木の花ファミリー通信 2011年6月号

少し遅くなってしまいましたが、ファミリーの月刊ニューズレター、「木の花ファミリー通信」の6月号が発行されました。ぜひ、お読みください!ダウンロードしたい方は、こちらからどうぞ。

最近のニューズレターは、いさお、なかのん、れいちゃん、ともちゃん、あやちゃんの編集委員会で内容を考えて制作しています。ライターも少しずつ増え、多彩な紙面になってきています。あまり読まれたことのない方も、ぜひ読んでご感想をいただければ嬉しいです!

  • 巻頭言(文・ようこちゃん)
  • トピックス
    • 己を知り、地球を知る ~ 地球暦ワークショップ(文・こまねち)
    • いさどん、宇宙を語る ~ 中央大学で講義(文・さのっち)
  • みんなの暮らし
    • 今夜はみんなで映画ナイト!(文・れいちゃん)
  • ファミリー紹介
    • かなちゃんの巻(インタビューと文・ともちゃん)
  • 畑だより
    • スイカ栽培と心の学び:かずこちゃん(インタビューと文・いさお)
  • 今月の木の花菜食レシピ
    • たかきびのジャージャー麺(調理・のんちゃん)
今月の木の花菜食レシピ、たかきびのジャージャー麺

[issuu viewmode=presentation layout=http%3A%2F%2Fskin.issuu.com%2Fv%2Flight%2Flayout.xml showflipbtn=true pagenumber=4 documentid=110706004923-1069fa3ce08f4a46828a27e876fd5e49 docname=nl46 username=konohanafamily loadinginfotext=%E6%9C%A8%E3%81%AE%E8%8A%B1%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%BC%E9%80%9A%E4%BF%A1%20Vol.46 showhtmllink=false tag=ecovillage width=480 height=678 unit=px]


スイカが教えてくれたこと

オフィスチームのいさおです。畑ブログにはめったに顔を出さないのですが、今日は、ニューズレター用に僕がかずこちゃんにインタビューした原稿を掲載したいと思います。ニューズレターにはこれを4分の1ほどに圧縮した内容を載せるのですが、原文もとてもいい内容なので、ブログに残しておきたいと思います。

スイカのお世話をする和子ちゃん。楽しそうです!

今日、スイカの交配(受粉させること)をした。交配は、蜜蜂さんに頼ってもいいんだけど、人間がしたほうが確実。耳かきの後ろについている綿を使ったり、雄花を直接つけたりした。私は知らなかったんだけど、いさどんがスイカを担当していた頃は交配をしていたそう。

スイカ作りは、難しい。いさどんが担当していたときから、毎年、スイカは苗作りが課題だった。今年はわたわた(編注:ファミリー同然の付き合いをしている自然農法センター研究員の石綿薫さん)に聞いて、専用の温床を作り、苗を育てる温度を高く設定した。土に空気の層ができていると良いと聞いて、そのような工夫もした。その結果、芽がきれいに出揃って、これはいける!と思った。長年の課題が解消して進歩したことがわかった。

例年は、苗の生育が揃わないだけでなく、アブラムシがやたら出ることにも悩まされた。それが、今年は肥料を極力減らした結果、アブラムシが出なかった。

去年もスイカは作ったけど、いさどんも忙しくて手をかけられなかったし、ひろみちゃんも私もよくわからなかったので、ほとんどできなかった。そのときに、来年こそ!と思った。ひろみちゃんも、来年はかずこちゃんやる?って言ってくれていた。そういうこともあって、今年担当することになったのだけど、やるからにはいいスイカを作りたかった。よし、やるぞ!って感じだった。

5月の初めに苗を畑に植えたときに、勢いがあって、やっぱり今年はいける、と思った。とはいえ、自分流にやると失敗のもとなので、わたわたやいさどんにまずしっかり聞いて、慎重にやることを心がけた。

たとえば、スイカの親蔓を止めるタイミングがあるのだけど、わたわたにどのくらいの時期で止めたらいいのかを聞いたら、子蔓が伸びようとするタイミングを見計らうんだよ、と教えてくれた。よく見ていたら、ここだ!というのがわかった。

苗を定植する場所は、みんなが土づくりをきちんとしてくれたり、きれいに茅を敷いてくれたり、いい環境を整えてくれた。その場所がとてもいい空気になっている。見てくれたわたわたも、スイカがエネルギーを出していると言ってくれた。

