さっちゃん物語 〜 乳ガンをいただいて

2年前にメンバーになったさっちゃんは、家事と子育てが担当。16年前にもメンバーになりましたが、一度ここを離れ、再び帰ってきた“出戻り組”でもあります。
昨年10月に乳ガンであることがわかり、大きく変化しつつあるさっちゃんを、今日はご紹介します。

さっちゃん
さっちゃん

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木の花のことを最初に聞いたのは、子どもの幼稚園で一緒だったお母さんから。無農薬で農業をやっていて、子どもも一緒に農作業できて、ごはんも食べられるよって教えてくれたの。それで子どものためになるかと思って来てみたんだ。
そのころ、私は育児で悩んでて。子どもが学校でなかなかみんなについていけなくて、問題があるのかと思って精神科に行ったら「お母さんがおかしいんです」って言われて、でも自分ではどうしていいのかわからなかった。それでここに来て、いさどんからも「問題があるのは子どもではなくあなた自身」と言われてびっくりしたの。話を聞いてみて、面白いことを言う人だなあと思った。それで、ここに通うようになったんだ。

時々来ては農作業を手伝ったりしていて、ある日お昼寝をしてる時に、夢を見たの。黄金のお釈迦様が雲に乗って現れて、目の前に来たところでパチっと目が覚めた。
そのことをいさどんに話したら「おまえはお釈迦様の弟子だよ」って言われたの。それで舞い上がっちゃった。自分は素晴らしいものなんだ、って勘違いした (笑)。

友だちのあきちゃんにも紹介をして、二人でいさどんの話を聞きに通い続けたんだ。そしたらそのうちにあきちゃんが移住することになって、私もライバル意識で、移住することにしたの。家族は反対したよ。でも追いかけては来なかった。
その少し前にね、30年後の自分を想像してゾッとしたことがあるの。このまま主婦やって、毎日ぐうたら昼寝して、何も変わらないまま年を取っていく自分の人生を想像して、ゾッとした。
そこから逃げたい気持ちもあったんだよ。PTAの役員も面倒だし、周りとの人間関係もうまくいかないし。そういうことから逃げたかった。それで離婚して、二人いた子どもの一人だけを連れて、ここに来たんだ。
  
120410-111544移住して、最初の頃は楽しかったよ。心の話がすごく楽しくて、大人ミーティングで寝てる人を見ると、何で寝てるんだろうって思った。
でも実際に生活していくうちに、だんだんしんどくなって、ミーティングでも眠くなるようになったの。だけどいいかっこしいで、正直な気持ちを言えなかった。作業でも失敗ばかりで、自分を良く見せようと嘘をついたりして、それに対してみんなが伝えてくれる言葉も、責められてるようにしか思えなかった。誰にも相談できなくて、絶望的な気持ちだった。

私のようすがおかしいので、みんなから「出て行った方がいいよ」って言われたの。私はこの生き方をするために生まれてきたから、ここを出ることはできない、と思ってたんだけど、いさどんから、それはあなたの思い込みだよ、ここを出ても自分にふさわしい幸せな道があるのだから大丈夫だよ、と言われて。
それで、メンバーになって3年で、ここを離れたんだ。
  
実家に帰って、最初は泣いてばかりだった。自分は根性なしで嘘つきで、みんなみたいに人のために働くことができなかったって、挫折感でいっぱいだった。
でもね、恨む気持ちはなかった。ただ怖かったの。みんなに責められているようで、正直が出せなかった。それでも、ここのみんなが私のことを一番よく考えてくれている、ということだけは、よくわかってた。

木の花だけが道じゃない、とヤマギシ会に行ってみたり、宗教をやってみたりしたけどそれも続かなくて、自分は本当にダメな人間だと思ってた。いつもイライラしてて、不安定で、毎日が辛くて、なんとか生きがいを見つけようと空手を始めたの。大会に出て、自分の弱いところと向き合って成長しようと思った。
だけどね、ダメな自分ばっかり出てくるの。勝ちたいっていう欲が強くて、結局簡単なミスをして負ける。試合に勝ちたい、かっこつけたい、人から羨ましがられたい。だからかえって転ぶ。そういうパターンだった。
情けなかったよ。その仕組みがわかってるのに、それを繰り返しちゃう自分が、情けなかった。余計な欲がない時は勝てるのに、それがわかってるのに、どうしてもそっちに行けなかった。だから、負けるのは当然だと思ってた。
  
