パティの自然療法プログラム体験記 ~ 人生を方向転換させるのに遅すぎることはない!

アメリカ人のパティ(仮名)が長年のうつ病と不安神経症を克服するため、木の花ファミリーを初めて訪れたのは2017年9月のことでした。それから1年4ヶ月を経て2019年1月に再訪し、自然療法プログラムを6週間受けた後、見事卒業に至ったパティの卒業コンサートが2月16日に開かれました。その中で、パティは木の花ファミリーメンバーに次のような「自然療法プログラム体験記」をシェアしました。


 

パティの自然療法プログラム体験記

私が皆さんと共にここで生活している間経験出来たことをお伝えするこの機会をいただけたことをたいへん嬉しく思います。木の花ファミリーに来る前、私の世界はずっとずっと小さくなり、感情的にマヒ状態近くにまで至りました。これは真剣にスピリチュアルそしてセラピー的取り組みをしてきたにもかかわらずです。
私はアメリカに住んでいます。70歳で、結婚しており、20代の子どもがふたりいます。長年私には教授としての経歴があります。木の花ファミリーにたどりついたのは、北米で発刊されている「コミュニティ」という雑誌に掲載されていた記事を読んだからであり、ここには私にとって何か大切なものがあるとすぐに気付きました。
木の花ファミリーに到着したとき、私の人生における現在進行中の苦痛の主なる原因は、結婚に関するうつ病と不安神経症でした。私の夫はたいへん親切で、思いやりがあるにもかかわらず、彼と感情的につながることは難しいと思っています。ジイジが伝えてくれたように、夫は私にとって天からの素晴らしいメッセンジャーです。というのも、私たちの違いは私が子どもの頃、ずっと以前に培ってきた多くのネガティブな傾向に気付かせてくれたからです。
私の両親は愛情を持って私を育てようと最善を尽くしてきたにもかかわらず、彼らは若い頃、ふたりとも重大なトラウマに苦しみました。両親の結婚における深刻な困難は、私の子ども時代が安心感や幸せと共になかったことを意味します。事実、私は世界に対して極度に用心深い姿勢を培ってきました。私が8歳のとき、妹が医療的問題と共に生まれてからは、特に危険にさらされているように感じ、何年もの間経験してきたいくつもの病気の中で最初の病気に陥りました。病気のいくつかはかなり深刻なものであり、通常私がどう対応したらいいのかわからない状況に直面すると、病気が発生しました。
家庭内には私の人生にとってのスピリチュアルな側面がなかったので、私が助けやガイダンスを得るために頼ることが出来る天の力のような気付きは持っていませんでした。私は自分の知性を活かし、一生懸命働き、結婚しなくても経済的安心を得られるよう良い経歴を持つことを勧められました。事実、私自身や世界全体に対して多くのネガティブな思考をもたらす完璧主義の人格を形成しながら、人生を歩んできました。やがて私は大学の教授になりましたが、なお不安神経症やうつ病によって非常に苦しみました。その後、30年ぐらい前に結婚し、私自身の子ども時代の多くのテーマと似ている家族生活を始めたのです。
私の健康上の問題もあって、15年ぐらい前に私は退職し、私の精神的・物理的状況を改善するための努力が始まりました。幸運なことに、スピリチュアルヒーラーに出会う機会があり、物理的・精神的健康とスピリチュアルな健康の関係性について気付かされました。ここからスピリチュアルヒーリングの長い探求が始まり、今日私を木の花ファミリーまでいざなってきたのです。
ここに来る前、私の自我が経歴の中で成功を「得る」ことは私に幸せをもたらさないだろうことは長い間気付いていましたが、私はもがいていました。私はより広い世界の役に立ちたいという強いサービス精神望を持っていたのでしょうが、私の精神状態がたいへん不安定だったため、私を「崩壊」させるような感情的危機をずっと持ち続けてきました。私のエネルギーのほとんどは私自身を前に進め、家事をし、家族の面倒をみるために使われてきました。わたしはかろうじて生きていたという感覚を持っていました。
もちろん、私の残りの家族もまた、私の現在進行中のうつ病と不安神経症の結果として問題を経験してきました。
基本的に、私が子どもの頃両親からの注目を集めるために病気を利用してきたのと同じように、私が存在し続けるためには家族からの助けを必要とする愛情を求めている人として、自分自身を位置づけてきました。もちろん、私の家族が私の人生の多くの責任を引き受けてきた事実は、それぞれの意志に沿った彼ら自身の人生を生きることをたいへん難しくさせてきました。

私がここに滞在している間木の花ファミリーが私に提供してくれたものは、異なるビジョンです。どのように精神的に自立した存在として生きるかというビジョンです。私がそう出来るとき、私の家族もそれぞれの才能を表現するためのより良い機会を持つでしょうし、自立して生きていくだろうと私は信じています。
私自身の精神的自立に向けてのこの歩みによって、私は人生において初めて他者を一貫して、かつ真に大事にし始めることでしょう。というのも、私は私自身の人生を生きがいのあるものにするために他者を「必要」としないからです。もちろん、家族内のこうした変化は「世界を救う」ことにはなりませんが、私にとっては精神的成熟という方向への重要な一歩なのです。

70年間違う生き方をしてきた私は、どうしたらそのような巨大な変化をもたらすことを願うことが出来るのでしょうか?それは、人生における安全のもうひとつの源を見つけ、信じることを誓ってきたことによって決まるのだと思います。私はここ木の花にいる間、この方向へ巨大な歩みを進めてきました。この理由のひとつはジイジが私と共有してくれた教えのいくつかのおかげです。他の理由としては、このコミュニティがどのように機能するのかを私が感じることが出来たからです。
例えば、私の人生における困難の本当の原因は私の子ども時代のトラウマ的な出来事等なのではなく、そうしたことを霊的な成長への招待というよりも「不幸の元凶」とみなす私の傾向が原因だったのだと気付きました。ジイジが私にたいへんたくさんの「真実味がある」ことを伝えてきてくれたからこそ、そして木の花ファミリーの努力がいかに成功を収めてきているのかを観ることが出来たからこそ、私が必要なことをするときには天が作動し私の努力をサポートしてくれるというジイジが提案してくれた安心感を信じることを決めたのでした。言い換えれば、もし私がダンスに参加するのであれば、天は私と一緒にこの道でダンスをしてくれる善意あるパートナーであることを信じる勇気が必要なだけなのです。
こうした機会を掴むことが私にとって難しかったひとつの原因は、私が対処してきた問題が私には大きすぎて自分ひとりでは対処できないように思ってきたからです。私の心はそうしたことを解決するための方法を探すことが出来ませんでした。しかし、ジイジと陽子が私に繰り返し思い出させてくれたように、私ひとりで問題すべてを解決する必要はなく、私の現在の視点から解決のためのすべての道を知る必要はないのです。事実、これは不可能なことです。なぜなら、私には必要とされる能力や精神的視点を「まだ」持っていないからです。しかし、私のダンスパートナーが私と一緒になることを信じられるならば、私は最初のステップを踏み出す勇気を持つことが出来るのです。最初のステップの後、続くダンスは少しずつ明快になってくることでしょう。ジイジが伝えてくれたように、心の余裕があれば、今は見えない多くの可能性が見えてくるのです。私はこうした考え方にある言外の意味を深く心に刻みました。これは私にとって重要な驚くべき事実であり、私がここに滞在している間コミュニティの中で何度もこうしたことが展開されてきたことを観てきました。
「ステップアップ」し、私自身の人生の責任を持つために具体的な行動を取るというこうしたチャレンジに加え、ジイジは70歳という年齢の私にまだ開かれている可能性について多くの励ましを与えてくれました。それは私の古い人格を捨て最初からやり直す必要があるということではありません。過去に私にとって問題だった私の性分という側面でさえ(私の慎重さや敏感さのような)、私の家族だけではなくより広い世界に貢献するために有効活用することが出来るのです。
事実、私の人生においてこうした方向転換をするのに遅すぎることはなく、今まで私の苦しみに使われてきたエネルギーのすべてはその方向が変われば、良きことのためにたいへんパワフルなものになれるとジイジは私に自信を与えてくれました。これは私にとっては計り知れないほどの励ましです。
もちろん、アメリカに戻れば、ここで得ることが出来たものを持ち続けるというチャレンジに直面することでしょう。突然すべての物事が簡単になるとは思っていませんが、他者の目から見れば、私の存在価値や私自身の人生を探し求めるという中毒を捨てるために、基本的に必要なものを受け取ったように心から感じています。こうした変化の多くは、ジイジや陽子と話す機会を得てきたことすべてのおかげです。しかし、こうしたことの大部分は単に知性で受け取ったというよりも、私が「体験」してきたことによるのです。そして私のスピリチュアルな人生を振り返ると、これは私が読んできた多くの本よりもずっと、試金石として私と共にあり続ける思いがけない経験なのです。
私と共にあるであろう経験の多くは、木の花ファミリーメンバーを観察し、交流し、もしくはただ彼らの間で「浮かんでいる」結果、私にやってきました。個人のメンバー、そしてコミュニティ全体から発せられる穏やかさ、誠実さそして博愛のレベルを誇張することは不可能です。こうした環境で生活しながら、人は博愛を「期待」するようになることが出来ますし、こうした期待の中で生活することはたいへんパワフルな体験です。
こうしたことすべてのおかげで、ここでの生活のペースはティク・ナット・ハンの「決してあせらず」という歌にあるように、たいへん落ち着いていて、予測どおりで、安心させるようなのです。これは日常的に不安(良い場合)やパニック(悪い場合)を自分で発生させることに慣れている私のような人々にとって、心からの癒しです。
ここでの6週間という滞在の間、こうした「生命体」の一部として、「動揺」するまでもっと時間がかかるように、そして動揺がより急速に自然に収まるように、より容易いレベルで私の神経系を「リセット」させてもらえる特権を与えられてきたように感じています。また、おそらくゲストにとって愛と共に育てられ調理された非常に新鮮でオーガニックの食事にポジティブに反応しないことは生理的に不可能なことでしょう。こうしたことは私の「骨」の中で持ち帰ることを期待する自然療法プログラムの恩恵です。
私が何度も目にしてきた、もうひとつの素晴らしい体験の贈り物は、現状が何であれ、ここで目に見えて疲れている人たちの「ただ前進し続ける」意欲です。もちろん、「物事は起きる」のですが、ここでは一般的に、人生というものは、「ショーは続けないといけない」という原理に従っているようなのです。日常生活に潜在するこうした共有の安定性を持つことは、宇宙で孤立している感覚を持つ人々にとっては心から安心させるものです。メンバーにとってこうしたことに貢献していることを知ることはたいへんな喜びであるに違いありません。
私がアメリカに戻ってからどのような生活になるのかはわかりませんが、私は自分の生活を今までとは違う意識に持っていくだろうことは知っています。すでに私は自分の内なる会話が落ち着いてきていることに気付いています。未だ私の心の中には、恐れ、支配しようとする人格の側面が機能していることは知っていますが、彼女に対して以前より慈悲心を持ち、彼女のガイダンスに従わなければいけないという必要性は薄れてきています。私の感情的状態は未だ左右に揺れますが、揺れは以前より極端ではなく、より早く収まります。
今週、上海から英語を話すゲストが訪れ、私は自分のビフォー&アフターの変化を感じる良い機会を得ました。木の花ファミリーの英語の広報活動キャンペーンを行うひとりの地元の人として、私の自我がすぐに飛び上がり、その存在価値を築き上げることを求めました。何週もの間、私は木の花ファミリーメンバーからこのような自我に出会ってこなかったことに突然気付きました。誰も私に強い影響を与えようともコントロールしようとも、もしくは私から何かを受けようともしないようでした。その代わりに、彼らはただ私にオープンで、喜んで助けようとし、どのような形であれシェアしてくれるのです。突然、これは私のここでの滞在の間、私に開かれてきた世界の大事な生き方であることに気付きました。過去私が他者と関わってきた方法がいかに不安に満ちて自己中心的なものであったのかを知るこのショッキングな体験を持てたこと、そして私がここに滞在している間一貫して私にとってモデルとなってきた他の方法の本質に気付けたことに私は大変感謝しています。
ある日喜子さんとジャガイモの下準備をしていたときの、とても大切な会話に言及することでこの滞在記を締めたいと思います。私は彼女に、私にとって意思決定をすることは極端に難しいことを話したところ、彼女は自分の人生の方向を図に表すような形で彼女の急激な変化について私にシェアしてくれました。彼女が私に話してくれたのは、彼女はかつて自分のための目標を設定し、それを達成し、それから次の目標に移る傾向があったということです。しかし、木の花に来てからは、自分で設定した目標を達成するということは、「運命」としてそれほど大きなことではなかったと彼女は感じました。最近、彼女は自分がすることを積極的に「選ぶ」代わりに、自分にふさわしい状況がただ現れ、そうした状況の多くは彼女が誰かに助けを提供出来るものであり、彼女はそれが「自分のもの」であると認識することができる感覚を持っています。このようにして、彼女は「生かされている」のです。
私が自然療法プログラムを申し込んだとき、私のもっとも高い目標は喜子さんが私にたいへん素晴らしく説明してくれたような状態に至るための助けを受けることでした。これはまだまだ先の話のようですが、私のここでの滞在によって、やがてこうした状態がどのようにやってくるのかが観え始めています。皆さんの助けにたいへん感謝しています。

 


パティの「自然療法プログラム体験記」がシェアされた後、サポーターの陽子から、パティの6週間のケア滞在を振り返った「パティ物語」が読み上げられました。


 

パティ物語

~たくさんの学びの中で成長していくパティ物語のほんの一部をご紹介致します~

不安障害と診断されていた68歳のアメリカ人のパティが、初めて木の花ファミリーを訪れたのは2017年のことでした。ジイジとの面談の際、パティは「人生を通して私は不幸でしたが、特に結婚の不幸せをきっかけに特にここ最近は不安・パニック・うつ・気分変動という精神的問題を抱えています。木の花では皆さんが天のガイダンスを信じることを実践し、それを生涯のベースにしていることを私は知っています。この新たな生き方を学ぶ上で皆さんのサポートを受けるために、今、私は自然療法プログラムを受けるべきか、『1ヶ月間の真学校』を受けるべきか考えています」と語り、それに対してジイジは「あなたにとって必要なことは、治療を受けることではなく、世界観を広げることですね。そのためには、まず自然療法プログラムを受けることをお勧めします。そして、あなたが必要だと思うのであれば真学校を受講することも良いですね」と伝えました。

