人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART6:リョウタロウくんの卒業コンサート♪~

リョウくんリョウタくんの卒業コンサートが行われてから約4ヶ月を経て ──── 去る2月11日にリョウタロウくんの卒業コンサートが行われました。この日はなんと、14年間木の花ファミリーで自然療法プログラムを提供して以来初めての、ケア滞在者3人の卒業コンサートを同日に迎えることができたのでした。

以下、自然療法プログラムコーディネーターのようこがまとめたリョウタロウくんのケア物語と、卒業コンサートでのかっちゃん(養鶏担当でリョウタロウくんと作業をすることが多かったメンバー)・いさどんからのメッセージをご紹介します。

「リョウタロウくんのケア物語」

20歳のリョウタロウくんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは、2017年7月22日のことでした。中学生の頃から生き辛さを感じ、高校生のときには統合失調症と診断されたリョウタロウくんは、「僕には不適切な感情が湧いたり、思考伝播があるので、そういった自分の今の症状をすべてなくしたい」ということでいさどんの面談を受けました。面談の際、いさどんからは、次のように伝えられました。

「今の症状をなくすためには、現実の環境と自分の考えを統合する作業を繰り返していくことが必要です。そこで、自分から見たものが正しいとして主張すると、まったく効果は現れません。一番大切なことは、自己主張せず、こちらを信頼し、こちらの客観的なアドバイスを取り入れていくことです。そうすれば、新しい考え方が生まれてきて、その結果統合失調症の症状を改善することは可能です。

あなたについて僕が感じるのは、あなたは20歳のわりにはとてもふけているということです。それは妙な理屈っぽさが先行しているからです。20歳の今のあなたが思考回路不全症だとして、『今、この混乱した世の中で思考回路不全症だということは、人間の世界では馴染めないけれど、もっと大事なものに自分のピントを合わせることはできるぞ!』と思えるならば、あなたは次の時代を創る人にもなれるのです!この自然療法プログラムの取り組みは、治療が目的ではないのです。これは、人間を目覚めさせるための活動なのですから、壮大なプロジェクトなのですよ♪」

面談が始まった時には、上手く意思疎通が取れなかったリョウタロウくんでしたが、面談が進むにつれて、リョウタロウくんの受け答えは少しずつ秩序だったものになっていき、いさどんはそこに改善の兆しを観たのでした。そして面談の最後にリョウタロウくんは、「ありがとうございます」といさどんに伝え、いさどんはそんなリョウタロウくんに対し、「今の『ありがとうございます』は、あなたが本当に大事なものに気付き始めたから出てきた言葉ですね。あなたに取り組む気があれば力は貸しますよ」と伝え、面談は終了しました。

そして、その1週間後の7月30日、リョウタロウくんはケア滞在をスタートさせたのです。ケアスタート面談時、お父さん曰く、「ケア滞在をすると決めてから状態が良いのです」というリョウタロウくんに、いさどんからは「前回の面談の時よりもさらに会話のやり取りがスムーズになりましたね」と伝えられました。そして、1週間目の課題として、まずはここの生活に慣れることと日記を書くことが与えられました。

そうして迎えた1週間面談。1週間が経ったことを受けて、「1週間過ごしてみてどうでしたか?」といさどんから質問されると、リョウタロウくんは「自分の思考が人に伝わっている感じがあって、その思考がいびつなんです。でもそれは自分の幻聴かもしれないし、そうではないかもしれません」と答えました。それに対しいさどんは次のように伝えました。

「あなたは暇なので、現実味のない話をただ頭で回しているだけなのです。これからやるべきことは、自分にメスを入れることです。それは自分の考えに囚われていてはできません。一番良いことは、働くことです。体を動かして良い汗をかき、健全な生活を送れば、無駄なことに思考は回さなくなるのです。」

そこで、いさどんからの提案としては、ひとまず1週間過ごせたので一歩進んだことを評価し、「次の1週間は不精をなおし、規則正しい毎日を送ることを心がけていきましょう」と伝えられ、面談は終了しました。

そこから、不精をなおす一環として、伸びっぱなしだった髪の毛をカットすることが提案されると、リョウタロウくんは素直に応じ、メンバーにヘアカットしてもらいました。生まれて初めて丸刈りされたリョウタロウくんからは爽やかな空気が漂っていました。さらに、ケア滞在当初は終日スマホでゲームをするか、2ちゃんねるを見ていたリョウタロウくんでしたが、滞在12日目に初めて鶏のお世話をする作業に参加し、「楽しかったので、またぜひやらせてほしいです」と心の面でも少しずつ変化が現れてきました。

そのような中、迎えた2週間面談でいさどんに今の心境を聞かれると、「なんとなく気分が健康になってきました」と答えたリョウタロウくん。そんなリョウタロウくんに、いさどんは次のように伝えました。

「あなたの日記を見ていると、自分の思考に翻弄されているのを感じます。当初の目的として、あなたには今の症状をすべてなくしたいという思いがありますので、それがなくなっていくように取り組む意欲は常に持っているべきだと思います。トータルしてこの2週間を観てみると、今まで書いたことのなかった日記は書けていますし、会話のキャッチボールはできるようになりましたし、成果は出ています。なにより、髪型を丸刈りにしたことで印象が変わったことは大きいですね。そこで、次の1週間のテーマとして、引き続き不精をなおすこと、そして規則正しい生活を送るという意味で、作業に出たり、体を動かしながら自分の変化を観ていきましょう。そして、あなたの幻聴が事実か事実でないかわからなければ判断を保留にし、今後は妄想ではなく事実に基づいて振り返っていきましょう。」

このようにトータルして良い状態でケア滞在を過ごしているリョウタロウくんに対し、いさどんから「夜の大人会議で現在のケアの進捗状況を皆にシェアしてください」と伝えられると、最初は「何を報告していいのかわからない」と抵抗していたリョウタロウくんでしたが、実際、鶏舎での作業のことなどを報告してみると、皆に笑いの渦をもたらし、ひとしきり場を盛り上げたのでした。

そうして養鶏作業にも少しずつ慣れ、作業の待ち合わせ時間も守るように心がけるなど、規則正しい生活が身につきつつあるリョウタロウくん曰く、「昔は遅刻魔で、高校の時は学校始まって以来の遅刻回数だと言われたこともあります」とのこと。また、「作業に出ると不精をなおしやすいです。作業に出るとなると、髭もそるし、歯を磨く気にもなります。作業後に湯船につかるのも気持ちいいし、お風呂に入ることが習慣になってきました」と話していました。さらに服薬についても、リョウタロウくんは今まで飲んでいた薬をケア滞在初日から飲んでいなかったことが判明したのです!「元々薬が効きにくい体質なので、飲んでも飲まなくても変わらないのです」と話すリョウタロウくんに、いさどんが「今回、薬を飲まなくなったきっかけは何ですか?」と質問すると、リョウタロウくんは「面倒くさかったからです」と答え、それに対しいさどんは「それは良い不精ですね♪」と伝えました。

その後、3週間目・4週間目も引き続き、不精をなおし規則正しい生活を送るという課題が与えられましたが、モチベーションが上がらず一日中スマホでゲームをしていたり、なかなかスマホ依存から抜けられないリョウタロウくんがいました。

そのような状況の中、ケア32日目、リョウタロウくんは農作業に行った際、畑でスマホを落として壊してしまったのです!「この機会に2ちゃんねるやゲームをやめて作業に出なさい、ということかな」と話すリョウタロウくんに、5週間面談の際、いさどんからは「これはまさしく天の意志ですね♪ここ1週間はケアの取り組みが少し中だるみしていましたから、気持ちを入れ替え、今後は将来仕事に就くための物理的・精神的体力を身につけていきましょう」と伝えられました。

そうして迎えた6週間面談。リョウタロウくんからは「病気を治すこと、自立して生きていけるようになるのが目的ですが、思考伝播や不適切な思考についてはどう取り組んでいけばいいのかわかりません。わからないので、今、出来ることとして、不精をなくし規則正しい毎日を送ることを心がけました」という話がなされ、それに対し、いさどんは次のように伝えました。

「こちらはせかすつもりはありませんが、目的をいつも心に置いておくことが大切です。主役はあなたなのですから、こちらのサポートとあなたの意欲とがコラボレーションすることによってケアが進んでいくのです。そして、規則正しい生活を繰り返すことが手ごたえとなり、症状の改善に至るのです。加えて言えば、不精をなおし規則正しい生活を送ることは健康の元であり、これはずっと続けていくことです。健康には肉体的健康と精神的健康の2つがあり、肉体的健康が精神的健康を生み出し、精神的健康が肉体的健康を生み出すのです。肉体的健康とは、太陽と月と地球のリズムに沿った生活をすることです。精神的健康とは、考え方に無駄がなく、理に適った思考をすることです。さらに、健康には霊的健康というものもあり、それは醸し出す空気や雰囲気が健全であるということです。

先日、養蜂の手伝いに来ていたおばあちゃんが初めてあなたに出会った後、僕に『あの人は怖いね。ああいう人を預かるのだから大変だね』と話していました。それは一般の人があなたを見てパッと感じる印象です。ですから、何もせずにただそこにいるだけで、あなたはそのような印象を人に与えるということです。これが霊的な健康に関するものです。霊的な健康のためには、日々どのような生活をしているかが重要となるのですよ。」

いさどんの話を受けてリョウタロウくんは、「出来たらその人と仲良くなって、自分のどういうところがそのような印象を与えるのかを知りたいですね」とコメントし、そこでさらにいさどんからは次のように伝えられました。

「あなたは理屈で突き詰める傾向がありますが、霊的なことは日々の生活が整えば自然と改善していくものなのです。霊的なこととは、その人の一番奥にある生命エネルギー、つまり人柄の元となるもののことです。それは、いくら理屈で語っても改善されません。1日1日を規則正しく穏やかな気持ちで暮らすことで改善していくものなのです。」

そして、引き続き規則正しい生活リズムを心がけることに加えて、最近書いていなかった日記を再び書きながら、正直に自分と向き合っていくことが課題として与えられました。

そうして迎えた7週間面談。面談直前にリョウタロウくんが大声をあげて自室の壁を叩き、壁を損傷させたことから、その引き金となった思考伝播についての話をリョウタロウくんが続ける場面がありました。そんなリョウタロウくんに対し、いさどんは「最終的には、自分の納得したことだけを受け取ろうとするのではなく、あなたの持論をそろそろ捨てる時が来ています。それは、人を信頼し、人の話を受け入れていくということです。まずは、怒り出す自分を振り返ることです。どのような理由であれ、大声を出したり壁にあたる必要はなく、冷静に自分を見つめていくことによって、自分が超えられないハードルを解決していくほうが賢いことなのです。大切なことは、自分が病気であると決め付けることをやめることです。なぜならそれは、『自分には今の自分をどうすることもできない』と放棄している状態になるからです。今はケアの取り組みの中で大事な時を迎えているのですから、引き続き自分と向き合っていき、これからは成果を挙げていく段階に入っていきましょう」と伝えました。

ところが、面談の翌日、リョウタロウくんはお父さんに電話をかけ、「いさどんは自分の病気の原因を誤解している。いさどんは理屈をこねくり返す前に人の言うことを受け入れることが大切というが、自分は心にもないことを『はい』ということは出来ない。木の花ファミリーには『心を変えたら問題事は変わる』という信仰がある。それがわからない。努力してもどうにもならないことがある。心を変えても、改善はするが、解決には至らないこともある」と漏らし、急遽面談の場が持たれました。

面談ではいさどんから、以下のことがリョウタロウくんに伝えられました。

「ここで絶対勘違いしてはいけないことは、僕はあなたのことをよくわかっていて、あなたのためにサポートしています。わかっているからこそ、今のあなたの姿勢を改善するための提案をしているのです。そして、結果を出すのはあくまでもあなたであって、こちらにはサポートしかできません。ここは強制する施設ではないのですから、あなたがこちらの提案に真摯に向き合いそれを取り入れた時に、新しい考え方のあなたがいるのです。その提案を受け入れる人には常に良い成果が出ています。しかし、その提案に乗らない人は時間がかかりますし、さらにこちらに対して抵抗したり不信感を持つ人は結果を出すことは不可能なのです。ですから、もしあなたがこちらを信頼できないとしたならば、私たちがあなたを受け入れても仕方がないことになります。」

そこで、このケアの取り組みを続ける意欲があるのか、こちらを信頼する意志はあるのかを問われたリョウタロウくんは、なかなかその質問にはストレートに答えず、「やる気がある部分とやる気の出ない部分がある」「やる気がある部分と少し不信感がある」と言うなどしばらくの間、持論を展開していきましたが、最終的には「やる気はあります」と答えました。それを受けて、「無条件にこちらを信頼することが大切であること」「自分を納得させるためにこの取り組みがあるのではなく、新しい自分に出会うためにあること」が確認され、ケアの取り組みを続行することになったのです。

そうしてある意味、このケアの取り組みのヤマを越えたリョウタロウくんでしたが、「死ね」「キモイ」という声が聞こえてくること、そしてそれは幻聴ではなく現実の声であるという思いがリョウタロウくんの中では相変わらず続いていました。また、いさどん曰く、「結局、ケアの取り組みが成功するかどうかは、最終的には本人の姿勢次第です。今の状況はあなたにとっても良くないはずなのに、こちらからの改善策には応えたくないという心があなたにはあり、簡単に言うとあなたの中に自己矛盾が発生しているのです。それがこの取り組みが長引いている原因です。当初、症状が重い時に改善が観られたのは、その重い症状からあなたの中に真理を求める心が観えてきたからであり、実際に今、滑舌は良くなってきていますし、こうしたやりとりも以前より明快になってきています。ただ、そうしたことが改善してきている一方で、明快に自己主張することによって相手の提案を受け取らない状態が続き、それは自己主張が強くなったということでもあるのです。

現状、この取り組みは滞り気味ですが、そう結論付けるのは時期尚早でもあるので、様子見をしています。ここに来て、あなたの正直な人間性が出てきて、それが社会生活不適応であるならば、その人間性を改める必要があります。僕はあなたを精神障がい者として観ているのではなく、あなたの正気な部分に常に語りかけていますが、あなたにはグレーな部分もあるのです。本当の精神障がい者からすると、そのグレーな部分が日常の思考なのですが、あなたの場合はグレーな部分もグレーな部分として自分で認識できているので微妙なところなのです。こちらは常に人が健常者になるような働きかけをしています。ですから、自分を病気だと思いたい人にはここでの効果は出ないので、あなたのやる気がなければ、滞在はやめてもらいます。愛は深いですが、そこはシビアなところなのです。」