それで10年くらい経ったのかな。
131116-171233やっぱりね、木の花を恋しく思うの。おいしいごはんを思い出したり、えいこばあの里芋の煮っころがしが食べたいな、とかね。それで、夏に1度来てみたの。
玄関を開けたら、ちなっぴーとかずこちゃんがいてね。当たり前のように「さっちゃん、おかえりー」って言われたの。まるでほんの何日か旅行に行っていただけのように。びっくりしたよ。
それでいさどんに会ったら、「帰ってきたか」って。それでね、昔とまったく同じことを言うの。それがすごく不思議だった。だって毎日毎日いろんなゲストが来て話をしていて、10年前に私に何を言ったかなんて覚えてるはずがないでしょ。それで、やっぱり本物なんだ、って思った。嬉しかった。
  
私ね、いつか自分はここに戻るんじゃないかって、ずっと思ってたの。だから、離婚した時に本籍を木の花の住所にしたんだけど、実家に戻ってからもずっとそのままにしてた。今はまだ、自分の人間性がふさわしくないから戻れないだけなんだ、って、心のどこかで思ってた。
何度か遊びに来るうちに、あきちゃんから「諦めなければいいんだよ」って言われたの。こんな私でも、諦めなければ何とかなる。それで、もう一度来ようと思ったんだ。
  
本当はね、まだまだ普通の生活に未練があったんだよ。ファーストフードが食べたいとか(笑)。でも仕事を辞めたり母親が亡くなったりしてトントン拍子で移住の流れが進んで、心が定まらないまま再びメンバーになっちゃった。
そんな状態だから、やっぱりいろんなことが起きたよ。本当は外に未練があるのに、またいいかっこして頑張ってるふりをしてるから、無理が生じていろんな現象をもらった。食欲もなかなかコントロールできなくて、食養生(砂糖や熱した油を摂らず少食にする)を始めたの。それでもなかなか欲が抑えられなくて、覚悟ができずに気持ちがグラグラしてた。そうしたらその1か月後に、乳ガンであることがわかったの。
   
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ガンだと聞いた時、びっくりはしなかった。どこかで、そうなる気がしてたから。
自分にはそれが必要、っていうのかな・・・・自分の思い通りにならない方がいいんじゃないかって思いがあったの。ちょうど食養生をやめようかと思ってた時で、胸にしこりを見付けて病院に行く時に、このままガンじゃなくて食養生やめられることになったら変だよな、と思った。だって、それでは自分の「こうしたい」って欲が通っちゃうことになるでしょ。それが満足させられる道はおかしいなって思った。
  
考えてみると、自分の思いが通るっていうのは、人生で経験したことがない。思いがすっと通る人と通らない人がいて、私の場合通らないのが当たり前だった。なぜかって、欲が強いから。それはわかるの。
だから、ガンだと言われた時にも、自分にはそれが必要なんだ、ってどこかでわかってたんだ。
   
131231-232400なぜガンになるのかという心の仕組みも、ここで学んだ。頑固な人や、心の中に恐怖や怒りを溜め込んでいる人はガンになりやすいって。
だから、ガンになったことをみんなに伝える時には、蔑まれるんじゃないかって、内心隠したいような気持ちだったの。そうしたら、みんなの反応は全然違った。「いいものいただいたね」って。お気の毒に、という人は一人もいなかった。あっけらかんとして、じゃあ食養生続けるといいねー、って。みんなが、やさしかった。
   
私ね、昔から、いつもどこか焦ってたの。自分は人より遅いとか、頭が悪いとか、仕事ができないとか、コミュニケーションがうまく取れない。そういう劣等感を何とか挽回しようと思って、いつも焦ってたの。今でも時々、やることがいっぱいになると息が苦しくなってハアハアしてくるの。でも周りから「ハアハアしてるよ」と言われると、はっと我に返って、やめられる。前はやめられなかった。いつも呼吸が苦しかった。
   