それから1年4ヶ月後、パティは自然療法プログラムを受けるために6週間というスケジュールを組み、再び木の花を訪れました。ケアスタート面談の際、パティは「前回木の花に来てから、私は自分自身が内面的にもっともっと小さくなり、もっともっと窮屈で、もっともっと恐れるようになりました。なぜなら、結婚生活を続けるかどうか、とても葛藤しているからです」と話しました。それに対して、ジイジは次のように伝えました。
「以前もお伝えしましたが、あなたはまず世界観を広げるべきだと思うのです。人はなぜ生きているのか。死は何であるのか。私たちは個人が生きているというよりもこの世界の中で生きているのですから、この世界はどのような場所なのか。一般の人たちは日常のスケジュールの中で生き、お金に追われて生きていますが、本当は私たちは宇宙の中にいて星や太陽や月、地球の仕組みの中で生かされているのです。あなたの話の中で、家族関係の問題のためにあなたの心が壊れていくという話がありましたね。しかし本来、生命は群れれば群れるほど豊かになるものなのです。ところが、人間の世界だけが人が多くなると利害関係が生まれ、派閥や対立が起き、収集がつかなくなるのです。ですから、あなたの問題は人類の問題でもあると思うのです。つまり、あなたは人類を代表して、今この状態にあると言えますね。
そこで、あなたがあなた自身を正確に知るということと、私があなたを知ってアドバイスをすることの両方が必要ですから、まずは日記を書いてください。あなたが書いた日記に対して私はコメントをしていきますが、私のことはもうひとりの客観的なあなたに出会ったと思って生かしていってください。新しいあなたが新しい思考をするようになることがこの取り組みの目的です。一般の医療機関で治らない人たちがここで改善するのは、自らに囚われた物事の捉え方から視点を変えていくからなのです。
自分の人格に飽きていない人や頑固な人は改善するのになかなか時間がかかります。ですから、まずは自分の人格に飽きないとダメなのです。そして、過去の自分に笑って話しかけられるようになることが大切です」と伝えると、パティは即座に「私は自分の人格にうんざりしています!」と答え、ジイジは次のように続けました。
「それは良くなる可能性があるということです。今、世界中で人間のあり方が狂っています。これは問題ではありますが、狂っているからこそ、問題を観て、どうしたらいいのかという知恵がその奥に隠れているのです。ですから、問題の背後にどのようなメッセージがあるのかを読み解く力が必要なのです。そのためには客観的視点と広い世界観が必要です。」

パティがケアスタート面談を終えた後の大人ミーティングでは、今日からみんなで木の花ファミリー憲章を深める時間を持つこととなり、世界観を広げることがテーマのパティにとっては最高のスタートを切ることが出来ました。翌日からも、ミーティングに熱心に参加しながら、日記に自分の正直を出しながら積極的に取り組み、ジイジはそうしたパティの姿勢を評価しつつ、「トータルして、あなたの考え方は人生をポジティブに学習していく姿勢に欠けているのだと思います。もっと自由にリラックスしてポジティブに日々を送ることは可能です。そういった精神の奥に神様のあなたに対する意志があるのではないでしょうか。あなたの人生にとって、今までの体験が不幸をもたらすものであったと終わってしまわないように、前向きに出会う出来事を分析し、今後のあなたの人生に活かしていけることが大切です」とコメントしていました。

そうして迎えた1週間面談でジイジは、パティがこれまで日記に書いてきた身近な内容に触れることなく、次のように伝えました。
「あなたは長い間大学教授として頑張ってきましたが、あなたのように社会的にも優秀で、高い地位を持っており自負心が強い人の特徴として、自分の納得の上でしか物事を受け取らない傾向があります。この場合に落とし穴があり、結局どんな提案も自分の理解出来る範囲内で受け入れるものですから、それがどんなに素晴らしい知恵であっても、結局自分流に受け取ってしまうのです。場合によっては、受け入れたくないことがあると、それを受け入れない理由として自分を主張するようになるのです。しかし、今までの人生の歩みの結果現状があることを認めるならば、私はそれに対する改善のための代替案を提案しているにしかすぎないのです。
なぜ私がそのようなことをするようになったのかというと、私のスピリチュアルな体験がきっかけとなりましたが、実際に問題を抱えている多くの人たちの相談に乗ってきたという実績があるからです。もうひとつは、人はいろいろな自我によって苦しんだり問題事に出会ったりしますが、この木の花という生活を現実化することによって、こうした共同体の中では自らの心と向き合うことによって問題が起きないような現実をモデルとしてつくっているのです。これをひとつの実績として皆さんに見ていただきながら、私の提案はあくまでも正しいとか間違いということではなく、情報として受け取ってもらえればと思います。それは、『こういう生き方をすると、今まで現代人がつくることが出来なかった社会が出来ますよ』という提案であり、これは人類に対する提案でもあるのです。
私は自分のライフスタイルの目的のひとつとして、確かに長い間行き詰まった人々の相談に乗り、支えになってきましたが、その行動の本当の目的は人類が自らの真の尊さに目覚め、ふさわしい尊い生き方を地球上で表現することを伝えるためなのです。さらに言えば、地球が喜ぶためです。この面談を聞きながら、地球は喜んでいますよ♪この情報は同時に銀河を運営している、銀河の中心のセントラルサンの司令室にも伝えているのです。つまり、私は地球を進化させるためのプロジェクトをしているのです。あなたに世界観を広げることの大切さを伝えるのも、今、人類は自分のことを心配している場合ではなく、自分たちがしてきたことが他の生命たちにどれだけ迷惑をかけ、この宇宙の法に反しているのかに気付くことのほうが先決だからです。
私のアドバイスは、ひとつではなくいくつかの視点に立ったときの情報として伝えています。あなたにも、パティというひとつだけの視点で物事を観るのではなく、上下も左右も広げた形で物事を捉えられるように、これからもいろいろな視点を提供していきますね。」

その後、さらに日記の中で自分を分析することに一生懸命になっていったパティに対して、ジイジはこうコメントしました。「私が伝えたいことは、あなたが解決策を考えることをやめることを提案しているのです。分析力が高くて一生懸命やっても、方向性が間違っていたら何にもなりませんからね。これは、優秀な人が意外と陥るところなのです。その一生懸命では自分の枠を壊したことにも、そして新たな考え方を得たことにもなりません。そろそろ、このプロジェクトの次の段階に行くときが来ていると思います。それは、こういった日記を通して改善方法を模索していくのではなく、具体的な日常の行動の中にどのように人格が反映しているのかを観るために作業に参加してみるとか、あなた自身の枠を超えた行動をとってみることを提案したいと思います。具体的には次回の面談で話し合いましょう。」

そうして迎えた2週間面談でジイジは、これまで15年間自然療法プログラムを提供してきた中で初めての試みをパティに提案しました。
「私があなたと2週間付き合ってきて、あなたに伝えたいことがあります。このプロジェクトはあなたの人生を健康で幸せな人生にするためのプロジェクトです。そのために何が一番大切なのかというと、あなたが健康で幸せな人にならないといけないのです。あなたも自分の書いている日記を見てわかっているだろうと私は判断するのですが、あなたの自己分析は完璧に出来ています。しかし、どれほど完璧な分析が出来ても、それに基づいて生きていくことが出来なければ健康で幸せな人生は現象化することはありません。
最初の2週間はお互いに知り合うための期間でしたが、ここでふたりのあなたがいることを説明します。あなたの中にはあなたらしい人生を生きてきたパティがいますね。それから、それを観てそれを分析し、『それではダメですよ』と言うあなたがいるのです。そのあなたはあなた自身を十分に改善する知恵を持っています。しかし、今まで生きてきたあなたはその提案に対し、抵抗するあなたでもあるのです。このプロジェクトには私も関わり、陽子もサポーターとして関わりますが、私たちはあくまでもサポートする側であって、そこの主人公はあなたの中のふたりなのです。今まで、あなたはどちらかを優先することをせず、あなたの中のふたりは勝負をつけてきませんでした。そこで、それを超えてどちらかを優先しないと、あなたは中途半端な形で人生を終わることになってしまいます。でも、少なくともどちらでもいいというわけではありませんね。どちらかわかっている一方を優先するために、今、この取り組みをしているからです。心配しなくてもいいのは、どちらを選んでもあなたであることは変わらないのです。ただ、明快なのはどちらを選ぶかによって、未来がポジティブかネガティブかは観えてきますね。
今回のプロジェクトは、今までの人生を客観的に観て自分を戒めるあなたを優先させることが一番大切だと考えています。この段階に至っては、選択肢は本当はあってはいけないのです。あなたが健康で幸せであるためには、選択肢はないはずなのです。私は今、地球人類にも同じことを言いたいのです。物理的に豊かな生活を求めるのか。それとも地球や他者と共同して真の豊かさを求めるのか。今、ここで滞在されている中国の大学の先生もあなたも先生ですから、考え方としてはとても賢明な考え方を持っておられるのですが、不思議なことに自分のこととなるとそこが十分に生かせていないのです。これは現代的に優れていると評価されていたり、そういった地位にいる人たちの特徴でもあります。
そこで、この2週間の取り組みを一区切りとし、次の段階としてあなたの中のふたりが話し合う時間を持ちましょう。ここでは、あなたを優れたほうへと導こうとするあなたが、今まで生きてきたあなた自身をどう説得していくのかがポイントです。自分で自分を説得するのですよ。そのために、日記は今まで通り書いていただいていいのですが、明日からの取り組みはたとえば30分といったそれほど長くない時間を使って、あなたの中にいるふたりの人物、特に戒められないといけないあなたを出してもらい、戒める側と私の3人で毎日話し合いましょう。そして、これをあなたの人生を通して自らを改善するための取り組みとしての仕上げとしたらいいと思います。」
この提案を閃いたジイジには、日記のやりとりではどうしても自分流に解釈してしまうパティに対し、直接話し合いの時間を持つことで客観的な視点を身につけてもらいたいという想いがあったのでした。

それから毎晩30分程度の時間をジイジと持ちながら、AパティとBパティの話し合いは進められていきました。「朝が来ると、『私の人生はめちゃくちゃで、私は人生で一度も改善したことがない!』と思考するネガティブなAパティが出てくるのです」と言うパティに対し、ジイジは「Aパティに出会ったときこそ、改善のチャンスなのですよ。朝起きたときにネガティブだったらチャンスです!そのトレーニングを自分で自分に与えましょう」と伝え、「目標としてAパティとBパティが0:100にならなくてもよいのです。40:60くらいでいいでしょう。Aパティが40あるのは多様性だから良いのです。そして人生を学ぶためには問題事を優先することも必要でしょう。明日また、新鮮なパティと会いましょう!」とパティを励ましながら、時に思考が夫の問題点に集中してしまい、Aパティに支配されてしまうときにジイジは、「人生を生きるということは、自分の精神状態がどうなっているのかのテストを常に受けているようなものです。そして、出てきた自分の精神状態がその答えなのです。どんなにネガティブなことでもポジティブなことでもすべて神様の愛であり、実はすべてポジティブなのです。ネガティブに考えることはあなたの自由ですが、それはネガティブに解釈する心があるからそうするだけで、この世界は常にポジティブの背景に現象が起きているのです。その一番の元には愛があるのです。それを、あなたが世界で出会う現象から受け取れる人になれるかどうかです」と伝え、そうした中でパティはジイジの「すべてを情報として受け取る」姿勢や、「自分にとって都合の良い喜びを持たない」といった難しい心の仕組みを学んでいったのでした。

そうして、少しずつ冷静で客観的な視点を身につけてきたパティに、ジイジは最近の日記と滞在当初の日記を読み比べることを勧め、パティ自身もネガティブな思考が少なくなってきた自分の変化に気付かされたのでした。そのような中、ある日夫からメールがあり、最初は感情的に反応したパティもすぐに冷静な精神状態に戻ることが出来、それを受けてジイジは「今日の夫からのメールは良いテストでしたね!この場合、彼は神のお使いです。解釈の仕方によっては、すべての現象が神様が示されたものなのです。そういった自分の人生に有益になるような捉え方は、まだ目覚めていない人にはなかなか難しいことです。その思考の鍵を見つけることが大切なのです。きっと、今まではあなたはその鍵を見つけて探究することよりも、身近なことに気をとられていたので矛盾が起きていたのです。そこまでわかってくると、彼はあなたの夫であると同時に神のメッセンジャーでもありますね。瞬間瞬間が神様との対話であり、私たちが未熟であるならば、ある意味テストでもあることをいつも頭の中に入れていてください」と伝えました。

少しずつ世界観を広げていったパティは、ジイジとの面談を1日おきにし、もっとコミュニティの中で時間を過ごそうと自分のパソコンをひまわりホールに持っていったり、1週間後に迫った花祭りの切り草を飾る手伝いをしたり、メンバーともっとコミュニケーションを取ろうと努めていました。そのようなパティに対しジイジは次のように伝えました。
「日記に書くことも面談で話し合うことも良いことですが、木の花の日常を感じることがこの取り組みに有効になるだろうと以前提案しました。それは、豆の選別でも、今日のよこちゃんの出発式に出ることも(注:入院中のメンバーが急に亡くなり、出発式を行った)、ミーティングに参加することもすべてそうです。私はあなたに異文化や新しい物事の捉え方といったあなたにはなかった代替的なことを提供したいのです。よこちゃんの出発式についても、あの出来事は意図的に誰もつくることの出来ない場所でした。木の花の人たちがそれぞれに自分の出来ることを役割分担し、あの場に持っていったのですが、そもそもよこちゃんがあのタイミングで亡くならないと出来ないことでした。だから、天が与えてくれたのだと思いました。このように、私たちはシナリオのないドラマの中に生きているのです。
現代人は頭が良く、いつも正解をやろうと努力します。それは重要なことでもありますし、人間の優秀さでもありますが、現代人が忘れている『人生をいただく』ことの価値はああいったところにあるのではないでしょうか。木の花の生活は、なかなかつくろうと思っても出来ない場所なのです。その出来事の奥を分析するのは難しく、つくろうと思っても出来ない、出会おうと思っても出会えないその場所に、神様のメッセージが隠れていると私は思っています。
今はここの環境によって導かれているあなたの心の安定が、将来アメリカの元の生活に戻っても継続するように、あなたの中に新しい精神分野が構築されることが大切です。それはあなたの中でつくられたものですから、どこへ行ってもそれが有効に働くようになります。そのための基本としては、木の花の日常の生活に参加していただき、そこで出会う人たちの精神性がどのようなものであるかを探ってみるのも面白いですよ。
よこちゃんの出発式の前日のこのはな八重の舞のときに、あなたも輪の中に入っていましたね。私は『そうならないかな』と思って、あなたを観ていました。私はあの場で自身エンジョイしながら、あなたのことやいろいろなことを観察していたのです。もう少しで祭りの本番が来ますから、あの参加する勇気を持ってまた挑戦してみてください。」

ジイジの提案通り、花祭りの当日には鬼の舞の後のまさかりディスコ(観客がまさかりを振って踊る)の際に自分から率先してみんなの前で舞ったパティ。その翌日に迎えた4週間面談で、ジイジは次のように伝えました。
「ケースによっていろいろですが、通常4週間というのは自然療法プログラムを進める上で見通しが立つ期間です。あなたにとっても、自分の現状を把握できた期間がこの4週間だったのではないかと思います。あと残り2週間ありますね。6週間という滞在期間は、今回あなたが滞在するのに可能な期間として決めてきたものですが、とても良い数字だと思います。
明日で花祭りの一連の神事は終了しますが、私たちは一般的宗教的信仰という意味で花祭りを行っているわけではありません。そして、あの祭りがあなたやアメリカの人にとって異文化であるとは思うのですが、地球や宇宙の仕組み、また私たちが自然生態系の中の一員であるという昔の人々が伝えてきたことを、今流に解釈し表現しているのです。ですから、これからの時代は世界中の人々が柔軟性を持って、異文化や馴染まないものをポジティブに認め合っていくことが必要なのではないでしょうか。そういう意味では、今まであなたが出会ったことのないものに出会う良い経験を提供出来たと思っています。そして、こうした活動は木の花の生き方を広めるためのものではなく、地球的・宇宙的視点に立った生き方を人類に広めていくためには非常に重要なことだと思うのです。ですから、これから共に連携しながら活動していけたらいいですね。」

ジイジの言葉を受けて、花祭りの神事が終了した翌日には初めての試みとして畑作業に参加しようとしていたパティでしたが、高熱が出て体調を崩し、その後5日間部屋で休んでいました。

