木の花ファミリー通信2020年夏至号『コロナウィルス はメッセージ 〜 世界は人間の思い通りになるか』

 

世界は人間の思い通りになるか

新型コロナウィルスの登場によって世界は大きな転換の時を迎え、「新しい生活様式」が求められるようになりました。けれども、人との距離を保ち、会話や接触を避け、マスクや消毒を欠かさずに暮らすことが、本当に人のあるべき「新しい生活様式」なのでしょうか。

このウィルスの登場は、私たちにあることを教えてくれました。それは、人間はいつの間にか、お金がないと生きていけなくなっていた、ということです。

今、人々の最大の関心事は、経済です。人々は経済が回らなくなることで自分たちの生活が成り立たなくなることを心配し、政府はその心配を一時的にしのぐため、赤字財政に更なる借金を重ねて莫大な補正予算を組み、様々な給付金を打ち出しました。ほんの数か月経済が停滞しただけでこれほどの給付金が必要になるということは、コロナウィルスが発生しなくとも、もともと日常をギリギリの状態で生活している人々が今の時代にいかに多いかを物語っています。

すべての生命は、生きている限り生命活動の中にあり続けます。例えば小鳥は生きるために、体の大きさに対してたくさんのエネルギーを必要としますから、常に食物を探し、食べることに追われています。他の動物も、種によって必要とするエネルギー量に違いはあるものの、生きるために食べ続け、植物なら養分や水分を求めて根を伸ばし、葉を広げて光を求めます。何より、常に呼吸を続けています。生命とは、命ある限り自らの存在を維持する活動に追われるものであり、その活動はすべて、生きることに直結しています。

ところがコロナウィルスが教えてくれたのは、人間だけはお金に追われているということです。お金とは、原価二十数円の紙切れ、或いはコンピューター上の数字です。それは本来、自らの命を維持する生命活動とは何の関係もないものですが、現代の人々は、お金の有無によって生きることが大きく左右されているのです。

生命とは、太陽や土、水、空気、風の織りなす大いなる自然の循環の中でそれぞれにふさわしい位置を与えられ、瞬間瞬間を精一杯生き、命をつないでいくものです。その中で唯一人間だけが、その類い稀なる高い能力を使い、楽をして生きることを求めるようになりました。そして自然の中で生かされていながら、自然を無視し、生命の原理原則から大きく外れた経済システムを創り出したのです。人々は豊かさを求めて地位や財産を築き、築いたら今度はそれを維持することに囚われ、太陽や土と共にではなく、預金通帳の残高に追われて生きるようになりました。楽になりたいと願いながら、自ら築いたものに縛られ、結果としてまったく楽ではない、窮屈な世界を生きることとなってしまったのです。

これは生命としては異常な状態と言えるでしょう。ところがそれが当たり前になってしまった現代の人々は、その異常な状態を正常だと思っています。そこへ今、地球生命史の大転換の時を迎え、時代は新型コロナウィルスという刺客を人間社会へ送り込みました。肉眼では見えないほど小さな存在でありながら世界を大きく揺り動かすこの刺客は、果たして世界の何を浮き彫りにし、私たちに何を伝えようとしているのでしょうか。

 

 


「経済で生きている」という幻想

 

他の生命にはない世界

私たち生命が生きているのは、お金があるからではなく、命が生きているからです。しかし、生命の原理原則から外れ、生きることがお金を稼ぐことになってしまった現代の人々は、常にお金に追われるようになりました。それは他の生命にはない異常な世界ですから、生きていく上でたくさんのストレスが発生します。そのストレスを解消するためにお酒を飲み、レジャーに出かけ、物を買い次々と消費しては大量のゴミを出し、生きるために必要のないことをたくさんやることで、経済はさらに大きくなりました。まるで子どもがゲーム中毒になるように、世界中の人々がお金の魔力に取りつかれ、そこから抜け出せなくなっているのです。

その手を休めて立ち止まり、空を見上げ、風を感じ、土に触れ、木々の囁きに耳を澄ませば、自然はなんと大らかで、動物も植物も、豊かな命の循環の中に生きていることが感じられるでしょう。生命とはとても大らかなものでありながら、いつから人間だけが、これほど窮屈な生き方に自らを追い込んでしまったのでしょうか。

新型コロナウィルスの感染拡大によって経済活動が停滞している間、地球上の二酸化炭素排出量が一時的に下がりました。世界各地で空気や川の水がきれいになったという報告もあります。IPCCは、2030年に地球の気温が産業革命前に比べて1.5度上昇することを予測し、多くの科学者たちが、気温上昇に伴う巨大台風の増加や豪雨、干ばつ、海面上昇、生態系の崩壊や食料難などを最小限に食い止めるためには、今後10年間に人類がどれだけライフスタイルを転換できるかが勝負であると警告しています()。新型コロナウィルスによって人間の経済活動に歯止めがかかったことは、見方を変えれば、地球の自浄作用とも言えるでしょう。ところが今なお人々は経済のV字回復を願い、必死になって世界を元の異常な状態へ戻そうとしています。それは、生命の原理原則から外れて自然の中に取り返しのつかないツケを蓄積していくことよりも、自らが築いた経済という人工のシステムが崩壊することの方が恐ろしいからです。現代は、本来命とは何の関係もない経済が止まることで、自らの命をつなぐことができなくなる、大いなる矛盾の世界となってしまったのです。

 


※IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)は気温上昇を1.5度に留めるには、世界のCO2排出量を2030年までに45%削減し、2050年までに実質ゼロにする必要があると警告。科学者たちは、気温上昇が1.5度を上回れば、北極の氷の融解による海水温の上昇、シベリアの永久凍土融解による地中のメタンガス(温室効果がCO2の25倍)の放出、アマゾンの森林火災増加による更なるCO2の排出等の悪循環に陥り、気温上昇が自動的に進む「灼熱地球」へのスイッチが入り、止めることができなくなると訴えています。


 

給付金は問題を解決する?

