコメントをしていましたが、彼の目はキラキラしていてとても爽やかな好青年でした。

その後、カタカムナの本「潜象道シリーズⅢ カタカムナ解読の軌跡」に入りました。

ここで芳賀兄は、戦後のカタカムナの解き明かしの歴史を解説し、これからは現代にあった芳賀兄独自のカタカムナ理論を展開していくことなどを語っていました。

そして、これからの教育や子供たちの話になると、木の花ファミリーで生まれ育ったひみちゃんの幻想的なブログも紹介されました。

その内容はこちらのブログ記事「木の花ファミリーで起きたこと~太陽の国のお話編~」をご覧ください。

そんなこんなで、話題が宇宙の端から端へ飛んだような場でしたが、終戦70年のこの月に開催した研究会にふさわしいとても重みのあるよい会となりました。

そしてカタカムナの話も単なる知識や教えだけではなく、実際に生活に落とすという木の花ファミリーでやるからこそ、意味があり大事だということも改めて痛感した2日間でした。

以下最後の締めくくり話の動画です。

 

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次回カタカムナ研究会は下記の日程で開催します!

9月 カタカムナ研究会

【日時】
集合:2015年9月14日(月)

11:05 JR身延線「西富士宮」駅 又は 10:51 富士急行「大石寺」バス停(送迎あり)
お車の方は11:30までに木の花ファミリーおひさまハウスひまわりへ直接お越し下さい
解散:2015年9月15日(火) 昼食後(送迎あり)

【定員】
15名

【参加費】
8,640円
(1泊2日、宿泊・お食事・送迎・保険料・税込み)

日帰り参加の場合:1日につき3,240円
(お食事別途)

*同性の方との相部屋をお願いする場合がございます。
*オプションにて、木の花ファミリーの施設見学やプレゼンテーションのご提供も可能です。
〈見学ツアー〉90〜120分
 お1人様540円
〈プレゼンテーション〉120分
 2,700円
 上記料金を参加される方の人数で割り、分担していただきます。(中学生以下無料)
 例)参加者2人の場合:1人あたり1,350円 / 3人の場合:1人あたり900円
 ただし、5人以上の場合は1人あたり一律540円となります。

【お申し込み】
下記サイトよりお申し込みください。
 → カタカムナ研究会へのお申し込み
 
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宇宙から一人ひとりにオリジナルな人生が託されている

2015年マヤ新年の日、地球に祈りのウェーブを巻き起こす式典の中で、いさどんは次のように語りました。

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■     ■     ■
 
今日2015年7月26日、マヤの新年・11MENの祭典に立ち合わせていただきました。そしてその最中に、ひとつの文字が浮かんできました。それは、「時(トキ)」という文字です。マヤ暦はおよそ20000年前から始まりました。その歴史をたどれば、今わたしたちはカタカムナを学んでいますが、そのカタカムナ以前に太平洋という地球上で一番大きな海にムー大陸があったそうです。そのムー大陸が消滅したとき、時(トキ)の文明を東に移し、マヤの文明にしたのです。そして、言魂の文明を西に移し、ユーラシア大陸の端に存在していたヤマトの国に移したのです。それから13000年の時を経て、一昨年、わたしたちはそれをカタカムナの学びとして出会いました。そして昨年から、メキシコの太陽マヤ族最高司祭の尊母ナー・キン氏との出会いにより、このヤマトの地で、マヤの新年の祭典が行われるようになったのです。

歴史を振り返ってみますと、2012年12月21日に25800年ぶりの銀河の冬至を迎えました。わたしたちの地球にも冬至はありますが、冬至とは光がもっとも少ない闇のピークのことです。わたしたちは太陽の生命エネルギーをもとにして、地球上で生命活動を行っています。そして、全ての生命が自分という個性をいただいて、時代を紡いでいるのです。その太陽の一螺旋である25800年ぶりの銀河の冬至が2012年12月21日に訪れ、この日を持ってマヤ暦は終わっています。それは、時(トキ)の文明を継承したマヤの人たちが、太古の昔にそういった宇宙の仕組みや太陽の構造を理解していたということです。

これまで、わたしたちは新たな時代を迎えるための心の準備をしてきました。一人ひとりが自らの個性的な心の歴史を知って、カルマを読み解き、そして新たな心とともに新たな時代を迎える準備をしてきたのです。それが木の花ファミリーの21年の歴史です。

そしてくしくも、新たな時代の扉を開けることになった4年前の東北の震災3.11を持って、わたしたちは地球暦に出会ったのです。地球暦に出会って、わたしたちは自分個人を生きているのではなく、星々の対話を受けて、宇宙の意志を一人ひとりの人生に表現していることがわかってきました。