そうして滞在開始から3ヶ月が過ぎた時、いさどんから新たな提案がなされました。いさどんからはリョウタロウくんに対し、「あなたの心の状態を分析すると、まず姿勢が前向きではありません。だから問題事から逃げたくなって、その逃げるときの言い訳のために幻聴が必要な状態なのです。あなたも薄々気付いているでしょうが、あなたは病気ではありません。統合失調症ならこんなコミュニケーションは成立しません。あなたには、無いものをあると思い込む心の癖があるだけです。そこで、3ヶ月を節目として心機一転し、ケア滞在を再スタートさせましょう。まずは、一週間を好きなように過ごしてください。ただし、まったく初めての滞在ではなく、3ヶ月+′(ダッシュ)なのですから、今まで取り組んできたことを踏まえて、自分としっかり向き合ってください」と伝えられたのです。そのような提案がなされたのは、木の花ファミリーで14年前にケアの取り組みが始まって以来、初めてのことでした。

ところが、その1週間後にリョウタロウくんは「自分は幻聴を本当に聞こえるとしか思えない。いさどんの言うことを信じられない状態でここにいることは、いさどんにとっても失礼だし、僕はここにいるべきでないと思うからケアをやめたい」と言い出し、急遽面談の場が持たれました。

いさどんからは、「まわりの人には聞こえていないのに、自分には実際に聞こえているとしか思えないその状況こそが、まさに幻聴の状態です。しかし、ここで大切なことは幻聴が聞こえるかどうかではなく、人の意見を受け入れるのか、それとも自己主張を続けるのかということです。僕は説得するつもりはありませんので、今のあなたの状態ではこちらがケア滞在を拒否します」と伝えられましたが、それを聞いたお父さんからは「その状態では家に受け入れられない」とリョウタロウくんに伝えられました。さらにリョウタロウくんが「それなら病院へ行く」と言うと、お父さんは「そうであれば経済的支援はしない」と伝えられ、リョウタロウくんは「僕はお父さんの支援なしでは生きていけない。ということは、僕の居場所はここしかないということか・・・」と、帰宅を拒否されショックを受けていました。しかし、いさどんから「それならご家族に喜んで受け入れてもらえるような自分になればいいのですよ」と伝えられたリョウタロウくんは、「最初、父に『自立できるまで帰ってくるな』と言われたのはショックでしたが、今は良かったと思っています。なぜなら強制的に腹をくくることができたからです」と話していました。

その後も、「親に『卒業するまで帰ってくるな』と突き放されてから、幻聴も少しずつ消えてきました」と話すリョウタロウくん。社会復帰のためのトレーニングとして毎日を過ごすこと、良い人間関係を心がけ、規則正しい生活を送るようになることがその後の課題として与えられ、そこからさらに3ヶ月が過ぎた今日、リョウタロウくんはとうとうケアを卒業することになったのです。そんなリョウタロウくんに対し、いさどんからは「少し長い付き合いでしたが、ゴールのテープを切りましたね。しかし、ゴールを切ったら、それは次のゴールに向かってスタートを切ったということです。そして、いつかは次の目標達成といきたいものですね」と伝えられました。

ケア滞在の途中で21歳の誕生日を迎えたリョウタロウくんは、大人としての自立への道のスタートを切ったばかりです。これからリョウタロウくんがリョウタロウくんらしく健全で充実した人生を歩まれますよう、今後も木の花ファミリーの皆でサポートさせていただきます。まずは卒業おめでとうございます。

 

「卒業コンサートでのかっちゃんからのメッセージ」

おめでとうございます。リョウタロウくんとは、鶏のお世話で長いこと一緒に仕事をさせてもらいました。そのような中で思ったことは、頼んだことはきっちりやってもらえて、根気があるということです。昨年は玉ねぎの出荷がとても多くて、毎日毎日長時間その作業があったのですが、はじめ、リョウタロウくんはハサミもあまり上手に使えなかったのが、今では上手に使えるようになりましたし、最後までペースが落ちることなく、毎日毎日続けてもらってずいぶん助かりました。

鶏のお世話でも、ちょうど若鶏の産卵のしつけの時だったので、私ひとりでやっていると、座っている若鶏を見つけてしつけをしようとしても、もうそこで産んでしまうことが何度もあるのです。でも、リョウタロウくんにお願いしたら、最初の頃は失敗して若鶏に逃げられることもあったのですが、しばらくするととても上手になって、100%の成功率でしつけをしてもらって、とても助かりました。また、リョウタロウくんがつれていくと、鶏が暴れないのです!今度また、若鶏の産卵のしつけをする時期になったらお願いしますね♪ありがとうございました。卒業おめでとうございます。

 

「卒業コンサートでのいさどんからのメッセージ」

今日は、木の花ファミリーの長い歴史の中で自然療法プログラムを提供してから初めてのトリプル卒業コンサートです。一日に3人の卒業式を迎えました。それが良かったことなのかと言うと、今の日本社会にこういったプログラムを必要とする人たちがたくさんいるということの現われでもあるのですから、それは悲しいことでもあります。ここでは、通常の医療機関ではなかなか治らない人たちが滞在し、健康を取り戻していきます。一般の医療機関で精神病として診断され、顕著な症状が現れている多くの人は、投薬治療などのわかりやすい治療を受けるのですが、そういった人の中には本来薬が必要なのかどうなのか微妙な人たちもたくさんいるのです。しかし、そういった人たちにも医者は薬を処方する一方で、長い人生を不遇にしてしまっている人たちが世の中にはたくさんいます。それは本人の問題でもあるのですが、医療機関もそのような対応しかできない状態にあるのです。

「そういった状況を何とかしたい」という想いから、木の花ファミリーの自然療法プログラムは14年前に始まりました。なぜ医療現場でそのような現状があるのかと言うと、自らの人生を大切にし、自分自身を活かすということを当事者である本人が見出せないことが、一番の原因です。それは社会の成り立ちの問題でもあります。リョウタロウくんのケースにおいても、ここでのケア滞在の受け入れは通常3ヶ月までとなっているのですが、彼は結局半年間ここでケア滞在をし、今日の卒業に至りました。初めて彼に会った時には、「これは難しいケースだ」と思ったのですが、彼と話していくうちに、彼の奥に真理を探究する光のようなものを感じたのです。ほんの瞬間、それがちらっと観えた時、「彼の中にあるものを引き出してあげないといけない」と思い、彼のケア滞在がスタートしたのですが、案の定、3ヶ月での卒業は難しいものでした。そして、彼の取り組みのピークを迎えた時にも、やはり同じように彼の奥にきらっと光るものを感じ、「ここで彼を見捨ててはいけない」と思いました。3ヶ月プラス3ヶ月の6ヶ月間ということで、今までのケア滞在者の中で一番長いケア期間となりましたが、今日、無事に卒業を迎えることができました。

先程、かっちゃんがリョウタロウくんのエピソードを紹介してくれましたが、彼は鶏にはよく合うのです(みんな、笑)!そういった人が今の社会には合わなくても、次の社会には合うとしたら、彼のような人たちが今の社会に合わないからダメということではなく、そういった人々の個性が活かされる場所が必ずあるのです。それを探してあげることが優しい社会ですし、それができるために私たちはこの歩みをしているのです。そういった意味で、今回の卒業コンサートを通し、この活動の意義を強く感じさせてもらいました。ありがとうございます。

皆さん一人ひとりが目覚め、自分の力で健康に生きていっていただくことを提供している木の花ファミリーは、社会的にも重要な役割を果たしていると思いますし、これからもこうした健康な社会を創っていく活動を続けていきます。時代は今、大きく転換しようとしています。それを受けて、一人ひとりの花が今、咲き出したのです。

今日卒業された皆さん、卒業おめでとうございます。人には、一人ひとりオリジナルな個性と物語があります。自分を大切にし幸せにするのは、あなたしかできないことです。これから皆さんがあなたらしく花を咲かせていくことを心から願っています。

 


人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART5:リョウくんの卒業コンサート♪~

リョウタくんの卒業コンサートが行われた2日後の夜。今度はリョウくんの卒業コンサートが行われました。その日は台湾から20名のゲストも滞在されており、ウエルカムコンサートとリョウくんの卒業コンサートが合同で行われました。以下、自然療法プログラムコーディネーターのようこがまとめたリョウくんのケア物語と、卒業コンサートでシェアされたリョウくんのケア滞在記&いさどんからのメッセージをご紹介します。

 

「20歳のリョウくんのケア物語」
~星の流れに乗ってスイングバイ~

19歳のリョウくんがお母さんと一緒に初めて木の花ファミリーを訪れたのは、2017年7月1日のことでした。15歳のときに学校の人間関係で行き詰まったことをきっかけに高校を辞めてから体調を崩し、今後の人生について模索中のリョウくん。「精神的な疲れを和らげ、人とのつながりを感じたい」という思いから、いさどんとの面談の場がもたれました。その際、いさどんは次のように伝えました。

「あなたはまだ若いから、『僕は僕のままでいいのだ』と自己主張したい心があります。しかし、自分のやり方で生きていくと、今の延長が続くだけなのです。そこで打つ手がなくなると、人の力を借りようとする心が出てきます。昨日からケア滞在を始めた30歳のリョウタくんは、あなたととても良く似た心の性質をしているのですが、自分自身が今の状況を招いていることがわかってきたのです。19歳のあなたでも、冷静な心で自分の状態を改善していく必要があると思えば、あなたの症状は改善されます。病気は気が病むと書き、心の問題ですからね。結局、病気の種は自分の中から湧いてくるのですから、自分が病的な状態に誘導している性質を持っていることを受け入れたときに、奇跡が起きるのです。ここではいくらでも奇跡が起きます。奇跡が起きないとしたら、それは本人がそう思いたくなくて行動しないからです。行動すれば、必ず奇跡は起きます。あなたがあなた自身を治すのですからね。自分が問題の発信源だと気付けば、素直に勇気を持って自らを否定していくことが大切です。良いところはどんどん伸ばしていき、悪いところは堂々と否定していく――、結局、これは自己否定の道なのです。自分と正しく向き合うことができたら、人は変われます。学べば、すべては良いことにつながるのです。そして筋の通った正しい判断をしていけば、滞りは自ずと消えるのです。そうなれば、病気を治そうとしなくても、自ずと症状は消えていくのです。」

面談の最後にいさどんから、「あなたに現状を改善する意欲があれば、僕は惜しみなくサポートしたい気持ちはあるのですが、今のあなたからは自分流に行動したいという思いが強く感じられます。ですから、もう少し苦労して人の話を聞けるようになってからまた来たらいいですね。しかし、本来は自分を否定してでも、自分にとって大切な話は聞かないといけないのです。ひとつだけ言えることは、僕のほうがあなたのことをよく理解しています。ですから、ここの取り組みに懸ければ、奇跡は起きます。本来、それは当たり前のことなのですよ」と伝えられましたが、リョウくんは「今は人の話は聞けないですね」と答え、面談は終わりました。

ところが翌日になり、リョウくんは2泊で帰る予定を変更し、このままケア滞在をすることを決めたのです。「最初はいさどんのことを怖い人と思ったけれど、何でも見通されているので腹をくくってやる!」と言うリョウくんに対し、いさどんは以下のように伝えました。

「あなたは9月に20歳を迎えます。あなたは今、ちょうど良い節目を迎えています。ですから、このまま帰るよりも、せっかくの流れだからチャレンジしてみようと思ったのは、あなたの決断でもありますが、星の流れに乗るということでもあるのですよ。

あなたはもうじき20歳になるところであり、昨日からケア滞在を始めたリョウタくんは30歳です。30年というのは土星の周期です。太陽系の中でもっともエネルギーの強い星は土星と木星であり、土星は30年で太陽のまわりを1周し、木星は12年で太陽のまわりを1周します。そして、土星の30年の周期が2周しても、木星の12年の周期が5周しても60年になるのです。12×5、30×2のどちらも60になりますから、あなたが生まれたときの土星と木星の位置は60年後にまた同じ位置に戻るのです。面白いことに、木星と土星は約10年ごとに結び(惑星同士が太陽の片側で同一線上にあること)と開き(惑星同士が太陽をはさんで同一線上に並び対話すること)の関係を繰り返していきます。そうして下向きの三角形と上向きの三角形をつくり、60年で六芒星を完成させるのです。生まれてきたことが人生最大の節目で、その間に10年ごとの節目があるとしたならば、20歳のときにこういったことに取り組むということは、星周りからしたらとても良いタイミングなのです。

さらに言えば、あなたが20歳のタイミングで取り組まなければ、次の取り組みのタイミングは10年先になるということでもあるのですよ。それで自分流にあと10年生き、こりごりすれば、リョウタくんのように30歳のときにここにやってくることでしょう。彼は年を重ねた分だけ人格を改善することが難しくなっていますから、あなたは今、この取り組みを始めて良かったですね。」

そうして、まずは日記を書きながら自分を見つめていくことが課題として与えられ、1週間毎にいさどんとの面談の場が設けられました。滞在当初、いさどんは、「リョウくんはめげてしまって、この取り組みを途中で終了させてしまうのではないか」と思いながらリョウくんの様子を観ていましたが、「大勢の人たちの中にいるのが怖い」と言っていたリョウくんがここでの生活に少しずつ慣れていき、まずは1週間過ごすことができました。

2週目のテーマとしては、健康的に生きるための大原則として、自然と共に生きる規則正しい生活リズムを心がけていくことが与えられ、早速リョウくんは日中、農作業に参加することにチャレンジしてみました。規則正しい生活リズムが徐々に身についてきた4週目には、将来安定して自立するために、人に頼りにされるような存在になることが課題となりました。毎回的確な課題を与えてくれるいさどんに対し、リョウくんは「いさどんは今の僕にとって常に必要なことを伝えてくれています!」と嬉しそうに話していました。

