木の花ファミリー通信2021年春分号「2030年、地球は限界へ」

 

この10年のあなたの行動が

未来を決める

 
新型ウィルスの拡散により、世界中で緊急事態宣言が出されることが当たり前の時代となりました。人々はこの事態が一日も早く収束することを願い、ウィルスの撲滅に向け様々な取り組みを行っています。しかし、そもそもウィルスがなくとも、世界は今、緊急事態の真っただ中にあります。

最新の科学は、地球の環境が既に飽和状態に達していることを明らかにしています。温暖化に環境汚染、食料難の深刻化や資源の枯渇、人口爆発と高齢化、さらには人知を凌駕するAIの台頭など、日本を始めとする一部の先進国が豊かな暮らしを享受する一方で、地球全土で環境の荒廃が確実に進み、このまま行けば2030年には限界に達し、歯止めの利かない破滅への道が始まることが、様々な研究データから予測されています。

 

今、地球生命の未来を左右する10年が始まりました。

私たちが直面しているのは、待ったなしの現実です。

 

 

今、地球上における人類の文明はピークを迎え、このままの状態でこれから先も発展し続けるかのような麻痺した考えを、やめなければならない時が来ています。

過去を振り返れば、人間の活動が自らを絶滅に追いやったことが、これまでの文明の歴史の中でたくさんありました。現代の大量生産・大量消費社会を築いた資本主義文明は、長い地球の歴史から見ればほんの一瞬とも言える、たった300年足らずのものです。内なるセンサーを研ぎ澄ませ、時代の潮流を感じ、この現代文明の先に大きな暗い影のあることに気付いたならば、その気付きを新たな時代の扉を開ける指針とし、自己変革へと向かわなければなりません。

人々の本音

2020年、世界の平均気温は過去最高水準を記録しました。気温の上昇によって降水量が増加し、各地で洪水や台風の巨大化が起き、その復旧に莫大な費用が必要となりました。充分な費用がない貧しい国では、復旧もままならない状態が続いています。その一方で、温暖化により大気の流れが変動し、北極圏の冷気が南へ押し出され、記録的な寒波となる地域もありました。

気候が不安定になったことで、世界各地でこれまでと同じように作物を育てることがどんどん難しくなっています。豊かな国は飽食にふけり、たくさんの肉を食べます。一方で、その肉となる家畜の餌として大量の穀物が消費され、貧しい国は充分な食糧を確保できず、現在地球上の9人に1人が飢餓状態にあります。私たちは土や水や太陽によって作物を育て、自然から食べ物をいただいて生きていますが、現代はそういった自然の恵みよりも、人工の世界が生み出すお金の力の方が、はるかに存在感が大きくなりました。

現在の地球上の人間の暮らしは、生きる上でのあらゆることに経済が絡んでいます。文明の発祥以来、人間は不自由なことがより便利になるように、食べられなかったものが食べられるようにと、それまで自然界になかったものを人工的に造り出すようになりました。それは確かに便利なことでしたが、その便利さ故に、今度はそれがないと居られないようになり、元々のもっとシンプルで良かったはずのものを失っていきました。そして、お金があることが豊かさであり幸せであると思い、お金がすべての問題を解決してくれると考え、どんどん経済の虜となっていったのです。

世界中で温暖化対策の必要性が叫ばれながら、何故なかなか進まないのかというと、人々の本音は、経済の方が大事だからです。温暖化は止めたい。排出物も減らしたい。でも経済は止めたくない。つまり、問題の原因は自分たちの生き方にあるけれど、その生き方を変えたくないということです。

お金で回る社会

現代は、お金がないと生きていけない社会になりました。人々はお金がないと不安になり、互いに競争し、お金を奪い合っています。しかし、お金は社会の血液です。体の中で血液が隅々にまで行きわたらず特定の場所で滞れば、全身が病気になるように、お金が社会の隅々まで循環せず一部に留まっている現代社会は、まさに病気の状態であると言えます。

経済とは本来、社会が円滑に営まれていくための手段であるべきものです。けれども現代の経済は、お金を得ることが最優先となり、社会をより豊かで円滑にするためのものとはなっていません。人々は、みんなが豊かで健康になるためのものよりも、お金になるためのものを作るようになりました。
食べ物は私たちの命をつなぐものですが、利益や効率を優先して生産される現代の食べ物は、食べることで体を蝕むようなものがたくさんあります。そして社会に病気が蔓延した結果、その病気を生んだ自らの生き方を見直すのではなく、医療で症状を治して解決するようになりました。こうして医療は一大産業となり、高度な技術が発展して人々の平均寿命は延びましたが、同時に人々は、命に対する覚悟を失っていきました。
医療が今日ほど発達していなかった時代には、人はいつでも自らの命に対する覚悟を持っていました。しかし現代は、自然界ではとうに寿命を全うしているような状態でも、医療に頼って命を永らえ、年を取れば介護が必要になることが当たり前の世の中となりました。すると今度は、介護施設が増え始めるのです。人が病むことや老いることさえもが、常にどこかでビジネスの餌になっているのです。

この経済の在り方を根底から覆し、本当に社会を健全にするためのものに変えなければなりません。それは、私たち自身の生き方を変えるということです。

自分は正しい?

生き方を変えるとは、どういうことでしょう。

最新の科学は、人間がこの10年間に生き方を転換しなければ、既に飽和状態にある地球の環境は2030年に臨界点に達し、破滅への暴走が始まり止められなくなることを予測しています。世界中の人々がその対策を協議し、刻一刻と迫りくる危機を感じながら、その危機の原因が自分自身にあるとは見ていません。それは、人々の考え方が大局的ではないからです。なぜ大局的でないかと言えば、生きることの目的が、個人の願望を叶えることばかりに向いてきたからです。

多くの人々が、この危機をどう乗り越えるべきかをそれぞれの立場から語り、誰もが一生懸命です。そういった人々は、優秀であるからこそ他を批判し、また他からも批判を受ける立場にあります。しかしそこで共通しているのは、どの人も自分を振り返らないということです。

人間はこれまで、問題ごとに出会う度に、その問題を生み出した自らの生き方を振り返るのではなく、新しい技術や社会の仕組みを変えることで解決を図ってきました。例えば交通事故に出会えば、事故に遭わないようにと交通システムを変え、車の性能が悪いと言って車を改善します。その事故を起こす人間の性能を改善するのではなく、仕組みや道具を改善することで解決してきたのです。
それが目覚ましい成果を上げてきたことで、そうすることが良いこととなり、自分を変えずに仕組みや道具を変える偏った癖がつき、自らの問題点はそのままで振り返らなくても良い社会となりました。その根底にあるのは、自分のしていることを正しいこととしたい心です。

しかし、そもそも私たちは、自分たちの考えの延長線上に、本当の正しさを導き出せるでしょうか。

歴史を振り返ってみてわかるのは、その時代にはその時代の正しさがあり、みんなが「これが正しい」と思って生きてきたということです。戦国時代には他人の領地を力ずくで奪うことが正しいことであり、大戦中にはお国のために命を捧げることが正しいことでした。しかし時代が進めば、その正しかったことが間違いとなり、その間違いを改善して次へ進むということを人類は繰り返してきました。そうして、より良くなるために、より良くなるためにと繰り返してきた結果、今究極の行き詰まりに到達しているとしたら、私たちは自分の考えでより良くしようとすること自体を手放す時に来ています。

今、するべきこと

この世界には、時代の潮流が常に流れています。

近代の人間社会は、地球の危機的状況をエネルギッシュに訴えつつも、その一方で、同じような手法やエネルギーを使い、経済の拡大を続けるという矛盾を表現してきました。そして、いよいよ自分たちの力ではどうにも解決できないところまで来て初めて、人々は現実に目を向け始めました。それは、これほどの現象をもらうところまで行かなければ、人間は生き方を変えないということであると同時に、何かそこに、人間の力を超えた大いなる時代の潮流が流れていることを感じることもできるのです。

地球上の歴史は、個々の人間の意志によるものではなく、宇宙の大いなる流れから生じる時代の潮流によって紡がれています。人間がどれほど現状に危機感を抱き、自分は正しいことをしているつもりで環境の改善を声高に訴えても、その動きが宇宙の流れと連動していなければ、それはただ自分の正しさを主張して思いを叶えようとする、これまでの人間がしてきたことと同じものになってしまうのです。

ならば、私たちは今、何をするべきでしょう。それはまず、自らを振り返ることです。

地球の現状を築いてきた自らの生き方を振り返り、その自らを正しいものとしていた心の奥を振り返る。そして自らの命が何によって支えられ、その存在が世界の中でどのように成り立っているのかを振り返る。それは、世界観を広げるということです。
世界観が広がると、自分は自分の力で生きているのではなく、この世界の仕組みの中で生かされていることが観えてきます。その時、人は謙虚になります。その謙虚な心で、自分たちはどう生きたら良いかということを、自らを生かす何ものかに問うようになった時、その大いなる何ものかは、私たちが進むべき道を常に示してくれていたことに気付くでしょう。それは、自分で正しい答えを導き出そうとしているうちは、わからないことです。

