食のプレゼンを聞いて 〜 15歳のハンくんの感想

ハンくんは、15歳の中国人の少年です。昨年、叔母さんと従姉妹と一緒に初めて木の花ファミリーを訪れ、「ここがとても好きになりました」というハンくんは、今回何と9歳から14歳までの12人の子どもたちを連れたツアーを自らコーディネートし、再び木の花ファミリーにやって来ました。もともと日本語が少し話せたハンくんですが、昨年中国に戻ってからも独学で勉強を続け、前回よりもたくさん話せるようになり、毎晩の大人ミーティングにも参加して大人たちの話にじっと耳を傾けています。

そして昨日、中国の子どもたちに向けて、ジイジによる食のプレゼンテーションがありました。

ジイジによる、食についてのプレゼンテーション

*食のプレゼンテーションの全スライドを、「1ヶ月間の真学校」ブログでご紹介しています。

ハンくんが書いてくれた感想

話を聞いて「勉強になりました。本当に。」とハンくん。以下、ハンくんが日本語で書いてくれたプレゼンテーションの感想をご紹介します。辞書を使いながら、時間をかけて丁寧に書いてくれたハンくんの思いが伝わるよう、原文をほぼそのまま掲載しています。どうぞご覧ください。

 

けさ ジイジの食のプレゼンを聞いた感想

食はとても重要で、人間の生活にとって、なくてはならないものです。しかし、みんなはそれを無視して、自分と世界にとって悪い食事を毎日とっています。

前も食についてすこし知りましたが、今回はこれについてビックリしました。私にとって一番印象をもっているのは 食の無駄です。

中国人は日本人について言うと、もし「日本人の良い点は何ですか」と聞いたなら、「マナーとか、職人かたぎとか、そしてご飯は食べ残しが無い」って、中国人でも知っているのです。今回のプレゼンで、日本人も沢山食品を捨てていることを、本当に思わなかったと思います。
でも、細かく思うなら、何かが分かった。それは、日本人は「もし足りなくなったらどうする」と思って、足りすぎる(ほど求める)からです。元は良い思いだが、他の国の人が足りるかを全然思わなかったのです。

この問題の原因は、視点が狭いからです。解消するには、目を、お金から、他人のいのちに返還しなければなりません。

 

子どもミーティングで感想をシェアするハンくん ー 新しい世代が、大切なメッセージを伝えてくれています

 


雑草魂で正社員として働く 〜 リョウタくんの新たな一歩

昨年の9月に自然療法プログラムを卒業し、その後も心の学びを続けるために木の花ファミリーに滞在し続けていたリョウタくん(通称“もちろん”くん)。ヘルパーとして日々農作業に勤しんでいましたが、この度正式に、農事組合法人木の花ファミリーの正社員となることが決まりました。
毎日畑に出てみんなと一緒に汗を流し、ここへ来た当初からは見違えるほど大きく変化した彼が、ある日の大人ミーティングで、木の花ファミリーメンバーに向けて、こんな手紙を読み上げました。

日々 畑でたくましく働くもちろんくん

 

「雑草魂で正社員として働く」

一年前のちょうど今日、2017年6月30日に僕は木の花ファミリーに来ました。木の花ファミリーに来る前の一ヶ月間は動く気力も出ず、ほぼ一日中ベッドの上で寝ていました。体と心が病んでいて、人生に絶望していたからです。

そんな僕が、明日から正社員となります。31歳にして、初めての正社員です。
僕は大学時代、就職活動を10分で放棄しました。高校時代に発症した慢性疲労と対人恐怖症が原因です。
体がだるく、一日続けて8時間起きていることが出来ない自分。人に何か言われるのが恐く、偽った上辺だけの人付き合いに心がひどく消耗してしまう自分。
「そんな自分が、会社に入ってもやっていけるはずがない」
会社の試験や面接以前に、僕は正社員から「足切り」されていました。

その日から、僕は正社員を憎んで生きてきました。同時に、正社員を絶対の評価とする日本の社会も憎んできました。
「誰も自分を見てくれない」「心配してくれない」「置いて行かれてるのに手を差し伸べてくれない」
異常なまでの憎しみ、怒り、落ち込み、悔しさ…邪悪な感情が常に心を破裂させんばかりにうごめいていました。
「正社員には絶対負けたくない」
燃え上がる正社員への対抗意識は、裏を返せば正社員への憧れであり、強烈な渇望だったのです。
しかし、病気を治して見返してやろうと焦れば焦るほど悪循環にはまり、僕はどんどん落ちぶれていきました。

そんな落ちぶれた自分が、一年前の今日、木の花ファミリーの門を叩きました。
そこでこれまでの人生の結末は、すべて自分の蒔いた種だということをいさどんに教えてもらったのです。
弱い自分、アホな自分、幼稚な自分、ひねくれてる自分、性格の悪い自分、面倒くさい自分…いさどんやメンバーを鏡として映し出されるしょうもない自分を認めて受け入れるのはとても苦しく、何度も泣きました。毎日、早くここから逃げ出したいと思っていました。
でも、僕は逃げませんでした。一人ではもう何も出来ないことがわかっていたから。いさどんを始め、木の花のメンバーに支えてもらわなければ一人で立てない弱い自分を、ここで嫌というほど見つめさせてもらったから。
「正社員になれなかったのは社会のせいではなく、自分のせいだったんだ…」
いつの間にか、僕の中にある正社員に対する負の感情は消えていました。

ケア(自然療法プログラム)中にいさどんとやり取りした日記の中で、今でも心に残っている言葉があります。
僕が休まず働くメンバーを見て、
「働いてばかりで、皆何が楽しいのだろう」
と日記に書いたところ、いさどんは、
「さぼってばかりであなたは何が楽しいのですか。働くことは生きることです。食べることに休みがないのと同じです」
と、見事なカウンターパンチを僕の心にめり込ませてくれました。

