人類史上初の「リョウ」の集いにようこそ! ~PART3:リョウタくんの目覚め~

「リョウ・リョウ・リョウ」の集いから約1ヶ月が過ぎたある日のこと。リョウタくんの日記には、リョウタロウくんの姿を通して自分自身を振り返ったことや、リョウくんに対して今まで自分がしてこなかったことにチャレンジしてみたことが書かれていました。いさどんからは「この日記を大人会議で皆にもシェアしてください」とコメントされていました。


《9月15日の日記》
昨夜のようこちゃんの心のシェアはとても参考になった。しょうもない自分を捨てた先に、ようこちゃんの笑顔や幸せ、そして大切な役割があると知り、今まで口で伝えられて心に落ちていなかったことが、実態としてストンと体の中に入ってきた。心が軽くなったし、少し開いた。

いさどんのコメント:
少しですか。

腹をくくろうと思った。

いさどんのコメント:
そうではなくて、自然に任せることです。

ようこちゃんの地球暦には水星にスイッチが入っていないから、いさどんとパートナーシップを組むことでその部分を補っていくということだったが、自分の地球暦で言ったら、スイッチが入っていない天王星・海王星・冥王星はいさどんの力を信じて埋めていこう。良いきっかけになった。二人共ありがとう。

いさどんのコメント:
心地の良い響きを感じました。あなたの心の状態が皆の気持ちを明るくします。

昼食をリョウタロウくんと食べていたら、彼がカトケンともめた話を聞いた。「病気になってからひねくれた」というリョウタロウくんの考えと、「そういう性格だから病気になったんだ」というカトケンの意見が対立し、リョウタロウくんがムカッと感情的になって言い返してしまったらしい。

それを聞いて、まるで自分のようだなと思った。

いさどんのコメント:
今まではそうでしたね。

自分のことだと感情的になるが、客観的な眼で冷静に問題を観ていると、真実はどうであれ(でも僕もカトケンの考えに同感だったが)、

いさどんのコメント:
なるほど。視点が変わりましたね。

カトケンは別にリョウタロウくんを怒らせるために言ったのではなく、むしろその逆で、彼の改善のために助言したことがわかる。

いさどんのコメント:
その受け取り方はポジティブです。

また、「自分を守るために言い返した」というリョウタロウくんが、全然自分を守れていないことにも気付いた。

いさどんのコメント:
ポイントです。

本当に自分を守るなら、しょうもない浅い理解を相手に求めるのではなく、「自立」という木の花での目標を達成するためにはどうしたら良いかよく考え、大きな視点で人の意見を自分のプラスに変えていかなければならない。

いさどんのコメント:
そうです。

リョウタロウくんを見ていたら、なんだか滑稽だし、可哀想に思えた。「何のためにここに来たの?」と思わず彼に訊いてしまったが、上記の考えもすべて含めて自分に言い聞かせていた。これまでの自分を変えたくて木の花に来たはずなのに、まだ外の世界で生きてきた時と同じことをしている。同じ考えを頑なにするくらいなら、ここにいる意味はないから、お金も無駄だし出て行ったほうがいい。

いさどんのコメント:
まったくその通りです。

神様は僕に客観的な目線を持たせるために、昼食時リョウタロウくんの前の席を空けてくれたのだと思った。

いさどんのコメント:
その受け取りは深いですね。

他人と話すとよく肩が凝る。自分では緊張していないし、良く思われようとはしていないつもりなのに、現象は無理をしていて自然ではないことを教えてくれている。体に染み込んだ自動反射だから捉えるのは難しいが、その都度自分の心の状態をチェックしていかなければならない。

いさどんのコメント:
その地道な努力が明るい未来に繋がります。

何か思考が巡ったら、その度に「これは過去の自分の思考か、新しい自分の思考か」を常にチェックしている。そして過去の自分の思考だったら、すぐに手放すようにした。そうしたら雑念が止まり、気分が良くなった。スッキリ感がある。

いさどんのコメント:
素晴らしい!

浮かぶのはまだ99%過去の自分の思考だが、それを地道に1%ずつでいいから新しい自分の思考に変えていく。今までと逆をやる姿勢を常に持つ。

曜日ごとに何の作業をやるか決め、一日も休まず連続作業日数にこだわっていた過去の自分、アホやなあ~!何を大切にしているのか?自分の体より、他人の評価です。曜日ごとに作業を決めたのは、作業場までの送迎などメンバーの負担にならないようにで(他人のことを考えているようで、実際はメンバーの負担になって嫌われないため。評価のため。つまり自分のため)、連続作業日数も意志が弱いとか根性がないとか、周りに思われたくないから。休みたくても休んだら、リョウチンとかに怠けていると思われるのが嫌だったから。体が異常な状態なのに、健康な人と比較して、少しくらい辛くても休んでいたら社会では通用しないと思ったから。一生懸命の方向が間違っていたことに、最近ようやく気付いてきた。

いさどんのコメント:
すごい!

同じことをこれまで外の世界でもやってきて、全く同じ現象をもらってきたのに学習できていない自分はやっぱりアホやなあ~!確かに少しくらい辛くても作業に出るくらいではないと、何かと理由をつけて怠け癖が身についてしまう可能性もあるが、常に自分と向き合っていれば休みたいのが怠け心か、本当に体が悲鳴をあげているのかくらいわかる。今回に関しては完璧に後者だったのに、それでも休まないことが自分にとっての一生懸命だと勘違いして、さらに自分を追い込んでしまった。

いさどんのコメント:
良く分析できています。

全然自分に優しくない。体が怒るのは当然のことで、当たり前のことで当たり前なことが起こった、何も難しくない簡単な話だった。

いさどんのコメント:
そうですよ!