世話をしはじめると、夢中になって対話をしたりして、ここまで作物に愛情をかけたことはなかったな、と思った。スイカが可愛いし、愛情をかけることでスイカも喜んでいることを感じる。そんなスイカの様子をみんなに見てもらうことで、またスイカも喜ぶ。スイカと対話していると、周囲の環境と一体化して、瞑想しているときのような感覚になったりする。

心によって景色が変わることを実感している。以前、この世界は尊くて美しい、といういさどんの話があって、それを聞いたときはどんな世界なんだろうと思っていたけれど、ああ、これがそうなんだな、って思ったり、人の心の美しいところが見えて感動したり、景色がいつもより美しく見えたり、そういう心の状態があった。

スイカの世話をしながら、昔、スイカを担当していたいさどんを後ろから追いかけていた頃のことを思い出した。いさどんはスイカにすごく愛情をかけていて、作物を丁寧に扱うこと、たとえば愛情をかければつるは絶対に踏まない、などと叱られながら教わったことを思い出した。あの頃はお手伝いだったけど、いさどんがこんなふうに愛情をかけていたのか、ということが思い出されて、いさどんの気持がわかった気がした。ひろしさんと一緒に世話をしていると、けっこう雑なところがあって、葉っぱを折ったり、蔓を踏んだりするんだけど、昔は私が注意されていたのに、今は注意する側になった。

スイカはデリケートなので、蔓には極力触らないようにしている。わたわたは蔓を動かしてビニールに入れる方法を教えてくれたのだけど、いさどんは蔓が可哀想だと言う。それを聞いて、そうか、私は何も考えていなかったな、と、動かさない方法を取ることにした。

いさどんにいろいろと報告していると、じゃあミツバチを持って行こうか、と言ってくれたり、交配のときは畑までついてきてくれたりした。私がスイカに集中しすぎていると、他にもいろいろやることはあるから、バランスが大事だね、とアドバイスをもらったりした。たっちゃんは、いろいろ勉強していって、この愛情をいろんな作物に広げていくといいね、と言ってくれた。愛情を広げていくというのは、作物に限らず、たとえばケアで滞在している人に対してなど、他のすべてのことについて言えることで、スイカづくりを通して、そういうことを学ばせてもらっていると思う。

ファミリーはお金のために作物を育てているのではなくて、愛情をかけて育てるプロセスの中で、作物から心の学びをいただいている。作物と会話をすることが大切なんだけど、作物は言葉を話さないから、いろんなことを見極める必要がある。そしてそれは、自分の心がクリアになっていかないと見えない。何に関してもそうだと思う。注意して眼を向けることも必要だけど、自然な気づきがあることの方が大事。神様に心を向けていけば、意識して自分が愛情をかけよう、と思わなくても、流れはスムーズになるはず。それがポイントだと思う。神様とつながっていれば、必要なことが必要なときに起きる。

最近は、それが目で現象を見るようによく見える。作業でも、自分が神様とつながっていると感じているときは、思った以上にスムーズに事が運ぶ。そういうことが、日常の作業で確実に見えてきている。普段のなんでもない日常の中で、一人でいるときでも、神様とお話ししていたり、誰かを思ったりしている。

最近、私の中では大人ミーティングのウェイトが高い。ファミリーはよく、ミーティングを17年間一番大切にしてきたって言うけど、そうは言っても眠たくなったり、身が入らなかったりする自分をやましく思う心があった。どうしよう、って。

でも、生前葬の後くらいから、これではいけない、自分たちで作っていかないといい場所にはならない、って。どうやったらいい場所になるだろう、と考え出すと、ふとそういうことが湧いてくる。その思い浮かぶことが、それをやってみなさいよ、と後押ししてくれているように思えた。たとえばみんなが考えるような話題を提供してみよう、とか、そういうことをひとつずつ実際にやってみて、みんなの反応を見て、やってよかったって思えた。ひとつ自分を前に押し出すことで、たとえば私は人に伝わるように話すことが苦手だったのだけど、それをクリアしたい、という思いが湧いたり、なかなかメンバーの全員とは会話できないものだけど、ミーティングでシェアすることでみんなと思いが通じたり、自分の想いをシェアすることの良さを実感して、やっていくようになった。

これまではどちらかというとミーティングを積極的に作っていく側ではなくて、聞く側だったが、今はミーティングを振り返ったり、もっといい場所にするにはどうしたらいいか、と考えるようになって、いろいろな想いが湧いてくるようになった。その想いを出して、自分を空にすると、もっと入ってくるようになった。ずいぶん、今までの感覚とは変わってきたと思う。求めれば求めるほど、それに見合う気づきがあったり、流れがスムーズにいったりしている。

