2013-06-01-1

本当にいい人生を生きるために ~あこちゃんといさどんの会話

最近、学校で友達から悪口を言われたり、先輩から嫌なことをされたりして悩んでいるというあこちゃんが、かねてより親しいいさどんのところへ相談にやってきました。以下、あこちゃんといさどんの会話をご紹介します!

――――――――

いさどん:
僕はね、あなたの味方だよ。

あこちゃん:
え???・・・あっ、「みかた」って「味方」ってことか。「見方」かと思っちゃった。

いさどん:
「目方」じゃないよ(笑)。味方だよ。どういう味方かというと、あなたが物事を正しく観て、いい人生を生きていくために協力しようと思ってる人だということ。
それでね、あなたの周りに起きていることを観ていくと、そこに共通点があるんだよ。友達との関係でトラブルがあったり、先輩に嫌なことをされたりするわけだけど、実際にそういった問題が起きなくても、そういった問題を引き起こすあなたの心の傾向というのは、常に日常の中に表れている。今あなたの周りに起きている問題は、どこに原因があると思う?

あこちゃん:
私がいい恰好しいで、人に媚びるから。

いさどん:
それは自分でわかってるの?人に言われたからそうなんだと決めているようでは、意味がないよ。自分でしっかりとその仕組みをつかめていないとダメだよ。

あこちゃん:
思いとしてはわかってるけど、まだちゃんと自分の心に刻み込まれてはいないと思う。

いさどん:
それじゃあ本当にわかってるとは言えないでしょう。あなたの周りに起きる出来事を不快に感じることがあるとしたら、その不快なことを並べてみると、どういったことが原因でそれが起きているのかが観えてくるんだよ。それぞれの出来事の相手はどういう立場なのかを考えてみると、その人その人によってバラバラだよね。だけど共通しているのは、そこにあなたがいるということ。それらの出来事のすべてにあなたが関わっている。
それは一見、「私の周りにはろくな人がいない」というようにも思いがちだけど、それは自分を観ないで、不愉快と思う相手のことばかりを気にしている人の考え方だよ。その構造は、わかる?

あこちゃん:
うん。

いさどん:
それらの出来事に共通して出会っているのは自分だよね。そうしたら、そこで自分を観ることが大事なんだよ。それを自分でやらないから、今僕が「あなたはこういう傾向があるからそういった出来事に出会うんだよ」ということを伝えているんだよ。
さっき僕が「どこに原因があると思う?」と聞いたら、あなたは「私がいい恰好しいだから」と答えたよね。でも僕はそのあなたの答え方を聞いて、怪しいな、と思うんだよ。なぜなら、言葉に曖昧さが漂っていて、人から言われたからそう答えているということが感じられるからさ。それもいつも正解の側にいて、評価されようと相手に媚びを売っているようなことだよ。わかった人のふりをしている。

あこちゃん:
・・・確かに。

いさどん:
僕は怪しいと感じるから、本当にそう思ってる?と聞くわけだ。親切だからね。だけど普通の人は、あなたが「わかりました」と言うと「ああ、この子はわかってるんだな」と思ってそれで終わりにするんだよ。
だけどね、人間というのは嘘つきでね。その嘘もとても上手で、ずっとそうやって生きていくうちに嘘が染みついてしまって、自分でも気が付かないまま嘘をついていたりするんだよ。むしろその方が多いかもしれない。それが「クセ」というやつさ。

あこちゃん:
ああ。

いさどん:
僕はあなたの味方で、あなたを応援している。「味方」というと、「あなたは何も問題がないから、そのままでいいんだよ」というような、よく人を心地よくさせることを狙った本に書かれているような表面的な味方もいるね。だけどそれでは本人にとって何の足しにもならない。問題も解決しないどころか、次の問題を引き起こす種を育てるような応援をしていることになる。
そこでいさどんは、「それではダメでしょう」と言うんだよ。「ダメでしょう」と言われると、自分の思い通りに生きていきたい人にとっては、自分を否定されたような気持ちになったり、叱られたように感じるだろうね。だけど、良くない自分を否定されることは大切なことでしょう?