こうした状況の中、日本政府は1人一律10万円の特別定額給付金を始め、様々な給付金を打ち出しました。しかしそれで現状の問題が解決されるでしょうか。

新型コロナウィルスの影響で外出を控えた結果、家庭の不仲や虐待が増加したと言われています。多くの人はそれを「コロナウィルスのせいでそうなった」と捉えていますが、それは元々そうなる種があったということであり、コロナウィルスはそれが浮き出るきっかけとなったに過ぎません。問題ごとが起きた時、人はとかく自分の中に原因があるとは見ずに、外からその問題がやってきたとして、自らを改めることなく他を悪者にします。それが大きくなって国家間の争いとなり、戦争となっていくのです。そのような盲目の人々に支持された政府が指揮を執り、現代の社会は創られています。

問題の根本原因と向き合うことなく、ただ表面的に解決しようと一律な対策を練ったとしても、例えば、家庭によって給付金は一時的にストレスを発散するためのお酒や道楽に消え、場合によっては家族の分まで使い込んで争いの種となる等、元々あった問題をさらに難しくすることでしょう。数か月の経済停滞で生活が立ち行かなくなるなら元々が不安定であったということですが、それを一時的な給付金で賄えば、次に何か起きた時にまたもらえばいいという発想になり、自らの裁量で生活を成り立たせることを忘れていくのです。そのように生命力を失った人々も皆等しく1票を持っており、支持を集めたい政治家たちは、与党も野党もこぞってお金をばらまき、国民のご機嫌取りをしています。それはコロナ禍の問題を解決するためではなく、自らの政権を維持するための施策です。そして1000兆円という世界でも突出した債務残高を抱え、個人であればとうに自己破産しているほどの赤字財政に、更なる借金を重ねています。そのツケは確実に将来にのしかかりながら、目先の利益ばかりを考える国民によってその意識にふさわしい政治家が選ばれ、それにふさわしい政治が行われるのが、民主主義という仕組みを選んだ私たちに与えられた結果なのです。

どんなに良い国を創ろうと思っても、その手段がお金である限り、良い国にはなりません。それは生命としての根本から外れているからです。人々は何とかコロナウィルスを封じ込め、問題の解決を図ろうとしていますが、その中で忘れられている事実があります。それは、コロナウィルスに出会わなくとも、人は必ずその生き方にふさわしい死を迎えるということです。

 

「ほんの瞬間」への執着

この世界には、時という万物に共通する絶対の軸があります。それは決して止まらず、後戻りせず、宇宙の創成から消滅までを貫いています。時とは、言わば柱です。この柱を中心としてエネルギーの回転が起こり、宇宙の響きが現象化します。そこから生み出されるのが生命です。生命は、時という絶対の柱に沿って誕生と消滅を繰り返し、過去から未来へと旅を続けます。生まれ、生き、死に、また生まれてくることを繰り返しながら、地球上のあらゆる生命たちと共に、太陽や月や、無数の天体たちと共に、大いなる命の循環の中で、果てしない宇宙生命物語を紡いでいるのです。

それは、人間の一生をはるかに超えたスケールの物語です。私たちはこの壮大な生命物語の一部分を担う存在であり、「今回生まれてから死ぬまでが自分である」という認識を超え、視野を拡大してみれば、自らの存在は人類の歴史であり、生命の歴史であり、肉体を持った一人の人間としての存在など、ほんの瞬間のものであることがわかるでしょう。ところが、その無限の可能性を秘めた魂が一たび肉体に封じ込められると、自らが大いなる生命の一部であることを忘れ、自らに執着するようになったのです。

肉体を持ち、命として生きることは、自意識があるということです。例えば、植物にも自意識はあります。雨が降らなければ水を求め、根を伸ばし、まだ実を付ける前の花の状態の時には、動物に食べられないよう強い薬効成分を出し、自らの命をつなごうとします。しかしそれは、食べられそうになったら走って逃げるほどの強いものではありません。動物の自意識は植物より強く、シマウマはライオンに捕まりそうになれば逃げますが、捕まって食べられればそこに未練を残すことはなく、シマウマの命はライオンに受け継がれていきます。動物も植物も、個としての命を維持しながら、より大きな生命の一部として、生態系の大いなる循環の役割を果たしているのです。

かつて人間も、大いなるものの一部として自然の中を生きていました。ところが時代が進むにつれ、文明が発祥し、モノや権力を持つようになると、人間はその魅力に囚われ、生きることに執着するようになりました。

ことに産業革命以降、それは顕著になります。科学技術を発展させた人間は、自らの力によって次々と願望が叶うことの虜となり、自我を肥大させ、自然に沿って生きるよりも、自然を自らの思い通りに支配しようとするようになりました。

 

医療が進んだ「豊かな国」

私たち生命は、決して止まらぬ時の流れの中で生と死を繰り返し、永遠の物語を紡いでいます。生まれるとは言わば入学であり、死は卒業です。生まれれば必ず元の世界へ還るのが定めであり、それが多少早いか遅いかということも、それぞれにふさわしい定めとして与えられます。大切なのはどれだけ長く生きるかではなく、その生を通して自らが何を学び、どのような精神状態で卒業を迎えるかということです。生きることの真の意味を知るには、死ぬことの真の意味を知ることが不可欠であり、生と死のどちらの側にも囚われない視点に立った時、私たちは初めて、この世界を生きることの真実に出会うのです。

欲望の虜となり、生きることばかりが重要になった現代社会では、医療が極度に発達し、人間の高い能力の証である複雑で高度な技術を駆使し、ただ命を引き延ばすことが最優先となりました。人工透析や臓器移植など、自然界には絶対にない形で延命を図り、莫大な医療費とエネルギーをかけ、必死に生にしがみついているのです。

新型コロナウィルスは、喫煙者や糖尿病などの基礎疾患を持つ人が重症化しやすいと言われます。人々は感染を恐れ、コロナウィルスを問題視していますが、ではそもそも何故そのようなリスクの高い状態になっているのかを振り返ることはありません。本来ならば、そういった疾患に至る自らの生活習慣を見直し、その元となる心を改めるべきなのです。しかし現代医療は、物理的な症状だけを一律に治療する姿勢を前提とし、ただ症状が治まれば良しとするため、いつまで経っても人間が生き方を改めることには繋がらないのです。そしてその莫大な医療費によって膨らんだ経済が、皮肉にも「豊かな国」を支えているのです。