そして熱が下がり自室での隔離が解禁されたときには、ちょうど前回の面談から7日が経っていました。それを受けて、ジイジは次のように語りました。
「今日はちょうど前回の面談から7日目ですね。7という数字を西洋の人たちはラッキー7と呼びますが、カタカムナでは『質的転換』を意味します。つまり、古い体質を脱ぎ捨て新しくなり、次に向かうための方向転換をするということです。ですから、7という数字は単に都合が良いことが起きるというよりも、変化をもたらす大きなサイクルのひとつなのです。あなたが休んでいる間、物理的には辛かったかもしれませんが、私にはひとつ楽しみなことがありました。
これまでも、ケアで滞在している人に私がアドバイスをしていくと、今まで使ったことのない脳を使うことによって熱が出ることがあるのです。それは子どもが成長する段階で知恵がつくと熱を出すのと同じことです。それは、おそらくその人の思考容量や回路を増やしているのです。それで、今回あなたの取り組みの中では、世界観を広げ、客観的な視点で物事を捉えることがテーマとなっていました。あなたはこの短期間で新たな視点に出会ってきましたが、それを自分に落とす時間はなかなか持てないこともあるのです。そこでは今までの心の癖も邪魔します。そのタイミングで熱が出たり、体調を崩すこともあるのです。そこでは、その間に今までにない気付きを得たり、自らの思考を巡らすチャンスをもらっているのです。
通常、面談をするときに1週間毎に行うのも、7という数字を意識しているからです。ですから、前回の面談から7日間空いたのも、良い数字だと思っています。」
そして、この1週間の状態について聞かれたパティは、休んでいる間奇妙な夢をたくさん見ていて自分から何か暗いものが出ているように感じたこと、でも熱が下がってからは気分が良く穏やかで、ここでこれまで学んできたことを振り返り、ジイジのアドバイスが自分の心に刻まれていることを感じ、前に進んでいける自信を得たことを話し、「私は自分のことをまだバランスが取れていない赤ちゃんのように感じています」と伝えました。そんなパティに対し、ジイジはこう続けました。
「大丈夫です。赤ちゃんはこれから育っていきますから。物理的な赤ちゃんは成長に時間がかかりますが、霊的な赤ちゃんは急激に育ちますよ。人は病気をすると、『悪いことが起きた。結果辛い思いをして、やっとそこから開放された』と思いがちですが、確かにその人の精神状態によって病気は多く発生します。それはメッセージだからです。インフルエンザについても、同じ環境にいてもかかる人もいればかからない人もいたり、ネガティブな原因でかかる人もいれば、実はポジティブな原因でかかる人もいるのです。ですから、前回の面談から7日目の質的転換を意味する今日という日にこの時間を持てるということは、すべて天意だと思いました。
天意を感じるために大切なことは、私たちが天に自分の意識を向けているかどうかです。たとえば、太陽や月や星と対話しているのか。風と対話しているのか。土と対話しているのか。食べ物と対話して食べているのか。すべて、もともとは自分自身ですからね。すべてのものと対話し良い関係のもとで生きていくことが、天意で生きることだと思うのです。そこでは、『どうしたら天の意志を感じることが出来るのか?』『どうやったら直観を鋭く出来るのか?』という思考は不要です。たとえば、気分が悪いときには体も心地良くなく、外出もしたくないし、部屋で臥せっていますよね。そして気分が良いときには外に出て、胸をはって深呼吸する気分になりますね。それと同じように、生きるということは自然にメッセージを感じられるものなのです。大丈夫!そうなりますから。そこで、『そうなんだ!』と素直に信じて天と対話を続けていけば、必ずそうなります。私の人生には生きた師匠はいませんでしたが、昔と比べて私の直観ははるかに鋭くなっていますし、自分でもその精度に驚くことがあります。それは、そういったことを信じてやり続けてきた結果だと思うのです。
先程言われた、夢をたくさん見ることも、熱がたくさん出ることも、汗がたくさん出ることも、天のメッセージであり、解毒です。『ああ、毒が出ているのだ!』とその作業をやっていただいているという意識になったとき、『私たちが命であるということから、自分がやらなくてもこのようにしてもらえるのだ』と解釈出来るようになるのです。」
その話を聞いて、パティは「今まで私は一生懸命やりすぎて自分をコントロールすることが出来ませんでした」と話し、ジイジは次のように伝えました。
「それは現代流に言う、頭の良い人です。あなたは賢いので自分を客観的に観る目線も持っていますが、そうするとまた余計に落とし穴に陥るのです。それは、それだけの分析が出来るということで能力が高いという自負心も持つからです。そうすると、生かされていることに気付くことが遅れますね。
そういった分析からすると、人類はこれから初めて健全になっていく道を歩み始めるとも言えるのです。今、地球上には25800年ぶりの新たなサイクルが始まりました。しかし、私たち現代人につながる25800年前の歴史はありません。ですから、まったく新しい時代の始まりです。これは、現代人には楽しみであるだけのことなのですが、現代の混乱は自分たちが起こしたことであるにもかかわらず、人々はその原因を追求出来ず不安になっています。何よりも、一番大切な自分自身の使い方を人類はまだ会得していないのです。これからの混乱はますます矛盾を明らかにしていきます。しかし、それは時代の光が差してきたことにより、表に見えてきただけのことなのです。ですから、私たちはそこから現代の矛盾を学べば、それはおのずと消えていくことなのです。世界にはもうじき大きな災害が至るところに発生しますが、これはこの時代だからこそ起きるべきであり、その奥にある真のメッセージを人々が受け取ることが出来れば本当は待ち遠しい話でもあるのです。なぜそのような災害が起きるのかというと、人々がその種を蒔いていることに気付いていないからです。もしかしたら、起きる前に私たち人類がそのことに気付き、社会の仕組みが変わっていけば、出来事も起きなくなることでしょう。それは病気と同じように、悟ったものに与える必要がないからです。
今回、あなたの体調が崩れたことを聞いたとき、『私が提案しなくても、天がこうやってパティさんに仕上げを与えてくれたのだ』と思っていました。そういう意味で、あなたはBパティを運用することに手ごたえを持ち始めたのだと思います。あなたとの出会いはとても大事な出会いでした。難しいケースのように当初感じていましたが、それほど後戻りすることなく確実に目的は達成されてきました。ですから、そのようなわかりやすい事例をあなたの感覚でよいのでまとめていただき、それを私たちに残していただけたら、まだ目覚めていない人たちの役に立つことでしょう。」

そうして自分をコントロール出来るだけの考え方を身につけ、見事6週間で卒業を迎えたパティ。「あなたは思考回路を逆転させることによって、自分自身を救済するどころか、他者の救済にも役立つ能力を持っていますね」とジイジから伝え続けられてきたパティは今、以前と比べてはるかに安定し、「その安定はこの木の花というコミュニティが与えてくれました。それは私の中にあるものですから、アメリカに持ち帰ることが出来ます。今、私はすべてを自分の力で知る必要はないと感じていますし、新しい能力や方法が少しずつやってくることを知っていますので、とてもリラックスしています。それは私にとって大きな大きな学びでした。そしてこれから新しい生き方を実践していくことをとても楽しみにしています」と語ります。あなたが健康で生きることは私たちの喜びであり、なによりも天があなたと共にあるということです。これからも、地球コミュニティの一員として人類の目覚めを促す生き方をしていきましょう。まずは卒業おめでとうございます。

 


自然療法プログラムの卒業をお祝いするコンサートでは、プログラムの責任者であるジイジから、新たな人生の旅立ちにあたり卒業生に向けてメッセージが贈られます。今回は、「パティ自然療法プログラム体験記」と「パティ物語」が読み上げられるのに1時間以上かかり、その後ジイジは次のようなメッセージをパティと人類に向けて贈りました。


 

ジイジからパティへのメッセージ

長い時間をお付き合いいただいてありがとうございます。ここで私が同じぐらいの時間お話ししたら、皆さんに拷問を与えることになってしまいます(みんな:笑)。でもせっかくですから、少しだけお話しさせていただきたいと思います。

今日は2019年2月16日ですね。パティさんの卒業コンサートの日です。しかし、私にとってはこのような日々の積み重ねの結果、2月24日から始まる今年の「1ヶ月間の真学校」に向けての心を調整している最中です。今、パティさんの自然療法プログラムの取り組みを振り返っていただいたのですが、そこでも私は目の前にいる人にだけ語っているわけではないのです。それは、目の前にいる人がひとり幸せになるということは、その人の分だけ地球が健康になるということだからです。

人間はいつから心を病むようになったのでしょうか。間違いないのは、それは人間たちが複雑な自我を持ち、自己願望を叶えるようになる高い能力を得てからです。そういった能力は人間にとって、とても魅力的なものでした。しかし、そういった能力を持った私たちは結果として地球の仲間たちに大きな試練を与え、迷惑をかけてきました。それどころか、自分たちが行ってきたことによって、その矛盾を今、自らが受け取らないといけない状況にあります。なによりも、現代人は宇宙の法から完全に外れてしまい、宇宙を生きるという意識で日々を生きている人はほとんどいません。そして、現状のような人間にとっては辛い世相や自然現象に出会うことになったのです。これは長い間、人類が幸せを得て豊かになろうと願って築き上げてきた結果です。

私はいつも同じことをお話ししていますが、それは人々に本当の意味での価値を思い出してもらいたいからです。そして、パティさんと6週間という期間のプロジェクトを取り組んできましたが、題材はパティさんの人生でした。それは、ちょうど6週間をかけて真学校のプログラムを修了したような感じですね。2月24日から始まる真学校では1ヶ月間をかけて受講生の皆さんに本当の人間の在り方について伝える時間を持ちます。それは、パティさんの人生が健康で豊かになると、まわりの人たちの人生も幸せになる仕組みです。人類は今、そういったとても単純な、連動して共に創り上げていく宇宙や自然の法則を忘れてしまっているのです。

今、人類は地球上にたくさんの問題事をもたらしている存在です。それどころか、人類自身が地球の癌細胞のようです。そして、これから進むべき未来の方向性を見つけられないでいます。私はいつも同じことを伝えていると思いながら、これが、私の人生なのです。そして、ここにいる共に暮らす仲間たちはそれがいかに大切なのか、そして人類にとってそれがいかに有効なことなのかを立証してくれる仲間です。

今日、パティさんが卒業を迎えて、またひとり、その仲間が世界に増えました。その結果、個人のエゴをくすぐる喜びではなく、みんなで喜び合える豊かな世界を創りたいと思います。私たち人類は他の生命と同じようにそういった目的のもとに地上に降ろされたのです。これからも人々がこの真実に目覚めていきますよう、私たちはこの活動を続けていきますし、そしてこういったことの大切に出会った人たちは共にその活動をしていただき、地球を美しい場所にしていけたらと思います。

パティさんはとても優秀な方で、分析力がとても高く、私の提案が多方面に渡った結果、私にとってもとても良い刺激になりました。それから、ケア物語を作ってくれた陽子ちゃん、その難題を見事成し遂げ、よくやってくれたと思います。そういう意味でも、天はお互いにとても縁の深い大切な関係を与えてくれたと感謝しています。

これからも、私たちはこういった大切を地球上で表現するために生きていくのです。その自覚を持って、これからも歩んでいきたいと思います。パティさん、卒業おめでとうございます。そしてこの出会いに感謝します。

 


あなたのために一喜一憂してくれる人がいることはあなたの財産です〜自然療法プログラム・Aくん物語

17歳のAくんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは5月9日のことでした。中学2年の頃から不登校ということで、父親と面談を受け、「体がだるく、気力が出ず、不登校どころか、普段の生活にも支障が出ている状態から、生活習慣を改善し、健全な生活を取り戻したい」ということで、その日からケア滞在をスタートさせたのでした。そして、高校復学の見通しが立ち、滞在開始から12週間が経ったとき、卒業を迎えました。

7月31日に行われた卒業コンサートでAくんは、ケア滞在を振り返って以下のように皆に挨拶しました。

――

Aくん:
まずここに来てから学んだことは、ただ悲観して、何もしないでいても、何も得しないということです。

次に、自分にしかわからないこともいろいろあるけど、人の言うことを聞くのは大事だということです。

あと、学校はずっと行けるかはまだわからないですけど、割り切って行くというか、まだ行こうという感じではないけど、形として行くのがいいのかなと思っています。

何もしないでいても、何も進まないので、必ず何かをしなくちゃいけないって思います。

――

その後、数名のメンバーからAくんに向けてメッセージが贈られた後、Aくんのサポーターを担当していたなかのんから、以下のメッセージが贈られました。

――

なかのん:
卒業おめでとうございます。このあとのケア物語にも出てきますが、6週間経っても、基本的な生活態度ができなかったというAくんで、しかもやる気も感じられなかったということで(みんな、笑)・・・

ジイジ:
ある意味、安定していたのです(笑)!

なかのん:
「ここにいる意味があるのかな?」と途中で思ったこともあったのですが、「僕はそれを判断する立場ではないからな」と思い、とりあえず役割に徹していました。そういったAくんが今日卒業を迎えるということで、やはり自分で見える景色はたかが知れていると思いました。そのあと、どのような世界が展開するかはわからないですよね。だから今、Aくんに見えている景色があると思うのですが、それもたかが知れていると思うのです。このあとどのような可能性があるのかはわからないので、その可能性を楽しんでいってください。卒業おめでとうございます。

――

この後、なかのんがAくんのケア滞在をまとめた、「Aくんのケア物語」が発表されました。

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Aくんのケア物語

高校生のAくんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは5月9日、不登校で昼夜逆転の暮らしを改善するためにお父さんと一緒に訪れました。

「規則正しい生活を送ること」を目標にスタートしたAくんのケア滞在は、本人のペースで進められていきました。作業へ出発する時間になっても丁寧に歯ブラシや水筒を洗い続けていたり、出発直前になって行くか行かないかを迷い始めたりして、人を待たせることが度々ありました。それでも最初の1、2週間は日中作業に出続けていたので、2週間面談の際、新たな目標として「コミュニケーションを大切にするように」ということが伝えられました。

2週間面談の場で、Aくんは自己主張を繰り返していました。そんなAくんに対してジイジからは、「今の状態を改善するためには人の話を聴くことが大切です。自分の考えが今の自分をつくったのですから、自分の考えを変え、社会に適応出来るようになっていく必要があります。」と伝えられました。

その後のAくんは休みがちとなり、半日か数時間キッチンで作業をして、あとは部屋で過ごすことが多くなりました。そして人ともあまり交流をしませんでした。日々の生活の中で出来ないことの理由探しをしていたのです。4週間面談では、そんなAくんにジイジから、「だるくなったのは、出来ないことの理由として必要なのかもしれません。」「自分の日記やなかのんがつけているケア記録を読み、そして面談音源を聴くことで客観的に自分を観るようにしていきましょう。そして自分の姿勢を振り返り、姿勢にメスを入れるように。」と伝えられました。しかし、5週間面談の際もAくんは、「病気であるほうが自分にとって都合がよい」と認めながらも、対人恐怖などの症状を訴えている状態でした。

そして6週間面談の際、ジイジからAくんに「いつも行動しない理由探しをしています。積極的にやらないことを求めています。」「このままだとやる気がないという判断になります。やる気がない人は滞在拒否することになります。滞在拒否される前に自分からやるように。このように6週間が経って、毎回同じテーマを出される人はあなたが初めてです。」と伝えられました。

その後も一向に気持ちが入らず、日記には無駄な思考やきれいごとを書いているAくんに対し、ジイジは、「余計なことは考えず無心になって動くだけです。本当は分かっています。」とコメントし、サポーターからは「こんなことをしていたら絶対に改善しません。親御さんにお金を出して貰ってそれを全部無駄にしています。行動しなければ、何を書いても無駄になります。もっとちゃんと考えたら?」と伝えられました。

