人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART5:リョウくんの卒業コンサート♪~

リョウタくんの卒業コンサートが行われた2日後の夜。今度はリョウくんの卒業コンサートが行われました。その日は台湾から20名のゲストも滞在されており、ウエルカムコンサートとリョウくんの卒業コンサートが合同で行われました。以下、自然療法プログラムコーディネーターのようこがまとめたリョウくんのケア物語と、卒業コンサートでシェアされたリョウくんのケア滞在記&いさどんからのメッセージをご紹介します。

 

「20歳のリョウくんのケア物語」
~星の流れに乗ってスイングバイ~

19歳のリョウくんがお母さんと一緒に初めて木の花ファミリーを訪れたのは、2017年7月1日のことでした。15歳のときに学校の人間関係で行き詰まったことをきっかけに高校を辞めてから体調を崩し、今後の人生について模索中のリョウくん。「精神的な疲れを和らげ、人とのつながりを感じたい」という思いから、いさどんとの面談の場がもたれました。その際、いさどんは次のように伝えました。

「あなたはまだ若いから、『僕は僕のままでいいのだ』と自己主張したい心があります。しかし、自分のやり方で生きていくと、今の延長が続くだけなのです。そこで打つ手がなくなると、人の力を借りようとする心が出てきます。昨日からケア滞在を始めた30歳のリョウタくんは、あなたととても良く似た心の性質をしているのですが、自分自身が今の状況を招いていることがわかってきたのです。19歳のあなたでも、冷静な心で自分の状態を改善していく必要があると思えば、あなたの症状は改善されます。病気は気が病むと書き、心の問題ですからね。結局、病気の種は自分の中から湧いてくるのですから、自分が病的な状態に誘導している性質を持っていることを受け入れたときに、奇跡が起きるのです。ここではいくらでも奇跡が起きます。奇跡が起きないとしたら、それは本人がそう思いたくなくて行動しないからです。行動すれば、必ず奇跡は起きます。あなたがあなた自身を治すのですからね。自分が問題の発信源だと気付けば、素直に勇気を持って自らを否定していくことが大切です。良いところはどんどん伸ばしていき、悪いところは堂々と否定していく――、結局、これは自己否定の道なのです。自分と正しく向き合うことができたら、人は変われます。学べば、すべては良いことにつながるのです。そして筋の通った正しい判断をしていけば、滞りは自ずと消えるのです。そうなれば、病気を治そうとしなくても、自ずと症状は消えていくのです。」

面談の最後にいさどんから、「あなたに現状を改善する意欲があれば、僕は惜しみなくサポートしたい気持ちはあるのですが、今のあなたからは自分流に行動したいという思いが強く感じられます。ですから、もう少し苦労して人の話を聞けるようになってからまた来たらいいですね。しかし、本来は自分を否定してでも、自分にとって大切な話は聞かないといけないのです。ひとつだけ言えることは、僕のほうがあなたのことをよく理解しています。ですから、ここの取り組みに懸ければ、奇跡は起きます。本来、それは当たり前のことなのですよ」と伝えられましたが、リョウくんは「今は人の話は聞けないですね」と答え、面談は終わりました。

ところが翌日になり、リョウくんは2泊で帰る予定を変更し、このままケア滞在をすることを決めたのです。「最初はいさどんのことを怖い人と思ったけれど、何でも見通されているので腹をくくってやる!」と言うリョウくんに対し、いさどんは以下のように伝えました。

「あなたは9月に20歳を迎えます。あなたは今、ちょうど良い節目を迎えています。ですから、このまま帰るよりも、せっかくの流れだからチャレンジしてみようと思ったのは、あなたの決断でもありますが、星の流れに乗るということでもあるのですよ。

あなたはもうじき20歳になるところであり、昨日からケア滞在を始めたリョウタくんは30歳です。30年というのは土星の周期です。太陽系の中でもっともエネルギーの強い星は土星と木星であり、土星は30年で太陽のまわりを1周し、木星は12年で太陽のまわりを1周します。そして、土星の30年の周期が2周しても、木星の12年の周期が5周しても60年になるのです。12×5、30×2のどちらも60になりますから、あなたが生まれたときの土星と木星の位置は60年後にまた同じ位置に戻るのです。面白いことに、木星と土星は約10年ごとに結び(惑星同士が太陽の片側で同一線上にあること)と開き(惑星同士が太陽をはさんで同一線上に並び対話すること)の関係を繰り返していきます。そうして下向きの三角形と上向きの三角形をつくり、60年で六芒星を完成させるのです。生まれてきたことが人生最大の節目で、その間に10年ごとの節目があるとしたならば、20歳のときにこういったことに取り組むということは、星周りからしたらとても良いタイミングなのです。

さらに言えば、あなたが20歳のタイミングで取り組まなければ、次の取り組みのタイミングは10年先になるということでもあるのですよ。それで自分流にあと10年生き、こりごりすれば、リョウタくんのように30歳のときにここにやってくることでしょう。彼は年を重ねた分だけ人格を改善することが難しくなっていますから、あなたは今、この取り組みを始めて良かったですね。」

そうして、まずは日記を書きながら自分を見つめていくことが課題として与えられ、1週間毎にいさどんとの面談の場が設けられました。滞在当初、いさどんは、「リョウくんはめげてしまって、この取り組みを途中で終了させてしまうのではないか」と思いながらリョウくんの様子を観ていましたが、「大勢の人たちの中にいるのが怖い」と言っていたリョウくんがここでの生活に少しずつ慣れていき、まずは1週間過ごすことができました。

2週目のテーマとしては、健康的に生きるための大原則として、自然と共に生きる規則正しい生活リズムを心がけていくことが与えられ、早速リョウくんは日中、農作業に参加することにチャレンジしてみました。規則正しい生活リズムが徐々に身についてきた4週目には、将来安定して自立するために、人に頼りにされるような存在になることが課題となりました。毎回的確な課題を与えてくれるいさどんに対し、リョウくんは「いさどんは今の僕にとって常に必要なことを伝えてくれています!」と嬉しそうに話していました。

そうしてケア滞在の開始から1ヶ月が経過した頃、感情の起伏が激しく不安定だった心が少しずつ前向きになっていき、自らの性質を理解し始めていったリョウくん。そこでいさどんからは、今後の生き方について考えていくことが次のテーマとして与えられました。「今現在、将来の目標はありますか?」と質問されたリョウくんは、「自分は不登校の経験をしたので、不登校の人をサポートしたい気持ちはあります」と答えましたが、それに対しいさどんは次のように伝えました。

「自分が不登校だったから不登校の人を支援したいというのは、本当に不登校の人を支援したい心なのか、それとも過去の自分に対して癒してあげたい心なのかというと、後者の場合が結構あるのです。なぜならそれは、過去に自分が辛かったからその心を埋めたいということが動機だからです。そして、そのような心は、自分をたくましく鍛えることによって消えるものです。それに今、不登校を支援するような立場の人を求めている場所はほとんどありません。ですから、もう少し現実的なことを考えたいですね。」