病気を治せば治すほど、高度な技術が発達すればするほど、何でも自分たちの思い通りになるかの如く生きてきた人間たちは今、新型コロナウィルスの登場によって思い通りにならない事態に直面し、大きく困惑しています。そして自分たちのこれまでの生き方を阻害するコロナウィルスを悪としています。しかしそもそも、この世界は私たちの思い通りになるのでしょうか。

 

宇宙から人類へのメッセージ

私たちは、地上に光を注いだり、雨を降らせることができるでしょうか。毎日朝が来ることを、四季が巡ることを、地球が回ることをコントロールすることができるでしょうか。

産業革命以降、人間はまるで自分たちの力で世界を動かしているかのように振舞ってきました。しかしよく見てみれば、世界は人間の力で動いてはいません。毎日が来るのは私たちがカレンダーをめくりスケジュールをこなしていくからではなく、地球が回っているからです。地球も月も太陽も、他のあらゆる星々も、私たちの日常をはるかに超越したスケールで宇宙を巡り、それによって世界が動き、その中で私たちは生かされています。

その巨大な世界に秩序をもたらしているのが、時です。宇宙の万物はこの絶対の柱に沿い、過去から未来へと進み続けます。もしも時をさかのぼって地球が逆回りをしたり、死者が生き返るようなことがあれば、世界は秩序を失うでしょう。決して例外なく万物が絶対の約束のもとにあるからこそ、秩序が保たれているのです。

そもそも、この世界を生きることに、自由などないのです。誰も地球をコントロールできない。では自分のものだからと心臓をコントロールできるかと言えば、それもできない。眠ることを、呼吸することを、歳を取ることを、誰が思い通りにできるでしょう。私たちは決して抗うことのできない絶対の法則の中で命を与えられ、生かされているのであり、生きることで自らの手の内にあるものは何もないのです。それなのに、人間はすべてを自らの思い通りにしようとし、他者の思い通りになることは否定するのです。その結果、他者との共通点を見出すことのできない人々は、自らの創り出したものに支配されていくことになるです。

生命とは、生態系の循環の中でそれぞれの個性にふさわしい位置を与えられ役割を果たすものであり、本来自由でもなければ、平等でもありません。しかし人間社会は、民主主義という見せかけの自由・平等の世界を創り、自我から生まれる願望を一人ひとりが際限なく自己主張することが権利であり、進歩した世界であると思い込み、それが麻薬のように広まって、生命の本質からどんどん外れていきました。本来、生きることには優先順位があり、第一優先事項を第一番目として、二番目や三番目を一番に持ってきてはいけないのです。現代の人々は、自我の欲望から生まれる五番目や六番目を第一として生きています。だから世の中が狂うのです。新型コロナウィルスは、その狂った世の中の実態を暴き出し始めたのです。

そのメッセージに気付かず、人間がこのまま進み続ければ、世界はより過激な第二、第三の刺客を送り込んでくることでしょう。人々はコロナウィルスを、抑えても抑えても増殖して自分たちの生活を脅かす脅威と捉えています。しかし地球の側の視点から見れば、人間こそ、抑えても抑えても増殖し、地球の資源を貪り、他の生命を傷付け、生態系を破壊していく極めて有害な存在であると言えるのです。その人間の在り方に対し時代がNOを出し始めた今、私たち人間は、欲望のままに生きる自我の側から、その自我をはるかに超越し、私たちを生かし続ける世界の側へと視点を転換させ、自らの生き方を根底からひっくり返す必要があるのです。

 

 


*この世界の生と死の仕組みについては、木の花ファミリー通信第93号〜96号「21世紀の死生観第一部・死ぬってどういうこと?」「21世紀の死生観第四部・性 ー すべての始まり」をご覧ください。


 

私たち地球生命は、生きていく上で必要なものをすべて、この世界から与えられています。そしてそれは、共有することが前提となっています。太陽に然り、空気に然り、水に然り、そして大地に然り。生命とは、世界に動きを起こすものです。太陽は太陽のように、空気は空気のように存在していたこの世界へ、生命が現れることでダイナミックな命の循環が起こり、太陽や空気から草へ、花へ、虫へ、鳥へ、獣へと無限に連鎖し、すべてがひとつの命として循環していく、絶対共有の自然世界が生まれてきたのです。

その共有の世界にあって、文明の発祥以来人間が表現してきたものは、貪り、奪い合い、他の生命に害を及ぼすどころか同じ種の中でさえ傷つけ合う、この世界の実体とはかけ離れたものでした。世界中が待ち望む新型コロナウィルスのワクチンですら、各国が情報を共有して協力し合うのではなく、他国に先駆け新薬を開発しビジネスチャンスにしようと競い合っているのです。

しかし、人間が新たな薬を開発すればするほど、ウィルスや細菌もまた、進化します。今、人間が自然の摂理を無視し、抗生物質等の薬を医療や畜産にまで乱用してきた結果、様々な所で耐性菌が広がり、近い将来、抗生物質が効かなくなる時代が来ると言われています。抗生物質が使えなくなるということは、現代医療の大部分が機能しなくなることを意味します。だからこそ今、私たちは、ただ生き永らえることばかりを求めるのではなく、生きるとは何であるかを見つめ直し、命の原点に立ち返る時が来ているのです。

 
あなたの尺度を手放しなさい

人間がどれだけこの世界の本質から外れようと、世界は決してぶれることなく未来へ進み続けます。

私たちの生きる天の川銀河は、広大な宇宙空間に直径10万光年という果てしないスケールで広がり、セントラルサンを中心として無数の天体たちがそれぞれのサイクルを刻みながら、全体が秒速約200㎞という速度で回り続けています。それは人間の尺度などはるかに及ばないスケールです。これほど巨大なものが100億年以上にわたりぶれることなく、秩序を保ち続けてきたということは、そこに決して揺るぎのない、人智を超越する絶対的な軸があるということです。その絶対的な安定の中を太陽系が巡り、太陽系の秩序の下に地球が巡り、その中に私たちの毎日の秩序があるべきなのです。それは言い換えれば、人間がどれほど外れようとも、決してぶれることのないこの世界の本質へ、戻ろうと思えばいつでも戻れる世界に私たちはいる、ということです。