それができるようになったのは、みんなのことを信じられるようになったから。みんなが、善意で言ってくれてるのがわかるの。そして、できない自分を認めてくれているのがわかるの。
ガンになって崖っぷちに立って、初めて自分の弱さを出せるようになったんだ。だって、もう後がないから。ここで自分の心を正直に出さなかったらガンはよくならない、と思って、思い切って、自分の中にあるこれまで出せなかったものを全部、出せるだけ出したの。そうしたら、みんなは私を蔑むんじゃなくて、そんなことたいしたことないよ、みんな同じだよ、って。ホッとした。なんだ、自分だけじゃないんだ、って。
今までは、自分の汚れを認めるのが怖かったの。みんなにそっぽ向かれるんじゃないかと思って、ずっと隠してきた。でも、実はそんなことみんなは知ってたんだね。なんだ、バレてたんだ、って(笑)。
大事なのは、その汚れた心を持っていることを肝に銘じて、その自分を超えるために歩んでいくこと。それがわかったんだ。
   
140423-191620もしもここに来ていなかったら、ガンだってわかった時に、きっと絶望して、恨んで、人にあたったりしてたんじゃないかなって思う。何でガンになったのかを振り返ることもなかったろうし、周りも当たらず触らずの扱いで、木の花のみんなのように心の中に踏み込んでくることはしなかっただろうと思う。
自分の心は重たいままで、絶望の中で暮らしてたんじゃないかな。
   
今はね、みんなが自分を後押ししてくれたり、言葉をかけてくれたりした時に、胸のところに、ちょうどガンのあたりに、ほっと明かりが灯るような感じを、よく感じるの。昔は顎関節症になるくらい、いつも緊張してたのに。
包まれてるような感じがあるの。ああ、これが愛なんだな、って。ずっと、自分は本当の愛を知らないと思って生きてきたんだけど、愛って、本当に自分の目の前にあるんだよ。それに気付いたら、もう怖いものは何もないね。嬉しいね。
   
今、体が疲れやすくなってるから、朝に疲れがなくスッキリ起きられるとすごく嬉しいんだ。夜寝る前に、明日もスッキリ起きられますように、ってお祈りするの。そうしたら、みんなのために働かせてもらえるから。
疲れて大人ミーティングに出ないで寝ちゃった時は、翌朝がっくりして、また寝ちゃった、って情けなくて涙が出てきたりもする。疲れると、こんなんじゃダメだ、何で自分はできないんだ、って思い始めるの。だから、そういう時は休む。そして元気になって、空気の良い自分でいられるように。
こんなにバカな私でも、こんなに元気に生きられるんだよってことを伝えたいんだ。病気で苦しんでる人や、孤独を感じている人や、頑張りすぎている人に。
   
131201-010328 のコピーカタカムナ勉強会の時に、講師の芳賀さんに言われたんだ。「大丈夫ですよ。人はガンで死ぬんじゃなくて、寿命で死ぬんですよ」って。そうなんだよね。
ガンがわかって、始めの頃はシモンとかにんにくエキスとかビワの粉末とか、治療に効果があるって言われるものを大量に摂ってたけど、今は全然摂ってないんだ。自然になりたいな、と思って。何かで治療するとかじゃなくて、心で治っていくといいな、というか、心が良くなっていけばいいなって。寿命で死ぬだけだから。
必要になったら、またその時に始めればいいんだしね。
   
ガンがわかった時、最初に病院で、手術よりも食養生で治したいと言ったら、そんなことをやったって良くなる人なんていないって言われたの。それで、手術をする方向で話を進めていて、私もその通りにするつもりだったんだ。
だけどこの間検査に行ったら、ガンの状態がすごく穏やかで落ち着いてるから、自分がやりたい治療をやっていいですよ、って言われたの。それで、今自分がやっていることを先生に伝えたら、病院だってガンを切ることを目的にしてるわけじゃなくて、要は患者さんが治ればいいんです、って言ってくれたの。最初はお説教されたのにね(笑)。それがすごく不思議。
   
昔、「おまえはお釈迦様の弟子だ」って言われて自分は特別なんだって有頂天になってたけど、もうね、そういう時代じゃないなって思う。誰かが特別とかじゃなくて、みんなで響きあうというか。私がそう言われたことも、ここに来るための一つのアイテムに過ぎなかった、というかね。
今カタカムナを学んでいることも、みんなの中にあるものが開かれていく、一つのきっかけなんだと思う。
みんなの中に、すごく、愛がたくさんあるんだよ。
  

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【生命禅院レポート】ゼロからの再建 〜 パーマカルチャーや有機農業の指導者大募集!