でもそんな簡単な問題を今まで解けずにいたことが、いかに僕が自分が観えていないかを物語っている。だからこそ、他人の第三者の客観的目線は大切だ。もっと素直に受け取ろう。上に立つ人から何かコントロールされることは征服されるみたいで苦しいが、ようこちゃんみたいに自分の欠点を埋めてくれる存在としてうまく利用する気持ちでいれば、服従の上下関係にはならず、自尊心も保てると思う。今は心を変えることで、社会に出ると危ないから生じたこの病気の存在意義がなくなると信じている。

いさどんのコメント:
素晴らしい悟りです。

昨夜初めて気付いたが、過去僕が楽しかったり幸せを感じるときは、すべて「自分が主役」だったときだ。東京でのシェアハウス生活も自分のエゴを剥き出しにして、主役になるために変わったことやバカなことをして皆の注目を集めた。だから人と同じことはやらず、競争が激しい所も避け、自分しかやらないだろうという選択をしてきた結果、現在のような自分独特なねじれが出来上がってきた。注目を浴びようと思考を巡らせているときからワクワクして楽しいし、実際注目を浴びると2~3日余韻に浸るぐらいの快感を覚える。デートもそうだし、海外での一人旅も、自分が物語の主人公になったみたいで言い知れぬ高揚感に包まれる。地球暦で地球にポイントが多い訳だ。

いさどんのコメント:
なるほど。

最近、楽しさや幸せを感じられないのは、いさどんにも指摘されたことがあったように、そうした注目(ポイント)が得られなくなってきたからだ。そうした不満を晴らすため、現実逃避するために、今はポイントの代わりに食べることで空いた穴を埋めようとしている。これからは、さらにその食べることに代わる快感を探し求める必要がある。

いさどんのコメント:
それが何かですね。

自分を深く見つめていれば、流れを感じることができるということに今日気付いた。人の意見を素直に受け取れない自分がいて、今日リョウタロウくんを通してそれを客観的に観せてもらい、入浴時にそれが理解できたか試すように感情的になりそうな場面があった。確かに一時は感情的になってしまったが、すぐその後に自分の考えを通したところで自分に何のメリットがあるのか冷静に考え(変わらない自分がいるだけ)、そんなことより自分と違う意見を今の自分に取り入れたほうが良い方向に向かえると思考を改めることができた。でも、まだまだ感情が強く出てくるから、明日からもそれを試すかのように同じ場面はやってくると思うけど、一回一回の積み重ねで問題を卒業していこう。

いさどんのコメント:
そうすれば、その方向には卒業の文字が待っています。

正直、いさどんにも指摘されたが、僕は自分だけ得したいという気持ちが強い。分け与えるより、独り占めしたい人間だ。自分だけ得をすると人より優位に立てるから優越感を感じて気持ちいいし、それで評価が上がって人望もモテ度も上がる。人に置いていかれるという不安や焦りも軽減する。だからやめられない。いいことづくしだから。でも、そうしてきた結果が今現象化として現れているという事実を忘れてはならない。確かに独り占めしてきたことで一時の恩恵は受けてきたと思う。人望もモテ度も確実に。だけど、それはやはり上辺だけの浅くて短いハリボテのような得だと気付いた。実際、恩恵に関わった人間は、ほとんど今僕の周りにいない。それが現実だ。一時の得にしがみつくから、一時の関係しかつくれない。逆に自分・自分で生きてきたせいで、いさどんにも指摘されたように、他人に対して優しさや愛がなくなり、結果的に人に対してムカつき、わずらわしくなり、嫌いになり、終わりには憎むようになってしまった。もっと長く、大きな目で観なければならない。今の状況を改善させるには何度も言うが、常に自己チェックを欠かさないことだ。「これは自分だけ得しているな」と思ったら、それを人に分け与える。

今日はそれを意識して、昨日の素晴らしいようこちゃんのシェアの内容をリョウくんに丁寧に説明してあげた。

いさどんのコメント:
他者のために生きることは徳(人徳)になります。

本当は独り占めしたいし、なんだか気持ちは良くないし、面倒だなとも思ったけど、今までと同じことをしていたら何も変わらないから、逆のことをする。まだ気持ちは追いついていないけど、形から入ろうと思った。

いさどんのコメント:
人間は形をいただいてから、心の学びをいただく者です(カタチサキ)。

別にリョウくんからは特に感謝はされなかったけど、自分が所有したかったものを一つでも手放させるようになった新しい自分に出会えたことを評価しよう。

追伸:一時の得に走ったら、一瞬の恩恵しか与えられないけど、長く大きな目で見たら、長く大きな恩恵が降りてくる。

いさどんのコメント:
人格者になります。

これが宇宙の法則か。

いさどんのコメント:
そうです。

他人に何かを分けることで、自他との境界線が薄れて、他人も自分のように愛せるようになっていく。

いさどんのコメント:
神様の愛です。

エゴを手放す練習から始めよう。

いさどんのコメント:
素晴らしい!

追伸2:自分だけ得したいという気持ちがあると、人がそうなることが許せない。ムカついて体にも悪いことを自分はやっている。アホやなあ~!

いさどんのコメント:
過去の自分にありがとうです。いよいよ、スタート地点に立ったようですね。これからです。この日記をミーティングでシェアしてください。

 

 


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