人間が最も理解できないこと

自分が思う正しさを手放し、宇宙の流れと連動して生きるようになると、物事は驚くほどスムーズに進むようになります。すると、人生を歩む上でのエネルギーは少なくて済むようになります。人々は今、電気自動車や代替エネルギーを開発し、何とか温室効果ガスを削減しようとしていますが、もっと人々の心が通い合い、物事が効率よく進むようになれば、そもそもエネルギーの消費量はずっと少なくて済むのです。

私たちは皆、地球というひとつの星に暮らしています。そこにある大地も、水も、空気も、風も、そして太陽も、みんなでひとつのものを共有しています。それがぐるぐるとどんな存在の元にも循環し、ひとつの生態系を築いています。アフリカで起きることも、アマゾンで起きることも、北極や南極で起きることも、みんな地球というひとつの体で起きていることであり、私たちみんなの責任なのです。

ですから、地球のどこかに問題が起きれば、みんなでどうしたら良いかを考え、力を合わせます。経済も、そのために使われるべきなのです。世界は問題ごとで溢れかえり、その一つひとつに対処しようとすれば途方に暮れてしまうかもしれませんが、その無数にある問題ごとの元はすべて、ひとつのことから始まっています。それは、国家も、人々も、自分のことしか考えていないということです。その根本の心を振り返り、ひとつの問題を地球規模のこととして捉え、みんなで力を合わせて取り組んだ時、そのひとつの問題の解決が、全体の解決へとつながっていくことでしょう。それが今、人間が最もできないことです。

本当に価値のある人生とは、他の生命や世の中の健康に貢献することです。自分が生きた結果、人が幸せになり、世の中がより豊かになる。これ以上現実から目を背けることは許されない地球の危機的状況をもって、私たちは今、自らの生き方を大転換させるチャンスとしての10年間を歩み始めたのです。

 

あなたはこれから、どちらの方向に進みますか?

 

 

 


 

  地球の現実を知ろう

以下は、現在の世界が抱えているたくさんの問題の中の一部です。

そのすべてが、私たちの日常と密接に関わっています。

 

  • 気温上昇により大気中の水蒸気が増し、世界各地で大雨や洪水、干ばつ、巨大台風などによる甚大な被害が増加。
  • 乾燥が進み森林火災が多発。2020年の世界の森林火災面積は、日本の面積の1.7倍。
  • 2020年シベリアで38℃を観測。永久凍土の融解が急速に進み、未知のウィルスが大気中に放出される危険性が指摘されている。
  • 氷河が溶け、世界の海面は過去100年間で平均17㎝上昇。今世紀末には最大で1.1m上昇し、日本の砂浜の9割が消えると予測。
  • 2030年までに気温上昇が1.5℃を超えると、北極の氷河が溶けて海水温が上昇→シベリアの凍土が溶けてメタンガス(温室効果がCO2の25倍)を放出→アマゾンの熱帯雨林がサバンナと化し、森が蓄えていたCO2を放出→世界最大の南極の氷が溶け、更なる気温上昇へ、という負の連鎖に歯止めがかからなくなり、2100年にはプラス4℃に達して世界中が取り返しのつかない打撃を受けると科学者は警告している。

    生命の宝庫である熱帯雨林の消失などにより、100年前の4万倍(1日約100種)の速度で野生生物が絶滅している。

 

  • 年間推定3,000万トン(自動車2,500万台分)がゴミとして海に流出。
  • 2030年に海のプラスチックごみの量は現在の3倍に達し、2050年には海の魚の総重量を超えると言われる。
  • 年間10万匹以上の海に棲む哺乳類がプラスチックの誤飲等で命を落とす。
  • 魚などが飲み込んだプラスチックは食物連鎖により毒素が濃縮され、それを食べる人間の脳神経に影響すると懸念されている。
  • プラスチックごみの約半数が包装や容器であり、コロナ禍でさらに消費が増加。コストがかさむリサイクルは全体の1割にも満たないのが現実。
  • 「再利用」という名目で先進諸国は大量のプラスチックごみを途上国へ輸出し、現地に大きな環境被害をもたらしている。日本は世界第2位のプラごみ輸出国。
  • もはや回収不可能と言われるマイクロプラスチックは、海だけではなく大気中を漂って全世界へ拡散し、将来深刻な健康被害を引き起こす危険性が指摘されている。

    日本のペットボトル出荷量は国民一人当たり年間190本。 世界の海岸に打ち上げられるプラスチックごみの中で最も多いのはペットボトルである。

 

  • 2019年の世界の飢餓人口は6億9000万人。温暖化や紛争、パンデミック等の影響により、その増加が加速している。
  • 先進国では日々莫大な量の食品を廃棄。日本は年間612万トン(世界の年間食糧援助量の1.5倍)の「食べられる食品」を廃棄しており、その焼却処分におよそ1兆円の税金が使われる。
  • 先進諸国へ輸出する食肉用の放牧地を作るため南米では熱帯林の伐採が続き、温暖化に追い打ちをかけている。
  • 食料の需要増加により、1960年以降世界各地で農業利用のための地下水の過剰な汲み上げがエスカレート。2030年以降世界中で地下水の枯渇が急増することが予測され、世界の食料市場は大打撃を受ける。
  • 一部の先進国が飽食を続けることで「飢餓のパンデミック」が拡大し、2030年までに改善されなければ各地で暴動や紛争が起こると専門家が指摘する一方で、国連は2020年7月、SDGsの「2030年までに飢餓人口をゼロにする」という目標を達成することは困難であると発表する。

    日本の食料自給率は4割に満たない一方で、大量の「食べられる食品」を廃棄。このまま進めば2050年までに世界的なフードショックが起こると予測されている。

 

  • 国連の推計によると2030年に世界の人口は86億人、2055年には100億人を突破。
  • 偏った世界経済システムにより貧富の差がさらに拡大し、紛争が多発すると予測。
  • 日本は2030年に国民の3人に1人が65歳以上となる。
  • 労働力不足が深刻化し、社会保障費が増大する一方で費用が捻出できなくなり、社会保障システムが機能しなくなる。
  • 日本全国で896の自治体が少子高齢化により消滅する可能性が報告されている。

 

  • 2030年までに、AIの台頭によって社会の30%の仕事が失われると言われる。
  • 各国はAIの軍事利用を進め、既にドローン爆撃などが現実化されている。
  • 2045年、AIが人間の知能を超え自ら進化していくシンギュラリティ(技術的特異点)に達し、人間のコントロール下から離れていくことが警告されている。
  • AIを開発した現代の人類の人間性がプログラムに反映されているとしたら、制御不能となったAIが支配する未来に待ち受けるものは、何か?

 

 

2030年

あなたはどんな未来を迎えますか?

 

 

 

 

木の花ファミリー通信2020年冬至号『風が吹いてくる』

2019年5月1日、「令和」という新たな元号の時代が幕を開けました。
その名は、万葉集「梅花歌三十二首并序」の詩序にある「令月」と「風和」に由来し、当時の安倍首相は「厳しい寒さの後に、春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が、明日への希望と共に、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたいとの願いを込め、令和に決定した」と語っています。

奇しくも、冬至を越えた2020年12月22日より、宇宙的には「風の時代」が始まったと言われます。

壁に囲まれた部屋の中にいれば、そこは無風の状態です。しかしその無風の中にも、人生の風が吹いています。私たちは常に、時代の風を受けて生きているのです。
時代は、様々な風を吹かせます。これまで、数多の文明が地上に現れては消え、ダイナミックな変化の歴史が刻まれてきましたが、人々はそこに流れている風の存在に気付いてはいませんでした。流れに逆らえば、負荷の力が大きくなります。そしてやがて、壊れます。しかしそれは、次の新たな時代への扉を開くことへとつながってきたのです。
やわらかな風も、強い風も、風は私たちを未来へいざなうメッセンジャーとして、希望を乗せてやって来ます。その風を感じ、風に乗って生きる時代が始まりました。風は私たちに、こう呼びかけています。

「真に自由であれ。」

 


 

地上に吹く風を感じることのできる象徴的な存在が、物理的肉体を持つ私たち生命です。

私たちの命は、地水火風空という自然の五大要素から成り立っています。大地に育まれたものを食べ、水を飲み、太陽の光を浴び、空気を吸って呼吸する。では風はどんな役割をするのかというと、生命を逞しくする働きをします。
植物は無風の中で育つと、自らの体を維持するだけの強さしか持つことができません。すると、やがて子孫を残すための実を充実させる時に、その重みを支えることができなくなってしまいます。風を受けることで、その刺激に耐えられる逞しさが育まれるのです。
そういった物理的な作用と同時に、この世界には常に、見えない風が流れています。それは、次の時代へと向かう気配を運んでいます。それを感じられるのは、人間が時代を読み解くセンサーを持ち合わせているからです。