そうしてケア滞在の開始から1ヶ月が経過した頃、感情の起伏が激しく不安定だった心が少しずつ前向きになっていき、自らの性質を理解し始めていったリョウくん。そこでいさどんからは、今後の生き方について考えていくことが次のテーマとして与えられました。「今現在、将来の目標はありますか?」と質問されたリョウくんは、「自分は不登校の経験をしたので、不登校の人をサポートしたい気持ちはあります」と答えましたが、それに対しいさどんは次のように伝えました。

「自分が不登校だったから不登校の人を支援したいというのは、本当に不登校の人を支援したい心なのか、それとも過去の自分に対して癒してあげたい心なのかというと、後者の場合が結構あるのです。なぜならそれは、過去に自分が辛かったからその心を埋めたいということが動機だからです。そして、そのような心は、自分をたくましく鍛えることによって消えるものです。それに今、不登校を支援するような立場の人を求めている場所はほとんどありません。ですから、もう少し現実的なことを考えたいですね。」

そうして日中は農作業に出て、人にあてにされるような動きができるように取り組もうとしながらも、自分の心と向き合うことにはなかなか取り組めなかったリョウくん。また、ここでのケア滞在を終了したら、あるNPO法人が運営している学校に行きたいという思いが湧いてきたりと興味があちこちに移り、ここでの取り組みに専念できないリョウくんがいました。

そんなリョウくんに対して6週間面談の冒頭ではいさどんから、「やる気がないのならやめてもいいですよ」と厳しく伝えられる場面がありました。この面談では、このプログラムは改善する意欲のある人に対して健康に生きていってもらうためのサポートを提供するものであること、リョウくんは今の状況に甘えて自分と向き合うことから逃げていること、向き合わないから生き辛い毎日を自ら創っていることが伝えられました。面談の中でいさどんからは、「この取り組みで最も重要なのは本人の改善する意欲です。あなた自身の価値を上げるためには今の姿勢を変えることが大切なのです」と繰り返し伝えられ、面談の最後にはリョウくんにやる気があることが確認されました。しかし、そこに至るまでにはリョウくんが自分の不甲斐なさに対して悔しがり、大きくため息をついたり、拳で自分を叩きながら涙を流す場面もありました。面談後、リョウくんは「いさどんに僕の甘えをビシッと指摘されて、ホッとした」ともらしていました。

その後のリョウくんの日記には、「作業に出ながら自分の心と向き合うことが少しできた」と書いてあったり、これまでの面談音源を聞きなおしながら、自分の心と向き合おうとする意欲が少しずつ観られるようになりました。

しかし、ケア滞在2ヶ月が過ぎた頃には、「不登校の集まりに参加したい」という思いがリョウくんの中に湧き、目の前の課題に集中できなかったり、この取り組みにおける足踏み状態が続いていたため、いさどんからは「同じ課題も続いているのでそろそろ次の段階へ行きたいですね。9月9日はあなたの20歳の誕生日です。それをひとつのケジメとし、リニューアルしてスタートしましょう」と伝えられました。

その後も、「自分を観るということがわからない。面談でいさどんの言っていることが理解できない。日記も何を書いていいかわからない」と途方にくれるリョウくんの姿があり、2ヶ月2週間面談の際には「もうケアはやめます」と発言することもありました。

そうした紆余曲折を経ながらも、「木造建築に関わりたい」という思いから、木の花の建築チームで作業体験をすることになったことをきっかけに、リョウくんの中で自らの特性を活かしたものに出会えたという感覚が芽生えてきたのです。そして、建築現場でまわりからアドバイスをもらいながら、一生懸命作業に参加しているリョウくんの姿が見られるようになり、安定した一日を過ごせるようになってきた時に――、ケア滞在3ヶ月をもって卒業することとなったのでした。

最終面談でいさどんからは、「引き続き、精神的・肉体的体力をつけていくことが大切ですね。あとは、自分自身が新たな領域に行くことの面白さに目覚めるといいのです」と伝えられ、卒業を迎えることとなりました。

新たな領域に行くことの面白さに目覚めるためには、まわりにいる皆の力を借りて、そして3ヶ月という取り組みの節目を迎えて、新たな自分に向かってスイングバイするということです。

「スイングバイ」とは、天体の重力を利用して宇宙探査機の軌道を変更する方法であり、さらに天体の公転運動を利用することで、宇宙探査機を加速させることもできるのです。20歳という人生の大いなる節目に人生の新たなスタート地点に立ったリョウくん。自分自身の囚われから飛び出し、広い世界へと自由に羽ばたいていくリョウくんのことを、これからも皆で応援しています!

 

「リョウくんのケア滞在記」

皆さん、今日は僕のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。3ヶ月のケアの卒業ということで、今からケアを振り返っていきます。

木の花に来る前は、人生に対して漠然と悲観していて、迷い苦しい時間を過ごしていて、生きている意識も薄らいでいる状況だった。何とか現状をどうにかするために自然の中で立て直すところを母に見つけてもらい、木の花という場所にやってきた。ケアを始める決断をする前の日にいさどんと面談をした。する前からある程度ズバズバ言われることは覚悟していたが、それ以上だった。その夜は、その面談の衝撃が強烈でふとんの上で震えて、言われたことを受け入れることへの葛藤が自分の中にあって、かなり気持ちが揺れていた。ケアを始めた時は、帰ってもどうにもならないからやるしかないという気持ちと、この木の花の新しい環境に対して恐怖と不安だらけで体もふらふらして顔も気持ちもうつむいているような状態で始まった。

ケアの初めの頃は、食堂でご飯を食べるのもすごく緊張して、人が大勢いる所に行くのが怖かった。感情の起伏が激しくて、ホールで寝そべってすごく泣いたり、たまに笑ったりを20、30分繰り返し、それがおさまるまでいたこともあった。

そして、面談を毎週受け、日記も毎日書いていた。最初は、いさどんを恐く思っていたが、面談を重ねるごとにやさしく丁寧に愛と思いやりを持って接してくれているのを感じていった。しかも、面談の内容も僕のことを正確に次々と言い当てていて、ここまで正確に見抜けることに驚き、こんな人はほとんどいないだろうなと思った。

しかし、8月のある日に体調不良になってから行動するのが億劫になって、4日近くも休んだことがあった。その時は休みすぎて行動よりも思考が先行して、やる前に判断していて、その週の面談で「やる気がないならやめてもいいよ」と言われ、喝を入れられたことはけっこうインパクトがあって、何十日かその時のショックが残っていた。意識がたたき起こされるような感じで面談中に泣いてしまい、自分は何のために生きているんだという言葉が思わず出てきた。僕の名前の「リョウ」はねじれている性質があるが、それの生かし方があることも分かった。

その面談の次の日は死んだ魚の目をしていたが、自分と向き合うことを涙目になりながらも少しずつしていった。その週は起きる時間も8時半だったのが、5時、6時になっていって、夜は疲れてすぐ寝れるし、良い生活リズムになっていった。死んだ魚の目をした日から何日かは深刻でしんどい気持ちがほとんどだったが、リョウ・リョウ・リョウ面談が面白く、笑って気持ちよく過ごしたことで、張り詰めていた気持ちが和らいだ。

それから、9月の初めにサポーターのしゅうくんが僕の様子や状況を見て、「今のままでいいの?」と投げかけてくれて、それで我に返った。

それから面談では、心のうそつきがあるってことをいさどんに指摘された。それで次の日に日記にできるだけ正直を意識して書いていて、ネガティブな自分が出てきて情けなくて泣いていた時、けいちゃんが部屋にやってきて、僕が「自分と深いところで向き合えていない」と言うと、「そうか。でも、日記も書いているし、面談の音源も聞いているじゃん。だから大丈夫だよ!」」と励ましてもらって、背中をビシッビシッとたたいて励ましてもらい、「お兄ちゃん、ビシッとやるのに逃げなくなったね」と言ってもらったり、けいちゃんの温かさに助けられた。

9月9日の僕の誕生日の時は、僕の為に料理を作ってもらってみんなで僕を祝ってくれたことにとても感動した。こんなに大勢の人に心を込めて祝ってもらうことが少なかったので、嬉し泣きをした。僕はそこで、正直に生きていくことを話した。

その後の面談では、僕の意識がケア中にもかかわらず、山に登ろうなんてそこから逸れているような姿勢ならやめたほうがいいよと言われて、一度は続けていくことを話したが、その後も今はケアでどこかに行く時期ではないのに、まだ山に登りたいと言っている自分にがっかりして、手間も迷惑もかけるから一回は「やめます」と言った。今思えば、手間も迷惑もかけているならなおさら立ち直らないと無駄になって、そっちのほうが大迷惑だと思う。その後、だいたい30、40分、母と話して、よく考えたらやめても先がない話にもかかわらず、やめることの理由を探したりしている情けない自分がいた。そして、母からの「帰っても部屋はないから」という一言と、本当にこのまま帰っても仕方がないし、2ヶ月間やってきたことが無駄になるし、実際やる気はあるのにへそを曲げて一時的な感情で挫折することはしたらいかん、と思い直して、やめる発言を撤回した。

ケアの目安の3ヶ月まで残り3週間だったのもあって、僕は卒業するにしても出来ないにしても、悔いの残らないようにやれるだけやろうという気持ちで日々を過ごした。体はしんどかったけど、毎日作業に出ていると徐々に自信になっている感覚があった。そして、今のままでは全然ダメだという意識も芽生えてきて、どうにかしようともがいていた。そして雨の日に落花生収穫に行くこともあった。

そして9月18日の朝、富士山に龍の形の雲がかかっているのが見えた。その日に転機が訪れた。面談の中で将来をどうするかを話していた時に、僕は木造建築に関わりたいと話した。そうしたらいさどんは粋なことに、ケアの僕を建築チームに混ぜてくれて、経験の場を与えてくれた。

その後は、建築チームとして仕事を割り振ってくれたことをありがたく思って取り組んでいる。最初の一週間はピリピリしてけっこう緊張もしていたが、二週間経った今は張り詰めるような緊張はなく、日々の経験を通して色々なことを学ばせてもらっている。建築チームではやりがいがあるし、貴重な時間を送れている。意識も心も前向きになってきている。長期滞在になってもこの調子でいきたいと思います。

最後に、サポーターのしゅうくんは、熱心に僕の事を見てくれていて、時には話を冷静に聞いてくれて、僕が自分の都合優先になっていた時には不調和になっていると教えてくれたこと、3ヶ月間ずっと見守り続けて真剣に僕のことを思ってくれていたことに感謝します。

そして、いさどんには聞き分けが悪くて、とても手こずらせたが、それでもいさどんが僕のためを思って熱心に丁寧に大事なことを伝え続けてくれたこと、建築チームにも入れてくれたこと、そして力強く応援してくれたこと、ありとあらゆることに感謝しています。

あとは、畑隊やメンバーの協力や配慮や日々の出会いのおかげで、卒業の2文字があると思っています。みなさん、愛や思いやりを持って接してくれて本当にありがとうございます。僕はこれからもケアでの経験を生かして建築チームで日々学んで、大人になっていきます。今日をもってケアを卒業します。改めて、今日のような場をいただき、ありがとうございました。

 

「いさどんからのメッセージ」

台湾からお越しの皆さん、今日は皆さんへのウエルカムコンサートでもあるのですが、今日のリョウくんのケアの卒業というのも木の花ファミリーの生活の一部です。ですから、ぜひ、皆さんもこの卒業の場を楽しんでください。

まず、少しだけ木の花ファミリーのあり方についてお話ししたいと思います。私たちは命として今、この地球上に生きています。地球上にはたくさんの命があります。その中で極めて能力が高く、大きな影響力を持つのが、私たち人間です。そして、すべての命がつながり合い互いを生かし合う仕組みの中に、私たち人間も生きているのです。

人間たちはとても豊かな社会を築き、不自由なことは便利にするため、高度なテクノロジーを発展させてきました。そうした中で人間は、自らの高い能力を自分のために使ってきました。自然界では、自然を無視し人間にとって都合の良い世界を展開させてきました。世界の国々の中ではよその国より自国を優先し、地域の中では他人より自分の家族を優先し、そして最終的には自分のために生きるのが人間の特徴なのです。

人間がまだ、これほど文明を発達させていなかった時には、自然から命をいただいて生きていました。実際に今現在、私たちが生きる上で最も大切な太陽の光、大地、水、空気、風といったものはすべていただいて生きています。そういった私たちが生きる上で大切なものに、私たちは一度もお金を払ったことがありませんね(みんな、笑)。そのような中、人間たちはたくさんのものをいただいて生かされていることを忘れてしまったのです。

台湾でも同じだと思うのですが、今、日本では若い人たちが働く意欲を失っています。引きこもっていたり、うつ病になったり、中には自殺する人もいます。そこで僕は、「これから国を支えていく若い人たちがそのような状態でいるのはなぜだろう?」と考えるのです。人間は生き物ですから、本能的に自分に合わないことは嫌だと思うようになっています。現代社会の中で長い間競争し、心がボロボロになっていった時、次世代の人たちは「もうこんなことは嫌だ!」と思うようになったのでしょう。ですから、若い世代の人たちの多くが社会に出たくないと思い、今の社会の価値観を否定するようになったのです。

人には誰でも、その人らしく生き生きと生きる生き方があります。そして、この木の花ファミリーにはどちらかというと、社会に行き詰まった人たちがたくさん訪れます。そのような人たちが「自分が生き生きと、皆のために役に立てる生き方は何だろう?」ということを考えるようになりました。競争して自分に近い者だけを優先し、自分だけが良い思いをするという生き方ではなく、皆で仲良く豊かに生きることができるのだという見本を創り始めたのです。そして、お金に頼らなくても、これほど愛ある世界を表現できるようになったのです。

今まで、世界中でこのような取り組みにたくさんの挑戦がなされてきましたが、一人ひとりのエゴがどうしても邪魔をして、それが持続するのは難しいことでした。これからは、競争し打ち勝って他者の犠牲の上に豊かになるのではなく、自然のようにつながって皆が豊かに生きる社会を創っていきましょう。それが、これからの社会の姿なのです。

一昨日、リョウタくんがケアプログラムを卒業しました。今日は、リョウくんがこのプログラムを卒業します。彼らは競争社会の中で頑張って勝ち抜こうと思いながら生きてきました。しかし、それをすると自分も傷つくのです。そうした中で彼らは木の花ファミリーと出会い、皆と力を合わせて豊かに生きる道を見つけました。今までの社会では彼らは行き詰まりを迎えたかもしれませんが、新しい時代を切り開くという意味では、彼らはこれから世の中をリードする人たちなのです。

自然は私たちに命を与えてくれ、そして豊かな人生を学ばせてくれます。それが私たちの価値となり、人生を終わっていくことができます。自然を犠牲にして人間だけが創る社会は、もはや終焉を迎える時代が来ています。

ここにおいでになるゲストの人たちは、なかなかこのような場に出会うことはできませんが、今日、皆さんはこの場に出会うことができました。皆さんはとてもラッキーだと思うのですが、いかがですか(皆、大拍手)?