そうして日中は農作業に出て、人にあてにされるような動きができるように取り組もうとしながらも、自分の心と向き合うことにはなかなか取り組めなかったリョウくん。また、ここでのケア滞在を終了したら、あるNPO法人が運営している学校に行きたいという思いが湧いてきたりと興味があちこちに移り、ここでの取り組みに専念できないリョウくんがいました。

そんなリョウくんに対して6週間面談の冒頭ではいさどんから、「やる気がないのならやめてもいいですよ」と厳しく伝えられる場面がありました。この面談では、このプログラムは改善する意欲のある人に対して健康に生きていってもらうためのサポートを提供するものであること、リョウくんは今の状況に甘えて自分と向き合うことから逃げていること、向き合わないから生き辛い毎日を自ら創っていることが伝えられました。面談の中でいさどんからは、「この取り組みで最も重要なのは本人の改善する意欲です。あなた自身の価値を上げるためには今の姿勢を変えることが大切なのです」と繰り返し伝えられ、面談の最後にはリョウくんにやる気があることが確認されました。しかし、そこに至るまでにはリョウくんが自分の不甲斐なさに対して悔しがり、大きくため息をついたり、拳で自分を叩きながら涙を流す場面もありました。面談後、リョウくんは「いさどんに僕の甘えをビシッと指摘されて、ホッとした」ともらしていました。

その後のリョウくんの日記には、「作業に出ながら自分の心と向き合うことが少しできた」と書いてあったり、これまでの面談音源を聞きなおしながら、自分の心と向き合おうとする意欲が少しずつ観られるようになりました。

しかし、ケア滞在2ヶ月が過ぎた頃には、「不登校の集まりに参加したい」という思いがリョウくんの中に湧き、目の前の課題に集中できなかったり、この取り組みにおける足踏み状態が続いていたため、いさどんからは「同じ課題も続いているのでそろそろ次の段階へ行きたいですね。9月9日はあなたの20歳の誕生日です。それをひとつのケジメとし、リニューアルしてスタートしましょう」と伝えられました。

その後も、「自分を観るということがわからない。面談でいさどんの言っていることが理解できない。日記も何を書いていいかわからない」と途方にくれるリョウくんの姿があり、2ヶ月2週間面談の際には「もうケアはやめます」と発言することもありました。

そうした紆余曲折を経ながらも、「木造建築に関わりたい」という思いから、木の花の建築チームで作業体験をすることになったことをきっかけに、リョウくんの中で自らの特性を活かしたものに出会えたという感覚が芽生えてきたのです。そして、建築現場でまわりからアドバイスをもらいながら、一生懸命作業に参加しているリョウくんの姿が見られるようになり、安定した一日を過ごせるようになってきた時に――、ケア滞在3ヶ月をもって卒業することとなったのでした。

最終面談でいさどんからは、「引き続き、精神的・肉体的体力をつけていくことが大切ですね。あとは、自分自身が新たな領域に行くことの面白さに目覚めるといいのです」と伝えられ、卒業を迎えることとなりました。

新たな領域に行くことの面白さに目覚めるためには、まわりにいる皆の力を借りて、そして3ヶ月という取り組みの節目を迎えて、新たな自分に向かってスイングバイするということです。

「スイングバイ」とは、天体の重力を利用して宇宙探査機の軌道を変更する方法であり、さらに天体の公転運動を利用することで、宇宙探査機を加速させることもできるのです。20歳という人生の大いなる節目に人生の新たなスタート地点に立ったリョウくん。自分自身の囚われから飛び出し、広い世界へと自由に羽ばたいていくリョウくんのことを、これからも皆で応援しています!

 

「リョウくんのケア滞在記」

皆さん、今日は僕のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。3ヶ月のケアの卒業ということで、今からケアを振り返っていきます。

木の花に来る前は、人生に対して漠然と悲観していて、迷い苦しい時間を過ごしていて、生きている意識も薄らいでいる状況だった。何とか現状をどうにかするために自然の中で立て直すところを母に見つけてもらい、木の花という場所にやってきた。ケアを始める決断をする前の日にいさどんと面談をした。する前からある程度ズバズバ言われることは覚悟していたが、それ以上だった。その夜は、その面談の衝撃が強烈でふとんの上で震えて、言われたことを受け入れることへの葛藤が自分の中にあって、かなり気持ちが揺れていた。ケアを始めた時は、帰ってもどうにもならないからやるしかないという気持ちと、この木の花の新しい環境に対して恐怖と不安だらけで体もふらふらして顔も気持ちもうつむいているような状態で始まった。

ケアの初めの頃は、食堂でご飯を食べるのもすごく緊張して、人が大勢いる所に行くのが怖かった。感情の起伏が激しくて、ホールで寝そべってすごく泣いたり、たまに笑ったりを20、30分繰り返し、それがおさまるまでいたこともあった。

そして、面談を毎週受け、日記も毎日書いていた。最初は、いさどんを恐く思っていたが、面談を重ねるごとにやさしく丁寧に愛と思いやりを持って接してくれているのを感じていった。しかも、面談の内容も僕のことを正確に次々と言い当てていて、ここまで正確に見抜けることに驚き、こんな人はほとんどいないだろうなと思った。

しかし、8月のある日に体調不良になってから行動するのが億劫になって、4日近くも休んだことがあった。その時は休みすぎて行動よりも思考が先行して、やる前に判断していて、その週の面談で「やる気がないならやめてもいいよ」と言われ、喝を入れられたことはけっこうインパクトがあって、何十日かその時のショックが残っていた。意識がたたき起こされるような感じで面談中に泣いてしまい、自分は何のために生きているんだという言葉が思わず出てきた。僕の名前の「リョウ」はねじれている性質があるが、それの生かし方があることも分かった。

その面談の次の日は死んだ魚の目をしていたが、自分と向き合うことを涙目になりながらも少しずつしていった。その週は起きる時間も8時半だったのが、5時、6時になっていって、夜は疲れてすぐ寝れるし、良い生活リズムになっていった。死んだ魚の目をした日から何日かは深刻でしんどい気持ちがほとんどだったが、リョウ・リョウ・リョウ面談が面白く、笑って気持ちよく過ごしたことで、張り詰めていた気持ちが和らいだ。

それから、9月の初めにサポーターのしゅうくんが僕の様子や状況を見て、「今のままでいいの?」と投げかけてくれて、それで我に返った。

それから面談では、心のうそつきがあるってことをいさどんに指摘された。それで次の日に日記にできるだけ正直を意識して書いていて、ネガティブな自分が出てきて情けなくて泣いていた時、けいちゃんが部屋にやってきて、僕が「自分と深いところで向き合えていない」と言うと、「そうか。でも、日記も書いているし、面談の音源も聞いているじゃん。だから大丈夫だよ!」」と励ましてもらって、背中をビシッビシッとたたいて励ましてもらい、「お兄ちゃん、ビシッとやるのに逃げなくなったね」と言ってもらったり、けいちゃんの温かさに助けられた。