1月28日に富士浅間木の花祭りをやるけれど、この祭りには鬼が出てくる。鬼は「悪いことをしてはいかんぞ」と怖~い顔をして怒ってるんだよ。「そんなことをしていたら、世の中どころかおまえ自身の人生にも良くないぞ」と、真っ赤な顔をしてみんなに伝えている。それを素直に受け取って、そうでした、自分のことばかり考えていました、これからは改めます、という心に人間がなると、鬼はニコニコと笑って、仏さまの顔になるんだよ。
だからね、物事はしっかりと正しく順を追って観ていくことが大切だよ。聞いてる?

あこちゃん:
うん。聞いてる。

いさどん:
それは耳では聞いているだろうけど、中身が入っているかということさ。ちゃんと理解して、体に染みこんでる?

あこちゃん:
(返事に詰まる。)

いさどん:
そうでないと、いくら良い話を聞いても活かせないよ。それではただ良い話を聞いただけのことになる。あなたにはクセがあってね、しっかり聞いていないのに、うん、うん、と頷いて、聞いたふりをしてやり過ごすことがあるね。それは相手からすると、表面的な人はともかく、なんだか聞いているように見えて実は私の話を聞いてないな、と感じられるものだよ。そして何かあの人は信用できないな、ということになる。
あなたは人から良く見られようとして、長い間表面的に取り繕ってきた。そのクセのまま人間関係をつくろうとしても、深い関係はできないよ。

あこちゃん:
確かに・・・。

いさどん:
相手が自分に何かを言ってくるには、理由がある。あなたは「相手にはストレスが溜まっているから」というように捉えても、そのストレスはあなた自身が原因になっていることもあるんだよ。相手に対して自分がストレスを与えているのだとしたら、そこは一番に改めなければいけない。
だけどそう言うと、あなたの傾向として、また相手に媚びを売り始めるんだよ。「私が悪かったからごめんね」と。だけど、その場合相手には相手の問題があるのに、そこで媚びを売るようでは自分のためにもならなければ、相手のためにもならないよ。

大切なのは、その出会いが良い関係で過ぎていくこと。出会いは縁だからいつまでも続くとは限らないし、縁が切れれば自然に消滅して、それが「いい関係だったね」という思い出として残っていくようにしたいね。勘違いしてはいけないのが、子どもの頃に仲がいいとそのままずっとその関係が続くかのように思いがちだけど、そうとは限らないということ。いさどんも高校の頃の友達とすごく仲が良くて、将来僕たちは結婚して家庭を持ってもこの関係はずっと続けようぜと話していた記憶があるけど、何のことはない、彼女ができたり、就職して家が遠くなったりしたら、もうそこではそれぞれが別の世界で生きていくんだよ。今じゃ価値観もまったく違うから、会うこともない。
今の友達との関係をずっと続けたいという思いを持つことはいいし、実際に関係を続けている人はいるけれど、そんなに多くはないね。成長するにつれて周囲との関わりというのは変わっていくもの。そして「楽しかったね」と思い出になっていくだけのことなんだけど、そこで後から「あの時いじめられて辛かったんだ」とトラウマになるような関係はできれば作らない方がいいね。
それには、「自分はいじめを受けた被害者で不幸だった」と捉えているようではダメなんだよ。いじめる側も、いじめて得したなんて思ってはいないはずさ。むしろいやな思い出になっているから、自分がいじめっ子だったということはなるべく人には話さないようになるね。自分はいい人だったと思いたいんだよ。聞いてる?

あこちゃん:
えっ・・・き、聞いてるよ。

いさどん:
あなた、自信がないんでしょう。

あこちゃん:
私も、自信を持って聞いているとは言えないけど・・・

いさどん:
相手の話を聞くよりも、頭の中で自分の思考を巡らせているからそういうふうになるんだよ。それが染みついている。だからあなたの言う「聞いている」というのは、相手の話を聞いているというよりも、その話を聞いて、自分に置き換えて思考を回していたり、どんな反応をしたらいいんだろう、とか、最終的にはどうしたら相手に気に入られるだろう、なんて、今僕が話している内容とは関係のないことを考えている傾向があるんだよ。
そういった自分の思考的クセを白紙にして、相手の話をじっくりと聞き、何を伝えられているのかを理解することが大切なんだよ。聞く能力というのは人それぞれだけど、そういった心のクセの奥には、正しく物事を受け取る力を誰もが個性的に持っているものなんだよ。それを使っているかというと、多くの人は使っていない。だから話が終わった後に、相手が何を言っていたのかをよく理解していないことがある。あなたの場合、話の最中も相手にどう思われるだろうかとビクビクしているところがあるものだから、話が終わった後に「この人はこういう考えだったのか、それなら今度からこうしてあげよう」と相手を理解するのではなく、「こう言われたから自分はどうしたらいいだろう」と結局自分のことばかり考えていることになり、いつも自分が中心になってしまう。それではいい人間関係はできないね。

