【生命禅院レポート】ゼロからの再建 〜 パーマカルチャーや有機農業の指導者大募集!

「木の花ファミリー通信 第77号」にてお伝えしました通り、昨年11月に木の花ファミリーと国境を超えた一つの家族となった中国雲南省のエコビレッジ「生命禅院 第二の家」は、政府からの圧力により、この3月に解散を迎えることとなりました。

昨年11月のみちよちゃん訪問時の生命禅院
昨年11月  みちよちゃんの訪問を歓迎する生命禅院メンバーたち

  
生命禅院 第4支部
雲南省の生命禅院・第4支部

既存の家族制度を超えて人々が真に調和して生きる理想郷を目指して歩んできたものの、政府からその生き方を認められることはなく、度重なる嫌がらせの末に、5年の歳月をかけて築き上げた美しい家を離れることとなった生命禅院メンバーたち。しかし、彼らの中に憎しみはなく、この出来事を「生まれたばかりのものが発展するプロセスにおけるタオ(宇宙の根源的な真理)の流れ」の一部であると捉えています。

生命禅院の精神的リーダーであるシェファンは、この世界に悪は何一つなく、私たちがするべきことは私たち自身を振り返り、正していくことだと語りました。

「多くの人々からの精神的なサポート、そして愛に感謝します。
 私たちの家の遺伝子は「国際的な大家族」です。
 平和を愛し人類の持続可能な暮らしに向けて働くすべての人々は、
 国際的な大家族として調和的に暮らし、
 人類の未来はとても明るいと私たちは信じています。
 自然環境を保護、改善し、人々、自然、社会がそれぞれに
 調和の中で共生する理想社会を実現することが、私たちの夢です。
 私たちの開発を段階ごとに報告し続けますので、国際的な組織、政府、
 そして全ての命の歩みをしている皆さまから
 私たちに継続的に意識を向けていただき、
 コメントと導きをいただけることを心より望んでいます。」
 (シェファン)
  

そう!雲南省の家は解散となりましたが、彼らは新たな歩みをスタートさせたのでした。

150人のメンバーのうち、可能な人は社会に出て働くようになり、戻る家のある人は家に戻りました。そして残った約80人のメンバー(ちょうど木の花ファミリーと同じ人数!)は、西方のゴビ砂漠へ向かって大陸を5000km横断し、そこに新天地を見付けて新たな家の建設を始めたのです。
  
何もない土地での、ゼロからの開墾
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整地1
   
キッチン土台
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みんなで食事
  
何もない砂漠の地で、当初は途方に暮れたというメンバーも、「大いなる創造主(宇宙の不滅の真理)」への強い信仰と、互いを想い助けあう愛によって、今はこの地がオアシスに生まれ変わった、と言います。

「ここに暮らして2か月になります。この期間、労働に対する本物の喜びを感じ、また自我の無い献身的な仲間たちにいつも触発されています。仲間たちの幸せと笑いで、農園の夜明けを迎えています。ここの生活の毎日が幸せです。
私たちはあまりにもふつうの、しかし強い生命禅院のメンバーであることがわかります。」
  
梨の接ぎ木作業
接ぎ木

水道も自前!水質が悪いので、飲水には井戸を掘ります
水が出た!

困難の中にあっても明るい笑顔のメンバーたち
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時にはみんなで川遊び
川遊び1
川遊び2川遊び3
  
彼らは、新しい暮らしでは、中国国家の法と規則の中に自分たちの活動を組み入れ、国家の規則を厳守することを明言しています。個人的な趣味ではなく、人類の持続可能な発展が彼らの暮らしの目的であり、「それは政府の意向に沿っており、そこに矛盾は全くないのです」とシェファンは言います。
様々な困難に遭いながらも、柔軟に変化しながら、大切だと思う道を信じて歩み続ける彼らの姿に、私たちもまた、国境を超えて大きく勇気付けられています。
 
花が咲き、見違えるようになった果樹園
梨の木2

平和の象徴、鳩
鳩

新しい家での生活
2014年5月
 

持ち前のたくましさで新天地を切り開いている生命禅院メンバーたち。
しかし、今また新たな困難に直面しています。

新しい土地は塩分濃度が高く、アルカリ性で、無農薬で健康な作物を育てることに難しさを感じています。春菊、キャベツ、菜種、ほうれん草などは採れており、ジャガ芋、落花生、トウモロコシ、かぼちゃ、豆類、ひまわりも順調に育っているとのことですが、まだまだ安定はしていません。
そこで、彼らを指導してくれる有機農業や自然農法、あるいはパーマカルチャーの専門家を大募集しています!