9月9日の僕の誕生日の時は、僕の為に料理を作ってもらってみんなで僕を祝ってくれたことにとても感動した。こんなに大勢の人に心を込めて祝ってもらうことが少なかったので、嬉し泣きをした。僕はそこで、正直に生きていくことを話した。

その後の面談では、僕の意識がケア中にもかかわらず、山に登ろうなんてそこから逸れているような姿勢ならやめたほうがいいよと言われて、一度は続けていくことを話したが、その後も今はケアでどこかに行く時期ではないのに、まだ山に登りたいと言っている自分にがっかりして、手間も迷惑もかけるから一回は「やめます」と言った。今思えば、手間も迷惑もかけているならなおさら立ち直らないと無駄になって、そっちのほうが大迷惑だと思う。その後、だいたい30、40分、母と話して、よく考えたらやめても先がない話にもかかわらず、やめることの理由を探したりしている情けない自分がいた。そして、母からの「帰っても部屋はないから」という一言と、本当にこのまま帰っても仕方がないし、2ヶ月間やってきたことが無駄になるし、実際やる気はあるのにへそを曲げて一時的な感情で挫折することはしたらいかん、と思い直して、やめる発言を撤回した。

ケアの目安の3ヶ月まで残り3週間だったのもあって、僕は卒業するにしても出来ないにしても、悔いの残らないようにやれるだけやろうという気持ちで日々を過ごした。体はしんどかったけど、毎日作業に出ていると徐々に自信になっている感覚があった。そして、今のままでは全然ダメだという意識も芽生えてきて、どうにかしようともがいていた。そして雨の日に落花生収穫に行くこともあった。

そして9月18日の朝、富士山に龍の形の雲がかかっているのが見えた。その日に転機が訪れた。面談の中で将来をどうするかを話していた時に、僕は木造建築に関わりたいと話した。そうしたらいさどんは粋なことに、ケアの僕を建築チームに混ぜてくれて、経験の場を与えてくれた。

その後は、建築チームとして仕事を割り振ってくれたことをありがたく思って取り組んでいる。最初の一週間はピリピリしてけっこう緊張もしていたが、二週間経った今は張り詰めるような緊張はなく、日々の経験を通して色々なことを学ばせてもらっている。建築チームではやりがいがあるし、貴重な時間を送れている。意識も心も前向きになってきている。長期滞在になってもこの調子でいきたいと思います。

最後に、サポーターのしゅうくんは、熱心に僕の事を見てくれていて、時には話を冷静に聞いてくれて、僕が自分の都合優先になっていた時には不調和になっていると教えてくれたこと、3ヶ月間ずっと見守り続けて真剣に僕のことを思ってくれていたことに感謝します。

そして、いさどんには聞き分けが悪くて、とても手こずらせたが、それでもいさどんが僕のためを思って熱心に丁寧に大事なことを伝え続けてくれたこと、建築チームにも入れてくれたこと、そして力強く応援してくれたこと、ありとあらゆることに感謝しています。

あとは、畑隊やメンバーの協力や配慮や日々の出会いのおかげで、卒業の2文字があると思っています。みなさん、愛や思いやりを持って接してくれて本当にありがとうございます。僕はこれからもケアでの経験を生かして建築チームで日々学んで、大人になっていきます。今日をもってケアを卒業します。改めて、今日のような場をいただき、ありがとうございました。

 

「いさどんからのメッセージ」

台湾からお越しの皆さん、今日は皆さんへのウエルカムコンサートでもあるのですが、今日のリョウくんのケアの卒業というのも木の花ファミリーの生活の一部です。ですから、ぜひ、皆さんもこの卒業の場を楽しんでください。

まず、少しだけ木の花ファミリーのあり方についてお話ししたいと思います。私たちは命として今、この地球上に生きています。地球上にはたくさんの命があります。その中で極めて能力が高く、大きな影響力を持つのが、私たち人間です。そして、すべての命がつながり合い互いを生かし合う仕組みの中に、私たち人間も生きているのです。

人間たちはとても豊かな社会を築き、不自由なことは便利にするため、高度なテクノロジーを発展させてきました。そうした中で人間は、自らの高い能力を自分のために使ってきました。自然界では、自然を無視し人間にとって都合の良い世界を展開させてきました。世界の国々の中ではよその国より自国を優先し、地域の中では他人より自分の家族を優先し、そして最終的には自分のために生きるのが人間の特徴なのです。

人間がまだ、これほど文明を発達させていなかった時には、自然から命をいただいて生きていました。実際に今現在、私たちが生きる上で最も大切な太陽の光、大地、水、空気、風といったものはすべていただいて生きています。そういった私たちが生きる上で大切なものに、私たちは一度もお金を払ったことがありませんね(みんな、笑)。そのような中、人間たちはたくさんのものをいただいて生かされていることを忘れてしまったのです。

台湾でも同じだと思うのですが、今、日本では若い人たちが働く意欲を失っています。引きこもっていたり、うつ病になったり、中には自殺する人もいます。そこで僕は、「これから国を支えていく若い人たちがそのような状態でいるのはなぜだろう?」と考えるのです。人間は生き物ですから、本能的に自分に合わないことは嫌だと思うようになっています。現代社会の中で長い間競争し、心がボロボロになっていった時、次世代の人たちは「もうこんなことは嫌だ!」と思うようになったのでしょう。ですから、若い世代の人たちの多くが社会に出たくないと思い、今の社会の価値観を否定するようになったのです。

人には誰でも、その人らしく生き生きと生きる生き方があります。そして、この木の花ファミリーにはどちらかというと、社会に行き詰まった人たちがたくさん訪れます。そのような人たちが「自分が生き生きと、皆のために役に立てる生き方は何だろう?」ということを考えるようになりました。競争して自分に近い者だけを優先し、自分だけが良い思いをするという生き方ではなく、皆で仲良く豊かに生きることができるのだという見本を創り始めたのです。そして、お金に頼らなくても、これほど愛ある世界を表現できるようになったのです。

今まで、世界中でこのような取り組みにたくさんの挑戦がなされてきましたが、一人ひとりのエゴがどうしても邪魔をして、それが持続するのは難しいことでした。これからは、競争し打ち勝って他者の犠牲の上に豊かになるのではなく、自然のようにつながって皆が豊かに生きる社会を創っていきましょう。それが、これからの社会の姿なのです。

一昨日、リョウタくんがケアプログラムを卒業しました。今日は、リョウくんがこのプログラムを卒業します。彼らは競争社会の中で頑張って勝ち抜こうと思いながら生きてきました。しかし、それをすると自分も傷つくのです。そうした中で彼らは木の花ファミリーと出会い、皆と力を合わせて豊かに生きる道を見つけました。今までの社会では彼らは行き詰まりを迎えたかもしれませんが、新しい時代を切り開くという意味では、彼らはこれから世の中をリードする人たちなのです。

自然は私たちに命を与えてくれ、そして豊かな人生を学ばせてくれます。それが私たちの価値となり、人生を終わっていくことができます。自然を犠牲にして人間だけが創る社会は、もはや終焉を迎える時代が来ています。

ここにおいでになるゲストの人たちは、なかなかこのような場に出会うことはできませんが、今日、皆さんはこの場に出会うことができました。皆さんはとてもラッキーだと思うのですが、いかがですか(皆、大拍手)?