「木の花ファミリー通信 第77号」にてお伝えしました通り、昨年11月に木の花ファミリーと国境を超えた一つの家族となった中国雲南省のエコビレッジ「生命禅院 第二の家」は、政府からの圧力により、この3月に解散を迎えることとなりました。

昨年11月のみちよちゃん訪問時の生命禅院
昨年11月  みちよちゃんの訪問を歓迎する生命禅院メンバーたち

  
生命禅院 第4支部
雲南省の生命禅院・第4支部

既存の家族制度を超えて人々が真に調和して生きる理想郷を目指して歩んできたものの、政府からその生き方を認められることはなく、度重なる嫌がらせの末に、5年の歳月をかけて築き上げた美しい家を離れることとなった生命禅院メンバーたち。しかし、彼らの中に憎しみはなく、この出来事を「生まれたばかりのものが発展するプロセスにおけるタオ(宇宙の根源的な真理)の流れ」の一部であると捉えています。

生命禅院の精神的リーダーであるシェファンは、この世界に悪は何一つなく、私たちがするべきことは私たち自身を振り返り、正していくことだと語りました。

「多くの人々からの精神的なサポート、そして愛に感謝します。
 私たちの家の遺伝子は「国際的な大家族」です。
 平和を愛し人類の持続可能な暮らしに向けて働くすべての人々は、
 国際的な大家族として調和的に暮らし、
 人類の未来はとても明るいと私たちは信じています。
 自然環境を保護、改善し、人々、自然、社会がそれぞれに
 調和の中で共生する理想社会を実現することが、私たちの夢です。
 私たちの開発を段階ごとに報告し続けますので、国際的な組織、政府、
 そして全ての命の歩みをしている皆さまから
 私たちに継続的に意識を向けていただき、
 コメントと導きをいただけることを心より望んでいます。」
 (シェファン)
  

そう!雲南省の家は解散となりましたが、彼らは新たな歩みをスタートさせたのでした。

150人のメンバーのうち、可能な人は社会に出て働くようになり、戻る家のある人は家に戻りました。そして残った約80人のメンバー(ちょうど木の花ファミリーと同じ人数!)は、西方のゴビ砂漠へ向かって大陸を5000km横断し、そこに新天地を見付けて新たな家の建設を始めたのです。
  
何もない土地での、ゼロからの開墾
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整地1
   
キッチン土台
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みんなで食事
  
何もない砂漠の地で、当初は途方に暮れたというメンバーも、「大いなる創造主(宇宙の不滅の真理)」への強い信仰と、互いを想い助けあう愛によって、今はこの地がオアシスに生まれ変わった、と言います。

「ここに暮らして2か月になります。この期間、労働に対する本物の喜びを感じ、また自我の無い献身的な仲間たちにいつも触発されています。仲間たちの幸せと笑いで、農園の夜明けを迎えています。ここの生活の毎日が幸せです。
私たちはあまりにもふつうの、しかし強い生命禅院のメンバーであることがわかります。」
  
梨の接ぎ木作業
接ぎ木

水道も自前!水質が悪いので、飲水には井戸を掘ります
水が出た!