木の花ファミリーに集う人々は、自分たちが豊かに暮らそうと思って生きているわけではありません。私たちがこの広大な宇宙の中で奇跡のような地球に生命として肉体を持って生まれてきたことの意味を学ぶために、生きているのです。そして、たくさんの経験をしながら、人としての尊い生き方を極めているのです。それぞれが住む国を素晴らしい国にし、素晴らしい地球にし、そして私たちはそのような価値あるものをこの世界にもたらすことのできる者なのです。これから世界中のいろいろなところで、人々はこのような生き方をするようになるでしょう。

今日は台湾の皆さんと出会いました。そしてリョウくんがケアプログラムを卒業しました。皆さん、ぜひ、私たちと共に良い世の中、良い地球創りをしていきましょう。

 

 


人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART4:リョウタくんの卒業コンサート♪~

リョウタくんがケア滞在を始めてからちょうど3ヶ月が過ぎた日の夜。リョウタくんの卒業コンサートが行われました。まず、「太陽の導き」という歌がリョウタくんにプレゼントされ、その後、リョウタくんから以下のケア滞在記が発表されました。その後、「人類史上初のリョウの集いにようこそ!」のPART1からPART3が読み上げられる大シェア大会があった後、最後にいさどんからリョウタくんへメッセージが贈られました。なお、通常、卒業コンサートは1時間前後で終了するのですが、今回は2時間半に渡る長丁場となりました。

 

大切なことに気付かない僕がいて
~リョウタくんのケア滞在記~

白髪が目立ち始めた今日この頃、僕は木の花でのケアプログラムを卒業します。

さて突然ですが、デコレーションケーキの美味しさを決めるポイントは何だと思いますか? それはクリームではなく、スポンジ部分にあると僕は思います。自分をケーキに例えると、僕は今までデコレーションやクリーム部分の見た目だけを整えて、芯であるスポンジケーキ部分には全く手を付けずに生きてきました。だから見た目に誤魔化されてケーキを食べる人はいても、一口食べたら「なんじゃこりゃあ!」と不味くて吐き出す人続出です(笑)。それが僕の30年間の人生だったのです。
それに気付かず、ケーキが売れなくて悩んだ店主は、思い切って不味いケーキを美味しいケーキを販売する店に持って行き、弟子入りを志願しました。その店の頑固店主は、一口ケーキを食べるなり、「スポンジケーキが悪いのだ」とすぐに問題点を指摘してくれました。それから毎日頑固店主の厳しい指導に時には反発しながらも、スポンジケーキに正しい美味しさ(価値)を積み重ねていったのです…。

話は戻り、卒業にあたって、昨日ここに来た当初の日記を読み返していたら、ある面白いことに気付きました。それは、自分が書いた日記に、今はある程度的確に問題点や解決策を見出だせるということです。いさどん的視点が知らず知らずの内に僕の中に芽吹いていたのです。
秋分の日にホールが仮完成した時、僕は約2ヶ月前の自分を振り返り、「変わったところより変わらなかったところが多いな」と落ち込んでいました。実際、未だに体の調子は悪いし、人を恐れ、評価を気にして縮こまっている自分がそこにいたからです。でも、ケアを始めた当初の自分をこうして眺めてみると、確実に変わっている今の自分が炙り出し絵のように浮き上がってきたので驚きました。それは孫悟空が亀仙人のじっちゃんの家での修行が終わり、背負っていた重い甲羅を外してみて、初めて空に届くほど高く飛べることに気付いた時の喜びと同じような感覚かもしれません。その時、ああ、辛いことも多かったけど、頑張った分着実に身に付けてきた力もあったんだなと嬉しくなりました。

そう、辛いこと…ケアで印象に残っていることを振り返ると、一番にケア3日目にみことケンカをしたことが浮かんできます(笑) 「失礼な子供に腹が立つ」と僕が日記に書くと(まだ他人のせいにする癖が色濃く出ています)、いさどんは「あなたが子供と同じレベルだからです」と指摘してくれました。その指摘にさらに腹が煮え繰り返りましたが、なるほどなと納得する気持ちもあったので、翌日からは指摘されたことを意識して子供と接するようになりました。お陰で現在はゆうゆに冷めた目で「キモい」と言われても、ゆりかちゃんにバカにする顔で笑われても、れいじろうにふざけて突然カンチョーをされても、聖母マリアのような大きな愛で微笑ましく子供達を包み込めるようになりました(笑) ちなみに、今はみこのことも当然可愛いと思っています。

次に思い出すのは、二日連続で養蜂に付いて行った後にいさどん不信に陥り、木の花メンバー全員が恐いと湧泉閣で号泣しながら訴えた場面です。いさどんが恐くて、良心的に観えたようこちゃんにいさどんの指摘に対する見解を求めに行ったら(本心では慰めてもらおうという甘い考えを持っていました)、「私のところに個別に来るケアの人は初めてだよ。なんでいさどんの所に直接訊きに行かないの? 亮太くんの癖が出てるよ。今からいさどんと話す? どうする?」と、笑顔なのにいさどん以上の凄まじい圧を掛けながら究極の質問をして来たので、今度はようこちゃんから逃げたくて早くも少し泣きそうになりながら「…いさどんと話します」と答えま、…るしかなかったです(笑) 今考えると、ここでいさどんからもようこちゃんからも逃げる選択をしていたら、挫折の道へ一直線だったような気がするので、非常に大事なポイントだったと思っています。
湧泉閣でとうとう耐え切れず、いさどんに泣きながら「ちなっぴーが恐い」と訴えたら、その場にいたしゅう君達メンバーに爆笑されたことを良く覚えています。それまで何度もいさどんには僕だけが歪んだ色眼鏡で世界を観ていると言われて来ましたが、皆の一糸乱れぬ笑い声を聞いた時に初めてリアルにその意味を自分の中に落とすことが出来たのです。ちなみに、僕はメンバー1温厚そうなかっちゃんにさえ恐怖を感じていた程、歪んだ物事の捉え方をしていました。そんな僕に的確な指摘をしてくれるいさどんはとても優しく感じ、本当に恐いのはようこちゃんの方だと認識を同時に改めることにも成功しました(笑)

他にも、ホールの工事で木の花庵で食事をするようになったら、ひとみちゃんやヒロッチなど僕が恐いと苦手にしていたメンバーが物の見事に集まり、神様の粋な采配に嫌々感謝したことや、ストレスが溜まってコンビニで買った菓子パンを内緒で貪り食べたこと、料理を作れないフラストレーションを爆発させてガーリックライスを夢中で作った後に体調を崩して寝込んでしまったこと、そしておじいちゃんの葬式と四十九日という口実を利用して2回実家に逃亡したこと(当然いさどんには見抜かれていましたが)など、良い思い出はあまりありませんが、問題だらけだった分学ぶことが多かった3ヶ月だったと思います。
特に大きく変わったなと思うのは、①問題を他人のせいにしなくなったこと②常に自己チェックする癖が付いたこと③天の流れを感じ、それに委ねられるようになったことの3点です。これらが出来るようになったのは、いさどんとの面談や日記のやり取りを通して、「自分」というものを3ヶ月前よりしっかり、深く理解出来るようになったからに他なりません。70%でケアは卒業ですから、残りの30%の部分で人の評価を気にしない価値ある自分をつくっていきます。
今後は、長期滞在者として継続して心を磨いていくつもりです。体がいつ治るのかはわからないし、やりたい仕事も特にありません。後は天の流れ、神様の采配に任せます。パン屋をやりたいなんて、もう死んでも言わないので安心して下さいね(笑)

…さて、3ヶ月の修行を終えた不味いケーキ屋の店主は自分の店に戻り、早速頑固店主に言われた方法でケーキを作ってみました。すると、以前は一口食べただけでケーキを吐き出してしまったお客さんが、今は目の前で「美味しい美味しい」と顔を綻ばせて新しいデコレーションケーキを食べているではありませんか。3ヶ月前と見た目は何も変わらないのに、外からは見えない大事なポイントが変わったのです。嬉しそうにケーキを口に運ぶお客さんを見て、ケーキ屋の店主は上辺ではなく、土台にしっかりとした価値を積むことの大切さに気付くことが出来たのです。お店のケーキの美味しさはまたたく間に口コミで広がり、今では町一番の行列が出来る有名店になっています。
これは自分でつくった喩え話ですが、木の花で僕が学んだ教訓でもあります。しっかりと心の中に正しい価値を作り上げていくことで、僕と接した人が「美味しいね!(気持ちいいね!)」と言ってくれるような人柄になっていくんだということを、まだ修行中の身ですが実感しています。

最後に、毎朝返ってくる日記を読むのが恐かったけど、飴と鞭をうまく使い分けながら無償の愛で僕を再生へと導いてくれたいさどん、本当にありがとうございました。いさどんの指摘を素直に受け取れず、対立関係になったり不信感を持ってしまったりと、とても面倒な人間である僕を最後まで見捨てず、信じて今日という卒業の日を迎えさせてくれた大きな器には感謝の気持ちしかありません。30年間生きてきて、僕のことを「性格が悪い」と言ってくれたのはあなただけです。これからももっと沢山のことを学ばせてもらい、いさどんのような器も宇宙観も、そして恰幅も大きな人間になります(笑) 明日からまたいさどんのお世話になりますが、引き続きご指導宜しくお願いします。
他にも、毎回面談の会話を録音して迅速に届けてくれたようこちゃん、時には厳しいことを言いながらいつも一番傍で僕の状態を気にかけて見守ってくれたサポーターのりょうちん、食事の際や作業中に僕の体調を気に掛けてくれたり、アドバイスをくれたりと、温かく接してくれたメンバーの皆さん、そして良い刺激と客観的視点を持たせてくれたりょうりょうコンビに、心から感謝の気持ちを伝えたいです。ありがとうございました。さらにもう一人、僕を木の花ファミリーに出逢わせてくれる大きなきっかけとなった元彼女に、謝罪と感謝を込めて。

 

いさどんからリョウタくんへのメッセージ

今までケア卒業生に対してたくさんの卒業コンサートをここで行ってきましたが、これほど時間をかけたコンサートはありません(みんな、笑)。しかし、今回シェアされた文章にちりばめられている重要性を感じたら、やはりここに人は惹きつけられるものだと感じざるを得ません。私たちがこのような生活をしているという意味では、その精神をいただいた者としてそれを存分に発揮し、世の中の人々に浸透させていくことが大切です。自らの悟りが他者の悟りとなり、それが集う者全体の悟りとなり、そして世の中の悟りとなり、優れた時代を創っていくことが大切なのです。

今日はリョウタくんの卒業です。これは「卒業コンサート」だったはずですが、結局1曲しか歌われず、大シェア大会となりましたね(みんな、笑)。僕は、リョウタくんがこの場を私たちに与えてくれたという解釈もしています。それをさらにひも解いていくと、これはリョウタくんひとりが与えてくれたというよりも、リョウ・リョウ・リョウという3人の人間模様をひも解くことにより、この場があるとも解釈できるのです。さらに、その縁を紡いだ天の意志がこの場をもたらしたのです。その現象が今、ここ木の花で起きているのです。

そのように考えると、私たちは何のためにこの生き方をしているのでしょうか。どのような目的でこの生き方が設立されたのでしょうか。そして、今後も継続されていくのでしょうか。

崩してはいけないものは頑なに崩さず、捨てるべきものは柔軟にどんどん捨てていき、変化・変容・変態を繰り返しながら歩んでいく――、ここはその見本の場だと思うのです。

今日はリョウタくんというひとりの人の卒業を祝う場でしたが、今ここに集う皆が「天からこの場をいただいた」という共通認識を持つことが大切です。

なぜこのような生き方が重要なのかといえば、今の社会を観ればそれは一目瞭然です。今、世界中が様々な問題で大混乱を迎えています。そういった中、人間たちは一体これから何をしていこうとしているのでしょうか。どのように突破口を開いていこうとしているのでしょうか。

その突破口のひとつとして、ケア滞在を申し込んでここに訪れた人たちが健全になっていくプロセスから新たな世の中が始まるヒントがあると思うのです。彼らがそのままの病的な状態でいて改善しなければ、先が観えず、同じ現象が続いていくだけです。そして、それと同じような混乱が世界中で起きているのです。ですから、単純にひとりの人の人生が行き詰まり、それを改善するためのプログラムを私たちは提供しているのではなく、ひとりの人生の行き詰まりが時代の変遷を解き明かすことにもなり、そして新しい世界を切り開いていくことにもつながるのですから、これはたいへん重要な取り組みなのです。

リョウタくんのように自分のことしか考えていなかったとても優秀な人が、自分自身の有効な活かし方をひとたび知ると、自らの個性を活かせるようになるのです。これだけの経験をして、その価値が活かせるとしたならば、物理的にこれからどのような人生を歩むかは別にして、魂としては良い人生を生きることでしょう。魂が優れて美しい状態で生きるならば、その人は確実に良い人生を生きるのです。そうなると、自分の人生の行く末を心配しなくてもよくなるのです。なぜなら、天が法則のもとに、ふさわしい者にふさわしく補ってくれるようになるからです。

今日のリョウタくんの滞在記を聞いていたら、表現は違っていても、リョウタくんの言っていることは僕の言っていることと同じでした。なぜなら、この世界は共通した仕組みのもとにひとつだからです。私たちはひとつのものによって生かされています。ですから、気付けば皆、同じところにたどり着くのです。そして、役割としてバラバラに分かれた者たちが、調和という美しいハーモニーを共に表現していく道を与えられているのです。

リョウタくんは、さすがに文才がありますね。この滞在記はとても面白い!そこで、悟りに至る過程の中で人がたいへん滑稽なことをし、見当違いに苦しむけれど、その苦しみの奥に悟りへの道があることをユニークかつ滑稽に綴れば、新しい時代の読み物としてはウケるのではないかと思いました。ぜひ、これからはその能力を活かしてもらいたいですね。それは、過去のあなたと同じように今苦しんでいる人たちを救うという小さなスケールの話ではありません。それが、行き詰まった世の中に新たな方向性を示すことになるのです。

「人生を豊かに生きるとはどういうことなのか。」

私たちには、新たな時代の価値観を世の中に見本として示していく役割があります。そして、それを世の中に示す時がもう来ているのです。そうした時代の流れを感じ、自分たちの役割を果たしていけば、どんなに厳しい時代でも希望ある世界になるのです。事実、これほど世の中が行き詰まっている中で、リョウタくんはたった3ヶ月でこの境地に至ったのです。

リョウタくん、卒業おめでとうございます。そしてありがとうございます。あなたがここに来たおかげで、このような場をもたらしてくれました。あなたがここまでのことを自分で気付き表明できたからこそ、この場があるのです。あなたがこれを価値としてこれからも維持し続けることが、あなたの人生にとって重要なことです。そのためには毎日を、一瞬一瞬を大切に生きていってください。

 

リョウタくん、卒業おめでとう!!