木の花ファミリーに集う人々は、自分たちが豊かに暮らそうと思って生きているわけではありません。私たちがこの広大な宇宙の中で奇跡のような地球に生命として肉体を持って生まれてきたことの意味を学ぶために、生きているのです。そして、たくさんの経験をしながら、人としての尊い生き方を極めているのです。それぞれが住む国を素晴らしい国にし、素晴らしい地球にし、そして私たちはそのような価値あるものをこの世界にもたらすことのできる者なのです。これから世界中のいろいろなところで、人々はこのような生き方をするようになるでしょう。

今日は台湾の皆さんと出会いました。そしてリョウくんがケアプログラムを卒業しました。皆さん、ぜひ、私たちと共に良い世の中、良い地球創りをしていきましょう。

 

 


人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART4:リョウタくんの卒業コンサート♪~

リョウタくんがケア滞在を始めてからちょうど3ヶ月が過ぎた日の夜。リョウタくんの卒業コンサートが行われました。まず、「太陽の導き」という歌がリョウタくんにプレゼントされ、その後、リョウタくんから以下のケア滞在記が発表されました。その後、「人類史上初のリョウの集いにようこそ!」のPART1からPART3が読み上げられる大シェア大会があった後、最後にいさどんからリョウタくんへメッセージが贈られました。なお、通常、卒業コンサートは1時間前後で終了するのですが、今回は2時間半に渡る長丁場となりました。

 

大切なことに気付かない僕がいて
~リョウタくんのケア滞在記~

白髪が目立ち始めた今日この頃、僕は木の花でのケアプログラムを卒業します。

さて突然ですが、デコレーションケーキの美味しさを決めるポイントは何だと思いますか? それはクリームではなく、スポンジ部分にあると僕は思います。自分をケーキに例えると、僕は今までデコレーションやクリーム部分の見た目だけを整えて、芯であるスポンジケーキ部分には全く手を付けずに生きてきました。だから見た目に誤魔化されてケーキを食べる人はいても、一口食べたら「なんじゃこりゃあ!」と不味くて吐き出す人続出です(笑)。それが僕の30年間の人生だったのです。
それに気付かず、ケーキが売れなくて悩んだ店主は、思い切って不味いケーキを美味しいケーキを販売する店に持って行き、弟子入りを志願しました。その店の頑固店主は、一口ケーキを食べるなり、「スポンジケーキが悪いのだ」とすぐに問題点を指摘してくれました。それから毎日頑固店主の厳しい指導に時には反発しながらも、スポンジケーキに正しい美味しさ(価値)を積み重ねていったのです…。

話は戻り、卒業にあたって、昨日ここに来た当初の日記を読み返していたら、ある面白いことに気付きました。それは、自分が書いた日記に、今はある程度的確に問題点や解決策を見出だせるということです。いさどん的視点が知らず知らずの内に僕の中に芽吹いていたのです。
秋分の日にホールが仮完成した時、僕は約2ヶ月前の自分を振り返り、「変わったところより変わらなかったところが多いな」と落ち込んでいました。実際、未だに体の調子は悪いし、人を恐れ、評価を気にして縮こまっている自分がそこにいたからです。でも、ケアを始めた当初の自分をこうして眺めてみると、確実に変わっている今の自分が炙り出し絵のように浮き上がってきたので驚きました。それは孫悟空が亀仙人のじっちゃんの家での修行が終わり、背負っていた重い甲羅を外してみて、初めて空に届くほど高く飛べることに気付いた時の喜びと同じような感覚かもしれません。その時、ああ、辛いことも多かったけど、頑張った分着実に身に付けてきた力もあったんだなと嬉しくなりました。

そう、辛いこと…ケアで印象に残っていることを振り返ると、一番にケア3日目にみことケンカをしたことが浮かんできます(笑) 「失礼な子供に腹が立つ」と僕が日記に書くと(まだ他人のせいにする癖が色濃く出ています)、いさどんは「あなたが子供と同じレベルだからです」と指摘してくれました。その指摘にさらに腹が煮え繰り返りましたが、なるほどなと納得する気持ちもあったので、翌日からは指摘されたことを意識して子供と接するようになりました。お陰で現在はゆうゆに冷めた目で「キモい」と言われても、ゆりかちゃんにバカにする顔で笑われても、れいじろうにふざけて突然カンチョーをされても、聖母マリアのような大きな愛で微笑ましく子供達を包み込めるようになりました(笑) ちなみに、今はみこのことも当然可愛いと思っています。

次に思い出すのは、二日連続で養蜂に付いて行った後にいさどん不信に陥り、木の花メンバー全員が恐いと湧泉閣で号泣しながら訴えた場面です。いさどんが恐くて、良心的に観えたようこちゃんにいさどんの指摘に対する見解を求めに行ったら(本心では慰めてもらおうという甘い考えを持っていました)、「私のところに個別に来るケアの人は初めてだよ。なんでいさどんの所に直接訊きに行かないの? 亮太くんの癖が出てるよ。今からいさどんと話す? どうする?」と、笑顔なのにいさどん以上の凄まじい圧を掛けながら究極の質問をして来たので、今度はようこちゃんから逃げたくて早くも少し泣きそうになりながら「…いさどんと話します」と答えま、…るしかなかったです(笑) 今考えると、ここでいさどんからもようこちゃんからも逃げる選択をしていたら、挫折の道へ一直線だったような気がするので、非常に大事なポイントだったと思っています。
湧泉閣でとうとう耐え切れず、いさどんに泣きながら「ちなっぴーが恐い」と訴えたら、その場にいたしゅう君達メンバーに爆笑されたことを良く覚えています。それまで何度もいさどんには僕だけが歪んだ色眼鏡で世界を観ていると言われて来ましたが、皆の一糸乱れぬ笑い声を聞いた時に初めてリアルにその意味を自分の中に落とすことが出来たのです。ちなみに、僕はメンバー1温厚そうなかっちゃんにさえ恐怖を感じていた程、歪んだ物事の捉え方をしていました。そんな僕に的確な指摘をしてくれるいさどんはとても優しく感じ、本当に恐いのはようこちゃんの方だと認識を同時に改めることにも成功しました(笑)

