「これからも更に幸せになります」〜 ゆっこちゃんのケア滞在記

統合失調症の克服のために、木の花ファミリーの自然療法プログラム(通称ケア滞在)を受けにやって来たゆっこちゃん。わずか3週間の滞在で大きく変化し、30年にわたる心の病から開放されて、今月初めに卒業を果たした彼女が、自身の体験を振り返ったケア滞在記を書いてくれました。

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木の花ファミリー ケア滞在記(2014.7/1~8/3)

私は16歳の時に、母の突然の入院により生まれて初めて人生に不安を抱くこととなりました。これを機に自分の心を見つめるということができなくなり、心を健全に保つことができなくなりました。また、非社会的な経験を受けたことにより社会的な不安も重なり精神的な病である「統合失調症」となりました。

過去3回の入院による治療効果はなく、2014年4月24日に四たび入院することとなりました。投薬による治療でしたが、やはりこれも根本的な心の治療とはならず、以前訪問した「木の花ファミリー」の自然療法プログラムを受けることとなりました。

そして、治療開始から卒業まで約3週間という結果が出る体験をしました。

ここには生命が本来の好循環となるものがバランスよく揃っていました。そして今回ここに生活ごと身を置くことにより、30年にわたる心の病から健全な心へと変わることができた。正直、素直、信じるというここでの基本をもとに、人から学び頂くという心構えを実行することにより、願いがかなうこととなりました。

一番結果をもたらしたこととしては、過去の体験による心の悪習慣を日記に書くことより、自分を客観視し、いさどんのコメントや週一度の面談を通して、ものの見方、また自分の考え方が変化することとなり、そして、自らの手では得かねる、今までにない健全な良き好循環をもたらす習慣をいただくことにより、一瞬のうちに大きな変化をもたらすこととなりました。

私にここまで変化をもたらした、木の花ファミリーに揃っている、ケア滞在及び心磨きの環境を下記に示します。
1. 富士山の麓の大自然によりパワーをもらう。
2. 澄んだ空気を吸うことにより、爽快な気分になる。
3. 天然循環農法による野菜などの食事により健康を取り戻す。
4. 木造住居での生活による心の落ち着きを得る。
5. 心の触れ合いによる人間関係の充実。
6. サポート体制(ケアサポーターの力)の充実により心の安定を得る。
7. 大家族による多面的なアプローチ。
8. 子供たちの成長過程を見ながら学ぶ。
9. 大人ミーティングによる心磨きの実体験。
10. この世界の流れを知る木の花塾。

心を健全にするためには、更に以上の環境にプラスアルファー、私には以下のことが必要でした。
1. 執着してしまうことを手離し、次へと進む。
2. 周りからいただくの気持ちをよく理解し、そのまま実行する。
3. 人の気、横のつながりの中のみの世界から、天の気とのつながりをイメージし時の流れに流される感覚を得る。

自分自身の時の流れとタイミングが合い、あきらめない。目指しているところから目を離さない。意志を固く持つことが持続できたことが加わり、結果とつながりました。

プログラムを終えて、今現在、大きく変わった感覚は、やること成すこと、前とは観える範囲が広がったことと、人へ向ける心が変わって穏やかになったこと、毎日気持ちが楽になったことです。

心のゆがみとなるカルマの特徴をよく自覚し、これからの人生を共に歩む夫との心地よい調和を成す学びを得るために、夫とともにこれからも木の花ファミリーと関わっていきたいと思います。

いさどん始め、ケアサポーターのみほちゃん、そしてファミリーの皆さん
それぞれの心ある温かい愛に包まれ、最後まで同じ気持ちで同じ方向をめざして支えてくれた夫に、この場を借りて深く感謝の気持ちをお伝えします。

本当にありがとうございました。

この経験を大事に、これからも更に幸せになります。
  
  


Hちゃんの奇跡の物語 ~卒業編「人生で一番大切にしてきたものよりも」〜

3月末からケア滞在している39歳のHちゃんのケア卒業コンサートが、昨日行われました。実質6週間のケア滞在を経て、10代の頃から苦しんできた病的な状態を超スピードで抜け出していったHちゃん。今回はHちゃんのケア卒業スピーチをご紹介します。
   
「ケア卒業スピーチ」

木の花に来る前の12年間わたしは一日の大半をベッドの上で過ごしていました。近所のスーパーにも行けない日もありました。いちばん具合の悪い時期は、スーパーに行けるようになるのが早いか、トイレットペーパーがなくなるのが早いか、ひやひやした時期もありました。そんな時はパソコンを開いて配達を頼む元気もなかったのです。