こうした様々な出会いのもとに、今日2015年7月26日、わたしたちはこの富士山麓の地で地球一周の始まりとしてマヤの新年の祭典を迎えています。この祭典はヤマトの国・日本で始まり、そして24時間かけて地球を一周していくのです。

イメージしてください。宇宙を意識した人々の心が羽ばたくようにウェーブとなって、地球を一周するのです。つまり、地球は丸く、時代は途切れることなく永遠に紡がれながら、わたしたちはひとつの世界を生きているのです。

地球上にはまだまだたくさんの争いや様々な困難がありますが、これは人間以外のものが創ったものではありません。それは、人間が自我を自らのためだけに活かそうとして生きてきた結果なのです。それも、それほど長い期間のことではありません。時をさかのぼれば、およそ250年前のヨーロッパ産業革命以降のことでしょう。さらにもう少しさかのぼれば、800年、1600年くらい前のことでしょう。それ以前、人間は自然とともに生かされ、生命ネットワークの中の役割のひとつとして他の生命とともに繁栄していました。

今、この時を迎え、人間の中で自我が沸騰しています。しかし、これは悪いことなのでしょうか。

それは決してそうではありません。人間の可能性と高い能力を知るためには、思い切りその能力を表現する必要があったのです。そして現実にそれを表現したときに、その問題点も噴き出してきました。それが今の時代です。今、それをコントロールする時(トキ)が訪れ、そして自らのカルマを表現する言魂によってコントロールしていく時代になったのです。今、トキとトコロ、マヤとヤマトが出会って、この祭典につながったのです。

そのように考えますと、わたしたちは自分でわかっている範囲で生きているわけではないのです。星の対話によって時代が刻まれているのであり、それは宇宙の仕組みで生きているのです。その仕組みの中で、わたしたちは常に変化・変容・変態を繰り返しながら進化しているのです。

そういったことをイメージしながら、調和の世界を地球上に表現していきましょう。わたしたち人類は、非常に優れた能力と大きな影響力を持っています。人類が目覚めたら、次の時代にはきっと、この地球生命、さらに宇宙に大きな貢献をするような魂となって育っていく姿がイメージできます。

時代は21世紀に入り、ようやくそのような時代になったのです。2012年の銀河の冬至を迎え、新たな扉が開き、2013年・2014年・2015年と3年間その変化の準備期間をいただいて、2015年はその最後の年です。この新年が明けると、いよいよ新たな時の流れを世界中の人々が感じるようになり、人類も地球自身も新たな宇宙時代を迎えるのです。

それぞれの歩みがあるとしたならば、木の花ファミリーは世界に先駆けてそのことに気付き、目覚めたものとしてこの生活を通して表現するものなのです。これは今後の木の花ファミリーの生き方にますます反映され、そして宇宙を通し、地球ネットワークを通して、全世界に広がっていくものだと確信しています。今日のこの快晴は、天がそのような意志を示されていると感じながら、皆さんとともにその自覚を持って歩んでいきたいと思っています。

木の花の歩みが始まったのが21年前だとしたら、やっと今、時が追いついたのです。人は土星の30年のサイクルで生きていますが、最初の30年で自らが何者かを知ります。そして自らが何者かがわかったら、次の30年でそれを人生に表現するのです。そして、60年でその結果をいただき、その後旅立つための仕上げの準備をするのです。木の花ファミリーの20年から30年に向けての今後の10年間は、きっと新たな時代を紡いでいく大きな役割を果たしていくのでしょう。

そういった意味で、わたしたちは宇宙を生き、時を生き、時代を刻んでいるのです。その中のトコロという場にわたしたちの存在があるのです。ですから、心をしっかりと観て、宇宙・トキ・トコロを意識しながら生きていくことが、生命として、そして大きな役割をいただいている人間としての目的なのだと感じています。

それは、宇宙から一人ひとりにオリジナルな人生を託されているのです。そして、人々は自我から解放され、この世界のために天の意志をいただいて生きていく時代に入ったのです。それは、価値ある素晴らしい人生です。自分のことは自らで責任を持ち、高い意識で歩んでいきましょう。そして、地球上にみろくの世を実現させましょう。皆さん、これからもよろしくお願いします。
 

一人ひとりにオリジナルな人生が託されている
一人ひとりにオリジナルな人生が託されている

 

 

ミノナライ

日本には、「見習い」という言葉がある。
これはとても意味が深い言葉だ。

この言葉は、カタカムナで言う「ミノナライ」から来ている。
くり返し、くり返し、行を重ねて、細胞にしみこむまで
身につけていくことを言う。
その中から、正しい方向性をつかむ「直観」が磨かれていく。