ケア卒業時のもちろんくんとジイジ(当時はいさどん)

僕は、仕事が大嫌いでした。バイトではいつもサボってばかりいました。お金が目的だったからです。
でも、ここは違います。目的はお金ではありません。己の価値を積み上げることです。だから僕は、作業中に一度もサボったことがありません。サボることが出来ないと言った方が正しいかもしれません。常に全力、100%の力を出すことを惜しまないのです。
今でも、僕の中には怠け癖があります。残念ながら、僕は木の花の皆のような「仕事大好き人間」ではありません。しかし、だからこそ、そうした弱い自分と毎日しっかり向き合い、コントロール出来る真の強さを得られると思っています。

明日から僕の「再スタート」が始まります。新しい挑戦に、とてもワクワクしています。日々意欲を持ち、教えられたことをスポンジのように素直に吸収し、魂を別人のように成長させられるように精進します。
苦しいことも沢山あると思いますが、不安はあまりありません。だって、これだけ頼りになるメンバーが僕の周りに沢山いるのですから。
ハァハァしながら汗をびっしょりかいている自分が好きです。周りを見渡せば、大好きな畑隊を始めとするメンバーがいます。そんな皆と、これからも一緒に働けることに幸せを感じています。苦しんだ15年間の悔しさを正しいエネルギーに変え、雑草のように、踏まれても踏まれてもへこたれないで起き上がる、強くて逞しい人間になります。

じいじ、メンバーの皆、本当に今までありがとうございました。皆の支えがあったから、僕はここまで立ち直れました。
木の花ファミリーに救ってもらった僕の人生です。この恩は、これから一生懸命木の花に貢献することで返していきます。皆に出会えて、本当に良かったです。

木の花ファミリーに来て、ちょうど1年。これが僕の本当の卒業です。これからもご指導よろしくお願いします。

もちろん

 

畑にて、みんなと一緒に

 


木の花ファミリー通信2018年春分号 〜 ある世界とない世界

シリーズでお届けしている「21世紀の死生観」、第一部『死ぬってどういうこと』に続く第二部のテーマは、『ある世界とない世界』。
私たちは宇宙を生きています。しかしまだまだ、宇宙を生きているという認識を持っていません。第二部では、この宇宙の構造をひも解き、私たち生命に必ず訪れる死について深めます。


 

 

陰と陽

私たちは日々、目に見える世界を生きています。自分自身の体を始め、あらゆるものの姿かたちを目で捉えることによって、その存在を認識します。科学に代表される現代人の思考回路は、この「見える世界」だけをすべてと捉えています。目に見える現象が起きて初めてその存在を認識し、そこに問題を感じれば、また目に見える形で解決しようとするのです。
しかし目に見えるものの奥には必ず、目には見えない存在があります。心、思い、魂 ──── それらは目で見ることはできませんが、その見えないものが、表面に現れた見えるものの本質を成しています。形のある「見える世界」を陽とするなら、形のない「見えない世界」は陰です。この「見える世界」と「見えない世界」を合わせて、ある世界(現象界=現象の起きる世界)」と言います。目に見える私たちの体も、その奥にある目には見えない魂も、どちらも「ある世界」を形成しているのです。

 
宇宙は呼吸をしている

宇宙は対向発生と言い、常に相反する二つのものによって成り立っています。天があれば地があるように、男がいれば女がいるように、必ず対となる陰陽の存在があり、互いを成り立たせ合っています。では、「ある世界」を陽とするならば、必ずそれと対になる陰の存在があるはずです。それを「ない世界(潜象界=すべての現象の源の世界)」と言います。「ある」ことが前提となっている現代の私たちの思考で、この「ない」世界を捉えることはできません。それは、あるとかないという概念すら存在しない、響きだけの世界なのです。

〈図1: 発生と消滅を繰り返す宇宙の仕組み〉 

 
この世界(宇宙)はもともと、何も「ない世界」でした。ところがある時、「無」から「有」が発生しました。何もなかった世界に時空が生まれ、それがどんどん膨らんで多様性が広がり、現在のような現象世界となったのです。やがてその膨らみがピークに達すると、今度は徐々に収縮していき、いずれ無へと収束します。即ち、「ない世界」へ還るのです。
この発生から消滅までのプロセスを、宇宙は無限にくり返しています。それは宇宙の大いなる呼吸です。気の遠くなるような壮大なスケールで、宇宙は悠々と呼吸をし、すべての生命はその中を生きています。そして私たち自身の命もまた、宇宙と同じ仕組みによって成り立っているのです。

私たちのDNAの中に、宇宙の始まりから終わりまでのすべての情報が眠っています。そこに、これから人類が宇宙的進化を遂げる大いなるヒントが秘められているのです。

 


 

宇 宙 の の 物 語  
 
もしも私たちが、目に見える世界だけをこの世界のすべてと捉えたら、誕生は始まりであり、死は終わりであると思うことでしょう。しかし事実、この世界はそのような単純な仕組みにはなっていません。「見える世界」と「見えない世界」を合わせた「ある世界」、そしてそれらの源である「ない世界」が立体的に折り重なる多重構造の世界を、私たちは時の流れと共に、ある時は肉体を持ち、ある時は魂だけの存在として、そしてまたある時には宇宙の最極小微粒子へと姿を変えながら、永遠の旅を続けています。それは、大いなる宇宙の呼吸の中で紡がれていく、命の物語です。