その翌日からAくんは、毎日朝から作業に出るようになりました。そして7週間面談の際、ジイジからAくんに「その調子で続けて、自分で良いと思える生活を送るようにしましょう。こちらはあなたの取り組みで一喜一憂しています。あなたがしっかりと取り組むことはこちらの喜びとなります。あなたの1日の送り方が周りの人を喜ばせるのですから、自分の存在が人の喜びとなって、自分自身が誇れるようになるといいですね。みんな応援しています。」と伝えられました。

その後、しっかりと規則正しい生活を送り、人とも積極的に会話をするようになったAくん。8週間面談の際は、ケア卒業の見通しが伝えられました。ですが、Aくんの中に臆病な気持ちが芽生え、翌日の日記には、「まだケアを卒業出来るとは思えない。学校にはまだ行こうと思わないし、行く必要を感じない。」とネガティブな気持ちが綴られていました。そのためケア卒業は一度棚上げとなり、9週間面談では、ジイジからAくんに、「とにかくやる気がない。今もまわりからの評価を自分から否定して、自分で成果が上がらないようにしています。これから1週間様子を見ます。もしこの姿勢が変わらないなら滞在拒否をします。そのことを心して生活するようにしてください。日記も前向きな姿勢を表現するようにしましょう。それは嘘を書くということではなく、自分が思うことが前向きであるようにしていくということです。前向きな気持ちになるように自己コントロールし、そしてその姿勢で日記を書くようにすることを心がけましょう。」と伝えられました。

その後1週間、Aくんはネガティブにならないように心掛けて生活をしました。それを受けて、10週間面談では、9月復学の目標が決まりました。Aくんは自分から「9月」と言ったのですが、決まった途端に「やっぱり短すぎる」と言い出しました。そんなAくんにジイジからは、「余計なことを考えすぎないことです。その姿勢が、今までいろいろなことを台無しにしてきたのです。自分の考えで決めずに、自分の考えを超えて人の提案を取り入れるようにしましょう。『でも』、『けど』と言い訳を言わず、定まらない心も捨てて、スタートするようにしましょう。」と伝えられました。そしてこの日の日記にAくんは、「今日の面談を受けて割り切るしかない、決めるしかないと思った。ジイジが言うように、自分は17歳なのだから学校に行ったほうがいいに決まっている。そろそろまわりの意見を聞くときが来た。周りの指示、提案を聞こう。」と書いていました。

その後、ネガティブな感情と向き合い、それに対処する方法を自分から探求するようになったAくん。やり取りもしっかりしてきたことを受けて、7月31日のケア卒業、その後、9月復学を目指して長期滞在を続けることが決まりました。

11週間面談では、「今の不健康な状態になったことを父親のせいにしていた」と気づきを語るAくん。そんなAくんにジイジから、「出会う出来事は、環境も影響しますが、1番は本人の姿勢の問題です。親も完璧ではありませんし、親との間には意見の違いもあるものです。そういうことを対立や問題ごととして捉えることも出来ますが、それはある意味、困難な状況の中で自分を逞しくしてくれる要素でもあるのです。これからも人生の中ではいろいろなことがあると思いますが、それを生かしポジティブに捉えるように努力することが大切なのです。」と伝えられました。

ネガティブな思いと向き合い、ポジティブに変換することを学び始めたAくん。その歩みが続き、Aくんが幸せになるようみんな応援しています。卒業おめでとうございます。

――

それから、Aくんのご両親に毎週Aくんのケア記録と面談音源を送っていた際に、ご両親から返信として送られてきたメール集が皆に紹介されました。

――

Aくんのご両親からのメール集

●1週間目の報告に対する返信

1週間経ちましたが、本人はまだどうしたら良いかわからない状態が続いているようですね。

「この状態」、「何も考えられない」というフレーズはここ2年ほどずっと口にしていたものでした。本人は独自の解釈をして、結論付けてしまう傾向が強いところがあります。

幼少期から自分の思考を優先する子で、自分の思考がまとまっていなければ、何も始められず、授業などでの作業も遅れることが多かったようです。他者の考えや振る舞いを参考にするという行動が苦手でした。

また、“後悔する”ということに現在かなりの恐れを持っているようです。不登校から現在までの自分の判断に失敗感が強いのかもしれません。

ジイジさん、なかのんさんを始め、サポートしていただく方々も大変だと思いますが、本人はこの苦しさから脱出したい気持ちでいっぱいですので、まだしばらくよろしくお願いいたします。

詳しいご報告ありがとうございました。焦らず、次週のご報告を待ちたいと思います。

妻ともども、みなさまへの感謝の気持ちでいっぱいです。今後もよろしくお願いいたします。

●2週間目の報告に対する返信

2週間面談のご報告ありがとうございます。

まさに本人にとって重要な局面にさしかかったと感じます。自分のことについて、今まで家族以外から指摘やアドバイスを受けたことはほとんど無く、本人はしばらく消化不良かもしれませんが、徐々に“自分を変える”気持ちになっていって欲しいと思っています。

まだしばらくお世話になると思います。ジイジさん、なかのんさんをはじめ、ファミリーの方々にはたいへん感謝しております。よろしくお願いいたします。

●3週間目の報告に対する返信

3週間面談のケア報告ありがとうございます。

本人が自分の性格について、本気で向き合う時が来たように思いました。つらいけどなんとかしたい、という気持ちを持ち続け、みなさんからのサポートを前向きにとらえてくれることを期待しています。

自分の思考がかなり強く、他者の意見を自分への否定と感じてしまうので、サポートするのもかなり大変ではないかと思います。

日々のサポート、たいへん感謝しております。もうしばらくよろしくお願いいたします。

●4週間目の報告に対する返信

ご報告ありがとうございます。とうとう本人が正さなければいけない核心に来たのではと思います。

幼少期から自分の思考が強い子でしたが、親だけでなく、兄、姉との間でも口論、言い争いが絶えず、自論を通そうとするしつこさに驚き、呆れるほどでした。それでも親としてもっと強く指摘し、言い聞かせる必要があったと感じ始めています。

宿題を出さない、学校や塾に意図的に毎回遅刻する。何度も何度もそれを正すように言っても、「サッカーで疲れてできない」とか「塾は意味がない」など、自分の都合の良い理由ばかりを並べていました。しかし、いくらなんでも、友達の手前、恥ずかしさやカッコ悪さを感じるだろうと期待をしていました。ですが、驚くことに他人にどう思われているかを気にしないのです。

畑への出発時間に姿を見せず、みなさんにご迷惑をかけていることに罪悪感を感じていないこともその性格ゆえで、とても残念に感じています。家族に対してだけでなく、出会ったばかりの人たちに対してもそうなのかと。

自分の言う「この状態」について本人はネットで何度も調べ、この一年間で、高校入学、心療内科、座禅、甲状腺検査、カイロプラクティックを試しました。全て自分から言い出したことです。自分で仮説を立て、実験(体験)をし、何も変わらないとすぐに次の実験を考える繰り返しでした。まるでひとりで研究しているかのようでした。自分の思考だけで行動しているのです。

今回のケアも自分が言い出したことで、規則正しく起床し、太陽の下で農作業を行えば、自分は良くなると仮説を立てて参加したのです。このような仮説はここ数年ずっと本人が言っていたことで、「刑務所や全寮制の学校などに入らなければ、自分は治らない。規則正しい生活は強制されないとできない。」と自分の意志の弱さも認識していたようでした。

今回ジイジさんから「性格の問題」と指摘されたのは必然と感じます。本人の調子の悪さは自分の思考だけがグルグル回り、思ったような結果が出ず、自分で中毒を起こしていることだとわたしは思っています。一度でも他者の意見や考えを取り入れてやってみて、思いのほかうまく行った体験があれば、グンと変わるのではと期待は持っています。

みなさまのケアサポート、本当に感謝しています。言葉にできないほどです。本人がどこまで本気で取り組んでくれるのか、心配ですが、希望も持っています。まだしばらく、よろしくお願いいたします。

●5週間目の報告に対する返信

ケア報告ありがとうございます。

本人がジイジさんの言葉を理解できれば良いのですが、受け答えの様子からは、ピンときていない印象を受けました。

相変わらず他者の反応を気にせず、姿を見せなかったり、短時間の作業でも怠くなってやめてしまう。

私との散歩でも、途中で歩く気力が無くなり、周りの歩行者やクルマを気にせず、しばらくその場に立ちすくんでしまうこともありました。

しかし3年前、私と北海道の山を登っていたころは、生き生きとしていて、早朝もしっかり起き、面倒な準備もでき、ハードな行程もこなしていました。私のほうがきつかったくらいです。

計20余り登山をしましたが、私が誘ったのではなく、毎回本人の意志でした。体力はかなりのものでした。また清流や野生動物が大好きで、シカやヒグマとの遭遇に喜んでいました。

ここ数年「何も考えられない」、「自分が自分のように感じられない」という言葉を繰り返していました。その状態を長い期間放置し過ぎてしまったように思えます。

本人の心理的、体調的不調が、自分の思考から出てきたものであることは、親の目から見ても間違いありません。過去何度もそのような話をしましたが、「性格は関係ない」と全く受け入れてきませんでした。

本人が繰り返し面談の音源を聞き、ジイジさんの言葉に一日でも早く気づいて欲しいと願っています。

ひと月経っても、第一目標の生活習慣改善もできていないことに驚いていますが、本人のこころの変化は必ずやって来ると希望を持っております。

かなり面倒なケースだと思いますが、ファミリーのみなさまに感謝しております。本当にありがとうございます。もうしばらくよろしくお願いいたします。

●6週間目の報告に対する返信

6週間面談のケア報告ありがとうございます。

はじめまして。Aの母です。この度は息子が大変お世話になっております。主人が出張中なので、はじめてメールさせて頂きます。

小さい頃から我が強く、難しい子だとは感じてきましたが、まさかこのような状況になるとは思ってもいませんでした。

いろんな事を試しても良くならず、「ずっとこのままかも」と泣かれることも度々ありました。取り組み方が甘く、みな中途半端に思えて指摘もしましたが、それでも少しは変化がないとおかしいという本人の言葉に、私まで、それもそうかもと思い始めていました。

つらそうにしているのは確かなので、薬で治せるならいっそ、分かり易い病気であってほしいとまで思っていました。

未だに時間を守らず自由に振る舞ったり、みなさんをお待たせしてしまっていることに驚くとともに、申し訳ない思いでいっぱいです。

これまで、いくら言っても直らないAのそのような態度も、成長すればきっと…..と思っているうちにここまできてしまいました。

音源を聴かせていただき、本当にジイジさんの仰る通りだと思います。

親として至らなかったことを反省しながらも、今はみなさんのお力をお借りしたいと思っております。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうぞこれからも宜しくお願いいたします。

●7週間目の報告に対する返信

7週間目のケア報告ありがとうございます。

もしかして、本人に変化の兆しが出てきたのかもしれないと、妻と話をしました。自分の思考がほとんどを占める生活から、他者の喜び、信頼を得る心地よさを感じる生活に変わってくれたら、たいへん素晴らしいことと思います。

本当に面倒な性格でご苦労をお掛けしています。もう少しよろしくお願いいたします。

●8週間目の報告に対する返信

8週間目のケア報告ありがとうございます。

かなり動けるようになったことと、声がしっかりしていることに驚き、大変うれしく感じています。本人は内面は変わっていないと言っていますが、行動が変われば、少しずつ内面も変化するのではないでしょうか。

Aの今後についての妻と私の希望は、高校に復学し、しっかり勉強をし、クラスメイトや先生たちとたくさん話ができる生活を送ることです。欲を言えば、学校だけではなく、バイトもやり、バイト先での仲間もつくれるよう、人との交流に興味を持ち、楽しんでもらいたいです。そうした生活の中から将来目指したいことが見えてくれば、素晴らしいことだと思います。高校卒業が20才でも、この先の人生を考えると、たいしたことはないという気持ちを持って欲しいです(以前本人は遅い卒業でも構わないと言っていましたが)。

もうしばらくであれば良いですが、ファミリーの皆様よろしくお願いいたします。
本当に感謝しております。ありがとうございます。

●9週間目の報告に対する返信

9週目のケア報告ありがとうございます。

Aは自分の心に湧いてきた気持ちを大事にする傾向が非常に強いです。ありのままを大事にするあまり、その気持ちをコントロールしようという発想が欠落しているのでしょうか。本人は正直に言っているつもりですが、それだけなので、他者から見ると改善しようとする意志が感じられません。

自分はこう感じているのだから仕方ないでしょう、と開き直っているように見えます。ずっと家庭内でおこなわれていた会話が、そちらでも続いていると思うとショックです。そのような幼さを容認し続けてしまった私たちも責任を感じています。

「前向きな気持ちを持つこと」とはどういうことか、何故必要なのかを本人がどう整理しているかが問題かと思います。そこが整理できなければ、復学する決心もしないでしょう。しかし今、本人がよく考え、もがいているのであれば、一歩成長できる瞬間かもしれません。

少なくとも自分の性格について、他人からこのようにはっきりと指摘されたことは初めてだと思います。自分を前向きにコントロールして変えていくという気持ちになってくれることを望んでいます。

そちらにお世話になり始めもう二ヶ月が過ぎてしまいました。本人の発する自分の気持ちは相変わらずですが、やろうと思えば体を動かして作業ができたことは大きな自信になったと思います。みなさまの粘り強いサポートのおかげです。大変感謝しております。

次週のご報告がより良いものであればと思います。よろしくお願いいたします。
本当にありがとうございます。

●10週間目の報告に対する返信

ケア報告ありがとうございます。こちらもついに30度を超える暑さになってきました。そちらはもっと暑くて、みなさんの作業もたいへんかと思います。

Aのそちらで8月いっぱい長期滞在をしたいという意向については、妻とも話合いましたが、みなさんがよろしければ、その通りにして良いかと思います。9月復学は親としても望んでいたことなので、ギリギリまでそちらで、自分をコントロールする習慣を身に付けようと思っているのであれば、それはそれで喜ばしいことです。

他人の意見や提案をきくという、苦手だったことができるようになり始めたことは、たいへんうれしいことです。元の性格に逆戻りしないことを強く望みます。

このように前向きな報告をいただき、たいへん有難く思います。本当にファミリーのみなさまのおかげです。もちろん本人の頑張りも素晴らしいと思います。

復学については、早速、学校側と調整を始めたいと思います。では、もうしばらくお世話になります。よろしくお願いいたします。

●11週目の報告に対する返信

11週目のケア報告ありがとうございます。

Aの変身ぶりに正直驚いています。そちらでの体験を通じて変化が現れたようですが、それこそ本人の本望だったので、今まで感じたことのない充実感も感じているかと思います。本当にみなさまのおかげで、感謝しきれないほどです。ありがとうございます。

――

最後に、ジイジからAくんにメッセージが贈られました。

――

ジイジからのメッセージ

先程、Aくんからケア滞在を振り返っての挨拶をもらったのですが、まだ心細いですね。この自然療法プログラムにおいては常にそうなのですが、ここで疑似体験をして、その延長に完璧に自信がつくことはないのです。だからここでは常に、このケアの取り組みをするということは70%の改善をもって卒業としており、残りの30%はこれからの人生で積み上げていくことだと伝えています。ですから、病的症状を引き起こしたこれまでのいろいろな癖を認識し、「なぜこのような状態になったのか」に気がつくことがこの取り組みの目的なのです。そのことがわかった上で、それをどのように改善し、次の新たな旅立ちにつなげていくのかについては、実際に新たな環境に踏み出してから自分で取り組んでいくことなのです。そうでなければ、仮にここで生活をすることでどんなに自信をつけても、それはここの環境やサポーターたちの力によって成ったことであり、本当の自分の実力にはならないのです。
本当の自分の実力というのは、自分の正直な心を出して、その上で返ってきたいろいろな出来事を通し、それをどのように捉え、どのように前向きに進んでいくのかにかかっています。そのときに、本当の実力が出来、社会をたくましく生きていく力になります。これは、ここで決めていることなのではなく、実際に、生きるということはそういうことなのです。誰も、明日の自らの人生を読み解くことは出来ません。明日に出会うことは、今日までに出会ってきた延長にあるとは限らないのです。それが、人生というものです。