意識ももうろうとして、体調が不安定なわたしは健康な友達と外で会う約束をしなくなりました。
そして人と会話する時間は減っていき、部屋で一人過ごしていると頭が狂いそうにもなりました。おしゃれなカフェに行ってお茶すれば気分は晴れるけど、それもできない時が多かったのです。私には夢があり「絶対に治ってやる」と思っていましたが、あまりの辛さに突発的に自殺してしまいそうで「いのちの電話」に電話したこともありました。

そんな12年間を過ごして去年あることにやっと気づきました。どうやら団らんの中にいると体調がいいということでした。親戚の家にいる時、元夫とうまくいっていた時は体力があがりました。
それならば親戚の近所に引っ越せばいいのですが、それもかないませんでした。父から逃げている私をおじは理解してくれなかったので。
ならば、婚活をしてデブ専いや、ぽっちゃり好きの殿方を見つけようと思ったのですが、何せ外出を思うようにできないのだからそれも無理でした。

こんなにっちもさっちもいかない状況の中、木の花を見つけた時は「もう早くいってよお~」と思いました。実際来てからは、実はあやしい図にむかってオーと言っている(注:カタカムナのうたいの奏上のことです)みなさんを見てどぎまぎしたり、Welcome to Konohana familyを聴いて号泣したり、こゆ~い一か月半を過ごしました。そして私の人生は根こそぎ救われました。

ケア滞在の肝はもちろんいさどんとの面談ですが、全く衝撃でした。その人生初めての治療方法に目からうろこの連続でした。
2回目からは厳しく自分の曲がった点を指摘されることに快感を覚え、最近では「クセになりそう」と感じはじめていました。そうしたらもう卒業です。もうちょっと愛のムチでうたれたかった。いや、これからもよろしくお願いします。

いさどんから自分の考えをふくらますクセと先取り不安が症状をつくっていること、そこから脱出できることを教えてもらいました。でもこの環境がなければその習慣化した思考を治すことは難しかったでしょう。なぜなら、具合の悪い人間が一人で生活していれば、自分の体力の限界を常に予想し、「ここまでやったら具合悪くなっちゃうかな。疲れる手前で帰って来られるにはどういうふうにすればいいかな」と日々刻々計画しなければいけないからです。
倒れてもいい、疲れて動けなくなってもいい、みんなが支えてくれるから、という環境があってこそ、先取り不安の思考を転換できたのだと思います。疲れに対する恐怖から脱出するには、みなさんの理解と支えなしでは不可能でした。
以前は団らんの中にいて自分を治そうと思っていました。でもそれは、いつまでも他人に依存するということです。だって団らんから離れたとたんに元の具合の悪さに戻るのですから。
でも今は、いさどんの指導と自己観察とみなさんの支えで疲れの恐怖自体から自由になったので、もうひとりでどこに行ってもあの症状は出ないという確かな感覚があります。

それからこの前じゅんじマンが言ってくださった私の夢について少し話させてください。
私の夢は電力の民主化です。それは日本が自然エネルギー100%になり、それぞれの発電所がスマートグリッドで結ばれて、それぞれの家庭が電力会社を選べるようになることです。
スマートグリッドというのは、賢い送電網という意味です。例えば太陽光を得意としているところが今日は雨であまり発電できなくて電力が足りなくなった、逆に風力発電を得意としているところにいい風が吹いて電力あまっちゃったとします。それをコンピュータが計算して自動的に電力を足りないところに送ってくれるのです。各地方で各家庭で発電したものがインターネットのように結ばれ電力を調整していくのがスマートグリッドです。
また、東京電力や関西電力など大手の電力会社から電気を買うのではなく、地元の自然エネルギーの電力会社から買えようになり、地元にお金がおちるようになったらいいなと思います。
このようになったら、環境や発電所の作業員や周辺の人たちに負担がかからないし、私たちが払った電気代が大手メディアの接待に使われ、テレビ報道に大手電力会社の意向が反映されることもなくなるでしょう。
自分たちで使う電気を自分たちでつくるのです。そうすると、お金が特定のところに集中しなくなります。これは電力の民主化だと思います。

このことの実現のためにすでに活動している組織があります。そこに参加することが私の夢です。でも以前の体力ではその会議にでさえ参加できませんでした。とてもはがゆかったです。
そして神社に行ける時はこうお祈りしました。
「日本の美しい自然を守るための活動に参加したい。日本がもっと民主的な社会になるための活動に参加したい。私を治したこと絶対に後悔させないから、神様どうか私の病気を治してください」と。
そうして今私は木の花にいます。いずれその活動に参加できることを確信してここにいます。そして、人生でいちばん大切にしてきた「民主主義」という考え方よりも、さらに高いこの生き方に出会ってここに立っています。