秒速200㎞は、地球上の尺度からすれば驚くべき速さです。しかし、直径10万光年の銀河からしたら、動いているかいないかわからないほどゆっくりなものです。この世界には、人智を超えた絶対の秩序の下に無数の尺度が存在し、それを現代人の思考回路で解釈することは到底できないのです。その解釈不能な世界の中で、自らの尺度だけを基準として生きているから、自分が外れていても、それを正常だと思ってしまうのです。自らの尺度だけで生きているから、本来はすべてが共有され循環していく大調和の世界の中で、貪り、奪い合い、獲得したものを手放すことを恐れ、自らの心が生み出した不安や恐怖でがんじがらめになっているのです。

その小さな囚われを手放しなさい。

そして、自身から自由になりなさい。

手放せば、私たちはいつでも、多様な存在がひとつらなりの命として大調和の下に永遠に循環し続ける、大いなる宇宙の尺度で生きることができるのです。

その精神の位置に立つ時、人は不安や恐怖から解放され、貪り争う必要がなくなり、穏やかな響きの世界を創ることでしょう。そして自らにも、地球にも、健全な生き方をするでしょう。
人間は本来、群れて生きるものです。それが今、いかに分断して生き延びるかという、生命の原理原則とは真逆の方向へ向かっています。世界中が混迷を極める中、新たな時代のリーダーシップは政治にあるのではありません。学問の中にもありません。それはこの絶対不変の宇宙法則の中にあり、自らの尺度を手放し、大いなる仕組みの中に存在していることに目覚めた時、あなた自身の中に湧き出してくるものが次の時代の指針となるのです。

その時に大切なのは、土に近く生きること。なぜなら私たちは皆、大地の子どもだからです。大地は私たちの命の源であり、土と共に生きることは、私たちを生かすこの世界の大いなる存在 ——— 太陽や月や、宇宙の天体たちのサイクルで生きることなのです。それが地上を生きる生命の本来の姿であり、私たちの中に眠る真の生命力を呼び覚ますのです。

人間は、自我から生まれる欲望のまま破滅へと向かう愚かな存在にもなれば、その体験から学び、宇宙の仕組みを地上に顕し、天地一体の世界を表現する尊い存在ともなれるのです。今、このメッセージに出会ったあなた自身が、その意識に目覚め、この大いなるターニングポイントを機に歩み出すならば、文明の発祥以来追い求められながら実現されずにきた、人類の命題である理想郷への道が、開かれることでしょう。

 

 

 

 

 


3密の暮らしから世界に響け!〜 木の花合唱団『この星の上で』

昨日は6月のお誕生日会🎂
ちょうど、メンバーのはるちゃんのご両親ときょうこちゃんのお母さんが来訪され、御歳90歳を超えるはるちゃんのご両親は6月がお誕生日!というわけで、お祝いとウェルカムコンサートを兼ねてみんなで『この星の上で』を合唱しました。

『この星の上で』は、私たちは何のためにこの星に生まれたのかを問いかけ、呼び覚ます歌です。ファミリーのウェルカムコンサートでは必ず歌われる定番曲で、聴きながらゲストが涙を流すことが最も多いのも、この曲かもしれません。

ファミリーでは、新型コロナウィルスの影響でご訪問の受け付けを3月1日から一時的に休止しており、コンサートを開くのは実に3ヶ月以上ぶりでした。こんなに長くコンサートをしなかった時はない💦ということで男性陣は事前にひそかに男性パートの練習をしていたくらいです。その甲斐あってか、いつにも増して力強い歌声がホールに響き渡りました

「今、世界中がコロナウィルスで大変だけど、ここはこんなに3密です」とジイジ。

「本当はね、生き物はたくさん集まるほど豊かになるものなんです。でも今は、人間が増えるほど貧しくなる世界になってしまいました。だからこそ、人がたくさん集まるほど豊かになる場所を創らなければいけない、と思っています。」

そんな思いを歌声に乗せ、オンラインで、世界中の皆さんへお届けします。どうぞお聴きください💫💫💫

 


*現在、静岡県内在住の方に限り、ご訪問の受け付けを再開させて頂きました。その他の地域に関しましても、社会の情勢を踏まえつつ、再開が決まり次第ご案内をさせて頂きます。


 


新型コロナウィルスで学校がお休みになった子ども達の振り返り

ここ静岡県では緊急事態宣言も解除され、明日からいよいよ学校が再開します。7週間に及んだ休校の最終日である今日、ファミリー最高齢のえいこばあちゃんが、11歳から12歳のファミリーの子ども達7人を呼んで、食事会を開きました。

いつもみんなのために何ができるかを考えているえいこばあちゃん

この7週間の間、レンコン掘りや養蜂など、これまでやったことのなかったことをジイジを始めとする大人たちと一緒に体験し、大きく成長した子ども達は、一人ひとりがとっても個性的。食事の後、子ども達はこの体験を通してそれぞれに今思うことを振り返り、それに対して、日々彼らを見守ってきたジイジが丁寧なフィードバックを返していきました。
「コロナウィルス は人間にとても大切なことを伝えてくれているよ」とジイジ。どうか一人ひとりの個性を活かして、みんなで助け合い、人のためになる生き方をしてほしい、これからは大人と子どもが対等になる時代だよ、と子ども達へエールを送りました。

深くて温かい、大切なお話です。どうぞご覧ください。

 


【木の花のたより 】ハチミツはすごい〜養蜂場へ行ってみよう!

 新蜜がとれました!

皆さん、こんにちは!
ちょっとご無沙汰をしてしまいましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。120品目300品種以上の作物を育てる木の花ファミリーでは、この短い期間にも様々な作物がぐんぐん成長し、その一つひとつを皆さんにご紹介したいっっ・・・と思うものの地球は留まることなく巡り巡ってあれよと言う間に時は過ぎてまいります。

そんな中、養蜂隊は今年初のハチミツを採蜜しました〜!( ≧▽≦ )ノ
様々な効能を持つことがテレビ番組で紹介されて以来、にわかに注目が高まっているハチミツですが、効能もさることながら、実はミツバチの世界はと〜っても奥が深いのです。今日はそんな養蜂の現場を、新型コロナウィルスで学校がお休みになった子どもたちと一緒にご紹介します!

