ショックでもあり、ものすごく嬉しい 〜2秒間のマインドコントロールからの解放

「私は、見えない世界をなかなか信じられない人たちの代表です。今回大人サミットに参加した目的は、少しでも信じられるようになりたいからです。」

先月、木の花ファミリーでは第9回大人サミットが開催され、アメリカ、タイ、バヌアツ、インドネシア、中国内モンゴル自治区、そして日本の世界各国から様々な人々が集い、新しい時代の「クニ(地球)ツクリ」を語り合う場となりました。大人サミット専用ホームページにて、内容をご覧いただけます!)
その参加者の一人であるこうたんは、「木の花ファミリーがどんなことをしている団体なのかは良くわかりませんが、面白そうなので参加します」と初めてファミリーにやって来ました。「私は一応健康で、家庭も有り、基本的には幸福です。但し、本質的なところでいのちや宇宙の不思議に感銘したり、考え込んだりします。」そうプロフィールに書いていたこうたんが、3日間のサミットを通して感じたことをみんなにシェアしてくれました。

第9回大人サミットより
第9回大人サミットより

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自分は、今の社会の枠組みの中では「成功者」と呼ばれる方かもしれません。それは、いわゆる大学を優秀な成績で卒業して、企業に就職して、その中でがんばってがんばって何とか上の方に行って、もがいて今に至っている、というような社会の枠組みの中での成功者、という感覚です。

今日、話を聞いて、自分が懸命に努力していた価値観が、こんなにも浅はかというか、ほんのごく最近の価値観だということを知りました。地球の誕生から今までを1年に例えると、産業革命以降の250年間の価値観というのは、たった2秒間のできごとなのだと。

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それはショックでもあり、ものすごく嬉しい、という気持ちです。

今の私の仕事は製造商社で、例えば1本5トンもする鉄のかたまりを飛行機に乗せて何度も海外に送ったりします。エコ的な観点からすると、ものすごく矛盾がある世界です。表面的には、今の社会的に意義のある企業活動なのですが、いろいろ観ていくと、こんなことでいいのかなという気持ちはあります。それでも給料は出ますし、やることはあるので一応のことはやっているのですが、いろいろ悩むところもあって、還暦にも近付いているので、これからの人生をどう過ごそうかと今年の頭ぐらいに考えました。その時に描いた絵が、これです。

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こうたんが描いた絵

これは自分の一生です。たぶん80くらいで死ぬとして、今59歳ですから、人生をいくつかのステージに分けて考えてみました。それで、「やりたいこと」と「やらなければいけないこと」に、どういうふうに人生の中で時間を費やしてきたのかをざっくり色分けしてみました。そうすると、たぶん赤ちゃんで生まれた時にはやりたい放題だったような気もします。でも、だんだんやりたいことができなくなって、やらなければいけないことが増えていったのが、最初の受験の頃だったと思います。

僕はもともと真面目なものですから、学校で教えられたことについては非常に忠実に理解をしていたと思います。けれども、今の唯物的な考えが強くて、ずっとそれに対して違和感がありました。こうやって意識があって、目の前の風景が認識されていること自体がほとんど奇跡に近いことだと思いますが、そういうことを言うと「おまえ、頭は大丈夫か?」と言われるので、あまりそういうことを出さずに来ました。本でいろいろと読んだりはしていますが、結局そこのあたりの違和感がずっとあって、その先がよくわからず、自分のやっていることや意識というのはどういうふうになっているのだろう、という疑問がずっとありました。

インドのお坊さんは、ピークを過ぎると森に入って暮らすということを本で読んだことがあります。それで、今後どういう暮らしをしていくのかをかなり真面目に考えました。だぶん、だからこそ、ここにも来たのだと思います。

自身の想いを語るこうたん
自身の想いを語るこうたん

今までずっと、自分のことだけ考えて生きてきました。今もそうです。もちろん、家族や親族、友人は大切ですけど、自分が大切で、今後現役の一線を退いた後に、何らかの形で世のため人のために役に立ちたいという気持ちはあるのですが、たぶん今の自分がそういうことをやってもウソになると思います。無理すればできるかもしれませんが、続かないという気持ちがあります。その時にどうしたらいいのか。その答えはないです。