政府からの補償は一切ないままの移動であったため、経済的余裕のない彼らは賃金や交通費を支払うことはできませんが、宿泊や食事については無償です。何より、血縁を超える大家族の暮らしを体験していただくことができます。
また彼らは、将来的には砂漠化の防止等の環境への貢献も視野に入れています。
詳細は下記の生命禅院ホームページに(英語ですが)記載されていますので、どうぞご覧ください。

生命禅院ホームページ(英語)
  
畑のようす
畑2
畑1

ご不明な点は、どうぞお気軽にご連絡ください。
これからも生命禅院の暮らしを見守っていただけますよう、よろしくお願い致します。

 


Hちゃんの奇跡の物語 ~卒業編「人生で一番大切にしてきたものよりも」〜

3月末からケア滞在している39歳のHちゃんのケア卒業コンサートが、昨日行われました。実質6週間のケア滞在を経て、10代の頃から苦しんできた病的な状態を超スピードで抜け出していったHちゃん。今回はHちゃんのケア卒業スピーチをご紹介します。
   
「ケア卒業スピーチ」

木の花に来る前の12年間わたしは一日の大半をベッドの上で過ごしていました。近所のスーパーにも行けない日もありました。いちばん具合の悪い時期は、スーパーに行けるようになるのが早いか、トイレットペーパーがなくなるのが早いか、ひやひやした時期もありました。そんな時はパソコンを開いて配達を頼む元気もなかったのです。

意識ももうろうとして、体調が不安定なわたしは健康な友達と外で会う約束をしなくなりました。
そして人と会話する時間は減っていき、部屋で一人過ごしていると頭が狂いそうにもなりました。おしゃれなカフェに行ってお茶すれば気分は晴れるけど、それもできない時が多かったのです。私には夢があり「絶対に治ってやる」と思っていましたが、あまりの辛さに突発的に自殺してしまいそうで「いのちの電話」に電話したこともありました。

そんな12年間を過ごして去年あることにやっと気づきました。どうやら団らんの中にいると体調がいいということでした。親戚の家にいる時、元夫とうまくいっていた時は体力があがりました。
それならば親戚の近所に引っ越せばいいのですが、それもかないませんでした。父から逃げている私をおじは理解してくれなかったので。
ならば、婚活をしてデブ専いや、ぽっちゃり好きの殿方を見つけようと思ったのですが、何せ外出を思うようにできないのだからそれも無理でした。

こんなにっちもさっちもいかない状況の中、木の花を見つけた時は「もう早くいってよお~」と思いました。実際来てからは、実はあやしい図にむかってオーと言っている(注:カタカムナのうたいの奏上のことです)みなさんを見てどぎまぎしたり、Welcome to Konohana familyを聴いて号泣したり、こゆ~い一か月半を過ごしました。そして私の人生は根こそぎ救われました。

ケア滞在の肝はもちろんいさどんとの面談ですが、全く衝撃でした。その人生初めての治療方法に目からうろこの連続でした。
2回目からは厳しく自分の曲がった点を指摘されることに快感を覚え、最近では「クセになりそう」と感じはじめていました。そうしたらもう卒業です。もうちょっと愛のムチでうたれたかった。いや、これからもよろしくお願いします。