困難の中にあっても明るい笑顔のメンバーたち
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時にはみんなで川遊び
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彼らは、新しい暮らしでは、中国国家の法と規則の中に自分たちの活動を組み入れ、国家の規則を厳守することを明言しています。個人的な趣味ではなく、人類の持続可能な発展が彼らの暮らしの目的であり、「それは政府の意向に沿っており、そこに矛盾は全くないのです」とシェファンは言います。
様々な困難に遭いながらも、柔軟に変化しながら、大切だと思う道を信じて歩み続ける彼らの姿に、私たちもまた、国境を超えて大きく勇気付けられています。
 
花が咲き、見違えるようになった果樹園
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平和の象徴、鳩
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新しい家での生活
2014年5月
 

持ち前のたくましさで新天地を切り開いている生命禅院メンバーたち。
しかし、今また新たな困難に直面しています。

新しい土地は塩分濃度が高く、アルカリ性で、無農薬で健康な作物を育てることに難しさを感じています。春菊、キャベツ、菜種、ほうれん草などは採れており、ジャガ芋、落花生、トウモロコシ、かぼちゃ、豆類、ひまわりも順調に育っているとのことですが、まだまだ安定はしていません。
そこで、彼らを指導してくれる有機農業や自然農法、あるいはパーマカルチャーの専門家を大募集しています!

政府からの補償は一切ないままの移動であったため、経済的余裕のない彼らは賃金や交通費を支払うことはできませんが、宿泊や食事については無償です。何より、血縁を超える大家族の暮らしを体験していただくことができます。
また彼らは、将来的には砂漠化の防止等の環境への貢献も視野に入れています。
詳細は下記の生命禅院ホームページに(英語ですが)記載されていますので、どうぞご覧ください。

生命禅院ホームページ(英語)
  
畑のようす
畑2
畑1

ご不明な点は、どうぞお気軽にご連絡ください。
これからも生命禅院の暮らしを見守っていただけますよう、よろしくお願い致します。

 


Hちゃんの奇跡の物語 ~卒業編「人生で一番大切にしてきたものよりも」〜

3月末からケア滞在している39歳のHちゃんのケア卒業コンサートが、昨日行われました。実質6週間のケア滞在を経て、10代の頃から苦しんできた病的な状態を超スピードで抜け出していったHちゃん。今回はHちゃんのケア卒業スピーチをご紹介します。
   
「ケア卒業スピーチ」

木の花に来る前の12年間わたしは一日の大半をベッドの上で過ごしていました。近所のスーパーにも行けない日もありました。いちばん具合の悪い時期は、スーパーに行けるようになるのが早いか、トイレットペーパーがなくなるのが早いか、ひやひやした時期もありました。そんな時はパソコンを開いて配達を頼む元気もなかったのです。

意識ももうろうとして、体調が不安定なわたしは健康な友達と外で会う約束をしなくなりました。
そして人と会話する時間は減っていき、部屋で一人過ごしていると頭が狂いそうにもなりました。おしゃれなカフェに行ってお茶すれば気分は晴れるけど、それもできない時が多かったのです。私には夢があり「絶対に治ってやる」と思っていましたが、あまりの辛さに突発的に自殺してしまいそうで「いのちの電話」に電話したこともありました。

そんな12年間を過ごして去年あることにやっと気づきました。どうやら団らんの中にいると体調がいいということでした。親戚の家にいる時、元夫とうまくいっていた時は体力があがりました。
それならば親戚の近所に引っ越せばいいのですが、それもかないませんでした。父から逃げている私をおじは理解してくれなかったので。
ならば、婚活をしてデブ専いや、ぽっちゃり好きの殿方を見つけようと思ったのですが、何せ外出を思うようにできないのだからそれも無理でした。

こんなにっちもさっちもいかない状況の中、木の花を見つけた時は「もう早くいってよお~」と思いました。実際来てからは、実はあやしい図にむかってオーと言っている(注:カタカムナのうたいの奏上のことです)みなさんを見てどぎまぎしたり、Welcome to Konohana familyを聴いて号泣したり、こゆ~い一か月半を過ごしました。そして私の人生は根こそぎ救われました。

ケア滞在の肝はもちろんいさどんとの面談ですが、全く衝撃でした。その人生初めての治療方法に目からうろこの連続でした。
2回目からは厳しく自分の曲がった点を指摘されることに快感を覚え、最近では「クセになりそう」と感じはじめていました。そうしたらもう卒業です。もうちょっと愛のムチでうたれたかった。いや、これからもよろしくお願いします。