身を乗り出し過ぎて養蜂隊長のジイジに「ハチが見えん!」と言われながらも興味津々の子どもたち

        

木の花の養蜂は、4月から9月頃にかけてがハイシーズンです。冬の間に巣の中で寒さをしのいでいたミツバチたちは、暖かくなって花が咲き始めると外へ飛び出し、蜜を集め始めます。養蜂家は花の咲くタイミングに合わせ、お天気と相談しながら、蜜源となる場所へミツバチを連れていくのです。

花の咲く時期に合わせ様々な場所へ移動し、いろんな種類の花の蜜を集めます

今年初の採蜜となる今回は、まずホームである富士宮の養蜂場近辺の花々から集められた蜜を採蜜します。学校が休校中のファミリーの子どもたちは、半日は勉強や掃除、半日は農作業やお料理などをして過ごしていますが、中でもジイジと一緒の作業は大人気。「今日はボク!」「明日は私!」と毎日交代で小さな養蜂隊員たちが養蜂場へやって来ます。

朝一番で迎えに行くと、準備万端で待っていた本日の養蜂隊員たちが養蜂カーへ乗り込み、みんなに見送られて出発!

養蜂場に到着し、採蜜開始。ジイジが巣箱を一つひとつ開けて確認し、蜜の溜まった巣板を子どもたちへ手渡していきます。

雨が降っても巣の点検や採蜜ができる屋根付きの養蜂場
巣箱の中には、ハチさんが巣を作る板がこんなふうに並んでいます
板を取り出し、ブラシでやさしくハチさんを払います

子どもたちは受け取った巣板を、ハチミツをとるための遠心分離器へ運んでいきます。ジイジは採蜜用の巣板を抜き出しながら、同時にハチさんの状態もチェック。ひとつのミツバチの群の中に女王蜂は1匹ですが、群が大きく育ってくると、働き蜂たちは巣の中に「王台」という新しい女王を育てる特別な部屋を作ります。そして新女王が誕生すると、分蜂と言って働き蜂の約半分が古い女王と一緒に新天地を目指して外へ飛び出し、巣別れしてしまうのです。
そこでジイジは分蜂が起きないよう、王台を見つけると巣から取り除きます。

ナイフで新女王の幼虫の入った王台を切り離します

そして、来年に向けて育てている、まだ女王のいない新しい群へ移植。

移植された王台

ジイジは今年を「養蜂元年」とし、例年は夏のピークを過ぎてから育て始める来年用の群を春先から育て始め、既に30群にまで増えました。「本来自然の状態では、ミツバチはこんなに大繁殖しないんだよ」とジイジ。

現在、世界中でミツバチの数の激減が問題となっています。その原因は農薬や電磁波など諸説ありますが、ミツバチはそれだけデリケートな昆虫であり、いわば自然のバロメーターのような存在です。そのミツバチと共にあることの重要さを感じたジイジは、木の花ファミリーを創立して間もなくミツバチを飼い始めました。
「当初はそんなにたくさんのハチミツを得ようとも思ってなかった」とジイジは言います。ただ人間が自然と共に生きていく中で、自然の仕組みを学び、そこに沿いながら、生きるためにその作用を活用していく。そんなふうに捉えていました。

「ミツバチはね、農夫なんだよ。」

花から花へと飛び回り、花粉を運ぶミツバチ

「我々は畑を耕して、作物を育てるでしょう。そこでは、自然の昆虫が作物の受粉を担ってくれる。その代表がミツバチ。ミツバチはハチミツやミツロウなどいろいろな恵みをもたらしてくれるけれど、実はそれ以外にも、作物の命をつなぐ重要な役割を果たしている、いわば隠れた農夫なんだよ。」

私たちが日ごろ口にする食べ物の多くが、ミツバチの働きによってもたらされています。農作物だけではなく、自然界の植物の多くがミツバチによって受粉を助けられており、ミツバチが姿を消すということは、その植物を食べる動物たちにも影響を与え、生態系が大きく狂うことにもなるのです。

ジイジはハチさんたちのお世話をしながら、「これは仕事ではなく、僕の楽しみ」と言います。

常にハチさんのようすを観察し、対話しながら、ハチさんがご機嫌で生きられる環境を整えていく。そうやって25年以上にわたりハチさんを育ててきた結果、ファミリーの養蜂場には、ジイジお手製の道具や独自のアイデアがあふれています。

今年は、巣板と巣板の間隔を従来の養蜂の12mmから、8mmに変更しました。2階建ての巣箱の場合、貯蜜が中心となる2階はこれまで通り12mmですが、自然界のミツバチの巣内の通路の間隔は約8mmであることがわかり、巣内がミツバチにとってよりふさわしい温度になるよう、子育てが中心の1階は8mm間隔に統一します。

8mm幅と12mm幅に切った棒を使い、正確に間隔をそろえます

前回ご紹介した木の花菌は、養蜂の現場でも活躍。自家製の玄米アミノ酸や、78種類の野草や野菜などから作った酵素と一緒にハチさんの餌に混ぜたり、巣に直接吹きかけて、元気なハチさんを育てるのです。

左から、砂糖水、酵素、木の花菌、玄米アミノ酸 (養蜂協会から入手する蜂餌用の砂糖は、国の補填によって通常よりも低価格となっており、養蜂以外の用途に流用されないように食用の色素で青い色を付けられています)

ミツバチの群は1匹の女王蜂と数万匹の働き蜂(すべてメス)、そして数千匹の雄蜂から成り立っています。働き蜂は羽化して1週目は幼虫のお世話や巣内の掃除、2週目は巣の門番や外から運ばれてきた蜜を受け取る係、そして3週目になると外へ出て蜜を集めるようになるなど、日数に応じて様々な役割を果たします。一方女王は巣の中で、1日1000個以上もの卵をひたすら生み続けます。

この日羽化したばかりの女王蜂(中央)。働き蜂よりも体が一回り大きく、羽化直後なので白っぽい色をしています。

「“女王”と言うといかにも群に君臨しているみたいだけど、実は新しい女王を産むタイミングや、雄蜂をどれだけ産むかなど、群をどう運営していくかを決めるのはみんな働き蜂。女王は働き蜂の言うがままに卵を産み続ける役割なんだよ。」
ミツバチの不思議な生態についていろんなことを教えてくれるジイジの話に、子どもたちも興味津々で聞き入っています。