私たちの生きる世界には、様々な現象が起こります。その現象は、無秩序に起きているのではありません。もしも無秩序であったなら、過去から現在に至るまでの現象の羅列が、まるでひとつらなりの物語のように進化のプロセスを表現することはなく、世界は継続性を保つことができなかったでしょう。そこには確固たる秩序があり、現象世界を生きる私たちは、その制約のもとに生きる定めを与えられているとも言えるのです。
その制約の背後には、この世界を創造する大いなる存在の意図があります。しかしその意図が理解できない人々は、自らが出会う現象に対し「なぜこんなことが起こるのだろう」と疑問や不満を持ちます。そして自らを変えることなく、現象が変わることを願うのです。その奥にあるメッセージに目を向けぬまま、ただ現象だけを変えようとすれば、それは流れに逆らうこととなり、さらに負荷が膨らみ、負の現象の連鎖へとつながります。そういった場では、人々は目の前の出来事に右往左往しながら、周りと類似したものを求め、人と同じになることで安心を得ようとするのです。
しかし本来自分とは、過去にも未来にも、宇宙にたったひとつだけの、極めて個性的な存在です。
地球は宇宙の中でも類まれなる、無限の生命にあふれた星です。それは極めて多様で、それぞれが個性的でありながら、その全てがひとつの共通の秩序の下に存在しています。秩序に従い、この世界の大いなる流れに沿うことで、それぞれの存在はそこにあるべきものとしての役割を果たしながら、安定して存在し続けます。その安定の下に、大空へと羽ばたき、風に乗って舞うかのように、個性豊かに自らを表現する。それが、この星に生きるものに与えられた自由という姿です。

地球は、宇宙の中でも際立って自由が表現される場です。宇宙は本来自由な場ですが、他の天体たちのサイクルは非常に長く、例えば50年以上前に人類が月に降り立った時の足跡が今も残っていると言われるように、水も空気も風もない他の星々の変化の速度は、気が遠くなるほど緩やかなものです。ところが地球上に足跡を残せば、そこには風が吹き、雨が降り、草木も生えれば無数の生物たちの生命活動があり、生態系の循環の中で足跡はあっという間に消えてなくなるでしょう。宇宙は、自由であることの本質を学習する場として、地球に大循環生命生態系を創ったのです。
その数千万種とも言われるほどの生命の中でも、とりわけ人間は、一人ひとりが他とは違う際立った個性を与えられたオリジナルな存在です。しかしこれまで、多くの人々は「みんなと一緒」であることを良しとして、多様性を欠いた社会を作ってきました。或いは、自らが正しいと信じて過剰に自己主張をし、対立を生んできました。そのどちらも、既存の価値観の枠の中に自らを閉じ込めることで固定された状態にあり、本当の自由とは言えないのです。
地球は秒速30㎞で広大な宇宙空間を移動し続け、他の無数の星々と共に、常に未知なる場所へと進んでいます。その地球上で表現される時代の変遷は、星々の対話によってもたらされており、地球上に吹く時代の風とは、宇宙の風なのです。全ての地球生命は、この宇宙の風に乗り、時代と共に自在に変化しながら未来へ向かって進化し続けます。その中にあって、いかに現状を維持するかに腐心し、同じ場に留まり続けようとしているのが、私たち人間の作る人工の世界です。

しかしそもそも、私たち生命は、人工の力を遥かに超えるこの世界の大いなる仕組みによって生かされています。

一つの種の中でそれぞれが全く違う個性を持つ人間は、それだけ強い自我を与えられたということでもあります。それは、ただこの世界の創造物として仕組みのままに生きるのではなく、その世界から自らを切り離して捉え、全体を俯瞰し、この世界を創造したものと同じ視点に立つことのできる能力として与えられたものです。ところがその自我故に、私たち人間は世界のために生きるよりも、自分のために生きることとなりました。
しかし私たちは、自分である前に人間であり、人間である前に生命です。本来、生命の領域では、個々の生命は自分のために生きてはいません。多種多様な生命がそれぞれの個性を発揮して生きることで他の生命を支え、つないでいく、大生命循環の一員として、地球生命生態系を表現する役割を果たしているのです。

今、世界は大きく混乱し、大転換の時を迎えています。これからの人間は、個々の枠を超え、他者のため、世界のために生きることが求められています。それは生命の本来の姿に立ち返ることです。
さらに人間は、ただ生命としてこの世界の仕組みのままに生きる以上の役割を果たすために、地球上に降ろされました。それはこの世界を創造したものと同じ視点に立ち、共に世界を創造していくことです。この世界の創造主を神と呼ぶならば、それは自らを空にして、神の器となることです。私たちは神の領域に達するために、神から切り離されたのです。

この世界には常に、見えない風が吹いています。風は、私たちを生かす大いなる宇宙の意思を乗せてやって来ます。地球上に新たな命が次々と芽吹いていくように、そして地球や他の無数の星々が決して留まることなく宇宙の中を進み、果てしない旅を続けているように、宇宙とは無限の連鎖(フリーエネルギー)を続ける世界なのです。
その風を感じ、風に乗った時、物事は極めてスムーズに進むようになり、無駄が削がれて大いなる宇宙の好循環が地上に表現され、全ての生命たちが喜ぶ、地上天国が顕れることでしょう。そこでは、自分のための人生はなくなります。そしてそれが、真に自分のための人生となるのです。

そこに吹くのは、希望の風です。その流れに乗り、宇宙にただひとつの個性を羽ばたかせ、自分らしく自由に生きることが世界のためになっていく。そして誰もが、自らの存在を誇って生きられるようになる。

その時、世界に奇跡が起きるのです。

 

 


 

生命力の強い葉っぱを採取し、お茶やパウダー、酵素液など様々に加工して日々の生活に取り入れ、人の免疫力を高める新たな取り組み「プロジェクト64」が始動しました。

葉っぱは、風と共にあります。
自然は時と共に変化し続け、進化するものです。変化するのが、自然の掟です。人工のものが同じ形を保ち続けようとするのに対し、自然は流れに乗って変化しながら、逞しい生命力を育みます。それは天然(天の然るべき姿)に近いものであり、これからの時代の人々は、より天然のものをいただいて生きることが大切になってきます。そうすると、現代のように複雑で環境に負荷をかける多くのものが、不要になっていくのです。

折しも、新型ウィルスによって医療現場は混乱し、各国がワクチンの開発を競いながらも、その安全性には疑問の声が上がっています。そして人間が自然の摂理を無視し、抗生物質等の薬物を乱用してきた結果、それに対する耐性菌が広がり、近い将来に抗生物質が効かなくなる時代が訪れることが予測されています。
現代医療が限界を迎えつつある一方で、私たち人間の経済活動が引き起こした温暖化によって、100年に一度と言われる災害が毎年のように訪れるほど気候が不安定になり、これまでと同じように作物を育てることが難しくなってきました。
そのような中、気候変動にも負けない旺盛な生命力を持つのが、葉っぱです。
木の花ファミリーでは、自然界に自生する薬効成分の高い葉っぱを採取すると同時に、様々な効能を持つ樹木等を育て、その葉っぱを活用することで、薬に頼らずに人々の免疫力を高める新しい取り組みを始めました。その名を「8(は)×(っ)8(ぱ)=64」で「プロジェクト64」と言います。

自然は、天然の生命力に満ちています。牛や馬が草を食べて立派な体を作るように、植物には、私たちを健康にし、逞しくしてくれる力があります。その天然の力を暮らしの中に取り入れていくことで、私たちはもっとシンプルに、もっと健全に生きていくことが、きっとできる。
みんなが健康で幸せに生きる時代が訪れることを願い、これからもプロジェクト64を発展させてまいります!

 

 


プロジェクト64では、ローゼル、蓮、マコモ、イチジク、パパイヤ、ビワ、柿、桑、熊笹、ヨモギ、シモン他、多彩な葉っぱの加工を行っています。製品は、カフェ&ショップロータスランド等にて好評販売中です!


 

【木の花のたより 】美と健康のパワーフード・ローゼル

ロータスランドに、美と健康のパワーフード「ローゼル」を使った新メニューが続々登場!

自家製小麦の生麺とローゼルスープが大好評の「ローゼル美葉(びよう)ラーメン」
とろ〜りチーズとふわふわ玉子の「ローゼルスープ蕎麦」
日替わりのロータスランチには、ローゼルのちらし寿司も登場!