他にも、ホールの工事で木の花庵で食事をするようになったら、ひとみちゃんやヒロッチなど僕が恐いと苦手にしていたメンバーが物の見事に集まり、神様の粋な采配に嫌々感謝したことや、ストレスが溜まってコンビニで買った菓子パンを内緒で貪り食べたこと、料理を作れないフラストレーションを爆発させてガーリックライスを夢中で作った後に体調を崩して寝込んでしまったこと、そしておじいちゃんの葬式と四十九日という口実を利用して2回実家に逃亡したこと(当然いさどんには見抜かれていましたが)など、良い思い出はあまりありませんが、問題だらけだった分学ぶことが多かった3ヶ月だったと思います。
特に大きく変わったなと思うのは、①問題を他人のせいにしなくなったこと②常に自己チェックする癖が付いたこと③天の流れを感じ、それに委ねられるようになったことの3点です。これらが出来るようになったのは、いさどんとの面談や日記のやり取りを通して、「自分」というものを3ヶ月前よりしっかり、深く理解出来るようになったからに他なりません。70%でケアは卒業ですから、残りの30%の部分で人の評価を気にしない価値ある自分をつくっていきます。
今後は、長期滞在者として継続して心を磨いていくつもりです。体がいつ治るのかはわからないし、やりたい仕事も特にありません。後は天の流れ、神様の采配に任せます。パン屋をやりたいなんて、もう死んでも言わないので安心して下さいね(笑)

…さて、3ヶ月の修行を終えた不味いケーキ屋の店主は自分の店に戻り、早速頑固店主に言われた方法でケーキを作ってみました。すると、以前は一口食べただけでケーキを吐き出してしまったお客さんが、今は目の前で「美味しい美味しい」と顔を綻ばせて新しいデコレーションケーキを食べているではありませんか。3ヶ月前と見た目は何も変わらないのに、外からは見えない大事なポイントが変わったのです。嬉しそうにケーキを口に運ぶお客さんを見て、ケーキ屋の店主は上辺ではなく、土台にしっかりとした価値を積むことの大切さに気付くことが出来たのです。お店のケーキの美味しさはまたたく間に口コミで広がり、今では町一番の行列が出来る有名店になっています。
これは自分でつくった喩え話ですが、木の花で僕が学んだ教訓でもあります。しっかりと心の中に正しい価値を作り上げていくことで、僕と接した人が「美味しいね!(気持ちいいね!)」と言ってくれるような人柄になっていくんだということを、まだ修行中の身ですが実感しています。

最後に、毎朝返ってくる日記を読むのが恐かったけど、飴と鞭をうまく使い分けながら無償の愛で僕を再生へと導いてくれたいさどん、本当にありがとうございました。いさどんの指摘を素直に受け取れず、対立関係になったり不信感を持ってしまったりと、とても面倒な人間である僕を最後まで見捨てず、信じて今日という卒業の日を迎えさせてくれた大きな器には感謝の気持ちしかありません。30年間生きてきて、僕のことを「性格が悪い」と言ってくれたのはあなただけです。これからももっと沢山のことを学ばせてもらい、いさどんのような器も宇宙観も、そして恰幅も大きな人間になります(笑) 明日からまたいさどんのお世話になりますが、引き続きご指導宜しくお願いします。
他にも、毎回面談の会話を録音して迅速に届けてくれたようこちゃん、時には厳しいことを言いながらいつも一番傍で僕の状態を気にかけて見守ってくれたサポーターのりょうちん、食事の際や作業中に僕の体調を気に掛けてくれたり、アドバイスをくれたりと、温かく接してくれたメンバーの皆さん、そして良い刺激と客観的視点を持たせてくれたりょうりょうコンビに、心から感謝の気持ちを伝えたいです。ありがとうございました。さらにもう一人、僕を木の花ファミリーに出逢わせてくれる大きなきっかけとなった元彼女に、謝罪と感謝を込めて。

 

いさどんからリョウタくんへのメッセージ

今までケア卒業生に対してたくさんの卒業コンサートをここで行ってきましたが、これほど時間をかけたコンサートはありません(みんな、笑)。しかし、今回シェアされた文章にちりばめられている重要性を感じたら、やはりここに人は惹きつけられるものだと感じざるを得ません。私たちがこのような生活をしているという意味では、その精神をいただいた者としてそれを存分に発揮し、世の中の人々に浸透させていくことが大切です。自らの悟りが他者の悟りとなり、それが集う者全体の悟りとなり、そして世の中の悟りとなり、優れた時代を創っていくことが大切なのです。

今日はリョウタくんの卒業です。これは「卒業コンサート」だったはずですが、結局1曲しか歌われず、大シェア大会となりましたね(みんな、笑)。僕は、リョウタくんがこの場を私たちに与えてくれたという解釈もしています。それをさらにひも解いていくと、これはリョウタくんひとりが与えてくれたというよりも、リョウ・リョウ・リョウという3人の人間模様をひも解くことにより、この場があるとも解釈できるのです。さらに、その縁を紡いだ天の意志がこの場をもたらしたのです。その現象が今、ここ木の花で起きているのです。

そのように考えると、私たちは何のためにこの生き方をしているのでしょうか。どのような目的でこの生き方が設立されたのでしょうか。そして、今後も継続されていくのでしょうか。

崩してはいけないものは頑なに崩さず、捨てるべきものは柔軟にどんどん捨てていき、変化・変容・変態を繰り返しながら歩んでいく――、ここはその見本の場だと思うのです。

今日はリョウタくんというひとりの人の卒業を祝う場でしたが、今ここに集う皆が「天からこの場をいただいた」という共通認識を持つことが大切です。

なぜこのような生き方が重要なのかといえば、今の社会を観ればそれは一目瞭然です。今、世界中が様々な問題で大混乱を迎えています。そういった中、人間たちは一体これから何をしていこうとしているのでしょうか。どのように突破口を開いていこうとしているのでしょうか。

その突破口のひとつとして、ケア滞在を申し込んでここに訪れた人たちが健全になっていくプロセスから新たな世の中が始まるヒントがあると思うのです。彼らがそのままの病的な状態でいて改善しなければ、先が観えず、同じ現象が続いていくだけです。そして、それと同じような混乱が世界中で起きているのです。ですから、単純にひとりの人の人生が行き詰まり、それを改善するためのプログラムを私たちは提供しているのではなく、ひとりの人生の行き詰まりが時代の変遷を解き明かすことにもなり、そして新しい世界を切り開いていくことにもつながるのですから、これはたいへん重要な取り組みなのです。