 


人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART3:リョウタくんの目覚め~

「リョウ・リョウ・リョウ」の集いから約1ヶ月が過ぎたある日のこと。リョウタくんの日記には、リョウタロウくんの姿を通して自分自身を振り返ったことや、リョウくんに対して今まで自分がしてこなかったことにチャレンジしてみたことが書かれていました。いさどんからは「この日記を大人会議で皆にもシェアしてください」とコメントされていました。


《9月15日の日記》
昨夜のようこちゃんの心のシェアはとても参考になった。しょうもない自分を捨てた先に、ようこちゃんの笑顔や幸せ、そして大切な役割があると知り、今まで口で伝えられて心に落ちていなかったことが、実態としてストンと体の中に入ってきた。心が軽くなったし、少し開いた。

いさどんのコメント:
少しですか。

腹をくくろうと思った。

いさどんのコメント:
そうではなくて、自然に任せることです。

ようこちゃんの地球暦には水星にスイッチが入っていないから、いさどんとパートナーシップを組むことでその部分を補っていくということだったが、自分の地球暦で言ったら、スイッチが入っていない天王星・海王星・冥王星はいさどんの力を信じて埋めていこう。良いきっかけになった。二人共ありがとう。

いさどんのコメント:
心地の良い響きを感じました。あなたの心の状態が皆の気持ちを明るくします。

昼食をリョウタロウくんと食べていたら、彼がカトケンともめた話を聞いた。「病気になってからひねくれた」というリョウタロウくんの考えと、「そういう性格だから病気になったんだ」というカトケンの意見が対立し、リョウタロウくんがムカッと感情的になって言い返してしまったらしい。

それを聞いて、まるで自分のようだなと思った。

いさどんのコメント:
今まではそうでしたね。

自分のことだと感情的になるが、客観的な眼で冷静に問題を観ていると、真実はどうであれ(でも僕もカトケンの考えに同感だったが)、

いさどんのコメント:
なるほど。視点が変わりましたね。

カトケンは別にリョウタロウくんを怒らせるために言ったのではなく、むしろその逆で、彼の改善のために助言したことがわかる。

いさどんのコメント:
その受け取り方はポジティブです。

また、「自分を守るために言い返した」というリョウタロウくんが、全然自分を守れていないことにも気付いた。

いさどんのコメント:
ポイントです。

本当に自分を守るなら、しょうもない浅い理解を相手に求めるのではなく、「自立」という木の花での目標を達成するためにはどうしたら良いかよく考え、大きな視点で人の意見を自分のプラスに変えていかなければならない。

いさどんのコメント:
そうです。

リョウタロウくんを見ていたら、なんだか滑稽だし、可哀想に思えた。「何のためにここに来たの?」と思わず彼に訊いてしまったが、上記の考えもすべて含めて自分に言い聞かせていた。これまでの自分を変えたくて木の花に来たはずなのに、まだ外の世界で生きてきた時と同じことをしている。同じ考えを頑なにするくらいなら、ここにいる意味はないから、お金も無駄だし出て行ったほうがいい。

いさどんのコメント:
まったくその通りです。

神様は僕に客観的な目線を持たせるために、昼食時リョウタロウくんの前の席を空けてくれたのだと思った。

いさどんのコメント:
その受け取りは深いですね。

他人と話すとよく肩が凝る。自分では緊張していないし、良く思われようとはしていないつもりなのに、現象は無理をしていて自然ではないことを教えてくれている。体に染み込んだ自動反射だから捉えるのは難しいが、その都度自分の心の状態をチェックしていかなければならない。

いさどんのコメント:
その地道な努力が明るい未来に繋がります。

何か思考が巡ったら、その度に「これは過去の自分の思考か、新しい自分の思考か」を常にチェックしている。そして過去の自分の思考だったら、すぐに手放すようにした。そうしたら雑念が止まり、気分が良くなった。スッキリ感がある。

いさどんのコメント:
素晴らしい!

浮かぶのはまだ99%過去の自分の思考だが、それを地道に1%ずつでいいから新しい自分の思考に変えていく。今までと逆をやる姿勢を常に持つ。

曜日ごとに何の作業をやるか決め、一日も休まず連続作業日数にこだわっていた過去の自分、アホやなあ~!何を大切にしているのか?自分の体より、他人の評価です。曜日ごとに作業を決めたのは、作業場までの送迎などメンバーの負担にならないようにで(他人のことを考えているようで、実際はメンバーの負担になって嫌われないため。評価のため。つまり自分のため)、連続作業日数も意志が弱いとか根性がないとか、周りに思われたくないから。休みたくても休んだら、リョウチンとかに怠けていると思われるのが嫌だったから。体が異常な状態なのに、健康な人と比較して、少しくらい辛くても休んでいたら社会では通用しないと思ったから。一生懸命の方向が間違っていたことに、最近ようやく気付いてきた。

いさどんのコメント:
すごい!

同じことをこれまで外の世界でもやってきて、全く同じ現象をもらってきたのに学習できていない自分はやっぱりアホやなあ~!確かに少しくらい辛くても作業に出るくらいではないと、何かと理由をつけて怠け癖が身についてしまう可能性もあるが、常に自分と向き合っていれば休みたいのが怠け心か、本当に体が悲鳴をあげているのかくらいわかる。今回に関しては完璧に後者だったのに、それでも休まないことが自分にとっての一生懸命だと勘違いして、さらに自分を追い込んでしまった。

いさどんのコメント:
良く分析できています。

全然自分に優しくない。体が怒るのは当然のことで、当たり前のことで当たり前なことが起こった、何も難しくない簡単な話だった。

いさどんのコメント:
そうですよ!

でもそんな簡単な問題を今まで解けずにいたことが、いかに僕が自分が観えていないかを物語っている。だからこそ、他人の第三者の客観的目線は大切だ。もっと素直に受け取ろう。上に立つ人から何かコントロールされることは征服されるみたいで苦しいが、ようこちゃんみたいに自分の欠点を埋めてくれる存在としてうまく利用する気持ちでいれば、服従の上下関係にはならず、自尊心も保てると思う。今は心を変えることで、社会に出ると危ないから生じたこの病気の存在意義がなくなると信じている。

いさどんのコメント:
素晴らしい悟りです。

昨夜初めて気付いたが、過去僕が楽しかったり幸せを感じるときは、すべて「自分が主役」だったときだ。東京でのシェアハウス生活も自分のエゴを剥き出しにして、主役になるために変わったことやバカなことをして皆の注目を集めた。だから人と同じことはやらず、競争が激しい所も避け、自分しかやらないだろうという選択をしてきた結果、現在のような自分独特なねじれが出来上がってきた。注目を浴びようと思考を巡らせているときからワクワクして楽しいし、実際注目を浴びると2~3日余韻に浸るぐらいの快感を覚える。デートもそうだし、海外での一人旅も、自分が物語の主人公になったみたいで言い知れぬ高揚感に包まれる。地球暦で地球にポイントが多い訳だ。

いさどんのコメント:
なるほど。

最近、楽しさや幸せを感じられないのは、いさどんにも指摘されたことがあったように、そうした注目(ポイント)が得られなくなってきたからだ。そうした不満を晴らすため、現実逃避するために、今はポイントの代わりに食べることで空いた穴を埋めようとしている。これからは、さらにその食べることに代わる快感を探し求める必要がある。

いさどんのコメント:
それが何かですね。

自分を深く見つめていれば、流れを感じることができるということに今日気付いた。人の意見を素直に受け取れない自分がいて、今日リョウタロウくんを通してそれを客観的に観せてもらい、入浴時にそれが理解できたか試すように感情的になりそうな場面があった。確かに一時は感情的になってしまったが、すぐその後に自分の考えを通したところで自分に何のメリットがあるのか冷静に考え(変わらない自分がいるだけ)、そんなことより自分と違う意見を今の自分に取り入れたほうが良い方向に向かえると思考を改めることができた。でも、まだまだ感情が強く出てくるから、明日からもそれを試すかのように同じ場面はやってくると思うけど、一回一回の積み重ねで問題を卒業していこう。

いさどんのコメント:
そうすれば、その方向には卒業の文字が待っています。

正直、いさどんにも指摘されたが、僕は自分だけ得したいという気持ちが強い。分け与えるより、独り占めしたい人間だ。自分だけ得をすると人より優位に立てるから優越感を感じて気持ちいいし、それで評価が上がって人望もモテ度も上がる。人に置いていかれるという不安や焦りも軽減する。だからやめられない。いいことづくしだから。でも、そうしてきた結果が今現象化として現れているという事実を忘れてはならない。確かに独り占めしてきたことで一時の恩恵は受けてきたと思う。人望もモテ度も確実に。だけど、それはやはり上辺だけの浅くて短いハリボテのような得だと気付いた。実際、恩恵に関わった人間は、ほとんど今僕の周りにいない。それが現実だ。一時の得にしがみつくから、一時の関係しかつくれない。逆に自分・自分で生きてきたせいで、いさどんにも指摘されたように、他人に対して優しさや愛がなくなり、結果的に人に対してムカつき、わずらわしくなり、嫌いになり、終わりには憎むようになってしまった。もっと長く、大きな目で観なければならない。今の状況を改善させるには何度も言うが、常に自己チェックを欠かさないことだ。「これは自分だけ得しているな」と思ったら、それを人に分け与える。

今日はそれを意識して、昨日の素晴らしいようこちゃんのシェアの内容をリョウくんに丁寧に説明してあげた。

いさどんのコメント:
他者のために生きることは徳(人徳)になります。

本当は独り占めしたいし、なんだか気持ちは良くないし、面倒だなとも思ったけど、今までと同じことをしていたら何も変わらないから、逆のことをする。まだ気持ちは追いついていないけど、形から入ろうと思った。

いさどんのコメント:
人間は形をいただいてから、心の学びをいただく者です(カタチサキ)。

別にリョウくんからは特に感謝はされなかったけど、自分が所有したかったものを一つでも手放させるようになった新しい自分に出会えたことを評価しよう。

追伸:一時の得に走ったら、一瞬の恩恵しか与えられないけど、長く大きな目で見たら、長く大きな恩恵が降りてくる。

いさどんのコメント:
人格者になります。

これが宇宙の法則か。

いさどんのコメント:
そうです。

他人に何かを分けることで、自他との境界線が薄れて、他人も自分のように愛せるようになっていく。

いさどんのコメント:
神様の愛です。

エゴを手放す練習から始めよう。

いさどんのコメント:
素晴らしい!

追伸2:自分だけ得したいという気持ちがあると、人がそうなることが許せない。ムカついて体にも悪いことを自分はやっている。アホやなあ~!

いさどんのコメント:
過去の自分にありがとうです。いよいよ、スタート地点に立ったようですね。これからです。この日記をミーティングでシェアしてください。

 

 


人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART2:リョウ・リョウタ・リョウタロウ大集合!~

2017年の夏、自然療法プログラムを受けている30歳のリョウタくんの提案により、同じくケア滞在中の19歳のリョウくん、20歳のリョウタロウくんと一緒に、いさどんと集う場がもたれました。題して、「リョウ・リョウ・リョウの集い」!その場にはリョウタくんのサポーターであるリョウチンや、メンバーのリョウコちゃん、そしてこの集いに関心があるその他のメンバーも集まりました。

いさどん:
本日の会の発起人は、リョウタくんです。本題に入る前に、リョウタくんに「なぜこの会を提案したのか」という話をしてもらおうと思うのですが、この話には僕の中に前段があるのでそれをまず、お話ししたいと思います。

そもそも、このような探究がなぜ可能なのかというと、僕は今66歳ですが、30歳と半年ぐらいの時に出会った霊的な体験から、「カルマ読み」と名づけた分析方法を発展させてきました。それにより、人の魂の性質を観る手法が体系化されてきたのです。これは世界中探してもどこにも資料がない手法であり、僕個人に霊的に降ろされたもの、もしくは僕の思考の中で成立してきたものと言えるでしょう。

その霊的な出会いから、僕の人生は常に人の問題事と共にあったのです。つまり、30歳過ぎから僕は人の悩み事相談を受けるようになり、まだ人生経験の不確かなものがそれを受けてきた結果、言わば人間のカルマの法則性のようなものが観えてきたのです。それが現在の「カルマ読み」になりました。

それを体系化していく段階で、単純に数値で表した陰陽度による人の性質だけではなく、音の意味にも非常に重要な性質があることに気が付きました。そして、文字には濁点による濁りと小文字による歪みがあることに行き着いたのです。これは降りてきたものではなく、これまで1万件以上の面談を行うことによって、ある意味統計的に築いてきた結果、現在の法則性に至りました。それをもって、人々の問題事や悩み事の相談に乗ってきたのですが、それによって人々が人生の中で出会ういろいろな出来事の奥に、その人の本質である性質が関わっていることが観えてきたのです。その形が観えてきた時に、濁点による濁りと小文字による歪みの特徴も同時に観えてきたのです。もしかしたら過去の時代には、それが生きる上での力になっていたのかもしれません。しかし現代では、それが生きる上でのハンディキャップを背負うことにもなりうることがわかってきたのです。