あなたは周囲との関係でいろんな問題に出会っているよね。あなたを観ていると、その原因はあなた自身が引き寄せていることが観えてくる。あなたに問題があるから、同じように問題を引き起こす人が寄ってくるんだよ。そして皮肉なことに、その人と仲良くなる。それでやがてお互いに本性がわかると「あんなに仲が良かったのに何でそんなことを言うの」ということになったり、仲がいいはずなのに相手に何か言ってやりたいような気持ちになったりするんだよ。距離が近くなるということは縁があるということだけど、近いのに仲が悪いという関係ができて、それがひどくなると難しい人間関係を創り出し、それを解決しないで放っておくと、トラウマになる。縁が切れたら離れていって「あんなこともあったね」と終わっていけばいいのだけれど、「仲が良かったはずなのにあんなことになって辛かったな」といつまでも嫌な思い出として残ってトラウマになるんだよ。それは悪い思い出を作る生き方だね。
そういう種を自分自身の人生に播いて、そこにさらに自分のクセが嫌な出来事を足していく。そのことに気付かなければいつまでもそのままだから、いい人生は生きられないよ。自分の心のクセが、不快なものをふくらませていくんだよ。相手に対しても、自分に対してもね。

それを解決するためには、まず自分を振り返ること。そして相手のこともよく観察する。どうしてそうなったのかを分析して「ああ、そういうことだったのか」とわかったら、そこから自分を変えていかないと同じようなことがずっと起き続けるよ。生ごみを袋に入れてその辺に置いておいてごらん。いくら片付けたつもりになっても、中は腐っていくから。土に還すなり何なりと、正しい所に処理しなければいけないんだよ。

あなたは友達から、インターネットの情報を元にして事実ではないことを悪口として言われた。そこで自分の想いを手紙に書いたわけだけど、それを読んだ人によると、相手に訴えているのか自分が反省しているのか、最終的に何が言いたいのかよくわからない内容だったそうだね。それで自分の意思をはっきりと伝えなければいけないということを伝えられたら、今度は極端に自分の主張だけを並べた一方的な手紙を書いた。それでは相手との関係をさらに悪くするようなものでしょう。自分ではどう思うの?

あこちゃん:
書いた時は、正直な気持ちを書けたなって思ったけど・・・

いさどん:
正直というけど、あれはあなたが不愉快に感じている感情を箇条書きにして出しただけのことだよ。そこに気が付けないのが問題だ。僕はあなたが書き直したという手紙を見せられて、いったいこれを友達に渡してこれからどういう関係をつくろうとしているのかと思ったよ。それを読んで相手がしょげたところで、関係が壊れるだけでしょう?あんなふうに自分の意見だけを一方的に伝えても、相手が自分を改めることにはならないよ。そうかといって、いつものあなたのように相手にへつらっていては、相手は余計に調子に乗って、いじめてくる。どうしようもないよね。そこにあなたの人格が見事に表れているんだよ。

僕が初めてあなたに会った時にはとても大人びていて、周りの人たちは「とてもしっかりしているね、すごいね」と感心していた。だけど実はあなたはそういう自分を装っていただけで、それが長続きするわけがないのだけれど、あなたの親もそれを見抜けていなかった。だからあなたはいさどんに出会ってよかったと思うんだよ。周りの大人たちはみんなごまかされていたけれど、いさどんにはあなたの本当の姿が観えたわけだから。
それは、いさどんに感謝しなさいという話ではないんだよ。物事を冷静に、正しく観なさいということさ。今までのあなたはいい恰好しいで、嘘つきの心をしていた。だけどいくらいさどんが応援していると言っても、この先ずーっとあなたとくっついているわけにはいかないんだよ。最後には死んで別れるわけだしね。そうしたら、あなた自身が物事を冷静に正しく観る目を持つことが必要だ。

今、僕はあなたという人をずっと分析してきたけど、それについてどう思う?