 
ある魂の変遷を見てみよう

ある魂が、肉体を持ち、人間として地球に生まれました。そこは「見える世界」です。魂は、魂だけの状態では自分がどのようなものであるかを認識することはできませんが、ひとたび肉体を持って地球に降り立つと、様々な現象に出会います。そこでは、姿かたちや生まれる環境の設定から、日常の中で出会う出来事の一つひとつまでが自分自身にふさわしく起こり、魂はそれらの現象を通して、自身がどのようなものであるのかを知っていきます。人生とは、まるで鏡のように自身の姿を正確に映し出してくれる「見える世界」の中で自らを知り、その自らを進化させていくことなのです。

やがて人生のサイクルが終わりを迎えると、魂は肉体を離れます。これが死です。それまで魂によって束ねられていた肉体の構成物質は原子レベルに解体し、地球生態系の循環の中で次なるものの原料となっていきます。一方魂は、自らの精神レベルにふさわしい異次元宇宙へと還っていきます。そこは、「見えない世界」です。地上を生きている間にどれだけ成長したかによって、「見えない世界」の高次の位置に還るものもいれば、地獄のような低次の位置に陥るものもいます。そしてどれだけかの期間が過ぎると、また肉体を持って地上に降り立ち、「見える世界」で次の人生をスタートさせるのです。

過去から未来へと一方通行に向かう時の流れに沿い、魂は「見える」「見えない」「見える」「見えない」と二つの世界の中をらせんを描いて進みながら、輪廻転生をくり返します。それは例えるなら、食べ物が体の中に入るようなものです。食べ物は、目に見えます。それを私たちが食べ、体の中に入れば見えなくなります。しかしその見えなくなった食べ物は、エネルギーとして目に見える私たちの体を動かします。やがて体から排せつされれば、形を変えて再び目に見えるようになります。見えても見えなくても、それは確実に存在し続け、「ある世界」の中を循環しているのです。

〈図2: 魂の輪廻転生の仕組み〉
宇宙(図1)の中に、無数の魂(図2)が発生と消滅をくり返しながら存在している
魂が「ある世界」の中を循環している間も、命の源のエネルギーは常に「ある世界」と「ない世界」を循環し、新鮮な生命力を与え続けている。*詳しくは「21世紀の死生観・第一部」をご覧ください。

 
巨大な生命の中のひとつの軌跡

肉体を持った一つひとつの人生に寿命があるように、魂にもまた寿命があります。それは言わば、魂の賞味期限です。たくさんの人生を通して進化し、十分に学んだ魂は、賞味期限が来て寿命を迎えると、宇宙最極小微粒子となり、「ある世界」の源である「ない世界」へと還っていきます。宇宙最極小微粒子とは、原子よりも素粒子よりもはるかに微細な、現代の科学では感知することのできない宇宙の最小単位であり、この世界のあらゆる存在の原料となるものです。
宇宙の最小単位となって「ない世界」へ還ることで、その魂の物語は終焉を迎えます。しかし、宇宙が発生、消滅、また発生というプロセスを無限にくり返しているように、ある魂の物語の終焉は、次の物語の始まりでもあるのです。この終わりと始まりの重なる地点は時の流れの上のほんの一点でもあり、「ない世界」ですから永遠であるとも言えます。そして、それら一つひとつの魂の物語の軌跡が、宇宙という巨大な生命に刻まれていくのです。

           

 
「思い」は「重い」

では、魂はどのように進化の道をたどるのでしょう。
魂が進化できるのは、肉体を持って「見える世界」を生きる、人生の間だけです。しかしそこで目に見えるものばかりに囚われていると、地上に降りてきた真の目的に目覚めることはできません。一生懸命勉強をして優秀な成績を取り、社会的地位のある職に就いてたくさんお金を稼ぎ立派な家や車を買い、欲しいものは何でも手に入れて大満足の人生だと思ったとします。それが現代の多くの人間にとってのステータスです。ところがそれを霊的な目で観れば、自我が膨らんだだけなのです。
魂は、肉体を持って生きている間は肉体の重みによって地上につなぎとめられています。しかし肉体を離れれば質量を失い、何も地上に執着がなければスーッと上へ昇り、本住の地である異次元宇宙、即ち天へと還るのです。ところが、これは自分のもの、あれも自分のものと自我を膨らませてたくさんのものを抱えていると、その囚われの思いが重りとなり、肉体を離れても上へ上がることができません。極端になると輪廻もできなくなり、思いがどんどん重くなって地中のマグマまで堕ちていき、火に焼かれて宇宙の最極小微粒子へと解体され、存在そのものをリセットされる場合もあるのです。

 
あなたを裁くのはあなた自身

生きている間にどれだけ自分自身を磨いたか。人間として地上にいる間は様々なレベルの魂たちが一堂に会していますが、肉体を離れるとそれぞれにふさわしい異次元宇宙に分類され、異なるレベルの魂同士が交流することはありません。逆に言うと、地球はそれだけ多様性に富んだ場所だということです。
地上での学びを終え、ふさわしい位置へ還った魂たちは、前世での結果を元に次の人生のプログラムを組みます。例えば前世で戦争をしたとしたら、次の人生では相手の国に生まれることもあります。今自分が敵として憎み戦っている相手は、実は前世の自分の子孫だということもあり得るのです。
プログラムにはそれぞれに固有の寿命も組み込まれますが、地上に生まれる時にはその記憶の一切を消されます。なぜなら、先に答えを知ってしまっては時を越えて思考するようになり、生きる意味を悟る機会がなくなるからです。現象界を生きるとは、時と共に旅をしているということです。過去に囚われるでも未来を決めつけるでもなく、瞬間、瞬間の「今」を生き、その時々に出会う出来事を頂きながら、自らがどのような響きを発しているかを知り、変化していく。それが生きる意味です。
そして、たとえ過去の記憶が消されても、その履歴はすべて魂に刻まれています。肉体の解体と共に物理的DNAは消滅しますが、その瞬間、瞬間、自分が何をしたかということはすべて霊的DNAに刻まれ、その集積が今現在のあなたを創っているのです。生きている間にどれほど美しく着飾り、高い地位を得て世の中から評価されたとしても、死んで肉体から抜け出したとたん、あなたの魂の真の実態が明らかになります。その時にあなたを裁くのは、他でもない、あなた自身です。なぜならあなたは、あなたの人生に寄り添いすべてを確認してきた存在であり、だからこそごまかすことができないからです。そしてそこに汚れが刻まれていれば、来世のプログラムは、その汚れを反映してスタートするのです。