いさどんから自分の考えをふくらますクセと先取り不安が症状をつくっていること、そこから脱出できることを教えてもらいました。でもこの環境がなければその習慣化した思考を治すことは難しかったでしょう。なぜなら、具合の悪い人間が一人で生活していれば、自分の体力の限界を常に予想し、「ここまでやったら具合悪くなっちゃうかな。疲れる手前で帰って来られるにはどういうふうにすればいいかな」と日々刻々計画しなければいけないからです。
倒れてもいい、疲れて動けなくなってもいい、みんなが支えてくれるから、という環境があってこそ、先取り不安の思考を転換できたのだと思います。疲れに対する恐怖から脱出するには、みなさんの理解と支えなしでは不可能でした。
以前は団らんの中にいて自分を治そうと思っていました。でもそれは、いつまでも他人に依存するということです。だって団らんから離れたとたんに元の具合の悪さに戻るのですから。
でも今は、いさどんの指導と自己観察とみなさんの支えで疲れの恐怖自体から自由になったので、もうひとりでどこに行ってもあの症状は出ないという確かな感覚があります。

それからこの前じゅんじマンが言ってくださった私の夢について少し話させてください。
私の夢は電力の民主化です。それは日本が自然エネルギー100%になり、それぞれの発電所がスマートグリッドで結ばれて、それぞれの家庭が電力会社を選べるようになることです。
スマートグリッドというのは、賢い送電網という意味です。例えば太陽光を得意としているところが今日は雨であまり発電できなくて電力が足りなくなった、逆に風力発電を得意としているところにいい風が吹いて電力あまっちゃったとします。それをコンピュータが計算して自動的に電力を足りないところに送ってくれるのです。各地方で各家庭で発電したものがインターネットのように結ばれ電力を調整していくのがスマートグリッドです。
また、東京電力や関西電力など大手の電力会社から電気を買うのではなく、地元の自然エネルギーの電力会社から買えようになり、地元にお金がおちるようになったらいいなと思います。
このようになったら、環境や発電所の作業員や周辺の人たちに負担がかからないし、私たちが払った電気代が大手メディアの接待に使われ、テレビ報道に大手電力会社の意向が反映されることもなくなるでしょう。
自分たちで使う電気を自分たちでつくるのです。そうすると、お金が特定のところに集中しなくなります。これは電力の民主化だと思います。

このことの実現のためにすでに活動している組織があります。そこに参加することが私の夢です。でも以前の体力ではその会議にでさえ参加できませんでした。とてもはがゆかったです。
そして神社に行ける時はこうお祈りしました。
「日本の美しい自然を守るための活動に参加したい。日本がもっと民主的な社会になるための活動に参加したい。私を治したこと絶対に後悔させないから、神様どうか私の病気を治してください」と。
そうして今私は木の花にいます。いずれその活動に参加できることを確信してここにいます。そして、人生でいちばん大切にしてきた「民主主義」という考え方よりも、さらに高いこの生き方に出会ってここに立っています。

私にはもうひとつの夢ができました。それはわたしのような病院に行っても治らない症状で苦しんでいる人たちに一人でも多くこの場所を知ってもらうこと、それからこの力を合わせて生きる道を知ってもらうこと。
この二つの夢を叶えるためには成熟したヲトナ(自分の幸福を追求するよりも、次世代に持続可能な社会を残すことを優先して生きる大人)の精神が必要であることを学びました。

なので皆様これからもご指導ご鞭撻、ビシバシよろしくお願いいたします。
そして最後にこの場所をゼロからつくってくださったいさどんと創立メンバーの方々に心からの敬意と感謝を申し上げたいです。そしてメンバーの皆様にもこのすばらしい環境のひとつひとつに感謝申しあげます。みなさま本当にありがとうございます。
  


Hちゃんの奇跡の物語 ~ビフォー&アフター編~

3月末からケア滞在しているHちゃんの日記の紹介第3弾です。
  
≪5月18日≫

今日は「恵みいただきます」の日。木の花はいつも以上に活気にあふれている。キッチンに入れば、その活気と楽しさでいくらでも動けそうな気がする。しかし、その時は動けても、あとで数日疲れから抜け出せないかもしれない。ヘルパーさんもたくさん来てるし、体力を上げていくのが自分の仕事と思い、いつもの日課をただ淡々とやろう。