ですから、ここではよく、「子どもの名には濁りである濁点をつけるな。歪みである小文字をつけるな」と言うのです。それは単に、その法則を知っているからつけないということではありません。そういったことをわかっているからこそ、そういった魂に縁がないということも言えるのです。しかしそうかといって、ここを訪れる人々はどちらかというと、濁りや歪みのある人のほうが多いのです(笑)。それはなぜかというと、どちらかというと人生に行き詰まった結果、ここに来る人が多いからです。特に、僕に個人的に支援を求めてくる人にはそのような傾向の人が多く見られますね。

このように、人が人生においてなぜいろいろなトラブルや迷いに陥っているのかをひも解き、その法則性を解き明かしてきた結果、この「カルマ読み」があるのです。

カルマ読みで人々の人間性をひも解き、相談に乗っていく中で、さらに人の人生を解き明かすのに重要な出会いとして、2011年、「地球暦」に出会いました。太陽系の惑星地図による内惑星から個人の精神性をひも解き、そして外惑星から社会性を観るという手法に出会った結果、カルマ読みがさらに充実しました。カルマ読みと地球暦の己読みはある意味相関関係のようであり、それは人の性質をこちら側(その人の人間性)とあちら側(宇宙から託されている使命)から観る確かめ算のようになっていることがわかったのです。

さらに2013年、「カタカムナ」に出会いました。カタカムナとは、今から約13000年前、東アジアに発展していた宇宙物理学のことですが、カタカムナには法則性というよりも、音の響きに意味があることが重要なのです。「この世界のすべては響きである」ということで、私たちは人柄という霊的な響きも持っていれば、実際に音を発し言葉を話しますので物理的な響きも発します。その言葉は言魂と言い、その人の人柄を発するのです。それがこの世界に放たれ、その放たれたものが対象のものに伝わり、その返ってくる響きで私たちは己を知るのです。すべての音は固有の意味を持ち、その発せられた響きの組み合わせによって、この世界の現象化が進んでいきます。

カタカムナでいうと、カタカムナのふるさとは潜象界と呼ばれます。私たちが存在する現象界には見える世界と見えない世界があり、これは体と心、もしくはこの世とあの世のような関係です。その現象界は「ある世界」とも言うのですが、その奥にある「ない世界(潜象界)」というものを解き明かしたのが、カタカムナ理論です。

これは、たいへん奥の深い話なのですが、私たちの現代文明は有史以来の文明です。有史というのは約6500年前のメソポタミア文明に始まる文明であり、紙の文明です。つまり、それは学問の文明なのです。学問ですから、何でも二元的に平面上で捉えようとするのです。紙の上に描かれている丸を見ると、私たちはそれを単なる円だと思うかもしれませんが、宇宙で丸は球体のことです。そのくらい二元的に捉えることと立体的に捉えることは違うのです。ですから、この概念は新しいものに出会ったというよりも、カタカムナに出会うことにより、当たり前のこの世界にある物理性を改めて再認識するということなのです。

そして、6500年前の有史よりもさらに6500年前向こうの約13000年前、そのカタカムナの文明が日本列島に存在していたのです。正確に言うと、13000年以前大陸は地続きでしたから、東アジアに存在していたのです。それが日本列島の大和文明となって、今、ここに残っています。後に、その文明が西の中国、インドに渡り、有史以来の世界の宗教や哲学の元となっていたことがわかってきました。またヨーロッパへ渡ってキリスト教となり、そういった流れが外国を通して日本に再輸入されたのです。このような構造も今、わかってきました。

そこで、カタカムナによると単音には意味があるのですが、カタカムナで表される潜象界の音には小文字も濁点もないのです。つまり、単音が極めて純粋な音であり、歪みや濁りがない美しいものなのです。それが宇宙の奥にある潜象界に秘められているのです。元々はそのように美しい存在だった響きが現象世界に発生し、物理性を伴うと、現象世界では個性という物と物との差ができ、その個性的なものの連鎖によるネットワークが現象化として広がっていくのです。それが、宇宙の星々の仕組みであったり、地球の自然生態系の姿なのです。逆に、現象世界から潜象界へ還っていくと、すべてのものは極最小微粒子に還り、その世界には差がないので悟り(差取り)の世界になります。ですから、私たちがこちらへ生まれ出ると、差がある世界で生きることになり、個性を伴うのです。そこで真理への道を目指すものは、すべてを捨てて悟りの境地に至る、つまり向こうの世界(潜象世界)へ行くことを目指すのです。逆に、人間たちは自然界から人工という世界を創り、差がある世界を創っていく存在なのです。本来、人の目指すべき道は、この世界の仕組みの元(命のふるさと)へ還っていくこと、すなわち、すべての存在と自らの差を取ることであり、その差を取ることが、地球はひとつ、宇宙はひとつ、そしてその境地の至るところは、「すべては私自身」となるのです。

カタカムナを学術的に定義づけた楢崎皐月の流れを受けて、関川二郎がまとめた「潜象道シリーズ特集号・カタカムナ単音豆辞典」によると、単音の意味の最後に「濁音」についての記述があるのです!そこには、「濁音、半濁音は、濁っている、あるいは半分濁っているような状態の存在であり、濁点の付かないものは、そういう状態がないからである」と記述されているだけで、小文字については触れていないどころか、それ以上のことは書いてありません。つまり、彼はそこまでは探究したのでしょうが、彼の段階ではこれ以上手をつけることなく探究は終わっているのです。そこから察するに、カタカムナ文明の13000年前と時を同じくして存在していた日本最古の大鹿窪遺跡の上で今、私たちが暮らし、これを語り、その精神を生きているということは、私たちにその次を探究することが託されているということなのでしょう。

有史以来の人類には、地球上でカタカムナをベースにして生きているものはいませんでした。学問的にはその文明を少しひも解き始めましたが、ほとんどの人々は有史以来の記録することに基づく学習レベルになっているので、日常生活にその叡智を取り入れ、実践に落とすことはありませんでした。ところが、そういったことにまったく縁がなかった私たちのところにその叡智が訪れたのです。そして、カルマ読みが自らの精神構造の理解につながり、地球暦によって人生をひも解かれ、カタカムナを通して自らの精神が発している響きの素性を現象化として学ぶことになりました。ですから、ここはその霊的・地球的・宇宙的叡智を実践をもって学べるところなのです。それは、カルマに翻弄され、人としての本来の道を歩めない現代の人間たちを正しく導く道です。

今、世界中で人間のカルマが暴走していますからね。それこそ、カルマが暴走すると、事実無根のことまで真実になっていくのです。そして人間たちは過激に奪い合い、殺人を犯し、戦うのです。このようなおかしな世の中になってしまったのは、6500年前以降のことです。その前は上古代の時代であり、日本で言えば縄文前期ですから、人々は自然と共に調和して(群れて)生きていたのではないかと思われます。それは想像の世界ですけどね。

そういった意味で、リョウタくんがふと、「リョウ・リョウ・リョウ面談をしたい」と提案したことは、深いことを考えずにふと思いついたのでしょうが、僕はそれを受けて、「これはたいへん意味深いことで、地球の歴史上、このような探究がかつてあっただろうか」と想いを馳せたのです。「今までこのような解釈で人々が集ったことがあったのだろうか」と。

ようこ:
ないない!「リョウ」の集いなんてね(みんな、笑)。前人未到だよ♪

リョウチン:
楢崎皐月もこのような場は設けなかった(笑)。

いさどん:
彼は今頃、「やっとそこまで到達してくれたか!それは私のたどり着けなかった領域だ」と言っているかもしれません(笑)。そしてもうひとつ、楢崎皐月が行き切れなかったのは、性の探究なのです。それは、これから次の世代に伝えていくとして、少なくともここに「リョウ」が大量にこれだけ集ったのですからね(チーン♪)。

ですから、リョウタくんがなぜこの場を持つことを考えたのかを聞く前に、実は僕にとってはとても意義深いことを語れる場所なのだということを皆に伝えようと思ったのです。

ようこ:
今の話ですごく満足しちゃった(みんな、笑)!もう胸がいっぱいで(笑)、良い時間でした♪

いさどん:
いつものことながら事前にこういったことを話そうと思っていたわけではなく、まずは発起人のリョウタくんに話してもらわないといけないけれど、「それだけではいけない。なぜこの探究が可能なのかを伝えるべきだ」と思ったのです。僕は、ただ降りてくるものを皆さんに翻訳するように伝えるスピーカーですからね。そこには一切の駆け引きはありません。

ということで、リョウの代表である発起人のリョウタくんは、なぜこの場を持とうと思ったのですか?

リョウタくん:
そんなに深く考えてはいなかったんですけど・・・。

いさどん:
それはわかっていますよ(みんな、笑)。これから浅いところから深いところへ行くのですからね(笑)。

リョウタくん:
僕がケア滞在を始めた時、まず僕のサポーターがリョウチンということで、リョウ・リョウということで、何か縁があると思ったのが最初です。それで僕がケア滞在を始めた翌日にリョウくんが来て、そこにも何か縁を感じると思っていたら、その1ヶ月後にリョウタロウくんがケア滞在を始めることになり、やはり何かあるなと(みんな、笑)。

いさどん:
ここの自然療法プログラムの歴史は長いですが、こんなパターンは初めてですよ(笑)!今まで同時に9人の人がケア滞在していたこともありましたが、このケースは初めてです。

まっちゃん:
ケア滞在者同士でこのような場を持つこと自体、ないよね(笑)。

いさどん:
そうですね(笑)。これは、探究という意味では自然療法プログラムのレベルが一ランク進んだということですよ。

リョウタくん:
僕は、天のことはわからないですけれど、なにか縁があるのだから、この機会を逃すのはもったいないと思いました。僕もいつも個別には話すのですが、いさどんとリョウくん、いさどんとリョウタロウくんとの面談内容にすごく興味があって、いつか聞いてみたいと思っていたのですが、ケア滞在者にはそれぞれ機密事項のようなものがあるので、他のケア滞在者の面談を傍聴することはできないと聞いたので・・・。

いさどん:
個人情報というのは、あなたたちが世間一般の人だからですよ。木の花の中にいると個人情報という位置づけはないのです。あなたたちは世間の人なので、とりあえず世間並みに個人情報を守るということと、ケア滞在者はいろいろな意味でハンディを持っているわけです。そうすると、どちらかというと僕はプレッシャーをかける立場にいます。強いプレッシャーを与えると人はやる気を失いますが、ある程度プレッシャーをかけないと改善はされないのです。ですから、僕は軽いプレッシャーをかけ、その人が自分で動いていくように投げかけはするのですが、その時にケア滞在者がお互いに情報を交換すると、傷口をなめあって改善に向けて取り組まなくなることもあるのです。ですから、ケア滞在者同士にお互いの情報は行かないことになっています。これは、ケアの取り組みを進めていく上で重要なことです。

例えば、それぞれのケア滞在者には家族がいますよね。外の家族とやたらと連絡を取り合うようになると、この取り組みのガス抜きになってしまい、そこで外の家族が同情したりすると、ケアの取り組みが進まないことがあるのです。それは自業自得で、結果として自分で足を引っ張ることにもなるのです。ですから、ここでは軽いプレッシャーに対して自分と向き合い、超えていくことが必要だということです。ここでのケア滞在の説明になりましたね(みんな、笑)。

ですから、そのような情報交換はしないことになっています。

リョウタくん:
それで、この場はいさどんと他のケア滞在者とのやりとりを生で見られるチャンスだと思ったのと、小文字の特徴としては性格がひねくれていることが挙げられると聞きました。そこで、それぞれのひねくれ度を客観的に分析できてそれを伝えてくれるいさどんという存在がいるので、自分だけで解釈したら正直、「リョウくんやリョウタロウくんはひねくれているな」とは思うのですが、そこまでの分析はできていないのでそこを知りたいと思いました。

いさどん:
それについては、カルマ読みの定義と地球暦の定義、それからカタカムナの定義をマスターすると、「なるほど!」ということなのですが、今、僕はその話を聞きながら、今回集っているのはリョウ・リョウタ・リョウタロウですよね。そうすると、カルマ読みでいう一文字陰性・二文字陰性・三文字陽性の魂です。ですから、まるきり今回のために魂の見本として選んできたような組み合わせです!ある意味、今回は「リョウ」という魂の展示会のような場ですね(みんな、笑)♪

ようこ:
一文字・二文字・三文字と全種類揃えました!というような(笑)。

いさどん:
そうです(みんな、笑)。ただ、二文字には二文字陽性、二文字中性もいれば、三文字にも三文字陰性、三文字中性もいます。ですから、すべてとは言いませんが、代表的な事例であることは確かです。ですから、天はいたずらっぽいのか、私たちに世紀の探究をするように伝えているのでしょうか(笑)。

そして、それぞれの中に自らの情報を取り入れる準備が整ってきたので、今日の場があるのだと思います。

リョウタくんの中にはそれ以上の意図はないですか?

リョウタくん:
あとは、リョウチンがここでメンバーとして自分のひねくれを活かしているので、良い例として聞きたいと思っています。

いさどん:
活かさない頃は結構たいへんでしたよ(笑)。

リョウタくん:
そういう話も聞きたいです(笑)!

いさどん:
今日は、「リョウ」という音がひとつのテーマです。「リョウ」は「リョ」と「ウ」の音に分かれます。そうすると、「リョ」はひとつの音です。ところが、本来「リョ」は「リ」と「ヨ」の組み合わせですが、「ヨ」が小文字になることによってそれがひとつになってしまったのです。ここがポイントなのです!