そのために、自らの予想を超えた想像の出来ないことが起きたとき、その出来事は新たなことに対する抵抗力を与えてくれていると思えば、とてもありがたいことなのです。なぜなら、それは自分を育ててもらっていることになるからです。そのように物事を前向きに捉えたら、「あれはダメだった」「これはこういう理由でダメなのだ」という言い訳は必要なくなります。そして、どんなに難しいと思われる出来事が起きたとしても、超えられないことは何ひとつありません。そこを一つ一つ取り組んでいくことによって、自分の力が身につき、生きる希望になるのです。それが、この自然療法の取り組みに対する考え方です。

そのことを受けて、「自分では信じられない。出来ない」と思ったとしても、それは今までやり方が不器用だったから出来なかったのですが、それが出来るようになれば、必ず誰でもその人流の良い人生を歩むことが出来るのです。今、「その人流」という言葉を使ったのは、これまでたくさんの人を支援してきましたが、同じ人はいませんでした。そして、新たな人を受け入れるたびに、新たな事例を情報として私たちはもらいながら、何度もこの卒業の機会に出会うたびに、ますますこの大切な取り組みを続けていかなければいけないと感じています。

今、この会場には最近このプログラムの卒業をした人たちが9人います。その人たちは現在、長期滞在をしていたり、ケアを卒業した後もいろいろな形でここに滞在しています。さらに昔の事例を入れたら、10人以上の人たちが今ここにいることになります。ですから、世の中で本当に行き詰まっている人たちに対して、これからますます貢献していかなければいけないと思っています。しかしそれは、ここに人をたくさん集めることが目的ではありません。世の中がそういった行き詰まっている人たちをたくさん産んできたということは、世の中にも原因があるのです。そして、本人たちも生き方が下手で、このような状態になっているわけですから、その人たちの力となって、健全に生きていくことを支えていきたいと思っています。その仕組みのカラクリを世の中に伝えていくことによって、世の中を良くしていく――、それがこの自然療法プログラムにおいて最も重要なことです。

今日は、とても希望が湧いています。そして、初めてのケースですが、ようこちゃんがAくんのお父さんからの、一部お母さんからのものもありましたが、こちらのケア報告に対する返信を発表してくれました。今回はAくんの変化に対する描写がご両親の表現からとてもよく観えて、逆に良いフィードバックをいただいたように思っています。ご両親は遠くに住んでいらっしゃいますから、Aくんの滞在中に一度もこちらに来られなかったのですが、出来れば、これを何らかの形で世の中に還元し、このような解決のつかない、迷路にはまっている人たちの何か解決のきっかけになればと願っています。

最後に。Aくんに僕から伝えたいことは、よく振り返ってみて、あなたは本当に病気だったのかどうかということをもう一度考えてもらいたい、ということです。医者へ行けば、きっとこれを病気と呼ぶでしょう。しかし、ここの見解では、あなたは病気ではなく、心の持ち方が少しマイナスだったということです。そして、その原因を捉えるのに、出来ない理由探しをたくさんして、そこを自己主張してきたということです。Aくんに良いところがあるのは、「これは僕のせいではなく、人のせいだ」と主張するところはしっかりと安定感があったということです(みんな、笑)。先程発表されたケア物語でも触れていましたが、ケア開始から6週間が経っても、まだ基本的なことを伝えられ続けていたということは、みんなは笑いますが、Aくんは安定感があるということです。その安定感を前向きにして、今度は変化していく自分にその安定感を活かしたら、あなたもきっと希望を持てる人生を歩めると思うのです。

今回この取り組みの途中では、「改善は無理かな」と思って、滞在拒否のカードまで出しました。これはなかなか珍しいことなのですが、だからこれは難しいケースでもあったということです。お父さんもメールの中でそう言っていました。それは、家族としても長年、手に負えない状態だったということなのですが、その大変な状況の中であなたが変わっていくということは、大変な負荷をかけた分だけ、まわりの人たちが喜ぶのです。通常僕は、「あなたの取り組みがならないことは、あなたのせいですから、僕は情報をもらっているだけで関係ありません」とシビアに対応していますが、今回は改善の兆しが観えたときに、さすがに喜びました。Aくんのサポーターだったなかのんも変態ですが(笑)、さすがに途中ではうっときていたようで、今日このように卒業を迎えられたことは本当に良かった、となかのんも感じている雰囲気がありました。

ですから、前向きに生きるとき、「まわりに自分のことを想ってくれている人がいる」という財産をしっかりと理解したら、まわりの人たちがあなたのためにあなたの改善をとても喜んでくれるのです。これは、財産です。あなたがどんなに苦しんでいても、改善しようがどうしようが、喜ぶ人がまわりにいなかったら、不幸です。そういった意味では、自分が生きていることに対して、共に困難や改善を一喜一憂してくれる人がいるという財産があることは、本当に評価していいことです。ただ、あなたにとって大切な財産である人たちを悲しませたり、あきれられてしまっては、何も活かせません。出来れば、お互いに出会ったことを共に喜べるような関係を築いていきたいものです。

Aくんにとっては苦しかった時代が長かったかもしれませんが、Aくんはまだ17歳です。このことを通して、「このような財産があったのだ!」とお互いに気がついたら、これから新たな関係を築いていけることでしょう。ですから、ご両親のことを再評価することが大切です。それと同じように、学校での出会いも未知なるものです。先程Aくんは、「学校にずっと行けるかはわからない」「まだ行こうという感じではない」と言っていましたが、そんなことは考えなくていいのです。

まず一歩前に進むこと――。そうすると、今自分が考えていることとは違う景色が観えてくるのです。それも、まだ行っていない、観てもいない景色を見て、結論を出しすぎるのです。それが余計なことです。そうかもしれないし、そうでないかもしれないのですから、まずは行ってみて、そこで答えを出すことです。そのときに、何でも悪く考えるのではなく、少しでも前向きに捉えることが大切です。「自分を鍛えてくれているな」というように、少しでも前向きに捉えられたら、今までのような「やっぱり嫌だ」という結論にはなりません。自分がどう生きるかが、自分の人生の価値をつけるのです。そして、自分の人生をどう生きるかは、人生の終わりに自分が納得して、人生の旅を終われるかどうかという重要なことにつながるのです。その間に関わる人たちに自分が喜びや希望を提供できる人であるかどうかは、とても重要なことです。

ですから、毎日を大切に生きてください。

僕もこうやってたくさんの事例をいただきながら、そのたびにこれを生きていることの充実を感じています。最近は難しい事例が多いですから、通常は1ヶ月から3ヶ月で改善する見通しのある人たちを預かっているのですが、最近の事例では半年滞在していた人もいます。先程なかのんも、「Aくんはここにいる意味があるのかな?と途中では思った」とコメントしていましたが、僕にはわずかな光があれば、何とかそれを目的地まで持って行きたいという想いがあります。そのためには、本人がその気にならなければダメですね。特にこれからは、ここを卒業して自分で歩んでいくのですから、そのことを忘れてしまったら、やはりダメになってしまうと思うのです。そのために、明日から約3週間、お父さんが迎えに来るまでの猶予期間がありますので、おさらいをしていってください。おさらいというのは、先程「信じる心」という歌が歌われましたが、わからないけれど信じていく、そして余計なことは先に考えないということです。それは無駄なエネルギーです。それを前向きというのです。前向きといっても、先に考えて見当違いに生きたら、これほど無駄なことはありません。そういう心の余裕と、安定した精神状態を持ってもらえたらと思います。

Aくんが家へ戻っても、私たちはここでこの生活をしながら応援しています。ということで、今回はとても良い事例をいただいたと思っています。まずは卒業おめでとうございます。そして、良い出会いをありがとうございます。

 

♪信じる心

わからないけれど 生きている
信じる力で 生きている

わからないけれど 生きている
信じる心で 生きている

みんなで共に生きていることの
この貴さを知らせよう

ひとりだと思い込んで
生きている魂たちよ
みんなでつながっていることを
思い出そう

わからないけれど 生きている
信じる力で 生きている

わからないけれど 生きている
信じる心で 生きている

砂に埋もれた 希望の星を
今、みんなで掘り起こして

空では星が歌っている
つながっていると歌っている

わからないけれど 生きている
信じる力で 生きている

わからないけれど 生きている
信じる心で 生きている

 

 


人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART6:リョウタロウくんの卒業コンサート♪~

リョウくんリョウタくんの卒業コンサートが行われてから約4ヶ月を経て ──── 去る2月11日にリョウタロウくんの卒業コンサートが行われました。この日はなんと、14年間木の花ファミリーで自然療法プログラムを提供して以来初めての、ケア滞在者3人の卒業コンサートを同日に迎えることができたのでした。

以下、自然療法プログラムコーディネーターのようこがまとめたリョウタロウくんのケア物語と、卒業コンサートでのかっちゃん(養鶏担当でリョウタロウくんと作業をすることが多かったメンバー)・いさどんからのメッセージをご紹介します。

「リョウタロウくんのケア物語」

20歳のリョウタロウくんが初めて木の花ファミリーを訪れたのは、2017年7月22日のことでした。中学生の頃から生き辛さを感じ、高校生のときには統合失調症と診断されたリョウタロウくんは、「僕には不適切な感情が湧いたり、思考伝播があるので、そういった自分の今の症状をすべてなくしたい」ということでいさどんの面談を受けました。面談の際、いさどんからは、次のように伝えられました。

「今の症状をなくすためには、現実の環境と自分の考えを統合する作業を繰り返していくことが必要です。そこで、自分から見たものが正しいとして主張すると、まったく効果は現れません。一番大切なことは、自己主張せず、こちらを信頼し、こちらの客観的なアドバイスを取り入れていくことです。そうすれば、新しい考え方が生まれてきて、その結果統合失調症の症状を改善することは可能です。

あなたについて僕が感じるのは、あなたは20歳のわりにはとてもふけているということです。それは妙な理屈っぽさが先行しているからです。20歳の今のあなたが思考回路不全症だとして、『今、この混乱した世の中で思考回路不全症だということは、人間の世界では馴染めないけれど、もっと大事なものに自分のピントを合わせることはできるぞ!』と思えるならば、あなたは次の時代を創る人にもなれるのです!この自然療法プログラムの取り組みは、治療が目的ではないのです。これは、人間を目覚めさせるための活動なのですから、壮大なプロジェクトなのですよ♪」

面談が始まった時には、上手く意思疎通が取れなかったリョウタロウくんでしたが、面談が進むにつれて、リョウタロウくんの受け答えは少しずつ秩序だったものになっていき、いさどんはそこに改善の兆しを観たのでした。そして面談の最後にリョウタロウくんは、「ありがとうございます」といさどんに伝え、いさどんはそんなリョウタロウくんに対し、「今の『ありがとうございます』は、あなたが本当に大事なものに気付き始めたから出てきた言葉ですね。あなたに取り組む気があれば力は貸しますよ」と伝え、面談は終了しました。

そして、その1週間後の7月30日、リョウタロウくんはケア滞在をスタートさせたのです。ケアスタート面談時、お父さん曰く、「ケア滞在をすると決めてから状態が良いのです」というリョウタロウくんに、いさどんからは「前回の面談の時よりもさらに会話のやり取りがスムーズになりましたね」と伝えられました。そして、1週間目の課題として、まずはここの生活に慣れることと日記を書くことが与えられました。

そうして迎えた1週間面談。1週間が経ったことを受けて、「1週間過ごしてみてどうでしたか?」といさどんから質問されると、リョウタロウくんは「自分の思考が人に伝わっている感じがあって、その思考がいびつなんです。でもそれは自分の幻聴かもしれないし、そうではないかもしれません」と答えました。それに対しいさどんは次のように伝えました。

「あなたは暇なので、現実味のない話をただ頭で回しているだけなのです。これからやるべきことは、自分にメスを入れることです。それは自分の考えに囚われていてはできません。一番良いことは、働くことです。体を動かして良い汗をかき、健全な生活を送れば、無駄なことに思考は回さなくなるのです。」

そこで、いさどんからの提案としては、ひとまず1週間過ごせたので一歩進んだことを評価し、「次の1週間は不精をなおし、規則正しい毎日を送ることを心がけていきましょう」と伝えられ、面談は終了しました。

そこから、不精をなおす一環として、伸びっぱなしだった髪の毛をカットすることが提案されると、リョウタロウくんは素直に応じ、メンバーにヘアカットしてもらいました。生まれて初めて丸刈りされたリョウタロウくんからは爽やかな空気が漂っていました。さらに、ケア滞在当初は終日スマホでゲームをするか、2ちゃんねるを見ていたリョウタロウくんでしたが、滞在12日目に初めて鶏のお世話をする作業に参加し、「楽しかったので、またぜひやらせてほしいです」と心の面でも少しずつ変化が現れてきました。

そのような中、迎えた2週間面談でいさどんに今の心境を聞かれると、「なんとなく気分が健康になってきました」と答えたリョウタロウくん。そんなリョウタロウくんに、いさどんは次のように伝えました。

「あなたの日記を見ていると、自分の思考に翻弄されているのを感じます。当初の目的として、あなたには今の症状をすべてなくしたいという思いがありますので、それがなくなっていくように取り組む意欲は常に持っているべきだと思います。トータルしてこの2週間を観てみると、今まで書いたことのなかった日記は書けていますし、会話のキャッチボールはできるようになりましたし、成果は出ています。なにより、髪型を丸刈りにしたことで印象が変わったことは大きいですね。そこで、次の1週間のテーマとして、引き続き不精をなおすこと、そして規則正しい生活を送るという意味で、作業に出たり、体を動かしながら自分の変化を観ていきましょう。そして、あなたの幻聴が事実か事実でないかわからなければ判断を保留にし、今後は妄想ではなく事実に基づいて振り返っていきましょう。」

このようにトータルして良い状態でケア滞在を過ごしているリョウタロウくんに対し、いさどんから「夜の大人会議で現在のケアの進捗状況を皆にシェアしてください」と伝えられると、最初は「何を報告していいのかわからない」と抵抗していたリョウタロウくんでしたが、実際、鶏舎での作業のことなどを報告してみると、皆に笑いの渦をもたらし、ひとしきり場を盛り上げたのでした。

そうして養鶏作業にも少しずつ慣れ、作業の待ち合わせ時間も守るように心がけるなど、規則正しい生活が身につきつつあるリョウタロウくん曰く、「昔は遅刻魔で、高校の時は学校始まって以来の遅刻回数だと言われたこともあります」とのこと。また、「作業に出ると不精をなおしやすいです。作業に出るとなると、髭もそるし、歯を磨く気にもなります。作業後に湯船につかるのも気持ちいいし、お風呂に入ることが習慣になってきました」と話していました。さらに服薬についても、リョウタロウくんは今まで飲んでいた薬をケア滞在初日から飲んでいなかったことが判明したのです!「元々薬が効きにくい体質なので、飲んでも飲まなくても変わらないのです」と話すリョウタロウくんに、いさどんが「今回、薬を飲まなくなったきっかけは何ですか?」と質問すると、リョウタロウくんは「面倒くさかったからです」と答え、それに対しいさどんは「それは良い不精ですね♪」と伝えました。