いさどんから自分の考えをふくらますクセと先取り不安が症状をつくっていること、そこから脱出できることを教えてもらいました。でもこの環境がなければその習慣化した思考を治すことは難しかったでしょう。なぜなら、具合の悪い人間が一人で生活していれば、自分の体力の限界を常に予想し、「ここまでやったら具合悪くなっちゃうかな。疲れる手前で帰って来られるにはどういうふうにすればいいかな」と日々刻々計画しなければいけないからです。
倒れてもいい、疲れて動けなくなってもいい、みんなが支えてくれるから、という環境があってこそ、先取り不安の思考を転換できたのだと思います。疲れに対する恐怖から脱出するには、みなさんの理解と支えなしでは不可能でした。
以前は団らんの中にいて自分を治そうと思っていました。でもそれは、いつまでも他人に依存するということです。だって団らんから離れたとたんに元の具合の悪さに戻るのですから。
でも今は、いさどんの指導と自己観察とみなさんの支えで疲れの恐怖自体から自由になったので、もうひとりでどこに行ってもあの症状は出ないという確かな感覚があります。

それからこの前じゅんじマンが言ってくださった私の夢について少し話させてください。
私の夢は電力の民主化です。それは日本が自然エネルギー100%になり、それぞれの発電所がスマートグリッドで結ばれて、それぞれの家庭が電力会社を選べるようになることです。
スマートグリッドというのは、賢い送電網という意味です。例えば太陽光を得意としているところが今日は雨であまり発電できなくて電力が足りなくなった、逆に風力発電を得意としているところにいい風が吹いて電力あまっちゃったとします。それをコンピュータが計算して自動的に電力を足りないところに送ってくれるのです。各地方で各家庭で発電したものがインターネットのように結ばれ電力を調整していくのがスマートグリッドです。
また、東京電力や関西電力など大手の電力会社から電気を買うのではなく、地元の自然エネルギーの電力会社から買えようになり、地元にお金がおちるようになったらいいなと思います。
このようになったら、環境や発電所の作業員や周辺の人たちに負担がかからないし、私たちが払った電気代が大手メディアの接待に使われ、テレビ報道に大手電力会社の意向が反映されることもなくなるでしょう。
自分たちで使う電気を自分たちでつくるのです。そうすると、お金が特定のところに集中しなくなります。これは電力の民主化だと思います。

このことの実現のためにすでに活動している組織があります。そこに参加することが私の夢です。でも以前の体力ではその会議にでさえ参加できませんでした。とてもはがゆかったです。
そして神社に行ける時はこうお祈りしました。
「日本の美しい自然を守るための活動に参加したい。日本がもっと民主的な社会になるための活動に参加したい。私を治したこと絶対に後悔させないから、神様どうか私の病気を治してください」と。
そうして今私は木の花にいます。いずれその活動に参加できることを確信してここにいます。そして、人生でいちばん大切にしてきた「民主主義」という考え方よりも、さらに高いこの生き方に出会ってここに立っています。

私にはもうひとつの夢ができました。それはわたしのような病院に行っても治らない症状で苦しんでいる人たちに一人でも多くこの場所を知ってもらうこと、それからこの力を合わせて生きる道を知ってもらうこと。
この二つの夢を叶えるためには成熟したヲトナ(自分の幸福を追求するよりも、次世代に持続可能な社会を残すことを優先して生きる大人)の精神が必要であることを学びました。

なので皆様これからもご指導ご鞭撻、ビシバシよろしくお願いいたします。
そして最後にこの場所をゼロからつくってくださったいさどんと創立メンバーの方々に心からの敬意と感謝を申し上げたいです。そしてメンバーの皆様にもこのすばらしい環境のひとつひとつに感謝申しあげます。みなさま本当にありがとうございます。
  


Hちゃんの奇跡の物語 ~ビフォー&アフター編~

3月末からケア滞在しているHちゃんの日記の紹介第3弾です。
  
≪5月18日≫

今日は「恵みいただきます」の日。木の花はいつも以上に活気にあふれている。キッチンに入れば、その活気と楽しさでいくらでも動けそうな気がする。しかし、その時は動けても、あとで数日疲れから抜け出せないかもしれない。ヘルパーさんもたくさん来てるし、体力を上げていくのが自分の仕事と思い、いつもの日課をただ淡々とやろう。