――

なかなか体力が上がらない。いったいいつになったら自分でお給料をかせげるようになるの?と思うことがよくある。そう思うには2つの理由がある。

○ここに来て、まだ1ヶ月と1週間だというのに、私の体感は3・4ヶ月いる感覚だからだ。
○ここの元気なメンバーとヘルパーの体力と自分を比べてしまうから。

・・・なので、ここはいっちょ、ここに来る前の私と今の私を比べてみよう。

前:1時間椅子に座って起きていたら、1時間ベッドに横になる。
今:だいたい起きてられる。

前:文字をたくさん書くのもたいへん。
今:毎日日記を書いている。しかも木の花の動画を見て、日本語に文字起こししてから、中国語に翻訳している。集中力がついた。

前:お皿1枚、コップ1コ洗うのもたいへん。
今:もういったい何十枚洗ってるかわかんない。

前:眠る前に1時間ストレッチが唯一の運動。
今:朝、夕、ストレッチに筋トレを加え、計2時間やってる。宮ノ下への散歩も。

前:ちょっと疲れると血の気が引き、ふらふらした。それを治すため、そのつど何かを食べていた。
今:もうそんなことは起こらない。2度とね!☺

前:朝9:00か10:00に起床。
今:7:00に起床。

前:6畳のワンルームがだいたいの行動範囲。
今:この大きな家を行ったり来たり。

前:意識がもうろうとして、その上会話する時間も少ないので、意識が崩壊していきそうな恐怖があった。
今:意識が少しずつはっきりしてきた。まとまりが少しずつ出てきた。ふすま一枚開ければ、話し相手がいる。

・・・1ヶ月ちょっとでこの変化は大きい!!!

あっ、まだありました。

前:漢方を飲み、光線治療を受け、カウンセリングを受け、最低週一、整体かマッサージに行ってやっと生きていた。
今:それら全部なし。

It’s Konohana Magic!

~いさどんからのコメント~
それらは目出たいことです。あなたの体験を同じように苦しんでいる人に知らせ、その人達を助けていきましょう。ありがとうございます。
  


Hちゃんの奇跡の物語 ~畑編〜

3月末からケア滞在しているHちゃんの日記の紹介第2弾です。
 
≪5月4日≫

今日、ヘルパーで来ていた方からステキな話を聞いた。彼女曰く、

「ここの人たちは、畑での作業が丁寧で、そして無駄がない。きゅうりのツタをはわせるためのテープをめぐらす時もきっちりメジャーで計る。めぐらすやり方も右回りか左回りが決められている。
1つ1つの作業に意味があり、効率的で無駄がないのは、茶道を思い出させる。茶道では所作の1つ1つの意味を理解し、身につけることが精神性の“道”につながっている。木の花の畑隊のみなさんの作業は茶道のように考えられた効率性があるのでとても美しい。

そして、今までは“自然を大切に”なんて考えてはいたけど、イメージにすぎなかったと思う。畑に出て、自然と共に作業して初めて、自然に生かされていることを実感できる。言葉上だけではなく、実体験で理解できるのは畑に出てこそ!というのは、自然の神々と人間をつなぐもの。自然の神々と人間の共同作業は畑でしかできないから。畑に出れば色んな問題が解決していくんじゃないかな。
阿吽も、自然が阿と言って、それを人間が察知して吽と言うところから始まったんじゃないかな。阿吽の呼吸も1人では決してできない農業をするからこそ、必要なのであって、共同体や人と人同士の阿吽の呼吸が先にあるんじゃなくて、畑での作業があるからこそ、そういうことが必要であり、実体験もできていくんじゃないかな。」

34歳のお若くかわいい女性から、何とも知恵のあるお言葉をいただいた。

私も畑に出させていただこうかな。りゅうしろうさんが苗の作業だったら座ってできるものがあるよと言ってくださった。あ、でも、そろそろ苗の季節は終わりかな。

~いさどんからのコメント~
とても良い学びの毎日になっています。そろそろ次のステップに進む時ですね。
  
  