リョウタくんのように自分のことしか考えていなかったとても優秀な人が、自分自身の有効な活かし方をひとたび知ると、自らの個性を活かせるようになるのです。これだけの経験をして、その価値が活かせるとしたならば、物理的にこれからどのような人生を歩むかは別にして、魂としては良い人生を生きることでしょう。魂が優れて美しい状態で生きるならば、その人は確実に良い人生を生きるのです。そうなると、自分の人生の行く末を心配しなくてもよくなるのです。なぜなら、天が法則のもとに、ふさわしい者にふさわしく補ってくれるようになるからです。

今日のリョウタくんの滞在記を聞いていたら、表現は違っていても、リョウタくんの言っていることは僕の言っていることと同じでした。なぜなら、この世界は共通した仕組みのもとにひとつだからです。私たちはひとつのものによって生かされています。ですから、気付けば皆、同じところにたどり着くのです。そして、役割としてバラバラに分かれた者たちが、調和という美しいハーモニーを共に表現していく道を与えられているのです。

リョウタくんは、さすがに文才がありますね。この滞在記はとても面白い!そこで、悟りに至る過程の中で人がたいへん滑稽なことをし、見当違いに苦しむけれど、その苦しみの奥に悟りへの道があることをユニークかつ滑稽に綴れば、新しい時代の読み物としてはウケるのではないかと思いました。ぜひ、これからはその能力を活かしてもらいたいですね。それは、過去のあなたと同じように今苦しんでいる人たちを救うという小さなスケールの話ではありません。それが、行き詰まった世の中に新たな方向性を示すことになるのです。

「人生を豊かに生きるとはどういうことなのか。」

私たちには、新たな時代の価値観を世の中に見本として示していく役割があります。そして、それを世の中に示す時がもう来ているのです。そうした時代の流れを感じ、自分たちの役割を果たしていけば、どんなに厳しい時代でも希望ある世界になるのです。事実、これほど世の中が行き詰まっている中で、リョウタくんはたった3ヶ月でこの境地に至ったのです。

リョウタくん、卒業おめでとうございます。そしてありがとうございます。あなたがここに来たおかげで、このような場をもたらしてくれました。あなたがここまでのことを自分で気付き表明できたからこそ、この場があるのです。あなたがこれを価値としてこれからも維持し続けることが、あなたの人生にとって重要なことです。そのためには毎日を、一瞬一瞬を大切に生きていってください。

 

リョウタくん、卒業おめでとう!!

 


ジョセフィーヌの木の花ファミリー滞在記

今年3月に初めて木の花ファミリーを訪れた、オーストリア人女性のジョセフィーヌ。「木の花ファミリーを舞台にした短編映像を撮りたい」と、5月18日から6週間の予定で再びファミリーにやって来ました。6週間の滞在を通して、ジョセフィーヌは撮影した映像をリアルタイムで発信していきます。まずは「序章」として、3月に来訪した際の映像が公開されたのでみなさんにご紹介します!(映像は彼女自身が英語で解説をしていますが、以下に日本語訳を掲載します。)

さてさて、これからいったいどんな映像ができあがっていくのか。どうなるのかは誰も知らない、彼女自身もわからない、天任せのプロジェクトです。できあがったものから随時ご紹介してまいりますので、みなさま、どうぞお見逃しなく!

「個の花」を咲かせる

ジョセフィーヌの木の花ファミリー滞在記 〜 序章

Individual Flowers – Konohana Family Introduction

わたしの木の花ファミリーへの初めての訪問は、たったの3日半でした。その時間で、わたしは木の花ファミリーの暮らしの概要を捉えることができると考えていました。しかし、ここではあまりにも多くの体験すべきことがあることにすぐに気づき、今回は6週間の時間を取って戻ってくることにしました。今回お見せする映像は、わたしが3月に初めて訪問した時のものです。紹介文は木の花ファミリーの自らの言葉を引用しています。

「木の花」という名は富士山の主神「コノハナサクヤヒメノミコト」に由来しています。木の花ファミリーは、血縁を超えた87名のメンバーとゲストを合わせて100名近い人々が一つの大家族として暮らす農的共同体です。木の花メンバーは、人々が互いにつながり、助け合い、自然や生きとし生けるものと調和して暮らしています。メンバーの一人一人が自らと真剣に向き合うことで、自我を越え、その結果それぞれの個性が美しく花開いていきます。「コノハナ」の「コノ」は日本語で「個人の」、「ハナ」は「花」を意味します。

子ども:もっと大きな花を見に来て!

ここでの花は、桜(人の命の美しさ)、梅(健康の美しさ)、そして桃(桃源郷の美しさ)を表します。ですから、みんなが個人の花を咲かせれば、それが全体としての大きな大樹の花となるのです。それは、すべてのいのちがつらなり、さらに大きないのち ―― 地球という惑星を構成する自然生態系の姿そのものです。

多くの人々は今、大地の上に立ち、自らの意志によって生きていると捉えているかもしれませんが、皆さんが大地だと思っているその場所は、地球という奇跡の星なのです。地球は秒速30㎞という速度で移動しながら、もっと大きな星と星との関係の中で役割を果たしながら、存在しています。そしてそれはさらに大きな宇宙の仕組みの中にあります。同じ様に、わたしたちはわたしたちの思考をはるかに超えた大いなる仕組みの元に生かされているのです。その現実に気づかない限り、わたしたちは本当の自らに出会うことはできません。それは、わたしたちを存在させている内なる私たちの意志でもあるのです。つまり、わたしたちはわたしたちを取り囲んでいる宇宙の意志によって役割を与えられ、生かされている。そして、それは私たちの内にある意思と同じなのです。その視点を持たない限り、私たちは自らのことを知らないものだということになります。生きることは、自らを知るためにあります。そして自らを知ることは、この世界の仕組みを知ることなのです。

21世紀は人類がそのことに目覚める時代です。木の花ファミリーメンバーの一人一人も、目的は、新たな時代のひな型となり、時代と共に変化しながら、常に天の意志を地上に表すことにあるのです。全ての人々が自らの内に眠っている神聖に目覚め、善意・愛・調和のネットワークが地球全体に広がりますように。

この先の数週間、木の花ファミリーの日々の暮らしの映像をシェアしていきます。ここでシェアされるコミュニティを基礎としたエコロジカルな暮らしが、みなさんにとって有用で、元気づける情報になるものになることを願っています。

 

これからどんな映像ができあがっていくのかは、神のみぞ知る!
これからどんな映像ができあがっていくのかは、神のみぞ知る!