あこちゃん:
どう思うか・・・なかなか言葉がすぐに出てこない。

いさどん:
出てこなくてもいいけれど、今伝えられたことがあなたの中で「本当にそうだな」と身に染みていなければ、意味がない。あなたは勉強はよくできるね。勉強ができるということは集中力があるということだけど、その中でも記憶力が優れているから勉強が得意という人がほとんどだ。今の勉強は記憶ができれば点数が上がるようになっているから。
だけど大切なのは、理解力だよ。一番いいのは記憶力も理解力も両方あることだけど、今の世の中では記憶力のある人が優秀だということになっている。そしてテストが終われば、もう忘れていいんだよ。つまり、身に付いていなくても優秀と評価される。それが今の学校の勉強だよ。
あなたは成績優秀だけれども、それもいいことなのかどうかわからない。なぜなら、今は多くの人が大学に行くけれど、大学に行ったからといっていい人生が歩めるわけではないからさ。みんな勉強して知識は増えても、自分のことがわかっていない。知識を得ることによって発揮できるものもあるから、それで世の中は成り立っているけれど、本当の意味で良い人生にはつながっていかない。自分のことが観えないまま問題ごとの種を播き続けて、それで問題に出会って「何でだろう」と悩んでいるんだよ。
大切なのは、自分としっかり向き合って、自分はどういう人であるのかを正しく理解して、その自分の個性を有効に活かしていくことさ。それを「心磨き」と言うんだよ。心を磨くことで、人は初めて本当に良い人生を生きられるようになるんだよ。

それで、もう一度聞くけれど、話を聞いていてどう思った?

あこちゃん:
確かに、私は勉強は一生懸命やってきたけれど、心を磨くことはしていなかった・・・(ここであこちゃんは涙を流す。)

いさどん:
ねぇ。ここでは心を磨くことを一番大切にしているけれど、世の中の人はそんなことは言わないよ。友達だって学校の先生だって言わないでしょう?だけど心を磨かなければ、勉強したことも本当の意味で役に立たないんだよ。だからいさどんは「心を磨きなさい」と言うんだよ。いさどんは世の中の人みんなの味方だからね。
今、そうやって涙が出てきたということは、理解できたということだね。僕が今こうしてあなたと話しているのは、あなたが話を聞きに来たからだよ。それはいいことだよ。物事を自分の中で収めずに聞きに来たおかげで、客観的な視点をもらって自分を振り返ることができるのだから。そこでちょっと足りないのは、聞きに来るのが遅いということ。もっと早く来れば、ややこしいことになる前に解決できるし、嫌な思いをすることもない。ちょっと問題の兆しが現れたところで、すぐに自分を振り返ればいいんだよ。そうやって身に付けていくんだ。
今回の友達とのトラブルが特別大きな問題ではないけれど、同じようなことがいくつか続いているのだから、それをつなげてひとつの物語として観たら、そこに同じような傾向が観えてくる。あなたは人生を通して、こういった一連の出来事に出会った。それを物語として捉えて勉強するには、とても良い機会だよ。

僕は誰もの味方だから、あなたの友達の味方でもある。あなたに悪口を言う友達のことを観てみると、けっこう頑固だから、しっかりと道理の通った話をしないと伝わらないね。
まず、あなたとの関係を大切にしたいと思っているけれど、私は最近不愉快に感じることがあるんだということを伝えること。あなたはインターネットの情報を元にして悪口を言っているけれど、それが真実かどうか確かめたのか。今の世の中は、表現の自由だと言って一方的な書き込みがネット上に蔓延し、被害を受けている人がたくさんいる。ネット上の情報を鵜呑みにして悪口を言うようなら、あなたもそれに加担していることになる。あなたのやっていることが人を悲しませているとしたら、それについてどう思うのか。私は不愉快な思いをしていて、それを改善せずにあなたと良い関係はつくれない。これまでの私の姿勢が今のあなたの態度を引き出したと思うから、これからはもっと明快に、本音であなたと付き合っていこうと思う ――― そういうふうに、筋を通して相手に伝えることだよ。