というわけで、本日のテーマはローゼルです(^v^)

 

おなかの中から元気になろう!
その7
ローゼル

前号でもお伝えした通り、木の花ファミリーでは今年から西アフリカ原産(注:諸説あり)の植物、ローゼルを育て始めました。7月の長雨、8月の猛暑と畑の作物には厳しかった今年の天候の中でも、ローゼルはぐんぐんと育ち、たくさんの恵みをもたらしてくれました。

ではでは、ローゼル畑に収穫に行ってみましょう!

ローゼル畑

近づくと、そこはジャングル。

葉っぱが生い茂り通路の見えないローゼル畑

何せ今年が初めてのローゼル、どのくらいの間隔で植えるのか、肥料をどれだけやるかなど、すべてが初めての体験でした。オクラにも似ているということで、これまでの経験を参考にしつつ「ではこのくらいの間隔でやってみよう」と5月初旬に定植をしましたが ───

ネキリムシにかじられないよう、定植後間もない頃はストローで株元を保護していました

見事な生命力でぐんぐん葉っぱが生い茂り、もはや通路は見えません。収穫のためには枝をかき分け茂みに分け入り、畑の中を進みます。

密林の中を行くが如くのローゼル収穫

教訓:来年は肥料を少なく、通路を広くしよう!(`ε ´ )ゞ
こうして枝をかき分けながら奥へと進み、やわらかく美味しそうな葉を収穫します。

あたり一面、生命力いっぱいのローゼルに囲まれながら収穫をしていると、不思議といつの間にか自分も元気になっているような感じがします。そのくらい、ローゼルの畑にはエネルギーがあふれているのです。

「この感覚は、実際に畑に入ってみて、初めてわかるよね」と収穫担当のミッチー。

作物の収穫と、ロータスランドのスイーツ作りも担当しているミッチー

ローゼルの葉には、クエン酸やリンゴ酸、カリウム、カルシウムなど、美容と健康に嬉しい成分がいっぱいなのですが、畑に立ち、そのエネルギーを実際に感じてみて、「これは確かにすごい」と納得。こんなにパワーがあるのなら、それを食べる人にもきっと元気が届くはず。

そんなローゼル、秋にはオクラに似た白い可愛らしい花を咲かせ ───

※イメージ写真

その後に残る真っ赤なガクを収穫するのですが ───

※イメージ写真

時は10月、季節は秋のはずなのに  ─────  花が咲かない。

実際の畑

うーむ。何せ今年が初めてのローゼル 、いったいどうして花が咲かないのか明快な理由はまだわかりませんが、来年への課題と楽しみを残してくれました。
気候も涼しくなってまいりましたので、葉っぱの収穫もいよいよクライマックス。葉が黄色くなる前に、今朝は総勢11名で葉っぱ狩りをしました。

酵素用の葉っぱを収穫するきょうこちゃん

まだまだ元気な葉を集め、炒めて冷凍したり乾燥させてパウダーにしたり酵母を作ってパンを焼いたり、色鮮やかな葉柄(ようへい)も酵素にしたりお茶にしたりと、余すところなく活用します。

ローゼル の特徴でもある、赤い葉柄(葉から茎につながる柄の部分)
葉っぱと葉柄から生まれる美しい色合いの「ローゼル美葉(びよう)茶」

花は咲かねど、あふれるほどの恵みを与えてくれるローゼル 。
自然の力に感謝しながらその恵みを活用し、これからも皆さまをおなかの底から元気にする食べ物をお届けしてまいります。
食は命。健全な食は私たちの命を健全にし、その一人ひとりの健康が、地球全体の健康へとつながっていく。命あふれるこの星が、本来の生命力を呼び覚まし、光り輝く美しい星となりますように。そんなことを願いながら、今日も畑に立つのです。

(ともこ)

元気な畑は、元気な地球への一歩です

 

 


メンバー日記🗒

ゆうちゃんの巻


今回のメンバー日記は、税理士としてのキャリアを活かしファミリーの経理を担うゆうちゃんです。

えいこばあちゃんと一緒に、梅干しを漬けるための赤ジソを洗うゆうちゃん。 「えいこばあちゃんと一緒に作業をすると、えいこばあちゃんの智恵や周囲への心遣いを感じて、すごく学びになるし、楽しいよ。」

2年前にメンバーになったゆうちゃんは、木の花ファミリーの経理全般の改革を進める会計のプロでありながら、どこか天然で、本人はいたって真面目なのになぜか周囲の笑いを誘ってしまう癒し系キャラでもあります。そんなゆうちゃんがメンバーになった理由は、「心を磨いて、神さまにお仕えして、世のため人のために自分を使ってもらおうと思ったから。」

以下、本人が「書きながら、改めて大切なことだなと思い、涙が出てきました(笑)」と言う日記をご紹介します!
  

木の花ファミリーに来る前の生活

私は、木の花ファミリーに来る前は税理士事務所に勤務していました。父親が税理士だったので、親の期待もあり、いつの間にか自分も税理士になるべきだと思い込んでいました。

大学生のときから毎年税理士試験を受け続けて29歳の時に税理士試験に合格して、念願の税理士登録をしました。

ところが、その後燃えつきてしまい、何のために働くのか、どこに生きる希望があるのか、旅をしたり本を読んだり模索する日々が続きました。

そんな中、妹が、木の花が運営するカフェ&ショップロータスランドがオープンしたということで、私を連れて行ってくれました。その時に見たスタッフの表情がなんとも穏やかで平和的だったこと、また、木の花ファミリーのひまわりホールで見た、あさちゃんという年配の女性が洗濯物を畳みながら赤ちゃんの子守をしているのをみて、「こんな生き方があるんだ!」ととても驚きました。

子どもを見ながら洗濯物を畳むあさちゃん

将来のためにお金をためて、年老いたら老人ホームに行って、ということしか知らなかったので、生きるってつまらないなと思っていたのですが、あさちゃんの姿を見たときに、こうして年をとってもみんなの役に立つことができるんだ!と生きる希望が感じられました。

その後、木の花ファミリーのイベントに参加し、初めてジイジと話をした時に「あなたは幸せですか?」と聞かれ、「はい、幸せです」と答えると、ジイジから「本当に幸せなら、そんな顔はしていませんよ。あなたは自分のことをよく理解していませんね」と言われました。私は初めてそんなことを言う人に出会い、自分のことをもっと知りたいと思い、その一週間後から一か月半の間木の花に滞在して、心の日記を書いたり、何度もジイジと話をする時間をもらったりしながら、自分のことを知っていく時間を過ごしました。その後、1ヶ月間の真学校を受講し、木の花の生き方の大事さを改めて認識し、メンバーになりました。
  

ある1日の過ごし方
(これは、まだ蓮の花が咲いていた頃の、夏のある日の記録です)

 
私の木の花ファミリーでの役割は、経理(会計処理、申告書作成)と、ジイジの秘書と、コンサートの時に舞うことです。日によって違いますが、ある一日の様子をご紹介します。

朝6時30分:
ジイジが作業にスムーズに入れるよう支度を整え、朝のニュース番組を一緒に見ます。ニュースの内容でわからないことがあれば、その場ですぐに調べます。

8時:
蓮の鉢の中の藻や草を取ります。鉢の中の泥はとろとろで、触るととても気持ちがよいです。パソコンに向かって仕事をすることが多いので、土に触れるのはとても貴重で癒されます。少しの時間でもやるときれいになって嬉しいです。

蓮の鉢からすくい上げた藻
蓮の葉にいた静岡県指定の天然記念物、モリアオガエルと一緒に

8時45分:
オフィスに到着して農事組合法人木の花ファミリーの会計処理をします。

木の花ファミリーでは今まで法人組織が3つ、任意組合が1つあったのですが、全体の経理をよりシンプルにするために、組織再編を行うことになりました。木の花ファミリーの経理も過渡期にあり、課題もたくさんあります。
会計処理のタイムラグを少なくしていき、よりみんなに役立つ数字を示し、数字を明快にしていく。木の花のようなコミュニティの経理は、事業と生活とが密着しているので、会計処理が煩雑になります。一度ちゃんと処理方法を確立してしまえば、もっとスムーズになりますが、今はまだ試行錯誤しながら行っている段階です。

また、数字が分かることで全体の意識も全く違ってきます。例えば飲食部門では、原価を見直したことで無駄がたくさん見えてきて、頭を使い、無駄を省いてより良いものをお客さんに提供していく意識が出来ました。数字という物差しが入ることで、より具体的な改善点が見えてきて、日々の業務にも魂が入ります。

木の花の経済の仕組みは本当によくできています。財産はすべて共有されており、全体から各自に信託されています。各自は全体のことを考えて、必要なことにお金を使います。そこには絶対的信頼関係に基づく助け合いの精神があり、個人は必要以上のお金を確保する必要がなく、お金の心配を全くすることがない暮らしが出来ます。木の花に来てからは、私も自分のお金を心配する必要がなくなりました。