以前は何か問題事があって落ち込むと、なかなかそこから立ち直れなかったけれど、今は何かあると、自分が悪い流れをもらったことをまず認めて、失敗をバネにしよう、と思えるようになった。たとえば、この前、交通違反で罰金をもらったが、それだけみんなのお金を使ったのだから、学びに生かさないともったいない、って。そうやって生かすことによって、みんなのためにもなる。最近は、どちらかというとプラス思考になった。そうすると、日々の生活でも、いろいろ考えるようになった。どうやったら、ここがいい場所になっていくのかな、って思ったり、滞りのある人には声をかけてみよう、って思ったり。みんなと一緒にやっていこう、って。


にんじんの整枝

今日は、わたわたからの投稿です。

木の花ファミリーでは、いくつかの作物で自家採種のタネを使っており、ニンジンもその1つです。
ニンジンは、炭素循環農法を参考にした緑肥エン麦を使った無施肥栽培がうまくいくようになってきましたが、
同時にその栽培方法に適した品種を作ろうと自然農法センターの「筑摩野五寸」を素材に、
木の花ファミリーオリジナル品種の育成に取り組んでいます。

昨年秋にみんなで母本選抜して採種圃場へ植え付けたニンジンが5月中旬頃から開花しました。
[写真]ニンジン開花期

開花から一ヶ月経ち、満開を過ぎたので今日は整枝作業をしました。
[写真]ニンジン開花後半

ニンジンの花は、天花(てんばな)と呼ぶ中心の大きな花蕾が最初に咲きます。
[写真]ニンジンの花クローズアップ


この天花の一ヶ月後が
[写真]ニンジン開花終わってタネが付いている花蕾

こんな感じ。

だいたい一ヶ月で天花とそれに準じる大きな花が咲き終わり、種子が熟し始めます。
このタイミングを見計らって、まだ開花を続けている小さな花蕾を切り落としてしまいます。
すると、栄養が既に登熟に入っている種子に集まり、大きくて力強い生育をする充実した種子に仕上げることができます。

とはいえ、この作業。花はたくさんあるので、なかなか全部落としきれるものではないのです。
枝がこみあっていたり、花蕾の大きさが中庸で落とすかどうか迷ってしまったりとそうそう理屈通りにはいかないもの。
また、この時期は時間もニンジンにかけられないので、ついつい小さな花を残してしまいます。

しかし、実はそれがいいのです。

切り落とし損ねた花蕾からは、充実の悪い小さな弱いタネがとれます。発芽しない屑タネも入ります。
すると、得られた種子集団には、充実したタネと弱いタネと屑が混ざっていることになります。

この混ざりダネを播いたとき、充実したタネとタネの間に、適度に弱いタネや屑が入ることによって、
充実したタネ間の距離が適度に保たれ、強い芽生えと弱い芽生えが適度に配置されて、
初期生育に序列のあるニンジン集団が形成されます。

最初から混み過ぎず序列がはっきりしていると、間引きが楽にできるのです。

弱いタネたち由来の個体は、充実したタネ由来の個体の生育を助けながら、自ら弱っていって、間引かれる運命になっている。
こうして集団としてニンジン栽培という環境に適応するのがニンジンという作物の生き方であると言えるでしょう。
だから、ニンジンのタネまきは『屑ごとやや多めに播く』というのが、ニンジン本来のタネ播き方法なのです。

種苗会社の高価なタネでは、ゴミや屑を売るわけにはいかないので、充実したエリート種子ばかりを精選してパッケージされており、これを自家採種したニンジンと同じようにたくさん播くと、みな同じ大きさの個体だらけになって、間引きがしにくくなります(こういう場合は薄播きや点まきが向いていますね)。

タネの善し悪しというのは、発芽力だけではなく、タネ自身が持っている生育全体・栽培全体の中での役割から判断すべきなんだなって思いました。
またタネの構成から、適切な栽培方法(タネまき密度)っていうのが決まってくるのも面白いですね。


いさどんの生前葬レポート

少々遅くなってしまいましたが、5月3日に執り行なわれたいさどんの「生前葬」について、ファミリーのみかちゃんがレポートをまとめてくれました。ニューズレター5月号にも記事として掲載されましたが、こちらはさらに深く、詳細な内容です。興味をお持ちの方は、ぜひお読みください。