たぶん、「誰かのため」ということが、自分から切り離された誰かではなくて、誰かというのは実は自分なんだ、という感覚が持てれば、無理しないでできるだろうとは思います。そして、今の自分はそこから遥かな距離にいるのだと思います。

サミットでの語り合いの時間
それぞれの想いを語り合う

今回、おぼろげながらに自分が考えていたことがやっぱりそうだったのか、という印象はあります。自分としては、産業革命のもうちょっと手前の石油の発見が人間の生活を変えたぐらいの時間軸で考えていて、とてもじゃないけど、遥か彼方の何万年というサイクルの中で私たちが生きているとまでは考えたことがありませんでした。空間的なことに関しても、ああやって太陽がぐるぐるまわりながら、そういうビジョンで空間的なイメージを持ったことはなかったです。そういう意味では、自分がなんとなくこうではないかなと思っていたことが、時間軸と空間軸を合わせてさらに大きなスケールの中で、ダイナミックな理解が少し進んだかな、と思っています。

これから何をするのか。まだよくわかりませんが、なんとなく一歩近づいたかなという感覚は得ることができて、それはとりもなおさず、ここにいる人たちの姿を見たからだと思います。私にしてみると、ここはちょっと奇跡のような世界だなと思っています。こういう人たちが本当にいるのだ、というのは驚きでした。皆さんの存在自体が、私の不安を消してくれるひとつの証拠になっています。

早朝に富士山を見る ー 第9回大人サミットより

大人サミット中、一番感銘を受けたことは、昨晩の子ども会議です。一人の小さな男の子が、鉛筆を友達の額にさしてしまったことを皆の前で報告していました。

毎晩夕食後に行われる子ども会議
毎晩夕食後に行われる子ども会議

驚いたのは、たくさんの人たちが彼を叱ったことです。今の私の生きている近所で同じことをしたら、大変なトラブルになります。今の一般的な日本の家庭生活の中ではありえないことですから、私は他人の子どもを叱ることをしません。ただ、どちらが異常なのでしょうか。そう考えてみれば、問題は明らかです。

私が子どもの頃は、近所のおじさんやおばさんによく怒られていました。しかし、それはここでも可能なのです。それは、愛を持って育てていく意識があってのことだと思います。そして、そういった環境で育った子どもがどういう表現をするのかを見せてもらいました。(→「子どもたちが平和を絵にしたら」

ひみこが描いた『太陽の世界のたのしいくらし』
7歳のひみこが描いた『太陽の世界のたのしいくらし』

小さな子どもが描いた絵や詩の中にウソはありません。理屈の世界で理屈を納得させるのはなかなか難しくて、なおかつ大人にはさんざん騙されてきました。

私を羽交いじめにしている力が何かはわかりません。もしかしたら、教育がもたらした常識というものなのか、それとも私の自我が、はっと気付くと、私を羽交いじめにしているのかもしれません。それを何とか振り払いたいのですが、大人と理屈で話しても、自分の体を自分で持ち上げることができないようなもどかしさを感じます。

でも、子どもたちの詩や絵に出会ったら、何となくそんな説明も、もういらないと思ったのです。

 

第9回大人サミット参加者の皆さん
前列左から2人目がこうたん。次回は「家族を連れて来たい」とのこと。お待ちしてます!

 

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2016年2月14日〜3月12日
木の花塾「1ヶ月間の真学校」を開催します!

今まで知らずにいた本当の自分自身に出会い、私たちはなぜ地球に生きているのか、その真の意味を知る、かけがえのない1ヶ月間を過ごしてみませんか。それはきっと、あなたの人生を豊かにし、この世界を豊かにします。皆さまのご参加をお待ちしています!