熟練した職人についた弟子は
見習い期間のうちに、師匠の一挙手一投足を真剣に観察し、
師匠の技を学び取っていく。

日本には「一を聞いて十を知る」
という言葉がある。

それは
師匠に説明してもらって分かるのではなく
相手の心や、言わんとすることを読み取り
これからすることの気配を感じ取ったり
技をみて盗んでいくということ。

瞬間、瞬間が真剣勝負なのだ。

いさどんが畑に出ていた頃
畑作業の現場は、まさにこういう「ミノナライ」の日々だった。

いさどんは、
少なくともメンバーと一緒に仕事をするときには
多くの説明をしなかった。

いさどんの手元をするものは
いさどんが、これからしようとすることを
全神経を傾けて読み取る必要があるし
次に自分で出来るよう
真剣に学び取って、身につけていく必要がある。

その動きを真剣に見なければ
適切な行動を取ることは出来ない。

余りにも勘が鈍いものは
仕事拒否をされることもあった。
私も仕事拒否をされたことがある。

ある日のこと、畑でいさどんと作業をしているときに、
いさどんがして欲しいことが分からずに
「もうだめだ」と投げだそうとしたことがあった。

そのときにいさどんから
「そこでそうなるからダメなんだ」と言われ、
それもそうだと思い、気を取り直して作業を続けたということがある。

人は勝手に自分で限界を設定し
それを超えられないものにしているが
自ら設定した限界は、超えることが出来るのだ。

又こういうこともある。
いさどんのために配慮として取った行動に対して
後で「無駄なことだ」とか「嬉しくない」言われることがある。

ある日の畑で、私が取った行動は
不安をベースに考えた結果だったので、直感が働いておらず
的外れの行動になってしまったのだ。
そのためにぐるぐる回した思考も、取った行動も無駄なことだった。

「先を読む」「言われてからやるのでは価値がない。」
ということも、いさどんはよく言う。
自ら先を読むことが求められるのだが、
自分の思考にはまりこんだ状態では
相手の心や物事の流れを感じ取ることは出来ない。

心に曇りがある人間は、知らず知らず、日々的外れなことをしている。
その的外れを、作業の現場で教えられる日々だった。

今でも、いさどんと会話すると「何故そう思うのか?」と、
何気ない会話の中で問われ、答えられなくなることがある。
安易な思考と、安易な言葉遣い、そして安易な行動というように
物事はどんどん安易な方向へ流れていく。
そういう安易さをいさどんは見逃さない。

こんなふうに、心を細かく見られたらたまらない
と思う人もいるだろう。
世間だったら、人によっては、いさどんのことを「なんて横暴な人」
という判断を下す人もいるかもしれない。

けれども、安易な思考をし、言葉を発し、行動をとり続けてきた結果
人は、自分の人生を行き詰まらせる。
そして、そういった人がたくさんいることの延長に
地球上には山積みの問題が展開されている。
殆どの人が、それが自分たちの安易な思考と言葉と行動の結果とは思っていない。

もともと日本には
師匠に弟子入りしてそのそばにいて、聞いておぼえるのではなく
自ら読み取って身につけていくという鍛錬の方法がある。

ある雑誌の記事に、カナダ人の落語家「桂三輝」のことが載っていた。
彼は、桂三枝の創作落語を見てそれに惚れ、弟子入りしたという。

「三年の修行期間中、師匠の部屋やトイレを掃除しながら
朝から晩までべったりついて芸を盗みます。

落語の修行は非常に大事。人間が変わると思う。
師匠が言わなくても、「今コーヒーがのみたいのかな」と気付かないといけない。
「コーヒー入れて」という言葉を待っていたらアウトで、
言葉のないところを探さなくてはなりません。

そうして修行が終わって、師匠の空気を読めるようになったら、
落語をやるときにお客様の空気も読むことができるという考えかたなんです。」

この記事を読んだときに、
「いさどんのそばにいる人たちがしていることは、まさにこういうことだ。」
と思った。

「自分というものをわきに置いて、まず相手のために行動する。」
いさどんが、私たちにいつも言う言葉。

いさどんはそうやって、周りにいる人の心をつくっている。
細胞一つ一つに染み渡るように、
そしてエゴが削ぎ落とされるように
身をもって示し、良心に語り続け
根気強く私たちを導いてきた。

かつて私は、世界の平和を思って世界平和の祈りをしていた。
けれども、木の花へ来て、みんなで暮らしてみると、
実際の生活の中で、自分の事ばかり考えていることが徐々に見えていった。
こんなに自分優先で生きていたのかと思い知る日々だった。