――

なかなか体力が上がらない。いったいいつになったら自分でお給料をかせげるようになるの?と思うことがよくある。そう思うには2つの理由がある。

○ここに来て、まだ1ヶ月と1週間だというのに、私の体感は3・4ヶ月いる感覚だからだ。
○ここの元気なメンバーとヘルパーの体力と自分を比べてしまうから。

・・・なので、ここはいっちょ、ここに来る前の私と今の私を比べてみよう。

前:1時間椅子に座って起きていたら、1時間ベッドに横になる。
今:だいたい起きてられる。

前:文字をたくさん書くのもたいへん。
今:毎日日記を書いている。しかも木の花の動画を見て、日本語に文字起こししてから、中国語に翻訳している。集中力がついた。

前:お皿1枚、コップ1コ洗うのもたいへん。
今:もういったい何十枚洗ってるかわかんない。

前:眠る前に1時間ストレッチが唯一の運動。
今:朝、夕、ストレッチに筋トレを加え、計2時間やってる。宮ノ下への散歩も。

前:ちょっと疲れると血の気が引き、ふらふらした。それを治すため、そのつど何かを食べていた。
今:もうそんなことは起こらない。2度とね!☺

前:朝9:00か10:00に起床。
今:7:00に起床。

前:6畳のワンルームがだいたいの行動範囲。
今:この大きな家を行ったり来たり。

前:意識がもうろうとして、その上会話する時間も少ないので、意識が崩壊していきそうな恐怖があった。
今:意識が少しずつはっきりしてきた。まとまりが少しずつ出てきた。ふすま一枚開ければ、話し相手がいる。

・・・1ヶ月ちょっとでこの変化は大きい!!!

あっ、まだありました。

前:漢方を飲み、光線治療を受け、カウンセリングを受け、最低週一、整体かマッサージに行ってやっと生きていた。
今:それら全部なし。

It’s Konohana Magic!

~いさどんからのコメント~
それらは目出たいことです。あなたの体験を同じように苦しんでいる人に知らせ、その人達を助けていきましょう。ありがとうございます。
  


Hちゃんの奇跡の物語 ~畑編〜

3月末からケア滞在しているHちゃんの日記の紹介第2弾です。
 
≪5月4日≫

今日、ヘルパーで来ていた方からステキな話を聞いた。彼女曰く、

「ここの人たちは、畑での作業が丁寧で、そして無駄がない。きゅうりのツタをはわせるためのテープをめぐらす時もきっちりメジャーで計る。めぐらすやり方も右回りか左回りが決められている。
1つ1つの作業に意味があり、効率的で無駄がないのは、茶道を思い出させる。茶道では所作の1つ1つの意味を理解し、身につけることが精神性の“道”につながっている。木の花の畑隊のみなさんの作業は茶道のように考えられた効率性があるのでとても美しい。

そして、今までは“自然を大切に”なんて考えてはいたけど、イメージにすぎなかったと思う。畑に出て、自然と共に作業して初めて、自然に生かされていることを実感できる。言葉上だけではなく、実体験で理解できるのは畑に出てこそ!というのは、自然の神々と人間をつなぐもの。自然の神々と人間の共同作業は畑でしかできないから。畑に出れば色んな問題が解決していくんじゃないかな。
阿吽も、自然が阿と言って、それを人間が察知して吽と言うところから始まったんじゃないかな。阿吽の呼吸も1人では決してできない農業をするからこそ、必要なのであって、共同体や人と人同士の阿吽の呼吸が先にあるんじゃなくて、畑での作業があるからこそ、そういうことが必要であり、実体験もできていくんじゃないかな。」

34歳のお若くかわいい女性から、何とも知恵のあるお言葉をいただいた。

私も畑に出させていただこうかな。りゅうしろうさんが苗の作業だったら座ってできるものがあるよと言ってくださった。あ、でも、そろそろ苗の季節は終わりかな。

~いさどんからのコメント~
とても良い学びの毎日になっています。そろそろ次のステップに進む時ですね。