私にはもうひとつの夢ができました。それはわたしのような病院に行っても治らない症状で苦しんでいる人たちに一人でも多くこの場所を知ってもらうこと、それからこの力を合わせて生きる道を知ってもらうこと。
この二つの夢を叶えるためには成熟したヲトナ(自分の幸福を追求するよりも、次世代に持続可能な社会を残すことを優先して生きる大人)の精神が必要であることを学びました。

なので皆様これからもご指導ご鞭撻、ビシバシよろしくお願いいたします。
そして最後にこの場所をゼロからつくってくださったいさどんと創立メンバーの方々に心からの敬意と感謝を申し上げたいです。そしてメンバーの皆様にもこのすばらしい環境のひとつひとつに感謝申しあげます。みなさま本当にありがとうございます。
  


Hちゃんの奇跡の物語 ~ビフォー&アフター編~

3月末からケア滞在しているHちゃんの日記の紹介第3弾です。
  
≪5月18日≫

今日は「恵みいただきます」の日。木の花はいつも以上に活気にあふれている。キッチンに入れば、その活気と楽しさでいくらでも動けそうな気がする。しかし、その時は動けても、あとで数日疲れから抜け出せないかもしれない。ヘルパーさんもたくさん来てるし、体力を上げていくのが自分の仕事と思い、いつもの日課をただ淡々とやろう。

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なかなか体力が上がらない。いったいいつになったら自分でお給料をかせげるようになるの?と思うことがよくある。そう思うには2つの理由がある。

○ここに来て、まだ1ヶ月と1週間だというのに、私の体感は3・4ヶ月いる感覚だからだ。
○ここの元気なメンバーとヘルパーの体力と自分を比べてしまうから。

・・・なので、ここはいっちょ、ここに来る前の私と今の私を比べてみよう。

前:1時間椅子に座って起きていたら、1時間ベッドに横になる。
今:だいたい起きてられる。

前:文字をたくさん書くのもたいへん。
今:毎日日記を書いている。しかも木の花の動画を見て、日本語に文字起こししてから、中国語に翻訳している。集中力がついた。

前:お皿1枚、コップ1コ洗うのもたいへん。
今:もういったい何十枚洗ってるかわかんない。

前:眠る前に1時間ストレッチが唯一の運動。
今:朝、夕、ストレッチに筋トレを加え、計2時間やってる。宮ノ下への散歩も。

前:ちょっと疲れると血の気が引き、ふらふらした。それを治すため、そのつど何かを食べていた。
今:もうそんなことは起こらない。2度とね!☺

前:朝9:00か10:00に起床。
今:7:00に起床。

前:6畳のワンルームがだいたいの行動範囲。
今:この大きな家を行ったり来たり。

前:意識がもうろうとして、その上会話する時間も少ないので、意識が崩壊していきそうな恐怖があった。
今:意識が少しずつはっきりしてきた。まとまりが少しずつ出てきた。ふすま一枚開ければ、話し相手がいる。

・・・1ヶ月ちょっとでこの変化は大きい!!!

あっ、まだありました。

前:漢方を飲み、光線治療を受け、カウンセリングを受け、最低週一、整体かマッサージに行ってやっと生きていた。
今:それら全部なし。

It’s Konohana Magic!

~いさどんからのコメント~
それらは目出たいことです。あなたの体験を同じように苦しんでいる人に知らせ、その人達を助けていきましょう。ありがとうございます。
  


Hちゃんの奇跡の物語 ~畑編〜

3月末からケア滞在しているHちゃんの日記の紹介第2弾です。
 
≪5月4日≫

今日、ヘルパーで来ていた方からステキな話を聞いた。彼女曰く、

「ここの人たちは、畑での作業が丁寧で、そして無駄がない。きゅうりのツタをはわせるためのテープをめぐらす時もきっちりメジャーで計る。めぐらすやり方も右回りか左回りが決められている。
1つ1つの作業に意味があり、効率的で無駄がないのは、茶道を思い出させる。茶道では所作の1つ1つの意味を理解し、身につけることが精神性の“道”につながっている。木の花の畑隊のみなさんの作業は茶道のように考えられた効率性があるのでとても美しい。