 
宇宙の総意に沿う、大樹の   

地上に生まれる時、魂は単独でプログラムを組むのではありません。魂たちは常に、この世界と協議をしています。
長い長い時の流れの中で、無数の魂たちが地上に降り立ち、その時代、その時代にふさわしい役割を果たしては旅立っていきました。魂たちは輪廻転生をくり返して自らの歩みを刻みながら、同時に世界の側から、時代を表現することを託されているのです。無数の魂たちの一つひとつに、後にも先にも二つとない、オリジナルな役割が託されています。魂たちは時代という巨大な生命の一部として、今この瞬間も、はるか昔からずっと続いてきた宇宙物語を紡ぎ続けているのです。
時の流れをさかのぼっていけば、宇宙の始まり(=終わり)に行きつきます。反対に、先へ進んでいけば宇宙の終わり(=始まり)に行きつきます。この、宇宙の始まりから終わりまでのすべての情報が、私たちの魂の霊的DNAの中に眠っているのです。
それを目覚めさせるのに、思考する必要はありません。ただ「自分」という囚われ、即ち自我を手放せば、その気付きは自ずと湧き出してくるのです。なぜなら私たちはもともと、宇宙の一部だからです。人間の体の細胞一つひとつに全身の情報がインプットされているように、私たちの魂にも全宇宙の情報が刻まれています。そして、私たちが自らの歩みを魂に刻んでいくことは、宇宙に刻んでいくことであり、私たちの魂が進化することは、宇宙そのものを進化させることなのです。
魂が進化した時、そこには美しい生命の花が咲くことでしょう。それは、ただ一輪の花ではありません。それは無数のつぼみを持つ、巨大な生命の大樹の花です。あなたがその中の一つであることを感じながら、あなただけのオリジナルな花を存分に咲かせ、他のたくさんの花々とネットワークした時、それは巨大で美しい、宇宙の総意に沿った満開の大樹となるでしょう。

 

 


 

死んだらまっすぐに

の方へ向かいなさい

今、地球上にはたくさんの問題が起きています。その原因は、人々の心の汚れにあります。輪廻を通して魂を磨くことを忘れ、汚れを積み重ねてきた結果、人間は様々な問題を地上にもたらすようになりました。そこで今回は皆さんへ、死ぬ時の心構えについてお伝えします。

 
地球のカルマ

魂は、肉体が死を迎えると昇天します。昇天とは、天に昇ることです。死を迎え、魂と肉体が離れると、肉体という質量がなくなり、魂は自ずと天へ昇っていきます。この時、汚れた魂はたくさんの執着を抱えており、それが重りとなって上へ昇ることができません。そして霧のように地上に漂うことになるのです。
それでも実際には肉体がありませんから、徐々に上へ上がっていきます。ところが上へ上がったとしても、執着の多い魂は物質世界に留まり続けることになり、天へ還れないまま大気圏の外側を漂い続けるのです。地球は物理的には青くて白い雲が漂う美しい星ですが、霊的に現在の地球を観ると、肉体を失いながらも三次元世界を離れられない魂たちに覆われ、灰色になっています。そしてその囚われた魂たちの響きが、地球に降りてくるのです。それが今の地球上の人間たちの目覚めを遅らせています。

では、私たちは死を迎えた時に、どうしたらいいのでしょう。

死を迎え肉体から抜け出した魂は、少し上からその肉体を見ます。そこで自らの命に執着があると、肉体を見続けることになります。つまり下を見ているということです。あるいは、あれが欲しい、これがしたい、と物や予定をたくさん抱えていても、そちらに気を取られて地上を見ることになります。現代は、あれもこれもと自我の欲望をふくらませ、魂を汚していくことが魅力的に思われている時代なのです。
けれども、自らが死んだことを悟ったら、まず上を見てください。すると必ず、光が見えます。そこがあなたの向かうべき方向です。その時に、残していくものについては一切考えず、ただ真っ直ぐに、光へ向かうのです。そうすれば必ず昇天します。そこではお葬式も、お坊さんのお経も必要がありません。囚われを捨て、ただ真っ直ぐに光へ向かう。それだけで本住の地へと還ることができるのです。
これは、地球を霊的に汚さないという意味でも、とても大切なことです。私たち人間は今、地球を目に見える形で汚染しているだけでなく、見えないところでも汚し続けています。そしてそれが、地球のカルマとなっていくのです。ですからどうぞ、このことをいつも心に留めていてください。なぜなら死は、誰もに必ず訪れるものであり、それは明日かもしれないのです。

 
暗闇の中のひとすじの

地球の周りを覆っているのは、人間たちの魂だけではありません。人間によって命を奪われた動物たちの魂もまた、灰色の霊的なもやとなり地球を覆っています。私たち人間が食べるための肉として、日々おびただしい数の動物たちが殺されています。殺される瞬間の動物たちの恐怖は、大変なものです。動物たちは悲鳴を上げ、恐怖の響きを響かせながら命を奪われ、その響きの入った肉を私たちは日々食べています。