Hちゃんの奇跡の物語 ~まぼろし編~

39歳のHちゃんは3月末、初めて木の花ファミリーを訪れました。16歳から精神科に通い、元々あまり体力がなく、「このままでは人生を開けない」と感じたHちゃんは、ご両親や友人から「あなたは疲れたらすぐ休むから体力がつかないのよ。みんな疲れても働いているのよ」と言われてきたので、10数年前、体に鞭を打って働いていました。大学を卒業してからそれほど働いた経験がなかったHちゃんは、いさどんとの面談の中で「元気になって働けるようになりたいと思って参りました。家族的な雰囲気・団らんの中にいると元気になるみたいなので、こちらにお世話になりたいと思いました」と話し、早速ケア滞在をスタートさせたのです。

当初はお部屋とみんなが食事や会議のために集うホールを行き来するだけでもたいへんだったHちゃんでしたが、徐々にここでの生活にも慣れ、また毎日日記をつける中で自らの想いを自由に解放し、それに対していさどんが的確なコメントをつけていくことで、Hちゃんの心がどんどん健全になっていきました。もともと学習能力が高いHちゃんは、1週間毎に持たれるいさどんとの面談で伝えられることをしっかりと理解し、その内容を大人会議にてみんなの前で堂々と発表する姿からは、病的な印象が少しずつ消えていきました。

そんなHちゃんが「まぼろし」について書いた日記の個所を今回はご紹介します。
  

≪4月23日≫

「まぼろし」 どうして私は「まぼろし」に力を与えてしまったんだろう。このまぼろしは私の症状の正体。「不安」だ。今、6:10am。30分ほど前に目が覚め、ずっとその症状の正体と戦っている。これにひきずりこまれれば、また症状が出る感覚がするからだ。でも、これはまぼろしだ。そうだ、IKKOさん風に言ってみよう。まぼろし~~♡ マボロシ~~ 幻
ようこそ、おいでくださいました。症状の正体さん、マボロシさん、不安さん。やっと正体を現してくださいましたね。待ってましたよ。せっかくお会いできたのに、残念ですが、あなたはまぼろしです。消えてもらいましょう。さようなら。

~いさどんからのコメント~
だんだん変化・変態が進んで来ました。
  

≪5月3日≫

今朝、症状の正体=力が抜けていく感覚=不安が姿を現した。戦ってみたものの、この前のように勝てそうもなくて困っていた。そんな時、ちょうどサポーターのラヴちゃんが部屋に戻ってきた。

私「ラヴちゃ~ん、ちょうどよかったー!今、症状の正体、力が抜けていく感覚・不安が現れて、戦っているの。どうしよう?」

ラ「えっ、どういうこと?」

私「そうだよね。それだけ言ってもわからないよね。」

・・・どう説明していいかわからず黙り込む私。そして、心の中で、どう説明していいかわからないってことは、やはり“まぼろし”なんだな、と思った。そうすると少し、そのまぼろし・力が抜けていく感覚・不安が小さくなった。でも少し気を抜いたら、のまれそうで、気が抜けない状態で、また黙り続けていた。

ラ「でも、とりあえず、戦うんじゃなくて、それにひきずられたくないって自分でわかっていたら、ひきずられないことを選択すればいいし、もしできなかったら、まだそういうのが心の中にあるんだということを認識して、症状がまた出てきてもいいし、とりあえず戦うとかそういうのじゃなくてもいいんじゃないのかな。よくわからないけど。」

~いさどんからのコメント~
その状態はあなたの心の奥でその症状を求めているのです。だから、その症状を不必要な人になることです。

私「そうだね。」

ラ「おっ、姿を現したね、いらっしゃい!みたいな感じでもいいかもしれないし。」

私「そうだね。」

ラ「そういう時こそ、日記を読み返してみるとか、面談でいさどんにどういうことを言われた時に気づけたのかを思い出してみるとか。」

私「そうだね!」

~いさどんからのコメント~
その振り返り方はgoodです!