「お金は社会の血液」であり、巡っていることが健康であり、どこかに偏ると流れも悪くなり病気になります。今の社会の行き過ぎた貧富の差も、人と人との距離が出来て自分の分を確保しなければという、周りとの分離した心が生み出しているのだと思います。

自分はすでに出来上がっている木の花の経済の仕組みに乗っているけれど、その仕組みの奥にある助け合う心を育てて日々を生きることが大事だと改めて思いました。

オフィスにて、各部署の担当者と経理の打ち合わせ

12時:
お昼ご飯。お祈りをしていただきます。ニュースを見ながらご飯を食べます。

木の花では人といつでも一緒にご飯を食べるのが当たり前なのですが、木の花に来る前はほとんど個食でした。今はほとんどのものが自給自足で、一緒にご飯を食べるというのがとても豊かだなと思います。

また、ニュースや他の番組をテレビで見て、そのことを一緒に食べている人たちと話すことが以前はほとんどなかったので、とても良い毎日を頂いているなと思います。

食後は休憩時間です。

14時:
木の花ファミリーの書籍のポップの準備。

昔出版した木の花ファミリーの書籍の値段や販売方法の見直しをし、より魅力的なポップに変えて、お客様に分かりやすくするためにポップの文章を考えました。

改めて本を読んでみたら、木の花ファミリーの生活の奥に流れている自然観、宇宙観、他者を思うことを一番にする精神が書かれており、それは創立時から何も変わっていないことが分かりました。コロナウィルス後の新しい生活スタイルがここに書いてあって、今こそ人々の心に染み入る本だと確信しました。(書籍はネットショップでも販売しています。)

特別価格で販売中。とても大切なことが書かれている本です。

16時:
農業経営に使える税制・補助金についてインターネットで検索。
農事組合法人木の花ファミリーの月次処理。

18時30分:
今夜は6人娘の会という、高校生4人と中学生2人の女の子たちが、月に一度自分たちで食事を作り、ジイジを囲んでみんなでご飯を食べてお話をする会が開かれました。

今夜はそば職人のメンバーのやじーからうどんを打つことを習い、みんなでうどんとかき揚げとデザートとジュースまで(!)作ってくれました。

娘たちの作った手打ちうどん。おいしい!

ジイジが話す話は、宇宙のことだったり、世界情勢のことだったり、性のことだったり、その人や場に合わせて話が出て来るので、多岐にわたって本当に面白いです。

ちなみに今日はギャグを言うと脳の思考回路が活性されるということ言っていたので、一日一ギャグを素直に実践しようと思います。

6人娘たちとの夜ごはんは、とっても賑やか♪

20時10分:
ウェルカムコンサート。
初めて訪問されるゲストさんをお迎えするときには、ウェルカムコンサートを開きます。私は、コンサートの中で木の花楽団の歌を表現する一部として、舞う機会をいただいています。

舞うときは、神前で舞を奉納するという意識で行っています。歌自体が、地球や宇宙の仕組み、地球神のメッセージが詰まった大切な歌なので、自然と舞も、舞手の意識も、その世界観を表現するものになるのだと思います。

21時30分:
大人ミーティング。
日々の連絡事項を共有したり、心の学びをするミーティングです。今、私の課題は自分の意見を言う事と、場を創ることです。
一つの出来事をみんなで共有して、問題点や改善点を見つけることができるとても貴重な時間です。

23時30分:
ニュースを見たり、話したり。ほとんど一人で過ごすという事がない生活です。木の花に来る前は一人の時間がとっても多かったので、改めて全然違う生活を頂いているなと思います。それは学びも多く、同時に自分自身を知ることが出来るとても濃い時間です。

24時30分:
就寝。
  

メンバーになって、今思うこと

メンバーになって2年半が経ちました。

毎日、自分が今世生まれてきたのは、この大事な生き方を表現するためにある、ということがどんどん深まっています。

木の花ファミリーには、富士浅間木の花祭りというお祭りが年に一度あり、その中で、地球神である艮の金神と、人間の代表である翁が問答をする場面があります。その問答の艮の金神の言葉に、こんな一節があります。

「縁ある御魂引き寄せて、掃除洗濯済みしものより、神の使える器となりて、こ度の尊き天意転換(たてなおし)、汝らご用に使うてやる。」

これは、縁のある魂を引き寄せて、心を磨いたものから、神の使える器となりなさい。そうしたら地球最後の立て直しの時に、あなた方を使ってあげますよ、という意味です。
まだメンバーになる前に初めてこの問答を読んだ時に、腹に力が入って、これは大切であり、問答に書いてある「縁ある御霊」とは自分のことだと感じました。

心磨きを一番大事なこととして生きられることは、とってもありがたいことです。

また、色々な出来事を通して自分自身を知ることができるというのは、とても面白いです。

私の中には、とても自己中心で問題を人のせいにする闇の部分も、天と共に生きるという光の部分も、両方混在しています。もし木の花ファミリーに来なかったら、自分自身のことをほとんど知らないまま、人生を誰かのせいにして過ごしていました。

ジイジから教わった宇宙の法則の中に、すべての出来事はその人にふさわしく起こるということがあります。そのように日常で出会う出来事をとらえて人生を歩めることは、とてもダイナミックで面白いです。ジイジに感謝です。

メンバーになったばかりの頃、ジイジと一緒に

あとは、ここに来る前にずっと心にあった願い ───「心が通う人たちと仕事をして、本物の食べ物を食べて、仕事と生活が密着していること」が叶いました。そして木の家に住むことも、小学生の時の夢だった「農家になること」も叶いました。

改めて、今回記事を書く機会をいただき、この生活を頂いているありがたさに気が付きました。こんなにたくさん、豊かさを頂いていて、ちゃんと世界にお返ししないといけないなと思いました。

(ゆうこ)

夢が叶った今、これからは世界にお返しをしていきます!

 

 

 

Source of photo: PIXTA / 写真AC

木の花ファミリー通信2020年秋分号『生命 〜 私たちはなぜ生きている?』

 

 

私たちはなぜ
生きている?

生きているとは、どういうことでしょう?
肉体があること、呼吸をしていること、心臓が動いていること ——— 目に見える世界を生きる私たちは、生きていることも、目に見える形を通して認識します。しかし生命は、見える世界の中だけで成り立っているのではありません。
私たちの肉体が生命として存在しているのは、魂と連動しているからです。見えない存在である魂は、肉体という器を得て見える世界へ生まれ、生き、寿命を迎えれば肉体を離れ、再び見えない世界へと還っていきます。魂の抜けた肉体は原子レベルに解体され、次の生命を構成する材料として自然の循環の中を巡ります。そしてどれだけかの時が経つと、魂はまた、自然界を循環していた物質の中から縁あるものを引き寄せて新たな肉体を構成し、見える世界へと生まれてくるのです。このように、生命は見える世界と見えない世界を行き来しながら、生まれては死に、死んでは生まれることを繰り返し、時の流れと共に変化し続けます。そして大小さまざまな生命が集まって命のかたまりとなり、全体がひとつの生き物として、未来へ向かい進化していくのです。
この見える世界と見えない世界を合わせた物質生命の世界を、「ある世界(現象界=現象の起こる世界)」と言います。それは、時空に乗ってすべてが変化し続ける世界です。ではこの「ある世界」だけで私たちの生命世界が成り立っているのかというと、そうではありません。

「ある」を支える「ない」世界

私たちの生きる宇宙は、陰と陽の相反するものが同時に発生して互いを成立させる「対向発生」という仕組みによって成り立っています。男と女が対となり、光と闇が対となるように、「ある世界」と対になるもの ——— それが「ない世界(潜象界=すべての現象の源の世界)」です。
「ない世界」には、時間も空間もありません。それは「ある世界」と互いに入り組んで同時に存在しながら、時空に囚われた「ある世界」を生きる現代の私たちの思考回路では、認識することのできない世界です。しかし宇宙の実体は、この「ない世界」によって「ある世界」が支えられ、そこからすべての現象の源が供給され続け、世界が維持されているのです。
現代を生きる人々は、形を優先することで命の本質を忘れ、生きることをとても窮屈に捉えるようになりました。そして今、新型ウィルスや相次ぐ自然災害、経済の崩壊など、人間の営みを否定するかのような現象が世界中で噴出し、生きることが現実に厳しくなる時代を迎え、人々は混乱し、どこにも突破口を見出せずにいます。しかし突破口は今ここ、即ち、あなた自身の視点の転換にあります。
あなたを現在の囚われから解き放ち、自身の中に眠る生命としての無限の可能性に目覚めるために ——— どうぞ次の項へお進みください。

 

 

私たちはどこへ
向かうのか?