そして、今までは“自然を大切に”なんて考えてはいたけど、イメージにすぎなかったと思う。畑に出て、自然と共に作業して初めて、自然に生かされていることを実感できる。言葉上だけではなく、実体験で理解できるのは畑に出てこそ!というのは、自然の神々と人間をつなぐもの。自然の神々と人間の共同作業は畑でしかできないから。畑に出れば色んな問題が解決していくんじゃないかな。
阿吽も、自然が阿と言って、それを人間が察知して吽と言うところから始まったんじゃないかな。阿吽の呼吸も1人では決してできない農業をするからこそ、必要なのであって、共同体や人と人同士の阿吽の呼吸が先にあるんじゃなくて、畑での作業があるからこそ、そういうことが必要であり、実体験もできていくんじゃないかな。」

34歳のお若くかわいい女性から、何とも知恵のあるお言葉をいただいた。

私も畑に出させていただこうかな。りゅうしろうさんが苗の作業だったら座ってできるものがあるよと言ってくださった。あ、でも、そろそろ苗の季節は終わりかな。

~いさどんからのコメント~
とても良い学びの毎日になっています。そろそろ次のステップに進む時ですね。
  
  


Hちゃんの奇跡の物語 ~まぼろし編~

39歳のHちゃんは3月末、初めて木の花ファミリーを訪れました。16歳から精神科に通い、元々あまり体力がなく、「このままでは人生を開けない」と感じたHちゃんは、ご両親や友人から「あなたは疲れたらすぐ休むから体力がつかないのよ。みんな疲れても働いているのよ」と言われてきたので、10数年前、体に鞭を打って働いていました。大学を卒業してからそれほど働いた経験がなかったHちゃんは、いさどんとの面談の中で「元気になって働けるようになりたいと思って参りました。家族的な雰囲気・団らんの中にいると元気になるみたいなので、こちらにお世話になりたいと思いました」と話し、早速ケア滞在をスタートさせたのです。

当初はお部屋とみんなが食事や会議のために集うホールを行き来するだけでもたいへんだったHちゃんでしたが、徐々にここでの生活にも慣れ、また毎日日記をつける中で自らの想いを自由に解放し、それに対していさどんが的確なコメントをつけていくことで、Hちゃんの心がどんどん健全になっていきました。もともと学習能力が高いHちゃんは、1週間毎に持たれるいさどんとの面談で伝えられることをしっかりと理解し、その内容を大人会議にてみんなの前で堂々と発表する姿からは、病的な印象が少しずつ消えていきました。

そんなHちゃんが「まぼろし」について書いた日記の個所を今回はご紹介します。
  

≪4月23日≫

「まぼろし」 どうして私は「まぼろし」に力を与えてしまったんだろう。このまぼろしは私の症状の正体。「不安」だ。今、6:10am。30分ほど前に目が覚め、ずっとその症状の正体と戦っている。これにひきずりこまれれば、また症状が出る感覚がするからだ。でも、これはまぼろしだ。そうだ、IKKOさん風に言ってみよう。まぼろし~~♡ マボロシ~~ 幻
ようこそ、おいでくださいました。症状の正体さん、マボロシさん、不安さん。やっと正体を現してくださいましたね。待ってましたよ。せっかくお会いできたのに、残念ですが、あなたはまぼろしです。消えてもらいましょう。さようなら。

~いさどんからのコメント~
だんだん変化・変態が進んで来ました。
  

≪5月3日≫

今朝、症状の正体=力が抜けていく感覚=不安が姿を現した。戦ってみたものの、この前のように勝てそうもなくて困っていた。そんな時、ちょうどサポーターのラヴちゃんが部屋に戻ってきた。

私「ラヴちゃ~ん、ちょうどよかったー!今、症状の正体、力が抜けていく感覚・不安が現れて、戦っているの。どうしよう?」

ラ「えっ、どういうこと?」

私「そうだよね。それだけ言ってもわからないよね。」

・・・どう説明していいかわからず黙り込む私。そして、心の中で、どう説明していいかわからないってことは、やはり“まぼろし”なんだな、と思った。そうすると少し、そのまぼろし・力が抜けていく感覚・不安が小さくなった。でも少し気を抜いたら、のまれそうで、気が抜けない状態で、また黙り続けていた。

ラ「でも、とりあえず、戦うんじゃなくて、それにひきずられたくないって自分でわかっていたら、ひきずられないことを選択すればいいし、もしできなかったら、まだそういうのが心の中にあるんだということを認識して、症状がまた出てきてもいいし、とりあえず戦うとかそういうのじゃなくてもいいんじゃないのかな。よくわからないけど。」

~いさどんからのコメント~
その状態はあなたの心の奥でその症状を求めているのです。だから、その症状を不必要な人になることです。

私「そうだね。」

ラ「おっ、姿を現したね、いらっしゃい!みたいな感じでもいいかもしれないし。」

私「そうだね。」

ラ「そういう時こそ、日記を読み返してみるとか、面談でいさどんにどういうことを言われた時に気づけたのかを思い出してみるとか。」

私「そうだね!」

~いさどんからのコメント~
その振り返り方はgoodです!