いさどんが言ったことをそのまま伝えなさいということではないよ。中身はあなたが自由に書けばいい。その時に、今いさどんが話したように物事をよく分析して、それから伝えてあげると、その子のためにもあなたのためにもいいことになるということさ。そして本当の意味で心が通じて、いい友達になれる。自分の意見だけを通して相手はどうでもいいのだということではなくて、いい関係をつくっていくことが大事でしょう?それができたら、あなたは本当の意味で賢い人になるよ。

これはいさどんの思惑ではなく、こういう出来事に出会った時に誰もが取るべき姿勢の話だよ。それが「正しい」ということであり、誰の側にも立たないということさ。自分の側にも相手の側にも立たず、みんなにとって良いことができるようになった時に、世の中のためになる人になれるよ。大人になって社会に出れば、社会貢献ができる。例えば先生になったら、子どもたちのためになる。誰もがそうやって生きられるんだよ。そしてそれが価値となって、自分のためにもなるんだよ。
あなたにはそういう人になってほしいと思うけれど、変な心のクセがついているね。それは生まれ持った心の性質ということもあるけれど、そうであったとしても、改めていくことはできるんだよ。改めれば、別の人になる。悪いところは改めて別人になって、良いところはそのまま活かしていけばいい。

あこちゃん:
(泣きながら)いい言葉が見つからないんだけど・・・

いさどん:
いい言葉が見つからなくても、言われたことはわかる?

あこちゃん:
うん。

いさどん:
それが大事だよ。わかるけど言葉にならない、ということは、学校のテストだったら0点だね。学校のテストは、答えが合っていれば点数が取れるようになっている。だけど大切なのは、たとえ言葉で説明できなくても「わかった!!」って本当に心から思うことなんだよ。僕はその方がずっと大切だと思うよ。

今の「わかった」という心で、友だちにも手紙を書くといいね。これからも、あなたが知恵が必要になった時には、力を貸すよ。だけどおせっかいは焼かないからね。はい、終わり。

(ここであこちゃんはいさどんに抱きついて、声をあげて泣きました。)

いさどん:
(涙を浮かべながら)こういうのを、いい関係というんだよ。

 

 


 

自分自身のことを深く知りたい方へ        

2017年2月19日(日)~3月18日(土)    
1ヶ月間の真学校 開催   

何か問題が起きた時「自分は悪くないのになぜこんな事が起きるのだろう」と思ったことはありませんか。
人は問題を見つけると、とかく自分の外に原因を探し、周りを変えようとします。ところが周りはどうにも変わることなく、問題だけが積み重なり、今や家庭の中から地球規模に至るまで、どこもかしこも問題だらけの、行き先の見えない世の中となりました。
しかしそれは視点を変えれば、大転換のチャンスでもあるのです。

1ヶ月間の真学校は、人生の問題のあるなしに関わらず、生きることの突破口を開く場です。そこに特定の正解はありません。一人ひとりが客観的に自己を捉える冷静な目を養い、視野を広げ、その人らしい人生を自ら切り開いていく力を身に付けます。

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【日程】
2017年2月19日(日)~3月18日(土)
【会場】
木の花ファミリー
【定員】
15名 定員に達し次第受け付けを締め切ります。
【参加費】
18~22万円 収入に応じたスライド制です。受講料や食費など1ヶ月間の滞在費全てを含みます。
【内容】
「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」「芸術」と多彩な切り口の講座を通して、受講生一人ひとりの心の性質や人生の使命、そして時代の流れを読み解きながら、この世界の真実を観抜く心の目が開かれるよう、いざないます。
講座例:人格を学ぶ講座(カルマ読みと地球暦)/コミュニティ創設講座/天然循環法の畑作・稲作/ファシリテーション/世界観を広げる/菩薩の里の経済/自然療法プログラム/食養生/有用微生物群の培養/天然醸造味噌作り/創造性と芸術/カタカムナ/性と宇宙/自然災害と防災/持続可能な心の持ち方

講座詳細やこれまでの受講生の体験記はこちら!

→ 1ヶ月間の真学校ブログ

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