生命は循環する

「ある世界」は、時空に乗って進む世界です。そこには、過去から未来へ向かい決して留まることなく進み続ける、時という絶対の軸があります。時が進むから空間が生まれ、現象が起こり、世界が変化していくのです。
この時の軸に沿い、魂は見える世界と見えない世界を行き来しながら変化し続け、時が進んだ分だけ古くなっていきます。魂だけではなく、水や空気さえも、この世界に現象として現れたものにはすべて、その存在の寿命があります。寿命を迎えたものは、原子よりも素粒子よりもさらに微細な、現代の科学では感知することのできない宇宙の最極小微粒子「カ」となり、「ない世界」へ還っていくのです。
「ない世界」は時空の存在しない世界です。時がないから、空間も生まれず、現象も起こりません。そこにあるのは、響きです。それは音として耳に聞こえる響きではなく、この世界のあらゆる現象の源となる、宇宙根源の響きだけの世界です。この一切の動きのない世界から、何かのはずみで、現象化の種が「ある世界」へと転がり出ると、それは時空に乗って様々な現象を起こし、世界に動きをもたらします。生命を構成する物質の中で一番初めに現象化するのは、水です。そして生命は、最も小さなもの、即ち微生物から現象化します。その小さなものから、より大きなものへと多種多様な変化が生まれ、数千万種とも言われるほどの生命が無限に連鎖し、ひとつの星の上で共に生きる、地球生命生態系というとても豊かな生命世界が生まれたのです。
この生命世界には、「ない世界」から絶えず命の源が供給されています。それは限りなく「ない」に等しいものでありながら、それによって豊かでダイナミックな「ある」が表現されていくのです。この「ある世界」の中で、私たちの肉体は食べることや排せつ、呼吸などを通して、他のあらゆる生命や自然の要素と共に、見える世界の中を循環しています。そして魂は、生死を通して見える世界と見えない世界を循環します。その大本には、現代を生きる私たちの意識を超越する「ない世界」と「ある世界」の循環があり、その大いなる仕組みの中で私たちは生かされているのです。

生命は螺旋を描いて進む

この多重構造の循環の中で、私たちが生まれては死に、死んでは生まれることを繰り返すように、すべての生命はサイクルを刻んでいます。そのサイクルは何と連動しているのかというと、地球の自転であり、公転であり、さらに大きな銀河のサイクルと連動しています。そしてそのサイクルは、同じ場所を延々と回り続ける円運動ではなく、絶えず新たな場所へ進み続ける螺旋運動によって刻まれていきます。地球は太陽の周りを、太陽は銀河の中心であるセントラルサンの周りを、そして銀河はさらに大いなるものの周りを回りながら、螺旋軌道を描いてサイクルを刻み、広大な宇宙空間を未知なる場所へと進み続けているのです。
人間は朝に目を覚まし、昼に活動し、夜に眠ります。それは地球と月と太陽のリズムが刻む、陰陽のサイクルです。太陽が姿を現す朝は、活動の始まりの時です。夜の間に眠っていた体を目覚めさせ、自然のリズムに沿って思考を働かせ、一日を通して、その時々に必要な生きるための活動を行います。そしてまた夜が来れば、眠りにつきます。眠っている間に必要な思考と不要な思考が整理され、次の活動のための充電をし、新たな日の出を新鮮な状態で迎えるのです。
このように、生命は常に、充電と放電、発生と消滅といった陰陽のサイクルを刻んでいます。そのサイクルとは、私たちの一日、一年、一生といったものだけでなく、細胞の一つひとつが刻む微細なものから、時代や宇宙の星々が紡ぐ壮大なものまで、大小様々なサイクルが無数に折り重なり、全体が常に新陳代謝しながら未来へ向かって進み続けているのです。それは、無数の天体たちがそれぞれに螺旋を描きながら、見事に連携し、広大な宇宙空間を未知なる場所へと旅し続けるのと同じ仕組みです。
宇宙は成住壊空と言い、私たち人間の感覚では及びもつかない果てしないスケールで、誕生、維持、破壊、空(無=ない世界)、そしてまた誕生というサイクルを無限に繰り返しています。その宇宙創造の根本原理を明快に顕しているのが、私たちが住む地球です。宇宙の中の奇跡と言えるほど多種多様な生命で溢れるこの星は、無数の生命たちが生まれては消え、消えては生まれ無限に連鎖していく生態系の姿を通し、気が遠くなるほど巨大な宇宙の実体を、身近なスケールで見事に表現しています。生命が時の流れと共にサイクルを刻んでいるからこそ、あるものが途絶えたとしても、それはまた形を変えて新たなものへと受け継がれ、世界が維持されていくのです。
この、すべてが宇宙の創造原理のままに、時空に乗って自在に進化していく世界の中で、たったひとつ、変化していくことを恐れ、移り行く世界の流れに逆らってでも今あるものを維持しようとする、特殊な存在が現れました。それが人間です。

宇宙の創造と自我の誕生

遠い昔、地球も、宇宙すらも存在しなかった遥か昔、世界には何もありませんでした。そこへある時、その世界を認識する存在が発生しました。宇宙自我の誕生です。それを、神と呼びましょう。
神様は、退屈でした。なぜならそこは、神様ただ一人の世界だったからです。すべてがぴたりとかみ合い、一切の動きのない、永遠なる完全の世界。光だけの中にいては光が何であるかを見ることができないように、完全である神様は、完全であるがゆえに、自らを理解することができなかったのです。
そこで神様は、その完全なる体を二つに分けられました。光とは何かを知るために闇を、天とは何かを知るために地を創られたのです。そして、その創られた世界を、自らと対面する遠いところへ置かれました。その時、そこに距離が生まれ、元のひとつへ還ろうとする流れが生まれ、その流れが時となったのです。そして世界は、時に沿って動き始めたのです。
神様は、世界に多種多様な存在を生み出しました。そしてそのどれもが、ひとつでは成立せず、必ず相反するものと対になり存在が成り立つようにしたことで、宇宙に対向発生の原理が生まれました。太陽と月、雄と雌といった陰陽の対向発生の無限の連鎖が世界に動きをもたらし、新たな命が次々と誕生しました。こうして、神の意思のままにすべてが循環していく美しい生命世界が生まれたのです。それは、多様な存在がそれぞれにふさわしい位置を与えられ、大いなる流れのままに役割を全うし、決してそこから外れることのない、完璧な秩序の下にある世界です。
「ない世界」から「ある世界」を生み出した神様は、そこに自らの姿を表現しました。しかし、それでもまだ不十分でした。「すべてが私の意思のままに存在するだけでは、私自身の体であるこの世界を理解することはできない。」
私たちの肉体が、様々な役割を持つ器官が連携することで構成されながら、その構成物の一つひとつが全体を理解しているわけではないように、この世界を理解するためには、ただその一部としての機能を果たすだけではなく、そこから独立した意識を持ち、全体を客観的に眺めて捉えることのできる存在が必要でした。そこで神様は、自らの代理としての目を持ち、対向発生する存在として、人間を地上に降ろしたのです。そして、神の意思から独立した自己を認識する能力、即ち、自我を与え、神の体である宇宙全体を俯瞰し、理解できる位置に立つ自由を与えました。人間がこの世界の実体を認識することで、神様はその認識を自らの映し鏡とし、この世界を理解できるようにしたのです。
他の生命にはない特殊な能力を与えられた人間は、神様の意思から独立し、独自に思考するようになりました。それは本来、宇宙に遍満する神の実体と対向し、その成り立ちを解明することのできる優れた能力です。ところが人間はその能力故に、物理的には神様の仕組みの中に在りながら、意識だけがそこから離れ、世界の流れを無視した自我の願望を優先するようになりました。そしてその優れた能力を、自らの願望を満たすために使い始めたのです。

流れはひとつの方向へ向かう

生命とは、どれもひとつでは不完全です。だからこそ他とつながり、協同することで、多種多様な生命の大循環を引き起こすことができる。そのようにして、神様は自らの実体をこの世界に顕しました。
しかし人間は、その生命の大循環を無視して自我から湧き出す願望を一方的に満たし、満たせば満たすほどその快感の虜となってさらに欲望を膨らませ、協同するどころか争い、傷つけ合い、生態系を破壊していくものとなりました。これは、調和を前提とする生命としては極めて異常な状態であり、今や人間は、地球にとってのガン細胞のような存在となっています。
これに対し、正常に戻るための働きとして、世界はその存在を淘汰しにかかりました。新型ウィルスの登場も相次ぐ自然災害も経済の崩壊も、人々は異常事態が発生していると捉え、これまで築いてきたものを必死に維持しようとしています。しかし、それを築き上げてきた人間の営みこそが、世界の側から見れば異常なのであり、その異常な存在を取り除くことは、世界にとって正常な働きと言えます。今あるものに執着し、変化していく世界の流れに抵抗すればするほど、人間はさらに異物となり、世界は淘汰の動きを加速させることでしょう。
この世界は、変化・変容・変態を繰り返しながら、未来へ向かって進み続けます。その大いなる流れの中で今、天体たちが刻むいくつものサイクルが、宇宙のひな型である星、地球に、大転換の時が訪れていることを告げています。そしてその流れは、遥か昔、神様がその完全なる体を分けられて世界を創造し、時空が発生した瞬間から、決して止まることなく向かい続けてきたひとつの方向 ——— 即ち、もとのひとつに還ることへと向かっています。
では、神と対向発生するものとしてこの世界に生み出された私たち人間は、その流れに逆らい、淘汰されていくのでしょうか。そうでなければ、私たちはここから何を学び、未来に向けてどのように進化していくべきなのでしょうか。