ラ「現象が現れる時って、いやだけどさ、大切なことを思い出すチャンスなんだよね。人ってわかったつもりでも何も問題が起こらないと忘れてたりするからさ。だから現象・問題が現れたら、大切なことをもう一回復習してもっと理解しようとすればいいんだよね。そういうふうに、大切なことにフォーカスして、ポジティブな方向にもっていけたら、もうその時は、実はその現象や問題はどうでもよくなってたりするんだ。」

~いさどんからのコメント~
ナイス、ラヴ!

私「なるほどー!・・・・ということでなんか動き出せるぞ!」
と言って立ち上がった。

ラ「それ、ほんとにまぼろしだよね。今、動けたんだから。でも、そのまぼろしがなんで心の中にあるかわかる?」

私「う~~ん」

ラ「わからなかったら、それ以上考えたってわからないから。わからないってことを認識していればいいよ。」

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昼の会話

私「田楽祭の会場の宮ノ下まで自転車で行こうと思う。もし腰が痛くなったら一人で帰って来れるように。」

ラ「ん?一人?なんで?」

私「今だって、いろんな人を送迎するでしょ。それにみんな忙しいだろうし、田植え祭楽しんでるところ、私のために途中抜けさせちゃ悪いから。・・・これって、私の例の先取り不安?」

ラ「そうだね。考え方のクセが出ているよね。別に痛くなったら、言ってくれたら誰でも送るし、考えすぎ。自転車で行きたかったら、行ってもいいけど、とりあえず普通に行ってみたら。」

私「うん。」

結局、始めから終わりまで楽しんで、帰りは歩いて帰ってきた。腰がひどくなるということもなかった。
よくわからない症状の正体について、一つだけ確実に言えることがある。それは、ここに来る以前は、戦う余地もなく、既に脱力感と極度の疲労感がそこにあったということ。東京にちょっと帰っている間と今朝と2回、この症状の正体(という感覚)と真正面に出会ったけど、いずれも、朝目覚めたばかりの時で、前回ちょっと疲れたかなとか、生理の2日目だったり、体に少し負荷がかかった時だ。こういう時は、ここに来る以前だと、目覚めた瞬間に血の気がひいた感覚があり、起き上がることさえしんどいという現象が起きていた。戦う余地など毛頭なく、もう疲れに打ちのめされていた。そして、そんな時私はこう思うのだった。「あれー、昨日、あれくらいの活動なら大丈夫だと思ったのに。そんなすごく疲れたわけではなかったのに。ああ、もっと活動時間を減らさなきゃいけないな」と。
今は戦う余地(ラヴちゃんに戦うんじゃなくていいと言われたけど☺)があるのがうれしい。そして、今のところ、ひきずり込まれずに済んでいる。

~いさどんからのコメント~
病は気からです!
  

≪5月9日≫

「症状の正体 最終章」  

症状の正体についていさどんが日記にこんなコメントを書いていた。「その症状があるのは自分が求めているからです。それが不必要な人になりましょう。」それを読んで私はちんぷんかんぷんだった。というか「求めてないし!」と思った。

でも自己観察を続けていた私は、いいことでも悪いことでも考えをふくらます時、脳内に快感物質のようなものが出ていると感じていた。私は一種の考えふくらまし中毒になっていると気がついていた。あの症状の正体=まぼろし、でもおそろしい感覚をともなうまぼろしは、その中毒症状の副産物なのではないかと推測した。それをいさどんやみんなの前で発表した。いさどんに「そういうことだ」と言われ、またみんなの前で発表したのがいい刺激となった。今、心を覗いてみると「もう二度とあのまぼろしは現れないだろう」と感じている。

いさどんは、まるで心の腕のいい整体師のようだ。しかもそのやり方は、硬くなり痛みを生じている場所をマッサージなどして治療するのではなく、実はそこに関節があって「動くようにできているんだよ」と指摘して、自分で治るやり方を教えてくれるのだ。

いさどん、ありがとう。あなたに出会っていなかったら、私の心は硬くて痛くて身動きとれないままでした。

~いさどんからのコメント~
そのような素直な心を保っていきましょう。