いつの頃だったか、「5月3日、僕の60歳の誕生日にお葬式をするよ」といさどんがつぶやきました。

「僕にとっては、20年が人生の区切りになっているんだよ。自分の人生を80年としたら、折り返し地点の40歳で仕事を辞めて、そこから始まったのが木の花ファミリーの生活。次の20年間、60歳からは僕の最終ステージだから、節目の誕生日にお葬式をすることにした。肉体を持った人間としての精神を葬って、そこからは魂として生きていく。そして、ただただ心の道を説いていく。そうやって今生の最終ステージを迎えようと思っている」。そんなことを、いさどんはみんなに話しました。

その誕生日がいよいよ迫ってきた今年の4月、ファミリーの有志で「生前葬プロジェクトチーム」が組まれました。お葬式の意味するところはいさどんの言葉の通りで、古い役割を終え(=死)、生まれ変わって新しい役割を生きる(=再生)という「死と再生の儀式」です。まったく前例のない内容をどのように表現していくか、プロジェクトチームで話し合っていくうちに、今年の3月からファミリー全体で学んでいる「地球暦」をベースにする案が浮かびました。

「地球暦」は、地球を中心とした従来の一般的な暦と異なり、太陽を中心とした暦です。太陽を中心として惑星の位置関係をとらえ、地球がさまざまな惑星と関係しあいながら軌道を運行していくという視点が特徴です。太陽の意識が太陽系全体に行き渡り、惑星たちがそれぞれのリズムで軌道をめぐりながら相互に働き合ってハーモニーを奏でているのです。

そんな地球暦の上でいさどんの誕生日である5月3日を見ると、ちょうど地球が太陽に対して艮(うしとら)の方角に位置します。これは、木の花でとても大切にしている神様である艮の金神(こんじん)さまが封印されている方角です(図の左側参照)。

艮の金神さまは、心磨きを説く口やかましい神様として八百万の神々から疎まれ、艮の方角に封印されて、恐ろしい閻魔様の役割を果たすようになりました。いさどんのこれまでの役割は、時としてまさに閻魔様のそれであり、私たちメンバーは共に心磨きをしながらここまでやってきたのです。

閻魔様としての役割を終え、封印から説かれた艮の金神が、艮の方角から八百万の神々の輪の中に招き入れられ、輪の中心、つまり太陽の位置に入って神の命を受け、次なる神の姿に変化する、という儀式の形が浮かび上がってきました。参加者は輪になって地球の軌道を表現し、5月3日、すなわち艮の方角に通り道を作り、いさどんが封印をほどかれた艮の金神として輪の中心、太陽の位置に入ってくる。そして皆が見守る輪の中で死と再生の儀式が行われ、古い役割を終えて新たな役割をもつ神に変化する、という流れができてきました。木の花では今年を「開花の年」ととらえ、一人一人が自立して神性を発揮していく時代の始まりとしています。いさどんが生前葬を機会にひとつの役割を終えることも、その一部なのです。

こうしてプロジェクトチームで話し合いを重ね、儀式の形が出来上がっていくうちに、このお葬式に隠されたいろいろな意味が次々に明らかになっていきました。
たとえば、艮の金神さまのお筆先で書かれたと言われている「火水伝文(ひみつつたえふみ)」という書物に「九御座(くみくら)」という座標軸についての記述があります(図の右側参照)。世界の仕組みを表すこの座標軸に従って、地球暦の輪の中心に9つの椅子を置く、というひらめきが私に降りてきました。すると、中心の太陽の周りに8つの空席ができます(図の左側参照)。ここに、いさどんが霊的な道を歩み始めてから間もないころに出会った「8番目の聖者」というエピソードが重なりました。

30歳でお釈迦様から道をいただくようになって一年ほどした頃、毎日瞑想していたいさどんの目の前に7人の聖者が現れました。中心にイエス・キリスト様、右端にお釈迦様、そして孟子様、孔子様、ソクラテス様、ムハンマド様、アマテラスオオミカミ様が並んでいたのですが、よく見ると、一番左側が空いています。「なぜそこが空いているのですか」と問うてみたところ、「そこにそなたが立てば良い」という答えが返ってきたそうです。このエピソードをもとに、8つの席の8つ目を空席にして、そこにいさどんが座る、という形ができました。