【 日 程 】
2016年2月14日(日)〜3月12日(土)

【 会 場 】
木の花ファミリー

静岡県富士宮市猫沢238−1

【 対 象 】
■ 自分を変えたい人

■ 世界を変えたい人
■ 今の世の中をどこかおかしいと感じながら、どうすればよいかわからずにいる人
■ それまで知らずにいた本当の自分自身を知り、真に人生を謳歌したい人
■ この星に生きる人 すべて
☆ その他、2015年度受講生からは以下の人に薦めたいという声が上がっています。
■ 漠然とした不安がある人
■ 自分も他人も責め続けている人
■ 人を信頼したいという思いはあるが、できない人
■ 未知の世界があることを知りたい人
■ 出会った人 すべて
(詳細は受講生アンケートにてご覧頂けます。
 → 受講生アンケーヘ)

【 内 容 】
講座は「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」「芸術」と多岐に渡りますが、全講座に共通して学ぶことは、物理的な現象の奥に流れる深い精神性です。それまでに考えたこともない新たな視点に出会うことで世界観を大きく広げ、今社会はどのような状況にあるのか、その中で自分は一体どういう存在であるのかを紐解いていきます。
〈 講座一例 〉
人格を学ぶ講座(カルマ読み・地球暦・カタカムナ)/天然循環法の畑作/ファシリテーション/世界観を広げる/菩薩の里の経済/自然療法プログラム/食養生/有用微生物群の培養/天然醸造味噌作り/創造性と芸術/性と宇宙/自然再生と災害復興/持続可能な心の持ち方
*その他、誕生日会や季節の祭事、地域の食事会などのイベントも盛りだくさん!生活の様々な場面を通して、互いに助けあいながら宇宙の流れにそって生きる豊かなコミュニティの暮らしをリアルに体感できます。
*上記講座はあくまでも一例であり、プログラムは固定されていません。受講生との双方向の掛け合いにより、その時、その場で、もっともふさわしいものが提供されていく、誰にも予測不可能な世界に二つとないプログラムです。(→ 2015年度レポーをご覧下さい。)

【 主 催 】DSC00081
NPO法人ぐりーんぐらす

木の花ファミリーを母体として様々な社会貢献事業を行っているNPO法人です。

【 共 済 】
木の花ファミリー

詳細は、こちらをご覧ください!
「1ヶ月間の真学校@木の花ファミリー」

☆ご不明な点も、どうぞお気軽にお問い合わせください。
 電話 :0544-67-0485
 メール:info★npo-greengrass.org
 (★を@に置き換えてください。)

 

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やすこちゃんの子育て奮闘記

この秋、0歳のこうたろうくんを連れて木の花ファミリーのすぐ近所に引っ越してきたやすこちゃんとけーごくん夫妻。二人はこれまでもたびたびファミリーを訪れたり出張木の花塾を主催したりしていましたが、大事な生き方を実践していこう!ということで富士宮へやって来たのでした。

ここに来た当初のこうたろうくんは、まさに怪獣!アトピーをかきむしりながらひまわり中に響き渡る声でわんわんと泣き叫んでいましたが、ひとたび木の花に預けられて両親と離れると、すーっと穏かに。が、両親が帰って来る気配を察知するやいなや、再び怪獣化するのでした。

その様子をみていたいさどんは、やすこちゃん夫妻と面談をしました。そしてその夜の大人ミーティングで、やすこちゃんは自分が気付いたことを文章にまとめ、みんなにシェアしてくれました。

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今日からしっかりと、やっていく。

愛をもって。

愛って、自分のためとか、我とか欲とか情をなしにして、ただ本当に相手を思うこと。そういう行動をしていくこと。

たとえば子供がかまってほしくて泣いている、注目してほしくて泣いている、いわゆるわがまま泣きをしていたとする。
そこで「あ~はいはい」と抱っこしてあげる。
子供はそうすればかまってもらえると学ぶ。
抱っこでも泣き止まないこともある。おもちゃで気をそらせたりおせんべいあげたり、親は手を変え品を変え。

そこでも子供は学ぶ。泣けばこんな風にしてもらえるんだー
してほしい時は泣けばいいんだーー

わがまま泣きだから放っておこうとする。そのうち泣き止むだろうと様子を見ていると一向に泣き止む気配はなく、ますます強く泣く。そこで心配になって折れてごめんねと抱っこしてしまう。そうすると子供はそこでまた学び、次回はもっともっと強く泣く。