その後、3週間目・4週間目も引き続き、不精をなおし規則正しい生活を送るという課題が与えられましたが、モチベーションが上がらず一日中スマホでゲームをしていたり、なかなかスマホ依存から抜けられないリョウタロウくんがいました。

そのような状況の中、ケア32日目、リョウタロウくんは農作業に行った際、畑でスマホを落として壊してしまったのです!「この機会に2ちゃんねるやゲームをやめて作業に出なさい、ということかな」と話すリョウタロウくんに、5週間面談の際、いさどんからは「これはまさしく天の意志ですね♪ここ1週間はケアの取り組みが少し中だるみしていましたから、気持ちを入れ替え、今後は将来仕事に就くための物理的・精神的体力を身につけていきましょう」と伝えられました。

そうして迎えた6週間面談。リョウタロウくんからは「病気を治すこと、自立して生きていけるようになるのが目的ですが、思考伝播や不適切な思考についてはどう取り組んでいけばいいのかわかりません。わからないので、今、出来ることとして、不精をなくし規則正しい毎日を送ることを心がけました」という話がなされ、それに対し、いさどんは次のように伝えました。

「こちらはせかすつもりはありませんが、目的をいつも心に置いておくことが大切です。主役はあなたなのですから、こちらのサポートとあなたの意欲とがコラボレーションすることによってケアが進んでいくのです。そして、規則正しい生活を繰り返すことが手ごたえとなり、症状の改善に至るのです。加えて言えば、不精をなおし規則正しい生活を送ることは健康の元であり、これはずっと続けていくことです。健康には肉体的健康と精神的健康の2つがあり、肉体的健康が精神的健康を生み出し、精神的健康が肉体的健康を生み出すのです。肉体的健康とは、太陽と月と地球のリズムに沿った生活をすることです。精神的健康とは、考え方に無駄がなく、理に適った思考をすることです。さらに、健康には霊的健康というものもあり、それは醸し出す空気や雰囲気が健全であるということです。

先日、養蜂の手伝いに来ていたおばあちゃんが初めてあなたに出会った後、僕に『あの人は怖いね。ああいう人を預かるのだから大変だね』と話していました。それは一般の人があなたを見てパッと感じる印象です。ですから、何もせずにただそこにいるだけで、あなたはそのような印象を人に与えるということです。これが霊的な健康に関するものです。霊的な健康のためには、日々どのような生活をしているかが重要となるのですよ。」

いさどんの話を受けてリョウタロウくんは、「出来たらその人と仲良くなって、自分のどういうところがそのような印象を与えるのかを知りたいですね」とコメントし、そこでさらにいさどんからは次のように伝えられました。

「あなたは理屈で突き詰める傾向がありますが、霊的なことは日々の生活が整えば自然と改善していくものなのです。霊的なこととは、その人の一番奥にある生命エネルギー、つまり人柄の元となるもののことです。それは、いくら理屈で語っても改善されません。1日1日を規則正しく穏やかな気持ちで暮らすことで改善していくものなのです。」

そして、引き続き規則正しい生活リズムを心がけることに加えて、最近書いていなかった日記を再び書きながら、正直に自分と向き合っていくことが課題として与えられました。

そうして迎えた7週間面談。面談直前にリョウタロウくんが大声をあげて自室の壁を叩き、壁を損傷させたことから、その引き金となった思考伝播についての話をリョウタロウくんが続ける場面がありました。そんなリョウタロウくんに対し、いさどんは「最終的には、自分の納得したことだけを受け取ろうとするのではなく、あなたの持論をそろそろ捨てる時が来ています。それは、人を信頼し、人の話を受け入れていくということです。まずは、怒り出す自分を振り返ることです。どのような理由であれ、大声を出したり壁にあたる必要はなく、冷静に自分を見つめていくことによって、自分が超えられないハードルを解決していくほうが賢いことなのです。大切なことは、自分が病気であると決め付けることをやめることです。なぜならそれは、『自分には今の自分をどうすることもできない』と放棄している状態になるからです。今はケアの取り組みの中で大事な時を迎えているのですから、引き続き自分と向き合っていき、これからは成果を挙げていく段階に入っていきましょう」と伝えました。

ところが、面談の翌日、リョウタロウくんはお父さんに電話をかけ、「いさどんは自分の病気の原因を誤解している。いさどんは理屈をこねくり返す前に人の言うことを受け入れることが大切というが、自分は心にもないことを『はい』ということは出来ない。木の花ファミリーには『心を変えたら問題事は変わる』という信仰がある。それがわからない。努力してもどうにもならないことがある。心を変えても、改善はするが、解決には至らないこともある」と漏らし、急遽面談の場が持たれました。

面談ではいさどんから、以下のことがリョウタロウくんに伝えられました。

「ここで絶対勘違いしてはいけないことは、僕はあなたのことをよくわかっていて、あなたのためにサポートしています。わかっているからこそ、今のあなたの姿勢を改善するための提案をしているのです。そして、結果を出すのはあくまでもあなたであって、こちらにはサポートしかできません。ここは強制する施設ではないのですから、あなたがこちらの提案に真摯に向き合いそれを取り入れた時に、新しい考え方のあなたがいるのです。その提案を受け入れる人には常に良い成果が出ています。しかし、その提案に乗らない人は時間がかかりますし、さらにこちらに対して抵抗したり不信感を持つ人は結果を出すことは不可能なのです。ですから、もしあなたがこちらを信頼できないとしたならば、私たちがあなたを受け入れても仕方がないことになります。」

そこで、このケアの取り組みを続ける意欲があるのか、こちらを信頼する意志はあるのかを問われたリョウタロウくんは、なかなかその質問にはストレートに答えず、「やる気がある部分とやる気の出ない部分がある」「やる気がある部分と少し不信感がある」と言うなどしばらくの間、持論を展開していきましたが、最終的には「やる気はあります」と答えました。それを受けて、「無条件にこちらを信頼することが大切であること」「自分を納得させるためにこの取り組みがあるのではなく、新しい自分に出会うためにあること」が確認され、ケアの取り組みを続行することになったのです。

そうしてある意味、このケアの取り組みのヤマを越えたリョウタロウくんでしたが、「死ね」「キモイ」という声が聞こえてくること、そしてそれは幻聴ではなく現実の声であるという思いがリョウタロウくんの中では相変わらず続いていました。また、いさどん曰く、「結局、ケアの取り組みが成功するかどうかは、最終的には本人の姿勢次第です。今の状況はあなたにとっても良くないはずなのに、こちらからの改善策には応えたくないという心があなたにはあり、簡単に言うとあなたの中に自己矛盾が発生しているのです。それがこの取り組みが長引いている原因です。当初、症状が重い時に改善が観られたのは、その重い症状からあなたの中に真理を求める心が観えてきたからであり、実際に今、滑舌は良くなってきていますし、こうしたやりとりも以前より明快になってきています。ただ、そうしたことが改善してきている一方で、明快に自己主張することによって相手の提案を受け取らない状態が続き、それは自己主張が強くなったということでもあるのです。

現状、この取り組みは滞り気味ですが、そう結論付けるのは時期尚早でもあるので、様子見をしています。ここに来て、あなたの正直な人間性が出てきて、それが社会生活不適応であるならば、その人間性を改める必要があります。僕はあなたを精神障がい者として観ているのではなく、あなたの正気な部分に常に語りかけていますが、あなたにはグレーな部分もあるのです。本当の精神障がい者からすると、そのグレーな部分が日常の思考なのですが、あなたの場合はグレーな部分もグレーな部分として自分で認識できているので微妙なところなのです。こちらは常に人が健常者になるような働きかけをしています。ですから、自分を病気だと思いたい人にはここでの効果は出ないので、あなたのやる気がなければ、滞在はやめてもらいます。愛は深いですが、そこはシビアなところなのです。」

そうして滞在開始から3ヶ月が過ぎた時、いさどんから新たな提案がなされました。いさどんからはリョウタロウくんに対し、「あなたの心の状態を分析すると、まず姿勢が前向きではありません。だから問題事から逃げたくなって、その逃げるときの言い訳のために幻聴が必要な状態なのです。あなたも薄々気付いているでしょうが、あなたは病気ではありません。統合失調症ならこんなコミュニケーションは成立しません。あなたには、無いものをあると思い込む心の癖があるだけです。そこで、3ヶ月を節目として心機一転し、ケア滞在を再スタートさせましょう。まずは、一週間を好きなように過ごしてください。ただし、まったく初めての滞在ではなく、3ヶ月+′(ダッシュ)なのですから、今まで取り組んできたことを踏まえて、自分としっかり向き合ってください」と伝えられたのです。そのような提案がなされたのは、木の花ファミリーで14年前にケアの取り組みが始まって以来、初めてのことでした。

ところが、その1週間後にリョウタロウくんは「自分は幻聴を本当に聞こえるとしか思えない。いさどんの言うことを信じられない状態でここにいることは、いさどんにとっても失礼だし、僕はここにいるべきでないと思うからケアをやめたい」と言い出し、急遽面談の場が持たれました。

いさどんからは、「まわりの人には聞こえていないのに、自分には実際に聞こえているとしか思えないその状況こそが、まさに幻聴の状態です。しかし、ここで大切なことは幻聴が聞こえるかどうかではなく、人の意見を受け入れるのか、それとも自己主張を続けるのかということです。僕は説得するつもりはありませんので、今のあなたの状態ではこちらがケア滞在を拒否します」と伝えられましたが、それを聞いたお父さんからは「その状態では家に受け入れられない」とリョウタロウくんに伝えられました。さらにリョウタロウくんが「それなら病院へ行く」と言うと、お父さんは「そうであれば経済的支援はしない」と伝えられ、リョウタロウくんは「僕はお父さんの支援なしでは生きていけない。ということは、僕の居場所はここしかないということか・・・」と、帰宅を拒否されショックを受けていました。しかし、いさどんから「それならご家族に喜んで受け入れてもらえるような自分になればいいのですよ」と伝えられたリョウタロウくんは、「最初、父に『自立できるまで帰ってくるな』と言われたのはショックでしたが、今は良かったと思っています。なぜなら強制的に腹をくくることができたからです」と話していました。

その後も、「親に『卒業するまで帰ってくるな』と突き放されてから、幻聴も少しずつ消えてきました」と話すリョウタロウくん。社会復帰のためのトレーニングとして毎日を過ごすこと、良い人間関係を心がけ、規則正しい生活を送るようになることがその後の課題として与えられ、そこからさらに3ヶ月が過ぎた今日、リョウタロウくんはとうとうケアを卒業することになったのです。そんなリョウタロウくんに対し、いさどんからは「少し長い付き合いでしたが、ゴールのテープを切りましたね。しかし、ゴールを切ったら、それは次のゴールに向かってスタートを切ったということです。そして、いつかは次の目標達成といきたいものですね」と伝えられました。

ケア滞在の途中で21歳の誕生日を迎えたリョウタロウくんは、大人としての自立への道のスタートを切ったばかりです。これからリョウタロウくんがリョウタロウくんらしく健全で充実した人生を歩まれますよう、今後も木の花ファミリーの皆でサポートさせていただきます。まずは卒業おめでとうございます。

 

「卒業コンサートでのかっちゃんからのメッセージ」

おめでとうございます。リョウタロウくんとは、鶏のお世話で長いこと一緒に仕事をさせてもらいました。そのような中で思ったことは、頼んだことはきっちりやってもらえて、根気があるということです。昨年は玉ねぎの出荷がとても多くて、毎日毎日長時間その作業があったのですが、はじめ、リョウタロウくんはハサミもあまり上手に使えなかったのが、今では上手に使えるようになりましたし、最後までペースが落ちることなく、毎日毎日続けてもらってずいぶん助かりました。

鶏のお世話でも、ちょうど若鶏の産卵のしつけの時だったので、私ひとりでやっていると、座っている若鶏を見つけてしつけをしようとしても、もうそこで産んでしまうことが何度もあるのです。でも、リョウタロウくんにお願いしたら、最初の頃は失敗して若鶏に逃げられることもあったのですが、しばらくするととても上手になって、100%の成功率でしつけをしてもらって、とても助かりました。また、リョウタロウくんがつれていくと、鶏が暴れないのです!今度また、若鶏の産卵のしつけをする時期になったらお願いしますね♪ありがとうございました。卒業おめでとうございます。

 

「卒業コンサートでのいさどんからのメッセージ」

今日は、木の花ファミリーの長い歴史の中で自然療法プログラムを提供してから初めてのトリプル卒業コンサートです。一日に3人の卒業式を迎えました。それが良かったことなのかと言うと、今の日本社会にこういったプログラムを必要とする人たちがたくさんいるということの現われでもあるのですから、それは悲しいことでもあります。ここでは、通常の医療機関ではなかなか治らない人たちが滞在し、健康を取り戻していきます。一般の医療機関で精神病として診断され、顕著な症状が現れている多くの人は、投薬治療などのわかりやすい治療を受けるのですが、そういった人の中には本来薬が必要なのかどうなのか微妙な人たちもたくさんいるのです。しかし、そういった人たちにも医者は薬を処方する一方で、長い人生を不遇にしてしまっている人たちが世の中にはたくさんいます。それは本人の問題でもあるのですが、医療機関もそのような対応しかできない状態にあるのです。

「そういった状況を何とかしたい」という想いから、木の花ファミリーの自然療法プログラムは14年前に始まりました。なぜ医療現場でそのような現状があるのかと言うと、自らの人生を大切にし、自分自身を活かすということを当事者である本人が見出せないことが、一番の原因です。それは社会の成り立ちの問題でもあります。リョウタロウくんのケースにおいても、ここでのケア滞在の受け入れは通常3ヶ月までとなっているのですが、彼は結局半年間ここでケア滞在をし、今日の卒業に至りました。初めて彼に会った時には、「これは難しいケースだ」と思ったのですが、彼と話していくうちに、彼の奥に真理を探究する光のようなものを感じたのです。ほんの瞬間、それがちらっと観えた時、「彼の中にあるものを引き出してあげないといけない」と思い、彼のケア滞在がスタートしたのですが、案の定、3ヶ月での卒業は難しいものでした。そして、彼の取り組みのピークを迎えた時にも、やはり同じように彼の奥にきらっと光るものを感じ、「ここで彼を見捨ててはいけない」と思いました。3ヶ月プラス3ヶ月の6ヶ月間ということで、今までのケア滞在者の中で一番長いケア期間となりましたが、今日、無事に卒業を迎えることができました。

先程、かっちゃんがリョウタロウくんのエピソードを紹介してくれましたが、彼は鶏にはよく合うのです(みんな、笑)!そういった人が今の社会には合わなくても、次の社会には合うとしたら、彼のような人たちが今の社会に合わないからダメということではなく、そういった人々の個性が活かされる場所が必ずあるのです。それを探してあげることが優しい社会ですし、それができるために私たちはこの歩みをしているのです。そういった意味で、今回の卒業コンサートを通し、この活動の意義を強く感じさせてもらいました。ありがとうございます。

皆さん一人ひとりが目覚め、自分の力で健康に生きていっていただくことを提供している木の花ファミリーは、社会的にも重要な役割を果たしていると思いますし、これからもこうした健康な社会を創っていく活動を続けていきます。時代は今、大きく転換しようとしています。それを受けて、一人ひとりの花が今、咲き出したのです。

今日卒業された皆さん、卒業おめでとうございます。人には、一人ひとりオリジナルな個性と物語があります。自分を大切にし幸せにするのは、あなたしかできないことです。これから皆さんがあなたらしく花を咲かせていくことを心から願っています。

 