ここに、さらに地球暦で学んだ「うしろの正面」という考え方を取り入れました。地球暦では、生まれた日の地球の位置から太陽を挟んだ軌道の反対側の位置を「うしろの正面」と呼び、これから目指してゆく場所を象徴します。生前葬で古い役割を終えたいさどんが生まれ変わり、新たな役割をいただいてから座る場所は「うしろの正面」こそふさわしいと思いました。その席は九御座の座標軸で見ると「3」となります。また、中心の太陽の座は「5」であり、この座の意味するところは「ヒノモトの心」です。5月3日の方角から太陽の座「5」を通って、うしろの正面「3」まで線を引いたとき、九御座に「5」「3」という数字が浮かび上がってきました。生まれ変わったいさどんが8番目の聖者としてすわる席は、九御座上の「3」の席であり、これからめざす場所、すなわち「うしろの正面」である、ということになったのです(図の左側参照)。

また、地球暦上では20年に一度、一年を通して土星と木星が太陽を挟んで一直線に並ぶ「土木開き」と呼ばれる年がやってくるのですが、今年はこの土木開きが60年ぶりに太陽の周りを一周して同じ位置に戻ってくる特別な年なのです。30年周期で太陽を一周する土星の意味は「規則・体系、型・枠組み、構造と再編、秩序・安定化、制御、統制、組織的行動」、そして12年周期で太陽をまわる木星の意味は「可能性、拡大、拡張、発展、寛容、援助、教育・学び、祭り、神事」です。それらの星が太陽をはさんで並ぶ、つまり星と星が「開く」ということの意味は、今回で言えば土星と木星の両方の性質が太陽系全体に放出されて花開くということです。

今年のように、60年ぶりに土木開きが太陽の周りを一周するということは、「社会の枠組みがリセットされ、さらに新たな枠組みが始まる」と考えることができます。

この他にも、昨年の暮れから私たちが親しく交わるようになった「幸福会ヤマギシ会」の創立者である山岸巳代蔵氏の命日も5月3日であることや、同じくファミリーと深いご縁をいただいている宗教団体の大本では歴代の教主の生誕祭が5月3日に開催されることも明らかになりました。

このようにして、この儀式の意味が日々、深まっていったのでした。

生前葬の3日前、私は8番目の聖者のエピソードが綴られたブログ記事を読み返してみました。そのときに、このお葬式で表現されるべき一番大切なことが私の腑に落ちたのです。

「そこにそなたが立てば良い」という聖者たちの答えに、いさどんは自分のようなものがそこに立てるとは思えませんでした。しかし同時に、そのことの意味はいつかわかるだろうとも思っていました。7人の聖者の姿からは、言葉はなくても、何か大きなメッセージが発せられていました。それは「道はひとつ、心はひとつ」ということです。

歴史上の聖者を通してこの世界には数多くの道が示されましたが、ひとつひとつの道は、すべてひとつの心の源泉から下ろされています。

木の花ファミリーが始まる前の年の暮れ、いさどんの元に神様からメッセージが届きました。それは、こんなメッセージでした。

「尊き者を見つけ、そこに行って救われることよりも、自らが尊きものとなって他を救えるものとなれ。これからは、一人ひとりがイエスやブッダであるぞ」

そしてその翌年、今から17年前の3月21日に、この地で木の花ファミリーが始まったのです。

昨年、このことを人に語る機会を得たときに、いさどんは「そなたがそこに立てば良い」という7人の聖者からメッセージの真の意味を理解したのだそうです。それは、「8番目の聖者というのは一人の人間ではなくて、それぞれの中にある仏性や神性に目覚め、歩み始めたすべての人に聖者たる資格がある。そのことに皆が目覚めるのが、今の時代。自分も8番目の聖者であり、すべての人が8番目の聖者。そういう時代が幕を開けようとしている」ということです。

これからの世のモデルとなることが木の花ファミリーの17年の歩みだったとするならば、ファミリーのメンバーたちが自らの神性や仏性を開花してゆき、いさどんと共にこの8番目の椅子に座ること。そのことがこのお葬式で表現されるのだ、と私は理解しました。それぞれに目覚めた者が集い、互いに助け合い、語り合って真実を紡ぎ出してゆく。それがファミリーの生き方なのです。

この他にも、ここでは語りきれないたくさんの現象や気付きを神様にいただきながら、儀式の内容はスムーズに決まっていきました。すべては、天上の神々がなさっていること。そんな安心感に満たされながら、私も神聖な気持ちで役割を果たすことができました。準備に関わったスタッフもそれぞれが最大限の力を発揮して、当日の儀式もまったく滞ることなく粛々と進められ、生前葬は無事に終了したのでした。