 

 

魂のふるさとへ

現代人は、脳の10%しか使っていないと言われます。その10%によって人類は様々なテクノロジーを生み出し、今日の文明を築きました。人類史上最高の頭脳の持ち主の一人と称されるアインシュタインは、そこから未だ使われていない90%の領域へと踏み込み、脳全体の15%を使用したと言われます。そして通常の人が考えないことを考え、私たち生命の根源である太陽の仕組みを解明する公式を発見しました。

90%の可能性

氷山は、海面上に姿を現しているのは全体の1割であり、海面下に潜む見えない9割が、表に現れている1割を支えています。同じように、私たちの認識する目に見える世界の奥には、見えない世界、更には「ない世界」が広がっています。しかし自我に囚われた現代の人々は、脳の10%だけを使って見える世界を全てとし、善か悪か、損か得かといった二元的発想で、目先の利益ばかりを追い求めるようになりました。
その現代人の思考範囲から5%を踏み出したアインシュタインは、特殊相対性理論に基づき、太陽のメカニズムを解明する公式、即ち、私たちの命の根本となる原理を発見しました。それは、時代の流れの中で人類が新たなステージへ進むための役割として、90%の領域へ踏み込み、宇宙の叡智を引き出したのです。ところが10%の枠の中で思考する人々は、その命の原理を用いて原子爆弾を開発し、戦争に利用しました。今もなお、地上に降ろされた太陽のメカニズムから生まれるテクノロジーは、コントロール不能のまま放射性廃棄物となって山積し、核兵器となって世界の平和バランスを保つという、異常な状態を生み出しています。
この現状を突破するには、二元思考の囚われを超え、海面下に潜む氷山のようなこの世界の全容を捉える、立体的な発想が必要です。そこに通ずる可能性を秘めているのが、私たち人間に備わっている、今は眠れる90%の脳です。

変わらないひとつの道

ガン細胞は元々、正常細胞です。それがガン細胞となるには、そこにそうなるべき理由があるからです。つまり視野を広げてみれば、ガン細胞も宇宙の仕組みのままに働いていると言えるのです。
現在、人間は生命として極めて異常な存在となっています。しかしそれは、大いなる多様性の中での、可能性の表現とも言えます。異常が起きれば、そこに苦痛が発生します。だからこそ、正常に進むだけでは出会わなかったものを発見することもあれば、苦痛を乗り越えることで新たな進化を遂げることもある。その変化の連続の結果、人間は今日の文明を築いたのです。人間が生を尊び死を忌み嫌うのは、より大きなサイクルの視点を失っているからであるのと同じように、視野を広げれば、正常と見えることも異常と見えることも、すべてが大いなる流れの中に在ることがわかります。
神様は、自らと対向発生する存在として人間を地上に降ろし、自我を与えました。自我故に異常な状態を表現してきたことに対し、今、世界は人間を正常に戻すために動き始めました。そこに抗えば抗うほど、苦痛を与えてまでも元のひとつの方向へ向かうように導くこの大いなる流れは、私たちが生命として地球に降り立った真の目的に立ち返ることを促しています。
自我は取り除くのではなく、拡大していくものです。どんなに自分を大切にし、思い通りに生きようとしても、私たちは自身の体すら思い通りにはできません。心臓を思い通りにはできない。呼吸も思い通りにできない。生きることで自らの思い通りになるものは何ひとつない。そのようにひとつずつ自分という囚われを外し、視野を広げていくと、自分は空気によって生かされていることがみえてきます。大地によって、水によって、光によって生かされていることがみえてきます。地球と共に宇宙を旅し、何億光年という果てしないスケールで広がる無数の星々と共に、時空に乗り未来へ進んでいることがみえてきます。そして、「ある世界」の源である「ない世界」から溢れ出し、この世界にあらゆる現象を起こして再び「ない世界」へと還っていく、神の響きの循環の中で、自らが生かされていることがみえてきます。
その境地に至った時、あなた自身の中から、その源の響きが湧き出してくることでしょう。そしてその響きは、矛盾に溢れ、どこにも突破口の見えない世界の現状を、正常な状態へと還していくことでしょう。それは、元のひとつから散りばめられ、それぞれの位置に配置されることで生命の大循環を起こし、この世界を成り立たせている私たちが、その始まりの時より変わることなく続くひとつの道を、今も歩み続けている証です。大いなる宇宙生命として無限の可能性を託されながら、そのことを忘れてきた私たち人間は、今も自らがその道の上に在ることの自覚を持ち、この世界に降ろされた真の目的に目覚めるべきなのです。

 

 

 

【木の花のたより 】自然の恵みを「いただきます」

みなさん、こんにちは!
記録的な長雨が続いたかと思えば、一転して連日の猛暑☀︎ 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。この例年にないお天気のせいでしょうか。なんと今年は通常より1ヶ月半も早く「マコモダケ」の収穫が始まりました ヾ(๑ʘ∆ʘ๑)ノ

根元が膨らみ収穫適期になったマコモダケ

例年ならば9月下旬に収穫となるのに、自然の摂理は不思議なもので、どういうわけか今やマコモ田全体が収穫真っ盛りなのです。

収穫するは毎度おなじみ、田んぼ三兄弟🍡



収穫されたマコモダケ

季節外れの収穫なので味はどうかな〜と思ったら・・・美味しい!
異常気象が続き、作物を育てることがどんどん厳しくなっていく中で、こんなふうに豊かな恵みを頂けることは本当にありがたいことです。

もうひとつ、こんな天候の中でもグングン育っているのがこちら。

今年から育て始めた西アフリカ原産の植物、ローゼルです。

ローゼルは、秋にオクラに似た白い可愛らしい花を咲かせ、花が咲いた後の鮮やかな赤色のガクを収穫し、お茶(一般的に「ハイビスカスティー」と呼ばれます)にしたり食用にしたりします。

5月初旬にはこんな大きさだったのにー

長雨にも日照りにも負けることなく、今や葉っぱがわんさか。

見事な生命力です。
この葉っぱにも、クエン酸やリンゴ酸、カリウム、鉄分、カルシウム等の栄養素が豊富に含まれ、ファミリーではただ今、和え物、ギョウザ、スープなどなど、このローゼルの葉っぱを使った様々なメニューを開発しています。どこか梅干しにも似た、独特の味わいのある酸味が食欲をそそり、夏にもってこいのお野菜なのです。

地球温暖化で今後さらなる異常気象が予測され、人間が自然の声に耳を澄ませ、自然から「いただく」ことがますます大切になっていく時代の中で、ファミリーでは変動していく環境に対応する新たな作物の栽培に取り組み始めています。
まずは、今の異常気象の原因であるこれまでの私たち自身の生き方を振り返ること。そして、変わりゆく自然の奥にあるメッセージをいただいていくこと。新しい作物の栽培は、そんな取り組みのひとつです。

こんな時代だからこそ、皆さんに生命力いっぱいの食べ物をお届けしてまいります!( ≧▽≦ )ノ

 


メンバー日記🗒

えいこばあちゃんの巻


今年81歳のえいこばあちゃんは、ファミリー最年長!