ラ「現象が現れる時って、いやだけどさ、大切なことを思い出すチャンスなんだよね。人ってわかったつもりでも何も問題が起こらないと忘れてたりするからさ。だから現象・問題が現れたら、大切なことをもう一回復習してもっと理解しようとすればいいんだよね。そういうふうに、大切なことにフォーカスして、ポジティブな方向にもっていけたら、もうその時は、実はその現象や問題はどうでもよくなってたりするんだ。」

~いさどんからのコメント~
ナイス、ラヴ!

私「なるほどー!・・・・ということでなんか動き出せるぞ!」
と言って立ち上がった。

ラ「それ、ほんとにまぼろしだよね。今、動けたんだから。でも、そのまぼろしがなんで心の中にあるかわかる?」

私「う~~ん」

ラ「わからなかったら、それ以上考えたってわからないから。わからないってことを認識していればいいよ。」

――

昼の会話

私「田楽祭の会場の宮ノ下まで自転車で行こうと思う。もし腰が痛くなったら一人で帰って来れるように。」

ラ「ん?一人?なんで?」

私「今だって、いろんな人を送迎するでしょ。それにみんな忙しいだろうし、田植え祭楽しんでるところ、私のために途中抜けさせちゃ悪いから。・・・これって、私の例の先取り不安?」

ラ「そうだね。考え方のクセが出ているよね。別に痛くなったら、言ってくれたら誰でも送るし、考えすぎ。自転車で行きたかったら、行ってもいいけど、とりあえず普通に行ってみたら。」

私「うん。」

結局、始めから終わりまで楽しんで、帰りは歩いて帰ってきた。腰がひどくなるということもなかった。
よくわからない症状の正体について、一つだけ確実に言えることがある。それは、ここに来る以前は、戦う余地もなく、既に脱力感と極度の疲労感がそこにあったということ。東京にちょっと帰っている間と今朝と2回、この症状の正体(という感覚)と真正面に出会ったけど、いずれも、朝目覚めたばかりの時で、前回ちょっと疲れたかなとか、生理の2日目だったり、体に少し負荷がかかった時だ。こういう時は、ここに来る以前だと、目覚めた瞬間に血の気がひいた感覚があり、起き上がることさえしんどいという現象が起きていた。戦う余地など毛頭なく、もう疲れに打ちのめされていた。そして、そんな時私はこう思うのだった。「あれー、昨日、あれくらいの活動なら大丈夫だと思ったのに。そんなすごく疲れたわけではなかったのに。ああ、もっと活動時間を減らさなきゃいけないな」と。
今は戦う余地(ラヴちゃんに戦うんじゃなくていいと言われたけど☺)があるのがうれしい。そして、今のところ、ひきずり込まれずに済んでいる。

~いさどんからのコメント~
病は気からです!
  

≪5月9日≫

「症状の正体 最終章」  

症状の正体についていさどんが日記にこんなコメントを書いていた。「その症状があるのは自分が求めているからです。それが不必要な人になりましょう。」それを読んで私はちんぷんかんぷんだった。というか「求めてないし!」と思った。

でも自己観察を続けていた私は、いいことでも悪いことでも考えをふくらます時、脳内に快感物質のようなものが出ていると感じていた。私は一種の考えふくらまし中毒になっていると気がついていた。あの症状の正体=まぼろし、でもおそろしい感覚をともなうまぼろしは、その中毒症状の副産物なのではないかと推測した。それをいさどんやみんなの前で発表した。いさどんに「そういうことだ」と言われ、またみんなの前で発表したのがいい刺激となった。今、心を覗いてみると「もう二度とあのまぼろしは現れないだろう」と感じている。

いさどんは、まるで心の腕のいい整体師のようだ。しかもそのやり方は、硬くなり痛みを生じている場所をマッサージなどして治療するのではなく、実はそこに関節があって「動くようにできているんだよ」と指摘して、自分で治るやり方を教えてくれるのだ。

いさどん、ありがとう。あなたに出会っていなかったら、私の心は硬くて痛くて身動きとれないままでした。

~いさどんからのコメント~
そのような素直な心を保っていきましょう。