泣いているのがかわいそうだからと、常に相手にし、面倒を見ていると、どんどん子供は王さまになっていき、子供主体の家庭となっていく。

外に出掛けたとき、誰かと会っているとき、子供は母親に、意識を自分に向けてほしくてぐずったりする。状況がいつもと違うのですぐ抱っこしてもらえなかったり自分を優先されないと、いつもと違うのでさらに泣く。
いつもコテコテにお世話してる分、外でもいつものコテコテをしないと子供は大泣きする。
人見知り、寂しい泣き、かまって泣き
どんどん扱いにくい子になっていく。

これらはすべて、親が原因。親の柱のない子育ての被害者で、役割として全力であらわしてくれる。
泣くことだけじゃなくて、キィーと叫んだり、掻いたり、アトピーもそう。

表面上の状態を見てかわいそう、と思うのは大きな間違いで、その状態をやらせているのは自分だということ。本当に申し訳ないこと。

ではどうしたらいいか??

本当に必要なお世話をきっちりする。
そのために子供が本当に求めていることを見極める。
おむつなのかお腹すいたのか不快なことがあるのか眠いのか。

知識ばかり頭に詰め込むのではなく、よく見ることをしなければいけない。知識やいろんな情報は直観をにぶらせ、本当がわからなくなる。
また、泣いてるから取り合えずおっぱい、も、本当がわからなくなる。おっぱい依存にもなりやすい。

愛情ではなく、愛で。

情は余計なもので、「かわいそう」とは、自分の我。

子供が扱いにくいと感じたら自分をチェックする。欲や情でやってはいないかと。子供はいつでも親の鏡だから。

私の場合、こーたろがかゆいからかかせないようにいっぱい甘えさせたりおっぱいあげたり、寝かせたいから飲ませたり、自分本意でかわいがったり放置したり、考えると、こーたろのためじゃなくて自分のためにしてることがたっくさんあった。

それが本当に情けなくて、そんな適当なことしてきたから今こーたろが全力で教えるはめになってるんだなーって思ったら涙が止まらなかった

だからこれから本当に愛をもって、初めて真剣にこーたろのこと見て行動しよう、というところ。

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この文章を読み上げた後、やすこちゃんは言いました。

「今は、こういう気持ちでこうたろうと接しています。
こうたろうを預けて木の花で農作業ヘルパーをしながら、いろんな人と話しました。みんなが自分の子育ての体験を教えてくれて励みになったと同時に、今の状況を問題だと気付かなかったら、自分勝手な子育てを続けていたんだなと思うと、すごく恐ろしいことだと思いました。こうたろうが小さいうちにそれがわかって、本当にありがたかったです。
自分でやりたい、というこうたろうへの執着があることにも気付けました。
今は、ここに預けているとこうたろうも調子がいいし、自分も充実していて、お互いにとっていい時間を過ごせていると思います。」

けーごくんも、
「自分がこうたろうややすこちゃんを所有していることに気付いた。富士宮に引っ越してきたのは、自分と向き合って変化して、大事な生き方をしていくと決めたから。これからは大事なことを一番にして生活していきます。」
とコメント。

その後、いさどんは次のように語りました。

宇宙おじさん4
少し前の時代をつくっていた人たちは、物理的思考が強く、形に翻弄されて生きてきました。でも若い人たちは、もっと目に見えない世界を感じています。

今までの社会がやってきた、ものごとを形に現していくことは、目に見えるのでわかりやすいですね。自分の中の能力を駆使しなくても、問題ごとが明快にわかる。

ところが問題ごとというのは、目に見えて明快にわかるようになるずーっと以前から、その奥で確実に種を育てて来ていたのです。その段階を観ず、形に現れてからしかものごとを見ないので、結局捉え方が浅くなります。

こうたろうくんの話も、突然アトピーができたわけではありません。おぎゃあと生まれてお母さんが最初に抱っこしたその感覚や、おっぱいをあげた感覚、もっといえば妊娠中の生活やそのもっと以前から蓄積されてきた情報がすべてがインプットされて、それをもとに自分の役割を自覚して生まれて来ているのです。親はそこに至るまでの元の部分を観ずに、今現れている問題ごとだけを見て「何でこんな子になっちゃったんだろう」と言いますが、それはそれまでの自分の歩みの結果であり、プロセスなのです。