えいこばあちゃんは、メンバー歴26年の木の花ファミリー創立メンバーでもあります。いつも人のためを思い、ただただ自分にできる精一杯のことをやり続けるえいこばあちゃんの姿は、「こんなふうに年を取りたいな」とみんなのお手本なのです。

えいこばあちゃんは、毎朝6時ごろに起きると、まずファミリー100人分の味噌汁の具材の仕込みをします。その後は、その時々に取れる作物を保存するための加工をしたり、梅干しを漬けたり、こんにゃくを作ったり、とにかくいろんなことをしています。

たとえば、サトイモの親芋。

サトイモは、種芋から最初に芽を出しふくらんだものを親芋、親芋から出てきたものを子芋、子芋から出てきたものを孫芋と言い、親芋は子芋や孫芋に比べて固く食用には適さなかったりするのですが、この親芋をなんとか活かしたい!と考えたえいこばあちゃん。

そこで親芋をスライスし、乾燥させて、ミルにかけ ー

パウダーにしてみました♪

これがサトイモのポタージュになったりして、しっかり親芋が活かされるのです。

えいこばあちゃんはいつも「活かす」ことを考えています。形が悪くて使いにくい野菜も、たくさん収穫できて使い切れずに傷んでしまいそうなものも、なんとか活かそうといつも頭を働かせ、テレビひとつ見る時間も無駄にしないで番組から新しい調理法や健康法などの情報を得たら早速それを日常の中で試し、次々と新しい料理や加工品を生み出して、しっかり活かしていくのです。そして何より、それを楽しんでいます。サトイモパウダーができた時も、「こんなのができたよ〜」と嬉しそうに見せてくれました(^v^)

そんなえいこばあちゃんが木の花ファミリーの暮らしを始めた理由は、「人間は学ぶために生まれてきた、ということを知ったから」。

戦後の混乱期に家庭の事情で小学校までしか通うことができず、「自分は学がない」と引け目を感じながら生きてきたというえいこばあちゃんは、ある時、建築内装業者として自宅にやってきたジイジと出会いました。
「ジイジから、人間は学ぶために生まれてきたんだよ、ということを聞いて、そうなんだ!って思ったの。それまではそんなふうに考えたこともなかった。」
そうしてジイジと接していくうちに、裏表がなく決して偉ぶらない人柄に触れて「この人の言っていることは嘘じゃない」と感じるようになったえいこばあちゃんは、「何かわからないけど、とても大事な生き方がある。そこにかけてみよう」と思い、26年前に富士のふもとへ移住し、ジイジたちと一緒に木の花ファミリーを立ち上げたのでした。

26年の歩みの中で、どんなことからも学ぶ姿勢を身に付けてきたえいこばあちゃん。釜戸でお赤飯を炊きながら、先日キャベツのスープを作った時のことを話してくれました。今年は天候不順で畑の作物には厳しい環境が続き、傷みかけたキャベツがたくさんあった時のことです。

「傷みかけのキャベツがたくさんあってね。これを活かすにはどうしたらいいだろうって考えて、そうだ!ミキサーにかけてトウモロコシと合わせてスープにしたらいいって思ったの。」

それで試しに少しだけ作ってみたら、味見をした人たちから「すごく美味しい!」と大好評。そこでみんなの夕食に出そうという話になり、えいこばあちゃんは「みんなに美味しいスープを食べさせてあげたい」と張り切って100人分のスープを作ったのでした。

ところがその日、急きょメニューが変更となり、スープは翌日に出すことに。そうか、と思いえいこばあちゃんは出来上がったスープを冷蔵庫に保存しておいたのですが、翌日、みんなの食事に出そうとしたら、なんとスープは腐っていて食べられない状態になっていたのでした。

「すごくショックでね」とえいこばあちゃん。

自分が落ち込んでいることについてえいこばあちゃんは多くを語ることはありませんが、実際はとても気持ちが沈んでしまったのだそうです。
「キャベツを活かそうとして、結果的に全部ムダにしちゃった。キャベツは何も文句を言わないけど、申し訳なくてね。」

日頃から今の生き方に出会って自分の人生が大きく変わったことに感謝し、だからこそ人一倍みんなのために何かしてあげたいと働き続けているえいこばあちゃんですが、「自分の思いが強すぎてずれているから、こういう結果をもらうのかもしれない。もうやらない方がいいのかもしれない」とまで思ったそうです。

でもね ─── と、えいこばあちゃんは続けました。

「私からこれを取ったら何が残るだろう、って思ったの。これが私なんだ。失敗したからもうやらない、ということではなくて、そこから学んで、先につなげることが大事なんだ、って。
だから、もう1回作ります。もしも私がここでやめたら、キャベツは本当にムダになる。でもここから学んで次につなげたら、それがキャベツを活かすことになる。」

起こる出来事は、すべて自分にふさわしくある。それを「何でこんなことが起きるんだろう」と不満に思うのではなく、「いただきます」と素直に受け取っていくことが、学びにつながっていく。26年前には、学ぶということの意味が全然わからなかったというえいこばあちゃんは今、学ぶってこういうことなんだね、と語ります。

そう語る間も、手を休めることなく動き回るえいこばあちゃん。お米の品種に合わせて釜戸の火加減を調整しつつ、途中でセイロを火からおろしました。

蓋を開けると、中には炊きかけのお赤飯が。

このお赤飯をいったんボールにあけて、小豆を煮た時の煮汁を混ぜ入れました。

これは、おこわを炊いている途中で水を混ぜ込むとご飯がよりふっくら仕上がるということを聞いたえいこばあちゃんが、「それなら小豆の煮汁を使ったらいい」と思いついたもの。
「うちのお赤飯は着色料を使わない自然の色だから、少しでも色がついたらいいかと思ってね。」
こうして小豆の煮汁も活かされていくのです。

煮汁を混ぜたお赤飯を再びセイロに戻し、もう一度炊きます。赤飯が炊けるまでの間、えいこばあちゃんは同時進行でこんにゃくも作っていました。

こんにゃく芋はとてもアクが強く、素手で触ると手が痒くなるので普通は手袋をするのですが、えいこばあちゃんは「素手の方が感触がよくわかるから」と手袋をしません。こんにゃく芋を流水にさらしながら皮を剥くなどの工夫をし、「30分もすれば痒みはおさまるからね」と言って、大きな手を活かして美味しいこんにゃくを作ってくれるのです。

*若い頃は大きな手が恥ずかしかったけど、今はこの手に感謝!というえいこばあちゃんの物語はこちらをどうぞ →「えいこばあちゃん物語」

常に頭を働かせながら、時間をムダにしないでテキパキと動き回るえいこばあちゃんですが、「私はついついやり過ぎて、後でどっと体に負担が来たりして、それで倒れると結局みんなに迷惑かけちゃうからね。だから、今は無理をしないようにしてるよ。雨続きで体も重い時には無理せず休んで、カラッと晴れて体もカラッとしている時に動くの。」

そしてついに、お赤飯のできあがり!

炊き上がったお赤飯はふっくらとして、とってもいい香り。

えいこばあちゃんは料理を作る時にはいつも、こう思っているそうです。
「いつも “美味しくなるように” って思ってます。
みんなが喜んでくれることが、一番だから。」

こうして出来上がったお赤飯は、車に乗ってみんなのもとへ。車内は美味しい香りでいっぱいになりました。

そんなえいこばあちゃんの心を
美味しいご飯と一緒に「いただきます」!

 



次回のメンバー日記は、税理士としてファミリーの会計を担当するゆうちゃんです。会計のプロとしてのキャリアを活かして木の花ファミリーの経済の大改革を行い、今も改革は進行中です!


 

おなかの中から元気になろう!
その6
ベジブロス

何でも活かす、ということで、今日のオススメはベジブロスです。

ベジブロスとは
ベジブロスは、言わば「野菜だし」です。でも使うのは、ヘタや皮、白菜などの芯やカボチャやピーマンのワタ、ネギの硬い部分などなど、普通なら食べずに捨ててしまっている部分です。これらをじっくり煮出すことで、そこに含まれる “ファイトケミカル” を抽出します。

ファイトケミカルって?
自分では移動することのできない植物が、強い紫外線や雨風、害虫や動物から身を守るために自ら作り出した、植物性の化学物質です。ポリフェノールやリコピン、イヌリン、β-カロテンなどが有名ですが、その数はなんと約1500種類もあり、免疫力向上や老化抑制、肥満予防など様々な効果が注目されています。野菜の皮などを弱火でじっくり煮出すことで、このファイトケミカルの細胞壁が壊れ、人が食べた時に体内に吸収できるようになるのです。

\ 作り方 /
両手いっぱいの5種類以上の野菜くずを、水1300cc、酒大さじ1と一緒に火にかけて、沸騰してから20分、弱火でコトコト煮出したら出来上がり。

野菜くずを取り除いた後の、旨味とファイトケミカルがいっぱいのだし汁は、お味噌汁やスープはもちろんのこと、木の花ではカレーや焼きそばのソースなどにも活用しています。

美味しく、かつ効果的に作るポイント

  • 5種類以上の野菜くずをバランスよく入れるのが美味しさのコツ。野菜くずは冷凍保存しておいたものでもOK!
  • キャベツやブロッコリーなどのアブラナ科の野菜は、入れすぎると匂いがきつくなったり苦味が出るので注意。
  • ファイトケミカルには水溶性と脂溶性があり、両方をバランスよく摂取することで効力が発揮されます。
    例えば、水溶性ポリフェノールを含む玉ねぎの皮を入れたら、脂溶性カロテノイドを含む人参のヘタも一緒に煮込むと良いです。お酒を加えるのは、水だけでは溶け出さない脂溶性のファイトケミカルを抽出するためでもあるのです。

自然の中には本当に、私たちが健康に生きるためのヒントがたくさん隠されています。高価な薬やサプリがなくとも、私たちはきっと豊かに、元気に生きられるのです。

ベジブロス、どうぞお試しください (^v^)ノ