 

 


21世紀を生きる人類の目覚め① Tさんからの手紙

香港で生まれ、台湾で暮らしていた37歳のTさんが難治性うつ病を克服するため、初めて木の花ファミリーを訪れたのは2016年6月7日のことでした。そして、自然療法プログラムを4週間受けた後、見事卒業に至ったTさんの卒業コンサートが7月5日に開かれました。その中で、Tさんは木の花ファミリーメンバーに次のようなお礼の手紙を読み上げました。

――

親愛なる皆様へ

ここを出発するための荷造りをする日がやって来たなんて、信じられません。皆さんがわたしを受け入れてくださったことに対し、いつもお礼を言いたいと思っていました。今、わたしの木の花ファミリーでの時間が、どれほどわたしにとって大切であるのかを皆さんに伝える良い機会のようです。

3年前、わたしに奇妙な霊的目覚めを促す出来事が起こりました。医者はわたしの状況を説明することができず、もっとも深刻なうつ病であるとわたしに伝え、入院を勧めるだけでした。わたしは処方された薬をとらず、その代わりに霊的な旅を始めたのです。

わたしは台湾、ハワイ、インドで霊性について学びました。霊的には、わたしは多くの古い痛みや信念を解放してきたと感じていました。日常においてわたしはもはや理由なく泣いたり動揺することはなくなりました。

しかし、わたしの健康は低下し続けました。わたしは3年間睡眠障害で苦しんできました。通常、わたしは朝の6時に完全に疲れ切るまで眠りにつくことができませんでした。わたしのエネルギーはすべて、自分の体内で何かをするために奪われているかのように感じ、わたしの人生を進めていくためのエネルギーはほとんど残っていなかったのです。わたしは3ヶ月毎に新たな種類の痛みと病を持つようになりました。

わたしは木の花行きのチケットを予約した後、詳細な診断書を受け取りました。そこには、わたしの交感神経は極端に活発であり、だからわたしは眠ることができないと書いてありました。わたしの体全体は3年間極端な防御システムを身につけ、わたしの健康は機能停止に直面していました。わたしは多くの食べ物に対してアレルギーとなり、肝臓は毒素を上手に消化できなくなっていました。上記を考慮すると、わたしはガンになる可能性が高いです。今、わたしのしこりは良性ですが、わたしの身体的状況からすると、1年以内に悪性にまで進む可能性があるのです。

わたしはこの診断書に少しショックを受けました。しかし、わたしはすでに木の花へのチケットを予約していたので、比較的穏やかでいられました。なぜだか、木の花へ行けばすべては大丈夫だという直感がわたしにはあったのです。

わたしがここに来る前、木の花ファミリーはエコビレッジであるということだけは知っていました。木の花が精神性を大切にするコミュニティであるとは知りませんでした。ここに到着した直後、わたしは天の招集によってここに来たのだと気付きました。なぜなら、わたしは多くの神の共時性(シンクロニシティ)に出会ったからです。

ここで生活していると、スピリチュアルコミュニティとしての木の花の最大の特徴は、生活の細部にまで精神的な理論と信念が実践されていることだと感じています。それは地球上では奇跡的でたいへん珍しいことなのです。

わたしが家族として木の花ファミリーを見ていた当初、ここをとても気に入っていましたが、わたしは個人的自由にとても慣れていたので、集団生活の理念すべてに慣れることはできないと感じていました。しかし、時と共に、皆さんが地球上での自らの使命とエゴを取り除くという修行の取り組みに献身していることにわたしは気付くようになりました。そして、木の花ファミリーはおそらく地球上で最大の喜びと共にある修行者の家族なのだとわたしは認識しました。

わたしはいさどんの導きを受け取れて幸運でした。英語を話すメンバー・ようこ、みちよ、ともこによって、わたしは多くの助けを得て、わたしの疑いは消えてなくなりました。ようこは、エゴのない人生をわたしに実際に示してくれました。彼女はわたしのサポーターであり、わたしたちは同部屋だったので、彼女が毎日どのように自分が語っていることを行動しているのかをわたしは観てきました。彼女は疑いやネガティブのもとに時間を過ごすことはありません。彼女は自分に与えられたすべての仕事に全力を注ぎます。わたしはこれまで彼女のような高いエネルギーと共に献身する人に出会ったことがありません。

また、わたしに大きなインパクトを与えたふたりのメンバーにとても感謝しています。

やすえどんは甘さと純真さにあふれる永遠の少女のようです。彼女は神に対する大いなる信頼と共にある人生をわたしに示してくれました。それゆえ、彼女は心配から解放されているのです。彼女は常にわたしに思いやりを与えるために努力しています。

やじおさんはわたしともっとも似ている性質を持っているとわたしが感じる人です。彼は集団生活をもっとも楽しまない人のように見えます。彼はおそらく、わたしよりもずっと大きなチャレンジを克服しなければならなかったのでしょう。しかし、彼はそれをやり遂げたのです。彼の物語と献身はわたしに多くの勇気を与えてくれました。

いさどんとの日記のやりとりを通して、わたしが知っているすべての霊的な知識を実践するようわたしは挑まれたように感じました。わたしは過去3年間で進歩してきましたが、わたしが進んで手放してこなかった主要な視点に未だに自分がしがみついていることに気付かされました。子ども時代の経験により、わたしは世界を危険な場所だと観ているのです。

ある出来事が起きると、わたしの古い傷や痛みすべてが強いネガティブな感情を形成するために現れてきます。それからわたしは自己防衛するために、大いなる一連の論理を形成するよう自らの心を使い、走り去るか、他者を攻撃してきました。

その後、わたしの体がまさにそれを反映していることは、わたしにとって非常に明快となりました。わたしの体はそのエネルギーすべてを防衛のために捧げてきたのです。3年間、わたしが完全に疲れ切るまで眠ることができなかったことは、わたしの体が非常事態であり続けたのです。それは無害な物質を攻撃し、わたしの体中に戦場を創り出しました。だから、わたしにはこれほど多くの病、炎症、痛みが体中にあり、わたしは普通の生活を送ることができなかったのです。

わたしはここでの1ヶ月の間、ほとんどの夜、眠りにつくことができたことを報告することを嬉しく思います。時々、午後に眠ることさえありました。わたしは、3年間戦争で戦ってきた戦士が失われていた睡眠すべてをとうとう手にしたかのように、自分のことを感じました。

わたしは、健全な細胞の集団によって囲まれた病気で弱い細胞のように自分のことを感じています。毎日わたしは食事をし、わたしの人生のあらゆる側面がメンバー全員の毎日の重労働によって直接支えられているのです。わたしがお皿洗いをしたり、じゃがいもの皮をむいたり、玉ねぎを選別したり、除草作業をすることはこの上なく幸せであり、光栄に感じています。なぜなら、それは称賛に値する作業であり、わたしをファミリーの一員にさせるからです。

木の花ファミリーは富士山の元にある信号司令塔のようです。皆さんはそのことに気付いていないかもしれませんが、皆さんは世界に愛と進化した意識の波及効果を広げているのです。

わたしからの心からの感謝を受け取ってください。いさどん、このファミリーを確立してくださりありがとうございます。皆さん、この時代に勇気ある魂でいてくださり、ありがとうございます。

 

 


思いがけないプレゼント〜Nくんのケア滞在記

先週、自然療法プログラム(通称ケア滞在)を卒業したNくんが、1ヶ月間の滞在を振り返り、体験記を書いてくれました!