カタカムナでいうと、「リ」という音には本体からの分離という意味があり、リという音を名前に持つ人は自意識が強い傾向があります。次に、「ヨ」という音には邪で横回転の動きという意味があり、ヨという音を名前に持つ人は頭の中でグルグルとたくさん考える傾向にあります。たくさん考えそれが横に回るということは、生産性や発展性という意味では悪い意味ではありません。地球で言えば、地軸の縦軸に対する横回転の動きを意味します。横回転することによって地球上で生命は発生するのですから、ヨは非常に重要なものではあるのですが、結局使い方を間違え軸がなければ、邪にあちらに行ったりこちらに行ったりと方向性が定まらないことになってしまいます。今回、そのヨが小文字になり「リョ」になっているということは、自意識過剰で根拠のないことに頭を回し、無駄な時間を過ごすという意味になりますね。

続いて、「ウ」という音は宇宙のウですから、高次の渦です。つまり、宇宙が整って高次元になると、渦になるのです。宇宙の原理はすべて渦ですからね。私たちの体のつむじや指紋などを見ても渦でできていますし、細胞も渦ですし、惑星が宇宙を旅するのもすべて渦なのです。すべて、螺旋を描きながら動いていきますからね。そうすると、宇宙が発展するという意味では、ウは非常に重要なことなのです。ウはすべての現象が生まれるところですからね。

つまり、「リョウ」の意味を紐解くと、分離して自意識が強く(リ)、邪な心(ヨ)が生まれ続ける(ウ)という状態なのです。この人格は、相当たちが悪いですよ(みんな、笑)!それで方向性が定まらないのですからね。

リョウというのはそれだけです。それが「リョウタ」になると、「タ」という音も分離・独立を意味するのです!ですから、「僕が・僕が」と主張する心になるのです。ただでさえ、リョウで自意識過剰になり、さらに「僕が・僕が」となるのですからね(笑)。もともと、リョウという定まらない心を持っていますから、そこにタという響きを持つと余計に自意識が刺激され、やっかいですね。

それが「リョウタロウ」になると、「ロ」という音は中空状のものを意味します。中空状のものというのは、簡単に言えばそれが何だかわからないもののことなのです。つまり、リョウタロウは分離・独立し自意識過剰になって(リ・タ)、邪(ヨ)に回り続けながら(ウ)、なんだかわからない状態で(ロ)、さらに渦(ウ)を発生させるのですから、ウズウズと奇妙な思考を常に回すという状態です。ですから、ある意味使い方を間違えると、化け物ということです(みんな、笑)。不可思議なものを連想するということですね。ただ、リョウという響きは使い方を変えると、今までにないもの・正攻法とは違うユニークな可能性を探求するものにもなれるのです。

リョウタロウくん:
はい(笑)。

いさどん:
例えばリョウくんの日記の中には、「僕は環境に影響される」とよく書かれていますが、それは経験からの判断ですね。実際、そうなのですよ!あなたは環境によってコロコロ変わるタイプなのです。ですから、どのようにして自分に縦軸を立てるかということが、あなたにとっては大切なことですね。特に、あなたは一文字陰性ですから、他者に依存しやすいタイプです。ただ、他者に依存するわりには、自己主張する傾向もあり、扱いにくい人ですね。

リョウタくんの場合は、自分がいかに自分流であるのか、つまり自負心が強い人ですね。しかし、客観的視点がなく、常に主観的に物事を判断していることを知ることがポイントです。自意識過剰で二文字陰性だと、常に受け身で被害妄想のような精神状態にありながら、自己主張の強い人になります。このような分析をすれば、本人の人生経験を聞かなくても、音だけでその人の人格はわかるのです。

それがリョウタロウくんになると、あなたは陽性ですね。それに三文字ですから、思考が複雑になります。複雑に巧みに考え、自分の考えも伝えながら、相手の発想も聞いて、それを自分にとってどのように有利にし、相手を負かすためにはどうしたらいいだろう?と企んでいきます。その内容が中空状の意味不明なものがベースとなって展開されることになります。

このように分析していくと、人の人格は面白いと思いませんか(笑)?

リョウタくん:
面白いですね!

いさどん:
カルマ読みと地球暦とカタカムナをもって、ここでは「三種の神器」と呼んでいますが、この三つの手法があれば、人間の分析は可能になります。

さらに、今日はリョウタくんのサポーターであるリョウチンも来ています!リョウくんもリョウタくんもリョウタロウくんの名前も、漢字は素直に読めます。ところが、リョウチンの本名はリョウスケというのですが、嶺佐という漢字を使うものですから、フリガナをふらないと誰も読めないですよ。読む人もいるかもしれませんが、その人はよっぽどへそ曲がりですよ♪

リョウチン:
いないです。0ですね(笑)。

いさどん:
嶺佐でリョウスケと読むのですからね。漢字の研究家なら読むかもしれませんがね。そうすると、彼には独特の世界観があり、もしかしてたちが悪いところもあるのかもしれませんよ(リョウチン、苦笑)。

そこで今日、リョウタくんからの「リョウ・リョウ・リョウ面談をしたい」という極めて控えめな発想からこの場ができたのですが、ここではなぜこのような分析が可能なのかという話から、その体系化の立役者である僕が皆のことを今、軽く分析しました。

さて、ここで皆さんに質問があります。まず、リョウくん。あなたは19年「リョウ」を生きてきて、今、ここで自然療法プログラムを受け、リョウのツケを修正しながら、今後正しい「リョウ道」を生きるという段階に至っています。それは、ポジティブにリョウを生きるということです。そこで、今までのリョウ人生を振り返ってみるとどうだったですか?

リョウくん:
いさどんに言われた通り、本当に意味不明のことをぐるぐる頭で回して、軸がなく生きてきたと思います。

いさどん:
そうすると、今までの経験がよみがえってきませんか(笑)?「あそこでもこうだった、ここでもこうだった」と(笑)。

リョウくん:
はい(笑)。だから、冷静な意見がずっと欲しいと思っていました。

いさどん:
冷静というのは、自分からちょっと外に出てみて、いろいろな出来事も合わせながら全体像を理解することです。それはカルマ読みで言うと、全体の陰陽度の中で己の位置を知り、「だから今、自分はこのような状態になっているのだ」と気付くと、それは冷静な分析の基本になります。しかも、それはここでしかない分析なのですよ!そうすると、これからの方針としてはどうですか?

リョウくん:
リョウの自意識過剰に(リ)邪に(ヨ)回る(ウ)ものをどう活かそうかなということを今、思っています。

いさどん:
それは活かせるのですよ。ただ、今までの経験の延長線上では同じことの繰り返しになりますから、新たな発想をいかに積み重ねていくかがポイントです。振り返ってみると、結構ダイナミックなリョウ人生だったということですね(笑)。

リョウくん:
はい(笑)。

いさどん:
今までは、自分の人生に対して印象が悪かったですよね?

リョウくん:
悪かったです。

いさどん:
それが方向性を変えると、「いいじゃん!これは悪くない!」と思えるようになるのですよ(リョウくん、ピースサイン)!

次に、リョウタくん。一文字・二文字・三文字の真ん中がこの場を提案するというのは、バランスが取れていていいですね。

ようこ:
リョウタくんは、30年リョウと付き合ってきているしね(笑)!

リョウタくん:
やっぱり、すごく苦しかったです(みんな、笑)!!同じことをもう一回やれと言われても、絶対やりたくないです!

いさどん:
でも、ほっておくと、後の30年もまた同じことをやりそうですよ(笑)。

リョウタくん:
そうです!だから、ここで食い止めないと、ということは考えています。今日も、なぜ自分がここにたどり着いたのかを考えていました。一番は、僕が被害妄想で、何でも相手のせいにしてきて、自分にメスを入れずにきたからだと思いました。何かあると他人のせいにすることが一番楽な方法だと思って、そうしてきたのです。自分にメスを入れるということは、30年間ほぼしてこなかったので・・・。

いさどん:
その目線がなかったのです。

リョウタくん:
そうですね。

いさどん:
やろうとしても、その発想自体がなかったので、どうしようもなかったということでしょうね。

リョウタくん:
そうです。正直、あと10年早く木の花と出会えていたら・・・。

いさどん:
実はそうなんですよ!20歳というのはある意味、ビフォー&アフターでいうビフォーなのです。子どもから大人になる段階ですから、いよいよ実践へと移るビフォーなのです。しかし、その関係では30歳というのはアフターですからね。

リョウタくん:
今までは自分を出すことが大切だと思ってきたのですが、その出すことでどんどん行き詰まっていきました。他人のことを考えて行動したほうが労力はかかると思っていたのですが、結局そちらのほうが楽で・・・このカラクリが全く見えていませんでした。おそらく、ここに出会っていなければ、ずっと・・・。

いさどん:
これから30歳を超えていくと、次に40歳、50歳の節目はありますが、たいてい60歳までそのままで行ってしまうものですよ。

リョウタくん:
・・・もっと前にここに出会えなかったことは、惜しいと言えば惜しいですが、今はここで出会ったことをポジティブにどう活かすかが大事だと思っています。

いさどん:
今までのことを、「辛かったなあ!」とか「大変だったなあ!」と思えば思うほど、それは逆のエネルギーとして使えるのです。それを「くそ!こんちくしょう!」と思えば、それもエネルギーの消費としては同じですが、「そうか!あれは学習期間だったのだ!」と気付き、エネルギーを逆の方向へもっていけば、そのエネルギーはポジティブに使えるようになるのです。世の中にはあなたと同じように、自分自身の活かし方を間違えている人はたくさんいます。ですから、あなたが過去の経験をポジティブに活かしていければ、将来同じような境遇の人に出会った時、「わかる!実は僕も同じような状況にいたんだよ。でもね、こんな発想も反対側に潜んでいるんだよ!」と奥にあることを伝えられる人にもなれるのです。それは、自分のために生きていた人が人のために生きる価値ある人生のスタートです。それから、独りよがりだった人が、人と共有できるようになります。そうすると、人生はさらに広がり、豊かになっていきます。これは大きなスケールの話ですけれどね。

リョウタくん:
そうなれるように精進いたします!

いさどん:
今回のリョウ・リョウ・リョウの人たちの中で、例えばリョウタロウくんはパワーがあります。逆に、リョウくんのようにパワーがない人というのは、ある意味おぼれているような状態です。ですから、何か縄でも投げて引き上げてあげればいいのですし、リョウタくんのように自意識が強ければ、その自意識が自分をどれほど傷つけているのかを客観的に伝えてあげればいいのです。それは、冷静になればわかることですからね。しかし、リョウタロウくんのようにパワーがあると、「俺がやってやるぞ!!」という心になり、まずはそのパワーを消さないといけないので、水をかけないといけないのです。ある意味、それは火がついている状態ですからね。

3人がそれぞれケア滞在をスタートさせた時には、リョウタロウくんのケースが一番難しいと思っていました。しかし実は、パワーがあると方向が変われば、自分で自分を改善させるエネルギーも持ち合わせているのです。ですから、当初の印象としては一番難しいと思ったのですが、意外とひとりで立ち直ってきているリョウタロウくんはどうですか(笑)?

リョウタロウくん:
はあ・・・ありがとうございます(みんな、笑)。

いさどん:
あなたは20歳なのに、ここで一番ふけていますよ(みんな、笑)。リョウくん、リョウタくん、リョウタロウくんと20歳、30歳、40歳という感じですよ(みんな、笑)。ところで、あなたは霊的には魔界の破壊魔のようなところがありますね(笑)。

リョウタロウくん:
ええ、まあ(みんな、笑)。

いさどん:
どちらかというと、自分はそういう存在というような自負心がありませんか(笑)?

リョウタロウくん:
自負心というか、まあ、自意識はありますね(笑)。

いさどん:
ありますよね(笑)。それで心地が良ければ、それはそれでやっていけばいいのですよ。

リョウタロウくん:
ええ(笑)。

いさどん:
ただし、いずれそのようなものは奈落の底に落ちるのですよ(笑)。

リョウタロウくん:
まあ、中毒ですね(笑)。

いさどん:
ハッハッハ。中毒!客観的に自分のことを捉えていますね(笑)。

リョウタロウくん:
麻薬中毒のような感じです。

いさどん:
ですから、ゲームに熱中している人がそろそろゲームを卒業して、その情熱を他のことに活かすという意味では、あなたのその情熱を別のところに活かす段階には来ていると思うのです。

リョウタロウくん:
・・・そうなんでしょうね。

いさどん:
それで、今まで魔界の景色をずっと見てきたものとして、人生を振り返ってみて感想はどうですか?

リョウタロウくん:
魔界って中毒性があるなと思います。

いさどん:
いつ頃から魔界に入っていたのですか(笑)?

リョウタロウくん:
そうですね・・・いつ頃からかな・・・中学生の頃ですね。中学生の時、僕はこういうことを考えていたのです。自分の意識と無意識とを分離させて、無意識では徹底的に利己的になり、他人を殺してでも、不幸に追い込んででも、自分の利益を求める。そして表層意識の自分の表面の心のほうではそうではない。徹底的に善良である。徹底的に善良であって、誰も自分のことを責められない。

いさどん:
責められないのに、内面的には極めて悪質なものであるということですね(笑)。

リョウタロウくん:
そして、表層意識と無意識とに分離させることによって、何が可能になるのかというと、一人二役が可能になるんですよ(みんな、苦笑)。無意識の自分で気付かない意識のほうでは、それは徹底的に利己的に地球や宇宙を大魔界に変えていく(みんな、爆笑)!

いさどん:
ハッハッハ!このパワーはすごいでしょう(笑)?

リョウタロウくん:
それでも自分の利益を求める。しかし、表層意識は表層意識である。無意識とは違う。表層意識では心の底から善良であり、他人のために気遣い、想い入れがある。

ようこ:
リョウくんにはまったく別世界の思考だから理解できないでしょう(みんな、笑)?

リョウくん:
これはどこの次元なんだ(笑)!

リョウタロウくん:
そうすることによって、他人が誰も僕のことを責めることはできない。決して悪者にはできない。むしろ、善良である。加害者には決してなりえないし、常に被害者である。正義の側である。しかしながら、実際の行動は・・・

いさどん:
邪悪なもので、悪人である(みんな、笑)!

リョウタロウくん:
実際の行動は、自分の利益を徹底的に求める(みんな、爆笑)。

数名の人たち:
すごい(笑)!