いさどんの誕生日である5月3日という日が表す意味、そしていさどんが60歳の誕生日に生前葬を執り行うことの意味は、本当に大きなものでした。それは、自らがこの世界を作っているという意識をしっかりと持った人々がつながりあい、一体となっていく、そんな時代の幕開けを告げる儀式だったのです。
太陽系を司る太陽の意思は、これから地球上でどのように花開いてゆくのでしょうか。

「次のブッダは人間の姿で現れることはないだろう。
次のブッダはコミュニティの姿で現れるかもしれない。
それは他者を理解しようと努め、互いを慈しむ優しさを持ち、
大事なことを常に意識しながら、人々が暮らすコミュニティである。
これこそ地球の命をつなぐために私たちにできる、
もっとも大事なことではないだろうか。」

ティク・ナット・ハン(ベトナムの禅僧)

図

地球暦ワークショップ第2回 レポート

こまねちです。去る6月8日、木の花ファミリーでは3月に引き続き、「地球暦」のワークショップを開催しましたので皆様にご報告します。

「地球暦」は一般的な暦のように地球から天体を眺めるのではなく、太陽系全体を俯瞰した視点から、地球が現在、軌道のどこを運行しており、他の惑星たちとどのような位置関係にあるのか、といった事柄を把握し、太陽系の一部である私たちがそこからどのような影響を受けているのかを読み解いていくものです。ワークショップの講師は、「地球暦」の制作者である杉山開知さんです。

去る5月3日におこなわれたいさどんの生前葬では、前例のない儀式を創り上げていく中で地球暦の視点が重要な役割を果たしました(前号参照)。ワークショップ当日、開知さんにその様子をお伝えしたところ、「今日のワークショップは、地球を超え、太陽系も超えて、銀河からのお話をしましょう」ということになりました。

第一部は「宇宙ってどんなイメージですか?」という問いかけから始まり、宇宙が決して遠い存在ではなく、私たちが紛れもなく宇宙の一部であることを思い出させる話になりました。たとえば、宇宙には「間」があります。そして「間」には、濃い薄いのムラがあって、そこからエネルギーが発生するのですが、開知さんが「現在、パートナー募集中の人はいますか?」と男女を会場から募り、「このふたりの間に『ムラムラッ』とエネルギーが発生するわけですね」と話すと、会場は笑いに包まれました。人の頭に必ずあるつむじは銀河の形と同じで、誰もが渦巻きの中から産まれてきているというお話や、太陽系は天の川銀河の中心を周回する軌道を2億5千万年かけて一周しているというお話もありました。太陽を中心とした各惑星の動きが驚嘆するほど精巧な幾何学デザインを空間に描いていたり、各惑星の周期も無秩序ではなく、一定のリズムを持って音楽のようなハーモニーを奏で続けていたりするとのことで、宇宙に展開される美しい世界が参加者の印象に強く残ったようです。

休憩をはさんでの第二部では、紙とシールを使った実践的なワークを行いました。ワークの目的は、自分が産まれたときの太陽系の形を再現すること。参加者には太陽系の惑星軌道が描かれた台紙とその人の誕生日の惑星の位置を記した紙が配布され、各自が開知さんの案内にしたがって惑星のシールを順番に台紙に貼っていきました。地球の軌道上には、誕生日の位置に加えて、太陽を挟んだ軌道の反対側(「後ろの正面」と言い、その人の憧れや目標を指す)や、90度進んだ位置(受胎したときの位置)にも地球のシールを貼りました。こうして実際に手を動かして太陽系を再現することで、自分と太陽系との深い関わりを実感することができました。

こうしたお話は、ただ聞くだけではなく、日々の生活における意識や行動に反映してこそ、生きたものになります。私たちは普段、お日様やお月様に生かされています。僕はファミリーでは田んぼを担当していますが、お世話している稲も全て、自分たちが育てているのではなくて、お日様たちや、それ以上の大きな存在が育ててくれているのです。何事も自然の摂理に沿うようにさせていただこう、という謙虚さをさらに持つようになりました。

「地球暦」ワークショップは今後、季節ごとに開催することになっており、次回は9月前半の予定です。次回もどうぞ、お楽しみに!

こちらは第1部の録画です。

こちらは第2部の録画です。