「A clear sky − 澄んだ空の下で」〜 15歳のかのちゃんのスピーチ

ファミリーの中学三年生・かのちゃんは中学校を代表し、9月7日、「第55回富士宮市英語暗誦・弁論大会」に出場。「A Clear Sky (澄んだ空の下で)」というタイトルのもと、自分の人生を蓮の花にたとえ、不登校時の泥の中にいたような状況から、新たな地で様々な出会いを経て、美しい蓮の花を咲かせるために毎日成長している様子を詩的に英語で表現しました。その結果、「自作の部」で二位となり、「静岡県中学校東部英語弁論大会」へと進むことになりました。

それから約2週間後の9月21日に迎えた東部大会では、かのちゃんの心からの笑顔で聴衆を魅了し、参加者の中で一番大きな拍手をいただいたのでした。審査員曰く、「この弁論大会ではいかに心に訴えるのかが大切です」ということで、「なによりも内容が素晴らしい。そして内容と人柄が合っている」と審査員からも絶賛されたかのちゃんは、見事優勝に輝いたのでした。

そうして、県大会出場への切符を手にいれたかのちゃんでしたが、その2週間後の10月4日に行われた県大会では、「緊張はしなかったのだけど、あまり気持ちが乗らなくて少し後悔が残っています」とかのちゃんが言うように、自分らしさを発揮することができず、また参加者のレベルも高く、残念ながら全国大会へと進むことはなりませんでした。

しかし、今回の英語弁論大会への出場を通してたくさんの学びを得たかのちゃんの心は一回り大きくなり、弁論大会後、「この悔しさをバネにして、将来も頑張っていきます」と語りました。そうしたかのちゃんの一生懸命に取り組む姿は私たちに感動を与え、ファミリーの子どもたちも英語に興味を持つようになるなど、皆に大きな影響を与えたのでした。

そんなかのちゃんを精神的にサポートしてきたいさどんはこう語ります。

「この弁論大会を通して、僕はかのちゃんに『言葉に魂を込める』ことをアドバイスしてきました。そして東部大会の前日に彼女のスピーチを聞いた時、『やっと、かのちゃんの言葉に魂が響いてきた。今までで一番良い出来だ』と思いました。ですから、彼女の英語の実力以上の響きが弁論会場に鳴り響き、東部大会での優勝につながったのでしょう。

実は先日、僕にあるビジョンが湧いたのです。それは、彼女が大人になり、大勢の人たちの前で英語で話しているというビジョンです。ここには、世界に向けて新しい時代を切り開くために、その見本として伝える重要なデータがたくさんあります。僕はかのちゃんの英語を聞きながら、『次世代の適任者がここにいる』と思った時に、『今回の弁論大会はあなたの人生の中の階段の一段にしか過ぎない。階段はまだずっと続くんだよ。それを踏まえて、今後も精進してもらいたい』とかのちゃんに伝えました。

今、英語は世界の公用語ですから、将来、英語で木の花の精神性を伝えるかのちゃんの姿が観えたのです。最終的には、かのちゃんには聖なる者として聖なる人生を生きてもらいたいと思います。

僕は、彼女が全国大会へと進むだろうと思っていましたが、残念ながら全国大会への入賞はなりませんでした。彼女は少し残念そうでしたが、『私には次の道がある』ということを知っていました。もう次のスタートであることも確認し合いました。そして、『こういった挫折を経験することは、蓮の花が泥の中から咲いてくるのと同じことだね』ということも確認しました。

実は、『中学校の英語弁論大会が終わったら、今度は高校の英語弁論大会の準備だね』という話もしたのです(笑)。今回、彼女はとても良い経験をしたのですから、これを次のスタートに変えていくことがとても楽しみです。そして、たくさんの人たちが彼女の物語に付き合い、支えてくださって、どうもありがとうございました。」

小柄な体のかのちゃんの中には大きな魂が秘められているのを感じる今日この頃。近い将来、かのちゃんが世界中の人々に心の大切さを語っている姿が目に浮かぶようです。そして、かのちゃんはかのちゃんらしく人生の花を美しく咲かせることでしょう。

以下、かのちゃんのスピーチ全文をご紹介します!
(末尾に日本語訳を掲載しています。)

 

 

A clear sky

In early summer lotus flowers begin to bloom around my house. I’m always impressed with the beautiful flowers from the muddy pots. Looking at them reminds me of my past.

I was in the sixth grade when I stopped going to school. I didn’t like to study at all. I thought there was no need for me to attend my classes. I took care of my younger brother at home. I also spent my days doing things I liked to do. People around me often said “Go to school, or you’ll be in trouble.” I ignored all their advice. I was very selfish. I hate to admit it but I was stuck in the mud.

I came to a turning point in my life when I was thirteen. My family moved from Hokkaido to Fujinomiya to a community that consists of 100 members who received us warmly. I felt I was a part of this big family. For the first time I tried to be more open and talked with people of all ages.

One day an older man from the community said to me “Go to school, then you will be able to have experiences necessary for your age. His words echoed in my mind. I tried to check myself again and again. Finally, I admitted that I had been making excuses to avoid school. It was time for me to go. I felt brighter and I looked forward to having new friends.

I enrolled, but had some troubles at my new school. I had a conflict with one of my classmates because of some communication on LINE. He and his close friends began to bully me. I was sad. I wanted to change and build a better relationship with them. In the past I would just blame everybody else and escape from school. But this time I asked myself. “What have I done?” I discovered that I was also wrong. I tried to listen to their opinions. Little by little they became friendly to me. They helped me to see things from many angles. It was time for me to grow.

I didn’t like science and math before. Should I give up on these subjects again or try harder this time? I decided to spend more time studying them. I read my textbooks in advance. Every time I solve the problems by myself, I’m excited like a scientist who discovers something new. I realized that a little more effort on what seemed so difficult can be interesting.

I enjoy my school life now. The simple school routines like, the morning greetings, handing in my assignments on time, serving school lunch and so on, make me more responsible. Working with my juniors is very challenging. Taking all the tests is very nerve-wracking. Playing soccer with my team is exciting. Listening to the teachers can be interesting or sometimes boring. Everything has a meaning and I’m growing every day. I treasure all these experiences and the friendships.

I remember the passage I read before “Every child is a different kind of flower and all together makes this world a beautiful garden.” I will continue to open my heart and work harder. I’m determined to bloom like the lotus flower under the clear blue sky. What about you? What kind of flower are you? I’m excited to see you bloom too.

 

澄んだ空の下で

初夏、私の家の周りでは蓮の花が咲き始めます。私は泥の鉢植えから咲く美しい花にいつも感動しています。蓮の花を見ることで、私は過去を思いだしました。

私は6年生の時、学校に行くのを止めていました。勉強することが全く好きではありませんでした。私は授業に出席する必要が無いと思っていました。そのかわりに、私は家で、弟の面倒を見ていました。また、自分の好きなことをしながら、日々を過ごしていました。周りの人たちは、「学校に行かないと、困ったことになるよ」と言いました。私は全てのアドバイスを無視しました。私はとてもわがままでした。認めたくはありませんが、私は泥の中で行き詰っていたのです。

13歳になった時、私は人生の転機を迎えました。私の家族は北海道から富士宮へ引っ越し、100人で構成されているコミュニティーが私たちを温かく
受けいれてくれました。私はこの大家族の一員であると感じました。私は生まれて初めて、心を開こうとし、すべての年齢の人と話しました。

ある日、そのコミュニティーの老齢の男性が私に言いました。「学校に行ってごらん。そしたら、あなたの年にとって必要な経験をすることが出来ます。」
彼の言葉は私の心に響きました。私は自分自身を何度も何度も振り返りました。最終的に私は学校に行くことを避けるために言い訳をしていたことを、認めました。私が学校へ行く時が来たのです。私は心が晴れたように感じ、新しい友達を作ることを楽しみにしていました。

私は入学しましたが、新しい学校でも問題に出会いました。私はLINEで同級生の一人と喧嘩をしました。
彼と彼の親しい友達たちは私をいじめ始めました。私は悲しく思いました。私は自分が変わって、彼らと良い人間関係を築きたいと思いました。以前なら、私は皆を責め、学校から逃げましたが、今回は自分にたずねました。「私は何をしたのだろうか。」私は自分も悪いことをしたということが分かりました。私は彼らの意見を聞くようにしました。少しずつ、彼らは私に優しくなりました。彼らの存在は私が色々な視点から物事を見るのに役立ちました。それは、私が成長したトキでした。

以前私は数学と理科が嫌いでした。再びその科目を諦めるべきなのでしょうか?それとも、今回はもっと頑張るべきなのでしょうか?私はそれらの科目を勉強することにもっと時間を使うことを決めました。私は事前に教科書を読みました。自分で問題を解くときはいつも、新しいものを発見した科学者のようにワクワクします。私はとても難しいように思えることでもちょっと努力すれば、面白くなることに気付きました。

私は今、学校生活を楽しんでいます。シンプルな日課、例えば、朝の挨拶や、期限通りに宿題を出すこと、給食をくばることなどは、私をより責任のある人にします。後輩と活動することはとても難しいです。テストを受けることは、神経がすり減るようです。チームでサッカーをすることは、とてもワクワクします。先生の話を聞くことは、面白いですが、たまにたいくつです。全てのことには意味があり、私は毎日成長しています。こうした全ての経験と友情は私にとって宝です。

私は以前読んだ一節を覚えています。「全ての子供は違った花で、その全てが共にある時この世界を美しい庭にするのです。」私は心を開くことを続け、もっと一生懸命取り組んでいきます。私は澄んだ青空の下、蓮の花のように花開くことを決意しています。あなたはどうですか?あなたはどんな種類の花ですか?あなたも花を咲かせることに、私はワクワクしています。

 

 

 


人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART5:リョウくんの卒業コンサート♪~

リョウタくんの卒業コンサートが行われた2日後の夜。今度はリョウくんの卒業コンサートが行われました。その日は台湾から20名のゲストも滞在されており、ウエルカムコンサートとリョウくんの卒業コンサートが合同で行われました。以下、自然療法プログラムコーディネーターのようこがまとめたリョウくんのケア物語と、卒業コンサートでシェアされたリョウくんのケア滞在記&いさどんからのメッセージをご紹介します。

 

「20歳のリョウくんのケア物語」
~星の流れに乗ってスイングバイ~

19歳のリョウくんがお母さんと一緒に初めて木の花ファミリーを訪れたのは、2017年7月1日のことでした。15歳のときに学校の人間関係で行き詰まったことをきっかけに高校を辞めてから体調を崩し、今後の人生について模索中のリョウくん。「精神的な疲れを和らげ、人とのつながりを感じたい」という思いから、いさどんとの面談の場がもたれました。その際、いさどんは次のように伝えました。

「あなたはまだ若いから、『僕は僕のままでいいのだ』と自己主張したい心があります。しかし、自分のやり方で生きていくと、今の延長が続くだけなのです。そこで打つ手がなくなると、人の力を借りようとする心が出てきます。昨日からケア滞在を始めた30歳のリョウタくんは、あなたととても良く似た心の性質をしているのですが、自分自身が今の状況を招いていることがわかってきたのです。19歳のあなたでも、冷静な心で自分の状態を改善していく必要があると思えば、あなたの症状は改善されます。病気は気が病むと書き、心の問題ですからね。結局、病気の種は自分の中から湧いてくるのですから、自分が病的な状態に誘導している性質を持っていることを受け入れたときに、奇跡が起きるのです。ここではいくらでも奇跡が起きます。奇跡が起きないとしたら、それは本人がそう思いたくなくて行動しないからです。行動すれば、必ず奇跡は起きます。あなたがあなた自身を治すのですからね。自分が問題の発信源だと気付けば、素直に勇気を持って自らを否定していくことが大切です。良いところはどんどん伸ばしていき、悪いところは堂々と否定していく――、結局、これは自己否定の道なのです。自分と正しく向き合うことができたら、人は変われます。学べば、すべては良いことにつながるのです。そして筋の通った正しい判断をしていけば、滞りは自ずと消えるのです。そうなれば、病気を治そうとしなくても、自ずと症状は消えていくのです。」

面談の最後にいさどんから、「あなたに現状を改善する意欲があれば、僕は惜しみなくサポートしたい気持ちはあるのですが、今のあなたからは自分流に行動したいという思いが強く感じられます。ですから、もう少し苦労して人の話を聞けるようになってからまた来たらいいですね。しかし、本来は自分を否定してでも、自分にとって大切な話は聞かないといけないのです。ひとつだけ言えることは、僕のほうがあなたのことをよく理解しています。ですから、ここの取り組みに懸ければ、奇跡は起きます。本来、それは当たり前のことなのですよ」と伝えられましたが、リョウくんは「今は人の話は聞けないですね」と答え、面談は終わりました。

ところが翌日になり、リョウくんは2泊で帰る予定を変更し、このままケア滞在をすることを決めたのです。「最初はいさどんのことを怖い人と思ったけれど、何でも見通されているので腹をくくってやる!」と言うリョウくんに対し、いさどんは以下のように伝えました。

「あなたは9月に20歳を迎えます。あなたは今、ちょうど良い節目を迎えています。ですから、このまま帰るよりも、せっかくの流れだからチャレンジしてみようと思ったのは、あなたの決断でもありますが、星の流れに乗るということでもあるのですよ。

あなたはもうじき20歳になるところであり、昨日からケア滞在を始めたリョウタくんは30歳です。30年というのは土星の周期です。太陽系の中でもっともエネルギーの強い星は土星と木星であり、土星は30年で太陽のまわりを1周し、木星は12年で太陽のまわりを1周します。そして、土星の30年の周期が2周しても、木星の12年の周期が5周しても60年になるのです。12×5、30×2のどちらも60になりますから、あなたが生まれたときの土星と木星の位置は60年後にまた同じ位置に戻るのです。面白いことに、木星と土星は約10年ごとに結び(惑星同士が太陽の片側で同一線上にあること)と開き(惑星同士が太陽をはさんで同一線上に並び対話すること)の関係を繰り返していきます。そうして下向きの三角形と上向きの三角形をつくり、60年で六芒星を完成させるのです。生まれてきたことが人生最大の節目で、その間に10年ごとの節目があるとしたならば、20歳のときにこういったことに取り組むということは、星周りからしたらとても良いタイミングなのです。

さらに言えば、あなたが20歳のタイミングで取り組まなければ、次の取り組みのタイミングは10年先になるということでもあるのですよ。それで自分流にあと10年生き、こりごりすれば、リョウタくんのように30歳のときにここにやってくることでしょう。彼は年を重ねた分だけ人格を改善することが難しくなっていますから、あなたは今、この取り組みを始めて良かったですね。」

そうして、まずは日記を書きながら自分を見つめていくことが課題として与えられ、1週間毎にいさどんとの面談の場が設けられました。滞在当初、いさどんは、「リョウくんはめげてしまって、この取り組みを途中で終了させてしまうのではないか」と思いながらリョウくんの様子を観ていましたが、「大勢の人たちの中にいるのが怖い」と言っていたリョウくんがここでの生活に少しずつ慣れていき、まずは1週間過ごすことができました。

2週目のテーマとしては、健康的に生きるための大原則として、自然と共に生きる規則正しい生活リズムを心がけていくことが与えられ、早速リョウくんは日中、農作業に参加することにチャレンジしてみました。規則正しい生活リズムが徐々に身についてきた4週目には、将来安定して自立するために、人に頼りにされるような存在になることが課題となりました。毎回的確な課題を与えてくれるいさどんに対し、リョウくんは「いさどんは今の僕にとって常に必要なことを伝えてくれています!」と嬉しそうに話していました。