自然界でライオンがシマウマを食べるのは、命の循環です。シマウマの命はライオンに受け継がれ、その魂は何の未練もなく昇天します。しかし人間が欲望のまま貪り食うために殺された動物たちの魂は、昇天できずに地球を覆い、今も恐怖の響きを響かせています。その響きは地上の霊的汚染に大きな影響をもたらし、現代は人間が目覚めることがとても難しい時代になりました。だからこそ、そのような迷える魂を出さない生き方を日々心がけていくことが大切です。その積み重ねの結果、いつか自らが死を迎えた時にも、地上に囚われることなく潔く旅立てるのです。

今の地球は、霊的には闇の時代です。人々はまだ、目を覚ましていません。しかしその中で、ほんの一握りでも目覚め始める人たちがいれば、それは暗闇の一筋の光となるのです。闇の中では、ほんの少しの光でも、とてもよく見えます。それはどこか遠くにいる人々にとっても、きっと道しるべとなるでしょう。

目覚めた人から、自分一人分この世界をきれいにする。その動きが広がり、地球がその美しいハーモニーに包まれたなら、世界はたちどころに美しくなり、地球も本来の輝きを取り戻すのです。

 

 

 


人生は、魂を美しくするためにある ──────
では、「美しい」とはどういうことなのでしょう? 21世紀の死生観・第三部(2018年秋分発行)では、生命の真の美しさとは何かをひも解きます!


 

21世紀の死生観についてさらに深く知りたい方は、1ヶ月間の真学校ブログをご覧ください。→ 1ヶ月間の真学校ブログ『21世紀の死生観』

 *1ヶ月間の真学校は、1ヶ月間木の花ファミリーに滞在しながら、「自分」という囚われを外し、既存の価値観を超えて世界観を大きく広げ、様々な切り口から21世紀の人類の生き方を実践的に学ぶプログラムです。ただ今、2019年受講生を募集しています。詳しくはちら

 

 


組織宗教の時代から一人ひとりが仏陀となる時代へ 〜 きたじゅんの気付き・第二弾

きたじゅんの心の気付き・第二弾!今年の5月3日、長年患ってきた眼精疲労が消え、新な道を歩み始めたきたじゅんが、改めて自身の半生を振り返りました。


組織宗教の時代から
一人ひとりが仏陀となる時代へ

創価学会の家に生まれる

僕は創価学会3世の家に生まれました。母方の祖母の頃から学会に入会しており両親も同じように入会し学会活動していました。創価学会は約800年前に日蓮大聖人が法華経の教えに基づいて開いた日蓮正宗を本家とした宗教団体です。物心つく前から学会の中で育てられたので、会合や祈りなど宗教的な活動に何の疑問も持たず自然と受け入れていました。祈りというのは日蓮大聖人の生命が現された御本尊(ごほんぞん)様に向かって「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)」とただ唱えるだけです。御本尊様に向かって祈ることで日蓮大聖人の生命と一体になり自らの内にある仏性を引き出し、宿命を乗り越え幸福になれると聞いていました。

孤独な高校時代

初めて自ら祈ってみようと思ったのは高校生の時でした。当時は、中学時代に受けたいじめから人間不信になっており、友人を一人も作ることができず孤立していました。あまりにも孤独で時間を持て余していたので、それを逆手にとってある実験を思い付きました。それは学校で1日中一言も話さない日が何日続くか。結果、約40日続きましたが最後は挨拶されたときつい挨拶を返してしまい実験は終わってしまいました。もう少し記録を伸ばしたかったなと思う反面、それほど深い孤独な時間を過ごしてきました。自分の気持ちをずっと抑え続けてきたので、いつしか喜怒哀楽の感情がなくなりそのストレスで慢性的な腹痛に悩まされました。とても苦しくて将来に全く希望が持てない状況でしたが、そのとき僕の心を支えてくれたのが創価学会第三代会長の池田先生でした。池田先生が書いた高校生向けの本には仏法の生命観・死生観・宇宙観などが分かりやすく書かれており、人間の無限の可能性が説かれていました。そのおかげでどんなに絶望的な状況に置かれても、自らの命を粗末にするような行為は絶対にしてはいけないと思っていたことを覚えています。その後、僕は池田先生の創立した創価大学に入学し、自らの人間性を変えることを目標として高校生活を送りました。慢性的な腹痛のため試験で100%実力を発揮できないことに悩みましたが、真剣な努力と祈りで試験本番までに腹痛が治まり、無事創価大学に合格できました。これが初めて祈りが叶った体験でした。

人間関係に恵まれた大学時代

創価大学では、良き先輩・同期・後輩に恵まれ多くの友人ができました。周りの人はほぼ全員が創価学会員であり、学会活動は日常的に活発に行われていました。大学生になると祈りの他に、日蓮大聖人が弟子に対して書き残したお手紙「=御書(ごしょ)」を学ぶこと、友人に仏法を語り広める折伏(しゃくぶく)を行うなど仏法者として欠かせない活動に本格的に取り組み始めました。学会活動の目的は、一人ひとりが自身の宿命(カルマ)を乗り越えて幸福になり、その輪を社会全体に広げ世界平和を実現することです。それを理解した上で、僕は自他共の幸福を目指して真剣に活動に取り組んできました。でも、僕の本心はまず自分が救われたいという思いが強く、他者の幸福を願うということからはかけ離れていました。それでも、学生時代は池田先生の度重なる激励や多くの先輩たちのサポートによって大学院の進学や就職を勝ち取ることができました。自分の本当の実力が試されたのは社会に出てからでした。