そんな中、「あっ」という声がして、本日の養蜂隊員の一人であるあっくんが、受け取った巣板を巣箱の上に落としてしまいました。ハチに刺されて、思わず手を離してしまったのです。「コラ!何てことをするんだ。ハチに刺されたって、痛くたって、巣から手を離してはダメだ」とジイジから声が飛びます。
こうやって痛い思いをしても、子どもたちは「明日も行きたい!」とまた養蜂場へやって来るのです。

さて、子どもたちが運んだ巣板は、遠心分離機にかける前に、まず「蜜蓋」を切り落とします。

ハチミツは、花から運ばれてきていきなりできるのではありません。ミツバチたちは集めた蜜を自らが分泌する酵素と混ぜて巣房に溜め、羽で風を送り続けて水分を飛ばします。水分量が多いままでは時間が経つと発酵してしまいますが、十分に水分を飛ばして糖度が80%以上まで上がると、半永久的に保存できるのです。
十分に水分が飛ばされたら、ミツバチはミツロウを分泌して蓋をします。これが蜜蓋です。蜜蓋は、十分に濃縮されて完成したハチミツの証なのです。

切り落とされた蜜蓋。噛むとガムのようで、ミツロウとして様々に活用できます
蜜蓋を切り落とすと、中には黄金のハチミツが!

この巣板を遠心分離器に入れ、ぐるぐる回すと ────

ハチミツが出てきました♪ ( ≧▽≦ )ノ

分離器からトロトロと流れ落ちるハチミツは金色に輝いて、見とれるほどの美しさです。これぞまさしく甘露 ─── 天の恵みです。

野山に花が咲いているだけでは、ハチミツはできない。そこにミツバチがいて、そのミツバチの能力を十二分に発揮できるように関わる人間がいて、初めてこの豊かな恵みがもたらされます。それは自然とハチと人間の共同作業であり、この世界にはきっとそんな豊かな仕掛けがたくさんあるのです。

本日の養蜂隊員に加えて見学の子どもたちも到着したところで、みんなで一緒におやつタイム。

本日の養蜂隊員たちは毎朝早くに起きて、みんなの分のオニギリをにぎってきます。このおやつタイムも、みんなの大きな楽しみのひとつです。


今とれたばかりのハチミツもさっそく試食。春の花々のエネルギーいっぱいの、とっても美味しいハチミツでした。

おやつ後、子どもたちが何かを見つけて群がっています。聞くと、先ほどあっくんを刺したらしきミツバチが死んでいるとのこと。

ミツバチはいったん人を刺すと、その針が体から離れる時に内臓も一緒に引きちぎれて、死んでしまうのです。「おまえが刺されるからいけないんだぞー」と子どもたち。

人を刺して体から離れたミツバチの針

ミツバチは「自分さえよければいい」と個々が生きているのではなく、1匹1匹がそれぞれの役割を果たしながら、全体でひとつの生きもののように暮らしています。自然界のミツバチは、冬に食べ物がなくなってくると最後の1滴までをみんなで分かち合い、死ぬ時は一緒に死ぬのだそうです。そんなミツバチたちのあり方は、きっとこれからの人類のモデルになる ──── 今から25年以上前にジイジはそう感じ、ミツバチを飼い始めたのでした。

ジイジに初めてミツバチの飼い方を教えてくれた人は、創立間もない木の花ファミリーの暮らしを見て、こう言ったそうです。

「あなた達の暮らしは、ミツバチみたいだね。」

ジイジに「これ美味しいから食べてみて〜!」と自分のパンを食べさせるナオ

新蜜は、明日(5月16日)よりロータスランドの店頭に並びます。お越しになった方はぜひ味見をしてみてください(^v^)
今月末にはアカシアの花の採蜜も始まり、9月のそば蜜まで採蜜は続きます。豊かな自然の恵みをこれからもお届けしていきますね。

子どもたちの学校も間もなく再開。状況は日々刻々と変化していきますが、そんな中で子どもたちは毎日を新鮮に生き、確実に何か大切なことを学んでいるようです。

夜、みんなが寝静まった後のキッチンカウンターには、子どもたちにより明日のオニギリセットが用意されていました。

 


 

おなかの中から元気になろう!

その4
ハチミツ

いうわけで、今回のテーマはもちろんハチミツです。

ハチミツは嗜好品としてよりも、実は薬として珍重されていた歴史の方がずっと長いのです。もともとミツバチたちの保存食であるハチミツは、強い抗菌・抗酸化作用を持ち、粘膜を修復するはたらきもあり、ただ甘味料としてだけではない様々な使い方が知られています。

・粘膜を修復して喉の痛みをやわらげる
・子どもの咳にも効果的な天然の咳止め薬
・ストレスを取り除いて安眠をもたらす
・糖分がすでに分解されており寝起きの脳を活性化
・夏バテ時の栄養補給
・強い抗菌力で寝る前に舐めれば虫歯を予防
・傷口に塗ると治りが早まる
・なんと目薬にも!白内障や結膜炎の治療報告
・パックや化粧水に混ぜると美肌効果
・ガンや風邪、胃薬としての効果の報告もあり

その他、様々な栄養分を含みながら半永久的に腐らないので、非常時の保存食としても最適です。

*上記は、水あめ等を添加していない純粋なハチミツのはたらきです。
*花の種類によってはたらきにも違いがあります。(例:そばやアカシアは咳止め効果が高い、菩提樹は安眠効果に優れている等)ロータスランドでお求めの場合は、どうぞスタッフへお尋ねください。

ご飯とハチミツの美味しいレシピ 

お米2合に対し、通常の分量の水と小さじ一杯のハチミツを加えてよく混ぜ、30分ほど置いてからいつも通り炊きます。するといつもと同じお米がふっくらツヤツヤ、しかも甘みもアップ!
この甘みはハチミツの甘みではなく、ハチミツに含まれている酵素がお米のデンプンを分解して甘みを引き出してくれるのです。さらに保水性も高まって、ご飯ふっくら。ぜひお試しください♪ ヽ(=´▽`=)ノ