そうしてケア滞在の開始から1ヶ月が経過した頃、感情の起伏が激しく不安定だった心が少しずつ前向きになっていき、自らの性質を理解し始めていったリョウくん。そこでいさどんからは、今後の生き方について考えていくことが次のテーマとして与えられました。「今現在、将来の目標はありますか?」と質問されたリョウくんは、「自分は不登校の経験をしたので、不登校の人をサポートしたい気持ちはあります」と答えましたが、それに対しいさどんは次のように伝えました。

「自分が不登校だったから不登校の人を支援したいというのは、本当に不登校の人を支援したい心なのか、それとも過去の自分に対して癒してあげたい心なのかというと、後者の場合が結構あるのです。なぜならそれは、過去に自分が辛かったからその心を埋めたいということが動機だからです。そして、そのような心は、自分をたくましく鍛えることによって消えるものです。それに今、不登校を支援するような立場の人を求めている場所はほとんどありません。ですから、もう少し現実的なことを考えたいですね。」

そうして日中は農作業に出て、人にあてにされるような動きができるように取り組もうとしながらも、自分の心と向き合うことにはなかなか取り組めなかったリョウくん。また、ここでのケア滞在を終了したら、あるNPO法人が運営している学校に行きたいという思いが湧いてきたりと興味があちこちに移り、ここでの取り組みに専念できないリョウくんがいました。

そんなリョウくんに対して6週間面談の冒頭ではいさどんから、「やる気がないのならやめてもいいですよ」と厳しく伝えられる場面がありました。この面談では、このプログラムは改善する意欲のある人に対して健康に生きていってもらうためのサポートを提供するものであること、リョウくんは今の状況に甘えて自分と向き合うことから逃げていること、向き合わないから生き辛い毎日を自ら創っていることが伝えられました。面談の中でいさどんからは、「この取り組みで最も重要なのは本人の改善する意欲です。あなた自身の価値を上げるためには今の姿勢を変えることが大切なのです」と繰り返し伝えられ、面談の最後にはリョウくんにやる気があることが確認されました。しかし、そこに至るまでにはリョウくんが自分の不甲斐なさに対して悔しがり、大きくため息をついたり、拳で自分を叩きながら涙を流す場面もありました。面談後、リョウくんは「いさどんに僕の甘えをビシッと指摘されて、ホッとした」ともらしていました。

その後のリョウくんの日記には、「作業に出ながら自分の心と向き合うことが少しできた」と書いてあったり、これまでの面談音源を聞きなおしながら、自分の心と向き合おうとする意欲が少しずつ観られるようになりました。

しかし、ケア滞在2ヶ月が過ぎた頃には、「不登校の集まりに参加したい」という思いがリョウくんの中に湧き、目の前の課題に集中できなかったり、この取り組みにおける足踏み状態が続いていたため、いさどんからは「同じ課題も続いているのでそろそろ次の段階へ行きたいですね。9月9日はあなたの20歳の誕生日です。それをひとつのケジメとし、リニューアルしてスタートしましょう」と伝えられました。

その後も、「自分を観るということがわからない。面談でいさどんの言っていることが理解できない。日記も何を書いていいかわからない」と途方にくれるリョウくんの姿があり、2ヶ月2週間面談の際には「もうケアはやめます」と発言することもありました。

そうした紆余曲折を経ながらも、「木造建築に関わりたい」という思いから、木の花の建築チームで作業体験をすることになったことをきっかけに、リョウくんの中で自らの特性を活かしたものに出会えたという感覚が芽生えてきたのです。そして、建築現場でまわりからアドバイスをもらいながら、一生懸命作業に参加しているリョウくんの姿が見られるようになり、安定した一日を過ごせるようになってきた時に――、ケア滞在3ヶ月をもって卒業することとなったのでした。

最終面談でいさどんからは、「引き続き、精神的・肉体的体力をつけていくことが大切ですね。あとは、自分自身が新たな領域に行くことの面白さに目覚めるといいのです」と伝えられ、卒業を迎えることとなりました。

新たな領域に行くことの面白さに目覚めるためには、まわりにいる皆の力を借りて、そして3ヶ月という取り組みの節目を迎えて、新たな自分に向かってスイングバイするということです。

「スイングバイ」とは、天体の重力を利用して宇宙探査機の軌道を変更する方法であり、さらに天体の公転運動を利用することで、宇宙探査機を加速させることもできるのです。20歳という人生の大いなる節目に人生の新たなスタート地点に立ったリョウくん。自分自身の囚われから飛び出し、広い世界へと自由に羽ばたいていくリョウくんのことを、これからも皆で応援しています!

 

「リョウくんのケア滞在記」

皆さん、今日は僕のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。3ヶ月のケアの卒業ということで、今からケアを振り返っていきます。

木の花に来る前は、人生に対して漠然と悲観していて、迷い苦しい時間を過ごしていて、生きている意識も薄らいでいる状況だった。何とか現状をどうにかするために自然の中で立て直すところを母に見つけてもらい、木の花という場所にやってきた。ケアを始める決断をする前の日にいさどんと面談をした。する前からある程度ズバズバ言われることは覚悟していたが、それ以上だった。その夜は、その面談の衝撃が強烈でふとんの上で震えて、言われたことを受け入れることへの葛藤が自分の中にあって、かなり気持ちが揺れていた。ケアを始めた時は、帰ってもどうにもならないからやるしかないという気持ちと、この木の花の新しい環境に対して恐怖と不安だらけで体もふらふらして顔も気持ちもうつむいているような状態で始まった。

ケアの初めの頃は、食堂でご飯を食べるのもすごく緊張して、人が大勢いる所に行くのが怖かった。感情の起伏が激しくて、ホールで寝そべってすごく泣いたり、たまに笑ったりを20、30分繰り返し、それがおさまるまでいたこともあった。

そして、面談を毎週受け、日記も毎日書いていた。最初は、いさどんを恐く思っていたが、面談を重ねるごとにやさしく丁寧に愛と思いやりを持って接してくれているのを感じていった。しかも、面談の内容も僕のことを正確に次々と言い当てていて、ここまで正確に見抜けることに驚き、こんな人はほとんどいないだろうなと思った。

しかし、8月のある日に体調不良になってから行動するのが億劫になって、4日近くも休んだことがあった。その時は休みすぎて行動よりも思考が先行して、やる前に判断していて、その週の面談で「やる気がないならやめてもいいよ」と言われ、喝を入れられたことはけっこうインパクトがあって、何十日かその時のショックが残っていた。意識がたたき起こされるような感じで面談中に泣いてしまい、自分は何のために生きているんだという言葉が思わず出てきた。僕の名前の「リョウ」はねじれている性質があるが、それの生かし方があることも分かった。

その面談の次の日は死んだ魚の目をしていたが、自分と向き合うことを涙目になりながらも少しずつしていった。その週は起きる時間も8時半だったのが、5時、6時になっていって、夜は疲れてすぐ寝れるし、良い生活リズムになっていった。死んだ魚の目をした日から何日かは深刻でしんどい気持ちがほとんどだったが、リョウ・リョウ・リョウ面談が面白く、笑って気持ちよく過ごしたことで、張り詰めていた気持ちが和らいだ。

それから、9月の初めにサポーターのしゅうくんが僕の様子や状況を見て、「今のままでいいの?」と投げかけてくれて、それで我に返った。

それから面談では、心のうそつきがあるってことをいさどんに指摘された。それで次の日に日記にできるだけ正直を意識して書いていて、ネガティブな自分が出てきて情けなくて泣いていた時、けいちゃんが部屋にやってきて、僕が「自分と深いところで向き合えていない」と言うと、「そうか。でも、日記も書いているし、面談の音源も聞いているじゃん。だから大丈夫だよ!」」と励ましてもらって、背中をビシッビシッとたたいて励ましてもらい、「お兄ちゃん、ビシッとやるのに逃げなくなったね」と言ってもらったり、けいちゃんの温かさに助けられた。

9月9日の僕の誕生日の時は、僕の為に料理を作ってもらってみんなで僕を祝ってくれたことにとても感動した。こんなに大勢の人に心を込めて祝ってもらうことが少なかったので、嬉し泣きをした。僕はそこで、正直に生きていくことを話した。

その後の面談では、僕の意識がケア中にもかかわらず、山に登ろうなんてそこから逸れているような姿勢ならやめたほうがいいよと言われて、一度は続けていくことを話したが、その後も今はケアでどこかに行く時期ではないのに、まだ山に登りたいと言っている自分にがっかりして、手間も迷惑もかけるから一回は「やめます」と言った。今思えば、手間も迷惑もかけているならなおさら立ち直らないと無駄になって、そっちのほうが大迷惑だと思う。その後、だいたい30、40分、母と話して、よく考えたらやめても先がない話にもかかわらず、やめることの理由を探したりしている情けない自分がいた。そして、母からの「帰っても部屋はないから」という一言と、本当にこのまま帰っても仕方がないし、2ヶ月間やってきたことが無駄になるし、実際やる気はあるのにへそを曲げて一時的な感情で挫折することはしたらいかん、と思い直して、やめる発言を撤回した。

ケアの目安の3ヶ月まで残り3週間だったのもあって、僕は卒業するにしても出来ないにしても、悔いの残らないようにやれるだけやろうという気持ちで日々を過ごした。体はしんどかったけど、毎日作業に出ていると徐々に自信になっている感覚があった。そして、今のままでは全然ダメだという意識も芽生えてきて、どうにかしようともがいていた。そして雨の日に落花生収穫に行くこともあった。

そして9月18日の朝、富士山に龍の形の雲がかかっているのが見えた。その日に転機が訪れた。面談の中で将来をどうするかを話していた時に、僕は木造建築に関わりたいと話した。そうしたらいさどんは粋なことに、ケアの僕を建築チームに混ぜてくれて、経験の場を与えてくれた。

その後は、建築チームとして仕事を割り振ってくれたことをありがたく思って取り組んでいる。最初の一週間はピリピリしてけっこう緊張もしていたが、二週間経った今は張り詰めるような緊張はなく、日々の経験を通して色々なことを学ばせてもらっている。建築チームではやりがいがあるし、貴重な時間を送れている。意識も心も前向きになってきている。長期滞在になってもこの調子でいきたいと思います。

最後に、サポーターのしゅうくんは、熱心に僕の事を見てくれていて、時には話を冷静に聞いてくれて、僕が自分の都合優先になっていた時には不調和になっていると教えてくれたこと、3ヶ月間ずっと見守り続けて真剣に僕のことを思ってくれていたことに感謝します。

そして、いさどんには聞き分けが悪くて、とても手こずらせたが、それでもいさどんが僕のためを思って熱心に丁寧に大事なことを伝え続けてくれたこと、建築チームにも入れてくれたこと、そして力強く応援してくれたこと、ありとあらゆることに感謝しています。

あとは、畑隊やメンバーの協力や配慮や日々の出会いのおかげで、卒業の2文字があると思っています。みなさん、愛や思いやりを持って接してくれて本当にありがとうございます。僕はこれからもケアでの経験を生かして建築チームで日々学んで、大人になっていきます。今日をもってケアを卒業します。改めて、今日のような場をいただき、ありがとうございました。

 

「いさどんからのメッセージ」

台湾からお越しの皆さん、今日は皆さんへのウエルカムコンサートでもあるのですが、今日のリョウくんのケアの卒業というのも木の花ファミリーの生活の一部です。ですから、ぜひ、皆さんもこの卒業の場を楽しんでください。

まず、少しだけ木の花ファミリーのあり方についてお話ししたいと思います。私たちは命として今、この地球上に生きています。地球上にはたくさんの命があります。その中で極めて能力が高く、大きな影響力を持つのが、私たち人間です。そして、すべての命がつながり合い互いを生かし合う仕組みの中に、私たち人間も生きているのです。

人間たちはとても豊かな社会を築き、不自由なことは便利にするため、高度なテクノロジーを発展させてきました。そうした中で人間は、自らの高い能力を自分のために使ってきました。自然界では、自然を無視し人間にとって都合の良い世界を展開させてきました。世界の国々の中ではよその国より自国を優先し、地域の中では他人より自分の家族を優先し、そして最終的には自分のために生きるのが人間の特徴なのです。

人間がまだ、これほど文明を発達させていなかった時には、自然から命をいただいて生きていました。実際に今現在、私たちが生きる上で最も大切な太陽の光、大地、水、空気、風といったものはすべていただいて生きています。そういった私たちが生きる上で大切なものに、私たちは一度もお金を払ったことがありませんね(みんな、笑)。そのような中、人間たちはたくさんのものをいただいて生かされていることを忘れてしまったのです。

台湾でも同じだと思うのですが、今、日本では若い人たちが働く意欲を失っています。引きこもっていたり、うつ病になったり、中には自殺する人もいます。そこで僕は、「これから国を支えていく若い人たちがそのような状態でいるのはなぜだろう?」と考えるのです。人間は生き物ですから、本能的に自分に合わないことは嫌だと思うようになっています。現代社会の中で長い間競争し、心がボロボロになっていった時、次世代の人たちは「もうこんなことは嫌だ!」と思うようになったのでしょう。ですから、若い世代の人たちの多くが社会に出たくないと思い、今の社会の価値観を否定するようになったのです。

人には誰でも、その人らしく生き生きと生きる生き方があります。そして、この木の花ファミリーにはどちらかというと、社会に行き詰まった人たちがたくさん訪れます。そのような人たちが「自分が生き生きと、皆のために役に立てる生き方は何だろう?」ということを考えるようになりました。競争して自分に近い者だけを優先し、自分だけが良い思いをするという生き方ではなく、皆で仲良く豊かに生きることができるのだという見本を創り始めたのです。そして、お金に頼らなくても、これほど愛ある世界を表現できるようになったのです。

今まで、世界中でこのような取り組みにたくさんの挑戦がなされてきましたが、一人ひとりのエゴがどうしても邪魔をして、それが持続するのは難しいことでした。これからは、競争し打ち勝って他者の犠牲の上に豊かになるのではなく、自然のようにつながって皆が豊かに生きる社会を創っていきましょう。それが、これからの社会の姿なのです。

一昨日、リョウタくんがケアプログラムを卒業しました。今日は、リョウくんがこのプログラムを卒業します。彼らは競争社会の中で頑張って勝ち抜こうと思いながら生きてきました。しかし、それをすると自分も傷つくのです。そうした中で彼らは木の花ファミリーと出会い、皆と力を合わせて豊かに生きる道を見つけました。今までの社会では彼らは行き詰まりを迎えたかもしれませんが、新しい時代を切り開くという意味では、彼らはこれから世の中をリードする人たちなのです。

自然は私たちに命を与えてくれ、そして豊かな人生を学ばせてくれます。それが私たちの価値となり、人生を終わっていくことができます。自然を犠牲にして人間だけが創る社会は、もはや終焉を迎える時代が来ています。

ここにおいでになるゲストの人たちは、なかなかこのような場に出会うことはできませんが、今日、皆さんはこの場に出会うことができました。皆さんはとてもラッキーだと思うのですが、いかがですか(皆、大拍手)?

木の花ファミリーに集う人々は、自分たちが豊かに暮らそうと思って生きているわけではありません。私たちがこの広大な宇宙の中で奇跡のような地球に生命として肉体を持って生まれてきたことの意味を学ぶために、生きているのです。そして、たくさんの経験をしながら、人としての尊い生き方を極めているのです。それぞれが住む国を素晴らしい国にし、素晴らしい地球にし、そして私たちはそのような価値あるものをこの世界にもたらすことのできる者なのです。これから世界中のいろいろなところで、人々はこのような生き方をするようになるでしょう。

今日は台湾の皆さんと出会いました。そしてリョウくんがケアプログラムを卒業しました。皆さん、ぜひ、私たちと共に良い世の中、良い地球創りをしていきましょう。