 

「ケア滞在記」

ケアを受けるまでの経緯

元々、不眠体質であったが、不眠の症状によって仕事や日常に影響が出てくるようになり、2006年2月に病院受診、睡眠導入剤を処方される。それ以来睡眠導入剤を常用する事はなかったが、「睡眠のリズムが悪くなり、睡眠障害になる→睡眠導入剤でリセットする→元にもどる→しばらくして睡眠障害になる 」の循環を繰り返していた。睡眠導入剤の副作用として頭が締め付けられる感じがしたり、日中のだるさがあったり、睡眠導入剤を服用した後、一時的に記憶喪失になることがあったりと、薬の弊害を薄々感じていながらも、社会生活を続けるために薬に頼らざるを得ない状況が続いた。

2014年6月中旬頃から、それまで頓服として服用していた睡眠導入剤が手放せなくなり、導入剤がないと寝られない状態になる。今までこのような状態に成る事はなかったのでインターネットで調べてみると、向精神薬の薬害問題がある事を知る。医者は向精神薬を処方する事は出来るが、辞めさせる方法は知らない。向精神薬を辞めたくても、辞められないで苦しんでいる人達が大勢いるのだが、テレビ、新聞は積極的に報道しようとしない。

向精神薬の薬害を知るにつれ、薬を断とうと思うが、もがけばもがく程、症状は悪くなっていく。自分が今どのような状態にいるのか知りたくて、わらにもすがる気持ちでインターネット検索するが、ほとんどが不安で症状をこじらせ、不安を増大させるような情報ばかりであった。

そのような中、以前から定期的に目を通していた木の花ファミリーのいさどんブログを繰り返し読む事により精神を落ち着け、開き直る事により薬を断つ事が出来た。

2014年8月に仕事を退職。今後の事を考え、薬を断つ事は出来たが、根本の精神構造を変えなければ同じ事を繰り返してしまうと思い、木の花ファミリーの自然療法プログラムを受ける事を検討するが、苦手の集団生活に飛び込む事に対する躊躇から一歩を踏み出せないでいた。そのような中、家族の大病があり、それを自分を建て直すためのメッセージと受け取り、自然療法プログラムを受ける事を決意する。

 
ケア滞在中

自分は重篤な症状ではないのでケア滞在するに値するのか(自分視点の決めつけ癖ですね)という揺らいだ気持ちと集団生活への緊張感を抱えケアをスタート。初日の面談で最初の一週間は自由に過ごして良いとの事だったが、木の花での生活に慣れるためと、目の前の事に集中してエネルギーをきちんと使おうという思いから初日から作業にでる。

最初の一週間は緊張感から寝付けない事が多かったが場所のエネルギーと食事のおかげで不思議とエネルギーは有り余る感じだった。

一週間面談では、心の癖や出てきた現象に囚われ、その囚われを基に思考をぐるぐる回している事を指摘され、普段している思考が自分視点か客観視点かを仕分けする事を課題として与えられる。

その結果、自分に客観視点が殆どなく自分視点ばかりである事。自分視点とはそれが事実であり、自分にとって良いものという思い込みであるが、少し掘り下げて見ていくと、事実でもなければ、自分にとって良いものでもないという気付きを得る。

その気付きを得てから、自分の心の構造や癖がより明瞭に見えてきたり、今まで無自覚に心の癖に囚われていた状況でもその事に気付き、徐々に軌道修正できるようになっていく。

二週間面談では思考をぐるぐる回している状態から一歩出て外に出す事が課題として与えられる。その一環として大人ミーティングで心のシェアをする事や発言する事を提案される。大勢の前で発言する事は自分の苦手な事であり今まで避けてきた事であるが、越えなければならない壁であるので、実行する事にする。二週間面談の日と次の日に大人ミーティングで心のシェアをし、その場でフィードバックを貰い、新たな視点を得る事になる。

大人ミーティングで発言する事により客観的視点を貰い、大勢の前で発言する事に対する自信を少しずつ積み重ねる事が出来た反面、反動で滞在スタート時から続いていた不眠症状が悪化。殆どまる二日眠れない状況になり、サポーターのひろっちに相談。

急遽面談を持つ事に成る。面談では、人間眠れるようになっている。眠れないならずっと起きている事を提案される。いさどんの確信に満ちたアドバイスに背中を押され、それまでのネガティブスパイラルにはまりこんでいた状態から180度転換し楽観的に状態を受け入れる事が出来るようになり、その日のうちに眠れるようになる。また、長年思い悩んでいた睡眠障害の解決の糸口となる出来事であった。

三週間面談では安定してきた睡眠を継続させる事、自分の心の癖を持つにいたった原因を自己分析する事を課題として与えられる。自己分析したところ自分の狭い世界観(人間観)が心の癖を生んでいる事に思いが至り、世界観(人間観)を広げその事を基に生きていく必要を感じ、その入り口に立たされている事を実感する。

四週間面談ではおよそ7割方の改善が見られたため卒業が決定。1月20日に卒業コンサート、21日に卒業する。

 
ケア滞在を振り返って

とかくすぐに結果を求めがちな僕は、自分視点でみてケアの改善が進んでいない事や受け取った情報を消化しきれていない事に焦ったり、どうやったら自分をコントロールできるだろうかとテクニック的な事に目がいきがちでした。そうやって相変わらずエネルギーを空回りさせ、浪費させている様は傍から見れば、さぞめんどくさく映ったかもしれません。

一方で、木の花から帰ってきてもまだ自分の中に持続しているエネルギー感は何だろうと思い、考えてみると責任という言葉が浮かんできました。

なんとも自分にそぐわない言葉ですが、どういう事かというとケア滞在中に与えてもらった有形無形のあらゆる事をきちんと実らせて他者に与えられるようになろうという事です。そのモチベーションがエネルギーとして自分の中にあるのを感じます。

考えてみればこのような事は人の輪の循環の中にいれば普通に体感する事かもしれませんが、自分にはそれが欠落していたのだと思います。

ケア滞在中に与えられた課題は僕のそのような有り様を見抜いていたいさどんが、循環の中にいる事の大事さに気付かせるために投げかけた物だったと思います。そのように思いが至り、僕は思いがけず大事なプレゼントを貰った気分です。

最後に数々の絶妙な気付きを得るきっかけを作ってくれた、主治医のいさどん、ケアコーディネーターのようこさん、サポーターのひろっち、メンバー及び長期滞在の皆様、木の花の建物や畑や富士山や自然に感謝します。本当に有難うございました。

どんど焼きの日 宮ノ下広場にて
どんど焼きの日 宮ノ下広場にて