ネットショップでもハチミツ好評販売中です

 


田 ん ぼ より 🌾

今年の田植え 第一弾が 終了しました。
第一弾目の田植えが終了した田んぼ

木の花ファミリーでは、毎年4月上旬と5月下旬の2回に分けてお米の播種を行なっています。4月に播種した第一弾の苗たちは、今月上旬から次々と田んぼにデビューし、この度無事に全ての田植えが終了しました。

田植え初日は、場を清めて世界の豊穣を祈るご神事からスタート。

例年このご神事は「田楽田植え祭り」としてファミリー総出で行なっていますが、イベント自粛が呼びかけられている今年は田んぼファイブと数名のみで静かに執り行いました。

田んぼには、富士浅間木の花祭りにて世界中から届けられたご清水をひとつに融合した、調和の響きの御水が注がれました。

*富士浅間木の花祭りについてはこちらをご覧ください。

発芽から約3週間で、稲はここまで大きくなりました。

そして無事に、田んぼデビュー。

調和の響きに包まれて、すこやかに育ちますように ────

お米の播種第二弾は今月下旬、そして田植えは夏至の前後の予定です。
秋の収穫まで、田んぼ作業は駆け足で進んでまいります。
どうぞ稲の成長と共に、季節を感じてみてください。

 

 


【木の花のたより 】木の花菌〜目には見えない微生物のチカラ

こんにちは ☀︎

お米の播種から10日が過ぎ、ハウスでは稲がぐんぐん伸びています(๑˃̵ᴗ˂̵)و

朝の稲。朝露がキラキラ輝いて、とてもきれいです。

稲たちは、播種から3日で芽を伸ばし始めました。

播種後は育苗トレーの上に直接太陽シートをかけ、種もみを保護していましたが、芽が伸びてきたのでトンネルに切り替えました。

朝夕、シートの開け閉めをする育苗担当のみきちゃん

ところでこの稲の朝露、キラキラしてとてもきれいなんですが、このままにしておくと「いもち病」と言って稲につくカビが発生する原因にもなってしまうそうで、みきちゃんは毎朝シートを開けると、朝露を落とす「露払い」をします。

毎朝カタカムナのウタヒを奏上しながら 露払いをします

稲の上にT字型の露払い用の棒を滑らせて露を落とすと同時に、稲が倒されることで徒長(ムダに伸び過ぎること)が抑えられ、がっしりとした強い苗に育つのだそうです。

倒されることで よりたくましくなっていく稲の生命力!

お隣のいちごハウスでは、かずこちゃんが朝一番で収穫したいちごを、配送担当のゆうこちゃんが引き取りに来ていました。

あ!いちごの葉っぱにも朝露が!

でもこちらは、露払いは必要ありません。
いちごの葉先に付いている水滴は「葉水」と言って、夜の間にいちごが土から水分と一緒に養分を吸収し、余分なものを朝に葉先から外に出したもので、根がしっかり動いて養分を吸い上げている証拠なのです。

この現象は作物のみならず、道ばたの草だって、朝はこんなにキラキラしてます。

  
早起きは三文の徳(^v^)

  
ハウスで稲の苗がすくすく育つ一方で、田んぼでは稲たちを迎えるための準備が着々と進んでいます。冬の間は水を抜いていた田んぼに、いよいよ水が入り、「代かき」が始まりました。

一番最初に田植えをする予定の宮ノ下の田んぼ。代かきしてるのは田んぼファイブの1人、かまちゃんです。

田んぼは秋の稲刈り後から春までの間に、3回耕起をします。繰り返し耕起することで、稲刈り後に田んぼに残った稲わらをよく分解し、微生物を活性化させるのです。そして田んぼに水が入ったら、田んぼの表層の泥の粒子を細かく砕いてとろとろにし、全体を平らにならす代かきを「荒代かき」と「本代かき」の2回行います。
代かきには、泥をとろとろにすることで稲が根付きやすいようにしたり、全体を平らにして水の深さを均一にすることで稲の生育をそろえたり、雑草の種を土中に埋め込んで草を生えにくくし、土中の有害なガスを抜くなど、様々な意味があります。ハウスで元気な苗を育てることも重要ですが、やがてその苗がデビューする田んぼの環境をしっかり整えておくことも、同じように重要なのです。

こちらは代かき前の田んぼ。草が生えていたり、まだデコボコしてます。

こちらは荒代かき後の田んぼ。全体が平らになっているのがわかるでしょうか。

田植えの5日前にもう1度、今度は本代かきをします。最近は寒い日が続き苗の生育が少しゆっくりになったので、今年最初の田植えの予定は当初よりも少し遅れ、5月1日ごろになりそうです。

稲の成長はこれからもレポートしてまいります。

乞うご期待っ!(`ε´ )ゞ

 


 

おなかの中から元気になろう!

その3

  木の花菌  

木の花ファミリーでは、EM菌を種菌とした微生物の集合体「木の花菌」を独自に培養しています。

EMとはEffective Microorganisms(有用微生物群)の略で、乳酸菌や光合成細菌、酵母など、自然界にも存在する環境にも人にもやさしい善玉菌の集合体です。木の花ファミリーではこれを種菌として、ビワの葉、クマザサ、アカマツなどの抗酸化力の強い葉っぱを使い、そこに付着する土着の微生物や植物のエキスを取り込み、自家製の玄米アミノ酸等を添加して微生物のはたらきをさらに高めながら、十日間をかけて木の花菌を仕込みます。出来上がった木の花菌は、畑の作物や養鶏、養蜂に活用されるほか、人間もジュースにして飲んでいます。

仕込みから十日目の、絞る前の木の花菌。様々な葉っぱやみかんの皮などがつけ込まれています。

木の花菌とは、ただ1種類の微生物のことを言うのではなく、多種多様な微生物が相乗効果によって有用なはたらきをしてくれる、言わば微生物の共同体です。
農業でも微生物資材の活用がうたわれて久しいですが、そもそも私たちは、微生物に支えられて生きています。土壌1gの中には1億〜10億の微生物がいると言われ、微生物が活発にはたらき多様性のある土壌は健康で、作物も元気に育ちます。そして人体には、なんと1,000兆もの微生物が棲みついていると言います。ウィルスが話題の昨今ですが、そもそも私たちは微生物なしでは生きられず、どのような微生物と共生するかによって、体のみならず、心の健康状態も大きく変わってくるのです。