自分優先で物事を進めようとすると必ず滞りが起こる。
自分をおいて他者の為に動く、それを働く(ハタラク)というが
こういったことを、実践するよう「ミノナライ」の手法で
全細胞に染み渡るよう、日々育まれていたのだ。

その先に何があるのかというと、
一人一人が直観で物事を受け取る様になると
議論したり、細かい段取りをしなくても
物事がスムーズに運んでいく世界が展開する。
それが木の花の合い言葉「阿吽」なのだ。

スポーツの世界を見ても
日本では「柔道」「剣道」というように「道」がつく
こうした「道」と名がつくものは、「練習」ではなく「稽古」を積むという。
6月のカタカムナ研究会で、はが兄がこのことについて語った。
稽古(ケイコ)とは、練習とは違い、一瞬一瞬が真剣勝負なのだという。

「ミチ」をカタカムナの短音で解くと
身(ミ)にカムミ(ミ)が持続(チ)すること。

カタカムナ人は、
「ヒ」から始まり、
「フ」で震え、陰陽「フタツ」に別れたものが、
「ミ」で満(ミ)つってエネルギーとして中身(ミ)が充満し
「ミ」から始まり「ミヨイムナヤコト」と発展していく経緯をミチと言った。
これを学んだ中国人は「ミチ」という言葉に
「道」という字を当てたのである。

また、「ケイコ」を短音の思念でひもとくと
相手の位置(イ)の気配(ケ)を心で感じ取るまで、
くり返し(コ)そして超えて(コ)ゆく事。

「ミノナライ」とはまさにそのことで
日々の一瞬一瞬が真剣勝負なのだ。
その積み重ねの中で、自分というものを超えていって
ついには、
神業を会得するところまで人は行くことが出来る。

いさどんのいただきます人生ブログ「疫病神も逃げていくヒビキ」には
次のようなことが書かれている。
 
   ◇ー◇ー◇ー◇ー◇

あなたの癖は、「自分なりに」ということ。
でも、その「自分なり」を超えないと、新たな自分は生まれてこない。

人というものは、
自分なり以上のものを求められると、苦痛に思うものなんだよ。

しかし、自分なりに生きてきた結果、
たとえばそれが良いことならそのまま進めばいいのだけど、
そこに何か問題事があるとしたならば、
それは自分なりに生きてきたからなんだよ。

ということは、
その「自分なり」を変えることが、次のステージに進むことになる。

地球は、
変化・変容・変態を繰り返しているのだから、
「自分なり」なんて、
そんな固定された状態はないんだよ。

しかし、
そういったことを客観的に捉えられていないから、
自分なりに、
自分にとって心地の良い状態を常に保とうとするんだよ。

    ◇ー◇ー◇ー◇ー◇
 
「自分なり」という言葉を人はよく使う。

「自分なりにやってみます」
「自分なりに頑張ります」

日々身に起こる「自分なり」に対する答えである現象が
多くの場合、問題となって発生し、人は悩み、苦しんでいる。

いさどんが生活の中で「ミノナライ」として私たちに伝え続けているのが
この独りよがりの「自分なり」を超える術なのだ。

カタカムナでは、「ミノナライ」の結果、心の波動量が上がっていく。
それが、天の心、つまり「カムミ」を感受できるよう、
直観を鍛錬するという道なのだ。

直観を鍛錬する方法として、
木の花では日々の生活の中で、
まず自分をおいてみんなのために「ハタラク」
というケイコを積んでいる。

先に神技を会得している師匠について
いずれは自らがその域に達するのが
かつての日本の職人の世界だった。

今は、そういった師匠について
ミノナライの体験を積むのではなく
誰もがインスタントに出来るように、
均一なマニュアルに沿って仕事をするという風潮がある。

マニュアル主義は、現場で起こる様々な出来事に
臨機応変に対応できないという現象を産んでいる。
それは、直観が働いていないということだ。
そんなことが、今、いろんな現場で起こっている。

医療の現場、教育の現場、様々な生産の現場 ・・・ 等々

「自分なり」というひとりよがりや
考えずに済む「マニュアル主義」を超えるには
一人一人が真剣に天に語りかけ
真剣にその場に向かうことが始まりだと思う。

その事をやり続ければ
それは細胞に染み渡っていく。
細胞に染み渡った学びは
いつか時が満ちて、その人の個性となって花開く。
そうして、必ずその場にふさわしい答えを出せるものになる。

だから、日常の一コマ一コマを宝石のように大切に、
自分のためではなく、周りのために生きる。

いさどんが、みんなに伝えてきた大切なことが
カタカムナの学びと共に
ああ、あの時のあれがそうだったのかと、
一つ一つ甦ってくるのです。