社会からの脱落

就職後に、僕が創価学会との関係を見直すきっかけとなった出来事が起こりました。それは2011年2月から2012年2月までの1年間の期間に学会の中の人材育成大学校に入っていた時のことです。当時は、職場で人間関係がうまく築けずいつしか孤立するようになり、ストレスからよく体調を崩すようになっていました。ある時、あの孤立した高校時代と同じ状態に戻っていることに気付いた僕は自身の根深い宿命を感じました。このままではまた自分を駄目にしてしまうのではないかと危機感を覚えました。今こそ宿命を乗り越え根本的に自分を変えるときだと決意し学会活動に真剣に取り組みました。時間があれば出来る限り友人の幸せを祈り、休みの日には毎週のように友人に仏法を語りました。しかし、当時の僕は相変わらず自分が救われたいという思いが先行していることに気付いていなかったため、すべて失敗に終わり結果は散々でした。反対に、友人に思いは伝わらない、自身の願いも叶わない状態が続き頑張れば頑張るほど苦しくなっていきました。最後まであきらめず友人に仏法を語りましたが、結局結果を出すことができず、大学校の卒業式を迎えました。自分の生命を根本的に変えたいと思い、本気で学会活動に取り組んできたのに結果が出せなかった。そんな自分に対して情けなく悔しい思いが込み上げてきて、卒業式の間ずっと涙が止まりませんでした。どれくらい泣いたか覚えていませんが涙をすべて出し切った後、なぜかすっきりした気持ちになっていました。これだけ頑張って結果が出なかったのだから仕方がないという何か吹っ切れた気持ちになり、それ以降学会活動から遠ざかっていきました。その後、眼精疲労で休職に追い込まれ、それがきっかけで2015年2月に木の花ファミリーと出会いました。

木の花ファミリーとの出会い

木の花ファミリーでは今まで聞いたことのない話がたくさんありました。特に驚いたのは話のスケールの大きさと深さです。例えば、太陽の一螺旋の25800年というサイクルがあり、12900年ごとに精神的な光のピークと闇のピークを交互に迎えるという話です。そして、2012年12月21日に闇のピーク(銀河の冬至)を迎えたことで宗教の時代が終わり、これからは自らが自らを救い尊き者となる時代、それは一人ひとりがイエスとなり仏陀となる時代に入ったということが説明されていました。その他にも、時代の流れに沿って天体と人間の活動は常に連動して長い歴史を作ってきたことを知りました。しかし、当時は木の花で話されていることの方が、スケールが大きくて道理が通っていると感じても、創価学会への執着があり簡単には受け入れられませんでした。その執着というのは今までの池田先生に対する恩です。木の花で語られている道理を受け入れてこのまま創価学会を辞めることは池田先生を裏切ることになるのではないかと深く悩みました。その後、宗教のことを否定される度に早く木の花から出て行きたいと思いましたが、眼精疲労でまともに仕事ができない状態だったため、木の花に残る以外に僕の選択肢はありませんでした。

変化した宗教観

それから時間はかかりましたが、僕の宗教観は大きく変わりました。創価学会に対する執着がどのようにして無くなっていったのか。そのポイントは2つあります。
1つ目は、事実を客観的に観て受け入れたことです。学会活動に一生懸命に取り組んだのに完全に行き詰まったという事実。そして宇宙的スケールで銀河の冬至を迎え、宗教の時代が終わったという事実。これらの事実を冷静に受け入れることで学会のことを客観的な視点で観ることができるようになりました。
2つ目は、自らの想いを手放していったことです。自分の宗教に対する捉え方や疑問などを他の人に話し、相手の意見を取り入れることで新しい視点が入り自身の宗教観の狭さや偏りが認識できるようになりました。
今、僕は次のように理解しています。中国の天盤の巡りによると、約6400年前に青陽期という一国の王が民衆を支配する王の時代が始まった。そして、約3000年前に紅陽期という聖人の時代が始まり、お釈迦様やイエス・キリストなどの一人の聖人がその他大勢の民衆を救うという形で宗教が生まれた。それから正法→像法→末法と時代の経過と共に人々は正しい法を忘れ、一部の人間にとって都合の良いように解釈が歪められ様々な宗派に分かれていった。その後、1927年から白陽期という民衆が主役となる庶民の時代が始まった。しかし、未だに心が濁り深い迷いの中にいた人々は闇のピークに向かって2度の世界大戦を起こすなど最も愚かしい時代を経験してきた。2012年12月21日の闇のピーク(銀河の冬至)を迎え、末法が終わりを告げ宗教の役割が終わった。そして、いよいよ庶民の目覚めの時代が本格的に始まった。大まかですが、このように振り返るとその時代ごとにふさわしい人々の心があり、その必要性に応じて様々な教えが広まっていったことが分かります。その時代の流れの中で宗教はある一定の役割を果たしてきたのだと思います。

宗教の弊害

一方で、世の中の混沌とした現状を見ると、今までの宗教が世界にもたらしてきた弊害が見えてきました。それは主に3つあります。
1つ目は、自分が所属する宗教を唯一正しいと解釈していることです。皆が自分の所属している宗教が絶対正しいと主張し合えば、それは争いにつながります。実際に、過去から現在にかけて世界中で起きている戦争や争いごとの背景には必ずと言っていいほど宗教対立があります。自分が正しい側にいるという意識では客観的な視点で物事の本質を観ることはできません。
2つ目は、ご利益をうたって人々を集め組織化したことです。ご利益をうたうことで人々の欲望を刺激し、願いを叶えることで自我をより拡大させてきました。そのことが現状の世の中の混乱につながっていると感じます。
3つ目は、経典を持つことで宗教の精神性を固定してしまったことです。紙で教えを固定化し、経典を唯一の指針とすることはいつまでも古い時代の教えに執着し、その経典の精神性を超えることはありません。それは、みんなで同じ指針に従っていけば救われるという画一的な道を示しており、民衆一人ひとりがオリジナルに悟りを開き個性を存分に発揮していく道を奪ってきたといえます。宇宙は常に変化変容し続けており、その宇宙の法を説く法華経の精神性の表現も新しい時代にふさわしく変化していくことが本来の姿だと思います。