そうやって親が与える物理的環境と共に、もう一つ、時代的な環境というものがあります。

この世界に生まれた生命は、宇宙の星々や太陽と連動し、それらが表す壮大な時代の流れを地球上に表現しています。現在は宇宙的にも大きなターニングポイントにあり、新しい生命たちはとても大きな使命の元に地球に降りて来ているのです。そういった大きな視点から観れば、今目の前で子どもが表現していることの意味がわかるようになるでしょう。

今の時代に生きる僕たちは、鎌倉時代や江戸時代のことはわからないと言うかもしれませんが、実はわかるんですよ。だって、その時代の延長線上に今の生活があるわけですから、実体験としては知らなくても、今の生活を観れば過去のこともわかるのです。

昔の人はそのまっただ中にいて翻弄されていますから、ものが観えていませんでした。しかし現代を生きる我々は、そういった目を持つことができるのです。

ですから、やすこちゃんとこうたろうくんのことも、下手な子育て本よりもはるかに大事なことを語っています。そういう目線を持つことは本当に大事なことです。

家族を想うのは大切なことで、否定することではありません。当たり前の第一反応としてある感情だということです。けれどもその奥に何があるかということを観ないと、せっかくのその大切な第一反応が、周りに害をもたらすことになります。家族を大事にするのは大切なことで、いいつもりでやっているけれど、その結果どのような子どもが育っていくのか。どのような社会が出来上がっていくのか。

だから、もう一つの目線を育てなければいけないのです。
それが観えるようになることが目標です。

それが観えていくとどうなるかというと、人が集まれば集まるほど、豊かな世界ができるのです。

みんなのアイドル・こーたろくん。お役目ありがとう♪
 みんなのアイドル・こーたろくん。お役目ありがとう♪

 


木の花ファミリーに滞在して 〜 批判やゴシップについて思うこと

今月自然療法プログラムを卒業し、先週末の夏祭りに遊びにやって来たみのるんは、木の花メンバー宛の手紙を読み上げると同時に、「一般の人たちにも伝えたい」と言って以下の文章をシェアしてくれました。

一昨年、ファミリーを離れた元メンバーが事実を歪めた情報をインターネット上に掲載したことを発端として、木の花ファミリーは事実を知らない人々から一部ネット上でバッシングを受けたり、週刊誌にゴシップ的に取り上げられるということがあり、ファミリーを問題視したりカルト団体と揶揄するようなサイトは現在も存在しています。私たちはこれらの批判に対し、それは事実ではないことや、真実が何であるかを包み隠さずにお伝えしてきましたが、収まることのないネット上の暴力に為す術はなく、ただ、これからの時代にとって大切だと信じる生き方を日々実践していこうと思っています。
みのるんはそれらのサイトを読み、湧き上がる想いを綴ってくれました。
 
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私は、木の花ファミリーが社会貢献の一環として実践している「自然療法プログラム」を受ける為、およそ1ヵ月半、木の花ファミリーに滞在させていただきました。

木の花ファミリーに来る前にブログや動画などを見て、木の花ファミリーとはどういったところなのか、興味や不安も入り混じったような気持ちで訪ねさせていただきました。ネット上には、さまざまな意見や感想もありますが、私が滞在中を通して感じたこと。

それは一言で言うなら、「とても、良かった!」ということ。

そして、「世の中が、木の花ファミリーが実践している精神性、生き方に追いつけていない」ということです。

「百聞は一見にしかず」というように、様々な人の意見も感想も、自分が実際に見て感じて初めて分かることが多くあります。残念ながら、人はゴシップや第三者の意見に惑わされやすい生き物かも知れません。

それ故に、私が感じた何より残念な事が、「自然療法プログラムを受けることで治る可能性のある人、持続可能な生き方を模索している人達が、心無い記事や意見によって、治る道や、新たな生き方を見つける道を阻まれている」ということです。