思えば地球上に最初に誕生した生命も、微生物。微生物はこの世界で命が現象化する最初の姿であり、それだけ微細で、生命の源の美しいエネルギーそのままの純粋な存在です。微生物が豊かで活性化しているということは、それだけそこに豊かな生命エネルギーが満ち溢れているということ。それは自然の自浄能力を高め、生物の免疫力も自ずと向上していくのです。

そんな微生物たちを培養した木の花菌の仕込みを担当しているのが、畑のエース・ひろみちゃんです。

学生時代に木や花について勉強していたひろみちゃんは、食べ物ではないがために、公園などの木に野菜以上にたくさんの農薬が使われるのを見ながら「何か他にないのかな」と思っていました。そしてEM菌の存在を知り、その勉強会で「富士山麓でEMを使って有機農業をしている団体がある」ことを聞き、おもしろそうだと思って「けっこうミーハーな気持ちで」木の花にやってきて、木の花菌に出会いました。

出来上がった木の花菌を絞り機を使って絞るひろみちゃん
絞った後の木の花菌。phは3.5前後。乳酸発酵の甘酸っぱいやさしい香りがします。

木の花菌を絞りながら、ひろみちゃんはメンバーになった経緯を語りました。

「初めてここに来た後、当時旦那さんと1歳の娘がいたけど、私ここに滞在したいって言って、ひと月生活体験をしたの。それで、なんかいいな、なんか大事だな、という気持ちを持ってまた元の生活に戻ったんだけど、その後なぜかトントン拍子で離婚する話になってね。」

そしてメンバーになったものの、「自分はこの生き方を大事だと思っているのだから、簡単にここに住める」と思っていたら次々と自分のエゴが出てきて「非常に大変な時期が長く続きました。」

「私ね、人間は愚かしいものだって思ってたの。バカなことばっかりしてさ。でも、人間を愚かしいと思いながら、その中に自分が入ってなかった。自分もその中の一員で、同じように環境を汚染したり、地球を汚してるってことはわかってなかった。」

自分の実態を突きつけられて逃げ出したいような気持ちになっても、ジイジから「世界を変えることはできなくても、自分ひとり分、世界をきれいにできるんだぞ」と言われたひろみちゃんは、とにかくここに居続けることが大事なんだと自分に言い聞かせ、「必死にしがみついてた」と今は笑います。


*ひろみちゃんのお話の全容については「ひろみちゃんと木の花菌の物語」をぜひご覧ください。

木の花菌を仕込む時に心がけていることがあるかを聞くと、即座に返ってきた答えが「自分は無し」

「この世界はもともと美しいものだから、自分が余計なものを入れずに、ただこの世界の仕組みのままにこれが仕上がれば、必ずきれいなものができる。自分はそのお手伝いをするだけ。」

原料のビワの葉っぱの収穫

こういうものはこれからの時代にますます必要になってくるから、世の中により広がっていくようにという意識で関わっていくことが大事、とひろみちゃんは言います。そんなひろみちゃんの心に、印象深く残っているエピソードがあります。

「木の花菌を作り始めたのはジイジ。ジイジは40歳の時にそれまでの仕事をやめて、最初は慣行農法を勉強し始めたけど、慣行農法にはいろいろ問題があったから、有機農法に進んで、化学肥料ではなく堆肥を使うようになった。そこからさらに、もっと何か良いものはないだろうかって探していった時に、新聞の片隅に、EM菌を使ってスイカを育てている人の記事を見付けた。それで、そこに出かけて行ったところからジイジとEM菌の出会いが始まるんだけど、そこの家の近くの、何でもない道沿いの川とか、野の草とかが、キラキラして見えたんだって。何かが開かれる。そう感じたんだって。
何か大事なことに出会う時に、そんなふうに世界がキラキラして見えるって、すごいよね。」

そんなひろみちゃんにとって、農業のだいご味とは何かを聞いてみると ────

「土を踏んで、お日様を浴びて、作物に触れて、この世界の仕組みを感じられること。
私たちはひとつの太陽、ひとつの大地、ひとつの水、ひとつの空気、ひとつの風、ひとつの命・地球のもとに生きている。 そういつも言葉で語られていることが、土の上に立っているからこそ、本当だって全身で感じられる。」

学校がお休みになっている今、ファミリーの子ども達は毎日半日は勉強、半日は畑に出たりして、土に触れながら過ごしています。



今、世界中で様々な経済活動が停止していますが、どんなに経済が停滞しようとも、土と共に生きることに変わりはないのです。

これからも土と共に、天と共に生きながら、皆さんに美味しい野菜やお米を届けていきますね!(^▽^)

 


 

カフェ&ショップ ロータスランド

飲食部門一時休業のお知らせ


いつもロータスランドをご愛顧いただき、ありがとうございます。
新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、閉店時間を早めての営業を続けてまいりましたが、現在の社会情勢を踏まえスタッフで話し合いを重ねました結果、4月25日(土)より、飲食部門を一時休業し、ショップのみの営業とさせて頂くこととなりました。
いつもロータスランドの食事を楽しみにしてくださっている皆さまへはご不便をおかけしてしまいますが、お持ち帰り用のお惣菜やパン、お弁当などをご用意いたします。また、おなじみのデザートやはちみつ、野菜、雑貨なども引き続き販売してまいりますので、どうぞお立ち寄りくださいね。

営業時間は以下の通り変更となりますのでご注意ください。

4月25日(土)より
ショップのみ営業 *飲食部門はお休みとなります
営業時間 9:00〜18:00
(定休日は毎週月曜日のまま変更はありません)

自家栽培の食材を使った菜食弁当、550円。数に限りがございますので、売り切れの際はご容赦を!
特設テントで野菜苗も販売中です♪

これからも、社会の動向に沿いながら、より良い店づくりに励んでまいります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします( ≧▽≦ )ノ