人生の本当の目的

このように自分の人生にとって縁の深かった宗教の本質が見えてくると、今まで出会ったすべての出来事の意味が見えてきました。いじめ、孤独、病気、宗教、社会からの脱落・・・様々な問題にぶつかり悩みながら人生の本当の目的を探し求め続けてきたこと。それは、小さな自我から解放され大いなる天の意志に寄り添って生きることに目覚めることであり、そのためにこの地球に肉体を持って生まれあらゆる経験を通して魂を磨きに来たのだと今は理解しています。また、その経験はすべて他者に生かすために自ら望んで学習してきたのだと実感しています。

5月3日を原点として歩む

2018年5月3日。この日は僕の人生にとって大きなターニングポイントとなりました。木の花ファミリーにとっては創設者のいさどんの誕生日であり、今年は生前葬から質的転換の7年を迎え「いさどん」から「ジイジ」へと生まれ変わった日でした。その日ジイジは、時代はいよいよ大質的転換を迎え、これからは今まで語ってきたことが本格的に現象化されていく段階に入ったということを話してくれました。また、創価学会の本家である日蓮正宗を開いた日蓮大聖人が一人立ったのは32歳であり、創価学会第三代会長の池田先生が会長として一人立ったのは32歳の5月3日でした。そして自身も32歳で迎えた5月3日。とても不思議な縁を感じつつ僕は心の中で次のように決意しました。

「5月3日を原点として自分も先人たちに続いて一人立つ時が来たんだ。それは日蓮正宗でも創価学会の後継でもなく、一人ひとりが仏陀となる時代の先駆けとしてまず自らが実践する。先人たちと現状の未熟な自分を比べると、とてもおこがましい話かもしれないが、この道を生涯歩み続ける意志と覚悟はある。それにふさわしい者として歩み続けよう」

このように決意してから約1ヶ月が過ぎました。時代は常に休むことなく先へ先へ進み、今という時はすぐ過去になり未知なる世界へと向かっていきます。5月3日の決意を常に新鮮なものとして心に留め、僕は今日も自我から湧いてくる想いを手放し、いつどんな時も天の意志を「いただきます」の精神で歩んでいきます。

 

 


病気が導いてくれた八番目の聖者への道 〜 きたじゅんの気付き

きたじゅんは、1年半前にメンバーになり、現在は長野県の大町ビレッジに滞在しています。日ごろ、あまりみんなの前で話すことのないきたじゅんが、ある日の大人ミーティングでこんなシェアをしました。以下、全文をご紹介します。

きたじゅん

病気が導いてくれた八番目の聖者への道

2013年5月、僕はカーテンを閉め切った真っ暗な部屋の中に閉じ込もっていました。当時は、水力発電所の設計をしていましたが、長時間残業と人間関係のストレスから眼精疲労になり休職を余儀なくされてしまいました。今まで無理に無理を重ねてきたため、パソコンやテレビのようなデジタル機器から照明や太陽の光までまぶしく感じ、強い痛みを伴うため、日常生活を送ることが困難な状態になっていました。このときから僕は常に帽子とサングラスが手放せなくなり、出口の見えない長くて暗いトンネルの中にいるような日々が始まりました。その後、一度は職場復帰できたものの、2015年1月、再びパソコンを見ることができなくなり2度目の休職を余儀なくされ完全に行き詰まってしまったのです。

そんな中、出会ったのが木の花ファミリーでした。そこで参加した1ヶ月間の真学校で本当の自己を知り、自身の30年間の歩みを振り返りました。真学校では、自分の癖・性分が病気を作り出していること、そしてその癖・性分を手放すことで自ら発している病気の響きが変わり元の気が入ってくる、つまり健康体を取り戻すことができると学びました。しかし、それは頭だけの理解に留まり、実践を伴った本物の理解に至るまでには、さらに長い時間が必要でした。なぜなら、自身の根深いカルマをなかなか超えることができなかったからです。

僕のカルマの性質を挙げてみると、常に他人の評価が気になる、被害妄想が激しい、思い込みが強い、人の意見や出来事を素直に受け止めないなどネガティブな思考ばかりです。このネガティブを安定してやり続けるのが純一というカルマの特徴です。自分でも本当に面倒臭いなと思うし、これと向き合って変えていくのは大変な作業でした。例えば日々の作業の中で、体調を崩しているのに人の評価を気にして本音が言えず、つい無理をして頑張ってしまうことがよくありました。そしてまた体調が悪くなる。でも他人に自分の弱さを見せることができない。さらに苦しくなる。余計なプライドが邪魔をしてこの悪循環からずっと抜け出せずにいました。それでも、木の花のみんなのサポートのおかげで、曲がりなりにも1年間ヘルパーを続けることができました。体力に自信がついたのと木の花ファミリーの生き方がこれからの時代にとって本当に大切だと実感できるようになったため、2016年11月、正式にメンバーとなりました。

帽子とサングラスが手放せなかった頃

その後、2017年4月から4人で大町ビレッジでの生活が始まりました。一人ひとりが個性の花を開きみんなで調和した桃源郷の世界を大町でも目指そうと最初は意気込んでいたものの、また自身のカルマに飲まれていってしまいました。自分の未熟さや生活態度、不調和な空気など立て続けに指摘されるようになり、あまのじゃくで幼稚な僕の心は次第にみんなから遠ざかっていって、いつしか自力で抜け出せないほど深みにはまってしまいました。そんな中、人身事故という大きな出来事をもらい、ますます現実を受け入れられなくなって底の底まで心は落ちていきました。