私が木の花ファミリーに支払った費用は1日3240円(宿泊費、食費、洗濯代などを含む)でした。私の場合は、更に事情があって、別風呂まで準備してもらいました。実経費を差し引けば木の花ファミリーにとっては、ボランティアそのものです。

恵みいただきますの料理
恵みいただきますの料理

木の花ファミリーでは月に一度の「恵みいただきます」というレストランが催されます。近隣、県外の方など一般の方が多く来られます。その料理の提供内容に比べ、頂く代金は、1000円(65歳以上と障がいをお持ちの方は500円)と安すぎなのです。

「自然療法プログラム」も「恵みいただきます」も金銭が目的ではありませんでした。私が感じたのは、メンバーと訪問者の心と心の交流、人として成長していくためだと感じました。

私は車で外出すること、散歩することも自由でした。もちろん病院や歯医者も自由に行きました。夜の大人会議はメンバーも含めて出欠席自由です。滞在中、強制される行動は一切ありませんでした。私は、毎回参加させていただき、発言させていただく機会もありました。

プログラムの内容は、私の場合、自由に日記を書く事と、週1回の面談、つまり人生を振り返り、今の自分の心を見つめる事でした。客観的に事実を捉え、自分自身の姿や癖を知ることでした。それによって、私は被害妄想がある事や、心の癖、物事を曲がった捉え方をしている自分の姿を知ることができました。

誰に強要されたことでもありませんが、見たくない自分や、見えない自分と向き合うことは、時に苦しいことです。しかし、自分という狭い枠を知ることや、癖を知ること、客観的に自分を観られるようになることで、心と身体が回復していく現実に驚かされました。

木の花ファミリーが何故「自然療法プログラム」や「恵みいただきます」、持続可能な自給自足的生活をしているのか。

金銭、注目、名誉、名声、権力が目的になりがちな現代社会にあって、少なくとも、生きようとしても、生き辛さを感じている人達に、崩壊しかかっている今日の経済社会に先行き不安になっている人達に、新たな道を見出したいと思って模索し続けている人達に、「こんな価値観や生き方がある」という、空論でない実際を示すためだと思いました。

「他者の喜びを自らの喜びとする生き方」「地球環境にとって持続可能な豊かな生活」を現実として実践している場所が、木の花ファミリーです。

私が、この滞在を通して伝えられることは、
「希望ある、持続可能な生き方がある」
「本物は自分の心と身体で感じられる」
「自然療法プログラムは、とても良かったよ」ということです。

同じ時代を生きる同じ人間として、少しでも、日本が、地球が良くなりますように。

この文章を読んで下さった一人一人の心の直観に届くことを願い、書きました。

 

自然療法プログラム卒業生たち(前列左から3人めがみのるん)
自然療法プログラム卒業生たちと一緒に(前列左から3人目がみのるん)

 

 


みのるんのケア滞在記

今月21日に、木の花の自然療法プログラム(通称ケア)を卒業したみのるん。25日の木の花夏祭りに参加するため、奥さんと一緒に再び木の花を訪れ、その夜の大人ミーティングでファミリー宛に書いた手紙を読んでくれました。以下に、その手紙をご紹介します!

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6月2日より、7月21日まで、アトピー性皮膚炎の治療のため、50日間木の花ファミリーに滞在させていただきました。
私は今、県立図書館でこの滞在記を書いています。家にクーラーがないので避難しています(汗)。本当に皆さんのおかげで、病気になる前にも通っていたこの図書館に戻ってくることもできるようになりました。

朝どりグリーンピースを使った恵みいただきますの料理
朝どりグリーンピースを使った恵みいただきますの料理

私が、初めて木の花を訪れた日は、「恵みいただきます」の日でした。グリーンピースをその日の早朝に採ってきたという皆さんに出会い、その味と雰囲気に驚かされ、想像以上のもてなしと空間に圧倒されたのを思い出します。

木の花に来る前は、ブログや、宇宙おじさんの動画など、インターネットを通して木の花のことを色々知るにつれ、不思議と惹かれていく自分がいました。あわちゃん、よしてる君、マコトさんを見た時は、ネットでみた人!とちょっと興奮していました。いさどんと初めてお会いした時は、伝説の偉人に会うような気持ちでした。