いさどん:
本当にすごいですよ(笑)!リョウタロウくんの最初の日記には、今話したようなことがずっと綴ってありましたからね。それは、物語を綴って本にでもしたら、売れるかもしれませんよ(笑)。そして、共鳴する人がたくさん出てくる可能性もあります。

これは人間の可能性なのですよ。ですから、リョウ・リョウタ・リョウタロウと、リョウという音で始まった人間の可能性がこれほどあるということです。

リョウチン:
今のリョウタロウくんの思考はすごいなあ!本当に幅広い(笑)。

いさどん:
リョウタロウくんに話しをさせると、いくらでも話しますよ(みんな、笑)。彼は陽性ですから、うつろなもの(ロ)がどんどん拡大していって、それこそ地球を支配するまでいくのです。彼から宇宙の話まで出てきますからね(笑)。ですから、彼はある意味極めて素直に育ったということです。例えば、彼が子どもの頃にこの状態をもっていたとしたら、簡単に言うとこの状態は統合失調症です。思考が分離しているのですからね。お医者さんへ行けば、完全に統合失調症として診断され、薬を処方されて、それこそ親が押さえつけようと思って彼が暴れたら、措置入院させられる形になるわけです。

ですから、あなたの場合、内にある秘められた部分をそのまま暴発させると、今のような世界へ行くのです。ある意味、とても独創的で、素直に自分を表現しています。しかし、あなたは生身の人間であって、現実には魔界にいるわけではないのですから、そこを正しく認識することが必要です。それともうひとつ、その部分を今のような雰囲気で語ったら、皆にウケましたね(笑)。

リョウタロウくん:
ウケましたね(みんな、笑)。

いさどん:
ですから、それは使い方によっては、社会にも還元できるということです。これからはその道を考えたらどうですか(みんな、笑)?今、あなたがはまっているインターネットの2ちゃんねるサイトのように、バーチャルな世界で似たもの同士が傷をなめあったり、攻撃し合っていても発展的ではありませんね。そこで、正常な人にこれを発想の転換として提供したら、とても面白い活かし方になります。今はトランプさんがアメリカの大統領になる時代ですからね。これからはユニークな人たちが活躍する時代です。

ようこ:
主観が強いリョウタくんにとっても、「とても僕の主観だけでは、この世界は図れない!」ということがわかってよかったんじゃない(みんな、笑)?

リョウタくん:
この世界は広い、広い(笑)!

いさどん:
世界は広いのと、彼にはパワーがあります。

リョウタくんに:
僕にはパワーがないですね(笑)。

いさどん:
ハッハッハ。今、裏付けとして皆に本音を語ってもらいましたが、それをすべて分析できるツールを確立した人がこの世界にいるのですよ(笑)!それは誰ですか(みんな、笑)??

だからこそ、僕はこの探究の道を真面目に生きています。このように、まったく別の視点から人のあり方や生きる方向性を示し、行き詰まった人たちの人生をひも解き、豊かにすることは可能なのです。それは、エネルギーの方向を変えるだけですからね。それが、本来、人が生まれてきた目的のあり方だと思うのです。自分の自我や癖・性分に翻弄されるのではなく、それを理解し、存分に使いきってエンジョイすることができるのですよ♪皆さんは今までの人生を振り返ってみれば悪い印象だったかもしれませんが、方向性を正していけば、良い印象で人生の終わりを迎えることもできるのです。

僕がよく人に伝えることですが、人は誰でもいずれ死ぬのです。一番肝心なことは、生きたことに対して生が終わる最期の時に過去を振り返り、「自分の人生は良い人生だった!」という位置に立てるかどうか。それが最も重要なのです。そのためには自らを活かすことが必要です。活かしていなければ、悪い印象のままで人生が終わってしまいますからね。そうすると、次の人生のテーマも魔界地獄へ行かないといけません(みんな、笑)。

ここで、リョウタくんのサポーターであるリョウチンに質問します。極めて解読不能なリョウチンがトリですが(笑)、今まで35年生きてきてどうですか?リョウチンの地球暦を観ると、何も対策を打たなければ、この人の人生は豊かではありませんね(笑)。

リョウちん:
そうですね(笑)。25歳でここに来たので、そういう意味では行き詰まるのが早かったですね。

いさどん:
そうですね。ですから、重症にならずにここに来たので、今、役に立つ人になっていますね。まず、地球暦にはいろいろなパターンがありますが、リョウチンの地球暦は貧弱です。リョウチンは無意識にこれをどこかで感じていたのでしょう。そして、「社会人として少しの経験を経て痛い思いをしたら、即、木の花に行きなさい」という天からの指令があったのだろうと思います。

リョウちん:
探し始めるのは早かったですね。自分が変わりものであることはそれほど自分で分析できているわけではないのですが、ただ、小文字に関しては誰もが思うように、面倒くさいは面倒くさいですし、いろいろと手間がかかるとは思います。

いさどん:
今、その言葉を言えるということは、自分自身を調整しながら生きているということです。

リョウちん:
その面倒くささを超えた時には、緻密さや幅の広さとして良い形で活かされているので、あきらめずに粘り強く、面倒くささを超えていくことが希望だと思っています。それは濁点・小文字のどちらに限らず言えることだと思うのですが、そういう濁りやねじれは可能性として活かせるものでもあり、問題点でもあると思っています。

いさどん:
例えば暗がりで物音がしたら「泥棒だろうか?」と思ったり、物事の実体がわからなければ恐怖を感じることもありますね。ところがそこで、「ニャーオ」と鳴けば、「なんだ、タマじゃないか!」と安心します。このように、不明なものは恐怖にもなるのですが、それを冷静に観て、その正体が明らかになってくると、見えないものを見る希望につながるのです。

それがリョウタロウくんのように、見えないものを想像して拡大していくという希望になると、魔界が広がっていくからダメですよ(みんな、笑)!しゅうくん、ウケすぎですよ(笑)。

しゅうくん:
リョウタロウくんがなんだか嬉しそうだから(笑)。

いさどん:
ですから、何でも使い方次第なのです。誰でも、最初は自分を観ることが嫌だったり、恐怖だったり、人からケチをつけられているように感じることがあるものです。しかし、自分で自分を冷静に観ると、その癖や性分の実体は馬鹿馬鹿しくて滑稽なことがわかってきますからね(笑)。自分のことを笑えるようになると、希望につながります。それはなぜかというと、改善される自分がイメージできてくるからです。

リョウチンにはリョウチン独特のワールドがあり、例えばリョウチンは面を彫ります。富士浅間木の花祭りの榊鬼の面は、0からリョウチンがつくったのです。確かに、世の中には面を彫る人はたくさんいますが、ここ独特の祭りに対する精神性を反映させるという意味では、外の人に頼んだら、我々の注文どおりには絶対になりませんからね。リョウチンが面を彫り、ポイントのところでは「ここはこうだぞ」「あそこはこうだぞ」と僕の直観を伝え、面に魂を入れながら、パートナーシップで出来上がったものなのですよ。でも、途中でリョウチンは、「僕はそうはやりたくない!」という心が出てきたものですから、「これはあなたがつくりたいものをつくるということではなく、ここの榊鬼はこういうものなのです」と伝えながら、このように仕上がっていったのです。

ようこ:
面づくりのプロセスにもリョウチンのねじれの癖が現れて、修行の日々だったね(笑)。

リョウちん:
これは一年半かけてつくりましたが、自分でもよくやったと思います。

いさどん:
リョウチン、次が待っていますからね(みんな、笑)。

ようこ:
これは「リョウ」が活かされた例だね。

いさどん:
そうですね。この榊鬼は魔界の主ですが、魔に落ちてくるものを清浄にして、人間界に送り返す存在なのです。

リョウちん:
裁く閻魔ですね。

いさどん:
そうです。

リョウちん:
自分で言うのも何ですが、僕はなにかしらの素質は持っていると自分では思うのです。ただ、それを発揮しきれない部分も自分にはあって、あの面ができたのは結局ここのバックアップがあって、皆のエネルギーによって支えられたから出来たのです。ひとりでは、あれだけの時間をかけてあれだけのものは絶対つくれません。

いさどん:
もっとあなたにしか理解できないものをつくったりしていたかもしれませんよ(笑)。

リョウちん:
おそらく、そのように行くでしょうね(笑)。だから、自分ひとりでは表現しきれないものを出していくことが、僕にとってのひとつの課題だとは思っています。僕は陰性で受け身なところがありますしね。

いさどん:
今、ここに皆の地球暦がありますが、これはその人の精神性と社会性を示すものです。例えば、リョウタくんの地球暦は全体に惑星が配置されていますね。それに比べてリョウチンの地球暦は、全体の4分の1のところにほとんどの惑星が配置されていて、それ以外のところにある水星は破線になっています。そうすると、リョウチンの場合、この特定のところでだけしか生きられないという捉え方も出来ますが、逆に「この分野なら任してください!」ということでもあるのです。

例えば、「妄想するなら僕に任せてください」とか(みんな、笑)。リョウタロウくんの地球暦を観ると、正常の思考ラインと妄想ラインが分かれているのです。ですから、先程のリョウタロウくんの話がそのままこの地球暦に現れていますね。

そこで、それぞれの個性を活かすためには――、(いさどんはすべての地球暦を重ねて)このようにすべてを合わせると、すべてに惑星が配置されるのです!これが「群れる」ということです。そういった意味では、昔、生きることが厳しかった時代には、人々は群れて暮らしていましたから、「危険を察知するのは私に任せて!」とか、「獲物を捕るのは僕に任せて!」と生きていました。ところが、現代の人々は自我が強くなってしまい、「俺が、俺が」と個がバラバラになってしまった結果、それぞれがその人のエリアに囚われて生きるようになってしまいました。現代社会はものは豊かで、人間関係は複雑ですが、一人ひとりはとても孤独で生きています。

そういった意味で、これからの時代は群れの中で生きると、リョウチンのような個性が活かされるということです。リョウタくんの地球暦を観ると、全体に惑星が配置されていますので、それは全体にアンテナを張っていてバランスが良いように見えます。しかし、実はその精度は低いのです。そのことがわからなければ、興味本位で関心があちらこちらに移ってしまい、定まらない人生の意味がわからないで終わってしまうことにもなります。

そこで、21世紀は、「いかに群れるのか」ということが人類のテーマです。1760年のヨーロッパ産業革命からイギリスが台頭し、その流れを受けて今はアメリカが世界のリーダーになっていますが、それは結局個人主義の台頭でもありました。ですから、ひとりでは使いきれないような富を持っている人もいれば、その結果今日一日ご飯を食べることができない人々がいたり、中には餓死するような人たちも地球上に現れてきたのです。それを解決するためには、個人主義という価値観から全体主義という生き方に人類は転換する時を迎えているのです。なぜなら、我々は全体主義の中で生かされているのですからね。

皆さん、良いところに来ましたね(みんな、拍手)!

ようこ:
カタカムナ人が群れて生きていた時、天気を感じる人、食べ物がどこにあるのかを感知する人、危険が来たら察知する人とそれぞれ別のセンサーを持って役割を果たし、全体の群れを維持していたという話をいさどんはよくするけれど、その人それぞれの得意分野があって群れて生きれば、一人ひとりが自己完結して皆がオールマイティになる必要はないね。

いさどん:
例えば動物の世界では、トドでもシマウマでも群れて生きていますよね。その中で皆で危険を察知し、交代で見張りをしながら、安心してエサを食べています。しかし、そのような勘が鈍ったものは群れの中では不要となり、廃棄するために他の獣がいて、それを捕って食べてくれる結果、群れの中に足手まといのものがない状態になるのです。つまり、群れ自体が常に健康な状態で維持されることになるのです。

ところが、人間は動物のように廃棄されなくても、智慧を使っていつまでもピンピンと元気に役に立ち、寿命を迎えたらコロリと潔く逝くことができるのですよ!その「ピンピンコロリ」の精神が、木の花ファミリーが設立された本来の目的なのです。世界に新たな秩序をもたらし、本物の豊かさを提案する――。

その時に、魔界の話はぜひ講座でやってもらいたいですね(みんな、笑)。もしくは木の花劇団でやってもらいたい(笑)。

ようこ:
この「リョウ・リョウ・リョウ物語」を劇団のシナリオにしたら、結構面白いよ(みんな、笑)。

いさどん:
ということで、それぞれが今までの人生を振り返ってみて、今まで自分自身が自分を混乱させ、傷つけてきたり、被害的な意識に立ちながら、実は自分が加害者であったことが観えてきたかと思います。ちょうど今、縁あって名前に「リョウ」がつく人が集い、改めて人生を振り返ってみて、今後の方向性が漠然とながら観えてきたことかと思います。あくまでも、今日は「リョウ」にこだわってこの場を終わりたいと思いますがいかがでしょうか(皆、大拍手!!)

リョウタくん:
面白かったです!

いさどん:
面白いということも言えますが、僕がいつも思うのは人間というのは本当に奇妙な生き物だということです。それは不可思議だということも言えますが、本当に傑作であるとも言えるのです。「リョウ」だけでも、これだけの量のバラエティに富んだ話題になるのですから(チーン♪)、人類すべてを合わせてみたらどうなるのか想像してみて下さい!ブッダかキリストかムハンマドかというものがいたり、中にはヒトラーやキム・ジョンウンのようなものもいるのです。トランプもいますよ!さらに、その一角にいさどんのような人もいるのですよ(みんな、笑)!!本当に奇妙な生き物です。このぐらい多様性ある生き物は他にいません。

ですから、その人の存在の仕組みを知れば、我々はどんな境地にも立てるのです。しかし、無限なる可能性を持つ人類が自我に囚われ、自分が見えている世界を絶対視しているようなことでは、新たな世界は生まれてきません。人類の内側には、まだ無限なる可能性が眠っているのです。

ですから、魔界の発想を凡人にも理解できるように解読して楽しませてくれたら、ウケると思いますよ(みんな、笑)♪こんなにおどろおどろしい人が皆の笑いを取っているのですからね。リョウタロウくんが初めてここに来た時には完全に統合失調症でしたが、最初の面談の最中に既に彼の奥に正常さが観えてきましたからね。通常であれば、当初の彼の状態は「ここでの滞在は無理ですね」とお断りする段階でしたが、今はこうやって自分自身と向き合い改めることに取り組めています。ということで、これにて本日の「リョウ・リョウ・リョウの集い」を終了します。これがあまりにも良かったからまたやりたい!ということでリクエストをいただければ、検討いたします♪

皆:
ありがとうございました!!