「こんなに苦しむくらいなら、自分と向き合うことから今すぐ逃げ出してしまいたい」

自分でも愚かな選択だと分かっていながら、何度も逃げたい気持ちがわいてきました。ただ、その度に僕を木の花に引き止めてくれたのは眼精疲労でした。
今の目の状態で一般社会に戻ってもまともに働くことができないのは分かっていました。確かに苦しくて逃げ出したい気持ちはある。でも逃げ出せない現実がある。僕は何のために病気で行き詰まって木の花と出会い、今こうしてみんなと桃源郷を目指して日々真剣に過ごしているのか。何度も何度も自分に問いかけました。

「一度完全に行き詰まったのだから、自分のカルマと向き合わずここから逃げ出すのは生きることを放棄するのと同じだ。僕は必ずこのカルマを乗り越えて世のため人のために役立つ者に生まれ変わるんだ」

こうして自分の本当の気持ちを確認し、それを現実化するために行動し始めました。

女郎囃子を舞うきたじゅん(左)

その後、大町から富士宮に戻り転機が訪れました。2018年1月、木の花ファミリーにとって最も重要な「富士浅間木の花祭り」が開催されました。僕の役割は女郎囃子のおかめ役でした。今回、舞うこと自体が初めてで、さらに女役になりきってアドリブで舞うというのは自分にとってかなり苦手意識が強くハードルが高いと感じていました。人前で目立つことをしたり、笑わせるようなことをするのは自分の性に合ってないし、中途半端な舞をすれば余計恥ずかしい思いをすることは分かっていました。でも必ずみんなの役に立つ者に生まれ変わると決めたのだから、どうせやるなら思いっきり悔いなく舞おうと思いました。そして当日、自分を捨てて思いっきり舞ったところ、お客様もメンバーもみんな喜んでくれてとても楽しい場を作ることができました。僕自身はなぜか心の中がとてもすっきりした感覚があり、今まで感じたことのない感情が湧き上がってきました。

「みんなと時間・空間を共有し、心を一つにして何かを成し遂げるということが真の喜びであり本物の豊かさなんだ」

舞い終わった後、女郎囃子の仲間たちと一緒に

そう思うようになってから僕の心はどんどん広がっていき、自然と新しい視点が心の中に入ってくるようになりました。

このように、心が変化し始めてからもう一つ転機がありました。それはケア滞在や長期滞在の人たちと一緒に作業をしていたときのことです。普段から彼らの言動を観察していると、彼らの癖・性分が自分を自らの内に閉じ込め病気を引き寄せていることに気付きました。これは真学校で学んだ心と病気の仕組みを彼らが見せてくれているのだと思いました。そしてその視点を自分自身に当てはめてみました。すると、僕は長い間体調不良が続いていてその状態が一番落ち着くというおかしな状態になっていることに気付きました。そのことに気付いた時、自らの思いを手放していけば元の気が入ってきて健康体に戻れるのではないかと思いました。それは、回復をあきらめていた目も例外ではないかもしれないと思いました。

そして、2018年4月から2度目の大町ビレッジの生活が始まりました。僕は常にわいてくる自らの思いを徹底的に手放すよう心がけました。自分の限界は決めない、体調は予測しない、自らの思惑をすべて手放して結果を頂くことに努めました。すると、体に変化が現れ始め、サングラスではなく普通のメガネや裸眼で過ごす時間が徐々に増えていきました。あるときふと気付くと、自分のことはどうでもよくなっていて、それよりもみんなともっと時間を共有したい・空間を共有したい・心を共有したい。その想いがより一層強くなり、自分と他者の区別が無くなっていくのを実感するようになりました。

そうして迎えた5月3日。この日は木の花ファミリーにとって重要な節目の日でした。それは創設者のいさどんが生前葬から質的転換の7年を迎え、ジイジという新しい名前を天から頂き再スタートする日だったので、1日だけ大町から富士宮に戻りました。僕は「富士宮のみんなとしばらくの間また会えなくなるから、せめて今日だけはサングラスをやめて笑顔でみんなと過ごそう」と思い、できる限り普通のメガネで過ごすことにしました。すると、普通のメガネにしても特にまぶしさは感じませんでした。試しにサングラスをかけてみるととても暗く感じました。もしかしてと思ってサングラスと帽子を両方とってみるとなんともありませんでした。今日はたまたま調子が良いだけなのかなと不思議な気持ちになりつつ、そのまま「誕生祭」を迎えました。そして、ジイジとして初めて語る中で、最後にこのように話してくれました。

誕生祭でのジイジときたじゅん

「あなたの人生をどうするかはあなたの責任です。これからこの時代をみんなで共に役割として作っていく集いの場に私たちはいますが、魂の歩みはそれぞれ別々です。そこはシビアに、私はみんなを救おうなどとは思いません。それは初めて人間が救われるという解釈から自らの価値を高め自らを救済する。やっと自分が尊き者になる手段が自分の手の中にある。それが人生の勝利者です。今までは木の花という役割の場所を維持するのが目的でしたからみんなに寄り添ってきましたが、これからはしません。私はどんどん先に進みます。そのうち、後ろを見たら誰もいないかもしれません。それでもいいのです。その生き方が大事です。今日のジイジの誕生祭は私の誕生祭ではありません。あなたたち一人ひとりのビジョンが始まったのです」

ここまで聞いた時、これからは一人ひとりがイエスとなり仏陀として生きる時代になるという八番目の聖者の話を思い出し、次のような想いが湧き上がってきました。

「今日まで本当にいろんなことがあったけれど、僕はこの道に出会うために今この場所にいるんだ。本当に愚かな自分ではあったけれど、個人の意志に関係なくもっと大いなる意志が僕を八番目の聖者の道へ導いてくれたんだ。その案内役が病気だったんだな」

そう思ったとき、僕の両目から痛みがすっと消え去っていきました。

「疫病神さん、今までこんな自分に付き合ってくれてありがとう。
 そしてお役目ご苦労さま」

と心の中でつぶやき、そっと天へとお返ししました。

 

 

八番目の聖者への道のりは続く!