面談では、「あなたの病気の原因は心因性のもの」と伝えられ、物理的な要因が原因と思っていた私はちょっと戸惑いました、しかし、なんとか身体を治したいと思い、木の花でのケア滞在をお願いしました。

妻の介護なくしては生活がままならなかった最初。木の花にきても、自分の最低限のことをするのにとても気力を要しました。体温調整や食欲調整、睡眠リズムなど、人としては当たりまえの調整機構が破綻していました。服をタンスから出すことも、しまうことも、動く度に、身体中に痛みと痒みが伴い、それに耐えるのに、毎日が大変でした。
しかし、そうやって動くことで自分の回復度合いが把握できると共に、生活のリズムを取り戻していったように思います。ストレスの調整もできず、暴食している自分もいましたが、メンバーの皆さんの計らいもあってコントロール出来るようになりました。

毎日出させてもらった大人会議。こんなに真剣に話し合い、自分を出し合って議論する世界があるのだと驚かされました。真剣さの底には、優しさも感じられ、それが木の花全体を癒しの空間にしているように感じました。その空間が私を癒してくれたようにも思います。
そんな会議に、私の日記をシェアさせてもらう機会が与えられ、恐々としながら発表させていただきました。「正直、素直、信じる」をテーマに書き始めた日記。しかし、いつしか聞く人を意識した内容になっていたり、何が正直なのかがわからなくなっていたり、人の言っている言葉と自分の言葉が混同していたりなど、自分一人では気づけなかった、自分だと思っていた「自分なり」の世界を見つけることができました。
今でも卒業の合格点をもらえたようには思いません。毎日が真剣勝負で、これからも心を磨く必要性を感じることができました。

ケア滞在を始めたばかりのみのるん
ケア滞在を始めたばかりの頃

有難いことに私の身体は日を追うごとにどんどん回復していきました。それは、皆さんから何気なく、いつも声をかけて下さったことや、真剣に心を話し合える瞬間瞬間のエネルギー、また、面談で自分の姿を教えて頂いたお蔭だと思います。
木の花の皆さんが朝から晩まで働いて作った、汗と努力の本物の作物や料理のお蔭です。木の花ファミリーの皆さんがケア滞在という形で作ってくださった受け皿のお蔭で、私は回復することが出来ました。

卒業式のみのるん ー 奥さんも泣いています
卒業式のみのるん ー 奥さんも泣いています

私は、傲慢ですが、なんとか自分の思いで自分の力で生きようとしました。でも壊れていく自分の身体と精神に、何もできませんでした。徹底的に打ちのめされました。仕事も、夢も、努力したと思っていたことも、全部手放さざるを得ませんでした。
木の花ファミリーの皆さんが教えて下さったことは、言葉で表せないこともあります。

自分達は生かされている
助け合って生きる精神的、物理的豊かさ
競争を手放した生き方
誰かの為、大切な思いのために働くということ
客観的に自分を見て、自らと向き合う生き方
他者の喜びを、自らの喜びとする生き方

朝早くから夜遅くまで、疲れた様子も見せず、田んぼ隊で働くサポーターのまことさん
嫌な顔一つせず、夜遅くまで相談に乗っていただきありがとうございました。

炎天下の中、もくもくと働いて食べ物を作って下さった収穫隊、田んぼ隊、畑隊の皆さん
朝早くから夜遅くまで心を込めて日々の食事を作って下さったキッチンの皆さん
木の花の住まいと身辺のお世話をして下さったひまわりの皆さん
木の花の運営、事務、管理、情報提供をして下さった事務の皆さん
音の波動で心も体も癒して下さった、木の花楽団の皆さん
いつも明るい雰囲気を作ってくれた木の花の子供達
心のケア、木の花の柱と精神を作って下さった、いさどん、陽子さん

皆さんが本当にいつも温かく接して下さり、ありがたかったです。
皆さんとの出会い、この恵みに、心から感謝いたします。
ありがとうございました。
身体にこたえる猛暑が続きますが、どうぞ夏バテなどされませんように。
また皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。

みのるん

 

6月の恵みいただきます終了後、みんなで記念撮影
6月の恵みいただきます終了後、ファミリーみんなといっしょに

 

 


16年間苦しんできたアトピーへ、ありがとう

19歳でアトピーを発症し、以来16年間その症状に苦しみ、ずっと引け目を感じて生きてきたというともくん。先日大人ミーティングで、これまで誰にも打ち明けられずに来た想いをシェアしました。(こちらの記事にてその内容をご紹介しています。)
16年間の体験を通し、自分のアトピーの原因は心にあるのではないかと感じて「僕に、心とは何かを教えてください」というともくんに、いさどんは「アトピーの症状を治す方法は伝えられないかもしれませんが、アトピーをもらって『ありがたいな』と思える心は伝えてあげられます」と答え、面談の場を持ちました。

面談後、「あまりにも言われることがひとつひとつ図星なので、頭の中が真っ白になりました」と言っていたともくんですが、この面談を経ての今の想いを、再び大人ミーティングでシェアしてくれました。
以下、その全文をご紹介します。
  
■     ■     ■
  
いさどんの面談を受けました。
家族のこと、家系のこと、自分の進む道標など、
多岐に渡る話を聞くことができました。
多くのことに気づかされました。

僕の両親は12年前に離婚しています。
「両親の離婚の理由はなんですか?」
いさどんから問われました。

僕はその問いに答えることができませんでした。
両親のことを何も知らなかったという事実に気づきました。
両親だけではありません。よく考えてみると、
兄弟のことも深くは理解していないのです。

最も身近な存在であるはずの家族、
そのことに関心がない。
僕は他者に対して無関心であることに気づかされました。
それはつまり、
「自分自身に対しても無関心である」ということだったのです。

僕は自分のことが、全く分かっていなかったのです。
僕にとっては驚愕の事実でした。
「目から鱗」とは、まさにこのような心境を意味しているのだと思います。

「君の心から、エネルギーや声は流れているはず」
いさどんは僕に言いました。

しかし僕は、それらを受け取ることはおろか、感じることすらできていませんでした。

当然です。僕の意識は、常に表面上の肌のことや外面に集中していたからです。

「健常な肌ではないからこそ、辛い苦しい状態だからこそ
感じられる気持ち、見える世界があるはずです。
それは、君にしか感知できません。君だから理解できる真実です。
君が感じたその世界や真実を発信してみてください。
それが君の役割なのかもしれません」

いさどんは、僕に方向性を示してくれました。

誰かを救うことができるのではないか。
社会を良い方向へと変えていくことができるのではないか。
いさどんとの面談を経て、こんな感情を抱くことができました。

19歳の時から悩み苦しんできた体験が、誰かを助けることができる。
僕だから感じることができる世界や真実がある。
僕が感じた思いや考えを発信することで、世の中を変えていくことができる。

このように考えた時、僕の中で意識の変革が起きました。

今まで味わってきた体験は
僕にとって大切な財産であり、宝物だったのかもしれないと・・・
それは神がくれた贈り物だったのかもしれないと・・・

僕は今まで、自分の内面を見つめることを怠ってきました。
自分らしく生きることができていませんでした。
魂の成長や向上を意識することなどありませんでした。
自分を好きになることができずに、下を向いて生きてきました。

これからは、自らの役割を果たしていきたいと考えています。
自分自身を見つめ直します。
体内の内なる声に耳を傾けます。
湧き上がってくるエネルギーを全身で感じます。

そのためにも、
意識のベクトルを外面ではなく内面に方向転換します。
心の奥にある、神の意思を感じていきたいと思っています。

いさどんとの面談は、僕に重要な気づきを与えてくれました。
全てのことに意味があったのです。
そう思うと、感謝の気持ちを抱くことができました。
心が楽になりました。

意識が変わることによって、
やるべきことがはっきりと見えてきた気がします。
僕だからこそできる役割を、
果たしていきたいと考えています。
楽しい人生を歩むことができそうです。
楽に生きていくことができそうです。

ありがとうございました。